落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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召喚の闇2

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見知らぬ一人の勇者の映像がリリスの目の前に広がっていく・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・


ドルキア帝国の荒野で、勇者レッドは幾度となく魔人達と戦ってきた。激しい魔法攻撃にも耐え、レッド自身の持つスキルを駆使して魔人達を圧倒的に駆逐していく。それはチートと分類するしかないスキルばかりだ。亜空間シールドであらゆる攻撃を躱し、超高温の火球を放ち、効果範囲の空間そのものを凍結させる。それに加えて極限まで強化された身体能力で魔剣を振り回す。

魔人と言えども抵抗の余地すらない。完全にレッドの勝利である。だがその超越したスキルの故にその反動も激しく、戦闘後のレッドの身体の至る所を蝕んでしまう。

それは呪いとも言える仕様のスキルだ。使えば使うほどに威力も増すが、それと同時に生命力を削っていくように仕組まれていた。それはどこまでも召喚した為政者の仕業である。

為政者にとってもあまりに超越したスキルの持ち主を野放しにするのは危険極まりない。それ故にスキルにそのような制限を掛けて術式を組み召喚する。

つまりは使い捨ての勇者なのだ。

召喚された当初のドルキア帝国からのミッションはすでに達成された。だが時の為政者はそれだけでは満足しない。自国の領土拡張の為に戦争へと駆り出されてしまう。戦闘の度に勝利の凱旋をしても心から喜べない。命を奪ってしまった他国の軍人達にも家族があるからだ。

苦悩に満ちた勇者は国を離れ、隠遁生活を目論む。だがそれでも時の為政者は彼の力を求めようとする。強烈なスキルの反動で蝕まれた身体を酷使して戦闘に向かい、ついに力尽きる時が来てしまった。まだ40代半ばだと言うのに。

力を増した魔人達との戦いや他国の軍勢との戦いの中、力を出し尽くした勇者はついに膝をつき、終焉の時を迎えようとしている。勇者の脳裏に過去の記憶が走馬灯のように蘇ってきた。それはこの世界での記憶のみならず、召喚される前の元の世界での家族や友人達と心を交えた記憶も含めて。

召喚と言う出来事で突然切り離された家族や友人への思いが蘇ってくる。自分では忘れていた、否、忘れようと努めていた記憶だ。
俺の心を理解してくれる者はこの世界には居ないのか?
そんな思いが勇者の心に湧き上がる。

(さあ、今だ。朽ち果てようとしているその勇者に寄り添ってやってくれ。彼の心を解放してやってくれ。)

その声が聞こえてくると同時に、今まで遠くから俯瞰していたリリスの身体が瞬時に勇者レッドに傍に寄り添い、勇者の上半身を起こしていた。

でも、何をすれば良いの?
何と言って声を掛ければ良いの?

何も話せない。
それでもこの勇者に寄り添ってあげようと思いがリリスの心に湧き上がってくる。

いたわり、慰め、癒してあげたい。
その心の痛み苦しみを理解してあげたい。

そんな思いで勇者の顔を見つめていた。

・・・・・どこかで見たような眼差しだわ。

しばらく見つめ合ううちに、勇者の心がリリスの心とリンクして、リリスの耳に思いもよらなかった勇者の声が聞こえてきた。

「・・・・・こんなところに・・・」

えっ?

「紗季、こんなところに居たのか。」

ええっ?

その言葉を聞いた途端にリリスの頭に突然稲妻が走る様に、過去の記憶が蘇ってきた。

そうだった!
私は紗季と言う名前だったわ。

すでに忘れてしまっていた元の世界での名前を思い出し、茫然とするリリスの脳と勇者の脳が同調し始めた。
リリスの目の前に過去の自分の姿が映像化されている。

だが間違いなくこれは勇者の記憶だ。
それなのにどうして私が居るの?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

リリス、否、紗季は小学校の校門でランドセルを背負い、幼馴染でクラスメイトの亮一を待っていた。放課後の校庭を眺めると、傾き始めた太陽の光が校舎の壁を優しく照らしている。風に舞う土埃。校庭でサッカーに興じる児童達の喧騒。そのすべてが夕日に包まれている。

その夕日の向こうから手を振って駆けて来たのが亮一だった。5年生の時に一緒に家まで帰る約束をしてもう1年が経つ。卒業までもう半年ほどだ。

ごめん。待たせちゃったね。

そんな言葉をはにかみながら紗季に告げると、二人で仲良く家路につく。夕日に包まれた商店街。買い物に動き回る主婦の姿を眺めながら、クレープの移動販売車に立ち寄り、買い食いをして帰る。

帰り道に買い食いしちゃ駄目だって、先生から言われていたよね。

そんな事も分かっていて、それでも買い食いしてしまう自分達をいたずらっぽく責める。それが日常だった。淡い恋だったかもしれない。
初恋?
そうだったかも知れない。

家に帰って家族と団欒の時を過ごす。それもまた日常だ。亮一君とは仲良くやっているの? そんな事も話題に上ってくる。

二人共小学校を卒業し、同じ校区の中学校に進学した。そしてまた再び二人で家路につく日常が始まる。
紗季もそう思っていた。だが中学校の入学式を待たずして、亮一が行方不明になってしまった。

塾の帰りに。乗っていた自転車は見つかったのだが傷も無く、事故に巻き込まれた風でも無い。
失踪や家出ではない筈だ。思い当たるような動機が無いのだから。

当然亮一の両親も半狂乱になって探し回った。新聞やテレビにも取り上げられたが、一向に解決の糸口が見当たらない。
1年が経ち、2年が経ち、数年が過ぎてしまった。
憔悴した亮一の両親を見るたびに、紗季も心が締め付けられた。
何処に行ってしまったの?
我知らずそう口走った事が何十回、何百回あっただろうか。



その記憶から引き戻されたリリスは勇者の顔をまじまじと見つめた。

・・・・・面影がある。

40代半ばの大人ではあるが、確かに亮一の面影がある。

「・・・・・亮一なの?」

その言葉に勇者は無言でうなづいた。

「どこかに行ってしまったと思っていたら、こんなところに来ていたのね。」

しかもドルキア帝国の勇者って・・・・・今から数百年も前の事よね。
時系列すら狂ってしまっている。
どうしてこんな事に・・・・・。

リリスは勇者の身に着けている赤いスカーフが気に成った。

「どうしてレッドと名乗っていたの?」

「それは・・・・・俺が子供の頃に戦隊ヒーローに憧れていたのを覚えているかい?」

ああ、そうだったわ。
亮一は戦隊ヒーローが好きなんだったわ。
それでレッド・・・・・要するに赤●ンジャーなのね。

「それにしてもこの異世界で一人で良く頑張ったわね。」

勇者レッドはゲホッと血を吐き、苦しそうな表情を見せた。

ヒールを掛けてあげたい。でもこれは映像の世界でしかないのだ。そう分かっていながらもその臨場感に心が揺さぶられる。

「・・・それは勿論心細かったし悲しかったよ。でも俺って・・・俺って戦隊ヒーローが好きだったからな。この世界に来た時点でチートスキルを手に入れて、それだけで舞い上がっちゃったんだよ。」

「その能力とスキルで魔人や魔物を駆逐して、勇者として讃えられていた頃が懐かしい・・・。でもいつの頃からか戦争に駆り出されるようになったんだ。敵兵とは言え大勢の人間を殺戮してしまった・・・・・」

虚ろになってきた勇者の瞳をリリスはしっかりと見つめた。

「それでもあんたは使命感に生きて来たんでしょ? 誇りを持てば良いと思うわ。」

「・・・そう言って貰えると・・・救われる気がするよ。」

リリスはいたたまれなく成ってしまい、思わず当てのない言葉を口にした。

「亮一、一緒に帰ろうよ。」

「・・・ああ、そうだな。お前のところに帰るよ。」

その言葉を言い終えると共に、勇者レッドの身体は光の粒となって上空に舞い上がり、そのまま消えていった。

リリスの目に涙があふれる。あまりにも理不尽だ。そう思いながらも手助けをしてあげられない自分が情けない。せめて自分と同じ時代に召喚されていれば状況も変わっていただろうに・・・。

様々な思いがリリスの心に生じては消えていく。そのたびごとにリリスは嗚咽して泣き腫らした。


暫くして闇の奥から声が聞こえてきた。

(怨嗟や苦悩の波動がかなり薄くなったようだ。お前に託して良かった。恩に着るぞ。)

闇のドームが消えていく。それと共にリリスの意識も遠のいていった。







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