10 / 12
第十話
しおりを挟む
二人の野球部員に雷が落ちる数分前、転校手続きを終えたルナは重い足取りで歩みを進めていた。
「変な疲れが溜まった気分です……」
疲労感を全身にまとった彼女は、月守家への帰路についていた。
午後二時、日差しの暖かさを地面が吸収し、一日の中で最も気温が上昇するこの時間帯は動いていると体が適度に温まる。
ルナは穏やかな春を歩きながら実感していたが、南山高校が所在する横浜市都筑区には暗い色の雲が徐々に空を塞ぎ始めていた。
それはまるで雷雲の様な黒さがあったが、普通の雲のように静かに近づいてきているため、どこか不気味さがあった。
「この雲……まさか!」
ルナが迫りくる不気味な黒雲に気づき、彼女の体に悪寒が走る。
雲――言い換えれば凝結した水蒸気、その元なる水を操れる者は、ルナの知る限り水星の神のみだ。
メルクリウスが彼女に迫っている、彼女はその存在を確信した。
やがてアスファルトの道路に水が滲み、大粒の雨が降り始める。
刹那――雷鳴と共に、その存在は君臨した。
「メルクリウス……なぜあなたがこの場所にいるんですか」
気丈に振る舞うルナだったが、その体は小刻みに震えている。
あくまでも衛星の女神である彼女は、たった一つの例外を除き、惑星の神々には到底敵わない。
それを一番理解しているルナだからこそ、メルクリウスが水星の守護を手薄にしてまで地球に来たのは、彼女を排除する以外の何か他の理由がある事にも勘づいていた。
「その質問に私が答える義務は存在しない」
重く、暗い雲が春の日差しを断絶していく。
その雲たちはまるでルナを取り囲むかのように拡大を続け、周囲の空間が淀み、緊張感の高まったその空間で水星の神メルクリウスが塗装された道を闊歩する。
その様子はまさしく神に相応しく、畏怖にも似た感情をルナに与えた。
ルナのおよそ五メートル前に到達すると、重々しい空気を再びメルクリウスの声が切り裂く。
「月の女神ルナ、貴様に命ずる。月守祐希と契約を結び、今すぐに私……いや私たちと戦え」
抑揚のないその声とは裏腹に、メルクリウスの表情は嘲笑を滲ませている。
ルナに与えられている任務、または使命は、反応が消えてしまったテラの代役を務めること。つまりは地球を守護することだ。
そのことを理解しながらも、どこか他人ごとのような気分で月守家での日常生活を送っていたと、メルクリウスと対峙し、ようやく実感したのだ。
しかし、だからこそ彼女は抗う。
「メルクリウス、あなたの要求に従うことは出来ません」
その絶望的な戦力差を理解しながらも、毅然とした態度でルナは続ける。
「たとえどんなことがあろうとも、祐希さんの命を危険にさらすようなことは絶対に行いません」
表情こそ変わらないが、彼女の両手は細かく震えている。
月の女神の継承者として幼いころから様々な知識を与えられ、想像もつかないくらいの過酷な訓練を積み重ねてきた彼女ではあったが、圧倒的な力の前にして本物の恐怖を感じていた。
「話にならんな……先代とは違い、貴様からは何も感じられない。最初から己の敗北を覚悟している者が勝つことなど不可能だ」
メルクリウスの表情は嫌悪感を露わにする。
その方向は要求を拒否されたことよりではなく、ルナに対してのものだ。
「ならば私たちは、今この場所でお前を淘汰する」
直後、轟音とともにルナの体は宙に飛ばされた。
「がはっ……!」
ルナの腹部をメルクリウス――ではなく、別の誰かが拳を打ち込んでいた。
水星の神メルクリウスと契約を結んだ、名前も分からないその人物は執拗にルナを攻撃し続ける。
フードに覆われた顔は下半分しか視認出来ないが、その執念深い攻撃、歪んだ口元からは大いなる憎悪が滲み出ている。
雷光の如き打撃は動作に無駄が多いが、それをものともしない程の素早さを持っている。
一方のルナは成す術もなく、ひたすら殴打され、立っている事さえままならない。
その様相は戦闘ではなく、蹂躙と言うべきものになりつつあった。
「この雑魚が調子に乗りやがって……なんでお前みたいな奴が…………」
僅かに響くその声は、感情が死滅したように冷え切っており、悲痛な心の叫びのようにも聞こえる。
ルナに繰り出される攻撃が次第に激しさを増していく。
やがてルナの頭部を襲撃者の拳が捉え、彼女は地に付した。
「どうしてお前なんかが……」
一言だけ呟き、倒れたルナを一瞥することも無く、襲撃者は激しい雨の中に消えていった。
公園に残されたルナの体は春の冷たさを帯びた雨粒によって徐々に熱が奪われ、彼女の意識は完全に途切れた。
「変な疲れが溜まった気分です……」
疲労感を全身にまとった彼女は、月守家への帰路についていた。
午後二時、日差しの暖かさを地面が吸収し、一日の中で最も気温が上昇するこの時間帯は動いていると体が適度に温まる。
ルナは穏やかな春を歩きながら実感していたが、南山高校が所在する横浜市都筑区には暗い色の雲が徐々に空を塞ぎ始めていた。
それはまるで雷雲の様な黒さがあったが、普通の雲のように静かに近づいてきているため、どこか不気味さがあった。
「この雲……まさか!」
ルナが迫りくる不気味な黒雲に気づき、彼女の体に悪寒が走る。
雲――言い換えれば凝結した水蒸気、その元なる水を操れる者は、ルナの知る限り水星の神のみだ。
メルクリウスが彼女に迫っている、彼女はその存在を確信した。
やがてアスファルトの道路に水が滲み、大粒の雨が降り始める。
刹那――雷鳴と共に、その存在は君臨した。
「メルクリウス……なぜあなたがこの場所にいるんですか」
気丈に振る舞うルナだったが、その体は小刻みに震えている。
あくまでも衛星の女神である彼女は、たった一つの例外を除き、惑星の神々には到底敵わない。
それを一番理解しているルナだからこそ、メルクリウスが水星の守護を手薄にしてまで地球に来たのは、彼女を排除する以外の何か他の理由がある事にも勘づいていた。
「その質問に私が答える義務は存在しない」
重く、暗い雲が春の日差しを断絶していく。
その雲たちはまるでルナを取り囲むかのように拡大を続け、周囲の空間が淀み、緊張感の高まったその空間で水星の神メルクリウスが塗装された道を闊歩する。
その様子はまさしく神に相応しく、畏怖にも似た感情をルナに与えた。
ルナのおよそ五メートル前に到達すると、重々しい空気を再びメルクリウスの声が切り裂く。
「月の女神ルナ、貴様に命ずる。月守祐希と契約を結び、今すぐに私……いや私たちと戦え」
抑揚のないその声とは裏腹に、メルクリウスの表情は嘲笑を滲ませている。
ルナに与えられている任務、または使命は、反応が消えてしまったテラの代役を務めること。つまりは地球を守護することだ。
そのことを理解しながらも、どこか他人ごとのような気分で月守家での日常生活を送っていたと、メルクリウスと対峙し、ようやく実感したのだ。
しかし、だからこそ彼女は抗う。
「メルクリウス、あなたの要求に従うことは出来ません」
その絶望的な戦力差を理解しながらも、毅然とした態度でルナは続ける。
「たとえどんなことがあろうとも、祐希さんの命を危険にさらすようなことは絶対に行いません」
表情こそ変わらないが、彼女の両手は細かく震えている。
月の女神の継承者として幼いころから様々な知識を与えられ、想像もつかないくらいの過酷な訓練を積み重ねてきた彼女ではあったが、圧倒的な力の前にして本物の恐怖を感じていた。
「話にならんな……先代とは違い、貴様からは何も感じられない。最初から己の敗北を覚悟している者が勝つことなど不可能だ」
メルクリウスの表情は嫌悪感を露わにする。
その方向は要求を拒否されたことよりではなく、ルナに対してのものだ。
「ならば私たちは、今この場所でお前を淘汰する」
直後、轟音とともにルナの体は宙に飛ばされた。
「がはっ……!」
ルナの腹部をメルクリウス――ではなく、別の誰かが拳を打ち込んでいた。
水星の神メルクリウスと契約を結んだ、名前も分からないその人物は執拗にルナを攻撃し続ける。
フードに覆われた顔は下半分しか視認出来ないが、その執念深い攻撃、歪んだ口元からは大いなる憎悪が滲み出ている。
雷光の如き打撃は動作に無駄が多いが、それをものともしない程の素早さを持っている。
一方のルナは成す術もなく、ひたすら殴打され、立っている事さえままならない。
その様相は戦闘ではなく、蹂躙と言うべきものになりつつあった。
「この雑魚が調子に乗りやがって……なんでお前みたいな奴が…………」
僅かに響くその声は、感情が死滅したように冷え切っており、悲痛な心の叫びのようにも聞こえる。
ルナに繰り出される攻撃が次第に激しさを増していく。
やがてルナの頭部を襲撃者の拳が捉え、彼女は地に付した。
「どうしてお前なんかが……」
一言だけ呟き、倒れたルナを一瞥することも無く、襲撃者は激しい雨の中に消えていった。
公園に残されたルナの体は春の冷たさを帯びた雨粒によって徐々に熱が奪われ、彼女の意識は完全に途切れた。
0
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
薬師だからってポイ捨てされました!2 ~俺って実は付与も出来るんだよね~
黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト=グリモワール=シルベスタは偉大な師匠(神様)とその脇侍の教えを胸に自領を治める為の経済学を学ぶ為に隣国に留学。逸れを終えて国(自領)に戻ろうとした所、異世界の『勇者召喚』に巻き込まれ、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
『異世界勇者巻き込まれ召喚』から数年、帰る事違わず、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居るようだが、倒されているのかいないのか、解らずとも世界はあいも変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様とその脇侍に薬師の業と、魔術とその他諸々とを仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話のパート2、ここに開幕!
【ご注意】
・このお話はロベルトの一人称で進行していきますので、セリフよりト書きと言う名のロベルトの呟きと、突っ込みだけで進行します。文字がびっしりなので、スカスカな文字列を期待している方は、回れ右を推奨します。
なるべく読みやすいようには致しますが。
・この物語には短編の1が存在します。出来れば其方を読んで頂き、作風が大丈夫でしたら此方へ来ていただければ幸いです。
勿論、此方だけでも読むに当たっての不都合は御座いません。
・所々挿し絵画像が入ります。
大丈夫でしたらそのままお進みください。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる