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二人の王女とダンジョンチャレンジ4
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サラマンダーがこちらに向かってくる。
リリスは試しにファイヤーボルトを数発放ったが、何の効果も無かった。
相手は火の塊だ。火魔法が効く筈もない。
毒を仕込んだファイヤーボルトを放っても、あまり効いている様子も無い。
こんな魔物を出してきて、どうしろって言うのよ!
アゾレスに文句を言いたいところだが、リリスにも余裕がなくなってきた。
「ここは撤収だね。」
そう言ってロイドは懐から転移の魔石を取り出し、作動させようとした。だが思うように作動しない。
「どうしたんだ? 作動しないぞ!」
アゾレスが転移できないように制限を掛けたようだ。
焦っているうちにサラマンダーのブレスが再びシールドにぶつかった。バリバリバリッと衝撃音を立てて多重構造のシールドが再度破壊されてしまった。
焦りながらもロイドが再度、シールドを張った。
地表から5mほどの高さでサラマンダーは滑空している。それほどに素早くは無いが、せめて敵の動きを抑える方法があれば・・・・。
リリスはダメもとでサラマンダーの周囲の地表に加圧を発動させた。
レベルが上がり高度補正まで加わっているので、効果範囲の上にある物体にも効果があるのではと思った行動だ。重力操作のような使い方が出来ないものかと考えたリリスの思い通り、サラマンダーの身体に重圧が掛かり、かなり動きが制約されている。
だがそれでもその体勢からサラマンダーはブレスを放ち、シールドを破壊してしまった。
ギリッと歯を食いしばるリリス。だがここから先の攻略法を思いつかない。
「リリス。闇魔法で攻撃してみる?」
「メル。手詰まりだからお願いするわ。」
前回の憑依でメリンダ王女から闇魔法は手に入れているが、秘匿しているの状態なので、ここで明かすわけにもいかない。
リリスの言葉を受けてメリンダ王女の使い魔の芋虫が光り出した。それに連れてリリスの両手が前方に突き出され、その手の間に黒い魔力の塊が現われた。
「リリス。あとは任せるわよ。」
「うん。分かったわ!」
リリスは魔力を集中させて黒い魔力の塊を錬成し始めた。レベル2の黒煙錬成スキルを発動させると、前回のようなタイムラグも無く、あっという間に黒く光る10本の短槍に分割された。
即座にリリスはサラマンダーに向けてそれを放った。
動きの鈍っているサラマンダーの身体に10本の黒炎の短槍がブスリと突き刺さり、その場所から黒炎の静かな黒い炎が広がっていく。
ギエエエエエッと悲鳴を上げるサラマンダー。だがその身体の各所に空いた黒炎の黒い傷跡も、暫くすると燃え上がる赤い炎と共に消え去ってしまった。
あまり効き目が無さそうだ。もしかすると再生能力を持っているのかも知れない。
失意のリリスの目の前で、サラマンダーの首が真っ赤に燃えながら三つに分かれ、その三つの顔からブレスを放ってきた。
「効いていないどころか、本気にさせちゃったわよ!」
三つの首から時間差で放たれたブレスがリリス達を襲う。第2撃までのブレスでシールドを完全に破壊し、最後のブレスがリリス達に向かった。
「拙い!避け切れない!」
「妖精さん達!リリスを守って!」
エミリア王女の叫びが聞こえた。
向かってくるブレスに、思わず両手を前に出して頭部をガードする態勢をとったリリスは、自分の二の腕が光っているの見た。否、光っているのは二の腕に着けていたミサンガだ。
ミサンガがカッと光ると、突然光りながら飛び散ってしまい、それと同時にリリス達に向かってきたブレスが上空に弾き飛ばされた。
ええっ!
何が起きたの?
驚くリリスの目の前に赤く燃え上がる巨大な人型が現われた。高さは15mほどもある巨大な火の塊だ。しかも膨大な魔力を感じる。そのあふれ出る魔力の波動でダンジョンそのものが震え、地響きを上げているほどだ。
その人型がサラマンダーを掴み、大きな口を開けて頭から飲み込み始めた。
ギエエエエエッと悲鳴を上げて抵抗するサラマンダーだが、逃げる間もなくその巨大な人型に飲み尽くされてしまった。
リリスの身体にも緊張が走る。
だが身構えるリリスの目の前で、その巨大な人型は何もなかったかのようにすっと消え去ってしまった。
助かったのか?
ふうっと息を吐いて、リリスはその場にしゃがみ込んだ。
「・・・あれって・・・何だったの?」
ようやく口にした言葉に、エミリア王女の使い魔が答えた。
「あれは・・・火の大精霊・・・・・です。」
そんなものが居るの?
「姿を見るのも稀ですよ。滅多に人間の世界には現れませんから・・・・・」
そうなものがどうして?
そう思ってリリスはエリスのくれたミサンガを思い出した。
あのミサンガって精霊使いの老婆から貰ったって言ってたわね。
それにエミリア王女も精霊の加護を持っているし・・・・・。
色々な要素が重なって火の大精霊を呼び出したのかも知れない。
後ろを振り返ると、頻繁にシールドを張り、魔力を消耗してしまったロイドが茫然とその場に座り込んでいた。
「どうやら、助かったようだね。」
そう言いながら、ロイドはよろよろと立ち上がった。
「とりあえずこのダンジョンはここまでだ。さあ、帰ろう。」
ロイドの言葉にメリンダ王女が反応した。
「あら、まだ下の階があるわよ。」
「メル。第5階層は人払いの仕掛けがあるのよ。酷い目に遭って追い出されるだけだから。」
「そうですよね、ロイド先生?」
「うっ、そうだね。」
リリスの皮肉めいた言葉にロイドは苦笑いをしながら、懐から転移の魔石を取り出した。魔石が魔力を放っているのが分かったので、今度はうまく作動しそうだ。
だがロイドが転移の魔石を発動しようとして魔力を流そうとしたその時、背後にあった階下への階段の奥から蔦のような触手が瞬時に伸びてロイドの身体に巻き付き、そのまま階段の奥に引きずり込んでしまった。
「先生!」
一瞬の出来事だった。リリスもロイドも疲弊していて、反応が遅れてしまったのだ。
声を上げる間もなく、ロイドは階段の奥に連れ去られてしまった。
「リリス!ロイド先生を助けに行こうよ!」
メリンダ王女に急かされてリリスは階段を走り降りた。魔装を発動したままなので、話に聞く第5階層の幻視は自分には効かない筈だ。そう思って走り込んだリリスだが、降りた途端に周囲が真っ暗になり、その奥に明かりが見えている。
探知をしても魔物は居ないようだ。罠の反応も無い。ロイドは無事だろうか?命を失うような仕掛けは無いと聞いている。
ロイドを案じつつ、リリスは慎重にその明かりに向けて歩いた。
明かりに近付くと、パッと全体が明るくなった。
眩しくて見えないが人の声が聞こえる。
雑踏だ。
何故か車の音まで聞こえてくる。
ハッと気が付くとリリスは街の中に立っていた。
うん?
ここは・・・西新宿だ。私が通っていた会社のオフィスの近くじゃないの。
ふと見ると何時の間にか自分も会社のユニフォームを着ている。
百貨店の立ち並ぶ大通りの裏の路地。そこにはいつもお昼休みに通っていた中華料理の店がある。その店の傍に立っていた。
大通りを走る多くの車の音が聞こえ、信号の機械音やコンビニのチャイム、すれ違うビジネスマンやOLの話し声が耳に入ってくる。
これって幻視じゃないの?
私の記憶を探って見せているだけよね。
そう思っては見たものの、魔装を発動していた筈だ。幻視に惑わされる筈は無いのに・・・。
そう思いながら中華料理の店のウインドウを見ると、同じユニフォームを着た若い女性が自分に手を振って呼んでいる。
あっ! 真希ちゃんだ!
そうだ。自分より2年後輩の真希とは仲が良かった。何時もお昼時になるとさっとオフィスを抜け出して、この店で席を確保してくれていたのだ。
懐かしいなあ。
思わずその店に入ると、まだ席は半分ほどしか埋まっていない。だが美味しそうな料理の匂いが鼻をくすぐる。
少し早めに昼ご飯に出る。それが暗黙の了解を得ているのは、同じ部署で7年ほど顔を突き合わせている上司や同僚の配慮だ。
「紗季さん!こっちですよ!」
真希が手を振って自分を呼んだ。
真っ赤なテーブルの傍に座っている真希は紗季よりも2年後輩で、同じ部署に女性は二人だけだった。
「いつものつけ麺の定食、頼んでおきましたからね。」
「ああ、ありがとう。」
そう言いながら紗季は椅子に腰かけた。足に纏わり付くユニフォームのスカートの、少しごわごわした厚手の生地の感触が何故か懐かしい。
眼鏡をかけ若干オタクっぽい容姿の真希とは何かと好みが共通している。ゲームやアニメも好みが一緒で話も合う。
そんな真希の存在を日頃から紗季は感謝していた。
私って真希ちゃんが入社して居なかったら、こんな会社とっくに辞めていたわよ。
それが紗季の口癖だった。
程なくテーブルに運ばれてきたつけ麺の定食。いりこ出汁をベースにしたつけ麺のつけ汁が絶妙で、替え玉も安価だ。それに添えてあるのがニンニクを使わない野菜の餃子と小さなせいろに入った小籠包、エビで出汁を取った中華スープと小さな杏仁豆腐まで付いている。
「真希ちゃん、いつもごめんね。」
「良いんですよ。私もここのつけ麺定食は大好きだから。これがあってこそ午後を働く気力が生まれてくるんです。」
「そうよねえ。とりあえず、頂きましょう。」
そういって麺を箸にとりつけ汁につけて口に運ぶ。
う~ん。この味よねえ。
思わず餃子や小籠包も口に運ぶと、真希がクスクスと笑っている。
「紗季さん。相当飢えていたような食いつきぶりですねえ。朝、食べなかったんですか?」
「うううん。そうじゃないのよ。美味しいから・・・・」
そう言うと、紗季は再びつけ麺を口に運んだ。すでに麺が少ししか残っていない。
「紗季さん。久し振りに替え玉行きます?」
「うん。プラス50円だっけ?」
「ええ。店員さんにオーダーしますね。」
真希が小太りの店員に背後からオーダーを入れた。その間に、紗季は中華スープを啜っていた。
真希も女性としては早いペースで食べている。
「真希ちゃん。この後、コーヒーを飲みに行こうよ。私がおごるから。」
「は~い。」
嬉しそうに真希が返事をした。その背後から白いユニフォームを着た小太りの店員が、替え玉を持ってこちらに向かってきている。
その顔に何故か見覚えがある。
あれっ?
誰だっけ?
テーブルの傍にまで来たので、紗季はその顔をまじまじと眺めた。
あっ!
チャーリーだ!
「リリス。ここで何をしてるんや?」
その言葉とともに視界が暗転して、気が付くと第5階層の中に居た。
ハッと思って着衣を確かめると、会社のユニフォームではなく、レザーアーマーにガントレットの何時もの装備だった。
目の前でチャーリーがニヤニヤしている。
「お楽しみのところを邪魔して悪かったね。」
「楽しんでなんかないわよ。それにしても魔装まで発動していたのにどうして幻視に・・・・・」
リリスの言葉にチャーリーはしばらくへへへと笑っていた。
リリスは試しにファイヤーボルトを数発放ったが、何の効果も無かった。
相手は火の塊だ。火魔法が効く筈もない。
毒を仕込んだファイヤーボルトを放っても、あまり効いている様子も無い。
こんな魔物を出してきて、どうしろって言うのよ!
アゾレスに文句を言いたいところだが、リリスにも余裕がなくなってきた。
「ここは撤収だね。」
そう言ってロイドは懐から転移の魔石を取り出し、作動させようとした。だが思うように作動しない。
「どうしたんだ? 作動しないぞ!」
アゾレスが転移できないように制限を掛けたようだ。
焦っているうちにサラマンダーのブレスが再びシールドにぶつかった。バリバリバリッと衝撃音を立てて多重構造のシールドが再度破壊されてしまった。
焦りながらもロイドが再度、シールドを張った。
地表から5mほどの高さでサラマンダーは滑空している。それほどに素早くは無いが、せめて敵の動きを抑える方法があれば・・・・。
リリスはダメもとでサラマンダーの周囲の地表に加圧を発動させた。
レベルが上がり高度補正まで加わっているので、効果範囲の上にある物体にも効果があるのではと思った行動だ。重力操作のような使い方が出来ないものかと考えたリリスの思い通り、サラマンダーの身体に重圧が掛かり、かなり動きが制約されている。
だがそれでもその体勢からサラマンダーはブレスを放ち、シールドを破壊してしまった。
ギリッと歯を食いしばるリリス。だがここから先の攻略法を思いつかない。
「リリス。闇魔法で攻撃してみる?」
「メル。手詰まりだからお願いするわ。」
前回の憑依でメリンダ王女から闇魔法は手に入れているが、秘匿しているの状態なので、ここで明かすわけにもいかない。
リリスの言葉を受けてメリンダ王女の使い魔の芋虫が光り出した。それに連れてリリスの両手が前方に突き出され、その手の間に黒い魔力の塊が現われた。
「リリス。あとは任せるわよ。」
「うん。分かったわ!」
リリスは魔力を集中させて黒い魔力の塊を錬成し始めた。レベル2の黒煙錬成スキルを発動させると、前回のようなタイムラグも無く、あっという間に黒く光る10本の短槍に分割された。
即座にリリスはサラマンダーに向けてそれを放った。
動きの鈍っているサラマンダーの身体に10本の黒炎の短槍がブスリと突き刺さり、その場所から黒炎の静かな黒い炎が広がっていく。
ギエエエエエッと悲鳴を上げるサラマンダー。だがその身体の各所に空いた黒炎の黒い傷跡も、暫くすると燃え上がる赤い炎と共に消え去ってしまった。
あまり効き目が無さそうだ。もしかすると再生能力を持っているのかも知れない。
失意のリリスの目の前で、サラマンダーの首が真っ赤に燃えながら三つに分かれ、その三つの顔からブレスを放ってきた。
「効いていないどころか、本気にさせちゃったわよ!」
三つの首から時間差で放たれたブレスがリリス達を襲う。第2撃までのブレスでシールドを完全に破壊し、最後のブレスがリリス達に向かった。
「拙い!避け切れない!」
「妖精さん達!リリスを守って!」
エミリア王女の叫びが聞こえた。
向かってくるブレスに、思わず両手を前に出して頭部をガードする態勢をとったリリスは、自分の二の腕が光っているの見た。否、光っているのは二の腕に着けていたミサンガだ。
ミサンガがカッと光ると、突然光りながら飛び散ってしまい、それと同時にリリス達に向かってきたブレスが上空に弾き飛ばされた。
ええっ!
何が起きたの?
驚くリリスの目の前に赤く燃え上がる巨大な人型が現われた。高さは15mほどもある巨大な火の塊だ。しかも膨大な魔力を感じる。そのあふれ出る魔力の波動でダンジョンそのものが震え、地響きを上げているほどだ。
その人型がサラマンダーを掴み、大きな口を開けて頭から飲み込み始めた。
ギエエエエエッと悲鳴を上げて抵抗するサラマンダーだが、逃げる間もなくその巨大な人型に飲み尽くされてしまった。
リリスの身体にも緊張が走る。
だが身構えるリリスの目の前で、その巨大な人型は何もなかったかのようにすっと消え去ってしまった。
助かったのか?
ふうっと息を吐いて、リリスはその場にしゃがみ込んだ。
「・・・あれって・・・何だったの?」
ようやく口にした言葉に、エミリア王女の使い魔が答えた。
「あれは・・・火の大精霊・・・・・です。」
そんなものが居るの?
「姿を見るのも稀ですよ。滅多に人間の世界には現れませんから・・・・・」
そうなものがどうして?
そう思ってリリスはエリスのくれたミサンガを思い出した。
あのミサンガって精霊使いの老婆から貰ったって言ってたわね。
それにエミリア王女も精霊の加護を持っているし・・・・・。
色々な要素が重なって火の大精霊を呼び出したのかも知れない。
後ろを振り返ると、頻繁にシールドを張り、魔力を消耗してしまったロイドが茫然とその場に座り込んでいた。
「どうやら、助かったようだね。」
そう言いながら、ロイドはよろよろと立ち上がった。
「とりあえずこのダンジョンはここまでだ。さあ、帰ろう。」
ロイドの言葉にメリンダ王女が反応した。
「あら、まだ下の階があるわよ。」
「メル。第5階層は人払いの仕掛けがあるのよ。酷い目に遭って追い出されるだけだから。」
「そうですよね、ロイド先生?」
「うっ、そうだね。」
リリスの皮肉めいた言葉にロイドは苦笑いをしながら、懐から転移の魔石を取り出した。魔石が魔力を放っているのが分かったので、今度はうまく作動しそうだ。
だがロイドが転移の魔石を発動しようとして魔力を流そうとしたその時、背後にあった階下への階段の奥から蔦のような触手が瞬時に伸びてロイドの身体に巻き付き、そのまま階段の奥に引きずり込んでしまった。
「先生!」
一瞬の出来事だった。リリスもロイドも疲弊していて、反応が遅れてしまったのだ。
声を上げる間もなく、ロイドは階段の奥に連れ去られてしまった。
「リリス!ロイド先生を助けに行こうよ!」
メリンダ王女に急かされてリリスは階段を走り降りた。魔装を発動したままなので、話に聞く第5階層の幻視は自分には効かない筈だ。そう思って走り込んだリリスだが、降りた途端に周囲が真っ暗になり、その奥に明かりが見えている。
探知をしても魔物は居ないようだ。罠の反応も無い。ロイドは無事だろうか?命を失うような仕掛けは無いと聞いている。
ロイドを案じつつ、リリスは慎重にその明かりに向けて歩いた。
明かりに近付くと、パッと全体が明るくなった。
眩しくて見えないが人の声が聞こえる。
雑踏だ。
何故か車の音まで聞こえてくる。
ハッと気が付くとリリスは街の中に立っていた。
うん?
ここは・・・西新宿だ。私が通っていた会社のオフィスの近くじゃないの。
ふと見ると何時の間にか自分も会社のユニフォームを着ている。
百貨店の立ち並ぶ大通りの裏の路地。そこにはいつもお昼休みに通っていた中華料理の店がある。その店の傍に立っていた。
大通りを走る多くの車の音が聞こえ、信号の機械音やコンビニのチャイム、すれ違うビジネスマンやOLの話し声が耳に入ってくる。
これって幻視じゃないの?
私の記憶を探って見せているだけよね。
そう思っては見たものの、魔装を発動していた筈だ。幻視に惑わされる筈は無いのに・・・。
そう思いながら中華料理の店のウインドウを見ると、同じユニフォームを着た若い女性が自分に手を振って呼んでいる。
あっ! 真希ちゃんだ!
そうだ。自分より2年後輩の真希とは仲が良かった。何時もお昼時になるとさっとオフィスを抜け出して、この店で席を確保してくれていたのだ。
懐かしいなあ。
思わずその店に入ると、まだ席は半分ほどしか埋まっていない。だが美味しそうな料理の匂いが鼻をくすぐる。
少し早めに昼ご飯に出る。それが暗黙の了解を得ているのは、同じ部署で7年ほど顔を突き合わせている上司や同僚の配慮だ。
「紗季さん!こっちですよ!」
真希が手を振って自分を呼んだ。
真っ赤なテーブルの傍に座っている真希は紗季よりも2年後輩で、同じ部署に女性は二人だけだった。
「いつものつけ麺の定食、頼んでおきましたからね。」
「ああ、ありがとう。」
そう言いながら紗季は椅子に腰かけた。足に纏わり付くユニフォームのスカートの、少しごわごわした厚手の生地の感触が何故か懐かしい。
眼鏡をかけ若干オタクっぽい容姿の真希とは何かと好みが共通している。ゲームやアニメも好みが一緒で話も合う。
そんな真希の存在を日頃から紗季は感謝していた。
私って真希ちゃんが入社して居なかったら、こんな会社とっくに辞めていたわよ。
それが紗季の口癖だった。
程なくテーブルに運ばれてきたつけ麺の定食。いりこ出汁をベースにしたつけ麺のつけ汁が絶妙で、替え玉も安価だ。それに添えてあるのがニンニクを使わない野菜の餃子と小さなせいろに入った小籠包、エビで出汁を取った中華スープと小さな杏仁豆腐まで付いている。
「真希ちゃん、いつもごめんね。」
「良いんですよ。私もここのつけ麺定食は大好きだから。これがあってこそ午後を働く気力が生まれてくるんです。」
「そうよねえ。とりあえず、頂きましょう。」
そういって麺を箸にとりつけ汁につけて口に運ぶ。
う~ん。この味よねえ。
思わず餃子や小籠包も口に運ぶと、真希がクスクスと笑っている。
「紗季さん。相当飢えていたような食いつきぶりですねえ。朝、食べなかったんですか?」
「うううん。そうじゃないのよ。美味しいから・・・・」
そう言うと、紗季は再びつけ麺を口に運んだ。すでに麺が少ししか残っていない。
「紗季さん。久し振りに替え玉行きます?」
「うん。プラス50円だっけ?」
「ええ。店員さんにオーダーしますね。」
真希が小太りの店員に背後からオーダーを入れた。その間に、紗季は中華スープを啜っていた。
真希も女性としては早いペースで食べている。
「真希ちゃん。この後、コーヒーを飲みに行こうよ。私がおごるから。」
「は~い。」
嬉しそうに真希が返事をした。その背後から白いユニフォームを着た小太りの店員が、替え玉を持ってこちらに向かってきている。
その顔に何故か見覚えがある。
あれっ?
誰だっけ?
テーブルの傍にまで来たので、紗季はその顔をまじまじと眺めた。
あっ!
チャーリーだ!
「リリス。ここで何をしてるんや?」
その言葉とともに視界が暗転して、気が付くと第5階層の中に居た。
ハッと思って着衣を確かめると、会社のユニフォームではなく、レザーアーマーにガントレットの何時もの装備だった。
目の前でチャーリーがニヤニヤしている。
「お楽しみのところを邪魔して悪かったね。」
「楽しんでなんかないわよ。それにしても魔装まで発動していたのにどうして幻視に・・・・・」
リリスの言葉にチャーリーはしばらくへへへと笑っていた。
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