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第九話
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「おい祐希、降ってきたぞ!」
神山が満面の笑みを顔に浮かべそう叫ぶ。
コンビニで買ってきたおにぎりで、小腹を満たした祐希は野球部の練習の真最中。
もっとも練習といっても、他の部との兼ね合いでグランドが使用できないため、彼らが行っているのはトレーニングだ。
今日は南山高校の校舎周りを走り続けるランニング、トレーニングルームにある器具を使った筋トレ、そして素振り。三つのグループに分かれローテンションをしていく方法を用いたメニューとなっている。
彼らは現在、筋トレをしているため、最後にあるランニングが雨により無くなるというのが、神山の予測、もとい願望だ。
「どうせすぐ降りやむんだから、変な期待するなよ」
冷静にそう返す彼だったが、それでも外の様子が気になるようで、窓の外を覗き見る。
そこには滅多に見ることが出来ないほどの大粒の雨が滴っていた。
「これは……! 確かに期待していいかもしれない」
「だよな!」
しかし、残念なことに彼らに降りかかるのは別の種類の災害だった。
唐突にトレーニングルームのドアが開く。
そこに立つのは壬生、彼らの数学の教師兼野球部の顧問だ。
「「あ……」」
彼らの顔は途端に青ざめ、血の気が失せていく。
壬生が嫌いな人間の種類はただ一つ、やる気のない者だけだ。
南山高校野球部は壬生という一人の女教師――もとい、女帝に支配されている独裁国家だった。
「もちろん全部聞いていたぞ、月守、神山」
結局、二人の奴隷は二十分に及ぶ雷鳴をも上回る怒声で説教を受けた後、外周を走ることになった。
南山高校の外周は一周およそ一キロ、彼らに与えられた課題――罰は十周だ。
彼らの悪運はさらに続く、あろうことか二人が予想していた通り、雨は次第に強まり、彼らの所属する野球部は臨時のオフとなった。もちろん彼らの罰も自然消滅するかと思われたが、壬生は雨の中で走れという、教育上、非常に問題がありそうな命令を祐希と神山に出し、姿を消した。
そして今、彼らは四周目に入った。
「祐希……俺もう帰りたい」
十周、つまり十キロという距離は人によっては苦痛ではないかもしれないが、野球という一部の人間以外スタミナを求められない競技をやっている彼らにとっては、地獄そのものだった。
加えて半分の少し手前という精神的には絶妙に辛い周に入ったところで、神山が音を上げ始めたのだ。
「ったく……お前の方がペース遅いのになんで疲れてるんだよ……」
祐希のスタミナは運動部の中で考えても上の中くらいであるのに対し、神山の体力はだいたい良くても下の上くらいのもので、二人の差は歴然だった。
祐希の脳内では神山を置いて先に進むという選択肢もあったが、二人しかいないこの状況で先に行くのも決まづいからと、神山にペースを合わせているのだ。
「おい祐希……これってもう帰ってもバレなくないか?」
神山が禁断の一言を発する。
帰ってもバレない、これは彼らが先程、野球部員が全員帰ったことを確認した時から考えていたことだ。
野球部の仲間という一種の監視の目が消滅した現在、校内でのトレーニングが禁止されている南山高校にいるのは、雨の影響を受けていない吹奏楽部をはじめとした文化部のみだ。
さらに壬生は野球部の活動が終わる時に最後の挨拶的なものをした後は、職員室に戻り、成績入力の作業をしていることが容易に想像できる。
これらの好条件は、まるで彼らに外周をサボることを促しているかのようでもあった。
「神山……本気か?」
「何を今さら……俺はどんな時だって自分に正直な人間だろ」
サボり。その禁断の蜜の味を知った者は必ず同じことを繰り返す。
しかしこれは自然なことでもあるのだ。人間は楽な方向に自然と動く本能があり、一度そのような経験をしてしまうと、できる限りの範囲で楽をしようと悪知恵を振り絞る。
彼らもそんなごく普通の人間だった。
「しょうがねぇ……この周でラストにするぞ。もし見つかったとしても、お互いに塾があるとかの適当な理由を付けるぞ」
「祐希……お前って天才だな」
神山の満面の笑顔は、空を遮る黒雲を吹き飛ばすほどの晴れやかさがあった。
彼らの足取りは途端に軽くなり、自分たちの荷物が置いてある野球部の部室に向かう。
その心は春の空のように穏やかで晴れやかにきらめいていたが、神山が部室のドアを開けた途端、彼らの心身は凍り付いた。
「十周にしては随分と早かったな月守、神山。お前たちが塾などに通っていないのは知っているぞ」
部室には地獄をはるかに上回る、壬生という名の災厄が待ち受けるのであった……
神山が満面の笑みを顔に浮かべそう叫ぶ。
コンビニで買ってきたおにぎりで、小腹を満たした祐希は野球部の練習の真最中。
もっとも練習といっても、他の部との兼ね合いでグランドが使用できないため、彼らが行っているのはトレーニングだ。
今日は南山高校の校舎周りを走り続けるランニング、トレーニングルームにある器具を使った筋トレ、そして素振り。三つのグループに分かれローテンションをしていく方法を用いたメニューとなっている。
彼らは現在、筋トレをしているため、最後にあるランニングが雨により無くなるというのが、神山の予測、もとい願望だ。
「どうせすぐ降りやむんだから、変な期待するなよ」
冷静にそう返す彼だったが、それでも外の様子が気になるようで、窓の外を覗き見る。
そこには滅多に見ることが出来ないほどの大粒の雨が滴っていた。
「これは……! 確かに期待していいかもしれない」
「だよな!」
しかし、残念なことに彼らに降りかかるのは別の種類の災害だった。
唐突にトレーニングルームのドアが開く。
そこに立つのは壬生、彼らの数学の教師兼野球部の顧問だ。
「「あ……」」
彼らの顔は途端に青ざめ、血の気が失せていく。
壬生が嫌いな人間の種類はただ一つ、やる気のない者だけだ。
南山高校野球部は壬生という一人の女教師――もとい、女帝に支配されている独裁国家だった。
「もちろん全部聞いていたぞ、月守、神山」
結局、二人の奴隷は二十分に及ぶ雷鳴をも上回る怒声で説教を受けた後、外周を走ることになった。
南山高校の外周は一周およそ一キロ、彼らに与えられた課題――罰は十周だ。
彼らの悪運はさらに続く、あろうことか二人が予想していた通り、雨は次第に強まり、彼らの所属する野球部は臨時のオフとなった。もちろん彼らの罰も自然消滅するかと思われたが、壬生は雨の中で走れという、教育上、非常に問題がありそうな命令を祐希と神山に出し、姿を消した。
そして今、彼らは四周目に入った。
「祐希……俺もう帰りたい」
十周、つまり十キロという距離は人によっては苦痛ではないかもしれないが、野球という一部の人間以外スタミナを求められない競技をやっている彼らにとっては、地獄そのものだった。
加えて半分の少し手前という精神的には絶妙に辛い周に入ったところで、神山が音を上げ始めたのだ。
「ったく……お前の方がペース遅いのになんで疲れてるんだよ……」
祐希のスタミナは運動部の中で考えても上の中くらいであるのに対し、神山の体力はだいたい良くても下の上くらいのもので、二人の差は歴然だった。
祐希の脳内では神山を置いて先に進むという選択肢もあったが、二人しかいないこの状況で先に行くのも決まづいからと、神山にペースを合わせているのだ。
「おい祐希……これってもう帰ってもバレなくないか?」
神山が禁断の一言を発する。
帰ってもバレない、これは彼らが先程、野球部員が全員帰ったことを確認した時から考えていたことだ。
野球部の仲間という一種の監視の目が消滅した現在、校内でのトレーニングが禁止されている南山高校にいるのは、雨の影響を受けていない吹奏楽部をはじめとした文化部のみだ。
さらに壬生は野球部の活動が終わる時に最後の挨拶的なものをした後は、職員室に戻り、成績入力の作業をしていることが容易に想像できる。
これらの好条件は、まるで彼らに外周をサボることを促しているかのようでもあった。
「神山……本気か?」
「何を今さら……俺はどんな時だって自分に正直な人間だろ」
サボり。その禁断の蜜の味を知った者は必ず同じことを繰り返す。
しかしこれは自然なことでもあるのだ。人間は楽な方向に自然と動く本能があり、一度そのような経験をしてしまうと、できる限りの範囲で楽をしようと悪知恵を振り絞る。
彼らもそんなごく普通の人間だった。
「しょうがねぇ……この周でラストにするぞ。もし見つかったとしても、お互いに塾があるとかの適当な理由を付けるぞ」
「祐希……お前って天才だな」
神山の満面の笑顔は、空を遮る黒雲を吹き飛ばすほどの晴れやかさがあった。
彼らの足取りは途端に軽くなり、自分たちの荷物が置いてある野球部の部室に向かう。
その心は春の空のように穏やかで晴れやかにきらめいていたが、神山が部室のドアを開けた途端、彼らの心身は凍り付いた。
「十周にしては随分と早かったな月守、神山。お前たちが塾などに通っていないのは知っているぞ」
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