落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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リリスの帰省3

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街道の関所にて。

リリスは詰め所の兵士の隊長と対峙していた。

「ここの関所の兵士の隊長のトーマスです。貴族の方を足止めするのは申し訳ありませんが、大きな街道の詰め所は王国軍が管理していますので、軍の権限の範囲内だとご承知ください。」

まあ、言いたい事は分かるんだけどね。
信憑性の高い調書を書きたいのよね。

「それでこのご領地の私兵の青年の話ですが・・・・・」

「3人の賊を土魔法でお嬢、否、リリスさんが捕縛したと言う話が、どうしても信じられなくてお呼びした次第です。」

今、お嬢ちゃんって言いそうになったわね。
リリスと呼べって言ったでしょ!
人の話は良く聞きなさいよ。

そんな風に心の中で軽く毒づきながらも、引っ掛かっているのはやはりそこかとリリスは思った。

「この詰め所にも土魔法を使える兵士が居るのですよ。」

そう言いながらトーマスは奥に待機していた若い兵士を呼びつけた。長身で細身の兵士はスタンと名乗った。

「彼は火魔法と土魔法を使えます。更に身体強化のスキルも持っているので、土魔法を使わなくても兵士としては充分務まるのです。」

「それじゃあ、土魔法は使わないのですか?」

リリスの問い掛けにスタンは照れ笑いをして、

「いえ、畑の耕作には使いますよ。この関所では僕が自給用の野菜を育てていますからね。」

うんうん。
普通はそう言う用途しか考えないわよね。
私だって、以前はそのレベルだったもの。
そう考えると土魔法を底上げしてくれたチャーリーに感謝すべきよね。

そんな思いでスタンを見つめるリリスに、トーマスがわざとらしい笑顔で話し掛けた。

「それでお願いがあるのですが、このスタンを賊に見立てて、どのように捕縛したか見せていただけませんか?」

「ええ、良いですよ。詰め所の外でお見せしましょう。」

そう言ってリリスは詰め所の外に向かった。表情はにこやかに、心の中では『お前ら、表に出ろ!』と罵りながら。

「お嬢様、良いんですか? お館様や奥方様に連絡を付ければ解決すると思うのですが・・・」

ケインが心配して声を掛けてきた。

「良いのよ。こうなったら私も後に引けないから。」

静かに怒りを覚えているリリスの口調にケインも黙ってしまった。

ダン達やトーマスや数名の兵士の見守る中、リリスの10mほど前にスタンが対峙している。

「ああ、始めていただきましょうか。」

トーマスの一声でスタンがじりじりとリリスに近寄ってきた。

若干うんざりしながらも、リリスは両手に魔力を集中させ、土魔法を発動させた。スタンの立つ場所を中心に直径3mほどの範囲が突然泥沼になり、スタンは見事にその中にはまり込んでしまった。この泥沼の深さは1m60cmほどで、丁度スタンの首元まで沈み込む深さになっている。スタンの身長から計算したリリスの作戦だ。
突然出現した泥沼にトーマスのみならず、ダンとケインまで驚いている。

リリスは間髪を入れず魔力を放ち、泥沼の表面から50cmほどを硬化させた。泥沼から抜け出そうとして両手を上げていたスタンは、そのままの姿勢で身動きが取れなくなってしまった。固められた土の上にスタンの頭と両腕が突き出している。実に異様な光景だ。

リリスは即座に埋まっているスタンの背後に回り込み、懐からダガーを取り出してスタンの喉元に強く押し付けた。

「ごめんなさいね。でも、このまま突き刺しちゃっても良いですか?」

そう言いながらリリスはトーマスの顔を見上げた。
喉元に押し付けられたダガーの圧迫で、スタンは満足に声も出せない。

唖然としていたトーマスが我に返って、

「いや、もう結構です。分かりました。ご無礼をお許しください。」

平謝りである。

それではと言いながらリリスはダガーをしまい、スタンの傍から離れた。

「リリスさん。これを何とかしてください。」

スタンが泣きそうな声で頼むので、リリスは硬化を解除した。元の泥沼に戻るや否や、スタンは大急ぎでその縁に移動し、他の兵士の手を借りながら泥沼から抜け出した。だが泥沼にはまっていたので泥だらけである。
リリスはスタンの傍に近付き、洗浄魔法でその泥だらけの身体を綺麗にしてあげた。

「ああ、後始末をしないといけないわね。」

独り言のように呟きながら、リリスは泥沼の傍に近付き、両手から魔力を放って泥沼を元の土に戻すと、その表面を軽く硬化させた。ドンドンと足でその部分を強く踏み、安全確認のふりをしたのはリリスなりの演出である。

「いや、驚きました。土魔法でこんな事も出来るのですね。」

すっかり大人しくなってしまったトーマスの言葉に、リリスはニコッと笑って切り返した。

「土魔法も極めれば強力な武器になるのですよ。」

リリスのきめ台詞である。


再び馬車に乗り込み関所を出てリリス達はクレメンス領に向かった。

1時間ほど進んでリリスの実家のあるクレメンス領に到着したのだが、その間フィナは終始うつむき加減で言葉数も少なかった。余程怖かったのだろう。
フィナに時折言葉を掛け、終始その様子を気遣っていたリリスである。


リリスの実家の屋敷に戻ると、両親と弟が笑顔で出迎えてくれた。
だが、ダンとケインからの報告を聞き、両親の表情は一変した。本当に大丈夫なのかとリリスの身体中をチェックしようとする父親ドナルド。残党がいるなら焼き払ってやると息巻く母親のマリア。二人を落ち着かせるのに暫く時間が掛かってしまったのは無理もない。
ダン達からリリスの戦闘の様子を聞き、それなりに納得したマリアではあったが、若干気に成る事も有る。

ダン達の報告が正しいとしたら、リリスは明らかに火魔法も土魔法もパワーアップしているわね。

まあ今は確かめなくても良いわと思いながら、マリアはリリスを屋敷の中に迎え入れた。

久しぶりに実家に戻ったリリスは一家団欒の夕食を楽しんだ。魔法学院での生活や授業の内容から、王女様二人を憑依させてのダンジョンチャレンジの事に至るまで、話題には事欠かない。興味深そうに話を聞き、表情豊かに笑ったり感心したりする家族の様子を見ながら、食後にお茶の時間を挟み、あっという間に数時間が過ぎてしまった。

何と言っても良い家族だわ。
以前の世界では家庭環境に恵まれなかったもの。

そう思いながらリリスは両親に勧められ、早めに自室に戻った。リリスの疲れを案じての両親の配慮である。
一方、ドナルドもマリアも娘の成長を感じて終始目を細めていた。

自室に戻り、パジャマに着替えて入浴を済ませると、リリスは早めに自室のベッドに潜り込んだ。

だがしばらくしてドアをコンコンとノックされた。
返事をしてドアを開けると、そこにはメイドの長の立場のアンが立っていた。

話があると言うので部屋に招き入れると、アンはフィナの様子がおかしいと言う。

確かに異様に怖がっていたようにも思えるわね。

「フィナは眠れないからと言って私の部屋に来ているのですが、昼の事を思い出してはベッドの中でガタガタと震えているのです。」

「それでそんなに怖い目に遭ったのかと思い、お嬢様にお聞きしようと思って・・・・・」

アンの心配そうな表情が痛々しい。

「そうは言っても、フィナは直接に危害が加えられた訳じゃないのよ。」

この世界は魔物も居れば野盗もいる。自分で自分の身を守るのは当然の事で、そのためには魔法だって剣術だって必要だ。

それはフィナも分かっている筈なんだけど・・・・・。

そう思いながらもリリスは熟考し、フィナをリリスの部屋に連れてくるようにアンに指示をした。

「良いんですか? フィナはメイドですけれど・・・」

「良いのよ。元々私のお付きのメイドだし、私の姉のような存在だからね。今日はフィナと一緒に寝るから。」

リリスの言葉に恐縮しながら、アンはリリスの指示に従い、フィナをリリスの部屋に連れてきた。

リリスは冴えない表情のフィナを迎え入れ、

「フィナ。今日は一緒に寝ましょうよ。小さい頃は一緒にベッドに入って、私を寝かしつけてくれたわよね。」

そう言うと、遠慮がちに立ち尽くすフィナの手を取り、少し強引に一緒にベッドに潜り込んだ。フィナは恐縮している様子で向こうを向いてリリスの顔を見ようとしない。その後ろからフィナの身体を優しく抱きしめて、リリスは小さく囁いた。

「フィナ。もう大丈夫よ。一晩寝れば怖かった事なんか忘れちゃうわ。

「・・・はい、お嬢様。申し訳ありません。」

フィナはそこまで言うのがやっとの様子だ。

寝かせてあげた方が良いわね。

リリスはそう考えて、解析スキルを発動させた。

ねえ、精神安定剤は調合出来るの?

『症状にも依りますが、元々健常な人で軽度の情緒不安や精神の不安定であれば、ぐっすり眠らせるだけで良いと思います。』

そうね。じゃあ、眠らせようかしら。

そう考えてリリスは睡眠剤を調合し自分の吐息に付与させた。フィナの顔に向けて後ろから軽く息を吹きかけると、フィナはすっと眠りに落ちた。
これで良いわと思い、自分も眠ろうとしたリリスであったが、うとうととしているとフィナの呻き声で起こされてしまった。

昼の事を思い出して、うなされているのかしら?

強い睡眠剤が必要だと思ったリリスは魔装を発動させた上で、少し強めの睡眠剤を調合した。これを魔力の触手の先端に付与してフィナの頭に直接撃ち込んでみようとしたのだが、魔力の触手を通じて、フィナの脳裏に展開されている記憶の断片が伝わってきた。

これってフィナが今見ている悪夢なの?

魔力で取り込み自分の頭の中に展開すると、それは悲惨な情景だった。

凶悪な魔物の群れに村が襲われている情景だ。魔物の数は数百にも及ぶ。村の住居がことごとく破壊され、村人は老若男女を問わず殺され喰われていく。
その恐るべき光景が目の前で繰り広げられている。フィナの目線は地下の暗渠の中から覗いている状況だ。

どうやら悲惨な幼児体験をフィナは持っているようだ。

これじゃあ、トラウマになるわよね。

何とかしてやろうと思うのだが、どうして良いものか分からない。

記憶を断片的に消す事は出来ないの?

『それは微妙で繊細な作業になりますね。基本的に薬物を使っての作業になりますが、細心の注意を払っても局所的に記憶喪失になる可能性が高いのです。また、その欠失する記憶の部分が予想出来ないのであまりお勧め出来ません。その対象者の個体差がありますからね。』

そうねえ。
扱いにくい分野ではあるわね。
何か得策は無いかしら?

『対処療法になりますが、自分の願望が叶った夢を明瞭に見せれば、嬉しさで気持ちが上書きされると思いますよ。』

そんな事が出来るの?

『魔力の触手で精神誘導剤を撃ち込みながら、お前の願いが叶ったと暗示をかけ続ければ良いですよ。それなりの夢を見る筈です。』

そんな事で上手くいくのかなあ。

疑問を持ちつつも、リリスはその通りにしてみた。魔力の触手をフィナの脳に撃ち込んだ状態でしばらく暗示をかけ続けると、フィナの表情がにこやかになってきたのが分かった。

上手くいったようね。

フィナが落ち着いてきたのを見計らって、リリスは魔装を解き、フィナを背後から抱きしめたまま眠りに就いたのだった。






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