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王都の神殿2
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広場の片隅のベンチに運ばれたニーナ。
意識を失ったままだが苦しそうな様子ではない。
リリスは即座に魔力を操作して、ニーナの身体を精査してみた。
だが、特に異常は感じられない。
「その子、大丈夫なの?」
心配そうにのぞき込むセーラにリリスは神妙な表情で口を開いた。
「特に異常は無さそうなんですよね。でもそれならどうして意識を失うほどに苦しんだのかしら?」
リリスはそう言いながらエリスの顔を見つめた。エリスはリリスの視線を逸らすようにニーナの顔に目を向けた。
別にエリスを責めているわけじゃないのよ。
そう思いながらリリスは申し訳なさそうな表情をしたが、エリスはそれを見ていない。
「神殿敷地内の浄化が始まった途端に、ニーナ先輩が苦しみだしたんですよ。私も何が何だか分からなくて・・・」
エリスはそう言うと、黙り込んでしまった。突然の事で動揺しているのは明白だ。
リリスはとりあえずニーナの身体を魔力操作で精査しつつ、同時に解析スキルを発動させた。
ニーナの身体に何か異常はあるの?
『いいえ。いたって健康ですね、現状では。』
そのもったいぶった言い方って何なの?
『レベルの高い術者による特殊な浄化によって、体内が浄化された事は間違いありません。』
『ニーナのステータスを確認すれば分かりますよ。』
解析スキルの返答に従って、リリスはニーナのステータスを覗き込んだ。
**************
ニーナ・メル・ハーネスト
種族:人族 レベル14
年齢:14
体力:1000
魔力:1300+
属性:火・水
魔法:ファイヤーボール レベル2
ウォータースプラッシュ レベル3
ウォーターカッター レベル3
秘匿領域1(称号による高度管理可)
スキル:探知 レベル3
隠形(偽装特化) レベル2
罠解除 レベル2
暗視 レベル2
千里眼 レベル2
魔力吸引 レベル2
秘匿領域2(称号による高度管理可)
魅了 レベル1
毒耐性 レベル2
精神誘導 レベル1
投擲スキル レベル1
身体強化 レベル1
武具習熟 レベル1
シーフマスター
闇の暗殺者
**************
ちょっと待ってよ!
何なの、このステータス。
まるで別人じゃないの!
それに物騒な称号が付いているし・・・・・。
こんな称号なんて秘匿するしかないわよね。
そう言えば商人の枷はどうしたの?
『浄化により消滅しました。』
ええっ?
意味が分からないわね。
商人の枷って禁忌だったから、浄化で消えたの?
『簡単に言えばそう言う事です。』
『術者の寿命を代価にした禁呪ですから、術者の怨念と言うか残留思念がニーナの体内に固定化させていたわけです。それ故に高レベルの浄化によってその残留思念もろとも消え去ってしまったのでしょう。』
そんな事があるのね。
『それだけ特殊な浄化だったと言う事です。おそらく複数の介助者の共助の元に、胎内回帰などのスキルと連動させて発動させたのでしょう。』
まあ、元聖女のマキちゃんのやりそうな事だわ。
でもとんでもないスキルや称号が秘匿領域に現れたのね。
そう思いながら、リリスはハッと気が付いた。
もしかしてニーナの祖父がニーナに商人の枷を掛けたのは、この物騒なスキルや称号を隠すためだったの?
『おそらくそうですね。かなり早い段階で秘匿させていたのでしょう。その後ある程度の年齢になってきた時に、その発動を阻害するために商人の枷を重ね掛けしたのだと思います。』
う~ん。
王家とも縁の深い大商人の娘が『闇の暗殺者』なんて称号を持っているのは、とんでもない恥だとでも思ったのでしょうね。
『でも、どこからどう見てもこのステータスは、シーフマスターと言う称号に匹敵しますよ。』
それってニーナにシーフとして生きろとでも言うの?
『自分の人生は自分で決めるものです。商人の娘として生きるのも良いでしょうし、シーフとして活躍するのも良いかも知れません。』
『ですが、このステータスなら・・・・・シーフは天職でしょうね。否、スナイパーの方が天職かも。』
止めてよ。
ニーナを暗殺者にするつもりは無いわよ。
それにそんな性格の子じゃないからね。
『今まではそうだったのかも知れません。ですが顕現した称号が本人に与える影響もありますからね。しかもこの二つの称号は幾つかのスキルを連携させる機能を持っているようです。』
う~ん。
称号が与える影響については、自分を顧みると否定出来ないわね。
ニーナのこれからの人生の事は後で良いとして、どうして意識が戻らないの?
『禁呪の消滅や幾つかのスキルの出現などで、身体の機能調整が追い付いていないだけです。機能調整のために消耗した魔力を補充すれば、意識は戻ると思います。』
そうなのね。
分かったわ。
リリスは解析スキルの指示に従って、ニーナの身体に魔力を補充した。その過程でニーナの体内に魔力の回路が急速に拡充していくのが分かった。
それは恐らく新しいスキルや称号が連携されたからなのだろう。
ニーナは程なく意識を取り戻した。
「あっ、リリス・・・。私ってどうしたの?」
ニーナの顔に戸惑いの表情が滲む。
「大丈夫よ。今まで受けた事のない魔力を受けて、身体が驚いちゃったのよ。多分ね。」
そう言ってリリスはニーナの頬を軽く撫でた。
ニーナの顔を覗き込んでいたエリスも安堵の表情を見せている。
セーラは持参していた水筒から水をコップに注ぎ、ニーナに飲ませる様にリリスに手渡した。
「身体が驚いちゃったって言うのは、案外本当かも知れないわね。この子と同じように体調を崩した人が何人も居るみたいよ。」
セーラの言葉に軽い疑問を持ちながら広場を見回すと、いくつかのベンチで横になっている人の姿がリリスの目に映った。
その人の体質によっては過剰に反応してしまうのかも知れない。
余程特殊な浄化を行なったのだろうか?
後でマキに聞いてみようと思いながら、リリスはニーナの上半身をベンチからゆっくり起こした。
「まだ立てそうになければこのまま座っていれば良いわよ。」
リリスの言葉にニーナはうんうんと頷いた。その顔を見る限り血色は良さそうだ
「リリス。ありがとう。このまま少し座っているね。」
そう言ってベンチの背にもたれ掛かったニーナの横に、エリスが寄り添うように座った。
「ニーナ先輩には私が付き添っていますから、安心してください。」
エリスは安堵の笑顔を浮かべながら、セーラに目配せをした。
このまま二人にしておいても大丈夫だと言う意思表示なのだろう。
「それじゃあ、任せたわよ。」
セーラはニーナに言葉を掛け、リリスを促して広場を出た。
リリスもニーナとエリスに手を振りながらその場を離れ、セーラと共に魔法学院の学生寮に向かった。
数日後。
放課後の生徒会の部屋に、元気な様子のニーナの姿があった。
前日にエリスと組んで、シトのダンジョンに潜ったと言う。
それならもう大丈夫ねとリリスは安堵したのだが、その場にいたエリスが生徒会の書類を整理しながら、ふと気になる言葉を漏らした。
「ニーナ先輩ったら戦い方が少し変わりましたね。色々と試しているみたいで・・・」
「それってどう言う事なの?」
リリスの言葉にエリスは手にしていた書類をデスクに置き、手を振る仕草を見せた。
「気配を消してゴブリンの背後に回り、スローイングダガーで一撃しちゃうんですよ。」
「それに気配を消した段階で、同行していたロイド先生もニーナ先輩を全く探知出来ず、驚いていましたよ。」
ううっ!
それってまさに暗殺者だわ。
「エリス。大袈裟に言わないでよ。」
照れ笑いをしているニーナの表情は普段と変わらない。だがそれでも色々と新しいスキルを試しているのは事実のようだ。
まあ、試したくなる気持ちも分かるけどね。
そう思ってリリスが長いデスクの片隅に目を向けると、白く光る小さな金属が見えた。どうやらイヤリングのようだ。
リリスは皿の上に置かれたイヤリングの傍に移動し、
「これってどうしたの? もしかして落とし物なの?」
リリスの言葉にエリスはうんうんと頷いた。
「そうなんです。それで落とし主なんですけど・・・多分エミリア王女様のものだと思います。」
エリスの言葉にリリスはええっと驚いた。エミリア王女は病弱なので、生身では授業には出られないはずなのだが・・・。
「エミリア王女って授業に出たの?」
「はい。体調が良かったそうです。私も数か月ぶりにお顔を見ました。」
う~ん。
無理していなければ良いのだけれど。
「それで教室に落としちゃったのね?」
「そうなんですよ。机の下に落ちていたんです。」
エリスの言葉を聞きながら、リリスはイヤリングの乗せられた皿を持ち上げた。
確かに品質の高そうなイヤリングだ。仄かに魔力を放っているので魔金属製なのだろう。
「それで、学生寮の最上階に届けようと思うのですが、私はどうしても最上階に行くのに躊躇いがあって・・・。メイド長のセラさんが苦手なんですよね。」
エリスの失笑気味の表情から、本当にセラを苦手にしているのが分かる。そのエリスにニーナが笑顔を向けた。
「私が届けに行ってあげるわよ。セラさんに話せば良いのよね?」
「ええ。そうなんですけど・・・」
少しうつむくエリスにニーナは任せてと言いながら、リリスが手にしていた皿を受け取った。リリスが届けても良かったのだが、またセラから何かと詮索されるのも面倒なので、ここはニーナに任せる事にした。
ニーナはイヤリングを大事そうに紙に包み、行ってくるねと言いながら生徒会の部屋を出て行った。
リリスは大丈夫かと若干案じていたが、すぐにニーナが笑顔で帰ってきたので問題は無かったようだ。
念のためニーナに聞くと、セラに説明して手渡し、すぐに戻ってきたと言う。
まあ、子供の使いのようなものよね。
そう思ってリリスもニーナに礼を言った。
その後しばらく談笑して3人は生徒会の部屋を出て、それぞれの自室に戻っていった。
その翌日。
リリスは昼の休憩時間に職員室の傍のゲストルームに呼び出された。
担任のケイト先生からは王族が呼び出したと聞いている。
またメルね。
今度はまた何の用かしら?
悪い予感しかしないんだけど・・・。
一抹の不安を抱えながら、リリスはゲストルームに入った。
ゲストルームのソファに腰掛けていたのは芋虫を生やした小人だ。
やはり呼び出したのはメリンダ王女とフィリップ王子だった。
挨拶を交わしたリリスは小人と向かい合わせに座った。
「急に呼び出して、今回は何の用事なんですか?」
単刀直入に話を切り出したリリスに、芋虫は困ったような口調で話し始めた。
「ごめんね、急に呼び出して。リリスに直接用件があるんじゃないのよ。あんたのクラスのニーナって子の事で確かめたい事があってね。」
「ニーナの事?」
リリスはニーナの名前を聞いて驚いた。
「彼女は昨日、妹が失くしたイヤリングを届けてくれたんだよね。それに関しては感謝しているよ。」
小人の言葉にも若干の違和感がある。全面的に感謝しているわけではないと言っているようにも聞こえるからだ。
「メイド長のセラに手渡してくれたところまでは良いんだけど、・・・・・その後がねえ。」
「その後って何なのよ。ニーナは直ぐに戻ってきたわよ。」
リリスの言葉に芋虫はうんうんと頷く様子を見せた。
「メル、当事者に説明してもらった方が良いと思うよ。」
フィリップ王子はそう言うと、背後の空間に手を振って合図をした。その途端にソファの前にあるテーブルの上に、小さな使い魔が現われた。
小さな白いリスだ。
それはリリスにも見覚えのある使い魔だった。
「リノなのね。久し振りねえ。」
リリスの言葉にリスはそのつぶらな目を瞬きさせながら頷いた。
「はい。使い魔でお会いするのは二度目ですね、リリス様。」
ロイヤルガードの責任者のリノだ。白いリスの仕草がやたらに可愛いので、リリスも和んでしまった。
だが用件を話してもらわないと先に進まない。
「それで何を説明してくれるの?」
リリスの言葉にリノは丁寧に話し始めた。それはリリスも思いがけない内容だった。
ニーナはセラにイヤリングを手渡した後、ふと気配を消してしまったと言う。
「メイド長のセラさんが、静かに帰ってねと言ったそうです。勿論病弱なエミリア王女様の体調を考えてそう言ったのですが、ニーナさんは分かりました、静かに帰りますねと言って部屋を出たのです。その直後にふっと気配が消えてしまって、その後ニーナさんの気配を察知したのは学生寮の出入り口だったのです。」
「それってニーナが気を遣って気配を消しただけじゃないの?」
「それはそうなのですが、その気配の消し方が気になるのですよ。」
白いリスはそう言うと小さな前足で頭を抱える仕草を見せた。
「私達、ロイヤルガードも気配を消すスキルは持っています。でもニーナさんのスキルは未知のタイプのもののようですね。いくら気配を消しても探知能力に精通した術者であれば、気配を消した者の動きを微かにでも詠むことは出来ます。ですがニーナさんはまるで、僅かな風の流れに紛れ込むかのような気配の消し方をされたようで、お恥ずかしい事ながら、誰一人としてニーナさんを探知出来なかったのです。それで昨夜は延々と反省会になってしまって・・・・・」
まあ、そうだったのね。
そんなに特殊なスキルだったのかしら?
リリスはふとニーナのステータスを思い起こした。
そう言えば・・・隠形(偽装特化) レベル2になっていたわね。
偽装特化型って事なの?
それに称号が絡んでいる事も考えられるし・・・・・。
「ニーナは小柄だから気が付かなかったんじゃないの?」
「そんな事を言っているんじゃないわよ!」
リリスのわざとらしい言い訳にメリンダ王女が即座に突っ込んできた。その鼻息の荒さが芋虫を通してリリスに伝わってくる。
だが直ぐにメリンダ王女の口調が神妙になった。
「でも・・・・・私もリノから聞いて気になったから、ロイヤルガードにニーナのステータスを確かめさせたのよ。でも別に特殊なスキルは見当たらなかったのよねえ。」
うんうん。
それは秘匿領域に入っているからね。
普通は分からないわよ。
そう思いながらもリリスは、メリンダ王女達にどう説明すべきか良案を思いつかない。
う~んと唸って小人と芋虫が考え込んでいる。白いリスも黙り込んでしまった。
ゲストムールで沈黙の時間が流れていくのだった。
意識を失ったままだが苦しそうな様子ではない。
リリスは即座に魔力を操作して、ニーナの身体を精査してみた。
だが、特に異常は感じられない。
「その子、大丈夫なの?」
心配そうにのぞき込むセーラにリリスは神妙な表情で口を開いた。
「特に異常は無さそうなんですよね。でもそれならどうして意識を失うほどに苦しんだのかしら?」
リリスはそう言いながらエリスの顔を見つめた。エリスはリリスの視線を逸らすようにニーナの顔に目を向けた。
別にエリスを責めているわけじゃないのよ。
そう思いながらリリスは申し訳なさそうな表情をしたが、エリスはそれを見ていない。
「神殿敷地内の浄化が始まった途端に、ニーナ先輩が苦しみだしたんですよ。私も何が何だか分からなくて・・・」
エリスはそう言うと、黙り込んでしまった。突然の事で動揺しているのは明白だ。
リリスはとりあえずニーナの身体を魔力操作で精査しつつ、同時に解析スキルを発動させた。
ニーナの身体に何か異常はあるの?
『いいえ。いたって健康ですね、現状では。』
そのもったいぶった言い方って何なの?
『レベルの高い術者による特殊な浄化によって、体内が浄化された事は間違いありません。』
『ニーナのステータスを確認すれば分かりますよ。』
解析スキルの返答に従って、リリスはニーナのステータスを覗き込んだ。
**************
ニーナ・メル・ハーネスト
種族:人族 レベル14
年齢:14
体力:1000
魔力:1300+
属性:火・水
魔法:ファイヤーボール レベル2
ウォータースプラッシュ レベル3
ウォーターカッター レベル3
秘匿領域1(称号による高度管理可)
スキル:探知 レベル3
隠形(偽装特化) レベル2
罠解除 レベル2
暗視 レベル2
千里眼 レベル2
魔力吸引 レベル2
秘匿領域2(称号による高度管理可)
魅了 レベル1
毒耐性 レベル2
精神誘導 レベル1
投擲スキル レベル1
身体強化 レベル1
武具習熟 レベル1
シーフマスター
闇の暗殺者
**************
ちょっと待ってよ!
何なの、このステータス。
まるで別人じゃないの!
それに物騒な称号が付いているし・・・・・。
こんな称号なんて秘匿するしかないわよね。
そう言えば商人の枷はどうしたの?
『浄化により消滅しました。』
ええっ?
意味が分からないわね。
商人の枷って禁忌だったから、浄化で消えたの?
『簡単に言えばそう言う事です。』
『術者の寿命を代価にした禁呪ですから、術者の怨念と言うか残留思念がニーナの体内に固定化させていたわけです。それ故に高レベルの浄化によってその残留思念もろとも消え去ってしまったのでしょう。』
そんな事があるのね。
『それだけ特殊な浄化だったと言う事です。おそらく複数の介助者の共助の元に、胎内回帰などのスキルと連動させて発動させたのでしょう。』
まあ、元聖女のマキちゃんのやりそうな事だわ。
でもとんでもないスキルや称号が秘匿領域に現れたのね。
そう思いながら、リリスはハッと気が付いた。
もしかしてニーナの祖父がニーナに商人の枷を掛けたのは、この物騒なスキルや称号を隠すためだったの?
『おそらくそうですね。かなり早い段階で秘匿させていたのでしょう。その後ある程度の年齢になってきた時に、その発動を阻害するために商人の枷を重ね掛けしたのだと思います。』
う~ん。
王家とも縁の深い大商人の娘が『闇の暗殺者』なんて称号を持っているのは、とんでもない恥だとでも思ったのでしょうね。
『でも、どこからどう見てもこのステータスは、シーフマスターと言う称号に匹敵しますよ。』
それってニーナにシーフとして生きろとでも言うの?
『自分の人生は自分で決めるものです。商人の娘として生きるのも良いでしょうし、シーフとして活躍するのも良いかも知れません。』
『ですが、このステータスなら・・・・・シーフは天職でしょうね。否、スナイパーの方が天職かも。』
止めてよ。
ニーナを暗殺者にするつもりは無いわよ。
それにそんな性格の子じゃないからね。
『今まではそうだったのかも知れません。ですが顕現した称号が本人に与える影響もありますからね。しかもこの二つの称号は幾つかのスキルを連携させる機能を持っているようです。』
う~ん。
称号が与える影響については、自分を顧みると否定出来ないわね。
ニーナのこれからの人生の事は後で良いとして、どうして意識が戻らないの?
『禁呪の消滅や幾つかのスキルの出現などで、身体の機能調整が追い付いていないだけです。機能調整のために消耗した魔力を補充すれば、意識は戻ると思います。』
そうなのね。
分かったわ。
リリスは解析スキルの指示に従って、ニーナの身体に魔力を補充した。その過程でニーナの体内に魔力の回路が急速に拡充していくのが分かった。
それは恐らく新しいスキルや称号が連携されたからなのだろう。
ニーナは程なく意識を取り戻した。
「あっ、リリス・・・。私ってどうしたの?」
ニーナの顔に戸惑いの表情が滲む。
「大丈夫よ。今まで受けた事のない魔力を受けて、身体が驚いちゃったのよ。多分ね。」
そう言ってリリスはニーナの頬を軽く撫でた。
ニーナの顔を覗き込んでいたエリスも安堵の表情を見せている。
セーラは持参していた水筒から水をコップに注ぎ、ニーナに飲ませる様にリリスに手渡した。
「身体が驚いちゃったって言うのは、案外本当かも知れないわね。この子と同じように体調を崩した人が何人も居るみたいよ。」
セーラの言葉に軽い疑問を持ちながら広場を見回すと、いくつかのベンチで横になっている人の姿がリリスの目に映った。
その人の体質によっては過剰に反応してしまうのかも知れない。
余程特殊な浄化を行なったのだろうか?
後でマキに聞いてみようと思いながら、リリスはニーナの上半身をベンチからゆっくり起こした。
「まだ立てそうになければこのまま座っていれば良いわよ。」
リリスの言葉にニーナはうんうんと頷いた。その顔を見る限り血色は良さそうだ
「リリス。ありがとう。このまま少し座っているね。」
そう言ってベンチの背にもたれ掛かったニーナの横に、エリスが寄り添うように座った。
「ニーナ先輩には私が付き添っていますから、安心してください。」
エリスは安堵の笑顔を浮かべながら、セーラに目配せをした。
このまま二人にしておいても大丈夫だと言う意思表示なのだろう。
「それじゃあ、任せたわよ。」
セーラはニーナに言葉を掛け、リリスを促して広場を出た。
リリスもニーナとエリスに手を振りながらその場を離れ、セーラと共に魔法学院の学生寮に向かった。
数日後。
放課後の生徒会の部屋に、元気な様子のニーナの姿があった。
前日にエリスと組んで、シトのダンジョンに潜ったと言う。
それならもう大丈夫ねとリリスは安堵したのだが、その場にいたエリスが生徒会の書類を整理しながら、ふと気になる言葉を漏らした。
「ニーナ先輩ったら戦い方が少し変わりましたね。色々と試しているみたいで・・・」
「それってどう言う事なの?」
リリスの言葉にエリスは手にしていた書類をデスクに置き、手を振る仕草を見せた。
「気配を消してゴブリンの背後に回り、スローイングダガーで一撃しちゃうんですよ。」
「それに気配を消した段階で、同行していたロイド先生もニーナ先輩を全く探知出来ず、驚いていましたよ。」
ううっ!
それってまさに暗殺者だわ。
「エリス。大袈裟に言わないでよ。」
照れ笑いをしているニーナの表情は普段と変わらない。だがそれでも色々と新しいスキルを試しているのは事実のようだ。
まあ、試したくなる気持ちも分かるけどね。
そう思ってリリスが長いデスクの片隅に目を向けると、白く光る小さな金属が見えた。どうやらイヤリングのようだ。
リリスは皿の上に置かれたイヤリングの傍に移動し、
「これってどうしたの? もしかして落とし物なの?」
リリスの言葉にエリスはうんうんと頷いた。
「そうなんです。それで落とし主なんですけど・・・多分エミリア王女様のものだと思います。」
エリスの言葉にリリスはええっと驚いた。エミリア王女は病弱なので、生身では授業には出られないはずなのだが・・・。
「エミリア王女って授業に出たの?」
「はい。体調が良かったそうです。私も数か月ぶりにお顔を見ました。」
う~ん。
無理していなければ良いのだけれど。
「それで教室に落としちゃったのね?」
「そうなんですよ。机の下に落ちていたんです。」
エリスの言葉を聞きながら、リリスはイヤリングの乗せられた皿を持ち上げた。
確かに品質の高そうなイヤリングだ。仄かに魔力を放っているので魔金属製なのだろう。
「それで、学生寮の最上階に届けようと思うのですが、私はどうしても最上階に行くのに躊躇いがあって・・・。メイド長のセラさんが苦手なんですよね。」
エリスの失笑気味の表情から、本当にセラを苦手にしているのが分かる。そのエリスにニーナが笑顔を向けた。
「私が届けに行ってあげるわよ。セラさんに話せば良いのよね?」
「ええ。そうなんですけど・・・」
少しうつむくエリスにニーナは任せてと言いながら、リリスが手にしていた皿を受け取った。リリスが届けても良かったのだが、またセラから何かと詮索されるのも面倒なので、ここはニーナに任せる事にした。
ニーナはイヤリングを大事そうに紙に包み、行ってくるねと言いながら生徒会の部屋を出て行った。
リリスは大丈夫かと若干案じていたが、すぐにニーナが笑顔で帰ってきたので問題は無かったようだ。
念のためニーナに聞くと、セラに説明して手渡し、すぐに戻ってきたと言う。
まあ、子供の使いのようなものよね。
そう思ってリリスもニーナに礼を言った。
その後しばらく談笑して3人は生徒会の部屋を出て、それぞれの自室に戻っていった。
その翌日。
リリスは昼の休憩時間に職員室の傍のゲストルームに呼び出された。
担任のケイト先生からは王族が呼び出したと聞いている。
またメルね。
今度はまた何の用かしら?
悪い予感しかしないんだけど・・・。
一抹の不安を抱えながら、リリスはゲストルームに入った。
ゲストルームのソファに腰掛けていたのは芋虫を生やした小人だ。
やはり呼び出したのはメリンダ王女とフィリップ王子だった。
挨拶を交わしたリリスは小人と向かい合わせに座った。
「急に呼び出して、今回は何の用事なんですか?」
単刀直入に話を切り出したリリスに、芋虫は困ったような口調で話し始めた。
「ごめんね、急に呼び出して。リリスに直接用件があるんじゃないのよ。あんたのクラスのニーナって子の事で確かめたい事があってね。」
「ニーナの事?」
リリスはニーナの名前を聞いて驚いた。
「彼女は昨日、妹が失くしたイヤリングを届けてくれたんだよね。それに関しては感謝しているよ。」
小人の言葉にも若干の違和感がある。全面的に感謝しているわけではないと言っているようにも聞こえるからだ。
「メイド長のセラに手渡してくれたところまでは良いんだけど、・・・・・その後がねえ。」
「その後って何なのよ。ニーナは直ぐに戻ってきたわよ。」
リリスの言葉に芋虫はうんうんと頷く様子を見せた。
「メル、当事者に説明してもらった方が良いと思うよ。」
フィリップ王子はそう言うと、背後の空間に手を振って合図をした。その途端にソファの前にあるテーブルの上に、小さな使い魔が現われた。
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それはリリスにも見覚えのある使い魔だった。
「リノなのね。久し振りねえ。」
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「はい。使い魔でお会いするのは二度目ですね、リリス様。」
ロイヤルガードの責任者のリノだ。白いリスの仕草がやたらに可愛いので、リリスも和んでしまった。
だが用件を話してもらわないと先に進まない。
「それで何を説明してくれるの?」
リリスの言葉にリノは丁寧に話し始めた。それはリリスも思いがけない内容だった。
ニーナはセラにイヤリングを手渡した後、ふと気配を消してしまったと言う。
「メイド長のセラさんが、静かに帰ってねと言ったそうです。勿論病弱なエミリア王女様の体調を考えてそう言ったのですが、ニーナさんは分かりました、静かに帰りますねと言って部屋を出たのです。その直後にふっと気配が消えてしまって、その後ニーナさんの気配を察知したのは学生寮の出入り口だったのです。」
「それってニーナが気を遣って気配を消しただけじゃないの?」
「それはそうなのですが、その気配の消し方が気になるのですよ。」
白いリスはそう言うと小さな前足で頭を抱える仕草を見せた。
「私達、ロイヤルガードも気配を消すスキルは持っています。でもニーナさんのスキルは未知のタイプのもののようですね。いくら気配を消しても探知能力に精通した術者であれば、気配を消した者の動きを微かにでも詠むことは出来ます。ですがニーナさんはまるで、僅かな風の流れに紛れ込むかのような気配の消し方をされたようで、お恥ずかしい事ながら、誰一人としてニーナさんを探知出来なかったのです。それで昨夜は延々と反省会になってしまって・・・・・」
まあ、そうだったのね。
そんなに特殊なスキルだったのかしら?
リリスはふとニーナのステータスを思い起こした。
そう言えば・・・隠形(偽装特化) レベル2になっていたわね。
偽装特化型って事なの?
それに称号が絡んでいる事も考えられるし・・・・・。
「ニーナは小柄だから気が付かなかったんじゃないの?」
「そんな事を言っているんじゃないわよ!」
リリスのわざとらしい言い訳にメリンダ王女が即座に突っ込んできた。その鼻息の荒さが芋虫を通してリリスに伝わってくる。
だが直ぐにメリンダ王女の口調が神妙になった。
「でも・・・・・私もリノから聞いて気になったから、ロイヤルガードにニーナのステータスを確かめさせたのよ。でも別に特殊なスキルは見当たらなかったのよねえ。」
うんうん。
それは秘匿領域に入っているからね。
普通は分からないわよ。
そう思いながらもリリスは、メリンダ王女達にどう説明すべきか良案を思いつかない。
う~んと唸って小人と芋虫が考え込んでいる。白いリスも黙り込んでしまった。
ゲストムールで沈黙の時間が流れていくのだった。
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記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
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※サブタイトル追加しました。
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