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レーム再訪1
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リンディと約束した数日後。
この日は休日である。
リリスは早朝からリンディと共に馬車で王都に出向いていた。
待ち合わせの場所は王都の神殿の前の広場で、既にアイリスとその傍に初老の男性が待っていた。
良く見ると顔なじみの男性だ。
ミラ王国の文官のノイマン卿である。
アイリス先輩の上司ってノイマン様なの?
疑問を抱きつつリリス達は馬車を降り、ノイマン達と挨拶を交わした。
「アイリス先輩、お久し振りですね。」
リリスの掛けた言葉にアイリスはその大きな口でニヤッと笑った。濃い目のメイクと真っ赤なリップが嫌でも目立つ。
黒いスーツ姿のアイリスだが、そのスーツの上からでもがっしりとした肉付きが良く分かる。
「リリスったら、しばらく見ないうちに随分大人っぽくなったわね。私が魔法学院に在学していた時には、まだまだ子供だと思っていたのに。」
まあ、その後いろんなことがありましたからね。
実質的には本来の年齢より2年半、老けちゃってますから・・・。
若干自虐的な思いがリリスの心を過る。
その思いを払拭し、改めてアイリスを見ると、在学時よりも華やかな美しさに磨きが掛かっているようだ。
元々は獣人特有の野性的な美しさの持ち主だったが、社交的な華やかさと仕草を身に付けたように感じられる。
アイリスに無難な返答をしたうえで、リリスはノイマンに話を振った。
「ノイマン様がアイリス先輩の上司なんですか?」
「いや、直接の上司ではない。今日はあくまでもアイリス君の監督役だよ。」
そう言いながらノイマンは白い顎ひげを軽く撫でた。
「ノイマン様は実質的に王家の代理人だからね。ノイマン様がおられるだけで今後の外交交渉に拍車が掛かるのよ。」
アイリスの言葉にノイマンは笑いながら手を横に振った。
「まだ良く分からない獣人の国との初期段階での折衝に、儂の出番はほとんど無いだろう。アイリス君に任せる部分はかなり多い。獣人同士の阿吽の呼吸で分かり合える部分も多いだろうし、儂は後ろで見ているだけだよ。」
「とんでもない。その場に居て下さるだけでありがたいです。」
アイリスはそう言ってノイマンに軽く頭を下げた。
アイリスから後に聞いた話では、アイリスの上司が幾度も嘆願してノイマンの同行になったらしい。
アイリスの上司もドーム公国との外交交渉に、本格的に取り組みたいと願っているのだろう。
準備が整ったうえで、アイリスは持っていたバッグから大きな魔石を取り出した。
外交用の特殊な転移の魔石だ。
転移場所とアイリスとノイマンの魔力の波動は既に登録されている。
そこにリンディとリリスの魔力を流して登録した上で、アイリスはおもむろに魔石を作動させた。
リリスの視界が暗転する。
ふと気が付くと、リリスの目の前にどこか懐かしい街並みが広がっていた。
レームの街並みだ。
だが何となく既視感がある。
そう言えば、数百年前のこの街を訪れたのよね。
勿論その当時と同じ店舗や住居など無い。
それでも似たような街並みになっているのは、この地域に住む住民が先祖から受け継いできた生活様式や感性に依るものだろう。
ダンジョンに繋がる広い石畳の大通りの両脇には色々な店舗が並んでいた。
武器や防具の店、ポーション類や薬草を扱う店、魔石や魔道具を扱う店がその一角に集まっていて、冒険者達で賑わっている。
違う一角には飲食店や酒場が立ち並び、屋台もその脇にずらりと並んで客の呼び込みをしていた。
埃っぽい風と共に色々な食べ物の匂いが漂って来る。
それとは別の一角に、アクセサリーや宝玉の店が並び、カラフルな衣装を店頭に並べている店も多数あった。
どの店も活況だ。
街を歩いているのは冒険者だけでは無く、観光客も多い。
レームのダンジョンやその周辺の街並みの復活を、一目でも見に来たのだろうか。
だが何処を見ても大半は獣人で、他の種族はあまり目に付かない。
それはここがドーム公国と言う獣人の小国の支配地域だからだろうか。
それでもアイリスに聞いた話では、異種族間のトラブルは無いそうだ。
元々が鷹揚な気質の地域だったのだろう。
まだ充分に発展したとは言えない規模の街並みだが、それでもレームのダンジョンの復活から僅かな期間でここまで発展してきた事に、リリスも大いに驚いた。
ノイマン達を見つけた獣人の兵士達の案内で、4人は待機していた軍用馬車に乗り込み、町外れの軍人用の宿舎に到着した。この獣人の兵士達は実はミラ王国の兵士であり、ノイマン達に先行して公国に転移し、ノイマン達の護衛と安全を確保するのが任務であった。
案内された宿舎は軍人用と言うだけあって、頑丈ではあるが簡素な石造りの建物だ。
それでもエントランスはそれなりに華やかな造りになっていて、天井には小さいながらもシャンデリアが設置されている。
応対した公国側の兵士の話では、ドーム公国は小国で経済的にも豊かではないので、今回はこの宿舎で寝泊まりして欲しいとの事だった。
レームのダンジョンが本格的に賑わう様になれば、経済的にも潤う様になるわよ。
そう思いながらリリスはエントランスで待機していた。
部屋はノイマンとアイリスにそれぞれ1室が割り当てられ、リリスとリンディは二人で1室になっている。
当然と言えば当然の部屋割りだろう。
ノイマンとアイリスは早々にドーム公国の王城に出向くと言うのでその場で別れ、リリスとリンディは割り当てられた部屋に荷物を置き、早速レームの街の見学に向かった。
宿舎までは軍用馬車で案内されたが、歩いてもレームのダンジョンまでは30分ほどの距離である。
その手前に立ち並ぶたくさんの店舗や屋台がリリス達のお目当てだ。
「何だか懐かしいわねえ。」
石畳の大通りを歩きながら、ふと呟いたリリスである。
「リリス先輩。まるで以前に来た事があるような言い草ですね。」
そう言って笑うリンディにリリスは苦笑した。
「ダンジョンを取り巻く街並みって、何処も同じような雰囲気になるからね。」
リリスの言い訳をリンディは頷き同意した。
「とりあえず、衣装とアクセサリーの店を回りましょうよ。」
リンディの言葉にうんうんと頷き、リリスはカラフルな衣装が店頭に並ぶ一角を目指した。
歩く二人の傍を、子供達が賑やかに騒ぎながら駆け抜けていく。
獣人の子供達って本当に可愛いわねえ。
微笑ましく子供達を目で追うリリスの視覚の端に、こちらをジッと見つめている小さな女の子が認識された。
少し汚れた衣装を着た褐色の肌の子供だ。
ダークエルフの子供かしら?
その存在をあまり気にもせず、リリスとリンディは早速衣装店に飛び込んだ。
派手な配色の衣装や露出度の高い衣装が並ぶ中、ちょっとしたアクセントや差し色として使える配色のものが散見される。
それを目当てにリリスは物色していた。
リンディはリンディで、獣人の女子にありがちな衣装を探し始めた。
露出度の高い衣装も多いが、その中には露出度の若干控えめなものもある。
その辺りがリンディの物色するポイントだそうだ。
まあ、二人共貴族の子女だからね。
私服と言ってもそれなりに節度を求められるわよね。
そう思いつつ物色する事約20分。
観光客の獣人達を掻き分けながら、気に入ったものを購入して二人は次の店に向かった。
ちなみにこの街で通用する通貨には既に両替済みである。
街の入り口近くに数件の両替商が店を並べていたのだ。
この国ではあまり見慣れないミラ王国の通貨の両替で、しかも学生二人が客ともなれば、ぼったくられるのが常である。
そこは既に想定内だったので、リンディの見ていないところでリリスは邪眼を発動させ、両替商から適切なレートを聞き出して交渉したのだった。
衣装店の向かい側にあったアクセサリーショップに入ると、様々なアクセサリーが廉価で店内に並べられていた。
ネックレスやブレスレットやブローチから髪飾り、ミサンガに至るまで品数が豊富だ。
その中からこれと言った物を購入し、二人はその店を出た。
何気にその店の前の街路を見ると、先ほど見たダークエルフの子供がこちらを見ているのがリリスの視界に入った。
その子供はスッと動いてこちらに近付き、リリスの身体に纏わりついた。
「えっ! 何?」
突然の事で驚くリリスだが、その子供はリリスの身体から離れようとしない。
どうしたのかと聞こうと思ったその瞬間、何の前触れもなく解析スキルが発動された。
『魔装を非表示モードで発動させます!』
瞬時に魔装が発動され、魔力の流れも鋭敏に感じられるようになった。
精神攻撃に対する耐性も強化され、探知能力も格段に向上している事を実感出来る。
だがどうしてこのタイミングで?
そう思った次の瞬間に、リリスは解析スキルの発動された理由を悟った。
纏わりついているダークエルフの子供から、極わめて細い魔力の触手が幾つも伸びていて、リリスの身体に入り込もうとしていたのだ。
髪の毛よりも細い魔力の触手なので、普通ではその存在すら認識出来ないだろう。
実際、リリスも魔装を発動させるまでは気が付いていなかった。
リリスの魔装の発動で、纏わりついていたダークエルフの子供はえっ!と驚きの表情を見せた。
その子供をグッと睨むと、バツが悪そうな表情を見せて逃げようとした。
だが駆け出した矢先につまづいて、街路にバタッと倒れてしまった。
「状況が良く分かりませんが、あの子供は捕獲した方が良いですか?」
リンディの言葉にリリスは無言で頷いた。
リンディは即座に空間魔法を発動させ、不可視性の亜空間にその子供を閉じ込めた。
不可視性の亜空間なので、周りからはその存在を認識出来ない。
その上でリンディはその亜空間を人気のない街路の外れまで移動させた。
公園の様なスペースがあったのでそこで亜空間を可視化させると、中に閉じ込められた子供は泣いて蹲っていた。
「ねえ、私に何をしようとしていたの?」
リリスが優しく問い掛けると、その子供は涙を拭い、じっとリリスの顔を見つめた。
「魔力を・・・魔力を分けて欲しかっただけなの。」
そう言ってその子供は再び顔を伏せた。
「魔力の触手を操作出来るのなら、魔力吸引だって出来るんじゃないの? そうでなくても自然に回復するだろうし、何か急いで魔力を補充しなければならない理由があったの?」
リリスの問い掛けにその子供は何も言わず、ただ首を横に振るだけだった。
「その子、怯えているんじゃないですか? 飴でもあげれば・・・」
リンディの言葉の意図をリリスは理解した。
この場合の飴は魔力である。
リリスは魔力の触手を伸ばし、亜空間の壁にそれを直結させた。
リンディの操作で亜空間の障壁に僅かに穴を開け、そこから触手を挿入させ少女の手に触れて魔力を少しだけ放った。
リリスの突然の行動に戸惑いながらも、その子供は放たれた魔力を吸収し、う~んと唸って目を閉じた。
魔力に飢えていたような仕草だ。
その子供はその場に正座し、深々とリリスに頭を下げた。
「お姉ちゃん・・・ごめんなさい。」
心を開いた様子が垣間見える。
「あなたの名前は?」
「キラです。」
子供はそう答えて神妙な表情を向けた。
「急いで魔力を補充しなければならなかったの? なぜなのか答えてくれるかしら?」
キラを落ち着かせるような口調でリリスは問い掛けた。
「魔力を上手く創れないの。ご飯を食べても魔力を創れないし、時間が経っても回復出来ないの。」
「私だけじゃなくて、村の人もみんなそうなの。だからいつも空腹で・・・・・・」
「大人達はみんな・・・・・寝込んじゃった。」
キラはそこまで訥々と話し、泣きそうになって顔を伏せた。
その話に聞き入っていたリンディは、キラの傍に近付いてふと尋ねた。
「キラの村って大人は何人くらい居るの?」
「・・・・・300人くらいかなあ。」
顔を伏せながら小さく呟いたキラ。
その言葉にリンディはウっと呻いた。
「呪いじゃなさそうですね。300人以上の村人に呪いを掛けるなんてまず有り得ないわ。」
リンディの言葉にリリスも無言で頷いた。
キラの話から考えると、何かの伝染病のようにも思える。
そうだとしたら自分達にも感染する危険性は無いのか?
「この子・・・この後放置して大丈夫ですか? 大人達もみんな同じ症状だって事は・・・」
リンディも同じような危惧を抱いているようだ。
何となく厄介な事に巻き込まれてしまいそうな予感がする。
リリスは一抹の不安を感じて、リンディと顔を見合わせていたのだった。
この日は休日である。
リリスは早朝からリンディと共に馬車で王都に出向いていた。
待ち合わせの場所は王都の神殿の前の広場で、既にアイリスとその傍に初老の男性が待っていた。
良く見ると顔なじみの男性だ。
ミラ王国の文官のノイマン卿である。
アイリス先輩の上司ってノイマン様なの?
疑問を抱きつつリリス達は馬車を降り、ノイマン達と挨拶を交わした。
「アイリス先輩、お久し振りですね。」
リリスの掛けた言葉にアイリスはその大きな口でニヤッと笑った。濃い目のメイクと真っ赤なリップが嫌でも目立つ。
黒いスーツ姿のアイリスだが、そのスーツの上からでもがっしりとした肉付きが良く分かる。
「リリスったら、しばらく見ないうちに随分大人っぽくなったわね。私が魔法学院に在学していた時には、まだまだ子供だと思っていたのに。」
まあ、その後いろんなことがありましたからね。
実質的には本来の年齢より2年半、老けちゃってますから・・・。
若干自虐的な思いがリリスの心を過る。
その思いを払拭し、改めてアイリスを見ると、在学時よりも華やかな美しさに磨きが掛かっているようだ。
元々は獣人特有の野性的な美しさの持ち主だったが、社交的な華やかさと仕草を身に付けたように感じられる。
アイリスに無難な返答をしたうえで、リリスはノイマンに話を振った。
「ノイマン様がアイリス先輩の上司なんですか?」
「いや、直接の上司ではない。今日はあくまでもアイリス君の監督役だよ。」
そう言いながらノイマンは白い顎ひげを軽く撫でた。
「ノイマン様は実質的に王家の代理人だからね。ノイマン様がおられるだけで今後の外交交渉に拍車が掛かるのよ。」
アイリスの言葉にノイマンは笑いながら手を横に振った。
「まだ良く分からない獣人の国との初期段階での折衝に、儂の出番はほとんど無いだろう。アイリス君に任せる部分はかなり多い。獣人同士の阿吽の呼吸で分かり合える部分も多いだろうし、儂は後ろで見ているだけだよ。」
「とんでもない。その場に居て下さるだけでありがたいです。」
アイリスはそう言ってノイマンに軽く頭を下げた。
アイリスから後に聞いた話では、アイリスの上司が幾度も嘆願してノイマンの同行になったらしい。
アイリスの上司もドーム公国との外交交渉に、本格的に取り組みたいと願っているのだろう。
準備が整ったうえで、アイリスは持っていたバッグから大きな魔石を取り出した。
外交用の特殊な転移の魔石だ。
転移場所とアイリスとノイマンの魔力の波動は既に登録されている。
そこにリンディとリリスの魔力を流して登録した上で、アイリスはおもむろに魔石を作動させた。
リリスの視界が暗転する。
ふと気が付くと、リリスの目の前にどこか懐かしい街並みが広がっていた。
レームの街並みだ。
だが何となく既視感がある。
そう言えば、数百年前のこの街を訪れたのよね。
勿論その当時と同じ店舗や住居など無い。
それでも似たような街並みになっているのは、この地域に住む住民が先祖から受け継いできた生活様式や感性に依るものだろう。
ダンジョンに繋がる広い石畳の大通りの両脇には色々な店舗が並んでいた。
武器や防具の店、ポーション類や薬草を扱う店、魔石や魔道具を扱う店がその一角に集まっていて、冒険者達で賑わっている。
違う一角には飲食店や酒場が立ち並び、屋台もその脇にずらりと並んで客の呼び込みをしていた。
埃っぽい風と共に色々な食べ物の匂いが漂って来る。
それとは別の一角に、アクセサリーや宝玉の店が並び、カラフルな衣装を店頭に並べている店も多数あった。
どの店も活況だ。
街を歩いているのは冒険者だけでは無く、観光客も多い。
レームのダンジョンやその周辺の街並みの復活を、一目でも見に来たのだろうか。
だが何処を見ても大半は獣人で、他の種族はあまり目に付かない。
それはここがドーム公国と言う獣人の小国の支配地域だからだろうか。
それでもアイリスに聞いた話では、異種族間のトラブルは無いそうだ。
元々が鷹揚な気質の地域だったのだろう。
まだ充分に発展したとは言えない規模の街並みだが、それでもレームのダンジョンの復活から僅かな期間でここまで発展してきた事に、リリスも大いに驚いた。
ノイマン達を見つけた獣人の兵士達の案内で、4人は待機していた軍用馬車に乗り込み、町外れの軍人用の宿舎に到着した。この獣人の兵士達は実はミラ王国の兵士であり、ノイマン達に先行して公国に転移し、ノイマン達の護衛と安全を確保するのが任務であった。
案内された宿舎は軍人用と言うだけあって、頑丈ではあるが簡素な石造りの建物だ。
それでもエントランスはそれなりに華やかな造りになっていて、天井には小さいながらもシャンデリアが設置されている。
応対した公国側の兵士の話では、ドーム公国は小国で経済的にも豊かではないので、今回はこの宿舎で寝泊まりして欲しいとの事だった。
レームのダンジョンが本格的に賑わう様になれば、経済的にも潤う様になるわよ。
そう思いながらリリスはエントランスで待機していた。
部屋はノイマンとアイリスにそれぞれ1室が割り当てられ、リリスとリンディは二人で1室になっている。
当然と言えば当然の部屋割りだろう。
ノイマンとアイリスは早々にドーム公国の王城に出向くと言うのでその場で別れ、リリスとリンディは割り当てられた部屋に荷物を置き、早速レームの街の見学に向かった。
宿舎までは軍用馬車で案内されたが、歩いてもレームのダンジョンまでは30分ほどの距離である。
その手前に立ち並ぶたくさんの店舗や屋台がリリス達のお目当てだ。
「何だか懐かしいわねえ。」
石畳の大通りを歩きながら、ふと呟いたリリスである。
「リリス先輩。まるで以前に来た事があるような言い草ですね。」
そう言って笑うリンディにリリスは苦笑した。
「ダンジョンを取り巻く街並みって、何処も同じような雰囲気になるからね。」
リリスの言い訳をリンディは頷き同意した。
「とりあえず、衣装とアクセサリーの店を回りましょうよ。」
リンディの言葉にうんうんと頷き、リリスはカラフルな衣装が店頭に並ぶ一角を目指した。
歩く二人の傍を、子供達が賑やかに騒ぎながら駆け抜けていく。
獣人の子供達って本当に可愛いわねえ。
微笑ましく子供達を目で追うリリスの視覚の端に、こちらをジッと見つめている小さな女の子が認識された。
少し汚れた衣装を着た褐色の肌の子供だ。
ダークエルフの子供かしら?
その存在をあまり気にもせず、リリスとリンディは早速衣装店に飛び込んだ。
派手な配色の衣装や露出度の高い衣装が並ぶ中、ちょっとしたアクセントや差し色として使える配色のものが散見される。
それを目当てにリリスは物色していた。
リンディはリンディで、獣人の女子にありがちな衣装を探し始めた。
露出度の高い衣装も多いが、その中には露出度の若干控えめなものもある。
その辺りがリンディの物色するポイントだそうだ。
まあ、二人共貴族の子女だからね。
私服と言ってもそれなりに節度を求められるわよね。
そう思いつつ物色する事約20分。
観光客の獣人達を掻き分けながら、気に入ったものを購入して二人は次の店に向かった。
ちなみにこの街で通用する通貨には既に両替済みである。
街の入り口近くに数件の両替商が店を並べていたのだ。
この国ではあまり見慣れないミラ王国の通貨の両替で、しかも学生二人が客ともなれば、ぼったくられるのが常である。
そこは既に想定内だったので、リンディの見ていないところでリリスは邪眼を発動させ、両替商から適切なレートを聞き出して交渉したのだった。
衣装店の向かい側にあったアクセサリーショップに入ると、様々なアクセサリーが廉価で店内に並べられていた。
ネックレスやブレスレットやブローチから髪飾り、ミサンガに至るまで品数が豊富だ。
その中からこれと言った物を購入し、二人はその店を出た。
何気にその店の前の街路を見ると、先ほど見たダークエルフの子供がこちらを見ているのがリリスの視界に入った。
その子供はスッと動いてこちらに近付き、リリスの身体に纏わりついた。
「えっ! 何?」
突然の事で驚くリリスだが、その子供はリリスの身体から離れようとしない。
どうしたのかと聞こうと思ったその瞬間、何の前触れもなく解析スキルが発動された。
『魔装を非表示モードで発動させます!』
瞬時に魔装が発動され、魔力の流れも鋭敏に感じられるようになった。
精神攻撃に対する耐性も強化され、探知能力も格段に向上している事を実感出来る。
だがどうしてこのタイミングで?
そう思った次の瞬間に、リリスは解析スキルの発動された理由を悟った。
纏わりついているダークエルフの子供から、極わめて細い魔力の触手が幾つも伸びていて、リリスの身体に入り込もうとしていたのだ。
髪の毛よりも細い魔力の触手なので、普通ではその存在すら認識出来ないだろう。
実際、リリスも魔装を発動させるまでは気が付いていなかった。
リリスの魔装の発動で、纏わりついていたダークエルフの子供はえっ!と驚きの表情を見せた。
その子供をグッと睨むと、バツが悪そうな表情を見せて逃げようとした。
だが駆け出した矢先につまづいて、街路にバタッと倒れてしまった。
「状況が良く分かりませんが、あの子供は捕獲した方が良いですか?」
リンディの言葉にリリスは無言で頷いた。
リンディは即座に空間魔法を発動させ、不可視性の亜空間にその子供を閉じ込めた。
不可視性の亜空間なので、周りからはその存在を認識出来ない。
その上でリンディはその亜空間を人気のない街路の外れまで移動させた。
公園の様なスペースがあったのでそこで亜空間を可視化させると、中に閉じ込められた子供は泣いて蹲っていた。
「ねえ、私に何をしようとしていたの?」
リリスが優しく問い掛けると、その子供は涙を拭い、じっとリリスの顔を見つめた。
「魔力を・・・魔力を分けて欲しかっただけなの。」
そう言ってその子供は再び顔を伏せた。
「魔力の触手を操作出来るのなら、魔力吸引だって出来るんじゃないの? そうでなくても自然に回復するだろうし、何か急いで魔力を補充しなければならない理由があったの?」
リリスの問い掛けにその子供は何も言わず、ただ首を横に振るだけだった。
「その子、怯えているんじゃないですか? 飴でもあげれば・・・」
リンディの言葉の意図をリリスは理解した。
この場合の飴は魔力である。
リリスは魔力の触手を伸ばし、亜空間の壁にそれを直結させた。
リンディの操作で亜空間の障壁に僅かに穴を開け、そこから触手を挿入させ少女の手に触れて魔力を少しだけ放った。
リリスの突然の行動に戸惑いながらも、その子供は放たれた魔力を吸収し、う~んと唸って目を閉じた。
魔力に飢えていたような仕草だ。
その子供はその場に正座し、深々とリリスに頭を下げた。
「お姉ちゃん・・・ごめんなさい。」
心を開いた様子が垣間見える。
「あなたの名前は?」
「キラです。」
子供はそう答えて神妙な表情を向けた。
「急いで魔力を補充しなければならなかったの? なぜなのか答えてくれるかしら?」
キラを落ち着かせるような口調でリリスは問い掛けた。
「魔力を上手く創れないの。ご飯を食べても魔力を創れないし、時間が経っても回復出来ないの。」
「私だけじゃなくて、村の人もみんなそうなの。だからいつも空腹で・・・・・・」
「大人達はみんな・・・・・寝込んじゃった。」
キラはそこまで訥々と話し、泣きそうになって顔を伏せた。
その話に聞き入っていたリンディは、キラの傍に近付いてふと尋ねた。
「キラの村って大人は何人くらい居るの?」
「・・・・・300人くらいかなあ。」
顔を伏せながら小さく呟いたキラ。
その言葉にリンディはウっと呻いた。
「呪いじゃなさそうですね。300人以上の村人に呪いを掛けるなんてまず有り得ないわ。」
リンディの言葉にリリスも無言で頷いた。
キラの話から考えると、何かの伝染病のようにも思える。
そうだとしたら自分達にも感染する危険性は無いのか?
「この子・・・この後放置して大丈夫ですか? 大人達もみんな同じ症状だって事は・・・」
リンディも同じような危惧を抱いているようだ。
何となく厄介な事に巻き込まれてしまいそうな予感がする。
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七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
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