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リリスの攻撃スタイル
しおりを挟む魔法学院への入学を5日後に控えて、リリスは母のマリアに魔法の習熟度を見せて欲しいと言われた。
母親としてはやはり心配なのだろう。
少し張り切って、母親を安心させてあげよう。そう思ってリリスは屋敷の庭に母親と出た。
先ずは土魔法だ。
リリスは手に魔力を集中させ、マリアの目の前に高さ1.5mの土壁を造り上げた。
マリアの目の前に突如出現した土壁。だがその土壁は表面が艶やかで異様な光沢を放っている。
トントンとその土壁を叩いてみると、とても簡単に壊れてしまうようなものではないとマリアは感じた。まるでモルタルで固めた壁のようだ。
「理想を言えばこの土壁に属性魔法の耐性を持たせたいのよね。」
そう呟くリリスの言葉にマリアは唖然とした。
土魔法でそんなものが出来るの?
でもこの子を見ていると、いずれ造ってしまいそうね。
口数が少なくなったマリアにリリスは次に火魔法を見せると言いながら、木製の標的から真っ直ぐに後ろに下がり、およそ20mの距離を取って対峙した。
「そんなに離れて大丈夫なの?」
マリアの言葉にうんうんとうなづきながら、魔力を手のひらに集めてリリスが出現させたのはファイヤーボルトだった。
あれっ?
ファイヤーボールじゃないのね。
マリアの思いを他所に、リリスは3体の標的に向けてファイヤーボルトを連続で3発放った。
ドン、ドン、ドン。
3発のファイヤーボルトは見事に3体の標的に1発づつ命中した。
「まあ! この数か月でこんなに練度を上げてきたのね。でもどうしてファイヤーボルトなの?」
「それはね。ファイヤーボルトの方が確実に標的に命中出来ると思ったからなの。」
リリスはそう答えながら標的を取り外し、真新しい標的をセットした。ここからが今日の本番だ。
3体の標的から今度は斜め後ろに下がり、再度20mほどの距離を取った。
「お母様。動かない標的に当ててもあまり意味がないわよね。」
えっと声をあげてマリアは目を見開いた。
「だって魔物だって動いているんですもの。だから今度は私が移動しながら標的を狙うわね。」
そう言ってリリスが懐から取り出したのは二本のスローイングダガーだった。それを両手に持ち、胸の前でクロスさせて構えたリリスにマリアは異様な気配を感じた。
「始めます!」
リリスが気合を入れ標的の正面に向かって斜めに走り始めた。即座に魔力を集中させてその肩口から斜め上空に二本のファイヤーボルトが放たれた。
あら、どこに撃っているのよ。マリアがそう思ったのも無理はない。だが斜め上空に撃ち上げられたファイヤーボルトは弧を描き、落下して標的の一体の正面上下に着弾した。ゴウッと音を発てて標的が燃えがる。
その間にリリスは走りながら斜めから残りの2体の標的にスローイングダガーを放った。放たれたスローイングダガーは回転しながら一直線に標的に向かい、それぞれに標的の頭部を貫き、その衝撃で破壊してしまった。
標的の10mほど手前で静止したリリスが振り返って、ニヤッと笑っている。その笑顔に何故かゾクッと寒気を感じたマリアは無理矢理愛想笑いを浮かべて考えた。
この子の想定している標的は魔物じゃないわよね。
これってどう見ても対人戦闘の訓練じゃないの!
肩口から上空に飛びあがったファイヤーボルトは、おそらく敵の死角から狙おうとしたのね。
あの硬化された土壁だって、対人用には充分に役立つ防御壁だし・・・・・。
マリアの頭の中に様々な思いが交錯する。だがこれはマリアの思い過ごしもあって、リリスとしては対人戦闘ではなく、ゴブリンやオーガやトロール等の人型の魔物との戦闘を意識していたに過ぎないのだった。勿論そんな事をマリアが知る由も無いのだが。
どうしたものかしら。ここは親としては素直に子供を褒めてあげるべきよね。
とんでもないものを見せられた事は後回しにして・・・。
困惑する思考を静止して、とりあえずマリアはリリスに声を掛けた。
「リリス。すごいじゃないの。これなら魔法学院でも出来損ない扱いされないわ。」
思わず本音を口にしてしまったマリアは少し後悔したのだが、意外にもリリスはその言葉を素直に喜んだ。
「お母様にそう言って貰えると頑張ってきた甲斐があったわ。でもね。後で見せたものはまだ人前ではやらない事にしようと思っているの。」
「どうして?」
「だって、最初からあまり目立ちたく無いのよ。上級貴族の目もあるしね。」
この子は自分のしていた訓練が人の目から見て、不審に思われるかもしれないと思っているのかしら。色々と気が回る子ね。
最近妙に大人びてきた我が子に少し違和感を感じながらも、それが成長期の娘の自我の確立の過程なのだと思い込んでいたマリアである。実際にはリリスの知識や思考や発想が、すでに大人になってしまっているとは想像も出来なかった。それは無理もない事だ。
それにしてもリリスの成長が目覚ましい。
・・・これなら魔法学院への入学に何の不安も無いわね。むしろ別な意味で心配するほどよ。
自分の傍に擦り寄ってきたリリスの頭を軽く撫で、お疲れさまと声を掛けながら、マリアはリリスを屋敷の傍のテラスに座らせると、フィナにお茶とお菓子を運ばせてリリスの頑張りをねぎらう事にした。
屋敷から外に続くテラスは白いテーブルと緑色のお洒落な椅子が並べられ、屋敷の広大な中庭を一望できるように設置されている。
そこに座るとタイミング良くフィナが上質の紅茶と綺麗に包装されたお菓子を運んできた。元々甘いもの好きなリリスにとっては大好物である。そしてその嗜好は過去の自分にとっても同様だった。
これで粒あんの和菓子があれば、最高なんだけどなあ。
そうだ、無ければ自分で造れば良いのよ!
そんなリリスの執着とも言える思いを母のマリアは知る由も無い。
紅茶を飲みながら寛ぐと、おもむろにリリスに話し掛けた。
「リリス。あなたの従弟のデニスが今日ここに到着する事は知っているわよね。」
「あらっ? 今日の事でしたっけ?」
リリスは従弟のデニスが自分の屋敷に来ることを前もって聞いてはいたのだが、それが今日だと言う事は失念していた。
デニスは正式な名前をデニス・ゲール・ストランドと言い、リリスの父親の兄の長男である。少し気弱で素直な少年で、年齢は同い年だがリリスの方が2ヶ月ほど早く生まれた。それ故に私の方が2ヶ月お姉さんだからねと、常々デニスには言い続け、それが原因で若干疎ましがられている自分だと言う事をリリスは知らなかった。
デニスもリリスと同様に、王都の魔法学院に入学する事になっている。彼の実家のストランド領はここから更に南に進んだ僻地にあり、それなりに遠いので入学直前に親族であるクレメンス家に宿泊して準備を整え、リリスと一緒に王都に向かう事になっていたのだ。
「デニスってしばらく会って居ないわ。1年振りかしら。少しは大人になったのかなあ。」
またお姉さん風を吹かそうと思っているのね。
リリスの様子を見てマリアは微笑ましくなり、つい頬が緩んでしまった。
数時間経ち日が傾いてきた頃、デニスを乗せた馬車が屋敷に辿り着いた。
フィナから知らせを受けたリリスは母と弟と共にデニスを迎えに出た際に、デニスが1年ほど見ないうちに少し背が伸びた事に気が付いた。
私よりも少し背が低かったはずなのに・・・。
逆に自分よりも少し背が高くなったデニスにイラッとしながらも、気持ちを切り替え笑顔でリリスは挨拶を交わした。
「リリス。久し振りだね。そう言えば火魔法を使えるようになったって聞いたよ。」
長く伸びた金髪を掻き分けながら、デニスが興味深そうに尋ねてきた。
「うん。そうなのよ。」
そう答えてふと母親のマリアの顔を見ると、少しばつが悪そうに苦笑している。
お母様って親族中に言いふらしているのかしら?
まあ、火魔法に関しては公開しているから良いんだけど。
「ほらっ。」
手を前に突き出して、リリスは手のひらの上に小さな火の玉を出現させた。
「あっ、本当だ。すごいじゃないか、リリス。これで魔法学院でも同級生に後れを取らずにやっていけるよ。」
「ありがとう。デニスなりに心配してくれていたのね。」
リリスは余計な事を言うデニスに皮肉交じりに答えたつもりだったが、デニスは意に介していない様子だ。
相変わらず鈍い子ねえ。
そう言えばデニスは風魔法を使えるって言ってたわね。
久し振りの挨拶代わりに鑑定してみよう。そう思ってリリスは鑑定スキルを発動させた。
**************
デニス・ゲール・ストランド
種族:人族 レベル10
年齢:13
体力:500
魔力:500
属性:火・風
魔法:ファイヤーボール レベル1
ウインドカッター レベル1
スキル:探知 レベル1
**************
魔法学院に入学する生徒としては普通のスペックだ。
リリスも今すぐに風魔法に手を出すつもりは無かった。
あれこれと手を出しても中途半端になるだけだと分かっている。
必要になったら利用させて貰うわよ。
そう思ってニヤッと笑うリリスの表情を見て、デニスは少し違和感を感じた。
リリスが妙に大人っぽくなっちゃったような気がする。気のせいかなあ?
釈然としない表情のデニスをゲストルームに案内し、彼の従者に荷物を運び込ませると、リリスは魔法学院での新しい生活に暫くの間思いを馳せていた。
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