367 / 369
転移者との遭遇3
しおりを挟む
ギースのダンジョンの第3階層。
砂漠の中の一本道を歩き続けると、その奥の方からギヤーッと言う金切り声が聞こえてきた。
「あれはハービーだな。」
マーティンの予想通り、前方の上空に黒い塊が見えてきた。
ハービーの群れの様だ。
良く見ると20体ほどのハービーの群れが、塊になってこちらに向かってくる。
それはこちらに近付くにつれて散開し、縦横に広がってリリス達に襲い掛かる態勢を取った。
ギャーギャーッと言う悲鳴のような金切り声が響き渡る。
その声にリサは大丈夫なようだが、リナは頭を抱えて辛そうにしている。
二人共ステータスでは精神攻撃に対する耐性を持っていなかった。
リサが平気なのはギルをテイムしているからだろう。
彼女の持つ従魔連携スキルが有効に稼働しているようだ。
「リナさん、これを身に着けていれば大丈夫ですよ。」
そう言いながらリリアがリナに小さなアミュレットを手渡した。
精神攻撃に対する耐性を付与する魔道具だろう。
リナはそれを感謝して受け取り、早速身に着けた。
その途端にリナの表情にホッとした安堵感が漲った。
「この世界って不思議なものがあるんだなあ。」
小声で呟くリナの言葉はリリス以外には聞こえなかった。
うんうん。
転移者の本音が聞こえたわよ。
確かに魔法も魔素も無い世界から突然召喚されれば、そう言う感想を漏らす事も多いだろう。
マーティンはリナの様子を見て安心し、リリスに指示を出した。
「リリス! 土魔法でトーチカを造ってくれ!」
マーティンの言葉に、リリスはハイと答えて土魔法を発動させた。
リリス達の目の前の地面が突然立ち上がり、土壁を四方に組み上げると、更に天井部分も土壁から延伸させた。
その上で強固に硬化させ、対魔法攻撃の耐性を付与させる。
通常ハービーは火矢を放ってくるので、とりあえず火魔法の耐性を付与させれば良いだろう。
トーチカの前面には敵を黙視する為の細いスリットを形成した。
マーティンはそのトーチカの前面に亜空間シールドを張り詰めた。
突然のトーチカの出現にリサもリナも驚いている。
だが戦闘はここからだ。
「リリス先輩。やってみたい事があるので、私に任せて貰えますか?」
リリアが不敵な笑顔でリリスに話し掛けた。
この子ってこんな表情を見せるんだ。
リリスはそう思いながらリリアの申し出を了承した。
それを受けてリリアはトーチカから外に出ると、火魔法の魔力を全身に漲らせた。
リリアの身体を取り巻くように、小さな火の渦が出現していく。
その数は40ほどもあるだろうか。
リリアはグッと拳に力を入れ、その小さな火の渦を一斉に放った。
火の渦はそのまま高速度で拡散しながら、ハービー達の前方に向かって行く。
小さな火の渦がハービー達の近くに到達すると、火の渦がカッと光り、それぞれが光の線を伸ばして格子状に結ばれた。
それと同時に火の渦が大きく拡大されていく。
あっという間に上空に巨大な火の膜が形成された。
そこにハービー達が突入してしまい、瞬時に燃やされ墜落していく。
断末魔の絶叫と共に全てのハービーが火の球となって消え去った。
その様子にリリアも満足げだ。
「リリア。随分器用な事をするわねえ。そんな操作が出来たのね。」
「ええ、加護が教えてくれたんです。こんな事も出来るよって・・・」
うんうん。
加護の疑似人格が上手くアドバイスしてくれているのね。
リリアの満足げな表情を見て、マーティンも嬉しそうに微笑んだ。
だが、その直後にマーティンの表情が引き締まった。
「第二弾が来るぞ。またハービーの群れだ。」
マーティンはトーチカのスリットから目視で敵を確認すると、今度はリサに指示を出した。
「リサさん。ここでギルに出動して貰おうか。」
「ギルに・・・ですか?」
リサの困惑はリリスにも理解出来る。
20体ほども居るハービーの群れに立ち向かうなんて、無謀だと思ったからだ。
だがマーティンはいたって冷静だった。
「ギルの装甲ならハービー達の火矢なんて跳ね返しちゃうよ。ギルの防御力を確かめる良い機会だと思うんだ。」
「そうですかねえ?」
疑問を抱きながらもリサは、トーチカの外で待機していたギルに出動を命じた。
「ギル! ハービー達の群れと闘って!」
リサの指示を受けたギルはギュイーンと唸り、トーチカ前方50mほどの位置に滑るように移動した。
意外にもその移動速度が速い。
そのギルを目掛けてハービー達が一斉に火矢を放った。
20本ほどの火矢がギルを直撃する。
ギルの身体全体が火矢の炎で包まれた。
爆炎に包まれたギルを見て、リサはキャアーッ!と悲鳴を上げた。
だが、炎が収まるとギルはその場で何事も無くじっとしていた。
動かないギルを見て、ハービー達は攻撃が効いたと思ったのだろう。
羽ばたきながらギルの近くにまで降りてきた。
その時ギルは二股に分かれた尻尾をグイッと振り上げ、火球を数発放ち、同時に強毒を振りまいた。
火球の威力は強烈で、直撃を受けたハービーは爆散した。
同時にギルが振りまいた強毒が火球の爆炎で一帯に広がり、濃厚で高温の毒霧となってハービー達を包み込んだ。
その効果は強力で、ハービー達は悲鳴を上げながら地面にボトボトと落ちていった。
しかも毒の影響でハービーの遺骸は緑変し、その表面がドロッと溶け出している。
その様子にリサもウッと呻いて引いてしまった。
「ギルも頼りになるねえ。」
マーティンの言葉も上の空で、リサはギルの様子を見つめている。
リナにポンと肩を叩かれ、我に返ってギルを近くに呼び寄せた。
「ギル、ご苦労様。」
そう言いながらギルの甲殻を調べるが、ギルの甲殻には傷一つ無い事をリサは確認した。
「ギルがこんなに丈夫だなんて、思わなかったわ。」
緊張していたリサの顔が笑顔に戻った。
リサは懐からタオルを取り出すと、ギルの甲殻を軽く拭き始めた。
リサもギルに愛着が湧いたのだろう。
ギルはブンブンと低く唸り、リサの思いを受け止めているかのような様子を見せた。
うんうん。
従魔と気持ちが通っているようで安心出来るわ。
リリスはそう思ってギルを見つめた。
その時突然、解析スキルが発動してしまった。
『なかなか良い従魔ですね。』
あんたねえ、そんな事を言いたくて発動したの?
『まあ、それだけではありませんが、かなり特殊な従魔なのでお伝えしようと思ったのですよ。』
そうなの?
確かにあまり見た事も無いサソリだけどね。
『とりあえず、ギルのステータスを確認してみてください。』
うん、分かったわ。
リリスは解析スキルに勧められるままに、ギルのステータスを確認してみた。
**************
ギル(呼称)
種別:不明
状態:従魔
体力:4000++
魔力:3000++
属性:火・風(発動制限により機能停止)
魔法:ファイヤーボール レベル4
スキル:毒生成 レベル7
毒耐性 強 パッシブ
火魔法耐性 強 パッシブ
精神攻撃耐性 強 パッシブ
物理攻撃耐性 強 パッシブ
身体強化 強 パッシブ
秘匿領域
特記事項
自律進化の余地あり
風魔法は条件が整えば空間魔法に発展する余地あり
**************
色々と突っ込みたいステータスね。
そもそも種別不明ってどう言う事?
サソリじゃないの?
『どうやら普通のサソリで区別出来ないようです。既存のデータでは判別出来ません。』
そうなの?
それはそうとして、風魔法が疑問多々なんだけど・・・。
『これも良く分かりません。ステータスにある条件が何なのか、さっぱり分からないのですよ。』
でもステータスには表記されているのね。
『そうなのですよ。こんなステータスって見た事も在りません。』
う~ん。
正体不明の従魔って事ね。
でもリサさんにとっては大事な従魔だから、詳しく教える必要も無いわね。
リリスは解析スキルを解除すると、マーティンに話し掛けた。
「マーティンさん。これからどうします? リリアも色々と試す事も出来たようだし、この辺りで切り上げますか?」
リリスの言葉にマーティンもリリアもうんうんと頷き同意した。
リサとリナもリリス達と同行出来なければ、ダンジョン内を安心して進めないので、そのまま終了する事を了承した。
「リサさんとリナさんは何処に帰るの?」
「私達はドルキア王国の辺境の村が出身地なので、そちらに戻るだけよ。」
リサの言葉にリリスは軽く驚いた。
「ドルキアの出身だったんですね。それなら隣国だからまた会えますよね。」
そう言うとリリスはマーティンに提案した。
「マーティンさん。この後、全員でティータイムにしませんか? 小腹の減る時間ですし、リサさんとリナさんに私から伝えておきたい事も在りますので。」
リリスの提案にマーティンとリリアは快く同意してくれたので、リリス達はギースのダンジョンから外に出ると、ギースの街の外れにある喫茶店に場所を移した。
ギースのダンジョンの周辺の飲食店や雑貨店や武器店等は、何時も賑やかで喧騒に満ちている。だが、そこから少し離れた場所に、それなりに格式のある店が並ぶ街区があり、その一角に瀟洒な喫茶店がある。
幾度か訪れたギースの街に小規模ながらそう言う雰囲気の街区がある事を、リリスはあらかじめ知っていたのであったが、実際に訪れるのはこれが初めてだ。
店内は白を基調にした落ち着いた内装で、とてもダンジョンの街の一角とは思えない。
良く磨き上げられた高級木材の椅子やテーブルが並ぶ店内は広く、その半数が既に客で埋まっていた。
ギースの街に観光に来る客の中でも貴族や商人などが訪れる街区なのだろう。
店内にいる他の客もそれなりに裕福そうな身なりをしている。
リリス達は5人が余裕で座れる楕円形の大きなテーブルの席に案内された。
席に案内してくれたメイドに紅茶やパンケーキなどを注文し、リリスは早速リサとリナに話し掛けた。
「リナさん、リサさん。お二人と出会えた事で今日は有意義なダンジョン探索が出来ました。でも今後の事を考えると、お二人に話しておかなければならない事も色々とあるんですよね。」
リリスの言葉にリナとリサは神妙な表情になった。
「私達はリリスのお陰で冒険者としてのレベルを上げる事が出来たわ。それは本当に感謝しているのよ。」
リサの言葉にリナもうんうんと頷いて同意した。
「レベル上げが出来た事自体は良いんですけど、今後のお二人の事を考えると、やはり特殊なスキルは隠しておいた方が良いでしょうね。特にリナさん・・・」
突然のリリスの言葉にリナはうん?と唸って首を傾げた。
「リナさんの持つ調合関係の特殊なスキルは、場合によっては悪用される可能性もあると思います。特殊なポーションの需要と供給には色々な利権が関わっている事もあり、騙されたり物理的に排除される事も在るかも知れません。更に、稀有な調合スキルを持っていると知られれば、拉致して奴隷のように働かせて調合させようとする者、あるいはそう言う意図を持つ国すら現われるかも知れません。」
リリスの言葉にリナはウッと呻いて引いてしまった。
「まあ、特殊なスキルを隠しておいて、目立たないように細々と調合するのが得策だと言う事だね。」
マーティンの言葉にリナは神妙な表情で頷いた。
その様子を見てリリアが口を開いた。
「稀有なスキルを持っているんだから、リナさんが何の杞憂も無く活躍出来る場所があれば良いですよね。兄上、ドルキア王国に王立の薬師院がありましたよね?」
「ああ、そう言えばそんな研究施設があったな。リリス、君はドルキアの王族とも関りがあったよね。それとなく話をしてみても良いかも知れないね。」
マーティンの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「その件に関しては、少し様子を聞いてみます。リナさんが良ければ話をしますけど・・・」
リリスの言葉にリナは『お任せします』と言って、軽く頭を下げた。
メイドがワゴンで紅茶やパンケーキなどを運んできたので、それらを口にしながらリリスは更に話を続けた。
「リサさんに関しても、基本的に自分のステータスや持っているスキルは他人に教えない方が良いですよ。特に従魔の待機数や従魔の能力・スキルも話さない方が良いと思います。更に、従魔の存在によってリサさんに付与される一過性のスキルや魔法も、他人には内緒ですね。どんな風に悪用されるか分かりませんから。」
リリスの言葉にリサはうんうんと頷いた。
「リサさんは冒険者として今後生活していくのなら、他人とパーティを組む事も多々あると思います。パーティーの仲間にも全てを話す事は避けましょうね。」
リリスの言葉にリサは神妙な表情で口を開いた。
「リリスが今口にした今後の事なんだけど、いずれ私とリナは別な道を歩む事になると思うのよね。リナは生産職だし、私は戦闘職だから、今までのような初心者向けの依頼をこなすだけなら一緒に行動するけど、それぞれが特殊なスキルで特化してしまうと、何時までも行動を共にするのは限界があると思うわ。」
冷静なリサの考察だが、リナは少し寂しそうな表情を見せた。
そのリナの様子を見てリサはリナの肩をポンと叩いた。
「そんな顔をしないでよ。永遠に分かれるんじゃないんだから。友達は何時までも友達だよ。いずれ職場が変わるかも知れないって言うだけの事だからね。」
リサの言葉にリナはうんうんと頷いた。
確かに見知らぬ異世界で知り合った同士なのだろうから、一緒に居て助け合って生活したいのは山々だろう。
だがそれぞれにしっかりと自立出来るようになれば、別な道を歩くのも選択肢の一つだ。
しかも生産職と戦闘職と言う明確な違いもある。
この二人をまだしばらくは見守っていてあげたい。
そんな思いがリリスの胸に芽生えていた。
「リナさん、リサさん。今後何かあれば私と連絡を取れるように、お二人に魔道具を手渡したいんですけど良いですか?」
リリスの言葉にリナとリサは強く頷いた。
リリスは亜空間収納から、念話で連絡出来るタイプの魔道具を取り出した。
それを二人の魔力の波動に合わせて調整し、念話での通話が可能か否かを確認して手渡した。
二人はその魔道具を大事そうに受け取り、重ね重ねリリスに感謝した。
これで一安心だわ。
リリスと二人の話が一段落したところで、リリアが紅茶をすすりながらリリスに問い掛けた。
「リリス先輩。それで今日の私のダンジョンでの戦闘ですけど、先輩から見てどうでしたか?」
「どうも何も無いわよ。立派な火魔法のスペシャリストじゃないの。」
リリスの言葉にリリアはえへへと笑ってマーティンの顔を見た。
マーティンもリリアの笑顔に頬が緩んだ。
実際、何の問題点も無いわよ。
途轍もなく制御の難解なあの加護を、あれだけ上手く使いこなしているんだから。
そう考えると、リリアが何故か誇らしく見えるリリスである。
それはリリアとの出会いから、業火の化身と言う特殊な加護の存在を知り、その制御に相当な時間と手間を掛けてきた成果が見えてきたからなのだろう。
その後リリス達はしばらく談笑し、それぞれの帰路に就いたのだった。
砂漠の中の一本道を歩き続けると、その奥の方からギヤーッと言う金切り声が聞こえてきた。
「あれはハービーだな。」
マーティンの予想通り、前方の上空に黒い塊が見えてきた。
ハービーの群れの様だ。
良く見ると20体ほどのハービーの群れが、塊になってこちらに向かってくる。
それはこちらに近付くにつれて散開し、縦横に広がってリリス達に襲い掛かる態勢を取った。
ギャーギャーッと言う悲鳴のような金切り声が響き渡る。
その声にリサは大丈夫なようだが、リナは頭を抱えて辛そうにしている。
二人共ステータスでは精神攻撃に対する耐性を持っていなかった。
リサが平気なのはギルをテイムしているからだろう。
彼女の持つ従魔連携スキルが有効に稼働しているようだ。
「リナさん、これを身に着けていれば大丈夫ですよ。」
そう言いながらリリアがリナに小さなアミュレットを手渡した。
精神攻撃に対する耐性を付与する魔道具だろう。
リナはそれを感謝して受け取り、早速身に着けた。
その途端にリナの表情にホッとした安堵感が漲った。
「この世界って不思議なものがあるんだなあ。」
小声で呟くリナの言葉はリリス以外には聞こえなかった。
うんうん。
転移者の本音が聞こえたわよ。
確かに魔法も魔素も無い世界から突然召喚されれば、そう言う感想を漏らす事も多いだろう。
マーティンはリナの様子を見て安心し、リリスに指示を出した。
「リリス! 土魔法でトーチカを造ってくれ!」
マーティンの言葉に、リリスはハイと答えて土魔法を発動させた。
リリス達の目の前の地面が突然立ち上がり、土壁を四方に組み上げると、更に天井部分も土壁から延伸させた。
その上で強固に硬化させ、対魔法攻撃の耐性を付与させる。
通常ハービーは火矢を放ってくるので、とりあえず火魔法の耐性を付与させれば良いだろう。
トーチカの前面には敵を黙視する為の細いスリットを形成した。
マーティンはそのトーチカの前面に亜空間シールドを張り詰めた。
突然のトーチカの出現にリサもリナも驚いている。
だが戦闘はここからだ。
「リリス先輩。やってみたい事があるので、私に任せて貰えますか?」
リリアが不敵な笑顔でリリスに話し掛けた。
この子ってこんな表情を見せるんだ。
リリスはそう思いながらリリアの申し出を了承した。
それを受けてリリアはトーチカから外に出ると、火魔法の魔力を全身に漲らせた。
リリアの身体を取り巻くように、小さな火の渦が出現していく。
その数は40ほどもあるだろうか。
リリアはグッと拳に力を入れ、その小さな火の渦を一斉に放った。
火の渦はそのまま高速度で拡散しながら、ハービー達の前方に向かって行く。
小さな火の渦がハービー達の近くに到達すると、火の渦がカッと光り、それぞれが光の線を伸ばして格子状に結ばれた。
それと同時に火の渦が大きく拡大されていく。
あっという間に上空に巨大な火の膜が形成された。
そこにハービー達が突入してしまい、瞬時に燃やされ墜落していく。
断末魔の絶叫と共に全てのハービーが火の球となって消え去った。
その様子にリリアも満足げだ。
「リリア。随分器用な事をするわねえ。そんな操作が出来たのね。」
「ええ、加護が教えてくれたんです。こんな事も出来るよって・・・」
うんうん。
加護の疑似人格が上手くアドバイスしてくれているのね。
リリアの満足げな表情を見て、マーティンも嬉しそうに微笑んだ。
だが、その直後にマーティンの表情が引き締まった。
「第二弾が来るぞ。またハービーの群れだ。」
マーティンはトーチカのスリットから目視で敵を確認すると、今度はリサに指示を出した。
「リサさん。ここでギルに出動して貰おうか。」
「ギルに・・・ですか?」
リサの困惑はリリスにも理解出来る。
20体ほども居るハービーの群れに立ち向かうなんて、無謀だと思ったからだ。
だがマーティンはいたって冷静だった。
「ギルの装甲ならハービー達の火矢なんて跳ね返しちゃうよ。ギルの防御力を確かめる良い機会だと思うんだ。」
「そうですかねえ?」
疑問を抱きながらもリサは、トーチカの外で待機していたギルに出動を命じた。
「ギル! ハービー達の群れと闘って!」
リサの指示を受けたギルはギュイーンと唸り、トーチカ前方50mほどの位置に滑るように移動した。
意外にもその移動速度が速い。
そのギルを目掛けてハービー達が一斉に火矢を放った。
20本ほどの火矢がギルを直撃する。
ギルの身体全体が火矢の炎で包まれた。
爆炎に包まれたギルを見て、リサはキャアーッ!と悲鳴を上げた。
だが、炎が収まるとギルはその場で何事も無くじっとしていた。
動かないギルを見て、ハービー達は攻撃が効いたと思ったのだろう。
羽ばたきながらギルの近くにまで降りてきた。
その時ギルは二股に分かれた尻尾をグイッと振り上げ、火球を数発放ち、同時に強毒を振りまいた。
火球の威力は強烈で、直撃を受けたハービーは爆散した。
同時にギルが振りまいた強毒が火球の爆炎で一帯に広がり、濃厚で高温の毒霧となってハービー達を包み込んだ。
その効果は強力で、ハービー達は悲鳴を上げながら地面にボトボトと落ちていった。
しかも毒の影響でハービーの遺骸は緑変し、その表面がドロッと溶け出している。
その様子にリサもウッと呻いて引いてしまった。
「ギルも頼りになるねえ。」
マーティンの言葉も上の空で、リサはギルの様子を見つめている。
リナにポンと肩を叩かれ、我に返ってギルを近くに呼び寄せた。
「ギル、ご苦労様。」
そう言いながらギルの甲殻を調べるが、ギルの甲殻には傷一つ無い事をリサは確認した。
「ギルがこんなに丈夫だなんて、思わなかったわ。」
緊張していたリサの顔が笑顔に戻った。
リサは懐からタオルを取り出すと、ギルの甲殻を軽く拭き始めた。
リサもギルに愛着が湧いたのだろう。
ギルはブンブンと低く唸り、リサの思いを受け止めているかのような様子を見せた。
うんうん。
従魔と気持ちが通っているようで安心出来るわ。
リリスはそう思ってギルを見つめた。
その時突然、解析スキルが発動してしまった。
『なかなか良い従魔ですね。』
あんたねえ、そんな事を言いたくて発動したの?
『まあ、それだけではありませんが、かなり特殊な従魔なのでお伝えしようと思ったのですよ。』
そうなの?
確かにあまり見た事も無いサソリだけどね。
『とりあえず、ギルのステータスを確認してみてください。』
うん、分かったわ。
リリスは解析スキルに勧められるままに、ギルのステータスを確認してみた。
**************
ギル(呼称)
種別:不明
状態:従魔
体力:4000++
魔力:3000++
属性:火・風(発動制限により機能停止)
魔法:ファイヤーボール レベル4
スキル:毒生成 レベル7
毒耐性 強 パッシブ
火魔法耐性 強 パッシブ
精神攻撃耐性 強 パッシブ
物理攻撃耐性 強 パッシブ
身体強化 強 パッシブ
秘匿領域
特記事項
自律進化の余地あり
風魔法は条件が整えば空間魔法に発展する余地あり
**************
色々と突っ込みたいステータスね。
そもそも種別不明ってどう言う事?
サソリじゃないの?
『どうやら普通のサソリで区別出来ないようです。既存のデータでは判別出来ません。』
そうなの?
それはそうとして、風魔法が疑問多々なんだけど・・・。
『これも良く分かりません。ステータスにある条件が何なのか、さっぱり分からないのですよ。』
でもステータスには表記されているのね。
『そうなのですよ。こんなステータスって見た事も在りません。』
う~ん。
正体不明の従魔って事ね。
でもリサさんにとっては大事な従魔だから、詳しく教える必要も無いわね。
リリスは解析スキルを解除すると、マーティンに話し掛けた。
「マーティンさん。これからどうします? リリアも色々と試す事も出来たようだし、この辺りで切り上げますか?」
リリスの言葉にマーティンもリリアもうんうんと頷き同意した。
リサとリナもリリス達と同行出来なければ、ダンジョン内を安心して進めないので、そのまま終了する事を了承した。
「リサさんとリナさんは何処に帰るの?」
「私達はドルキア王国の辺境の村が出身地なので、そちらに戻るだけよ。」
リサの言葉にリリスは軽く驚いた。
「ドルキアの出身だったんですね。それなら隣国だからまた会えますよね。」
そう言うとリリスはマーティンに提案した。
「マーティンさん。この後、全員でティータイムにしませんか? 小腹の減る時間ですし、リサさんとリナさんに私から伝えておきたい事も在りますので。」
リリスの提案にマーティンとリリアは快く同意してくれたので、リリス達はギースのダンジョンから外に出ると、ギースの街の外れにある喫茶店に場所を移した。
ギースのダンジョンの周辺の飲食店や雑貨店や武器店等は、何時も賑やかで喧騒に満ちている。だが、そこから少し離れた場所に、それなりに格式のある店が並ぶ街区があり、その一角に瀟洒な喫茶店がある。
幾度か訪れたギースの街に小規模ながらそう言う雰囲気の街区がある事を、リリスはあらかじめ知っていたのであったが、実際に訪れるのはこれが初めてだ。
店内は白を基調にした落ち着いた内装で、とてもダンジョンの街の一角とは思えない。
良く磨き上げられた高級木材の椅子やテーブルが並ぶ店内は広く、その半数が既に客で埋まっていた。
ギースの街に観光に来る客の中でも貴族や商人などが訪れる街区なのだろう。
店内にいる他の客もそれなりに裕福そうな身なりをしている。
リリス達は5人が余裕で座れる楕円形の大きなテーブルの席に案内された。
席に案内してくれたメイドに紅茶やパンケーキなどを注文し、リリスは早速リサとリナに話し掛けた。
「リナさん、リサさん。お二人と出会えた事で今日は有意義なダンジョン探索が出来ました。でも今後の事を考えると、お二人に話しておかなければならない事も色々とあるんですよね。」
リリスの言葉にリナとリサは神妙な表情になった。
「私達はリリスのお陰で冒険者としてのレベルを上げる事が出来たわ。それは本当に感謝しているのよ。」
リサの言葉にリナもうんうんと頷いて同意した。
「レベル上げが出来た事自体は良いんですけど、今後のお二人の事を考えると、やはり特殊なスキルは隠しておいた方が良いでしょうね。特にリナさん・・・」
突然のリリスの言葉にリナはうん?と唸って首を傾げた。
「リナさんの持つ調合関係の特殊なスキルは、場合によっては悪用される可能性もあると思います。特殊なポーションの需要と供給には色々な利権が関わっている事もあり、騙されたり物理的に排除される事も在るかも知れません。更に、稀有な調合スキルを持っていると知られれば、拉致して奴隷のように働かせて調合させようとする者、あるいはそう言う意図を持つ国すら現われるかも知れません。」
リリスの言葉にリナはウッと呻いて引いてしまった。
「まあ、特殊なスキルを隠しておいて、目立たないように細々と調合するのが得策だと言う事だね。」
マーティンの言葉にリナは神妙な表情で頷いた。
その様子を見てリリアが口を開いた。
「稀有なスキルを持っているんだから、リナさんが何の杞憂も無く活躍出来る場所があれば良いですよね。兄上、ドルキア王国に王立の薬師院がありましたよね?」
「ああ、そう言えばそんな研究施設があったな。リリス、君はドルキアの王族とも関りがあったよね。それとなく話をしてみても良いかも知れないね。」
マーティンの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「その件に関しては、少し様子を聞いてみます。リナさんが良ければ話をしますけど・・・」
リリスの言葉にリナは『お任せします』と言って、軽く頭を下げた。
メイドがワゴンで紅茶やパンケーキなどを運んできたので、それらを口にしながらリリスは更に話を続けた。
「リサさんに関しても、基本的に自分のステータスや持っているスキルは他人に教えない方が良いですよ。特に従魔の待機数や従魔の能力・スキルも話さない方が良いと思います。更に、従魔の存在によってリサさんに付与される一過性のスキルや魔法も、他人には内緒ですね。どんな風に悪用されるか分かりませんから。」
リリスの言葉にリサはうんうんと頷いた。
「リサさんは冒険者として今後生活していくのなら、他人とパーティを組む事も多々あると思います。パーティーの仲間にも全てを話す事は避けましょうね。」
リリスの言葉にリサは神妙な表情で口を開いた。
「リリスが今口にした今後の事なんだけど、いずれ私とリナは別な道を歩む事になると思うのよね。リナは生産職だし、私は戦闘職だから、今までのような初心者向けの依頼をこなすだけなら一緒に行動するけど、それぞれが特殊なスキルで特化してしまうと、何時までも行動を共にするのは限界があると思うわ。」
冷静なリサの考察だが、リナは少し寂しそうな表情を見せた。
そのリナの様子を見てリサはリナの肩をポンと叩いた。
「そんな顔をしないでよ。永遠に分かれるんじゃないんだから。友達は何時までも友達だよ。いずれ職場が変わるかも知れないって言うだけの事だからね。」
リサの言葉にリナはうんうんと頷いた。
確かに見知らぬ異世界で知り合った同士なのだろうから、一緒に居て助け合って生活したいのは山々だろう。
だがそれぞれにしっかりと自立出来るようになれば、別な道を歩くのも選択肢の一つだ。
しかも生産職と戦闘職と言う明確な違いもある。
この二人をまだしばらくは見守っていてあげたい。
そんな思いがリリスの胸に芽生えていた。
「リナさん、リサさん。今後何かあれば私と連絡を取れるように、お二人に魔道具を手渡したいんですけど良いですか?」
リリスの言葉にリナとリサは強く頷いた。
リリスは亜空間収納から、念話で連絡出来るタイプの魔道具を取り出した。
それを二人の魔力の波動に合わせて調整し、念話での通話が可能か否かを確認して手渡した。
二人はその魔道具を大事そうに受け取り、重ね重ねリリスに感謝した。
これで一安心だわ。
リリスと二人の話が一段落したところで、リリアが紅茶をすすりながらリリスに問い掛けた。
「リリス先輩。それで今日の私のダンジョンでの戦闘ですけど、先輩から見てどうでしたか?」
「どうも何も無いわよ。立派な火魔法のスペシャリストじゃないの。」
リリスの言葉にリリアはえへへと笑ってマーティンの顔を見た。
マーティンもリリアの笑顔に頬が緩んだ。
実際、何の問題点も無いわよ。
途轍もなく制御の難解なあの加護を、あれだけ上手く使いこなしているんだから。
そう考えると、リリアが何故か誇らしく見えるリリスである。
それはリリアとの出会いから、業火の化身と言う特殊な加護の存在を知り、その制御に相当な時間と手間を掛けてきた成果が見えてきたからなのだろう。
その後リリス達はしばらく談笑し、それぞれの帰路に就いたのだった。
30
あなたにおすすめの小説
異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが
初
ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
けろ
ファンタジー
【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~
存在証明
ファンタジー
不慮の事故によって異世界に転生したカイ。異世界でも家族に疎まれる日々を送るがある日赤い瞳の少年と出会ったことによって世界が一変する。突然街を襲ったスタンピードから2人で隣国まで逃れ、そこで冒険者となったカイ達は仲間を探して冒険者ライフ!のはずが…?!
はたしてカイは運命をぶち壊して幸せを掴むことができるのか?!
火・金・日、投稿予定
投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる