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新入生の補講1
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学舎の地下の訓練場。
リリスとリリアはウィンディの後姿を凝視していた。
訓練場の地面がゴゴゴゴゴッと振動し始め、訓練場内に強い横風が吹き始めた。
ウィンディが両手を前に突き出すと、その前方に魔方陣が四つ出現し、素早く前方に移動していく。
それを包み込む様に四つの竜巻が出現し、ゴウッと音を立てながら標的に向かった。
竜巻の中で魔方陣が激しく回転し、その魔方陣から大量のエアカッターが飛び出していく。
その無数の刃が標的を一瞬で跡形もなく切り刻んでしまった。
その威力を確かめる間も無く、ウィンディは再度魔方陣を放ち、これも同じように竜巻に包み込んだ。
黒く渦巻く竜巻が訓練場の高い屋根まで届き、無数のエアカッターが地面から天井までガタガタと激しく刻んでいく。
地面からは砂埃が激しく舞い上がり、竜巻の動きも一段と激しくなってきた。
ウィンディが突き出した両手から更に魔力を前方に放つと、竜巻がそれぞれ分裂して数を増やし、訓練場の中が竜巻で満ちて来た。
それぞれの竜巻がぶつかり合い、その動きを更に加速させる。
ぶつかり合うたびに激しく火花を散らし、訓練場の中はまるで雷雲の中に居るような気配だ。
「ウィンディ! 何時までやっているのよ! もう終わっているわよ!」
リリスの叫ぶ声もウィンディの耳には届かない。
まだまだ魔力を放とうとしている。
自分が制御出来なくなっている!
ウィンディを止めようとしてリリスが駆け寄ったその時、突然ウィンディがその場に倒れ、訓練場の中で暴れまわっていた大量の竜巻も消えてしまった。
意識を失ったウィンディを抱きかかえながら精査すると、明らかに魔力切れの症状だった。
それはそうよね。
あれだけの魔法を操る魔力量は、今のウィンディには無いものね。
それにしても闇落ちしそうになった要因は何なの?
しっかり者のウィンディの性格からは想像がつかないんだけど・・・・・。
リリスはそう思いながら自分の魔力をウィンディに注ぎ込み、その容態を精査し続けた。
どうやら大丈夫のようだ。
真っ青になっていた顔色も血色が戻ってきている。
「ウィンディ、大丈夫かなあ。」
リリアが心配そうに見つめる中、その背後から誰かが急ぎ足で駆け寄って来た。
ロイドだ。
息せき切って駆け寄って来たロイドはリリスに話し掛けた。
「どうしたんだね、リリス君。訓練場から不穏な気配と激しい魔力の渦を感じて、慌てて駆けつけて見ればこの有様だ。」
ロイドの視線の先には地面が激しく掘り返された訓練場の惨憺たる光景が広がっていた。
ウィンディの様子を簡単に説明したリリスの言葉を聞き、ロイドはう~んと唸ってしばらく黙り込んだ。
少しの間、沈黙が続く。
その後にロイドは静かに語り始めた。
「明日の補講は止めておこうかね。上級貴族の子女を含む補講で、ウィンディ君がこの状況では安全を確保出来ないからねえ。」
ようやく目が覚めたウィンディは、そのロイドの言葉に大きく反応した。
「私は大丈夫です。明日の補講は中止しないで下さい。」
ウィンディに続くようにリリアも口を開いた。
「私からもお願いします。こんな事はありませんから・・・・・」
「そうは言ってもねえ・・・・」
ロイドは頭をポリポリと掻き、少し考え込んだ。
「まあ、緊急事態を考えてリリス君に同行して貰えるのなら、考えても良いのだが・・・・・」
含みのあるロイドの言葉にリリスはうっと唸って言葉を詰まらせた。
そのリリスに向けて、ウィンディとリリアが懇願の視線を送ってくる。
まるで散歩をねだる子犬の様なウルウルとした四つの目が、リリスの目に訴えかけてくるのを感じて、リリスは耐えられなくなってしまった。
「分かったわよ。同行してあげるわよ。それで良いんでしょ?」
リリスの言葉にウィンディとリリアはわーい!と言って喜び、ロイドはうんうんと無言で頷いた。
仕方が無いわねえ。
リリスはそう思いながら、明日の午後の薬学の授業がつぶれてしまう事を残念に思った。
ケイト先生の授業をリリスなりに楽しみにしていたのだ。
その日の夕方。
学生寮の自室に戻ると、そこには都合の良い事にレイチェルの使い魔が訪れていた。
ブルーのストライプに入った白い鳥が、部屋の天井近くでホバリングしている。
「どうしたの?」
そう問い掛けながらリリスはカバンを自分の机の上に置き、着替えもせずソファにドカッと座った。
そのリリスの目の前にレイチェルの使い魔が近付き、リリスの対面のソファにちょこんと降り立った。
「ウィンディに異変を感じてここに来たのよ。」
どうやら訓練場でのウィンディの様子を感じ取ったらしい。
「直ぐに傍に行こうと思ったんだけど、程なく正常に戻ったので大丈夫かなと思ってね。」
そうだったのね。
まあ、本人の魔力切れであっけなく終わったから良かったんだけど・・・。
リリスはレイチェルにウィンディの起こした騒動を簡略に説明した。
その説明を聞き、小鳥がう~んと唸って首を傾げた。
「ウィンディの性格からは、闇落ちなんて想像出来ないわね。可能性としてはゼロではないんだけどねえ。」
「ウィンディの身辺で何か変わった事が無かった?」
レイチェルの言葉にリリスはふと思いを巡らせた。
「そう言えば・・・先日ウィンディが学舎の傍の公園スペースの若木と接触して、私と同じ痕跡を付けちゃったのよ。」
「それ以降、夢の中で亜神のウィンディらしき女性が出て来て、色々と風魔法の上達のコツを教えてくれるようになったって聞いているわ。」
そう言いながらリリスは、自分の二の腕の小さな三つの黒点を小鳥に指示した。
「それって世界樹との連結点だったわよね。そうするとあのウィンディの残留思念が流れ込んで来たのかしら?」
「そうかも・・・・・」
リリスは続く言葉も無くレイチェルの使い魔をじっと見つめた。
「そう言えば明日の午後、ダンジョンチャレンジの補講でシトのダンジョンを探索するのよ。私も同行する事になったので、少し手配をお願い出来るかしら?」
「手配って・・・魔物の手配?」
「うん。リリアとウィンディの魔法の上達を確かめる為の補講なのよ。それでゴブリンじゃなくって、ハービーを用意して欲しいのよ。二段階に分かれて10体づつ出現させて貰えるかしら?」
リリスの言葉に小鳥はうんうんと頷いた。
「時間を空けて10体づつね。最初の10体はリリア、次の10体はウィンディの獲物って事なの?」
「そう。そのつもりよ。それでお願い。」
「ええ、良いわよ。それにしても私がシトのダンジョンのダンジョンマスターで良かったわね。」
小鳥の言葉にリリスは強く頷いた。
「本当にありがたいわ。あのタミアがまだダンジョンマスターだったら、何を持ち出してくるか不安で堪らないものね。」
「まあ、ウィンディの様子が気になるから、私も見えないところで注視しているわよ。」
そう言いながら、小鳥はパタパタと羽ばたき、宙に浮かんで消えていった。
ウィンディの事を一応心配してくれているのね。
リリスはそう思うと少し心が落ち着いた。
特殊な加護を持つ二人の新入生が二人共、闇に心を囚われたら目も当てられない。
ウィンディの心のケアもマキに頼もうかと、リリスは真剣に考えていた。
だが、亜神のウィンディの残留思念の影響かと考えると、話はまた変わってくる。
今後の対処の仕方を考えなければ・・・・・。
リリスはしばらくソファの上で考え込んでいたのだった。
そして迎えた翌日の午後。
訓練場に集合したのはリリスとリリア、ウィンディとロイドだ。
それぞれにレザーアーマーとガントレットを装着し、幾つものポーション類も持ち込んでいる。
「それじゃあ、始めようか。」
ロイドはそう言うと懐から転移の魔石を取り出し、魔力を注いで4人でシトのダンジョンへと転移した。
シトのダンジョンの第1階層。
そこは何時も通り、所々に低木の茂みの見える草原だ。
この階層で出現してくるのは普段はゴブリンであるが、今回はリリスの要請でハービーが出現してくることになっている。
勿論そんな事は他の誰も知らない。
まあ、弱々しいゴブリン相手なら、今のリリアとウィンディの相手にはならないわよ。
そう思うと二人の成長が嬉しくなってくるリリスである。
リリアとウィンディは周囲に探知を掛け、警戒しながらリリスのすぐ前を歩いている。
レザーブーツの傍を跳ねる虫にすら警戒を怠らない二人だ。
だが背後で同行しているロイドがハービーの群れを探知したようだ。
「うん? 何かが空から近付いてくるぞ!」
前方の上空に黒い塊りが出現し、こちらに近付いてくる。
リリアとウィンディは警戒し、魔力を循環させながらその様子を注視した。
「ハービーだ! ハービーの群れだ!」
ロイドの言葉にえっ!と驚いてリリアとウィンディは二人の距離を開けた。
お互いに飛び道具を持っているので、散開した方が効率的だと分かっているようだ。
「数は10体ね。リリア一人でやれるわよ。ウィンディは下がって!」
リリスの言葉にウィンディはハイと答えて後ろに下がった。
それを見届けて背後からロイドがシールドを張ると、カンカンカンと金属音が響き渡った。
ハービーから放たれた矢が到達したようだ。
結構遠くから飛ばしてくるわね。
そう思ったリリスの耳に、ギャーッギャーッギャーッと金切り声が飛び込んできた。
既に狂気に満ちたハービーの表情が目視出来る距離である。
移動速度が速い!
10体のハービーは散開しながらこちらに近付いて来た。
あまり散開させると拙い。
その思いはリリアも感じたようだ。
魔力を漲らせてリリアは両手を突き出し、両手の上、両肩の上、そして胴の両脇にファイヤーニードルを出現させた。
すぐさまそれを放つと、合計30本のファイヤーニードルが散開しながら斜め上空に高速度で滑空し、散開しながら襲い掛かろうとしていたハービーの群れに着弾した。
リリアの持つ投擲スキルのお陰で撃ち漏らしは無い。
一瞬でハービー達が火に包まれ、ギャッと悲鳴を上げながら地面に落ちていく。
だがそれでも2体のハービーが、その俊敏な動作と巧みな技で剣を使い、ファイヤーニードルの軌道を着弾直前に狂わせ、その勢いのままリリアに向かってきた。
それでもリリアは動じない。
瞬時にファイヤーニードルをリロードし、2体のハービーに向けて放った。
30本のファイヤーニードルが2体のハービーに襲い掛かる。
それは明らかにオーバーキルだ。
目の前の空中が爆炎に包まれ、身構えるリリス達にも爆風と炎熱が伝わって来た。
ハービーは・・・跡形もなく燃え尽きてしまったようだ。
「良いわね、リリア。上出来よ。」
リリスの言葉にリリアはホッとして笑顔を見せた。
ウィンディが駆け寄り、ふとリリアの右肩を見ると、そこには赤い小さな龍が浮かんでいた。
「あれっ? 場所を変えたの? それに前より更に小さくなってるわ。」
「うん。昨夜試していたら、色々とカスタマイズ出来るようになったの。」
「これなら目立たないわね。アクセサリーだと思っちゃったもの。」
ウィンディの言葉にリリアはえへへと笑い、肩の上の小さな龍を撫でた。
リリスはその様子を見ながら、リリアに声を掛けた。
「リリア。魔力の消耗はどの程度なの?」
「そうですね。20%ほど消耗したようです。」
まだまだ余力がありそうだ。
それにいざとなったら加護が魔力吸引を作動させるだろう。
「良いね。リリア君の成長が頼もしいじゃないか。」
ロイドが上機嫌で話し掛け、4人は更に第1階層の奥へと歩き出したのだった。
リリスとリリアはウィンディの後姿を凝視していた。
訓練場の地面がゴゴゴゴゴッと振動し始め、訓練場内に強い横風が吹き始めた。
ウィンディが両手を前に突き出すと、その前方に魔方陣が四つ出現し、素早く前方に移動していく。
それを包み込む様に四つの竜巻が出現し、ゴウッと音を立てながら標的に向かった。
竜巻の中で魔方陣が激しく回転し、その魔方陣から大量のエアカッターが飛び出していく。
その無数の刃が標的を一瞬で跡形もなく切り刻んでしまった。
その威力を確かめる間も無く、ウィンディは再度魔方陣を放ち、これも同じように竜巻に包み込んだ。
黒く渦巻く竜巻が訓練場の高い屋根まで届き、無数のエアカッターが地面から天井までガタガタと激しく刻んでいく。
地面からは砂埃が激しく舞い上がり、竜巻の動きも一段と激しくなってきた。
ウィンディが突き出した両手から更に魔力を前方に放つと、竜巻がそれぞれ分裂して数を増やし、訓練場の中が竜巻で満ちて来た。
それぞれの竜巻がぶつかり合い、その動きを更に加速させる。
ぶつかり合うたびに激しく火花を散らし、訓練場の中はまるで雷雲の中に居るような気配だ。
「ウィンディ! 何時までやっているのよ! もう終わっているわよ!」
リリスの叫ぶ声もウィンディの耳には届かない。
まだまだ魔力を放とうとしている。
自分が制御出来なくなっている!
ウィンディを止めようとしてリリスが駆け寄ったその時、突然ウィンディがその場に倒れ、訓練場の中で暴れまわっていた大量の竜巻も消えてしまった。
意識を失ったウィンディを抱きかかえながら精査すると、明らかに魔力切れの症状だった。
それはそうよね。
あれだけの魔法を操る魔力量は、今のウィンディには無いものね。
それにしても闇落ちしそうになった要因は何なの?
しっかり者のウィンディの性格からは想像がつかないんだけど・・・・・。
リリスはそう思いながら自分の魔力をウィンディに注ぎ込み、その容態を精査し続けた。
どうやら大丈夫のようだ。
真っ青になっていた顔色も血色が戻ってきている。
「ウィンディ、大丈夫かなあ。」
リリアが心配そうに見つめる中、その背後から誰かが急ぎ足で駆け寄って来た。
ロイドだ。
息せき切って駆け寄って来たロイドはリリスに話し掛けた。
「どうしたんだね、リリス君。訓練場から不穏な気配と激しい魔力の渦を感じて、慌てて駆けつけて見ればこの有様だ。」
ロイドの視線の先には地面が激しく掘り返された訓練場の惨憺たる光景が広がっていた。
ウィンディの様子を簡単に説明したリリスの言葉を聞き、ロイドはう~んと唸ってしばらく黙り込んだ。
少しの間、沈黙が続く。
その後にロイドは静かに語り始めた。
「明日の補講は止めておこうかね。上級貴族の子女を含む補講で、ウィンディ君がこの状況では安全を確保出来ないからねえ。」
ようやく目が覚めたウィンディは、そのロイドの言葉に大きく反応した。
「私は大丈夫です。明日の補講は中止しないで下さい。」
ウィンディに続くようにリリアも口を開いた。
「私からもお願いします。こんな事はありませんから・・・・・」
「そうは言ってもねえ・・・・」
ロイドは頭をポリポリと掻き、少し考え込んだ。
「まあ、緊急事態を考えてリリス君に同行して貰えるのなら、考えても良いのだが・・・・・」
含みのあるロイドの言葉にリリスはうっと唸って言葉を詰まらせた。
そのリリスに向けて、ウィンディとリリアが懇願の視線を送ってくる。
まるで散歩をねだる子犬の様なウルウルとした四つの目が、リリスの目に訴えかけてくるのを感じて、リリスは耐えられなくなってしまった。
「分かったわよ。同行してあげるわよ。それで良いんでしょ?」
リリスの言葉にウィンディとリリアはわーい!と言って喜び、ロイドはうんうんと無言で頷いた。
仕方が無いわねえ。
リリスはそう思いながら、明日の午後の薬学の授業がつぶれてしまう事を残念に思った。
ケイト先生の授業をリリスなりに楽しみにしていたのだ。
その日の夕方。
学生寮の自室に戻ると、そこには都合の良い事にレイチェルの使い魔が訪れていた。
ブルーのストライプに入った白い鳥が、部屋の天井近くでホバリングしている。
「どうしたの?」
そう問い掛けながらリリスはカバンを自分の机の上に置き、着替えもせずソファにドカッと座った。
そのリリスの目の前にレイチェルの使い魔が近付き、リリスの対面のソファにちょこんと降り立った。
「ウィンディに異変を感じてここに来たのよ。」
どうやら訓練場でのウィンディの様子を感じ取ったらしい。
「直ぐに傍に行こうと思ったんだけど、程なく正常に戻ったので大丈夫かなと思ってね。」
そうだったのね。
まあ、本人の魔力切れであっけなく終わったから良かったんだけど・・・。
リリスはレイチェルにウィンディの起こした騒動を簡略に説明した。
その説明を聞き、小鳥がう~んと唸って首を傾げた。
「ウィンディの性格からは、闇落ちなんて想像出来ないわね。可能性としてはゼロではないんだけどねえ。」
「ウィンディの身辺で何か変わった事が無かった?」
レイチェルの言葉にリリスはふと思いを巡らせた。
「そう言えば・・・先日ウィンディが学舎の傍の公園スペースの若木と接触して、私と同じ痕跡を付けちゃったのよ。」
「それ以降、夢の中で亜神のウィンディらしき女性が出て来て、色々と風魔法の上達のコツを教えてくれるようになったって聞いているわ。」
そう言いながらリリスは、自分の二の腕の小さな三つの黒点を小鳥に指示した。
「それって世界樹との連結点だったわよね。そうするとあのウィンディの残留思念が流れ込んで来たのかしら?」
「そうかも・・・・・」
リリスは続く言葉も無くレイチェルの使い魔をじっと見つめた。
「そう言えば明日の午後、ダンジョンチャレンジの補講でシトのダンジョンを探索するのよ。私も同行する事になったので、少し手配をお願い出来るかしら?」
「手配って・・・魔物の手配?」
「うん。リリアとウィンディの魔法の上達を確かめる為の補講なのよ。それでゴブリンじゃなくって、ハービーを用意して欲しいのよ。二段階に分かれて10体づつ出現させて貰えるかしら?」
リリスの言葉に小鳥はうんうんと頷いた。
「時間を空けて10体づつね。最初の10体はリリア、次の10体はウィンディの獲物って事なの?」
「そう。そのつもりよ。それでお願い。」
「ええ、良いわよ。それにしても私がシトのダンジョンのダンジョンマスターで良かったわね。」
小鳥の言葉にリリスは強く頷いた。
「本当にありがたいわ。あのタミアがまだダンジョンマスターだったら、何を持ち出してくるか不安で堪らないものね。」
「まあ、ウィンディの様子が気になるから、私も見えないところで注視しているわよ。」
そう言いながら、小鳥はパタパタと羽ばたき、宙に浮かんで消えていった。
ウィンディの事を一応心配してくれているのね。
リリスはそう思うと少し心が落ち着いた。
特殊な加護を持つ二人の新入生が二人共、闇に心を囚われたら目も当てられない。
ウィンディの心のケアもマキに頼もうかと、リリスは真剣に考えていた。
だが、亜神のウィンディの残留思念の影響かと考えると、話はまた変わってくる。
今後の対処の仕方を考えなければ・・・・・。
リリスはしばらくソファの上で考え込んでいたのだった。
そして迎えた翌日の午後。
訓練場に集合したのはリリスとリリア、ウィンディとロイドだ。
それぞれにレザーアーマーとガントレットを装着し、幾つものポーション類も持ち込んでいる。
「それじゃあ、始めようか。」
ロイドはそう言うと懐から転移の魔石を取り出し、魔力を注いで4人でシトのダンジョンへと転移した。
シトのダンジョンの第1階層。
そこは何時も通り、所々に低木の茂みの見える草原だ。
この階層で出現してくるのは普段はゴブリンであるが、今回はリリスの要請でハービーが出現してくることになっている。
勿論そんな事は他の誰も知らない。
まあ、弱々しいゴブリン相手なら、今のリリアとウィンディの相手にはならないわよ。
そう思うと二人の成長が嬉しくなってくるリリスである。
リリアとウィンディは周囲に探知を掛け、警戒しながらリリスのすぐ前を歩いている。
レザーブーツの傍を跳ねる虫にすら警戒を怠らない二人だ。
だが背後で同行しているロイドがハービーの群れを探知したようだ。
「うん? 何かが空から近付いてくるぞ!」
前方の上空に黒い塊りが出現し、こちらに近付いてくる。
リリアとウィンディは警戒し、魔力を循環させながらその様子を注視した。
「ハービーだ! ハービーの群れだ!」
ロイドの言葉にえっ!と驚いてリリアとウィンディは二人の距離を開けた。
お互いに飛び道具を持っているので、散開した方が効率的だと分かっているようだ。
「数は10体ね。リリア一人でやれるわよ。ウィンディは下がって!」
リリスの言葉にウィンディはハイと答えて後ろに下がった。
それを見届けて背後からロイドがシールドを張ると、カンカンカンと金属音が響き渡った。
ハービーから放たれた矢が到達したようだ。
結構遠くから飛ばしてくるわね。
そう思ったリリスの耳に、ギャーッギャーッギャーッと金切り声が飛び込んできた。
既に狂気に満ちたハービーの表情が目視出来る距離である。
移動速度が速い!
10体のハービーは散開しながらこちらに近付いて来た。
あまり散開させると拙い。
その思いはリリアも感じたようだ。
魔力を漲らせてリリアは両手を突き出し、両手の上、両肩の上、そして胴の両脇にファイヤーニードルを出現させた。
すぐさまそれを放つと、合計30本のファイヤーニードルが散開しながら斜め上空に高速度で滑空し、散開しながら襲い掛かろうとしていたハービーの群れに着弾した。
リリアの持つ投擲スキルのお陰で撃ち漏らしは無い。
一瞬でハービー達が火に包まれ、ギャッと悲鳴を上げながら地面に落ちていく。
だがそれでも2体のハービーが、その俊敏な動作と巧みな技で剣を使い、ファイヤーニードルの軌道を着弾直前に狂わせ、その勢いのままリリアに向かってきた。
それでもリリアは動じない。
瞬時にファイヤーニードルをリロードし、2体のハービーに向けて放った。
30本のファイヤーニードルが2体のハービーに襲い掛かる。
それは明らかにオーバーキルだ。
目の前の空中が爆炎に包まれ、身構えるリリス達にも爆風と炎熱が伝わって来た。
ハービーは・・・跡形もなく燃え尽きてしまったようだ。
「良いわね、リリア。上出来よ。」
リリスの言葉にリリアはホッとして笑顔を見せた。
ウィンディが駆け寄り、ふとリリアの右肩を見ると、そこには赤い小さな龍が浮かんでいた。
「あれっ? 場所を変えたの? それに前より更に小さくなってるわ。」
「うん。昨夜試していたら、色々とカスタマイズ出来るようになったの。」
「これなら目立たないわね。アクセサリーだと思っちゃったもの。」
ウィンディの言葉にリリアはえへへと笑い、肩の上の小さな龍を撫でた。
リリスはその様子を見ながら、リリアに声を掛けた。
「リリア。魔力の消耗はどの程度なの?」
「そうですね。20%ほど消耗したようです。」
まだまだ余力がありそうだ。
それにいざとなったら加護が魔力吸引を作動させるだろう。
「良いね。リリア君の成長が頼もしいじゃないか。」
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