落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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リゾルタでの休暇5

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褒賞を得たその日の夜。

メリンダ王女が寝静まったのを確認して、リリスはベッドの中に宝玉を持ち込んだ。

先ず解析スキルを発動させたリリスは、自身の疑問を思い浮かべた。

この宝玉って魔物が封じられているの?
何となくそんな風に感じたんだけど・・・・・。

少し間を置いて解析スキルの言葉が即座に脳に浮かぶ。この『間』は何だろうか?

『フィルターを掛けられているようで、分析し難いですね。でも魔物が封じられている事は確かです。只、生命反応が弱いので、おそらく消滅まであまり時間の余裕が無さそうですね。』

そうなの?
でも魔物のスキルのコピーは出来そうね。

『それは大丈夫です。コピースキルは条件さえ整えば、強引にコピーしますからね。』

そう。
それなら試してみるわね。

リリスは布団の中で額に宝玉を押し付けた。その途端に様々な魔法やスキルがコピーされてくるのを感じた。
以前に宝玉からコピーした時のように、コピーに伴う頭痛は無い。それだけでも気が楽だ。
だがコピーされてきたものが何であるかが今一つ判明しない。
どうやら人族用に最適化されないと全容が分からないようだ。
宝玉が火魔法を僅かに増強させる効果を持っているので、火魔法に関するスキルである事は類推できるのだが。

コピーを無事に終えた時、解析スキルから通知が来た。

『宝玉内部に封じられている魔物からの要請があります。』

『魔力を少し送ってくれと言っています。会話をしたいようですね。』

会話?
勝手にコピーして文句を言いたいんじゃないの?

『それは無さそうです。相手は好意的ですよ。それにどうやら高位の魔物の様です。』

高位の魔物?

解析スキルが危険は無さそうだと判断しているようなので、リリスは深く考えもせず魔力を宝玉に送った。
宝玉は魔力に反応して仄かに光り、リリスの脳裏に言葉が浮かび上がった。

(お主に会って話がしたい。こちらに来てくれないか?)

来いって言われても、どうするのよ?
身体を小さくしろって言うの?

(お主はそこで横になっているのだろう? それなら使い魔を送れば良いのではないか。)

(この宝玉の中に使い魔を召喚してみれば良い。お主なら可能だろう。)

何となく私の事を見抜いているみたいね。

半信半疑でリリスは使い魔を宝玉の中に召喚するようにイメージして、魔力を集中させた。リリスの目の前に出現した召喚の魔方陣が宝玉の中に吸い込まれていく。その過程でリリスは使い魔と五感を共有させたので、リリス自体が宝玉の中に吸い込まれていくようにも感じた。



ここは何処なの?

使い魔を通してリリスの目の前に広がったのは、広大な空間だった。

果てしなく広がる草原が足元に広がり、遠くに山脈が見える。穏やかに吹く風が実に心地良い。背後を振り返ると大河が流れていて、小さな鳥や獣が動き回っているのが見える。のどかな風景だ。
抜けるような青い空には雲がたなびき、日の光さえ降り注いでくる。その日差しが穏やかで暖かい。

戸惑いながらも何故か心が穏やかになるリリスの脳裏に、魔物の念話が届いてきた。

(儂はもう動けないので、お主の方からこちらに来てくれ。その位置から山脈の方に暫く飛べば会えるだろう。)

言われるままに使い魔のピクシーを飛ばせたリリスの目に、黒く巨大な塊が見えてきた。草原の中に何かがうずくまっている。

近付くとリリスは驚きの声を上げた。

竜だ!

巨大な竜が目の前にうずくまっている。全長は30mもありそうだ。黒い鱗に覆われて如何にも強そうな竜だが、その生命反応は確かに弱っている。
僅かに顔をあげた黒い竜はリリスの使い魔を愛おしそうな目で見つめた。

(もはや言葉も出せんので、念話で会話をしよう。儂の名はキングドレイク。覇竜と呼ばれた竜だ。ところでお主は何者だ?)

リリスは竜の目の前で空中に停止した。

(私の名はリリス。人族です。)

リリスの念話に竜は表情を変えた。

(人族だと? この宝玉にアクセスし、儂からスキルをコピー出来るような存在が人族に居るのか? もしかすると大賢者なのか?)

この竜はスキルをコピーされた事を認識しているようだ。

(いいえ。私は14歳のありふれた少女です。)

リリスの返答に、竜は困惑した様子で、

(お主はありふれたと言う言葉の定義を知らぬようだな。)

それって私の国語力が無いって言いたいの?
ごくありふれた少女だけどね。

(まあ良い。)

話題を変えたわね。

(儂ももう間もなく寿命が尽きる。人族と話をするのも数万年来だ。)

(数万年も人族と会って居ないの? 一人で此処に?)

リリスの念話に竜はハハハと笑った。

(この広大な亜空間に一人で何万年も居たら気が狂ってしまう。ここには儂の一族、30体の竜が暮らしておったのだ。)

ええっ!
30体も!

(キングドレイクさん達は宝玉に封じ込められていたんじゃないの?)

(ある意味では封じ込められていたとも言えるかもな。だが儂らはこの与えられた環境で平和に暮らしておったのだよ。)

そうよね。
これだけ広大な空間で飛び回れるのだから。

それにしても誰が封じ込めたのかしら?
そもそもそんな事って出来るの?

リリスの想いを察して竜は訥々と話し始めた。

(儂らがこの宝玉に封じ込められたのはおよそ2万年前の事だ。その当時、地上は大きな災厄に覆われていた。)

(それって・・・・・もしかして亜神の降臨?)

(そうだ。しかし人族のお主がどうしてそれを知っている。そう言えば・・・・・)

竜は少し間を置いた。何かを探っているような気配がする。

(お主の魔力には僅かながら亜神の気配が感じられる。亜神と交わりを持ったのか?)

交わりと言われてもねえ。
勝手に向こうから関わって来たのよね。

返事のしようもなく黙っていると竜は話を元に戻した。

(火の亜神は苛烈だった。その業火で地表のものを全て焼き尽くしてしまう。その狂気に満ちた表情を儂は未だに忘れられん。)

う~ん。
確かにあの戦闘狂のタミアの本体だものねえ。

(儂らのような高位の竜族ですら焼き尽くされてしまうのだ。だが儂らはまだ幸運だった。その滅びの直前にこの宝玉に封じられる形で退避できたのだ。)

(ところで誰がキングドレイクさん達をこの宝玉に封じたの?)

それはリリスの最大の疑問である。
そんな事が誰の手で可能なのだろうか?
リリスの疑問に竜は即座に答えた。

(水の亜神だよ。1万年ほどは出てこれないがそれでも良いかと問われたので、儂は一族を助けたい一心から即座に承諾したのだ。)

水の亜神!
ユリアの本体と聞いて、リリスは納得した。
亜神のような存在でなければ、竜を30体も宝玉に封じ込めるなんて出来る筈も無い。

(亜神は儂らから見れば気紛れだ。その行動原理は儂らには推測も出来ぬ。気紛れに焼き払い、気紛れに救いの手を伸ばす。ただ、儂らは幸運だったと言う事だ。)

そうなのね。

(でも、1万年経って宝玉から出ようとしなかったの?)

(うむ。1万年も棲み付くと居心地が良く成ってなあ。ユリアと名乗る亜神の使いが打診してきたが、儂らは此処に留まったのだよ。)

亜神の使いねえ。
本体のかけらとは言わなかったのね。

(それにその時点で儂らの個体数も数体になってしまっていた。元の世界に戻って自分達のテリトリーを確保するほどに若くは無かったのだ。)

それって他の竜達との争いを避けたって事ね。

リリスは当初からこの竜に抱いていた印象を確信した。争い事を好まない平和な一族だったようだ。

(もうこの宝玉の中で生き残っている竜は儂だけになってしまった。その儂ももうすぐその寿命が尽きる。そこでお主に頼みがあるのだが・・・)

竜の言葉にリリスは意識を集中させた。

(最後に儂を外の世界に戻してくれ。外の世界で飛び回り、咆哮して最後を迎えたい。)

ええっ!
どうやってこの宝玉から出すの?
しかも30mもある黒い竜を外に出すなんて・・・。

リリスの想いを竜は察した。

(この宝玉は儂らの魔力によって維持されている。それ故にもう崩壊寸前なのだ。高い所から地上に落してくれれば割れて中から出れる。)

(でもその巨体で出てくるんでしょ?)

(いや、そんな力はもう残っておらん。小さな魔力の塊を維持するのが精一杯だ。)

そうなの?

俄かに信じ難い事だが、竜が嘘をついているようにも思えない。
リリスは竜の願いを了承して、使い魔の召喚を解除した。ベッドから起き上がったリリスは宝玉を手に持ち、メリンダ王女に気付かれないように着替えてホテルの外に出た。
すでに深夜だが、まだ人の行き来はある。魔装を発動し、気配を隠してリリスは近くの神殿の敷地に入った。
水の亜神を祀る神殿で、水の亜神が造り上げた宝玉を壊したら、ユリアは怒らないだろうか?
そんな余計な事を案じつつも、人気の無いのを確認して、リリスは宝玉を神殿の石畳に叩きつけた。

パリンと音がして宝玉が割れ、中から小さな魔力の塊が浮かんでくる。それは直径が5cmほどの光球だ。だがそれは徐々に形を変え、黒く小さな竜の姿になった。

(あらっ? 竜の姿を維持出来たのね。)

その小さな姿を可愛いと思ってしまったリリスである。

(これは儂の意地だよ。どうしても元の姿を維持したかったのだ。)

そんな事に意地を張らなくても良いのに・・・・・。

リリスの想いを他所に、竜は上空に舞い上がり、大きく夜空を旋回した。
キーッと言う小さな咆哮が聞こえてくる。
声を出すのも大変なはずなのに・・・・。

程なく竜は下降してリリスの肩に留まった。

(恩に着るぞ、リリス。儂はこのまま消えて行く。だがお前の魔力は居心地が良い。お前の魔力の一部となって消えて行こう。)

そう言いながら竜はリリスの肩にめり込むように消えて行った。それとともに竜の生命反応も消えてしまった。

本当に消えちゃったのね。
キングドレイクさん達って幸せだったのかしら?

そう思いつつ肩を撫でると、何となく肩に竜の爪痕が残っているような気がする。
リリスは心の中で合掌しつつ、割れた宝玉のかけらをかき集め、持参していた皮袋にしまい込んだ。
メリンダ王女には、宝玉が壊れてしまったと言い訳をすれば良い。どうせおまけで貰った宝玉なのだから。

リリスは気配を消し、更に人目を避けてホテルに戻って行ったのだった。






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