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マキ救出後の顛末3
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ビストリア公国での眷属化の解除を終えた翌日の午後。
リリスはビストリア公の親衛隊のハンナに誘われ、王都の一画に足を運んだ。
その区画は高級な飲食店が軒を連ね、昼から優雅に着飾った人達が出入りしていた。
この辺りの店は主に貴賓の接待などに使われるのだろう。
ちなみにこの日、ハンナは淡いブルーのドレスを着ていて、リリスは当初から着用している黒いパンツスーツである。
私、何となく浮いているわね。
そう思っているとハンナは、一軒の格式が高そうな店にリリスを案内した。
若干戸惑いながらその店に入るリリスに、ハンナはそっと耳打ちした。
「この店は私の実家の馴染の店で、お願いすればドレスをレンタル出来るんですよ。」
ハンナは黒いドレスを着た店員に話しを付け、リリスを店の奥の部屋に案内した。
その部屋には30着ほどのドレスの他に、アクセサリーやウィッグが用意され、メイク担当のスタッフも常駐していた。
これって他国の王宮にあるコーディネートルームと遜色ないわね。
そう思いつつ赤いドレスを選んだリリスだが、あくまでも昼食なのでメイクやアクセサリーのレンタルは遠慮した。
店員が店の片隅のテーブルに案内し、リリスとハンナは豪華な装飾のある椅子に深々と座った。
店内は若干薄暗く、テーブルの上に小さなシャンデリアを模した照明がある。
落ち着いた雰囲気の店内は広く、その半数が客で埋まっていた。
テーブルの上に給仕される食事はどれも手が込んだものばかりで、味も一流でありリリスを大いに堪能させるものであった。
「リリス様。堪能していただけましたか? 昨日はかなり無理させてしまいましたからね。」
ハンナの言葉にリリスは軽く頷いた。
「まあ、良いわよ。私が蒔いた種なんだから。」
そう言いながら紅茶を一口すすると、背後から思い掛けない言葉が聞こえてきた。
「それって本心じゃないわよね。自分が蒔いた種なんて思っていないはずよ。」
えっ!と驚いて後ろを振り向くと、グリーンのドレスを着た若い女性が立っていた。
金髪丸顔で目の大きな女性だが、リリスは見覚えが無い。
誰?
そう思って前を見ると、ハンナが嫌そうな表情を浮かべ、あちゃー!と呟いている。
そのハンナを笑顔で見つめながら、その女性は別のテーブルから椅子を移動させ、リリスの横に座ってしまった。
「カテリーナ様。どうしてここに?」
カテリーナと呼ばれた女性はニヤッと笑った。
「どうしてって言われてもねえ。主がここに居るんだから来ただけよ。」
「主? 私の事?」
リリスは思わずそう呟いた。
リリスの言葉にカテリーナは軽く驚いたような仕草をした。
「あらっ? 自分の眷属の顔を見忘れちゃったの?」
眷属と聞いてリリスはカテリーナの顔をじっと見つめた。
だがやはり見覚えが無い。
リリスの様子を見てハンナは呆れたような表情で口を開いた。
「見覚えあるわけ無いですよ。自分が擬態しているのを忘れていませんか?」
「ああ、そうだったわね。でもその擬態って言う言い方は止めてよね。まるで私が虫や魔物みたいじゃないの。普通に偽装と言いなさいよ。」
カテリーナはそう言うと、近くに居た店員に紅茶を運んでくるように頼んだ。
店員もニヤッと笑って店の奥に向かった。
「それで・・・どちら様で?」
リリスの言葉に答えようとするカテリーナを制し、ハンナが口を開いた。
「我が国の王女様です。ビストリア公の妹君のカテリーナ様。お忍びの時は偽装して外出されるんですよ。」
ハンナの言葉にリリスはえっ!と驚きの声を上げた。
「カテリーナ様って・・・実物とは全く別人ですよね。」
「それはそうよ。そうでなければ偽装の意味が無いわよ。」
カテリーナはそう言うと、運ばれてきた紅茶を一口飲み、優雅にカップを元に戻した。
その所作は流石に王族である。
「でも、カテリーナ様って眷属化された時の事を覚えているんですか?」
リリスの言葉にカテリーナはうんうんと頷いた。
「私は特殊なスキルがあるのでね。でも、あれは私にとっても新鮮な体験だったわ。だって主の持つスキルや魔法や加護を自由に使えるんだもの。もちろん使えるレベルに制限が掛けられていたけど、火魔法や土魔法や闇魔法がかなり高レベルまで流用出来て、竜由来の加護の持つスキルや巨木の加護まで使えたわ。あのまま眷属になっていても良かったのよ。」
いやいや。
そう言うわけにはいかないでしょ。
拙いなあと言う表情のリリス。
その様子を見てハンナが口を開いた。
「カテリーナ様は特殊な方なんですよ。私達にも良く分からないスキルを持っていて、小さい頃からそれを王家の為に活用されているんです。現ビストリア公を背後でお支えしているのもカテリーナ様ですから。」
そうなのね。
ハンナの言葉にリリスは何となく納得した。
確かにカテリーナには得体の知れない気配がある。
「これでも対外的には清廉潔白でおしとやかな王女なのよ。」
「それって自分で言いますかね?」
ハンナの突っ込みにカテリーナはえへへと照れ笑いをした。
だが急にその表情が変わり、リリスの顔を軽く睨んだ。
「リリスさん。昨夜は怖い思いをしたのよ。今でも身体の震えが収まらないんだから。」
演技めいたわざとらしい言葉と表情に、リリスは戸惑いながら問い掛けた。
「私が何かしましたか?」
「あらっ! しらばっくれる気なの? 凶悪な竜の威圧を送り込まれて、危うく漏らしてしまうところだったのよ。」
「カテリーナ様。言葉を選んで・・・」
話しに割り込んできたハンナの言葉に、カテリーナは首を傾げた。
「お漏らしが下品だったら、失禁とでも言えば良いの?」
「そう言う意味じゃありません!」
困った表情で黙り込むハンナ。
その様子を見ながらリリスの脳裏には、日頃からハンナ達がカテリーナの奔放な言動に、振り回されている姿が目に浮かんだ。
でも、竜の威圧って昨晩の眠る直前の事よね。
煩わしい探知や精神攻撃の気配を遮断する為に、クイーングレイスさんに任せた件しか思い当たらないわ。
「カテリーナ様ってもしかして、昨夜私の事を探知していました?」
リリスの問い掛けにカテリーナはうんうんと頷いた。
「もちろんよ。リリスさんの事って気になるんだもの。」
「それだけですか?」
リリスの言葉にカテリーナはニヤッと笑った。
その笑顔がわざとらしい。
「単純に興味があっただけよ。ミラ王国とやり取りしていないかとか、我が国に潜伏させた諜報員と情報交換していないかとか、我が国の内情を探ろうとしていないかとか、あれこれと探っているんじゃないかなんて、全く思っていないわよ。」
「何か白々しいですね。」
リリスの言葉にカテリーナはえへへと笑い、紅茶を一口飲んで口を開いた。
「まさか探知波の出処に竜の威圧のおまけをつけて返してくるなんて、思いもしなかったわ。私だからあの程度で済んだけど、耐性の無い者だったら再起不能になるレベルだったわよ。」
「それは大袈裟ですよ。」
「大袈裟じゃないわよ。自分で修復したから今は見えないけど、竜のかぎ爪で首を絞められた跡まで残っていたのよ。」
そう言いながらカテリーナは自分の首元を擦った。
クイーングレイスさんったらそこまでしていたのね。
あの人は、否、あの竜は任せっきりにすると加減をしないからなあ。
リリスは自己反省しつつ、給仕されてきた上質な紅茶を一口飲んだ。
芳醇な香りが鼻をくすぐる。
若干寛いだ表情のリリスを見て、カテリーナはその表情を緩めた。
「そう言えば眷属化を解除した時に、あなたが残したあの巨木のイメージは何なの? 私には加護のようにも思えるんだけど、特にスキルとして残されているのでもないし・・・・・」
カテリーナの言葉にリリスは少し考え込んだ。
世界樹の事なんて話しても理解されないだろう。
「あれは・・・精神的支柱と言うか心の規範なんです。あらゆる生命を慈しみ、大切にする気持ちで他者にも向かう心の姿勢を芽生えさせる。それ以外には何もありません。」
「まあ、それでも加護と言えば加護ですかね。」
曖昧な表現をせざるを得ないリリスである。
リリスの説明にカテリーナはふうんと唸った。
「実害が無ければ良いわよ。実際自分でも確かめたけど、特に特殊な呪詛やトリガーが埋め込まれている気配も無いし、魔力にも干渉していないからね。」
「悪人が悪に走る歯止めになるのなら、それはそれで評価するわ。実際にね・・・・・」
そう言いながらカテリーナは身を乗り出して小声で話し始めた。
「リリスさんが乗り込んだ屋敷の当主のカールなんだけど、眷属化を解除してから様子がおかしいのよ。以前のような悪辣な言動を慎むようになって、聖女を悪用する裏ビジネスから手を洗いたいって言っているんだもの。」
「眷属化されていた時の尋問で、関係者をほぼ全て把握出来たけど、カールやその取り巻き達の再犯の危険性を喪失させたのもリリスさんのお陰よ。」
まあ、世界樹が思考発想の規範になればそうなるわよね。
リリスはそう思いながらも、不意を突き隠れて発動した世界樹の加護には若干不信感を感じている。
まさかこの世界に、世界樹の存在そのものを植え付けるつもりじゃないでしょうね。
まあ、世界樹の加護の本格的な発動はロキ様に禁止されているけど、その目を盗むようなシークレットモードでの発動は止めて欲しいわ。
リリスが何かしら考え込んでいる様子を見て、カテリーナはふと話題を変えた。
「そう言えばカール達が拉致したマキさんって言う大祭司なんだけど、あの人って以前にアストレア神聖王国の大神殿で、聖剣アリアドーネの剣技を披露した方よね?」
「ええ、そうです。ご存知ですか?」
「だって私もあの場に貴賓として参席していたのよ。一応ビストリア公国の王女だからね。」
ああ、そうだったのね。
「マキさんってカッコ良かったわ。プラチナ色のメタルアーマー姿が目に焼き付いちゃって。それでね、兄上も彼女の存在が気になっているのよ。一度会ってみたいって言っているんだけどね。」
「えっ! ビストリア公が?」
拙いわね。
マキちゃんがビストリア公国の王家と会うなんて出来ないわよ。
それで気に入られでもしたら、どうするのよ。
「兄上は清廉潔白な人なんだけど、女性の扱いに関しては不器用で、まだ妃を娶っていないのよ。私としてはビストリア公国の王妃が高位の聖魔法を扱い、聖剣を持つ大祭司の女性なら、申し分ないんだけどねえ。」
カテリーナはそう言うと、リリスの目の前にグッと身を乗り出してきた。
その圧が凄まじい。
ウッと唸って引いているリリスの様子を見て、ハンナがカテリーナの腕を掴んで引き留めた。
「カテリーナ様。ミラ王国とはまだ国交も開いていないのですから、あまり早急な事は口にしないでください。」
「ああ、そうだったわね。今はまだ国交を開く為の準備の段階だったわね。でもミラ王国との国交が開かれるまで待ちきれないわ。今度は私がマキさんを拉致しちゃおうかしら。」
「カテリーナ様! 言葉を慎んでください! リリス様はミラ王国からの賓客ですよ。」
ハンナの鬼の形相にカテリーナはしかめっ面をした。
「分かってるわよ。冗談だからね。」
そう言ってリリスにわざとらしい笑顔を向けるカテリーナ。
その心の内が読む切れず、リリスも戸惑うばかりだ。
どうも調子が狂っちゃうなあ。
困惑するリリスの顔を見ながら、カテリーナは席から立ち上がった。
「今日はこれでお暇するわ。またリリスさんと会えると良いわね。失礼。」
手を振りながらカテリーナは店の外に出ていった。
その後ろ姿を見ながら、ハンナはふうっと大きく溜息をついた。
その表情に苦悩が滲んでいる。
「いつもあんな風なんですよ。周りの者が振り回されちゃって・・・」
「ああ、お察ししますよ。」
リリスはそう言ってハンナをねぎらった。
二人はしばらく談笑した後店を出て、王都の中を歩いて回った。
幾つかの建物を見物し、買い物を済ませて迎賓館に戻った頃にはもう日が暮れていた。
迎賓館のゲストルームに戻ったリリスは、とりあえず魔道具でマキに連絡をしてみた。
用件はもちろんカテリーナから聞かされた内容だったが、マキはその件に関しては全く取り合わなかった。
「私がビストリア公国の王家に嫁ぐなんて有り得ませんよ。考えただけでも不快だわ。単に住む事だって嫌ですから。」
きっぱりと拒否するマキにリリスもそうよねと言いながら同調した。
その夜はハンナが再びゲストルームを訪れ、二人で迎賓館の中のレストランで夕食を摂った。
ノイマン達は国交を結ぶに当たっての覚書を交わす段階での交渉にやや難航しているそうで、それが終わり次第晩さん会に突入する予定になっている。
「本来はリリス様同席のもとの晩さん会を開く予定だったんですけどね。」
そう言って申し訳なさそうに謝罪するハンナに、リリスは気遣いは不要だと伝えた。
国家間の交渉事なんて、そんなに簡単なものじゃないものね。
リリスは割り切って食事を済ませ、ハンナと別れてゲストルームに戻った。
翌朝、朝食の後にノイマンの部下がリリスを迎えに来た。
帰国の途に就くと言う。
リリスは荷物を整え、迎賓館のエントランスに向かうとノイマン達と合流し、転移の魔石でミラ王国へと戻ったのだった。
ビストリア公国から帰国した翌日。
リリスは午前中の授業を終え、昼食をとって学舎の傍の休憩スペースに足を運んだ。
久し振りの座学で身体がだるい。
午後は図書館の司書の仕事が待ち受けているので、少し身体を楽にしたい。
そう思って休憩スペースのベンチに座ったリリスは、ふと傍に立っている若木の気配に違和感を感じた。
若木から漂ってくる癒しの波動はいつもと変わらない。
だがそれと共に躍動するような生命感を感じたのだ。
まるで大きく成長しようとしているみたいね。
そんなものなのかなあと思いつつその枝を見ると、ところどころに赤い小さな実が付いているのが見えた。
あれっ?
実が付いてるけど、花が咲いたの?
そう思いながらその実を一粒手に取った。
直径1cmほどの小さな実である。
だがその実に触れる指先に、実の切り口から滲み出た汁が付くと、そこから何かが指の中に入ってくるような感覚を受けた。
何?
不思議に思っていると、心の奥底から高揚感が増してくるのを感じて、リリスは首を傾げた。
とりあえず解析スキルを発動させ、この実について問い掛けてみた。
この赤い実って単なる木の実じゃ無いの?
『それは成分についての事ですか?』
『確かに不思議な実ですね。高品質のヒーリングポーションの主原料になりそうです。ですがそれ以外にも未知の成分を幾つも含んでいます。それに関しては今のところ解析不能ですね。』
そんな事があるのね。
まあ良いわ。ありがとう。
リリスは感謝の意を伝えて解析スキルの発動を解除した。
若木の枝葉を通して和らいだ日差しが降り注ぐ。
吹き抜ける風も心地良い。
しばらくベンチに座って寛いだリリスは、そろそろ図書館に向おうと思った。
だが、そのリリスの傍に突然小さな鳥が降り立った。
ブルーのストライプの入った白い鳥。
これはレイチェルの使い魔だ。
「どうしたの?」
リリスの言葉に白い鳥が首を上げ、リリスの目をじっと見つめた。
「リリス。あんたって自覚が無いの?」
「自覚って何が?」
「何がって・・・加護の発動よ。世界樹の加護が秘密裏に発動して、その若木とやり取りし始めたわよ。」
えっ!
まさか・・・。
思い掛けないレイチェルの言葉に、リリスは唖然として若木を見つめていたのだった。
リリスはビストリア公の親衛隊のハンナに誘われ、王都の一画に足を運んだ。
その区画は高級な飲食店が軒を連ね、昼から優雅に着飾った人達が出入りしていた。
この辺りの店は主に貴賓の接待などに使われるのだろう。
ちなみにこの日、ハンナは淡いブルーのドレスを着ていて、リリスは当初から着用している黒いパンツスーツである。
私、何となく浮いているわね。
そう思っているとハンナは、一軒の格式が高そうな店にリリスを案内した。
若干戸惑いながらその店に入るリリスに、ハンナはそっと耳打ちした。
「この店は私の実家の馴染の店で、お願いすればドレスをレンタル出来るんですよ。」
ハンナは黒いドレスを着た店員に話しを付け、リリスを店の奥の部屋に案内した。
その部屋には30着ほどのドレスの他に、アクセサリーやウィッグが用意され、メイク担当のスタッフも常駐していた。
これって他国の王宮にあるコーディネートルームと遜色ないわね。
そう思いつつ赤いドレスを選んだリリスだが、あくまでも昼食なのでメイクやアクセサリーのレンタルは遠慮した。
店員が店の片隅のテーブルに案内し、リリスとハンナは豪華な装飾のある椅子に深々と座った。
店内は若干薄暗く、テーブルの上に小さなシャンデリアを模した照明がある。
落ち着いた雰囲気の店内は広く、その半数が客で埋まっていた。
テーブルの上に給仕される食事はどれも手が込んだものばかりで、味も一流でありリリスを大いに堪能させるものであった。
「リリス様。堪能していただけましたか? 昨日はかなり無理させてしまいましたからね。」
ハンナの言葉にリリスは軽く頷いた。
「まあ、良いわよ。私が蒔いた種なんだから。」
そう言いながら紅茶を一口すすると、背後から思い掛けない言葉が聞こえてきた。
「それって本心じゃないわよね。自分が蒔いた種なんて思っていないはずよ。」
えっ!と驚いて後ろを振り向くと、グリーンのドレスを着た若い女性が立っていた。
金髪丸顔で目の大きな女性だが、リリスは見覚えが無い。
誰?
そう思って前を見ると、ハンナが嫌そうな表情を浮かべ、あちゃー!と呟いている。
そのハンナを笑顔で見つめながら、その女性は別のテーブルから椅子を移動させ、リリスの横に座ってしまった。
「カテリーナ様。どうしてここに?」
カテリーナと呼ばれた女性はニヤッと笑った。
「どうしてって言われてもねえ。主がここに居るんだから来ただけよ。」
「主? 私の事?」
リリスは思わずそう呟いた。
リリスの言葉にカテリーナは軽く驚いたような仕草をした。
「あらっ? 自分の眷属の顔を見忘れちゃったの?」
眷属と聞いてリリスはカテリーナの顔をじっと見つめた。
だがやはり見覚えが無い。
リリスの様子を見てハンナは呆れたような表情で口を開いた。
「見覚えあるわけ無いですよ。自分が擬態しているのを忘れていませんか?」
「ああ、そうだったわね。でもその擬態って言う言い方は止めてよね。まるで私が虫や魔物みたいじゃないの。普通に偽装と言いなさいよ。」
カテリーナはそう言うと、近くに居た店員に紅茶を運んでくるように頼んだ。
店員もニヤッと笑って店の奥に向かった。
「それで・・・どちら様で?」
リリスの言葉に答えようとするカテリーナを制し、ハンナが口を開いた。
「我が国の王女様です。ビストリア公の妹君のカテリーナ様。お忍びの時は偽装して外出されるんですよ。」
ハンナの言葉にリリスはえっ!と驚きの声を上げた。
「カテリーナ様って・・・実物とは全く別人ですよね。」
「それはそうよ。そうでなければ偽装の意味が無いわよ。」
カテリーナはそう言うと、運ばれてきた紅茶を一口飲み、優雅にカップを元に戻した。
その所作は流石に王族である。
「でも、カテリーナ様って眷属化された時の事を覚えているんですか?」
リリスの言葉にカテリーナはうんうんと頷いた。
「私は特殊なスキルがあるのでね。でも、あれは私にとっても新鮮な体験だったわ。だって主の持つスキルや魔法や加護を自由に使えるんだもの。もちろん使えるレベルに制限が掛けられていたけど、火魔法や土魔法や闇魔法がかなり高レベルまで流用出来て、竜由来の加護の持つスキルや巨木の加護まで使えたわ。あのまま眷属になっていても良かったのよ。」
いやいや。
そう言うわけにはいかないでしょ。
拙いなあと言う表情のリリス。
その様子を見てハンナが口を開いた。
「カテリーナ様は特殊な方なんですよ。私達にも良く分からないスキルを持っていて、小さい頃からそれを王家の為に活用されているんです。現ビストリア公を背後でお支えしているのもカテリーナ様ですから。」
そうなのね。
ハンナの言葉にリリスは何となく納得した。
確かにカテリーナには得体の知れない気配がある。
「これでも対外的には清廉潔白でおしとやかな王女なのよ。」
「それって自分で言いますかね?」
ハンナの突っ込みにカテリーナはえへへと照れ笑いをした。
だが急にその表情が変わり、リリスの顔を軽く睨んだ。
「リリスさん。昨夜は怖い思いをしたのよ。今でも身体の震えが収まらないんだから。」
演技めいたわざとらしい言葉と表情に、リリスは戸惑いながら問い掛けた。
「私が何かしましたか?」
「あらっ! しらばっくれる気なの? 凶悪な竜の威圧を送り込まれて、危うく漏らしてしまうところだったのよ。」
「カテリーナ様。言葉を選んで・・・」
話しに割り込んできたハンナの言葉に、カテリーナは首を傾げた。
「お漏らしが下品だったら、失禁とでも言えば良いの?」
「そう言う意味じゃありません!」
困った表情で黙り込むハンナ。
その様子を見ながらリリスの脳裏には、日頃からハンナ達がカテリーナの奔放な言動に、振り回されている姿が目に浮かんだ。
でも、竜の威圧って昨晩の眠る直前の事よね。
煩わしい探知や精神攻撃の気配を遮断する為に、クイーングレイスさんに任せた件しか思い当たらないわ。
「カテリーナ様ってもしかして、昨夜私の事を探知していました?」
リリスの問い掛けにカテリーナはうんうんと頷いた。
「もちろんよ。リリスさんの事って気になるんだもの。」
「それだけですか?」
リリスの言葉にカテリーナはニヤッと笑った。
その笑顔がわざとらしい。
「単純に興味があっただけよ。ミラ王国とやり取りしていないかとか、我が国に潜伏させた諜報員と情報交換していないかとか、我が国の内情を探ろうとしていないかとか、あれこれと探っているんじゃないかなんて、全く思っていないわよ。」
「何か白々しいですね。」
リリスの言葉にカテリーナはえへへと笑い、紅茶を一口飲んで口を開いた。
「まさか探知波の出処に竜の威圧のおまけをつけて返してくるなんて、思いもしなかったわ。私だからあの程度で済んだけど、耐性の無い者だったら再起不能になるレベルだったわよ。」
「それは大袈裟ですよ。」
「大袈裟じゃないわよ。自分で修復したから今は見えないけど、竜のかぎ爪で首を絞められた跡まで残っていたのよ。」
そう言いながらカテリーナは自分の首元を擦った。
クイーングレイスさんったらそこまでしていたのね。
あの人は、否、あの竜は任せっきりにすると加減をしないからなあ。
リリスは自己反省しつつ、給仕されてきた上質な紅茶を一口飲んだ。
芳醇な香りが鼻をくすぐる。
若干寛いだ表情のリリスを見て、カテリーナはその表情を緩めた。
「そう言えば眷属化を解除した時に、あなたが残したあの巨木のイメージは何なの? 私には加護のようにも思えるんだけど、特にスキルとして残されているのでもないし・・・・・」
カテリーナの言葉にリリスは少し考え込んだ。
世界樹の事なんて話しても理解されないだろう。
「あれは・・・精神的支柱と言うか心の規範なんです。あらゆる生命を慈しみ、大切にする気持ちで他者にも向かう心の姿勢を芽生えさせる。それ以外には何もありません。」
「まあ、それでも加護と言えば加護ですかね。」
曖昧な表現をせざるを得ないリリスである。
リリスの説明にカテリーナはふうんと唸った。
「実害が無ければ良いわよ。実際自分でも確かめたけど、特に特殊な呪詛やトリガーが埋め込まれている気配も無いし、魔力にも干渉していないからね。」
「悪人が悪に走る歯止めになるのなら、それはそれで評価するわ。実際にね・・・・・」
そう言いながらカテリーナは身を乗り出して小声で話し始めた。
「リリスさんが乗り込んだ屋敷の当主のカールなんだけど、眷属化を解除してから様子がおかしいのよ。以前のような悪辣な言動を慎むようになって、聖女を悪用する裏ビジネスから手を洗いたいって言っているんだもの。」
「眷属化されていた時の尋問で、関係者をほぼ全て把握出来たけど、カールやその取り巻き達の再犯の危険性を喪失させたのもリリスさんのお陰よ。」
まあ、世界樹が思考発想の規範になればそうなるわよね。
リリスはそう思いながらも、不意を突き隠れて発動した世界樹の加護には若干不信感を感じている。
まさかこの世界に、世界樹の存在そのものを植え付けるつもりじゃないでしょうね。
まあ、世界樹の加護の本格的な発動はロキ様に禁止されているけど、その目を盗むようなシークレットモードでの発動は止めて欲しいわ。
リリスが何かしら考え込んでいる様子を見て、カテリーナはふと話題を変えた。
「そう言えばカール達が拉致したマキさんって言う大祭司なんだけど、あの人って以前にアストレア神聖王国の大神殿で、聖剣アリアドーネの剣技を披露した方よね?」
「ええ、そうです。ご存知ですか?」
「だって私もあの場に貴賓として参席していたのよ。一応ビストリア公国の王女だからね。」
ああ、そうだったのね。
「マキさんってカッコ良かったわ。プラチナ色のメタルアーマー姿が目に焼き付いちゃって。それでね、兄上も彼女の存在が気になっているのよ。一度会ってみたいって言っているんだけどね。」
「えっ! ビストリア公が?」
拙いわね。
マキちゃんがビストリア公国の王家と会うなんて出来ないわよ。
それで気に入られでもしたら、どうするのよ。
「兄上は清廉潔白な人なんだけど、女性の扱いに関しては不器用で、まだ妃を娶っていないのよ。私としてはビストリア公国の王妃が高位の聖魔法を扱い、聖剣を持つ大祭司の女性なら、申し分ないんだけどねえ。」
カテリーナはそう言うと、リリスの目の前にグッと身を乗り出してきた。
その圧が凄まじい。
ウッと唸って引いているリリスの様子を見て、ハンナがカテリーナの腕を掴んで引き留めた。
「カテリーナ様。ミラ王国とはまだ国交も開いていないのですから、あまり早急な事は口にしないでください。」
「ああ、そうだったわね。今はまだ国交を開く為の準備の段階だったわね。でもミラ王国との国交が開かれるまで待ちきれないわ。今度は私がマキさんを拉致しちゃおうかしら。」
「カテリーナ様! 言葉を慎んでください! リリス様はミラ王国からの賓客ですよ。」
ハンナの鬼の形相にカテリーナはしかめっ面をした。
「分かってるわよ。冗談だからね。」
そう言ってリリスにわざとらしい笑顔を向けるカテリーナ。
その心の内が読む切れず、リリスも戸惑うばかりだ。
どうも調子が狂っちゃうなあ。
困惑するリリスの顔を見ながら、カテリーナは席から立ち上がった。
「今日はこれでお暇するわ。またリリスさんと会えると良いわね。失礼。」
手を振りながらカテリーナは店の外に出ていった。
その後ろ姿を見ながら、ハンナはふうっと大きく溜息をついた。
その表情に苦悩が滲んでいる。
「いつもあんな風なんですよ。周りの者が振り回されちゃって・・・」
「ああ、お察ししますよ。」
リリスはそう言ってハンナをねぎらった。
二人はしばらく談笑した後店を出て、王都の中を歩いて回った。
幾つかの建物を見物し、買い物を済ませて迎賓館に戻った頃にはもう日が暮れていた。
迎賓館のゲストルームに戻ったリリスは、とりあえず魔道具でマキに連絡をしてみた。
用件はもちろんカテリーナから聞かされた内容だったが、マキはその件に関しては全く取り合わなかった。
「私がビストリア公国の王家に嫁ぐなんて有り得ませんよ。考えただけでも不快だわ。単に住む事だって嫌ですから。」
きっぱりと拒否するマキにリリスもそうよねと言いながら同調した。
その夜はハンナが再びゲストルームを訪れ、二人で迎賓館の中のレストランで夕食を摂った。
ノイマン達は国交を結ぶに当たっての覚書を交わす段階での交渉にやや難航しているそうで、それが終わり次第晩さん会に突入する予定になっている。
「本来はリリス様同席のもとの晩さん会を開く予定だったんですけどね。」
そう言って申し訳なさそうに謝罪するハンナに、リリスは気遣いは不要だと伝えた。
国家間の交渉事なんて、そんなに簡単なものじゃないものね。
リリスは割り切って食事を済ませ、ハンナと別れてゲストルームに戻った。
翌朝、朝食の後にノイマンの部下がリリスを迎えに来た。
帰国の途に就くと言う。
リリスは荷物を整え、迎賓館のエントランスに向かうとノイマン達と合流し、転移の魔石でミラ王国へと戻ったのだった。
ビストリア公国から帰国した翌日。
リリスは午前中の授業を終え、昼食をとって学舎の傍の休憩スペースに足を運んだ。
久し振りの座学で身体がだるい。
午後は図書館の司書の仕事が待ち受けているので、少し身体を楽にしたい。
そう思って休憩スペースのベンチに座ったリリスは、ふと傍に立っている若木の気配に違和感を感じた。
若木から漂ってくる癒しの波動はいつもと変わらない。
だがそれと共に躍動するような生命感を感じたのだ。
まるで大きく成長しようとしているみたいね。
そんなものなのかなあと思いつつその枝を見ると、ところどころに赤い小さな実が付いているのが見えた。
あれっ?
実が付いてるけど、花が咲いたの?
そう思いながらその実を一粒手に取った。
直径1cmほどの小さな実である。
だがその実に触れる指先に、実の切り口から滲み出た汁が付くと、そこから何かが指の中に入ってくるような感覚を受けた。
何?
不思議に思っていると、心の奥底から高揚感が増してくるのを感じて、リリスは首を傾げた。
とりあえず解析スキルを発動させ、この実について問い掛けてみた。
この赤い実って単なる木の実じゃ無いの?
『それは成分についての事ですか?』
『確かに不思議な実ですね。高品質のヒーリングポーションの主原料になりそうです。ですがそれ以外にも未知の成分を幾つも含んでいます。それに関しては今のところ解析不能ですね。』
そんな事があるのね。
まあ良いわ。ありがとう。
リリスは感謝の意を伝えて解析スキルの発動を解除した。
若木の枝葉を通して和らいだ日差しが降り注ぐ。
吹き抜ける風も心地良い。
しばらくベンチに座って寛いだリリスは、そろそろ図書館に向おうと思った。
だが、そのリリスの傍に突然小さな鳥が降り立った。
ブルーのストライプの入った白い鳥。
これはレイチェルの使い魔だ。
「どうしたの?」
リリスの言葉に白い鳥が首を上げ、リリスの目をじっと見つめた。
「リリス。あんたって自覚が無いの?」
「自覚って何が?」
「何がって・・・加護の発動よ。世界樹の加護が秘密裏に発動して、その若木とやり取りし始めたわよ。」
えっ!
まさか・・・。
思い掛けないレイチェルの言葉に、リリスは唖然として若木を見つめていたのだった。
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