18 / 34
第二章 王への道
episode 17 〝自称〝女王再臨
しおりを挟む
しばらく絶望に打ちひしがれ、悶々としながら独り牢を彷徨いていると数人の足音が響き渡ってきた。
「誰なの!?」
檻の前に来るまで姿を見ることは出来ず、あたしの声に反応もしなかったのに若干の恐怖を覚えつつ、格子から少し離れ動向を伺った。
「アテナ殿、お話に伺いました。
起きていらっしゃり何よりです」
姿を見せたのは四人。
一人はグリフレットと闘技祭の抽選をした騎士、それに見たこともないおじさん。
そして、それを従えているのがフードを目深に被った小柄な女性……と言っても姿形から女王と名乗ったその人なのは明白だった。
「グリフレット。
あなた何が全力で擁護するよ!
こんなところに連れて来てさ。
ここは重罪人の入るとこなんでしょ!?」
開口一番グリフレットに文句を言い放つ。
それは普通の牢に入れられたのと、ここに入れられたのではあまりにも気の持ちようが変わっていたからだった。
「その点については早くに説明すべきでしたね。
まさか気にしているとは思ってもいなかったので。
しかし、私も未だ騎士ではない故に中々に進言する機会もなくでして、誠に申し訳なく思っています。
ここは重罪人の牢になってますが今は誰も居らず、お話するにはうってつけだったので」
そういう理由なら始めから言ってくれたらこんなに落ち込んだりすることもなかっただろうに。
「それならそうと始めに言ってよね。
余計な心配したどころじゃないんだから!」
グリフレットは苦笑いを浮かべながら僅かながら頭を下げた。
「で、何でその人と一緒なのよ」
騎士とクリフレッドがいる場に、自称女王が伴って姿を見せたことへの疑問を指をさしてぶつけた。
「こら!
陛下に向かって無礼であろう!!」
口を開いたのはグリフレットではなく見知らぬおじさんだった。
「自称ね、自称。
そんなに引き連れて来たって女王だって信じられるもんじゃないし、不意打ちであたしにキスをするのが女王の証とも思えないしねっ」
あたしを何かに陥れようとしている疑念も拭えないので、腰に手を当て皮肉たっぷりの笑顔で返してやった。
それが良かったのか悪かったのか、男性陣は口を開けたまま女性へと向き直った。
「……陛下!?」
三人の声が同時に重なり響き渡ると、素晴らしい調和を奏でていた。
「陛下!
またそのようなことを!?
何度言ったら分かるのですか!
しかも、相談もなしにこんなところに来るなんて」
おじさんがまさかの剣幕で女性に詰めよっているが、当の本人は特に気にする表情は見せていない。
「いいじゃないのよ、そのくらい。
異性に口づけしたわけじゃないんだし、あまり固いこと言わないでよ」
何だかこの雰囲気は嘘偽りがなさそうに感じ、本当に女王なのかと思ってしまう。
「良くありません!
もう少し女王としての自覚を持って頂かないと、この国を守っていくことが出来ないではありませんか!」
「自覚はあるわよ。
でも、実質的に守るのは私ではなく騎士や兵士の方々で、私に出来るのは皆さんが満足するような国を創り、維持していくだけになります。
まぁそれもディバイル、貴方の助言に従っているだけですけど」
ディバイルと呼ばれたおじさんが口をへの字に結ぶと、女性は笑顔であたしに向き直った。
「ね、これで証明出来たと思うけれど?
異性に口づけしただけで怒ることなんてないでしょ。
大の大人が三人も私の行動を気にしているのですから。
これで女王でなければどんな人だ、って話になるわよ」
ここまで見せられ言われたら、最早疑いの余地はないように思えた。
「分かったわよ。
もう疑いはしないわ、メイル女王。
で、今度は何をしに来たの?」
「お主、陛下に向かって無礼だと何度言えば――」
「いいのよ、ディバイル。
今更かしこまれても私だって気持ち悪いわ」
顔はディバイルに向けたまま、あたしには片目を瞑ってみせた。
女王だと思えなかった理由の一つに、この気さくさが大いに関係しているのは間違いないと言える。
「さて、私がここに来たのは他でもありません。
アテナ、貴女に伝えることがあります。
お願いします、アーサー」
笑顔から一変、神妙な面持ちになると騎士に目配せをし、後を託すかのように半歩下がると今度は騎士が大きく前に出た。
「剣闘技祭のことについて話す。
貴公の活躍は見事であり、剣闘技祭を非常に盛り上げる結果となった。
そして、騎士叙勲を受ける資格を有するまでに勝ち上がったのだが、協議の結果……騎士叙勲資格の剥奪ならびに失格とする」
淡々と感情の起伏も見せず話す騎士の言葉にあたしが口を挟むことは出来ず、途中まであたしの気持ちを盛り上げておいて最終的には最悪の結果になったのには、何とも言えない気持ちを抱えることとなった。
「……は?
なんでよ。
失格って何よ」
想定していたこともありそれほどの怒りはなかったが、失格とまで至った経緯を知りたかった。
「それは私からお話しましょう」
アーサーと横並びになるよう女王は前に出ると、先ほどとは変わり柔らかい口調で話し始めた。
「アテナの闘いぶりは目を見張るものがありました。
そして、あそこまで勝ち上がるにはそれなりの才能と資質があったのだと思います。
しかし、これはあくまでも剣で競い合うお祭りであって、勝ち上がるのが目的ではありません。
よって、騎士サフィアとの闘いは相応しくないとの判断にて失格となりました」
確かに彼とは剣を交えることなく勝敗は決まった。
「そう、ね。
剣技だけが騎士の全てではないけど、この祭りは剣技を競うものだったわ。
女王と婚約するのが目的ではないものね」
「そうよ、そういう事。
でも、サフィアに話を聞いたら貴女は騎士にも向いてないことが分かったし、今度の行いと合わせて失格になったのよ」
全てを考慮した結果が失格となった訳か。
「でもさ、今回のことはグリフレットが擁護してくれたんじゃなくて?」
「えぇ、貴女のことを本当に庇っていたわよ。
でもね、そもそもこのような場で喧嘩をすること自体が騎士に相応しくないのよね」
どれもこれも反論のしようがなかった。
「ただし、騎士には向いてないけど、凄い資質は兼ね備えていることが分かったわ」
「それって?」
「国王よ。
その若さで相手を見極め、諭し説き伏せる能力は国王やそれに従事る者に相応しくってよ」
あたしにどんな能力があって何に相応しいかなんて考えたこともなく、それが国王に相応しいと言われるとそれはそれで嬉しく思う。
「そうなの?
それは嬉しいこと言ってくれるわね。
元々騎士になるつもりで参加したんじゃないし、国王のほうが向いてるなら願ってもないわ」
「あら、ならどうして参加したの?」
ついにこの時が来たと女王を前に腰に手を当てると堂々と宣言する。
「ふん!
あなたと結婚し、王になる為よ!」
今までとは違い、笑い声が響くどころか全くの無表情の三人と笑顔の女王が佇んでいる。
「そう、私と結婚したかったのですね。
それは権力を手に入れたいが為に?」
「それもあるわ。
あたしにはやらなければならないことがあるのよ。
けど、本当の愛を感じたいってのもあるのよね」
女王は変わらず笑顔のままだが、三人は険しい表情へと変わっていっていた。
「ただ権力が欲しい、ってことではないようね。
けど、私は女よ?」
「あたしだって女だわ。
そのあたしの唇を奪ったのは誰よ」
「ふふふ。
やっぱり貴女は面白いわ。
それで?
王になって何を求めたの?」
婚約の可能性が無くなった今、ここで進言するしかないと頭をよぎる。
しかし、言葉を選ぶ間もなくあたしの口は想いを言葉にしていた。
「南街のレーセンダムの近くに閉ざされた湖があるわよね?
あたしはそこを開放したいのよ」
「それはならん!!」
強い口調で放たれた言葉は女王のものではなく、険しい表情を強めたディバイルのものだった。
「私からではないので驚いたでしょう。
彼は宰相のディバイル。
国の政治はほとんど彼が担っているのですよ」
顔に出ていたのか、あたしの心を見透かしたように女王は優しく説明してくれた。
「ふ~ん。
で、なんでダメなのさ。
いいじゃない、あるのは湖だけなんでしょ?」
「駄目なものは駄目だ!
それ以外はない。
湖しかないとしても開放などあり得ん!」
刹那、女王が険しい顔になったのをあたしは見逃さなかった。
「としても?
やっぱり聞いた噂のようなことがあったのね?」
この場でまさか湖に行ったと言ったもんならグランフォートにも迷惑がかかり、あたしの身もどうなるか分かったもんじゃない。
「どのような噂かは知らんが、そんな身も蓋もない話を信じているのだな。
しかし、どんなことがあろうとあそこを開け放つわけにはいかんな」
どうあっても聞く耳を持たないようで、あたしの経験したことを話したくなってしまう。
「だったら!
……理由も聞かせてくれないのよね。
あたしの聞いた話だと、あそこには騎士の霊が眠っているそうね。
その魂を解放してあげたいとは思わないわけ!?」
あくまでも聞いた話だと付け加えたが、皆が皆、眉間にシワを寄せたのはそれは真実だと語っているようだった。
「仮にそうだとしてもお主に何が出来る!?
何も知らず噂ばかりを信じ、国が決めたことに首を突っ込むとはどういった了見であろうか。
そして、陛下の前でこのようなことを。
お主はそこを出たくないと、そういうことだな?
少し頭を冷やす意味でも当分そこにいるのだな」
「ちょっ!
ちょっと、それはないでしょ!?」
図星を突かれて権力を振りかざしているようにしか見えない態度に、本心を言えない悔しさが心を締め付けた。
「待ちなさい、ディバイル」
助け船のように女王があたしとの間に割って入ると、穏やかに話を続ける。
「確かに噂話を真に受け私に意見するのはどうかと思いますが、そのような噂が一介の旅人を信じさせるだけになっているならば、それは対処せねばなりません。
なのでアテナ、私達がどうすべきか決めるので一日だけ待ってもらえないかしら?
もしくは、きっぱりと忘れこの国を出て行くか」
「そ、それは……」
選択肢がないことは明らかだった。
しかし、いつ出られるか分からないよりは良いだろうという女王の配慮には感謝しなければならないだろう。
「いいわね?
ディバイル、アテナ」
「うぬぅ。
陛下がそうおっしゃるならば致し方ありません。
これには従いましょう」
間を取り持たれたことに不満気にしてはいるものの、それに従うのは反論が出来ない提案をされたからなのだろう。
これにはあたしも仕方なく従うと装い、両手を腰にやり首を縦に振った。
「良かったわ、二人共頷いてくれて。
アテナ、貴女には少し苦労させるけど待っていてね。
それと、グランフォート卿には私から心配しないように話しておくわ」
そう言うと笑顔の欠片を残し、配下を従え去って行った。
まだここに居なければならない、真実を話せなかった、ミーニャらに現状を話せないなど不安要素は残ったままだが、彼女なら上手くやってくれるだろうという不思議な安心感も残っていた。
「さぁて、と。
一日待つのね。
……湖に行ったことを伏せつつ、真実を伝えなきゃならないって難しいわね。
絶対にみんな知っているのに知らないふりをしているんじゃさぁ」
いくらどう言ったところで多人数で知らないふりをされては打つ手はないが、女王だけならばどうにかなりそうな気もしていた。
「噂を噂でなくせば良くはないか?
真実を証明したら逃げ場はなくなるのでは?」
「誰っ!?」
突如として聞こえてきた声に鉄格子を握り通路を見るが、そこには影姿すらなかった。
「誰なの!?」
檻の前に来るまで姿を見ることは出来ず、あたしの声に反応もしなかったのに若干の恐怖を覚えつつ、格子から少し離れ動向を伺った。
「アテナ殿、お話に伺いました。
起きていらっしゃり何よりです」
姿を見せたのは四人。
一人はグリフレットと闘技祭の抽選をした騎士、それに見たこともないおじさん。
そして、それを従えているのがフードを目深に被った小柄な女性……と言っても姿形から女王と名乗ったその人なのは明白だった。
「グリフレット。
あなた何が全力で擁護するよ!
こんなところに連れて来てさ。
ここは重罪人の入るとこなんでしょ!?」
開口一番グリフレットに文句を言い放つ。
それは普通の牢に入れられたのと、ここに入れられたのではあまりにも気の持ちようが変わっていたからだった。
「その点については早くに説明すべきでしたね。
まさか気にしているとは思ってもいなかったので。
しかし、私も未だ騎士ではない故に中々に進言する機会もなくでして、誠に申し訳なく思っています。
ここは重罪人の牢になってますが今は誰も居らず、お話するにはうってつけだったので」
そういう理由なら始めから言ってくれたらこんなに落ち込んだりすることもなかっただろうに。
「それならそうと始めに言ってよね。
余計な心配したどころじゃないんだから!」
グリフレットは苦笑いを浮かべながら僅かながら頭を下げた。
「で、何でその人と一緒なのよ」
騎士とクリフレッドがいる場に、自称女王が伴って姿を見せたことへの疑問を指をさしてぶつけた。
「こら!
陛下に向かって無礼であろう!!」
口を開いたのはグリフレットではなく見知らぬおじさんだった。
「自称ね、自称。
そんなに引き連れて来たって女王だって信じられるもんじゃないし、不意打ちであたしにキスをするのが女王の証とも思えないしねっ」
あたしを何かに陥れようとしている疑念も拭えないので、腰に手を当て皮肉たっぷりの笑顔で返してやった。
それが良かったのか悪かったのか、男性陣は口を開けたまま女性へと向き直った。
「……陛下!?」
三人の声が同時に重なり響き渡ると、素晴らしい調和を奏でていた。
「陛下!
またそのようなことを!?
何度言ったら分かるのですか!
しかも、相談もなしにこんなところに来るなんて」
おじさんがまさかの剣幕で女性に詰めよっているが、当の本人は特に気にする表情は見せていない。
「いいじゃないのよ、そのくらい。
異性に口づけしたわけじゃないんだし、あまり固いこと言わないでよ」
何だかこの雰囲気は嘘偽りがなさそうに感じ、本当に女王なのかと思ってしまう。
「良くありません!
もう少し女王としての自覚を持って頂かないと、この国を守っていくことが出来ないではありませんか!」
「自覚はあるわよ。
でも、実質的に守るのは私ではなく騎士や兵士の方々で、私に出来るのは皆さんが満足するような国を創り、維持していくだけになります。
まぁそれもディバイル、貴方の助言に従っているだけですけど」
ディバイルと呼ばれたおじさんが口をへの字に結ぶと、女性は笑顔であたしに向き直った。
「ね、これで証明出来たと思うけれど?
異性に口づけしただけで怒ることなんてないでしょ。
大の大人が三人も私の行動を気にしているのですから。
これで女王でなければどんな人だ、って話になるわよ」
ここまで見せられ言われたら、最早疑いの余地はないように思えた。
「分かったわよ。
もう疑いはしないわ、メイル女王。
で、今度は何をしに来たの?」
「お主、陛下に向かって無礼だと何度言えば――」
「いいのよ、ディバイル。
今更かしこまれても私だって気持ち悪いわ」
顔はディバイルに向けたまま、あたしには片目を瞑ってみせた。
女王だと思えなかった理由の一つに、この気さくさが大いに関係しているのは間違いないと言える。
「さて、私がここに来たのは他でもありません。
アテナ、貴女に伝えることがあります。
お願いします、アーサー」
笑顔から一変、神妙な面持ちになると騎士に目配せをし、後を託すかのように半歩下がると今度は騎士が大きく前に出た。
「剣闘技祭のことについて話す。
貴公の活躍は見事であり、剣闘技祭を非常に盛り上げる結果となった。
そして、騎士叙勲を受ける資格を有するまでに勝ち上がったのだが、協議の結果……騎士叙勲資格の剥奪ならびに失格とする」
淡々と感情の起伏も見せず話す騎士の言葉にあたしが口を挟むことは出来ず、途中まであたしの気持ちを盛り上げておいて最終的には最悪の結果になったのには、何とも言えない気持ちを抱えることとなった。
「……は?
なんでよ。
失格って何よ」
想定していたこともありそれほどの怒りはなかったが、失格とまで至った経緯を知りたかった。
「それは私からお話しましょう」
アーサーと横並びになるよう女王は前に出ると、先ほどとは変わり柔らかい口調で話し始めた。
「アテナの闘いぶりは目を見張るものがありました。
そして、あそこまで勝ち上がるにはそれなりの才能と資質があったのだと思います。
しかし、これはあくまでも剣で競い合うお祭りであって、勝ち上がるのが目的ではありません。
よって、騎士サフィアとの闘いは相応しくないとの判断にて失格となりました」
確かに彼とは剣を交えることなく勝敗は決まった。
「そう、ね。
剣技だけが騎士の全てではないけど、この祭りは剣技を競うものだったわ。
女王と婚約するのが目的ではないものね」
「そうよ、そういう事。
でも、サフィアに話を聞いたら貴女は騎士にも向いてないことが分かったし、今度の行いと合わせて失格になったのよ」
全てを考慮した結果が失格となった訳か。
「でもさ、今回のことはグリフレットが擁護してくれたんじゃなくて?」
「えぇ、貴女のことを本当に庇っていたわよ。
でもね、そもそもこのような場で喧嘩をすること自体が騎士に相応しくないのよね」
どれもこれも反論のしようがなかった。
「ただし、騎士には向いてないけど、凄い資質は兼ね備えていることが分かったわ」
「それって?」
「国王よ。
その若さで相手を見極め、諭し説き伏せる能力は国王やそれに従事る者に相応しくってよ」
あたしにどんな能力があって何に相応しいかなんて考えたこともなく、それが国王に相応しいと言われるとそれはそれで嬉しく思う。
「そうなの?
それは嬉しいこと言ってくれるわね。
元々騎士になるつもりで参加したんじゃないし、国王のほうが向いてるなら願ってもないわ」
「あら、ならどうして参加したの?」
ついにこの時が来たと女王を前に腰に手を当てると堂々と宣言する。
「ふん!
あなたと結婚し、王になる為よ!」
今までとは違い、笑い声が響くどころか全くの無表情の三人と笑顔の女王が佇んでいる。
「そう、私と結婚したかったのですね。
それは権力を手に入れたいが為に?」
「それもあるわ。
あたしにはやらなければならないことがあるのよ。
けど、本当の愛を感じたいってのもあるのよね」
女王は変わらず笑顔のままだが、三人は険しい表情へと変わっていっていた。
「ただ権力が欲しい、ってことではないようね。
けど、私は女よ?」
「あたしだって女だわ。
そのあたしの唇を奪ったのは誰よ」
「ふふふ。
やっぱり貴女は面白いわ。
それで?
王になって何を求めたの?」
婚約の可能性が無くなった今、ここで進言するしかないと頭をよぎる。
しかし、言葉を選ぶ間もなくあたしの口は想いを言葉にしていた。
「南街のレーセンダムの近くに閉ざされた湖があるわよね?
あたしはそこを開放したいのよ」
「それはならん!!」
強い口調で放たれた言葉は女王のものではなく、険しい表情を強めたディバイルのものだった。
「私からではないので驚いたでしょう。
彼は宰相のディバイル。
国の政治はほとんど彼が担っているのですよ」
顔に出ていたのか、あたしの心を見透かしたように女王は優しく説明してくれた。
「ふ~ん。
で、なんでダメなのさ。
いいじゃない、あるのは湖だけなんでしょ?」
「駄目なものは駄目だ!
それ以外はない。
湖しかないとしても開放などあり得ん!」
刹那、女王が険しい顔になったのをあたしは見逃さなかった。
「としても?
やっぱり聞いた噂のようなことがあったのね?」
この場でまさか湖に行ったと言ったもんならグランフォートにも迷惑がかかり、あたしの身もどうなるか分かったもんじゃない。
「どのような噂かは知らんが、そんな身も蓋もない話を信じているのだな。
しかし、どんなことがあろうとあそこを開け放つわけにはいかんな」
どうあっても聞く耳を持たないようで、あたしの経験したことを話したくなってしまう。
「だったら!
……理由も聞かせてくれないのよね。
あたしの聞いた話だと、あそこには騎士の霊が眠っているそうね。
その魂を解放してあげたいとは思わないわけ!?」
あくまでも聞いた話だと付け加えたが、皆が皆、眉間にシワを寄せたのはそれは真実だと語っているようだった。
「仮にそうだとしてもお主に何が出来る!?
何も知らず噂ばかりを信じ、国が決めたことに首を突っ込むとはどういった了見であろうか。
そして、陛下の前でこのようなことを。
お主はそこを出たくないと、そういうことだな?
少し頭を冷やす意味でも当分そこにいるのだな」
「ちょっ!
ちょっと、それはないでしょ!?」
図星を突かれて権力を振りかざしているようにしか見えない態度に、本心を言えない悔しさが心を締め付けた。
「待ちなさい、ディバイル」
助け船のように女王があたしとの間に割って入ると、穏やかに話を続ける。
「確かに噂話を真に受け私に意見するのはどうかと思いますが、そのような噂が一介の旅人を信じさせるだけになっているならば、それは対処せねばなりません。
なのでアテナ、私達がどうすべきか決めるので一日だけ待ってもらえないかしら?
もしくは、きっぱりと忘れこの国を出て行くか」
「そ、それは……」
選択肢がないことは明らかだった。
しかし、いつ出られるか分からないよりは良いだろうという女王の配慮には感謝しなければならないだろう。
「いいわね?
ディバイル、アテナ」
「うぬぅ。
陛下がそうおっしゃるならば致し方ありません。
これには従いましょう」
間を取り持たれたことに不満気にしてはいるものの、それに従うのは反論が出来ない提案をされたからなのだろう。
これにはあたしも仕方なく従うと装い、両手を腰にやり首を縦に振った。
「良かったわ、二人共頷いてくれて。
アテナ、貴女には少し苦労させるけど待っていてね。
それと、グランフォート卿には私から心配しないように話しておくわ」
そう言うと笑顔の欠片を残し、配下を従え去って行った。
まだここに居なければならない、真実を話せなかった、ミーニャらに現状を話せないなど不安要素は残ったままだが、彼女なら上手くやってくれるだろうという不思議な安心感も残っていた。
「さぁて、と。
一日待つのね。
……湖に行ったことを伏せつつ、真実を伝えなきゃならないって難しいわね。
絶対にみんな知っているのに知らないふりをしているんじゃさぁ」
いくらどう言ったところで多人数で知らないふりをされては打つ手はないが、女王だけならばどうにかなりそうな気もしていた。
「噂を噂でなくせば良くはないか?
真実を証明したら逃げ場はなくなるのでは?」
「誰っ!?」
突如として聞こえてきた声に鉄格子を握り通路を見るが、そこには影姿すらなかった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる