140 / 369
王都の神殿1
しおりを挟む
アブリル王国から帰還して1週間後。
リリスは生徒会の会長のセーラに誘われて、王都の飲食店の立ち並ぶ街区を訪れていた。
賑やかな飲食店の立ち並ぶ通りから外れた場所に、瀟洒な造りの喫茶店が数件並んでいる。
その中でも一番高級なリーゼと言う名の喫茶店が、王都に詳しいセーラのお気に入りだそうだ。
店内は広く、幾つかのブースに分かれていて、そのブースごとにテーブルが大小合わせて5台置かれている。
窓際のブースの白いテーブルに案内されたリリスは、セーラと横に並んで椅子に座った。テーブル越しには外の景色が見えている。
大きな窓から見えるのは緑の芝生と木立が美しい中庭だ。
白いドレスに黒いエプロンを着たメイドが紅茶とケーキを運んできた。その馥郁とした香りがリリスの鼻をくすぐる。
その香りから相当高級な茶葉だとリリスは理解した。
紅茶に添えてあるのはイチゴのショートケーキだ・・・・・とリリスは思ってしまったが、生地の上に乗っているのはイチゴに似た別の果実だ。
残念ながらこの世界には、前の世界にあったような品種改良されたイチゴは存在しない。
だがそれでもこの果実はお酒や砂糖で味付けられていて、風味も良く、これはこれで上品な味わいだ。
セーラは水色のワンピースに白いリボンをあしらった清楚な服装で、セーラの顔立ちにも良く似合っている。一方リリスは何故か学生服で来てしまった。リリスには着心地が良くて着慣れていると言う理由があるのだが、若干場違いであるのは否めない。
紅茶を飲みケーキを食べる。何げない話題で話を交わし、ゆったりと時間を過ごす。
日頃には無いゆとりの時間を味わいながら、リリスも心から寛いだ。
程なくセーラが生徒会の話を持ち出してきた。
「リリスちゃん。来年度の生徒会の事なんだけど・・・・・」
そう話を切り出したセーラは今年度で卒業だ。しかもそろそろ来年度の生徒会の人事を考える時期でもある。
「来年度の生徒会の会長は、順番では1年後輩のロナルド君になるのよ。でもねえ・・・・・」
セーラの憂いは理解出来る。ロナルドは剣術の達人ではあるが、女癖が悪いのが難点だ。学生寮で使い魔を使って、リンディの姉に盛んにアプローチを掛けていたのはリリスも知っていたが、複数の女性に同時にアプローチを掛けていたとも聞く。
「順当なら書記のルイーズが副会長になるんだけど、彼女ったらロナルド君を嫌がっちゃってね。絶対に嫌だと言うのよ。それでね・・・・・」
うっ!
嫌な流れだわ。
リリスの気配を察して、セーラはがっしりとリリスの両手を掴んだ。
その笑顔が不気味だ。
「お願い! リリスちゃん。来年度の副会長になって!」
やはりこっちに回ってきたのね。
リリスは言葉に詰まって返事が出来ない。
リリスの様子を見てセーラは追い打ちを掛ける。
「リリスちゃんなら安心なのよ。バックに王族が付いている事は誰でも知っているから無闇に扱えないし、何よりも潔癖だから・・・」
嘘臭いわね。
私に女性的な魅力が無いから安心だと思っているんでしょうね。
まあ、ロナルド先輩は人間的にはクズだけどね。
「前向きに考えておきます。」
リリスは神妙な表情で答えた。
セーラはホッとした表情でリリスの両手を離し、
「よろしくね。リリスちゃんが受諾してくれないと、私は安心して卒業出来ないからね。」
そんなのはあんたの勝手じゃないの。
そう言いたかったリリスだが、グッと言葉を飲み込んだ。
セーラはにこやかな表情で紅茶を飲み、寛いだ様子で椅子の背もたれに背中を伸ばした。
「これで今日の目的が一つ果たせたわ。」
セーラの言葉にリリスはギョッとして目を見開いた。
「まだ何かあるんですか?」
「そんなに驚かないでよ。もう無理な事はお願いしないから。」
無理な事を頼んだって言う自覚はあるのね。
「これから神殿に行きたいのよ。最近話題になっている新しい女性の祭司って、リリスちゃんの知り合いなんでしょ?」
「ああ、マキちゃんの事ですね。同郷で小さい頃からの知り合いなんですよ。」
リリスの言葉にセーラは笑顔でうんうんと頷いた。リリスもマキの事なら拒む事も無い。おそらくセーラもマキに会ってみたいのだろう。
リリスとしても、王都の神殿でのマキの様子を確かめておきたいところだ。
セーラが是非紹介して欲しいと言うので、リリスは快諾し、二人で喫茶店を出て行った。
リリスとセーラは飲食店の立ち並ぶ街区から少し歩いて王城の近くまで進むと、行政機関や商業組合などの大きな建物が立ち並ぶ街区に入った。
この街区の中央に白亜の神殿が建っている。神殿の高さは30mもありそうで、少し離れた場所からもその尖塔部分が見えている。
神殿の周囲は庭園風に整備されており、そのあちらこちらに配置されたベンチに参詣客が座っていた。神殿の傍にいるだけでもその清廉な波動を受けるのだと言う。
神殿の規模としてはそれほど大きくはない。それは祭司のケルビンから聞いた通り、アストレア神聖王国の神殿との関係が薄れ、自立自活になってしまった故でもある。その国ごとに祭司などのリクルートをしなければならないのだ。
王都の神殿には大祭司1名と祭司が4名、雑務をこなす神官が10名いると言う。マキは5人目の祭司と言う事になる。
神殿に辿り着き、通用門を通ってエントランスに入ると、受付のブースに神官が待機していた。用件を告げると貴族用のゲストルームに案内してくれると言うので、広い通路を神官の後ろに付き従って歩く。白い壁には至る所にレリーフが彫られていて荘厳な雰囲気を醸し出している。
豪華な造りのゲストルームで待っていると、しばらくして扉が開かれ、白い祭司の衣装を着たマキが入ってきた。清楚な美人の祭司である。その表情を見ると元気そうなのでリリスは自分の事のように喜んだ。
マキにセーラを紹介して互いに挨拶を交わし、大きなソファに対峙して座ると、マキは申し訳なさそうな表情を見せた。
「ごめんね、リリスちゃん。この後祭祀の準備があって30分ほどしか時間が取れないの。」
リリスが返答する前にセーラが口を開いた。
「30分で充分ですよ。わざわざ時間を割いてくださってありがとうございます。」
セーラは神殿を訪れた目的をマキに話し始めた。
セーラは魔法学院卒業後、軍の事務方で働く事になっている。そこでの新しい生活に不安を感じているらしい。
それはリリスにとっても意外な内容だった。
何事もそつなくこなす優等生のセーラでも、社会に出て新生活を送る事には不安があるようだ。
まあ、普通に考えれば18歳で社会に出るわけだから、高卒で就職するようなものよね。
この世界の人達がいくら早熟だと言っても、それは止むを得ない事だわ。
セーラの事だからそれほど深刻な事ではないはずだ。リリスはそう思って自分自身を納得させた。そうでなければそんな話をリリスに聞かせるはずもない。他人に聞かれても構わない程度の状況なのだろう。
マキはセーラの話を一通り聞いて、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「分かりました。その不安を解消したいのですね。それならモチベーションを上げる術を施しましょう。」
そう言いながらマキは両手に魔力を漲らせた。
「ウェイクアップヒールを掛けますね。」
マキの両手から放たれた聖魔法の魔力が、まるで霧のようにセーラの身体を包み込んだ。その魔力が徐々にセーラの身体に浸透していく。
それにつれてセーラは目を瞑り、ゆったりとソファの背に身体を預けた。
沈黙の時間が流れる。
数分後、セーラはゆっくりと目を開けた。
その瞳に星が輝くように見えたのはリリスの気のせいだろう。だがそれほどに目に輝きが満ちている。
「う~ん。まるで生まれ変わったみたいだわ。あれこれと些細な事で気分が晴れなかったのが嘘みたいよ。」
そう言ってセーラは両手を上げ、ソファの背に密着するように大きく伸びをした。
マキもその様子を見て嬉しそうだ。
「マキさん。この状態ってしばらく持続出来るの?」
「そうですねえ。4~5日は持続出来ますね。でもこのウェイクアップヒールは、その状態を強く念じる事で再励起出来るんですよ。」
マキの言葉にセーラは驚いて目を見開いた。
「そんな事が出来るんですか?」
「ええ。その人の資質にも依りますが、施術後40日の間に2~3回は再励起可能です。」
マキの言葉はリリスにも衝撃的だった。
まるで呪詛だ。
マキの放った魔力にマキ自身の強い念が込められているのだろうか?
改めて感心してマキの表情を見つめるリリスと、満足げな表情のセーラである。
その直後に別の祭司から呼び出されて、マキは申し訳なさそうに席を立った。
「祭祀の準備がありますので、これで失礼しますね。」
そう言いながらゲストムールを出ようとしたマキは、何かを思い出したように振り向いた。
「祭祀の前に神殿全体に浄化を掛けますから、敷地内に居ればその恩恵を受けられますよ。時間があるのなら、神殿の入り口の前の広場に居れば良いですよ。」
「うん。ありがとう、マキちゃん。」
リリスは部屋から出ていくマキに手を振りながら礼を述べた。マキは笑顔で一礼して去っていった。
「う~ん。感じの良い祭司様ねえ。マキさんを慕ってくる人が増えているのも良く分かるわ。」
セーラの言葉にリリスも嬉しさを隠せない。マキが評価を受け人望を集めているのはリリスの喜びでもある。
お互いに心が満たされ、リリスとセーラは神殿の入り口に向かった。
だがその途中の通路で、リリスは意外な人物と出会った。
ガイとエレンだ。
どうしてこの二人がここに居るの?
笑顔で近付いてくるカップルにリリスは戸惑ってしまった。
二人は先輩のセーラに挨拶をしてリリスに話し掛けた。
「やあ、リリス。君も新しい祭司のマキさんに面会したのかい?」
ガイの問い掛けにリリスはうんと頷いた。
「ええ。マキちゃんとは旧知の仲だからね。」
「そうらしいわね。それは私も聞いたわ。私達は祭祀の後に時間を貰っているのよ。ガイの両親の口利きで、神殿での面会の貴族枠を活用させて貰ったの。」
エレンはそう言いながらガイの顔を笑顔で見つめた。ガイはその熱い視線にはにかみながら言葉を続けた。
「そうなんだよ。エクストラヒーリングを受けさせて貰って体調を整えたいし、ついでに僕達二人の将来を診て貰おうと思ってね。」
ちょっと待ってよ!
マキちゃんは占い師じゃ無いのよ!
やっぱりこの二人はバカップルだわ。
リリスが呆れてセーラの方を向くと、セーラは言葉も無く失笑していた。
ガイとエレンはリリス達と別れ、ゲストルームに向かった。
だがエレンがふと振り向き、
「そう言えば神殿の前の広場にエリスとニーナが居たわよ。あの二人は祭祀の前の浄化を受けるつもりだって言ってたわ。」
そう言ってエリスはガイと腕を組み、後ろ手に手を振って歩いて行った。
ニーナとエリスも来ているの?
神殿にはあまり縁の無い人物ばかり集まってきているようだ。ニーナとエリスも王都の散策のついでに来ているのだろう。
そう思ってリリスはセーラと通路を歩き、神殿の通用門の外に出た。
神殿の前の広場には大勢の人が集まっていた。半分は観光客なのだろう。地味な服装や仕事着の人達は王都の住民だと思われる。
広場も神殿の敷地内なので浄化の恩恵を受けられるのだが、予想以上に大勢の人が集まっていてセーラも驚きを隠せない。
「これだとニーナとエリスを探すのも一苦労ね。」
エリスはそう言いながら広場の隅の頑丈な手すりに腰掛けた。リリスもその傍に腰掛けて、集まっている人達を一通り眺めた。
「浄化が終わってから探しましょうよ。」
「そうね。そうするしかないわね。」
セーラはそう答えると神殿上部の尖塔を見つめた。尖塔が青白く輝き始めている。それと共に大地からも白い光が沸き上がり、神殿の敷地をドーム状に包み込んだ。
浄化の波動が足元から伝わり、身体を駆け巡っていく。それに伴って心も解放されていく。
周囲の人達からもう~んと言う心地良い唸り声が聞こえて来た。
浄化は5分ほどで済み、それと共に集まっていた人達も三々五々解散していった。
だがその広場の反対側の隅に、誰かが倒れているのが見えた。その傍に立ち、倒れている人物を起こそうとしている人物と目が合った。
エリスだ!
そうすると倒れているのはニーナなの?
「セーラ先輩! あそこに急ぎましょう!」
リリスの言葉にセーラも頷き、急いでそちらに向かった。
傍に近付くとエリスが狼狽えて居る。倒れているのは間違いなくニーナだった。
「エリス! どうしたの?」
リリスに問い掛けられたエリスは困惑した表情で、
「それが・・・浄化が始まったら急にニーナ先輩が苦しみだして・・・」
そう言うとエリスはニーナを再び起こそうとした。
浄化を受けて苦しむなんて・・・。
ニーナってアンデッドだったの?
そんな事は・・・・・無いわよね。
リリスも困惑を隠せないまま、エリスと二人でニーナを広場のベンチに運んだのだった。
リリスは生徒会の会長のセーラに誘われて、王都の飲食店の立ち並ぶ街区を訪れていた。
賑やかな飲食店の立ち並ぶ通りから外れた場所に、瀟洒な造りの喫茶店が数件並んでいる。
その中でも一番高級なリーゼと言う名の喫茶店が、王都に詳しいセーラのお気に入りだそうだ。
店内は広く、幾つかのブースに分かれていて、そのブースごとにテーブルが大小合わせて5台置かれている。
窓際のブースの白いテーブルに案内されたリリスは、セーラと横に並んで椅子に座った。テーブル越しには外の景色が見えている。
大きな窓から見えるのは緑の芝生と木立が美しい中庭だ。
白いドレスに黒いエプロンを着たメイドが紅茶とケーキを運んできた。その馥郁とした香りがリリスの鼻をくすぐる。
その香りから相当高級な茶葉だとリリスは理解した。
紅茶に添えてあるのはイチゴのショートケーキだ・・・・・とリリスは思ってしまったが、生地の上に乗っているのはイチゴに似た別の果実だ。
残念ながらこの世界には、前の世界にあったような品種改良されたイチゴは存在しない。
だがそれでもこの果実はお酒や砂糖で味付けられていて、風味も良く、これはこれで上品な味わいだ。
セーラは水色のワンピースに白いリボンをあしらった清楚な服装で、セーラの顔立ちにも良く似合っている。一方リリスは何故か学生服で来てしまった。リリスには着心地が良くて着慣れていると言う理由があるのだが、若干場違いであるのは否めない。
紅茶を飲みケーキを食べる。何げない話題で話を交わし、ゆったりと時間を過ごす。
日頃には無いゆとりの時間を味わいながら、リリスも心から寛いだ。
程なくセーラが生徒会の話を持ち出してきた。
「リリスちゃん。来年度の生徒会の事なんだけど・・・・・」
そう話を切り出したセーラは今年度で卒業だ。しかもそろそろ来年度の生徒会の人事を考える時期でもある。
「来年度の生徒会の会長は、順番では1年後輩のロナルド君になるのよ。でもねえ・・・・・」
セーラの憂いは理解出来る。ロナルドは剣術の達人ではあるが、女癖が悪いのが難点だ。学生寮で使い魔を使って、リンディの姉に盛んにアプローチを掛けていたのはリリスも知っていたが、複数の女性に同時にアプローチを掛けていたとも聞く。
「順当なら書記のルイーズが副会長になるんだけど、彼女ったらロナルド君を嫌がっちゃってね。絶対に嫌だと言うのよ。それでね・・・・・」
うっ!
嫌な流れだわ。
リリスの気配を察して、セーラはがっしりとリリスの両手を掴んだ。
その笑顔が不気味だ。
「お願い! リリスちゃん。来年度の副会長になって!」
やはりこっちに回ってきたのね。
リリスは言葉に詰まって返事が出来ない。
リリスの様子を見てセーラは追い打ちを掛ける。
「リリスちゃんなら安心なのよ。バックに王族が付いている事は誰でも知っているから無闇に扱えないし、何よりも潔癖だから・・・」
嘘臭いわね。
私に女性的な魅力が無いから安心だと思っているんでしょうね。
まあ、ロナルド先輩は人間的にはクズだけどね。
「前向きに考えておきます。」
リリスは神妙な表情で答えた。
セーラはホッとした表情でリリスの両手を離し、
「よろしくね。リリスちゃんが受諾してくれないと、私は安心して卒業出来ないからね。」
そんなのはあんたの勝手じゃないの。
そう言いたかったリリスだが、グッと言葉を飲み込んだ。
セーラはにこやかな表情で紅茶を飲み、寛いだ様子で椅子の背もたれに背中を伸ばした。
「これで今日の目的が一つ果たせたわ。」
セーラの言葉にリリスはギョッとして目を見開いた。
「まだ何かあるんですか?」
「そんなに驚かないでよ。もう無理な事はお願いしないから。」
無理な事を頼んだって言う自覚はあるのね。
「これから神殿に行きたいのよ。最近話題になっている新しい女性の祭司って、リリスちゃんの知り合いなんでしょ?」
「ああ、マキちゃんの事ですね。同郷で小さい頃からの知り合いなんですよ。」
リリスの言葉にセーラは笑顔でうんうんと頷いた。リリスもマキの事なら拒む事も無い。おそらくセーラもマキに会ってみたいのだろう。
リリスとしても、王都の神殿でのマキの様子を確かめておきたいところだ。
セーラが是非紹介して欲しいと言うので、リリスは快諾し、二人で喫茶店を出て行った。
リリスとセーラは飲食店の立ち並ぶ街区から少し歩いて王城の近くまで進むと、行政機関や商業組合などの大きな建物が立ち並ぶ街区に入った。
この街区の中央に白亜の神殿が建っている。神殿の高さは30mもありそうで、少し離れた場所からもその尖塔部分が見えている。
神殿の周囲は庭園風に整備されており、そのあちらこちらに配置されたベンチに参詣客が座っていた。神殿の傍にいるだけでもその清廉な波動を受けるのだと言う。
神殿の規模としてはそれほど大きくはない。それは祭司のケルビンから聞いた通り、アストレア神聖王国の神殿との関係が薄れ、自立自活になってしまった故でもある。その国ごとに祭司などのリクルートをしなければならないのだ。
王都の神殿には大祭司1名と祭司が4名、雑務をこなす神官が10名いると言う。マキは5人目の祭司と言う事になる。
神殿に辿り着き、通用門を通ってエントランスに入ると、受付のブースに神官が待機していた。用件を告げると貴族用のゲストルームに案内してくれると言うので、広い通路を神官の後ろに付き従って歩く。白い壁には至る所にレリーフが彫られていて荘厳な雰囲気を醸し出している。
豪華な造りのゲストルームで待っていると、しばらくして扉が開かれ、白い祭司の衣装を着たマキが入ってきた。清楚な美人の祭司である。その表情を見ると元気そうなのでリリスは自分の事のように喜んだ。
マキにセーラを紹介して互いに挨拶を交わし、大きなソファに対峙して座ると、マキは申し訳なさそうな表情を見せた。
「ごめんね、リリスちゃん。この後祭祀の準備があって30分ほどしか時間が取れないの。」
リリスが返答する前にセーラが口を開いた。
「30分で充分ですよ。わざわざ時間を割いてくださってありがとうございます。」
セーラは神殿を訪れた目的をマキに話し始めた。
セーラは魔法学院卒業後、軍の事務方で働く事になっている。そこでの新しい生活に不安を感じているらしい。
それはリリスにとっても意外な内容だった。
何事もそつなくこなす優等生のセーラでも、社会に出て新生活を送る事には不安があるようだ。
まあ、普通に考えれば18歳で社会に出るわけだから、高卒で就職するようなものよね。
この世界の人達がいくら早熟だと言っても、それは止むを得ない事だわ。
セーラの事だからそれほど深刻な事ではないはずだ。リリスはそう思って自分自身を納得させた。そうでなければそんな話をリリスに聞かせるはずもない。他人に聞かれても構わない程度の状況なのだろう。
マキはセーラの話を一通り聞いて、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「分かりました。その不安を解消したいのですね。それならモチベーションを上げる術を施しましょう。」
そう言いながらマキは両手に魔力を漲らせた。
「ウェイクアップヒールを掛けますね。」
マキの両手から放たれた聖魔法の魔力が、まるで霧のようにセーラの身体を包み込んだ。その魔力が徐々にセーラの身体に浸透していく。
それにつれてセーラは目を瞑り、ゆったりとソファの背に身体を預けた。
沈黙の時間が流れる。
数分後、セーラはゆっくりと目を開けた。
その瞳に星が輝くように見えたのはリリスの気のせいだろう。だがそれほどに目に輝きが満ちている。
「う~ん。まるで生まれ変わったみたいだわ。あれこれと些細な事で気分が晴れなかったのが嘘みたいよ。」
そう言ってセーラは両手を上げ、ソファの背に密着するように大きく伸びをした。
マキもその様子を見て嬉しそうだ。
「マキさん。この状態ってしばらく持続出来るの?」
「そうですねえ。4~5日は持続出来ますね。でもこのウェイクアップヒールは、その状態を強く念じる事で再励起出来るんですよ。」
マキの言葉にセーラは驚いて目を見開いた。
「そんな事が出来るんですか?」
「ええ。その人の資質にも依りますが、施術後40日の間に2~3回は再励起可能です。」
マキの言葉はリリスにも衝撃的だった。
まるで呪詛だ。
マキの放った魔力にマキ自身の強い念が込められているのだろうか?
改めて感心してマキの表情を見つめるリリスと、満足げな表情のセーラである。
その直後に別の祭司から呼び出されて、マキは申し訳なさそうに席を立った。
「祭祀の準備がありますので、これで失礼しますね。」
そう言いながらゲストムールを出ようとしたマキは、何かを思い出したように振り向いた。
「祭祀の前に神殿全体に浄化を掛けますから、敷地内に居ればその恩恵を受けられますよ。時間があるのなら、神殿の入り口の前の広場に居れば良いですよ。」
「うん。ありがとう、マキちゃん。」
リリスは部屋から出ていくマキに手を振りながら礼を述べた。マキは笑顔で一礼して去っていった。
「う~ん。感じの良い祭司様ねえ。マキさんを慕ってくる人が増えているのも良く分かるわ。」
セーラの言葉にリリスも嬉しさを隠せない。マキが評価を受け人望を集めているのはリリスの喜びでもある。
お互いに心が満たされ、リリスとセーラは神殿の入り口に向かった。
だがその途中の通路で、リリスは意外な人物と出会った。
ガイとエレンだ。
どうしてこの二人がここに居るの?
笑顔で近付いてくるカップルにリリスは戸惑ってしまった。
二人は先輩のセーラに挨拶をしてリリスに話し掛けた。
「やあ、リリス。君も新しい祭司のマキさんに面会したのかい?」
ガイの問い掛けにリリスはうんと頷いた。
「ええ。マキちゃんとは旧知の仲だからね。」
「そうらしいわね。それは私も聞いたわ。私達は祭祀の後に時間を貰っているのよ。ガイの両親の口利きで、神殿での面会の貴族枠を活用させて貰ったの。」
エレンはそう言いながらガイの顔を笑顔で見つめた。ガイはその熱い視線にはにかみながら言葉を続けた。
「そうなんだよ。エクストラヒーリングを受けさせて貰って体調を整えたいし、ついでに僕達二人の将来を診て貰おうと思ってね。」
ちょっと待ってよ!
マキちゃんは占い師じゃ無いのよ!
やっぱりこの二人はバカップルだわ。
リリスが呆れてセーラの方を向くと、セーラは言葉も無く失笑していた。
ガイとエレンはリリス達と別れ、ゲストルームに向かった。
だがエレンがふと振り向き、
「そう言えば神殿の前の広場にエリスとニーナが居たわよ。あの二人は祭祀の前の浄化を受けるつもりだって言ってたわ。」
そう言ってエリスはガイと腕を組み、後ろ手に手を振って歩いて行った。
ニーナとエリスも来ているの?
神殿にはあまり縁の無い人物ばかり集まってきているようだ。ニーナとエリスも王都の散策のついでに来ているのだろう。
そう思ってリリスはセーラと通路を歩き、神殿の通用門の外に出た。
神殿の前の広場には大勢の人が集まっていた。半分は観光客なのだろう。地味な服装や仕事着の人達は王都の住民だと思われる。
広場も神殿の敷地内なので浄化の恩恵を受けられるのだが、予想以上に大勢の人が集まっていてセーラも驚きを隠せない。
「これだとニーナとエリスを探すのも一苦労ね。」
エリスはそう言いながら広場の隅の頑丈な手すりに腰掛けた。リリスもその傍に腰掛けて、集まっている人達を一通り眺めた。
「浄化が終わってから探しましょうよ。」
「そうね。そうするしかないわね。」
セーラはそう答えると神殿上部の尖塔を見つめた。尖塔が青白く輝き始めている。それと共に大地からも白い光が沸き上がり、神殿の敷地をドーム状に包み込んだ。
浄化の波動が足元から伝わり、身体を駆け巡っていく。それに伴って心も解放されていく。
周囲の人達からもう~んと言う心地良い唸り声が聞こえて来た。
浄化は5分ほどで済み、それと共に集まっていた人達も三々五々解散していった。
だがその広場の反対側の隅に、誰かが倒れているのが見えた。その傍に立ち、倒れている人物を起こそうとしている人物と目が合った。
エリスだ!
そうすると倒れているのはニーナなの?
「セーラ先輩! あそこに急ぎましょう!」
リリスの言葉にセーラも頷き、急いでそちらに向かった。
傍に近付くとエリスが狼狽えて居る。倒れているのは間違いなくニーナだった。
「エリス! どうしたの?」
リリスに問い掛けられたエリスは困惑した表情で、
「それが・・・浄化が始まったら急にニーナ先輩が苦しみだして・・・」
そう言うとエリスはニーナを再び起こそうとした。
浄化を受けて苦しむなんて・・・。
ニーナってアンデッドだったの?
そんな事は・・・・・無いわよね。
リリスも困惑を隠せないまま、エリスと二人でニーナを広場のベンチに運んだのだった。
10
あなたにおすすめの小説
異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが
初
ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
けろ
ファンタジー
【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~
存在証明
ファンタジー
不慮の事故によって異世界に転生したカイ。異世界でも家族に疎まれる日々を送るがある日赤い瞳の少年と出会ったことによって世界が一変する。突然街を襲ったスタンピードから2人で隣国まで逃れ、そこで冒険者となったカイ達は仲間を探して冒険者ライフ!のはずが…?!
はたしてカイは運命をぶち壊して幸せを掴むことができるのか?!
火・金・日、投稿予定
投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる