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リゾルタへの再訪3
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ケント王子のお披露目の日の晩餐会。
その会場は王城に隣接する宮殿の第2ホールに設営されていた。
シャンデリアが幾つも並ぶ広いホールに、直径が5mほどの大きな丸いテーブルが10個設置されている。
その一つ一つが招待された国ごとに区別されているようだ。
晩餐会の始まる2時間ほど前に、リリスとメリンダ王女は別室のフィッティングルームに案内された。
そこには王族専用のコーディネーターが配備され、メイクアップからドレスやアクセサリーのコーディネイトをしてくれる。
それらすべては王家からのレンタルだ。
この日のこの場にふさわしいドレスアップをしてくれる。
他の招待国の王族もそのお世話になるのだが、メリンダ王女はリゾルタの王妃の実妹と言う事もあり、格別に心を込めてコーディネイトしてくれたようだ。
メリンダ王女は真紅のドレスを纏い、たくさんの宝石を散りばめた煌びやかなネックレスを首に掛けた。
一方リリスは清楚なブルーのドレスを纏い、それに合わせたネックレスを選んでもらった。
メリンダ王女とは少し格差を付けなければ失礼だ。
担当のコーディネーターにそのように伝えたので、王女よりは若干控えめな装いになっている。
だがそれでも時空の狭間に迷い込んで以降、肉体年齢で2年分背も伸び、スタイルもメリハリがついて来たリリスなので、そのあでやかさは控えめにしようとしても表に出てしまう。
その上、リゾルタは亜熱帯の乾燥地帯と言う事もあって、メイクそのものも基本的に濃い目に施されてしまう。
濃い目のメイクで更に際立つリリスの姿に、メリンダ王女もへえ~っと呆けた声をあげた。
「リリス。あんたって何時の間にそんなに大人びた美人になっちゃったのよ? 少し前まで私とそんなに背が変わらなかったと思うんだけど。」
「まあ、成長期だからね。そんな事より靴を選んで貰うわよ。」
リリスはそう言って話題を変えた。
そのリリスの目に、フィッティングルームの扉の外を通り過ぎるべリアとチラの姿が見えた。
べリアがあのステータスなのだから、恐らくチラも相当なスキルの持ち主なのだろう。
メイド姿ではあるが、王族のボディガードとしては頼もしい限りだ。
ヘアメイクから靴選びまで全て整ったうえで、リリスとメリンダ王女は晩餐会の会場に案内された。
ミラ王国のテーブルには既に、タキシード姿のフィリップ王子とノイマン卿が座って談笑している。
ノイマンとフィリップ王子は着飾った二人を見て、ほうっ!と驚きの声をあげた。
「お二人共美しいですなあ。」
ノイマンの言葉にメリンダ王女はうふふと笑って席に座り、リリスはありがとうございますと礼を言って席に着いた。
晩餐会の開始まで、あと30分ほどだ。
その会場の前方に舞台が特設され、その上では音楽が演奏されていた。
テーブルとテーブルの間を、メイドやウェイターが忙しく動き回り、飲み物と食器類を運んでいる。
その所作も洗練されていて、動きに無駄が無い。
ライオネス国王夫妻が入場し、晩餐会が始まると、全ては流れるように進んでいく。
乾杯の後に前菜から始まるコース料理は希少な食材を用いたもので、その深い味わいに参加した王族達も舌鼓を打っていた。
2時間ほどで晩餐会は終わり、招待客は各自の宿舎に戻って行く。
だがここで思いもよらなかった事態が待ち受けていた。
食後の余韻の残る中、満腹になって油断していた事もあったのかも知れない。
リリス達が宮殿から出ると、突然目の前の足元に黒いカーペットが敷き詰められた。
うん?
何だろうかと思ってよく見ると、それはカーペットではなく、ゴムのように伸び縮みしながら地面を埋め尽くしてしまった。
拙い!
これは闇だ!
そう思った途端にリリスの視界が暗転し、目の前には何も見えなくなってしまった。
次の瞬間、リリスは古びた石造りの神殿の通路に居た。
通路の幅は5mほどだろうか。
苔生す石壁はかなり朽ちていて、所々に穴が開いている。
周りは薄暗く、壁には魔道具の灯りが設置されていて、その放つ光が仄かな明るさを造り上げている。
床は黒い闇が広がっていて緩やかにうねり、闇魔法の波動を床全体から放っていた。
どうやら強制的に転移されてしまったようだ。
メリンダ王女達は大丈夫なのだろうか?
そんな心配をしていると、徐々に頭が痛くなってきた。
魔装を非表示で発動しているにもかかわらず、頭痛と悪寒が襲って来る。
何故だろう?
リリスは思わず解析スキルを発動させた。
頭痛や悪寒に襲われているんだけど、魔装が効かないの?
『いえ、そうではありません。』
『身体的なダメージの原因は呪詛ですね。』
呪詛?
『そうです。闇で覆われている床全体に呪詛が込められていますね。しかも大半が禁呪です。』
床全体って・・・要するにこの場には大量の呪詛や禁呪が仕組まれているって事ね。
『そう言う事です。解呪の為に解析しますか? 物量的に半端じゃないので、大まかに解析するにしても時間が掛かりますが・・・』
そうね。
とりあえず解析しておいてね。
そう言ってリリスは身体中に聖魔法の魔力を纏わらせた。
生活魔法程度のレベルではあるが、それでも多少は楽になって来た。
だが少し油断していたリリスに向けて黒炎が数発向かってきた。
咄嗟に避けてその発動元を目で追うと、神殿の通路の奥の方に半円球で透明の大きなドームがある。
そのドームの中に紫の光が点滅していて、時折黒炎を放ってくるのが分かった。
背後に退去しようとしたが、堅固な石の壁で退路を阻まれている。
こうなったら、あれを壊すのが先決ね。
リリスは数発のファイヤーボルトをそのドームに向けて放った。
キーンと言う金切り音を上げて、ファイヤーボルトは滑空し、ドームの側面に全て着弾した。
ドドドッという連続した衝撃音と爆炎があがった。
だがそれが消え去ると、ドームは全く無傷で紫の光を点滅させている。
効き目が無い。
火魔法への堅固な耐性を持っているのだろう。
ちっと舌打ちしてリリスはドームを睨んだ。
その次の瞬間にドームは数発の黒炎をリリスに向けて放った。
黒く静かに燃え上がる球体がリリスに襲い掛かって来る。
放たれた黒炎のスピードはそれほどに速くは無いので、避ける事は可能だ。
だが同時に数発放たれると、全てを避けきれない。
嫌でもリリスの身体を掠っていくので、リリスは聖魔法の魔力を幾重にも纏い、かろうじてその被害を食い止めていた。
何か手立ては無いものか?
リリスは頭を巡らせたが、得策が浮かんでこない。
6種類の属性魔法を持っているとは言え、リリスは闇魔法に関してはあまり習熟していないので、その対応策にも限りがある。
どうしようかと思案していると、目の前の床の闇が突然ぬっと立ち上がった。
何者だと思って身構えていると、その立ち上がった闇の中からレザーアーマーを着た女性が現われた。
褐色で少し幼げな顔立ちのその顔には見覚えがある。
「チラさん! どうしてここに?」
リリスとメリンダ王女の世話をしてくれていたメイドのチラだ。
チラは周囲の様子をすばやく確認し、リリスの前方に闇のシールドを張った。その直後、シールドにドンドンと黒炎が着弾した。
「リリス様、ご無事でしたか?」
チラの表情が真剣だ。
彼女もべリアと同様に、本来は王族のボディガードなのだろう。
「私はとりあえず大丈夫なんだけど、メリンダ王女達は大丈夫だったの?」
リリスの問い掛けにチラは頬を緩め、ハイと答えた。
「宮殿の外に出た直後に闇に取り込まれた際、私の空間魔法でメリンダ王女様とフィリップ王子様、ノイマン様は退避出来ました。ですがリリス様にまで術が及ばず、失礼な事をしてしまいました。」
「ああ、良いのよ。メル達が大丈夫ならね。」
そう言って笑顔を返したリリスに、チラは不安げに問い掛けた。
「リリス様って・・・この空間でも平気なんですね。闇魔法の波動のみならず、妖気や瘴気、更に呪詛の様なものまで満ちているのに。私もそれなりに耐性を持っていますが、それでもきついですよ。」
チラの言葉にリリスは手を横に振った。
「平気じゃ無いわよ。これでも頭痛と悪寒に耐えているんだから。」
「そうなんですか? その割には平然としていますよね。この空間に耐性を持たない王族が転移されてしまったら、大変な事になっていたでしょうに・・・」
そう言いながらチラは通路の奥のドームを忌々しく睨んだ。
「闇の転移と空間魔法で何とかここに潜入出来ましたが、この空間内では闇の転移を封じられていますね。リリス様を連れて即座に転移しようとしたのですが、あのドームを壊さないと駄目なようです。」
リリスがファイヤーボルトを放ったが効果が無かった事を伝えると、チラは右手を前方に突き出し、フッと魔力を注ぎ込んだ。
次の瞬間、チラの右手に瞬時に小さな黒炎が出現した。直径は20cmほどで静かに燃えている。
チラはその黒炎をドームに向けて放った。
小さな黒炎は音もなく滑空しながら、その大きさを徐々に増し、直径が1mにもなったところでドームに激突した。
ズウンッと言う衝撃音が響き渡り、巨大な黒炎がドームを侵食していくように見えた。
だが黒炎が消えると、ドームは何事も無かったように、再びこちらに向かって黒炎を放ってきた。
黒炎も効かないのか?
闇のシールドを重ね張りにしながら、チラはう~んと唸った。
「僅かに効いている気配はありますが、闇魔法にもかなり堅固な耐性を持っているようですね。」
「まあ、少しでも効いているのなら方法はあるわよ。」
リリスの言葉にチラはえっ?と驚いた。
「リリス様には何か方策があるのですか?」
そう問われたリリスはチラに、以前メリンダ王女の闇魔法をリリスの魔力で増幅させた事があると話した。ダンジョン内で、メリンダ王女の使い魔を闇魔法の憑依で肩に生やしていた状態ではあったが、それでも効果は歴然だった。
「チラさんの魔力を私の身体に循環させて増幅すれば良いのよ。」
「同じ闇魔法でもパワーで圧倒するって事ですね。」
「そう。そうとなればすぐにやるわよ。」
リリスはそう言いながら両手でチラの両手を掴んだ。チラが闇魔法の魔力を流し、それをリリスの身体の中で増幅しながら再びチラの身体に戻す。
その動作を3分ほど続けると、チラの額から汗がだらだらと流れて来た。
「魔力が濃厚過ぎて・・・・・魔力酔いを起こしそうです。リリス様ってどうしてこんなに魔力が濃厚なんですか?」
「まるで巨大な魔物のようだわ。あっ!魔物だなんて、失礼しました。」
狼狽えつつチラはその肘で額の汗を拭った。
「さあ、もう良いわよ。チラさん。ドームに向かって目一杯の黒炎を放って!」
「はい!」
チラはリリスから片手を離して前に突き出すと、渾身の力を込めて黒炎を放った。
瞬時に目の前に現れた黒炎は直径が1mほどだが、その周囲が黒炎の溢れ出すパワーでゆらゆらと揺れている。
その中心部が一瞬カッと赤く光り、高速で滑空しながらその大きさを増していく。
ドームに着弾する時点で、黒炎は直径が5mほどにもなり、通路を塞ぐほどの大きさになっていた。
ドドーンと激しい衝撃音が響き、ドームはその片隅から徐々に分解され、消滅していく。
ドームの持つ耐性を凌駕したようだ。
1分ほどでドームは跡形もなく消え去ってしまった。
チラはハアハアと荒い息を吐きながら、その場に手をついてしゃがみ込んだ。
その額から汗が地面にぽたぽたと落ちている。
ほどなくチラはゆっくりと立ち上がり、額の汗をその手で拭った。
「やりましたね。これで闇の転移を発動出来ます。」
そう言って闇の転移を発動させるが、二人の上には何も起こらない。
首を傾げながらチラは何度も繰り返したが、どうしても発動出来ない様子だ。
「何かまだ妨げるものがあるのでしょうか?」
チラの言葉にリリスはトントンと足踏みをした。
「チラさん。これが残っているのよ。」
そう言われてチラが床を見ると、先ほどまで床を覆っていた闇が消え去り、石畳が目に入って来た。その表面をよく見ると、文字のようなものが時折仄かに光りながら流れている。
それは通路全体にも及んでいた。
「これって・・・・・呪詛ですか? これを解呪しないと転移出来ないのですか?」
チラの言葉にリリスは無言で頷いた。
床を覆っていた闇が消えて、呪詛の効果はむしろ増してしまったようだ。
呪詛の影響で酷くなってきた頭痛に耐えながら、リリスとチラは次の手を思案していたのだった。
その会場は王城に隣接する宮殿の第2ホールに設営されていた。
シャンデリアが幾つも並ぶ広いホールに、直径が5mほどの大きな丸いテーブルが10個設置されている。
その一つ一つが招待された国ごとに区別されているようだ。
晩餐会の始まる2時間ほど前に、リリスとメリンダ王女は別室のフィッティングルームに案内された。
そこには王族専用のコーディネーターが配備され、メイクアップからドレスやアクセサリーのコーディネイトをしてくれる。
それらすべては王家からのレンタルだ。
この日のこの場にふさわしいドレスアップをしてくれる。
他の招待国の王族もそのお世話になるのだが、メリンダ王女はリゾルタの王妃の実妹と言う事もあり、格別に心を込めてコーディネイトしてくれたようだ。
メリンダ王女は真紅のドレスを纏い、たくさんの宝石を散りばめた煌びやかなネックレスを首に掛けた。
一方リリスは清楚なブルーのドレスを纏い、それに合わせたネックレスを選んでもらった。
メリンダ王女とは少し格差を付けなければ失礼だ。
担当のコーディネーターにそのように伝えたので、王女よりは若干控えめな装いになっている。
だがそれでも時空の狭間に迷い込んで以降、肉体年齢で2年分背も伸び、スタイルもメリハリがついて来たリリスなので、そのあでやかさは控えめにしようとしても表に出てしまう。
その上、リゾルタは亜熱帯の乾燥地帯と言う事もあって、メイクそのものも基本的に濃い目に施されてしまう。
濃い目のメイクで更に際立つリリスの姿に、メリンダ王女もへえ~っと呆けた声をあげた。
「リリス。あんたって何時の間にそんなに大人びた美人になっちゃったのよ? 少し前まで私とそんなに背が変わらなかったと思うんだけど。」
「まあ、成長期だからね。そんな事より靴を選んで貰うわよ。」
リリスはそう言って話題を変えた。
そのリリスの目に、フィッティングルームの扉の外を通り過ぎるべリアとチラの姿が見えた。
べリアがあのステータスなのだから、恐らくチラも相当なスキルの持ち主なのだろう。
メイド姿ではあるが、王族のボディガードとしては頼もしい限りだ。
ヘアメイクから靴選びまで全て整ったうえで、リリスとメリンダ王女は晩餐会の会場に案内された。
ミラ王国のテーブルには既に、タキシード姿のフィリップ王子とノイマン卿が座って談笑している。
ノイマンとフィリップ王子は着飾った二人を見て、ほうっ!と驚きの声をあげた。
「お二人共美しいですなあ。」
ノイマンの言葉にメリンダ王女はうふふと笑って席に座り、リリスはありがとうございますと礼を言って席に着いた。
晩餐会の開始まで、あと30分ほどだ。
その会場の前方に舞台が特設され、その上では音楽が演奏されていた。
テーブルとテーブルの間を、メイドやウェイターが忙しく動き回り、飲み物と食器類を運んでいる。
その所作も洗練されていて、動きに無駄が無い。
ライオネス国王夫妻が入場し、晩餐会が始まると、全ては流れるように進んでいく。
乾杯の後に前菜から始まるコース料理は希少な食材を用いたもので、その深い味わいに参加した王族達も舌鼓を打っていた。
2時間ほどで晩餐会は終わり、招待客は各自の宿舎に戻って行く。
だがここで思いもよらなかった事態が待ち受けていた。
食後の余韻の残る中、満腹になって油断していた事もあったのかも知れない。
リリス達が宮殿から出ると、突然目の前の足元に黒いカーペットが敷き詰められた。
うん?
何だろうかと思ってよく見ると、それはカーペットではなく、ゴムのように伸び縮みしながら地面を埋め尽くしてしまった。
拙い!
これは闇だ!
そう思った途端にリリスの視界が暗転し、目の前には何も見えなくなってしまった。
次の瞬間、リリスは古びた石造りの神殿の通路に居た。
通路の幅は5mほどだろうか。
苔生す石壁はかなり朽ちていて、所々に穴が開いている。
周りは薄暗く、壁には魔道具の灯りが設置されていて、その放つ光が仄かな明るさを造り上げている。
床は黒い闇が広がっていて緩やかにうねり、闇魔法の波動を床全体から放っていた。
どうやら強制的に転移されてしまったようだ。
メリンダ王女達は大丈夫なのだろうか?
そんな心配をしていると、徐々に頭が痛くなってきた。
魔装を非表示で発動しているにもかかわらず、頭痛と悪寒が襲って来る。
何故だろう?
リリスは思わず解析スキルを発動させた。
頭痛や悪寒に襲われているんだけど、魔装が効かないの?
『いえ、そうではありません。』
『身体的なダメージの原因は呪詛ですね。』
呪詛?
『そうです。闇で覆われている床全体に呪詛が込められていますね。しかも大半が禁呪です。』
床全体って・・・要するにこの場には大量の呪詛や禁呪が仕組まれているって事ね。
『そう言う事です。解呪の為に解析しますか? 物量的に半端じゃないので、大まかに解析するにしても時間が掛かりますが・・・』
そうね。
とりあえず解析しておいてね。
そう言ってリリスは身体中に聖魔法の魔力を纏わらせた。
生活魔法程度のレベルではあるが、それでも多少は楽になって来た。
だが少し油断していたリリスに向けて黒炎が数発向かってきた。
咄嗟に避けてその発動元を目で追うと、神殿の通路の奥の方に半円球で透明の大きなドームがある。
そのドームの中に紫の光が点滅していて、時折黒炎を放ってくるのが分かった。
背後に退去しようとしたが、堅固な石の壁で退路を阻まれている。
こうなったら、あれを壊すのが先決ね。
リリスは数発のファイヤーボルトをそのドームに向けて放った。
キーンと言う金切り音を上げて、ファイヤーボルトは滑空し、ドームの側面に全て着弾した。
ドドドッという連続した衝撃音と爆炎があがった。
だがそれが消え去ると、ドームは全く無傷で紫の光を点滅させている。
効き目が無い。
火魔法への堅固な耐性を持っているのだろう。
ちっと舌打ちしてリリスはドームを睨んだ。
その次の瞬間にドームは数発の黒炎をリリスに向けて放った。
黒く静かに燃え上がる球体がリリスに襲い掛かって来る。
放たれた黒炎のスピードはそれほどに速くは無いので、避ける事は可能だ。
だが同時に数発放たれると、全てを避けきれない。
嫌でもリリスの身体を掠っていくので、リリスは聖魔法の魔力を幾重にも纏い、かろうじてその被害を食い止めていた。
何か手立ては無いものか?
リリスは頭を巡らせたが、得策が浮かんでこない。
6種類の属性魔法を持っているとは言え、リリスは闇魔法に関してはあまり習熟していないので、その対応策にも限りがある。
どうしようかと思案していると、目の前の床の闇が突然ぬっと立ち上がった。
何者だと思って身構えていると、その立ち上がった闇の中からレザーアーマーを着た女性が現われた。
褐色で少し幼げな顔立ちのその顔には見覚えがある。
「チラさん! どうしてここに?」
リリスとメリンダ王女の世話をしてくれていたメイドのチラだ。
チラは周囲の様子をすばやく確認し、リリスの前方に闇のシールドを張った。その直後、シールドにドンドンと黒炎が着弾した。
「リリス様、ご無事でしたか?」
チラの表情が真剣だ。
彼女もべリアと同様に、本来は王族のボディガードなのだろう。
「私はとりあえず大丈夫なんだけど、メリンダ王女達は大丈夫だったの?」
リリスの問い掛けにチラは頬を緩め、ハイと答えた。
「宮殿の外に出た直後に闇に取り込まれた際、私の空間魔法でメリンダ王女様とフィリップ王子様、ノイマン様は退避出来ました。ですがリリス様にまで術が及ばず、失礼な事をしてしまいました。」
「ああ、良いのよ。メル達が大丈夫ならね。」
そう言って笑顔を返したリリスに、チラは不安げに問い掛けた。
「リリス様って・・・この空間でも平気なんですね。闇魔法の波動のみならず、妖気や瘴気、更に呪詛の様なものまで満ちているのに。私もそれなりに耐性を持っていますが、それでもきついですよ。」
チラの言葉にリリスは手を横に振った。
「平気じゃ無いわよ。これでも頭痛と悪寒に耐えているんだから。」
「そうなんですか? その割には平然としていますよね。この空間に耐性を持たない王族が転移されてしまったら、大変な事になっていたでしょうに・・・」
そう言いながらチラは通路の奥のドームを忌々しく睨んだ。
「闇の転移と空間魔法で何とかここに潜入出来ましたが、この空間内では闇の転移を封じられていますね。リリス様を連れて即座に転移しようとしたのですが、あのドームを壊さないと駄目なようです。」
リリスがファイヤーボルトを放ったが効果が無かった事を伝えると、チラは右手を前方に突き出し、フッと魔力を注ぎ込んだ。
次の瞬間、チラの右手に瞬時に小さな黒炎が出現した。直径は20cmほどで静かに燃えている。
チラはその黒炎をドームに向けて放った。
小さな黒炎は音もなく滑空しながら、その大きさを徐々に増し、直径が1mにもなったところでドームに激突した。
ズウンッと言う衝撃音が響き渡り、巨大な黒炎がドームを侵食していくように見えた。
だが黒炎が消えると、ドームは何事も無かったように、再びこちらに向かって黒炎を放ってきた。
黒炎も効かないのか?
闇のシールドを重ね張りにしながら、チラはう~んと唸った。
「僅かに効いている気配はありますが、闇魔法にもかなり堅固な耐性を持っているようですね。」
「まあ、少しでも効いているのなら方法はあるわよ。」
リリスの言葉にチラはえっ?と驚いた。
「リリス様には何か方策があるのですか?」
そう問われたリリスはチラに、以前メリンダ王女の闇魔法をリリスの魔力で増幅させた事があると話した。ダンジョン内で、メリンダ王女の使い魔を闇魔法の憑依で肩に生やしていた状態ではあったが、それでも効果は歴然だった。
「チラさんの魔力を私の身体に循環させて増幅すれば良いのよ。」
「同じ闇魔法でもパワーで圧倒するって事ですね。」
「そう。そうとなればすぐにやるわよ。」
リリスはそう言いながら両手でチラの両手を掴んだ。チラが闇魔法の魔力を流し、それをリリスの身体の中で増幅しながら再びチラの身体に戻す。
その動作を3分ほど続けると、チラの額から汗がだらだらと流れて来た。
「魔力が濃厚過ぎて・・・・・魔力酔いを起こしそうです。リリス様ってどうしてこんなに魔力が濃厚なんですか?」
「まるで巨大な魔物のようだわ。あっ!魔物だなんて、失礼しました。」
狼狽えつつチラはその肘で額の汗を拭った。
「さあ、もう良いわよ。チラさん。ドームに向かって目一杯の黒炎を放って!」
「はい!」
チラはリリスから片手を離して前に突き出すと、渾身の力を込めて黒炎を放った。
瞬時に目の前に現れた黒炎は直径が1mほどだが、その周囲が黒炎の溢れ出すパワーでゆらゆらと揺れている。
その中心部が一瞬カッと赤く光り、高速で滑空しながらその大きさを増していく。
ドームに着弾する時点で、黒炎は直径が5mほどにもなり、通路を塞ぐほどの大きさになっていた。
ドドーンと激しい衝撃音が響き、ドームはその片隅から徐々に分解され、消滅していく。
ドームの持つ耐性を凌駕したようだ。
1分ほどでドームは跡形もなく消え去ってしまった。
チラはハアハアと荒い息を吐きながら、その場に手をついてしゃがみ込んだ。
その額から汗が地面にぽたぽたと落ちている。
ほどなくチラはゆっくりと立ち上がり、額の汗をその手で拭った。
「やりましたね。これで闇の転移を発動出来ます。」
そう言って闇の転移を発動させるが、二人の上には何も起こらない。
首を傾げながらチラは何度も繰り返したが、どうしても発動出来ない様子だ。
「何かまだ妨げるものがあるのでしょうか?」
チラの言葉にリリスはトントンと足踏みをした。
「チラさん。これが残っているのよ。」
そう言われてチラが床を見ると、先ほどまで床を覆っていた闇が消え去り、石畳が目に入って来た。その表面をよく見ると、文字のようなものが時折仄かに光りながら流れている。
それは通路全体にも及んでいた。
「これって・・・・・呪詛ですか? これを解呪しないと転移出来ないのですか?」
チラの言葉にリリスは無言で頷いた。
床を覆っていた闇が消えて、呪詛の効果はむしろ増してしまったようだ。
呪詛の影響で酷くなってきた頭痛に耐えながら、リリスとチラは次の手を思案していたのだった。
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ファンタジー
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それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
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