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姉妹校にて 後日談
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イシュタルト公国からの帰還。
リリス達はその時気が付かなかったのだが、日付が一日進んでいた。
ミラ王国から出発したその日のうちに帰ってきたはずなのだが、実際には翌日の夕方になっていたのだ。
その事実にリリスが気が付いたのは自室に戻り、明日の授業の準備に取り掛かっていた時の事だった。
サラがリリスの様子を不思議に思って声を掛けた。
「リリス。それは今日の授業の内容じゃないの。明日の準備をしなくちゃね。」
サラの言葉にえっ!と驚いてリリスは日付を確かめたのだが、その様子を見てサラは爆笑してしまった。
「リリスったら一泊二日でイシュタルト公国に行くって言っていたじゃないの。」
ええっ?
そんな事を言っていないわよ。
困惑するリリス。訳が分からないままにその場に立ち尽くしていると、サラが手伝ってあげるわよと言いながら近づいて来た。
だがその時、何かが部屋の中に入って来たかと思うと、サラがその場からスッと消えてしまった。
「何事なの?」
驚きのあまり自室のドアの方に目を向けると、そこにはノームの姿があった。チャーリーだ。
ノームは部屋の中をきょろきょろと眺めながらリリスの傍に近付いて来た。
「う~ん。時空がずれとるなあ。」
そう言いながらノームはソファにドカッと座った。
「チャーリー、どうしたの? それにサラは・・・・・」
「サラ君はまだ帰ってきてないんや。今頃図書館で調べ物をしている筈やで。」
意味が分からない。
「いや、だって・・・。今ここにサラが居たわよ。」
リリスの言葉にノームがふふふと笑った。
「それは、時空がズレたからやね。リリス、君は今まで何処に行ってたんや?」
「何処って言われても・・・・」
リリスはイシュタルト公国での出来事をノームに簡略に話した。その話を聞きながらノームはうんうんと頷いた。
「それやな。それが原因や。」
「君は転移門を行き来して異世界を訪れた。そこで君を取り巻く時空がズレてしまったんやろうね。例えば異世界からの召喚で二人の人物を同時に召喚してしまったとする。その際にその二人が同じ場所に召喚されるとは限らない。別々の場所に召喚される事もあるし、時には別々の時代に召喚されてしまう事だってあるんや。」
「君の場合、そのハイエルフの居た世界に行っただけじゃなく、帰って来た。異世界と行き来したんやから、それだけイレギュラーな出来事が起きる確率も上がる。」
ノームの話にリリスは半信半疑で問い掛けた。
「それが・・・この状況だって言うの?」
「おそらく・・・そうやね。」
ノームはそう言うとふうっとため息をつき、ソファの背でグッと背中を伸ばした。う~んと言う呻き声がノームの口から放たれる。
使い魔でも背中が凝るの?
その仕草を不思議がるリリスに、ノームはへへへと照れ笑いをした。
「それにしてもロックゴーレムを溶岩流で始末するなんて、効率の悪い事をするねえ。」
「効率が悪いってどう言う意味なの?」
リリスの言葉を聞き、ノームは諭すような口調で答えた。
「ロックゴーレムって元は岩石やからね。土魔法で組成を変換して土に戻したら良いのに。ロックゴーレムを構成していた魔力も回収したら、二度おいしい事になるよ。」
ええっ?
そんな事が出来るの?
唖然とするリリスにノームは畳み掛けるように、
「それにロックゴーレムなんて土魔法の術者にとっては下僕やないか。ロックゴーレムの召喚を解除する要領で消すのもアリやね。」
「いやいや。そんなスキルって私は持っていないわよ。」
リリスの言葉にノームはうん?と唸って首を傾げた。
「君はまだ土魔法のレベルは20を越えていなかったっけ?」
「越えてないわよ!」
思わず大声を出したリリスである。
「そうか。それなら仕方が無いなあ。まあ、そのうちレベルが上がったら、さっき言った事も出来るようになるよ。」
そんな事は後々の事よ。
それより時空のズレってどうなるのよ?
リリスの思いを察して、ノームはニヤッと笑った。
「心配しなくて良いよ。この世界にはこの世界の存続のための定義や法則があるからね。矛盾が矛盾のままで放置される事は無いから、一晩寝れば修復されると思うよ。」
「そんなものなの?」
「そう。そんなもんや。明日の朝に早起きするつもりで、今日は早く寝たら良いよ。」
そう言うと、ノームはその場からスッと消えてしまった。
何か違和感があるわね。
リリスの頭上にクエスチョンマークが立ち上がったままだ。だがイシュタルト公国での出来事もあって、急に疲れと眠気が襲ってきた。
まあ、何でも良いや。
そう思ってリリスは寝支度をし、早めにベッドに入ると、1分もたたないうちに眠りに就いてしまった。
翌朝。
早めに起き、同室のサラに日付を確認した上で、リリスはその日の授業の準備をした。
日付は本来の日付に戻っていたのだが、一緒に行動したエリス達も同じ体験をしたのだろうか?
それが気になって午前中の授業は頭に入らなかった。
エリスに聞いてみよう。
そう思いながら昼休みを迎えて学生食堂に急ぐリリスに、待ったをかけたのは担任のケイト先生だった。
「リリスさん。職員室の隣のゲストルームで王族の方がお呼びよ。至急そちらに行ってね。」
うっ!
またメルだわ。
昼食もまだなのに、このタイミングで何の用事なのよ。
少し苛立ちながらリリスは職員室の隣のゲストルームに足を運んだ。
扉を開けるとソファに座っていたのは・・・・・・ジークだった。
「ジーク先生。どうしたんですか?」
「ここに僕が居るのが不自然かい? もう直ぐメリンダ王女が来られるから、君もソファに座りたまえ。」
そう言ってジークはリリスをソファに座らせると、じっとリリスの顔を見つめた。
「ところで君は本当にリリス君なのだろうね?」
「何を言っているんですか? 意味が分からないんですけど・・・・・」
戸惑うリリスにジークは訥々と話し始めた。
「イシュタルト公国から帰って来てから、僕は君を二週間も見ていないんだよ。」
「ええっ? 二週間って・・・」
戸惑いながらもリリスは自分の体験と照らし合わせて考えた。考えたと言うよりは直感で理解したと言うべきだろう。
時空のズレをジークも体験したに違いない。
リリスは昨夜の事を簡略にジークに説明した。その話を聞きながら、ジークは少しほっとしたような表情を見せた。
それはまるで人に言えないようなストレスから解放された時の表情だとリリスは感じた。
「君は1日で済んだのだね。しかも一晩寝て全て修復されたと・・・・・」
そこまで話してジークはふっとため息をついた。
「僕は昨日まで二週間、周りから責められ続けていたんだ。イシュタルト公国から帰ってきて君達と別れた翌日、魔法学院に登校するとリリス君とエリス君が行方不明だが、一体何があったんだと周りから責められてね。」
「そこからは大変だったよ。尋問され、軍法会議にまで掛けられ、軟禁状態で10日ほど過ごしたんだ。」
どうして、どうしてそんな事になっていたの?
リリスには訳が分からない。
リリスは何を言えば良いのかも分からず、黙ってジークの表情を見つめていた。
「だが不思議な事に昨夜眠って、今朝起きると日にちが元に戻っていたんだ。これって君が言う様に、時空のズレが修復されたって事なのかい?」
「そうですね・・・多分。」
そう答えてリリスは再び黙り込んだ。
あまりにも不可思議な現象が起きている。
こうなってくるとエリスは大丈夫なのだろうか?
様々な思いがリリスの脳内を過る。
ジークと二人で無言でソファに座っていると、突然扉が開き、芋虫を肩に生やした小人が入って来た。メリンダ王女とフィリップ王子の使い魔だ。
それは何時もの情景である。
この二人は何時でも通常運転だわね。
そう思いながらリリスはソファの端に座り直して、小人の座るスペースを空けた。
「リリス。突然呼び出してごめんなさいね。」
芋虫が単眼をパチパチと瞬きしながら話し掛けた。リリスの傍に小人が座るのだが、言葉を発していない。どうやら移動の用事だけにフィリップ王子の使い魔を使役している様子だ。
まさにアッシー君(もはや死語?)そのものである。
「イシュタルト公国でのリリス達の行動に関わる事なので、ジーク先生にも同席して貰いますね。」
「仰せのままに。それでご用件とは何でしょうか?」
ジークが殊勝な言葉遣いで口を開いた。
その言葉を受けて芋虫が軽く咳ばらいをして、
「実はイシュタルト公国から伝令が届いてね。200人ほどのハイエルフをミラ王国で引き取って貰えないかって。」
そう言いながら芋虫はジークの顔を見つめた。
「ミラ王国にはハイエルフを受け入れる事の出来る良い森があると、ジーク先生がハイエルフの長に伝えたって言うのよね。」
「ええっ! そんな事は言っていませんよ。」
ジークは焦る表情で少し思いを巡らせた。
「ゴーグの奴だな。僕に丸投げしようとして・・・」
しかめっ面のジークに芋虫は宥める様に口を開いた。
「イシュタルト公国からの話の真偽はともかくとして、あの国は人族以外には排他的だからね。ハイエルフと言えども住まわせたくないのよ。それに対して我が国はどの種族に対しても寛容だから、こっちに送ってしまえば良いと思ったんでしょうね。」
ジークは芋虫の言葉を聞き、少し冷静になって座り直した。
「それでは我が国で受け入れると言う事ですか?」
「そうね。もうこっちに来ちゃってるわよ。既にハイエルフの長とは王宮で面談したわ。それでね・・・」
そう答えて芋虫は一呼吸間を置いた。
「ハイエルフの長がその場で広範囲に特殊な探知を掛けて、ハイエルフが住むのに最適な場所を選定したのよ。」
う~ん。
そこまで事が済んでいるのね。
リリスはあまりに物事がスムーズに進んでいる事に若干の違和感を覚えた。
何か不自然な気がする。
思い過ごしなら良いのだが。
錯綜する思いを押しとどめて、リリスは芋虫に問い掛けた。
「それでその最適な場所って何処なの?」
「それがねえ。開祖の霊廟の周辺だって言うのよ。」
えっ!と声を上げてリリスは驚いた。
「開祖の霊廟の周辺って・・・あのクセのあるドライアドが住んでるんじゃないの?」
「ああ、それなら良いのよ。私もそれはハイエルフの長に話したから。」
芋虫はそう言うと、うふふと意味深な笑い声を出した。
「ドライアドは完全に隷属させるって言ってたわ。森には森の掟があるんだってさ。」
そうなのね。
あのレイさんが簡単に隷属させられるとは俄かに信じられないんだけど、リーフさんがそう言うのならそうなんでしょうね。
一人で納得しているリリスを横目で見ながら、ジークは話を切り出した。
「それで、王女様。僕には何をしろと?」
「ああ、その件だけどね。ハイエルフの長の言うには、新しい森に棲むためには立会人が必要だそうよ。それでリリスと一緒に開祖の霊廟に行って欲しいのよ。」
芋虫の言葉にリリスは少し疑問を感じた。
「私も行くの?」
「あんたはハイエルフの長からのご指名よ。それにあんたが行かなかったら、私が憑依してその場に行けないじゃないの。」
芋虫はそう言うとアハハと笑った。
「それならジーク先生に憑依すれば良いんじゃないの?」
リリスの言葉に芋虫はウっと呻いて言葉を詰まらせた。
「とにかくあんたが行くのは決定事項なんだからね! 余計な事を言っていないで、準備していなさい。明日の午前中に行くんだからね!」
語調に焦りを感じさせるメリンダ王女の言葉である。
ジーク先生に憑依するのが余程嫌なんだろうとリリスは思った。
もっとも、ジークもメリンダ王女の使い魔に憑依されるのを嫌がるのは明白だ。
「仕方が無いわね。でも明日の午前中って、授業があるわよ。」
「そんなの休めば良いのよ。王家から学院には通達しておくからね!」
そう言い放って芋虫を憑依させた小人は席を立ち、ゲストルームから外に出て行ってしまった。
ジークはやれやれと呆れ顔で、その後を追う様に出て行った。
ゲストルームに残されたリリスは、明日の午前中の授業が何だったかと思い巡らせながらゲストルームを出た。
その時、隣の職員室のドアが開き、一人の女生徒が出て来た。
エリスだ!
リリスはエリスに駆け寄ってその肩を両手で掴んだ。
「エリス! エリスよね!」
突然の事にエリスも驚き、
「リリス先輩、どうしたんですか? まるで私の顔を忘れていたような様子ですけど・・・」
そう答えたエリスの言葉にリリスはハッとして、肩を掴んでいた手を降ろした。
「イシュタルト公国から帰って来てから、何か不可解な事がエリスの周辺で無かった?」
リリスの言葉にエリスはウっと呻き声をあげた。
「そう言えば不思議なんですよね。帰って来た日の夜に、明日の授業の準備をするために日付を確認したら、2日進んでいたんです。おかしいなあと思いながら準備をして一晩眠ると、元の日付に戻っていました。」
う~ん。
やはり同じような現象が起きているわね。
リリスは自分とジークの身に起こった現象を簡略に説明した。
その話を聞きながら、エリスも少し納得したような表情を見せた。
「そうだったんですね。時空のズレですか・・・・・。でもそうすると一番気の毒だったのはジーク先生ですかね。」
「それは良いのよ。日頃の行いってものがあるからね。」
そう言って笑いながらもリリスはふと考えた。
ハイエルフ達がこちらの世界に戻ってくることで、時空のズレが修復されたのかも知れない。
その因果関係は謎のままなのだが・・・。
エリスも昼食がまだだったので、リリスはエリスと共に学生食堂に急ぎ足で向かって行ったのだった。
リリス達はその時気が付かなかったのだが、日付が一日進んでいた。
ミラ王国から出発したその日のうちに帰ってきたはずなのだが、実際には翌日の夕方になっていたのだ。
その事実にリリスが気が付いたのは自室に戻り、明日の授業の準備に取り掛かっていた時の事だった。
サラがリリスの様子を不思議に思って声を掛けた。
「リリス。それは今日の授業の内容じゃないの。明日の準備をしなくちゃね。」
サラの言葉にえっ!と驚いてリリスは日付を確かめたのだが、その様子を見てサラは爆笑してしまった。
「リリスったら一泊二日でイシュタルト公国に行くって言っていたじゃないの。」
ええっ?
そんな事を言っていないわよ。
困惑するリリス。訳が分からないままにその場に立ち尽くしていると、サラが手伝ってあげるわよと言いながら近づいて来た。
だがその時、何かが部屋の中に入って来たかと思うと、サラがその場からスッと消えてしまった。
「何事なの?」
驚きのあまり自室のドアの方に目を向けると、そこにはノームの姿があった。チャーリーだ。
ノームは部屋の中をきょろきょろと眺めながらリリスの傍に近付いて来た。
「う~ん。時空がずれとるなあ。」
そう言いながらノームはソファにドカッと座った。
「チャーリー、どうしたの? それにサラは・・・・・」
「サラ君はまだ帰ってきてないんや。今頃図書館で調べ物をしている筈やで。」
意味が分からない。
「いや、だって・・・。今ここにサラが居たわよ。」
リリスの言葉にノームがふふふと笑った。
「それは、時空がズレたからやね。リリス、君は今まで何処に行ってたんや?」
「何処って言われても・・・・」
リリスはイシュタルト公国での出来事をノームに簡略に話した。その話を聞きながらノームはうんうんと頷いた。
「それやな。それが原因や。」
「君は転移門を行き来して異世界を訪れた。そこで君を取り巻く時空がズレてしまったんやろうね。例えば異世界からの召喚で二人の人物を同時に召喚してしまったとする。その際にその二人が同じ場所に召喚されるとは限らない。別々の場所に召喚される事もあるし、時には別々の時代に召喚されてしまう事だってあるんや。」
「君の場合、そのハイエルフの居た世界に行っただけじゃなく、帰って来た。異世界と行き来したんやから、それだけイレギュラーな出来事が起きる確率も上がる。」
ノームの話にリリスは半信半疑で問い掛けた。
「それが・・・この状況だって言うの?」
「おそらく・・・そうやね。」
ノームはそう言うとふうっとため息をつき、ソファの背でグッと背中を伸ばした。う~んと言う呻き声がノームの口から放たれる。
使い魔でも背中が凝るの?
その仕草を不思議がるリリスに、ノームはへへへと照れ笑いをした。
「それにしてもロックゴーレムを溶岩流で始末するなんて、効率の悪い事をするねえ。」
「効率が悪いってどう言う意味なの?」
リリスの言葉を聞き、ノームは諭すような口調で答えた。
「ロックゴーレムって元は岩石やからね。土魔法で組成を変換して土に戻したら良いのに。ロックゴーレムを構成していた魔力も回収したら、二度おいしい事になるよ。」
ええっ?
そんな事が出来るの?
唖然とするリリスにノームは畳み掛けるように、
「それにロックゴーレムなんて土魔法の術者にとっては下僕やないか。ロックゴーレムの召喚を解除する要領で消すのもアリやね。」
「いやいや。そんなスキルって私は持っていないわよ。」
リリスの言葉にノームはうん?と唸って首を傾げた。
「君はまだ土魔法のレベルは20を越えていなかったっけ?」
「越えてないわよ!」
思わず大声を出したリリスである。
「そうか。それなら仕方が無いなあ。まあ、そのうちレベルが上がったら、さっき言った事も出来るようになるよ。」
そんな事は後々の事よ。
それより時空のズレってどうなるのよ?
リリスの思いを察して、ノームはニヤッと笑った。
「心配しなくて良いよ。この世界にはこの世界の存続のための定義や法則があるからね。矛盾が矛盾のままで放置される事は無いから、一晩寝れば修復されると思うよ。」
「そんなものなの?」
「そう。そんなもんや。明日の朝に早起きするつもりで、今日は早く寝たら良いよ。」
そう言うと、ノームはその場からスッと消えてしまった。
何か違和感があるわね。
リリスの頭上にクエスチョンマークが立ち上がったままだ。だがイシュタルト公国での出来事もあって、急に疲れと眠気が襲ってきた。
まあ、何でも良いや。
そう思ってリリスは寝支度をし、早めにベッドに入ると、1分もたたないうちに眠りに就いてしまった。
翌朝。
早めに起き、同室のサラに日付を確認した上で、リリスはその日の授業の準備をした。
日付は本来の日付に戻っていたのだが、一緒に行動したエリス達も同じ体験をしたのだろうか?
それが気になって午前中の授業は頭に入らなかった。
エリスに聞いてみよう。
そう思いながら昼休みを迎えて学生食堂に急ぐリリスに、待ったをかけたのは担任のケイト先生だった。
「リリスさん。職員室の隣のゲストルームで王族の方がお呼びよ。至急そちらに行ってね。」
うっ!
またメルだわ。
昼食もまだなのに、このタイミングで何の用事なのよ。
少し苛立ちながらリリスは職員室の隣のゲストルームに足を運んだ。
扉を開けるとソファに座っていたのは・・・・・・ジークだった。
「ジーク先生。どうしたんですか?」
「ここに僕が居るのが不自然かい? もう直ぐメリンダ王女が来られるから、君もソファに座りたまえ。」
そう言ってジークはリリスをソファに座らせると、じっとリリスの顔を見つめた。
「ところで君は本当にリリス君なのだろうね?」
「何を言っているんですか? 意味が分からないんですけど・・・・・」
戸惑うリリスにジークは訥々と話し始めた。
「イシュタルト公国から帰って来てから、僕は君を二週間も見ていないんだよ。」
「ええっ? 二週間って・・・」
戸惑いながらもリリスは自分の体験と照らし合わせて考えた。考えたと言うよりは直感で理解したと言うべきだろう。
時空のズレをジークも体験したに違いない。
リリスは昨夜の事を簡略にジークに説明した。その話を聞きながら、ジークは少しほっとしたような表情を見せた。
それはまるで人に言えないようなストレスから解放された時の表情だとリリスは感じた。
「君は1日で済んだのだね。しかも一晩寝て全て修復されたと・・・・・」
そこまで話してジークはふっとため息をついた。
「僕は昨日まで二週間、周りから責められ続けていたんだ。イシュタルト公国から帰ってきて君達と別れた翌日、魔法学院に登校するとリリス君とエリス君が行方不明だが、一体何があったんだと周りから責められてね。」
「そこからは大変だったよ。尋問され、軍法会議にまで掛けられ、軟禁状態で10日ほど過ごしたんだ。」
どうして、どうしてそんな事になっていたの?
リリスには訳が分からない。
リリスは何を言えば良いのかも分からず、黙ってジークの表情を見つめていた。
「だが不思議な事に昨夜眠って、今朝起きると日にちが元に戻っていたんだ。これって君が言う様に、時空のズレが修復されたって事なのかい?」
「そうですね・・・多分。」
そう答えてリリスは再び黙り込んだ。
あまりにも不可思議な現象が起きている。
こうなってくるとエリスは大丈夫なのだろうか?
様々な思いがリリスの脳内を過る。
ジークと二人で無言でソファに座っていると、突然扉が開き、芋虫を肩に生やした小人が入って来た。メリンダ王女とフィリップ王子の使い魔だ。
それは何時もの情景である。
この二人は何時でも通常運転だわね。
そう思いながらリリスはソファの端に座り直して、小人の座るスペースを空けた。
「リリス。突然呼び出してごめんなさいね。」
芋虫が単眼をパチパチと瞬きしながら話し掛けた。リリスの傍に小人が座るのだが、言葉を発していない。どうやら移動の用事だけにフィリップ王子の使い魔を使役している様子だ。
まさにアッシー君(もはや死語?)そのものである。
「イシュタルト公国でのリリス達の行動に関わる事なので、ジーク先生にも同席して貰いますね。」
「仰せのままに。それでご用件とは何でしょうか?」
ジークが殊勝な言葉遣いで口を開いた。
その言葉を受けて芋虫が軽く咳ばらいをして、
「実はイシュタルト公国から伝令が届いてね。200人ほどのハイエルフをミラ王国で引き取って貰えないかって。」
そう言いながら芋虫はジークの顔を見つめた。
「ミラ王国にはハイエルフを受け入れる事の出来る良い森があると、ジーク先生がハイエルフの長に伝えたって言うのよね。」
「ええっ! そんな事は言っていませんよ。」
ジークは焦る表情で少し思いを巡らせた。
「ゴーグの奴だな。僕に丸投げしようとして・・・」
しかめっ面のジークに芋虫は宥める様に口を開いた。
「イシュタルト公国からの話の真偽はともかくとして、あの国は人族以外には排他的だからね。ハイエルフと言えども住まわせたくないのよ。それに対して我が国はどの種族に対しても寛容だから、こっちに送ってしまえば良いと思ったんでしょうね。」
ジークは芋虫の言葉を聞き、少し冷静になって座り直した。
「それでは我が国で受け入れると言う事ですか?」
「そうね。もうこっちに来ちゃってるわよ。既にハイエルフの長とは王宮で面談したわ。それでね・・・」
そう答えて芋虫は一呼吸間を置いた。
「ハイエルフの長がその場で広範囲に特殊な探知を掛けて、ハイエルフが住むのに最適な場所を選定したのよ。」
う~ん。
そこまで事が済んでいるのね。
リリスはあまりに物事がスムーズに進んでいる事に若干の違和感を覚えた。
何か不自然な気がする。
思い過ごしなら良いのだが。
錯綜する思いを押しとどめて、リリスは芋虫に問い掛けた。
「それでその最適な場所って何処なの?」
「それがねえ。開祖の霊廟の周辺だって言うのよ。」
えっ!と声を上げてリリスは驚いた。
「開祖の霊廟の周辺って・・・あのクセのあるドライアドが住んでるんじゃないの?」
「ああ、それなら良いのよ。私もそれはハイエルフの長に話したから。」
芋虫はそう言うと、うふふと意味深な笑い声を出した。
「ドライアドは完全に隷属させるって言ってたわ。森には森の掟があるんだってさ。」
そうなのね。
あのレイさんが簡単に隷属させられるとは俄かに信じられないんだけど、リーフさんがそう言うのならそうなんでしょうね。
一人で納得しているリリスを横目で見ながら、ジークは話を切り出した。
「それで、王女様。僕には何をしろと?」
「ああ、その件だけどね。ハイエルフの長の言うには、新しい森に棲むためには立会人が必要だそうよ。それでリリスと一緒に開祖の霊廟に行って欲しいのよ。」
芋虫の言葉にリリスは少し疑問を感じた。
「私も行くの?」
「あんたはハイエルフの長からのご指名よ。それにあんたが行かなかったら、私が憑依してその場に行けないじゃないの。」
芋虫はそう言うとアハハと笑った。
「それならジーク先生に憑依すれば良いんじゃないの?」
リリスの言葉に芋虫はウっと呻いて言葉を詰まらせた。
「とにかくあんたが行くのは決定事項なんだからね! 余計な事を言っていないで、準備していなさい。明日の午前中に行くんだからね!」
語調に焦りを感じさせるメリンダ王女の言葉である。
ジーク先生に憑依するのが余程嫌なんだろうとリリスは思った。
もっとも、ジークもメリンダ王女の使い魔に憑依されるのを嫌がるのは明白だ。
「仕方が無いわね。でも明日の午前中って、授業があるわよ。」
「そんなの休めば良いのよ。王家から学院には通達しておくからね!」
そう言い放って芋虫を憑依させた小人は席を立ち、ゲストルームから外に出て行ってしまった。
ジークはやれやれと呆れ顔で、その後を追う様に出て行った。
ゲストルームに残されたリリスは、明日の午前中の授業が何だったかと思い巡らせながらゲストルームを出た。
その時、隣の職員室のドアが開き、一人の女生徒が出て来た。
エリスだ!
リリスはエリスに駆け寄ってその肩を両手で掴んだ。
「エリス! エリスよね!」
突然の事にエリスも驚き、
「リリス先輩、どうしたんですか? まるで私の顔を忘れていたような様子ですけど・・・」
そう答えたエリスの言葉にリリスはハッとして、肩を掴んでいた手を降ろした。
「イシュタルト公国から帰って来てから、何か不可解な事がエリスの周辺で無かった?」
リリスの言葉にエリスはウっと呻き声をあげた。
「そう言えば不思議なんですよね。帰って来た日の夜に、明日の授業の準備をするために日付を確認したら、2日進んでいたんです。おかしいなあと思いながら準備をして一晩眠ると、元の日付に戻っていました。」
う~ん。
やはり同じような現象が起きているわね。
リリスは自分とジークの身に起こった現象を簡略に説明した。
その話を聞きながら、エリスも少し納得したような表情を見せた。
「そうだったんですね。時空のズレですか・・・・・。でもそうすると一番気の毒だったのはジーク先生ですかね。」
「それは良いのよ。日頃の行いってものがあるからね。」
そう言って笑いながらもリリスはふと考えた。
ハイエルフ達がこちらの世界に戻ってくることで、時空のズレが修復されたのかも知れない。
その因果関係は謎のままなのだが・・・。
エリスも昼食がまだだったので、リリスはエリスと共に学生食堂に急ぎ足で向かって行ったのだった。
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レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
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投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
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