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召喚の闇 その後
しおりを挟む闇のドームから脱したリリスが意識を取り戻したのは、学院の近くに建てられた病院の一室のベッドの中だった。
医療用の器具が並べられた病室のようだ。
周りを見回すと、白衣を着た医師とバルザックが病室の片隅で話し込んでいた。意識の戻ったリリスに気付いてナースが声を掛けた。
「あらっ! リリスさん、気が付いたのね。」
ナースの声に反応してバルザックが駆け寄ってきた。その大きな顔がリリスに近付いてくる。
「リリス君!大丈夫かね?」
「ええ。大丈夫です。」
そう言いながらリリスは身体の中を魔力で精査した。特に異常は感じられない。
闇のドームの中での出来事を簡単に話すと、バルザックはう~んと唸って考え込んでしまった。勿論勇者レッドがリリスの幼馴染であった事は内緒にしているが・・・。
そもそも闇のドーム内での出来事自体が事実であったのか否かも分からない。すべてが幻想だったかも知れないのだ。
だがバルザックの言葉でリリスは現実に戻された。
「実は隣の病室でサラ君がまだ眠っているんだ。身体の異常は無いので安心してくれ。それで心配して駆け付けた彼女の両親に聞いた話だが、サラ君の実家のマクロード家は代々召喚術師の家系で、数代に一人の割合でサラ君のように、召喚に伴う闇を背負ってくる人物が生まれてくるらしい。君があの闇のドームの中で勇者の心の闇に寄り添い、解放してあげた事で、サラ君の背負っていた枷がかなり消えていったのだと思うよ。」
「事実、サラ君の両親に聞いた話では、彼女に掛けられていた封印が消え去ってしまったそうだからね。」
そうなの?
サラが無事なら、サラが以前よりも元気になれるのなら上出来だわ。
そう思いながら、身体の具合を気遣ってくれる医師やナースに感謝の言葉を掛け、念のために静かに解析スキルを発動させた。
異常は無い?
『特に有りません。ですが・・・』
ですがって何よ?
『勇者の加護を頂きました。』
ええっ?
そんなものを私が貰っても、勇者にはならないわよ。魔人退治なんて出来ないからね。
『勇者の加護の効果は身体能力の強化と増幅です。効果時間は1時間で様々な身体能力を50%アップさせてくれます。』
『但しその反動で、効果時間が過ぎると若干眠くなってしまうようですが・・・』
それってダメじゃん。
それでどうやって発動させるの?
『この加護の発動は・・・左手を腰に当て、右手で大きく円を描いて<変身!>と唱えるようですね。』
こりゃ増々駄目だわ。
完全にヒーローものを混同しているわね。
却下よ、却下!
『この<勇者の加護>は、多少なりとも効果が減少しますが、反動の無いものに改変する事は可能です。』
それって獣性スキルと同じ扱いって事なの?
改変出来るなら効果が薄れても良いわよ。
オリジナルのままだと使い道が無いからね。
『了解しました。作業に入ります。』
よろしくね。
解析スキルに感謝しつつ、リリスはベッドから起き上がった。
隣室のサラの部屋でサラの両親に挨拶をして病院を出ると、すでに日が傾いていた。どうやら5時間近くベッドで眠っていたらしい。
すでにこの日の授業は終わっているので学生寮に戻ると、部屋の中でフィリップ王子の使い魔の小人がソファに座っていた。
ええっ!
どこから侵入してきたの?
「やあ。お邪魔しているよ。」
やあじゃないでしょ。
「留守の間に女子の部屋に侵入していたんですか?」
「何を言うんだ。君とサラを心配して来たんだよ。」
小人はそう言いながらソファの上に正座した。
何故に正座?
やましいところは無いと言う意思表示なのかしら?
「それで身体は大丈夫かい? サラも含めて大変な目に遭ったようだね。」
「どうしてそれを知っているんですか?」
「それは嫌でも耳に入るよ。あれだけの騒動を起こしたのだからね。妹の傍にいたロイヤルガードが緊急連絡してきたよ。」
そうよね。
無理も無いわよね。
マリアナ王女まで巻き込まなくて良かったわ。
あの怨嗟の塊のような闇のドームをそのままにしておくと、何が起きていたか分からないもの。
リリスはドームの中での出来事を掻い摘んでフィリップ王子に話した。勿論勇者レッドが元の世界で自分の幼馴染だった事までは話さなかったが。
小人はうんうんとうなづきながらリリスの話に聞き入っていた。
「勇者レッドの名はドルキアの民ならだれでも知っているよ。ドルキア帝国の中期は魔人の強烈な攻勢が幾度もあった。国土の8割を蹂躙された事も有ったと聞いている。滅びる運命にあったドルキア帝国を救ってくれたのが勇者レッドだよ。彼の活躍が無ければ今のドルキア王国は存在していないはずだ。」
そうだったのね。
「それと・・・召喚に伴う弊害は我々王族も良く聞かされてきたよ。帝国時代の古文書によると、召喚された者の半数は自分の置かれた境遇を理解できず、精神を病んでしまったそうだ。それ以外にも手に入れた強力なスキルを暴発させて魔物のようになった者や、心を闇に囚われて犯罪者になってしまった者もいたそうだ。しかも勇者の召喚には召喚術師の生命力を極度に削ぎ落してしまうと言うリスクもある。」
「そこまでしてどうして勇者の召喚をしたのですか?」
「それだけ魔人達の脅威が凄まじかったと言う事だよ。」
そう言って小人はうつむき、黙り込んでしまった。
そういう時代だと分かっていても、割り切れる事ではない。いたたまれない思いを抱いたのはリリスもフィリップ王子も同じだったようだ。
暫くの沈黙の後、小人はおもむろに口を開いた。
「それにしても君は不思議な娘だね、リリス。君のお陰で我が国の伝説の勇者の心の闇が解かれたのなら、ドルキア王国の名で礼を言わなければならないのかも知れないね。」
「殿下、それは大袈裟ですよ。」
「大袈裟ではないと思うよ。いずれにしても君には静養が必要だね。」
そう言うと小人は少し考え込んだ。
「そうだ。今度の休日に我が国の王家の保養地に君を招待しよう。大きな湖に面していて実に風光明媚な場所だよ。妹も来るから君も来れば良い。」
他国の王族の保養地って、私が行って良いの?
リリスは即座に疑問を持った。
「そんなところに行ったら、他の王族にも拝謁する事になりませんか?」
「それは大丈夫だよ。表向きは保養地なんだが実際は諜報活動の拠点の一つになっている。つまり僕の管轄下にあるんだよ。他の王族もそれを知っていて無理に来ようとはしない。」
リリスの不安を読み取った様子で小人は囁いた。
「秘密裏に転移してしまえばどこに誰が行くとしても分からないよ。」
それって密入国じゃないの?
でもこの世界に転移魔法が存在するからには、密入国なんて罪に問われる事じゃないのかも・・・。
「分かりました。ご招待に預かります。」
「うんうん。来れば充分に喜んでもらえると思うよ。明日にも妹から詳しい事を説明させるからね。」
そう言うと小人は一礼して消えていった。
それにしても王女様を伝言係にして良いのかしら?
フィリップ王子の申し出にありがたくも若干困惑するリリスであった。
翌日マリアナ王女から送られてきた使い魔によって、リリスは保養地の詳細を知る事になった。
さすがに王女本人がリリスのところまで出向いて口頭で伝える事は無かったのだが、使い魔と五感を共有しているので直接本人が口頭で伝えているのと大差はない。
保養地はドルキア王国の南に位置する獣人の小国レダの一角に飛び地として、ドルキア王国が領有している土地だと言う。ドルキアとレダの国境付近にある鉱山の所有権を全てレダに譲った見返りとして、ドルキア王国が手に入れた土地である。
気候は一年中温暖で雨量もそれほど多くない。
大きな湖に接していて、他の三方を山に囲まれた風光明媚な場所であり、ドルキア王国の保養所として瀟洒な屋敷が建てられているそうだ。
他の王族が来ることもまずないので気楽に来れば良いと言うマリアナ王女の言葉に、リリスは改めて安堵し、使い魔を通して王女にも感謝の意を伝えた。
君には静養が必要だねと言うフィリップ王子の言葉が、リリスの脳内を駆け巡る。
確かにリリスはあの闇のドームの中で見せられた勇者レッドの映像に、少なからぬショックを受けていた。
それは一晩寝た程度で整理出来るものではない。
非日常的な環境に身を置くのも、気持ちを整理する良い機会になるかも知れない。
そう思ってリリスはドルキア王国の保養地に思いを馳せていた。
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