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魔剣の返却 新たな展開3
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ドラゴニュートの国。
賢者デルフィの研究施設の傍の砂漠で、リリスは魔剣アクアスフレアを握っていた。
その剣身にこびりついている魔金属をはがし、それに伴って出現する竜族のアンデッドを駆除するのが一連の作業だ。
リリスが魔力を集中させてアクアスフレアにそれを流し込むと、アクアスフレアは青白い光を放って輝き始めた。それと同時に魔剣の柄から数本の魔力の触手が伸び、リリスの右の手首から腕にかけて巻き付き、がっしりと掴まれてしまった。
ええっ!
掴まれちゃったわ!
驚くリリスの目の前で、一本の細く青白い魔力の触手が柄から伸び上がり、リリスの右手首の周囲をなめるように動き回る。それは急に青白く浮かび上がったあのダイヤのマークの形の痣を見つけると、その中に潜り込むように入り込んできた。
えええええっ!
リリスの驚きが止まらない。あの痣はミサンガではなく、この魔剣がマーキングしていたようだ。魔力による結合場所として・・・。
リリスの右手首に違和感が走る。
リリスの身体に撃ち込まれた魔力の触手は、リリスの意思とは関係なく魔力を吸い上げ始めた。
それと同時にリリスの身体全体が青白く光り始める。
吸い上げられた魔力はまだそれほどの分量ではないので、リリスとしては躊躇うほどでもないのだが、それでも気味が悪い。
更にリリスは信じられない状況を目にする。
魔金属錬成の魔力の波動を受けたアクアスフレアは激しく震え出し、剣身から幾つもの魔力の触手を伸ばして3人の魔導士の身体に巻き付いた。
「何が起きているのだ?」
デルフィの心配を他所に、魔導士達の身体が金色に光り始め、魔導士達が呻き声をあげて苦しみだした。
「魔力を・・・魔力を吸い上げられています!」
「魔金属錬成スキルを・・・強制的に発動させられて・・・・」
そこまで呻き声をあげて魔導士達は意識を失った。ドサッと倒れた魔導士達に兵士が駆け寄った。
魔導士達から吸い上げられた、魔金属錬成の魔力はアクアスフレアの剣身に注ぎ込まれ、激しい光を放ち始めた。
リリスの目の前で、こびりついていた魔金属がベリベリと音を立ててはがれていく。
駄目よ!
そんなにはがしたら・・・。
そのリリス心の叫びは届かなかった。
はがされた魔金属が光の束になって遥か彼方の空に飛んでいった。それは瞬時に膨大な魔力となり、激しい土埃を上げてこちらに向かってくる。
一体どれだけのアンデッドが出現したのだろうか?
アンデッドの出現に反応して、アクアスフレアはリリスの手首に撃ち込んだ魔力の触手からグッと大きく魔力を吸い上げた。それはリリスの魔力量の70%にもなる魔力量だ。あまりに激しい魔力の吸引に眩暈がする。
吸い上げた魔力が剣身に満ちると、魔力の剣を生み出し、半透明の剣身が伸びていく。
アクアスフレアは長さ5mを越える半透明の青白い剣となってしまった。魔力の剣身である故に重さは全く感じない。その剣身からは蒸気のようにゆらゆらと妖気が放たれ、耐性を持たない者に激しい眩暈と頭痛を味合わせている。
これがアクアスフレアの真の姿なの!
脚を踏ん張り立つリリスの目の前の全方位に、無数の移動する赤い点が現われた。それは良く見ると小さな赤い正方形のマークだ。
これって全てのアンデッドをロックオンしているのね!
驚くリリスに答えるように、アクアスフレアの剣身からキュイーンと大きく金切り音が放たれた。
そしてリリスの脳裏に言葉が浮かび上がる。
『殲滅せよ!』
もうリリスの意思など通じない。
アクアスフレアの意に合わせて、リリスは超音波振動を発動させるしかないのだ。
リリスは魔力を集中させて超音波振動の発動を念じながら、残り少ない魔力を大きく投入した。
それをきっかけにアクアスフレアは大きく振動し始めた。キュイーンと金切り音を立てるアクアスフレア。
準備が整ったと言う合図なのか。
リリスはアクアスフレアを横に構え、一気に横一文字に一閃した。
その剣身から一瞬で長さ10mほどの青白く光る大きなウォーターカッターが出現した。だがそれは微細ながら激しく振動し、次の1秒で一気に前方に拡大した。その大きさは100mほどにもなっただろうか。
さらに次の1秒で上下左右に拡大したウォーターカッターは細かく分裂し、超音波振動の衝撃波となって無数に見える赤いマークに向かっていく。
それはさながら全方位に放たれた無数の弾幕である。
その激しい振動がビリビリと大気を揺らし、その振動がその場に居る全ての者の身体を激しく揺さぶる。その振動に誰も立っていられず、その場に膝をついてしまった。更にその振動はドドドドドッと大きな音を立てて大地をも揺るがし、地表に近い敵に向かう衝撃波は大地を抉って大きく砂埃を舞い上げた。
その後の数秒で目の前が一気に眩い光に包まれた。
何も見えない数秒が立ち、その後に見えて来たのは大きく抉れた大地と砂埃、そして真っ青な空だけだった。
全ての敵を殲滅したようだ。
「とんでもない威力だわねえ。」
芋虫の呟く声がリリスの耳元に聞こえて来た。
リリスはハアハアと荒い息を吐き、それに答える気力も無い。
デルフィや国王達も驚きの声を上げてリリスに近寄って来た。だが次の瞬間、リリスの周囲に青白いシールドが出現した。シールドの周囲を七色に輝く3個の球体が周回している。
これって何なの?
驚くリリスの手に握られたアクアスフレアがキュイーンと大きな金切り音を立てた。
しかも、地に置こうとしてもアクアスフレアはリリスの手から離れない。
長さは元のショートソードに戻っているが、再び青白く光り始めた。
「何をしているんだ、リリス!」
後方からユリアスの叫ぶ声が聞こえて来た。
「魔剣が、アクアスフレアが解放してくれないんです!」
リリスの悲壮な叫びが響き渡る。その叫び声に国王やデルフィも表情を強張らせた。
「魔力の流れを断ち切るのよ!」
芋虫がそう叫ぶと、アクアスフレアの剣身から細い魔力の触手が伸び出し、ムチのようにしなって芋虫をリリスの肩から切り落とした。
「キャアッ!」
悲鳴を上げて切り離された芋虫はそのまま消えていった。強制的に召喚を解除されて、メリンダ王女も今頃激しい頭痛に苛まれている事だろう。
しかしリリスの気持ちに余裕はない。
アクアスフレアはリリスの右手首に撃ち込んだ魔力の触手から魔力を吸い上げ始めた。だがもうリリスにはそれほど魔力が残っていない。
魔力不足で頭がくらくらする。
「魔力なんて残っていないわよ!」
大きく叫んだリリスのその声に魔剣が素早く反応した。
ピンと音を立てるとリリスの目の前に、驚く光景が現われた。半透明のパネルが出現し、リリスのステータスがそこに表示されている。
そのステータスの上を何かが忙しく動き回っている。
あれは何だろうか?
リリスが目を凝らして良く見ると、それは竜の手だった。それはリリスのステータスの上を忙しく上下に動き回り、魔力吸引のスキルの上で停止して強くクリックした。
それは駄目よ!
リリスの叫びも虚しく、魔力吸引のスキルがアクティブで発動されてしまった。その直後、大地から大気から大きく魔力がリリスの身体に、ゴウッと音を立てて流れ込んできた。普段は目に見えない魔力の流れが、激しい渦となって視認出来る。それほどに濃密な魔力だ。
身体が・・・身体が軋む・・・。
一気に流れ込んできた濃密で大量の魔力がリリスの身体を揺さぶり、身体中の内臓や筋肉に強烈な負担を掛ける。
リリスはその場に立っているのがやっとだ。
リリスの身体を通った魔力の奔流はアクアスフレアに流れ込んだ。
それと同時にアクアスフレアが光を放ち、その剣身が再び長く大きく伸びていく。
魔力の剣と化したアクアスフレアの剣身は既に8m近くにもなった。激しい妖気がその剣身から周囲に吹き出している。
リリスのステータスの上を再び竜の手が動き回り、今度は魔金属錬成のスキルの上で止まり、強くクリックした。
駄目だってば!
リリスの叫びなど届かない。強制的に魔金属錬成スキルが発動され、リリスの目の前で剣身にこびりついた魔金属が、めりめりと音を立ててはがれ落ちていく。
さっきよりも多いじゃないの!
まさか全部取り去ってしまうつもりなの?
どうやらそのつもりのようだ。こびりついていた魔金属は全てはがされ、光の束となって彼方の上空に飛んでいった。そして膨大な魔力の塊と化してこちらに向かってくる。それに対応して無数のマーカーが現われた。
だが今回は少し様子が違った。
彼方の上空に、明らかに巨大な赤いマーカーが幾つも現れている。
それはどう見ても巨大な竜のアンデッドだ。
そんなものまでこちらに向かってくるのか! そう思った途端にリリスの前方100mほどのところに巨大な火球が落ちて来た。
ドウンと激しい衝撃音が立ち、爆炎がもうもうと立ち上がった。
既に攻撃を仕掛けられている。リリスに躊躇う余裕は既に無かった。
やるしかない。
リリスの脳裏に文字が浮かび上がる。
『殲滅せよ!』
そうね。
やってやるわよ!
そう思った途端に再びリリスの脳裏に文字が浮かび上がった。
『そして奴らを解放してやってくれ。』
その文字にリリスはハッと気付かされた。そうだ、闇に落ちてアンデッドと化した竜族を、この魔剣で解放してやることになるんだ。
そう思った時、リリスの心は驚くほどに冷静になった。
聖剣を太陽に例えるなら、このアクアスフレアは満月だ。
聖剣のような暖かく癒される波動ではないが、澄み切った夜空に輝く満月のように静かに少し冷ややかに心を落ち着かせる波動だ。
満々と水をたたえる巨大な湖のように、見えない力を蓄えながら、月の冷厳な光を鏡のように写し出す様が脳裏に浮かぶ。
リリスはアクアスフレアの意思ならぬ意を感じ、冷静かつ迅速に超音波振動を発動させ、アクアスフレアを横一文字に強く振り抜いた。
その剣身から一瞬で長さ20mにも及ぶ青白く光る大きなウォーターカッターが出現した。先ほどのようにそれは微細ながら激しく振動し、次の1秒で一気に前方に拡大した。その大きさは200mにも及ぶ。
さらに次の1秒で上下左右に拡大したウォーターカッターは細かく分裂し、超音波振動の衝撃波となって無数に見える赤いマークに向かっていく。
全方位に放たれた無数の弾幕はその数も速度も先ほどの比ではない。
大量の重複した振動波がビリビリと大気を揺らし、その振動がその場に居る全ての者の身体を襲った。既に多数の者がその場に膝をつき、倒れて動かなくなっている者さえ居る。
地表に近い敵に向かう衝撃波は大地を抉って大きく砂埃を舞い上げ、半数以上の衝撃波は上空に向かった。
目の前がカッと激しく光り、視界が真っ白になって何も見えない。
その視界が明けてくると、既に赤いマーカーは無くなっていた。だがリリスの斜め前方の上空から激しいスピードで、巨大な赤いマーカーが接近してきた。
それはアンデッドと化した巨大な竜の頭部だった。既にその身体は消滅したのだろう。だが最後の力を振り絞って、頭部だけでもこちらに向かってきたようだ。
「リリス!」
ユリアスの叫びが響き渡る。だがリリスはあくまでも冷静だ。
まだ8mほどの剣身を維持しているアクアスフレアを振り、竜の頭部を袈裟懸けに切り裂いてしまった。
アンデッドと化した竜の頭部は切り裂かれた瞬間にパッと散り去り、光の粒となって消えていった。
成仏するのよ。
心の中で手を合わせたリリスである。
だがその心の余裕とは裏腹に、リリスの身体は消耗し、全身から冷や汗が流れ落ちた。
リリスは疲労に耐え切れず、膝をついてその場にしゃがみ込んだ。
ブンと音を立ててリリスの周りのシールドが消えた。
アクアスフレアは既にショートソードの大きさに戻っている。
よろよろと立ち上がり、そのアクアスフレアを手に持って上に向けると、その剣身の中央の溝が濃紺に色づいていた。
これが元の姿なのだろう。
剣身の周辺に向かってグラデーションが掛かり、青白い仄かな光が剣身の刃の部分から放たれている。
美しい剣だ。
すがすがしいまでに美しい。
これで終わったのね。
リリスはアクアスフレアを自分の手から離そうとした。
だがアクアスフレアの柄から伸びた魔力の触手は消えていない。がっしりとリリスの腕を掴んで離れようとしないのだ。
魔剣に取り込まれてしまったのか?
リリスの心に不安が過る。
だが不安を抱いているのは、その場に居合わせたドラゴニュート達も同様であった。
リリスがアクアスフレアを使って見せた圧倒的なパワーに、ウバイド国王や王族達も顔が引きつっている。
これはとんでもない脅威だ。
誰もがそう思っていた。その思いの波動がリリスにも伝わってくる。
拙いわね。
竜族にとってはとんでもない脅威になっちゃったのかしら・・・。
まるで敵を見つめるような視線で、ドラゴニュート達がリリスを取り囲み、徐々ににじり寄って来た。
「リリス。その魔剣を手から離しなさい。」
デルフィの言葉にリリスは泣きそうな表情で、
「駄目です。魔剣が離してくれません。私の手から離れないんです!」
そう言って魔剣を軽く振って見せた。
「こうなったら右腕を肩から切り落とすしかなさそうだな。」
ウバイド国王の物騒な呟きが聞こえてくる。
どうしたものかと焦るリリスを案じて、紫のガーゴイルがパタパタと羽ばたいて近付いて来た。
「魔力の流れを断ち切れないのか?」
「駄目なんです、ユリアス様。魔剣の柄から伸びる魔力の触手が、私の腕をがっしりと掴んでしまって・・・」
そこまで言って言葉を詰まらせてしまったリリスである。
だがその直後、リリスは上空から巨大な魔力の塊が近付いてくるのを感じた。
それはリンやハドルのものよりもはるかに大きい。
膨大な魔力の塊だ。
何が起きているの?
周囲のドラゴニュート達もその魔力を感じて騒ぎだした。
その喧騒の中、リリスの目の前に巨大な光の球が静かに降りて来て、20mほどの高度で停止した。
その球体からは膨大な魔力が感じられる。
何が起きているのだろうか?
リリスは周囲のドラゴニュート達とその球体をじっと見つめていた。
賢者デルフィの研究施設の傍の砂漠で、リリスは魔剣アクアスフレアを握っていた。
その剣身にこびりついている魔金属をはがし、それに伴って出現する竜族のアンデッドを駆除するのが一連の作業だ。
リリスが魔力を集中させてアクアスフレアにそれを流し込むと、アクアスフレアは青白い光を放って輝き始めた。それと同時に魔剣の柄から数本の魔力の触手が伸び、リリスの右の手首から腕にかけて巻き付き、がっしりと掴まれてしまった。
ええっ!
掴まれちゃったわ!
驚くリリスの目の前で、一本の細く青白い魔力の触手が柄から伸び上がり、リリスの右手首の周囲をなめるように動き回る。それは急に青白く浮かび上がったあのダイヤのマークの形の痣を見つけると、その中に潜り込むように入り込んできた。
えええええっ!
リリスの驚きが止まらない。あの痣はミサンガではなく、この魔剣がマーキングしていたようだ。魔力による結合場所として・・・。
リリスの右手首に違和感が走る。
リリスの身体に撃ち込まれた魔力の触手は、リリスの意思とは関係なく魔力を吸い上げ始めた。
それと同時にリリスの身体全体が青白く光り始める。
吸い上げられた魔力はまだそれほどの分量ではないので、リリスとしては躊躇うほどでもないのだが、それでも気味が悪い。
更にリリスは信じられない状況を目にする。
魔金属錬成の魔力の波動を受けたアクアスフレアは激しく震え出し、剣身から幾つもの魔力の触手を伸ばして3人の魔導士の身体に巻き付いた。
「何が起きているのだ?」
デルフィの心配を他所に、魔導士達の身体が金色に光り始め、魔導士達が呻き声をあげて苦しみだした。
「魔力を・・・魔力を吸い上げられています!」
「魔金属錬成スキルを・・・強制的に発動させられて・・・・」
そこまで呻き声をあげて魔導士達は意識を失った。ドサッと倒れた魔導士達に兵士が駆け寄った。
魔導士達から吸い上げられた、魔金属錬成の魔力はアクアスフレアの剣身に注ぎ込まれ、激しい光を放ち始めた。
リリスの目の前で、こびりついていた魔金属がベリベリと音を立ててはがれていく。
駄目よ!
そんなにはがしたら・・・。
そのリリス心の叫びは届かなかった。
はがされた魔金属が光の束になって遥か彼方の空に飛んでいった。それは瞬時に膨大な魔力となり、激しい土埃を上げてこちらに向かってくる。
一体どれだけのアンデッドが出現したのだろうか?
アンデッドの出現に反応して、アクアスフレアはリリスの手首に撃ち込んだ魔力の触手からグッと大きく魔力を吸い上げた。それはリリスの魔力量の70%にもなる魔力量だ。あまりに激しい魔力の吸引に眩暈がする。
吸い上げた魔力が剣身に満ちると、魔力の剣を生み出し、半透明の剣身が伸びていく。
アクアスフレアは長さ5mを越える半透明の青白い剣となってしまった。魔力の剣身である故に重さは全く感じない。その剣身からは蒸気のようにゆらゆらと妖気が放たれ、耐性を持たない者に激しい眩暈と頭痛を味合わせている。
これがアクアスフレアの真の姿なの!
脚を踏ん張り立つリリスの目の前の全方位に、無数の移動する赤い点が現われた。それは良く見ると小さな赤い正方形のマークだ。
これって全てのアンデッドをロックオンしているのね!
驚くリリスに答えるように、アクアスフレアの剣身からキュイーンと大きく金切り音が放たれた。
そしてリリスの脳裏に言葉が浮かび上がる。
『殲滅せよ!』
もうリリスの意思など通じない。
アクアスフレアの意に合わせて、リリスは超音波振動を発動させるしかないのだ。
リリスは魔力を集中させて超音波振動の発動を念じながら、残り少ない魔力を大きく投入した。
それをきっかけにアクアスフレアは大きく振動し始めた。キュイーンと金切り音を立てるアクアスフレア。
準備が整ったと言う合図なのか。
リリスはアクアスフレアを横に構え、一気に横一文字に一閃した。
その剣身から一瞬で長さ10mほどの青白く光る大きなウォーターカッターが出現した。だがそれは微細ながら激しく振動し、次の1秒で一気に前方に拡大した。その大きさは100mほどにもなっただろうか。
さらに次の1秒で上下左右に拡大したウォーターカッターは細かく分裂し、超音波振動の衝撃波となって無数に見える赤いマークに向かっていく。
それはさながら全方位に放たれた無数の弾幕である。
その激しい振動がビリビリと大気を揺らし、その振動がその場に居る全ての者の身体を激しく揺さぶる。その振動に誰も立っていられず、その場に膝をついてしまった。更にその振動はドドドドドッと大きな音を立てて大地をも揺るがし、地表に近い敵に向かう衝撃波は大地を抉って大きく砂埃を舞い上げた。
その後の数秒で目の前が一気に眩い光に包まれた。
何も見えない数秒が立ち、その後に見えて来たのは大きく抉れた大地と砂埃、そして真っ青な空だけだった。
全ての敵を殲滅したようだ。
「とんでもない威力だわねえ。」
芋虫の呟く声がリリスの耳元に聞こえて来た。
リリスはハアハアと荒い息を吐き、それに答える気力も無い。
デルフィや国王達も驚きの声を上げてリリスに近寄って来た。だが次の瞬間、リリスの周囲に青白いシールドが出現した。シールドの周囲を七色に輝く3個の球体が周回している。
これって何なの?
驚くリリスの手に握られたアクアスフレアがキュイーンと大きな金切り音を立てた。
しかも、地に置こうとしてもアクアスフレアはリリスの手から離れない。
長さは元のショートソードに戻っているが、再び青白く光り始めた。
「何をしているんだ、リリス!」
後方からユリアスの叫ぶ声が聞こえて来た。
「魔剣が、アクアスフレアが解放してくれないんです!」
リリスの悲壮な叫びが響き渡る。その叫び声に国王やデルフィも表情を強張らせた。
「魔力の流れを断ち切るのよ!」
芋虫がそう叫ぶと、アクアスフレアの剣身から細い魔力の触手が伸び出し、ムチのようにしなって芋虫をリリスの肩から切り落とした。
「キャアッ!」
悲鳴を上げて切り離された芋虫はそのまま消えていった。強制的に召喚を解除されて、メリンダ王女も今頃激しい頭痛に苛まれている事だろう。
しかしリリスの気持ちに余裕はない。
アクアスフレアはリリスの右手首に撃ち込んだ魔力の触手から魔力を吸い上げ始めた。だがもうリリスにはそれほど魔力が残っていない。
魔力不足で頭がくらくらする。
「魔力なんて残っていないわよ!」
大きく叫んだリリスのその声に魔剣が素早く反応した。
ピンと音を立てるとリリスの目の前に、驚く光景が現われた。半透明のパネルが出現し、リリスのステータスがそこに表示されている。
そのステータスの上を何かが忙しく動き回っている。
あれは何だろうか?
リリスが目を凝らして良く見ると、それは竜の手だった。それはリリスのステータスの上を忙しく上下に動き回り、魔力吸引のスキルの上で停止して強くクリックした。
それは駄目よ!
リリスの叫びも虚しく、魔力吸引のスキルがアクティブで発動されてしまった。その直後、大地から大気から大きく魔力がリリスの身体に、ゴウッと音を立てて流れ込んできた。普段は目に見えない魔力の流れが、激しい渦となって視認出来る。それほどに濃密な魔力だ。
身体が・・・身体が軋む・・・。
一気に流れ込んできた濃密で大量の魔力がリリスの身体を揺さぶり、身体中の内臓や筋肉に強烈な負担を掛ける。
リリスはその場に立っているのがやっとだ。
リリスの身体を通った魔力の奔流はアクアスフレアに流れ込んだ。
それと同時にアクアスフレアが光を放ち、その剣身が再び長く大きく伸びていく。
魔力の剣と化したアクアスフレアの剣身は既に8m近くにもなった。激しい妖気がその剣身から周囲に吹き出している。
リリスのステータスの上を再び竜の手が動き回り、今度は魔金属錬成のスキルの上で止まり、強くクリックした。
駄目だってば!
リリスの叫びなど届かない。強制的に魔金属錬成スキルが発動され、リリスの目の前で剣身にこびりついた魔金属が、めりめりと音を立ててはがれ落ちていく。
さっきよりも多いじゃないの!
まさか全部取り去ってしまうつもりなの?
どうやらそのつもりのようだ。こびりついていた魔金属は全てはがされ、光の束となって彼方の上空に飛んでいった。そして膨大な魔力の塊と化してこちらに向かってくる。それに対応して無数のマーカーが現われた。
だが今回は少し様子が違った。
彼方の上空に、明らかに巨大な赤いマーカーが幾つも現れている。
それはどう見ても巨大な竜のアンデッドだ。
そんなものまでこちらに向かってくるのか! そう思った途端にリリスの前方100mほどのところに巨大な火球が落ちて来た。
ドウンと激しい衝撃音が立ち、爆炎がもうもうと立ち上がった。
既に攻撃を仕掛けられている。リリスに躊躇う余裕は既に無かった。
やるしかない。
リリスの脳裏に文字が浮かび上がる。
『殲滅せよ!』
そうね。
やってやるわよ!
そう思った途端に再びリリスの脳裏に文字が浮かび上がった。
『そして奴らを解放してやってくれ。』
その文字にリリスはハッと気付かされた。そうだ、闇に落ちてアンデッドと化した竜族を、この魔剣で解放してやることになるんだ。
そう思った時、リリスの心は驚くほどに冷静になった。
聖剣を太陽に例えるなら、このアクアスフレアは満月だ。
聖剣のような暖かく癒される波動ではないが、澄み切った夜空に輝く満月のように静かに少し冷ややかに心を落ち着かせる波動だ。
満々と水をたたえる巨大な湖のように、見えない力を蓄えながら、月の冷厳な光を鏡のように写し出す様が脳裏に浮かぶ。
リリスはアクアスフレアの意思ならぬ意を感じ、冷静かつ迅速に超音波振動を発動させ、アクアスフレアを横一文字に強く振り抜いた。
その剣身から一瞬で長さ20mにも及ぶ青白く光る大きなウォーターカッターが出現した。先ほどのようにそれは微細ながら激しく振動し、次の1秒で一気に前方に拡大した。その大きさは200mにも及ぶ。
さらに次の1秒で上下左右に拡大したウォーターカッターは細かく分裂し、超音波振動の衝撃波となって無数に見える赤いマークに向かっていく。
全方位に放たれた無数の弾幕はその数も速度も先ほどの比ではない。
大量の重複した振動波がビリビリと大気を揺らし、その振動がその場に居る全ての者の身体を襲った。既に多数の者がその場に膝をつき、倒れて動かなくなっている者さえ居る。
地表に近い敵に向かう衝撃波は大地を抉って大きく砂埃を舞い上げ、半数以上の衝撃波は上空に向かった。
目の前がカッと激しく光り、視界が真っ白になって何も見えない。
その視界が明けてくると、既に赤いマーカーは無くなっていた。だがリリスの斜め前方の上空から激しいスピードで、巨大な赤いマーカーが接近してきた。
それはアンデッドと化した巨大な竜の頭部だった。既にその身体は消滅したのだろう。だが最後の力を振り絞って、頭部だけでもこちらに向かってきたようだ。
「リリス!」
ユリアスの叫びが響き渡る。だがリリスはあくまでも冷静だ。
まだ8mほどの剣身を維持しているアクアスフレアを振り、竜の頭部を袈裟懸けに切り裂いてしまった。
アンデッドと化した竜の頭部は切り裂かれた瞬間にパッと散り去り、光の粒となって消えていった。
成仏するのよ。
心の中で手を合わせたリリスである。
だがその心の余裕とは裏腹に、リリスの身体は消耗し、全身から冷や汗が流れ落ちた。
リリスは疲労に耐え切れず、膝をついてその場にしゃがみ込んだ。
ブンと音を立ててリリスの周りのシールドが消えた。
アクアスフレアは既にショートソードの大きさに戻っている。
よろよろと立ち上がり、そのアクアスフレアを手に持って上に向けると、その剣身の中央の溝が濃紺に色づいていた。
これが元の姿なのだろう。
剣身の周辺に向かってグラデーションが掛かり、青白い仄かな光が剣身の刃の部分から放たれている。
美しい剣だ。
すがすがしいまでに美しい。
これで終わったのね。
リリスはアクアスフレアを自分の手から離そうとした。
だがアクアスフレアの柄から伸びた魔力の触手は消えていない。がっしりとリリスの腕を掴んで離れようとしないのだ。
魔剣に取り込まれてしまったのか?
リリスの心に不安が過る。
だが不安を抱いているのは、その場に居合わせたドラゴニュート達も同様であった。
リリスがアクアスフレアを使って見せた圧倒的なパワーに、ウバイド国王や王族達も顔が引きつっている。
これはとんでもない脅威だ。
誰もがそう思っていた。その思いの波動がリリスにも伝わってくる。
拙いわね。
竜族にとってはとんでもない脅威になっちゃったのかしら・・・。
まるで敵を見つめるような視線で、ドラゴニュート達がリリスを取り囲み、徐々ににじり寄って来た。
「リリス。その魔剣を手から離しなさい。」
デルフィの言葉にリリスは泣きそうな表情で、
「駄目です。魔剣が離してくれません。私の手から離れないんです!」
そう言って魔剣を軽く振って見せた。
「こうなったら右腕を肩から切り落とすしかなさそうだな。」
ウバイド国王の物騒な呟きが聞こえてくる。
どうしたものかと焦るリリスを案じて、紫のガーゴイルがパタパタと羽ばたいて近付いて来た。
「魔力の流れを断ち切れないのか?」
「駄目なんです、ユリアス様。魔剣の柄から伸びる魔力の触手が、私の腕をがっしりと掴んでしまって・・・」
そこまで言って言葉を詰まらせてしまったリリスである。
だがその直後、リリスは上空から巨大な魔力の塊が近付いてくるのを感じた。
それはリンやハドルのものよりもはるかに大きい。
膨大な魔力の塊だ。
何が起きているの?
周囲のドラゴニュート達もその魔力を感じて騒ぎだした。
その喧騒の中、リリスの目の前に巨大な光の球が静かに降りて来て、20mほどの高度で停止した。
その球体からは膨大な魔力が感じられる。
何が起きているのだろうか?
リリスは周囲のドラゴニュート達とその球体をじっと見つめていた。
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しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
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