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飛んでみたかった話
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今日はとてもいい天気だ。空は青く、適度に浮かんでいる雲は白い。
教室の窓際最後列。そこが私の席。前に座る男の子は背が高く、ついでに言うなら座高も高い。自然と教師の死角を作り出してくれるというわけです。ま、注意されることと言えば、授業中の余所見ぐらいなんだけどね。
昔から何処か上の空でいることが多いと言われてきた。そのせいかは分からないが、自然と友人と呼べるような人は極わずかとなっていった。それが楽ではあるけれど、一時期は何故友人が出来ないのか深く悩んだこともある。
「言」
名を呼ばれる。言う、という文字ひとつから付けられた名前。ことば。昔はそれでいじられたりもしたけれど、昔の私に上手にあしらえるわけもなく、孤立する一方となった。
そんな私を呼んだのは、香月。本人曰く、聞いただけでは男と思われやすいらしい。まぁ、女でカツキっていうのは中々珍しいから。
「またぼーっとしてたのか?」
当の本人も男勝りな節があり、しばしば男から男だ男だと言われ、女からも比較的モテる。本人としては、それらが悩みの種らしいが。それもそうか、男勝りであっても年頃の女だ。女らしくなりたい時もあるだろう。
「口調、気をつけないと」
自然と口をついて出たのは、注意を促す言葉。すると、香月は困ったように笑う。
「どうにも、な」
どうやら、直したことにより何か言われたらしい。どうせ、香月くんらしくないだの、女かよだの、下らないことだろう。それを真に受けてしまうあたり、らしいと言えばらしいけれど。
「そう…別に香月がそれでいいなら、私もそれでいいわ」
次は体育でしょうと移動を促すと、そうだなと寂しげに香月は笑った。変化を受け入れない周りを受け入れるのなら、私は貴方に協力する気はない。だから、香月のそんな笑みも知らんぷりした。
ふと、隣の席を見る。少し前から空席のそこは、今は一輪挿しに花がひとつ飾られている。その内撤去されるのだろうと、現実的なことを考えながら私はその場を後にすることにした。
隣人は、少し前に屋上から飛び降りた。何故かは、誰にも分からなかった。それもそうだろう、飛び降りた隣人は文武両道聖人君子才色兼備の四字熟語全てに当てはまるような完璧超人だったのだから。
ふと、教室を出る前にロッカーの前から動かない香月に気が付いた。
「どうしたの、香月。置いてくわよ」
私の声が届かないようで、香月はロッカーの前で固まっている。ふと手元を覗き込むと、香月は私に気付き青白い顔をこちらに向けると、体操服を置いて走り出した。正しくは、逃げ出した。私は改めて置いてかれた香月宛の手紙を拾い上げ、香月を追いかける。
とても奇遇なのだけれど、完璧超人くんと同じく私も運動は不得意じゃない。廊下の角を曲がり、階段を上がる香月が見えると私もすぐに追いかける。どうやら、屋上を目指しているらしい。何故分かるかって?ここの階段は普段誰も使わないせいか、屋上へ出る扉の鍵が壊れてるのに誰も気付かず直されていない。教室から少し遠いここの階段を使った時点で、屋上を目指しているのは見当がつく。振り切りたいのなら、近くの階段で見られる前に上がるか下がるかした方が楽に振り切れるからね。
屋上に近づき、階段を上がる速度を落とす。屋上へ続く扉を見てみると、僅かに開いている。やっぱり、香月はここに来た。私は扉を押して開ける。ギィィと錆びた音がする。香月は、屋上ギリギリに立っている。鍵を掛けられる上に誰もここには来ないだろうと高を括ったせいで、ここの場所には自殺防止フェンスがない。
「危ないわよ、香月」
声を掛ければ、香月はこちらを向く。
「こ、言……」
怯えた様子。まぁ、それもそうか。
香月が落としていった手紙を見せる。すると、より一層顔色が悪くなった。
「落としていったわ。クラスメイトが見ていたら、更に面倒になっていたわよ」
手紙には1文だけ、簡潔に書かれていた。
『高槻透を殺したのは、猿投香月』
高槻透。それが完璧超人くんの名前。
「真に受けたの?バカね」
香月は今にも泣きだしそうな顔をしている。
「だって……」
「ちゃんと、好きな人が死んだ瞬間ぐらい覚えときなさいよ」
香月は気まずそうに目を伏せ、顔を逸らす。ちゃんと覚えてるみたいね。私は書かれた手紙を細かく破る。ビリィと紙が破れる音。これを書いた人間は、実際の現場を見ていない。ただ、彼が死んだ後の香月の怪しい素振りからカマをかけてきたのだろう。バカね、香月。先の反応で、これを送ってきた相手はお門違いな確信を得てしまっただろう。
「言……」
縋るように、香月は私の名を呼ぶ。私はいつものように微笑を見せ、何でもない顔をする。
「なぁに、香月」
「これから……どうしたら…」
真実か否か、よりも高校生というまだまだ若い子どもは面白い話に食いつくことだろう。いや、そこは老若男女問わず、大多数がそこに属するか。
香月はどうしたいの、と特に返答に期待せず聞いてみる。
「普通の生活に戻りたい…こんなことになるのなら、告白なんてしなきゃよかった」
「そうね。貴方が玉砕しても折れない心を持っていれば、彼を困らせることも、死なせることもなかったものね」
淡々と述べれば、香月は更に追い詰められた顔をする。別に追い込みたいわけじゃないのだから、そんな顔はしないでほしい。
「普通の生活に、本当に戻りたいの?」
香月は頷く。
「何を犠牲にしても?」
香月はまた頷く。
私は小さく息を吐き、香月に近寄ると腕を引いて引き寄せ腕の中に収める。
「なら、今度はちゃんと覚えておくのよ」
私は香月を扉側に押して、屋上の端から跳躍する。何でもないように、ただ跳んでみた。最後に見えた香月の顔は、何が起きているか分からないといった顔をしていた。私は、いつものように微笑む。何でもないように。
だって、本当に何でもないから。
本日、✕✕高等学校で女生徒が屋上から飛び降りたことがわかりました。以前もこの学校では男子生徒が飛び降りており、今回の件との関連性があるのではないかとのことです。…あ、ただ今情報が届きました。
今回飛び降りた女生徒の机から、遺書らしきものが見つかり、そこには『男子生徒が亡くなったのは、私が原因です。私が殺しました』と書かれていたそうです。警察は追って捜査していくとのことですが、………
教室の窓際最後列。そこが私の席。前に座る男の子は背が高く、ついでに言うなら座高も高い。自然と教師の死角を作り出してくれるというわけです。ま、注意されることと言えば、授業中の余所見ぐらいなんだけどね。
昔から何処か上の空でいることが多いと言われてきた。そのせいかは分からないが、自然と友人と呼べるような人は極わずかとなっていった。それが楽ではあるけれど、一時期は何故友人が出来ないのか深く悩んだこともある。
「言」
名を呼ばれる。言う、という文字ひとつから付けられた名前。ことば。昔はそれでいじられたりもしたけれど、昔の私に上手にあしらえるわけもなく、孤立する一方となった。
そんな私を呼んだのは、香月。本人曰く、聞いただけでは男と思われやすいらしい。まぁ、女でカツキっていうのは中々珍しいから。
「またぼーっとしてたのか?」
当の本人も男勝りな節があり、しばしば男から男だ男だと言われ、女からも比較的モテる。本人としては、それらが悩みの種らしいが。それもそうか、男勝りであっても年頃の女だ。女らしくなりたい時もあるだろう。
「口調、気をつけないと」
自然と口をついて出たのは、注意を促す言葉。すると、香月は困ったように笑う。
「どうにも、な」
どうやら、直したことにより何か言われたらしい。どうせ、香月くんらしくないだの、女かよだの、下らないことだろう。それを真に受けてしまうあたり、らしいと言えばらしいけれど。
「そう…別に香月がそれでいいなら、私もそれでいいわ」
次は体育でしょうと移動を促すと、そうだなと寂しげに香月は笑った。変化を受け入れない周りを受け入れるのなら、私は貴方に協力する気はない。だから、香月のそんな笑みも知らんぷりした。
ふと、隣の席を見る。少し前から空席のそこは、今は一輪挿しに花がひとつ飾られている。その内撤去されるのだろうと、現実的なことを考えながら私はその場を後にすることにした。
隣人は、少し前に屋上から飛び降りた。何故かは、誰にも分からなかった。それもそうだろう、飛び降りた隣人は文武両道聖人君子才色兼備の四字熟語全てに当てはまるような完璧超人だったのだから。
ふと、教室を出る前にロッカーの前から動かない香月に気が付いた。
「どうしたの、香月。置いてくわよ」
私の声が届かないようで、香月はロッカーの前で固まっている。ふと手元を覗き込むと、香月は私に気付き青白い顔をこちらに向けると、体操服を置いて走り出した。正しくは、逃げ出した。私は改めて置いてかれた香月宛の手紙を拾い上げ、香月を追いかける。
とても奇遇なのだけれど、完璧超人くんと同じく私も運動は不得意じゃない。廊下の角を曲がり、階段を上がる香月が見えると私もすぐに追いかける。どうやら、屋上を目指しているらしい。何故分かるかって?ここの階段は普段誰も使わないせいか、屋上へ出る扉の鍵が壊れてるのに誰も気付かず直されていない。教室から少し遠いここの階段を使った時点で、屋上を目指しているのは見当がつく。振り切りたいのなら、近くの階段で見られる前に上がるか下がるかした方が楽に振り切れるからね。
屋上に近づき、階段を上がる速度を落とす。屋上へ続く扉を見てみると、僅かに開いている。やっぱり、香月はここに来た。私は扉を押して開ける。ギィィと錆びた音がする。香月は、屋上ギリギリに立っている。鍵を掛けられる上に誰もここには来ないだろうと高を括ったせいで、ここの場所には自殺防止フェンスがない。
「危ないわよ、香月」
声を掛ければ、香月はこちらを向く。
「こ、言……」
怯えた様子。まぁ、それもそうか。
香月が落としていった手紙を見せる。すると、より一層顔色が悪くなった。
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