落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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王都の神殿1

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アブリル王国から帰還して1週間後。

リリスは生徒会の会長のセーラに誘われて、王都の飲食店の立ち並ぶ街区を訪れていた。
賑やかな飲食店の立ち並ぶ通りから外れた場所に、瀟洒な造りの喫茶店が数件並んでいる。
その中でも一番高級なリーゼと言う名の喫茶店が、王都に詳しいセーラのお気に入りだそうだ。

店内は広く、幾つかのブースに分かれていて、そのブースごとにテーブルが大小合わせて5台置かれている。
窓際のブースの白いテーブルに案内されたリリスは、セーラと横に並んで椅子に座った。テーブル越しには外の景色が見えている。
大きな窓から見えるのは緑の芝生と木立が美しい中庭だ。
白いドレスに黒いエプロンを着たメイドが紅茶とケーキを運んできた。その馥郁とした香りがリリスの鼻をくすぐる。
その香りから相当高級な茶葉だとリリスは理解した。

紅茶に添えてあるのはイチゴのショートケーキだ・・・・・とリリスは思ってしまったが、生地の上に乗っているのはイチゴに似た別の果実だ。
残念ながらこの世界には、前の世界にあったような品種改良されたイチゴは存在しない。
だがそれでもこの果実はお酒や砂糖で味付けられていて、風味も良く、これはこれで上品な味わいだ。

セーラは水色のワンピースに白いリボンをあしらった清楚な服装で、セーラの顔立ちにも良く似合っている。一方リリスは何故か学生服で来てしまった。リリスには着心地が良くて着慣れていると言う理由があるのだが、若干場違いであるのは否めない。

紅茶を飲みケーキを食べる。何げない話題で話を交わし、ゆったりと時間を過ごす。

日頃には無いゆとりの時間を味わいながら、リリスも心から寛いだ。

程なくセーラが生徒会の話を持ち出してきた。

「リリスちゃん。来年度の生徒会の事なんだけど・・・・・」

そう話を切り出したセーラは今年度で卒業だ。しかもそろそろ来年度の生徒会の人事を考える時期でもある。

「来年度の生徒会の会長は、順番では1年後輩のロナルド君になるのよ。でもねえ・・・・・」

セーラの憂いは理解出来る。ロナルドは剣術の達人ではあるが、女癖が悪いのが難点だ。学生寮で使い魔を使って、リンディの姉に盛んにアプローチを掛けていたのはリリスも知っていたが、複数の女性に同時にアプローチを掛けていたとも聞く。

「順当なら書記のルイーズが副会長になるんだけど、彼女ったらロナルド君を嫌がっちゃってね。絶対に嫌だと言うのよ。それでね・・・・・」

うっ!
嫌な流れだわ。

リリスの気配を察して、セーラはがっしりとリリスの両手を掴んだ。
その笑顔が不気味だ。

「お願い! リリスちゃん。来年度の副会長になって!」

やはりこっちに回ってきたのね。

リリスは言葉に詰まって返事が出来ない。
リリスの様子を見てセーラは追い打ちを掛ける。

「リリスちゃんなら安心なのよ。バックに王族が付いている事は誰でも知っているから無闇に扱えないし、何よりも潔癖だから・・・」

嘘臭いわね。
私に女性的な魅力が無いから安心だと思っているんでしょうね。
まあ、ロナルド先輩は人間的にはクズだけどね。

「前向きに考えておきます。」

リリスは神妙な表情で答えた。
セーラはホッとした表情でリリスの両手を離し、

「よろしくね。リリスちゃんが受諾してくれないと、私は安心して卒業出来ないからね。」

そんなのはあんたの勝手じゃないの。

そう言いたかったリリスだが、グッと言葉を飲み込んだ。
セーラはにこやかな表情で紅茶を飲み、寛いだ様子で椅子の背もたれに背中を伸ばした。

「これで今日の目的が一つ果たせたわ。」

セーラの言葉にリリスはギョッとして目を見開いた。

「まだ何かあるんですか?」

「そんなに驚かないでよ。もう無理な事はお願いしないから。」

無理な事を頼んだって言う自覚はあるのね。

「これから神殿に行きたいのよ。最近話題になっている新しい女性の祭司って、リリスちゃんの知り合いなんでしょ?」

「ああ、マキちゃんの事ですね。同郷で小さい頃からの知り合いなんですよ。」

リリスの言葉にセーラは笑顔でうんうんと頷いた。リリスもマキの事なら拒む事も無い。おそらくセーラもマキに会ってみたいのだろう。
リリスとしても、王都の神殿でのマキの様子を確かめておきたいところだ。

セーラが是非紹介して欲しいと言うので、リリスは快諾し、二人で喫茶店を出て行った。





リリスとセーラは飲食店の立ち並ぶ街区から少し歩いて王城の近くまで進むと、行政機関や商業組合などの大きな建物が立ち並ぶ街区に入った。
この街区の中央に白亜の神殿が建っている。神殿の高さは30mもありそうで、少し離れた場所からもその尖塔部分が見えている。
神殿の周囲は庭園風に整備されており、そのあちらこちらに配置されたベンチに参詣客が座っていた。神殿の傍にいるだけでもその清廉な波動を受けるのだと言う。
神殿の規模としてはそれほど大きくはない。それは祭司のケルビンから聞いた通り、アストレア神聖王国の神殿との関係が薄れ、自立自活になってしまった故でもある。その国ごとに祭司などのリクルートをしなければならないのだ。
王都の神殿には大祭司1名と祭司が4名、雑務をこなす神官が10名いると言う。マキは5人目の祭司と言う事になる。

神殿に辿り着き、通用門を通ってエントランスに入ると、受付のブースに神官が待機していた。用件を告げると貴族用のゲストルームに案内してくれると言うので、広い通路を神官の後ろに付き従って歩く。白い壁には至る所にレリーフが彫られていて荘厳な雰囲気を醸し出している。

豪華な造りのゲストルームで待っていると、しばらくして扉が開かれ、白い祭司の衣装を着たマキが入ってきた。清楚な美人の祭司である。その表情を見ると元気そうなのでリリスは自分の事のように喜んだ。

マキにセーラを紹介して互いに挨拶を交わし、大きなソファに対峙して座ると、マキは申し訳なさそうな表情を見せた。

「ごめんね、リリスちゃん。この後祭祀の準備があって30分ほどしか時間が取れないの。」

リリスが返答する前にセーラが口を開いた。

「30分で充分ですよ。わざわざ時間を割いてくださってありがとうございます。」

セーラは神殿を訪れた目的をマキに話し始めた。

セーラは魔法学院卒業後、軍の事務方で働く事になっている。そこでの新しい生活に不安を感じているらしい。
それはリリスにとっても意外な内容だった。
何事もそつなくこなす優等生のセーラでも、社会に出て新生活を送る事には不安があるようだ。

まあ、普通に考えれば18歳で社会に出るわけだから、高卒で就職するようなものよね。
この世界の人達がいくら早熟だと言っても、それは止むを得ない事だわ。

セーラの事だからそれほど深刻な事ではないはずだ。リリスはそう思って自分自身を納得させた。そうでなければそんな話をリリスに聞かせるはずもない。他人に聞かれても構わない程度の状況なのだろう。

マキはセーラの話を一通り聞いて、穏やかな微笑みを浮かべていた。

「分かりました。その不安を解消したいのですね。それならモチベーションを上げる術を施しましょう。」

そう言いながらマキは両手に魔力を漲らせた。

「ウェイクアップヒールを掛けますね。」

マキの両手から放たれた聖魔法の魔力が、まるで霧のようにセーラの身体を包み込んだ。その魔力が徐々にセーラの身体に浸透していく。
それにつれてセーラは目を瞑り、ゆったりとソファの背に身体を預けた。

沈黙の時間が流れる。

数分後、セーラはゆっくりと目を開けた。
その瞳に星が輝くように見えたのはリリスの気のせいだろう。だがそれほどに目に輝きが満ちている。

「う~ん。まるで生まれ変わったみたいだわ。あれこれと些細な事で気分が晴れなかったのが嘘みたいよ。」

そう言ってセーラは両手を上げ、ソファの背に密着するように大きく伸びをした。
マキもその様子を見て嬉しそうだ。

「マキさん。この状態ってしばらく持続出来るの?」

「そうですねえ。4~5日は持続出来ますね。でもこのウェイクアップヒールは、その状態を強く念じる事で再励起出来るんですよ。」

マキの言葉にセーラは驚いて目を見開いた。

「そんな事が出来るんですか?」

「ええ。その人の資質にも依りますが、施術後40日の間に2~3回は再励起可能です。」

マキの言葉はリリスにも衝撃的だった。
まるで呪詛だ。
マキの放った魔力にマキ自身の強い念が込められているのだろうか?

改めて感心してマキの表情を見つめるリリスと、満足げな表情のセーラである。

その直後に別の祭司から呼び出されて、マキは申し訳なさそうに席を立った。

「祭祀の準備がありますので、これで失礼しますね。」

そう言いながらゲストムールを出ようとしたマキは、何かを思い出したように振り向いた。

「祭祀の前に神殿全体に浄化を掛けますから、敷地内に居ればその恩恵を受けられますよ。時間があるのなら、神殿の入り口の前の広場に居れば良いですよ。」

「うん。ありがとう、マキちゃん。」

リリスは部屋から出ていくマキに手を振りながら礼を述べた。マキは笑顔で一礼して去っていった。

「う~ん。感じの良い祭司様ねえ。マキさんを慕ってくる人が増えているのも良く分かるわ。」

セーラの言葉にリリスも嬉しさを隠せない。マキが評価を受け人望を集めているのはリリスの喜びでもある。
お互いに心が満たされ、リリスとセーラは神殿の入り口に向かった。

だがその途中の通路で、リリスは意外な人物と出会った。

ガイとエレンだ。

どうしてこの二人がここに居るの?

笑顔で近付いてくるカップルにリリスは戸惑ってしまった。

二人は先輩のセーラに挨拶をしてリリスに話し掛けた。

「やあ、リリス。君も新しい祭司のマキさんに面会したのかい?」

ガイの問い掛けにリリスはうんと頷いた。

「ええ。マキちゃんとは旧知の仲だからね。」

「そうらしいわね。それは私も聞いたわ。私達は祭祀の後に時間を貰っているのよ。ガイの両親の口利きで、神殿での面会の貴族枠を活用させて貰ったの。」

エレンはそう言いながらガイの顔を笑顔で見つめた。ガイはその熱い視線にはにかみながら言葉を続けた。

「そうなんだよ。エクストラヒーリングを受けさせて貰って体調を整えたいし、ついでに僕達二人の将来を診て貰おうと思ってね。」

ちょっと待ってよ!
マキちゃんは占い師じゃ無いのよ!
やっぱりこの二人はバカップルだわ。

リリスが呆れてセーラの方を向くと、セーラは言葉も無く失笑していた。

ガイとエレンはリリス達と別れ、ゲストルームに向かった。
だがエレンがふと振り向き、

「そう言えば神殿の前の広場にエリスとニーナが居たわよ。あの二人は祭祀の前の浄化を受けるつもりだって言ってたわ。」

そう言ってエリスはガイと腕を組み、後ろ手に手を振って歩いて行った。

ニーナとエリスも来ているの?

神殿にはあまり縁の無い人物ばかり集まってきているようだ。ニーナとエリスも王都の散策のついでに来ているのだろう。
そう思ってリリスはセーラと通路を歩き、神殿の通用門の外に出た。

神殿の前の広場には大勢の人が集まっていた。半分は観光客なのだろう。地味な服装や仕事着の人達は王都の住民だと思われる。
広場も神殿の敷地内なので浄化の恩恵を受けられるのだが、予想以上に大勢の人が集まっていてセーラも驚きを隠せない。

「これだとニーナとエリスを探すのも一苦労ね。」

エリスはそう言いながら広場の隅の頑丈な手すりに腰掛けた。リリスもその傍に腰掛けて、集まっている人達を一通り眺めた。

「浄化が終わってから探しましょうよ。」

「そうね。そうするしかないわね。」

セーラはそう答えると神殿上部の尖塔を見つめた。尖塔が青白く輝き始めている。それと共に大地からも白い光が沸き上がり、神殿の敷地をドーム状に包み込んだ。

浄化の波動が足元から伝わり、身体を駆け巡っていく。それに伴って心も解放されていく。
周囲の人達からもう~んと言う心地良い唸り声が聞こえて来た。

浄化は5分ほどで済み、それと共に集まっていた人達も三々五々解散していった。
だがその広場の反対側の隅に、誰かが倒れているのが見えた。その傍に立ち、倒れている人物を起こそうとしている人物と目が合った。

エリスだ!

そうすると倒れているのはニーナなの?

「セーラ先輩! あそこに急ぎましょう!」

リリスの言葉にセーラも頷き、急いでそちらに向かった。

傍に近付くとエリスが狼狽えて居る。倒れているのは間違いなくニーナだった。

「エリス! どうしたの?」

リリスに問い掛けられたエリスは困惑した表情で、

「それが・・・浄化が始まったら急にニーナ先輩が苦しみだして・・・」

そう言うとエリスはニーナを再び起こそうとした。

浄化を受けて苦しむなんて・・・。
ニーナってアンデッドだったの?
そんな事は・・・・・無いわよね。

リリスも困惑を隠せないまま、エリスと二人でニーナを広場のベンチに運んだのだった。









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