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ゲートシティ再訪3
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イオニアのダンジョンの中に突然現れた白い光の球。
それはリリス達の目の前で二つに分裂し、大きく成りながら何かを形造っていく。
「チラ! 異常事態だ。何時でもここから退避出来るように、空間魔法の転移の用意をしておいてくれ。」
デルフィの指示にチラは魔力を循環させ始めた。
「デルフィ様。今直ぐに発動させましょうか?」
「いや、待て。少し様子を見てみよう。」
デルフィはそう言うと光の球をじっと見つめた。
「稀代のダンジョンメイトと言われるリリスが招いた事態だ。何が出て来るか確認してからでも遅くはあるまい。」
随分呑気な賢者様だわね。
リリスはそう思いながらサリナの様子を見た。
べリアから魔力の補給を受けているので、まだスキルの発動を継続出来そうだ。
二つの白い球体は程なくその姿を現わした。
真っ黒な馬の上に甲冑を着た騎士が長い魔剣を持っている。
その首は騎士の片手の上だ。
「デュラハンだ! しかも大きいぞ。」
トーヤの声に緊張が走った。
現われたデュラハンは馬の体高が3mほどもある。
その上にまたがる騎士の背は地上から4mほどもありそうだ。
手に持つ魔剣は長さが3mほどもあり、不気味に青白く光っている。
ハハハハハッとけたたましく笑うデュラハンの声がダンジョンに響き渡った。
2体のデュラハンが魔剣を振り上げると、デュラハンの周りに金色の宝玉が幾つも出現し、デュラハンの周囲を回り始めた。
「あの宝玉は何だ?」
デルフィが興味津々に呟いた。
デュラハンは2体同時にこちらに向かって走り出した。
そうはさせまいとサリナの出現させた白蛇が迎え撃つ。
白く光りながらデュラハンの周りを周回し、白蛇はそのまま巻き付こうとした。
だがデュラハンの周り宝玉に遮られて跳ね返されてしまう。
その離れ際にデュラハンの振り回した魔剣が白蛇の身体を切り裂き、一瞬白蛇の姿がブレて見えた。
「拙いな。あのデュラハンは白蛇を寄せ付けないぞ。あの宝玉がデュラハンに耐性を与えているのだろうな。」
デルフィはそう言うとリリスの方に目を向けた。
「リリス。サリナのスキルで出現させた白蛇を、お前の魔力で強化出来ないか?」
「サリナと魔力を循環させれば、可能だと思うのだが。」
デルフィは少し躊躇うリリスをスルーしてトーヤに問い掛けた。
「トーヤ殿。サリナのスキルは発動に時間制限があるのか?」
「ええ、ありますぞ。まだ制限解除をしたばかりで、サリナの年齢的な制限もあり、発動時間は10分間だけです。」
トーヤの返答にデルフィは顔をしかめた。
「拙いな。早めに仕掛けた方が良さそうだ。」
「リリス! すまんが試してみてくれ。それでも対抗出来なければ退散するとしよう。」
デルフィの言葉にリリスは仕方なくサリナの背後に寄り添った。
白蛇は何度もデュラハンに攻撃を加えようとしているが、デュラハンは全くそれを受け付けていない。
2体で白蛇を挟撃し、白蛇は魔剣に斬り付けられるたびにその姿が薄れてきた。
このままだと消滅してしまいそうだ。
リリスがサリナに寄り添うのと同時に、べリアはその場を離れた。
「サリナ。魔力を循環させるわよ。白蛇を強化する意識で念を込めるのよ。」
リリスの言葉にサリナはハイと答えて魔力を循環させ始めた。
そのサリナの身体を抱きしめるように包み込み、リリスは自分の魔力をサリナに大きく流し始めた。
魔力が濁流のようにサリナの身体に流れていく。
それと共にサリナの魔力もリリスの身体に流れ込み始めた。
「ううっ! リリス先輩の魔力が濃くって・・・眩暈がしそう・・・・」
リリスの魔力の影響でサリナの身体がゆらゆらと揺れ始めた。
若干の魔力酔いを起こしているようだ。
サリナの意識が集中出来なさそうなので、リリスはサリナの代わりに魔力に念を込めた。
サリナのスキルである白蛇降臨の強化を強く念じ、更に魔力を循環させると、サリナの身体が仄かに光り始めた。
それに応じてその姿が薄れてきた白蛇が強く光を放ち始め、そのまま大きくなっていく。
体長が20m近くまで伸び、胴回りも大きくなった。
更に頭部が前方に長く突き出し、頭頂部に長い角が生えていく。
白蛇の身体を覆う鱗は一枚一枚が大きくなり、ごつごつとした質感に変わってしまった。
身体の大きさに比べると小振りな手足が生え、白蛇はその全貌を進化させた。
それは既に蛇の姿ではない。
東洋的な龍の姿だ。
「白蛇が白龍になっちゃった。」
リリスの呟きにサリナは呆然としてその姿を目に焼き付けた。
白龍はその長い身体を2体のデュラハンに巻き付け、身体に触れたデュラハンの宝玉を一瞬で消し去ってしまった。
デュラハンは必至で抵抗して魔剣を振り回すが、白龍の身体は全くそれを寄せ付けず、その固い鱗で跳ね返してしまう。
白龍は身体から白い光を放ちながらデュラハンの身体を締め上げていく。
ギエエエエエッと言う悲鳴と共に、デュラハンの身体は粉砕され、そのまま魔素に分解されて消えていった。
「う~む。リリスが増強させると白蛇があのように進化するのか。それであれは龍なのか?」
デルフィの言葉にトーヤが頷いた。
「おそらく竜の一つの形態なのでしょう。だがあれはサリナが今後成長しスキルアップしても、出現させる事が出来るか否かは分かりませんな。白蛇とは全く異なるもののように思えるので。」
「そうだな。リリスの召喚した高位の魔物だと思った方が良いのかも知れん。」
デルフィとトーヤがそれぞれの分析を話し合っている間、リリスはサリナの身体の消耗が気になっていた。
少し無理をさせてしまったようね。
細胞励起を掛けて、回復させてあげようかしら。
ハアハアと荒い息を吐きながらぐったりしているサリナの身体を抱き起し、リリスは細胞励起を発動させようとした。
だがその時、リリスの脳内にピンッと言う音が鳴り、リリスの足元から魔力の渦が上半身に駆け上がって来た。
うっ!
ヤバい!
異世界通行手形が発動しちゃったわ。
リリスはこの時点になってようやく気が付いた。
サリナと近付くだけでも魔力の干渉でこのスキルは発動しそうになるのだった。
ロキによって発動に幾重にも制限を掛けられ、あまり気にならなくなっていたのだが、直接的な魔力の循環はスキル発動の決定打になってしまったのだ。
焦るリリスの目に前を、ブルーのストライプの入った白い鳥が掛け抜ける。
「リリス! その子から離れるのよ!」
あれはレイチェルの使い魔だ。
どうしてここに?
そう思った次の瞬間、リリスの身体は白く光り、意識も一瞬途切れてしまった。
気が付くとリリスは椅子に座っていた。
目の前にはテーブルがあり、箸が入った容器と水の注がれたコップがある。
テーブルの端には赤い壁に立てかけられたメニューがあった。
周囲のテーブルにも人が座り、話し声や笑い声が聞こえてくる。
店内はそれほど広くはないが、窓の外の景色が一望出来るので明るく清潔な雰囲気の店だ。
まだ頭の中がぼんやりしていて、自分の置かれている状況が良く把握出来ない。
窓の外には車の走るビル街が見える。
あれっ?
ここって西新宿?
日の光を浴びて、高層ビルの窓がキラキラと光を反射し、それが街の息吹のようにも感じさせられるのは不思議だ。
リリスは自分が白いブラウスとデニム地の縦縞のスカートを着用している事に気が付いた。
それはあのブラック企業で働いていた時の仕事着だ。
周囲のテーブルに見えるスーツ姿のサラリーマンやOLの姿に違和感を覚えながら、リリスは誰かを待っていた。
何故か理由は分からないが、誰かを待っている。
そんな気がしたのだ。
しばらくして店の扉が開き、顔見知りの女性が手を振ってこちらに近付いて来た。
「紗季さん、お待たせ。会社を出るのに手間取っちゃった。」
若干申し訳なさそうな表情でリリスの席の対面に座ったのは、2年後輩の真希だった。
「マキちゃん、どうしてここに・・・。神殿の、大祭司の仕事はどうしたの?」
リリスの言葉に真希はニヤッと笑った。
「紗季さん。それって何時のゲームでの話ですか? そんな事より飲茶のセットを頼んであるので、持ってきてもらいますね。」
「何時も通り早めに昼食を済ませて、カフェに行く予定で良いですよね。」
あれっ?
マキちゃんって・・・・・聖女として召喚される前の状態なの?
確かにマキちゃんも私と同じ会社の仕事着のままだけど・・・。
時系列が分からない。
この時点でもリリスはまだ少し、頭の中がぼんやりしていた。
真希が店のスタッフに合図をすると、店の奥からチャイナドレス風のユニフォームを着た若い女性が出てきた。
真希からの注文を確認し、店の奥に戻って行く。
程なく運ばれてきたのは飲茶の定食で、この店の人気のランチメニューだった。
長方形の黒いプレートの上にライスと饅頭の入った蒸篭が2つ、ボリュームたっぷりのサラダと春巻き、かき玉の中華スープとデザートの杏仁豆腐。
追加オーダーで小さなグラスに紹興酒が付いて来るのだが、仕事があるのでそれは頼まない。
備え付けの中国茶で充分だ。
「これですよ、これ! これでなくっちゃ、午後からの仕事にも取り組めませんよね。」
そう言いながら真希が箸を二膳取り出し、その一つをリリスに手渡した。
「ありがとう、真希ちゃん。」
礼を言って蒸篭の蓋を取ると、小ぶりな饅頭が5個蒸されていた。
その一つを箸で摘み上げ口に頬張ると、その中から熱い肉汁が溢れ出て来た。
その熱さに苦闘しながらも濃い目に味付けられた餡を頂く。
その芳醇な味わいが満足感を与えてくれる。
懐かしい味だ。
リリスの心も和む。
「この店ってサイトでの人気も急上昇中だそうですよ。」
真希の言葉にリリスもうんうんと頷いた。
だが二つ目の蒸篭の蓋を取ろうとした瞬間、リリスの視界が急にぼやけて来た。
えっ?
何なの?
視界が急に薄暗くなっていく。
それに連れて店内の様子も人も見えなくなってきた。
今まで自分の目の前に座っていた真希も既に見えなくなってしまった。
そのまま暗転し、目の前が再び明るくなってくる。
リリスの視界に入って来たのは・・・・・以前にも迷い込んだあの時空の歪の情景だった。
夢の中でも見たあの喫茶店の店内だ。
リリスは相変わらず椅子に座っているのだが、目の前にはカウンターがあり、見覚えのあるマスターが立っている。
マスターはリリスの顔を見て失笑していた。
「呆れたものだね。無理矢理時空を捻じ曲げちゃって・・・」
マスターの言葉の意味が良く分からない。
ふと横を向くと、あの少女が立っていて、やはり失笑していた。
「お姉ちゃん、無茶し過ぎだよ。」
「お姉ちゃんの好きだった飲茶の店を『こちら側』に用意しようとしていたんだけど、少し間に合わなかったわ。」
飲茶の店?
「あれって私の脳内記憶の再現じゃないの? 以前にシトのダンジョンの5階層で見せられたものと同じよね?」
リリスの言葉にマスターは首を横に振った。
「違うんだよ。あの情景を一時的に構築したのは君自身なんだよ。」
「これは憶測だけど、君の脳内記憶を元にスキルが検索を掛け、時空を遡及させたようだ。」
マスターの言葉にリリスは首を傾げた。
その様子を見て少女がリリスに近付いた。
「お姉ちゃんって何をしでかすか分からない人ね。多分無意識にやっちゃったんだろうけど・・・・・」
「それにスキルが強制的に進化させられちゃったみたいね。これってアルバ様も想定外だろうなあ。」
少女の言葉にマスターもうんうんと頷いた。
「アルバ様も怒っていたよ。捻じ曲げられた時空の復旧に掛かりっきりだからね。今度君に会ったら文句を言ってやるってさ。」
マスターにそう言われてもリリスには事の詳細が分からない。
だがそれはそれとして、サリナ達は大丈夫だったのだろうか?
リリスは自分の傍に居た人達が時空に歪に巻き込まれてしまったのではないかと案じ、言い知れぬ焦りと不安に満ちていたのだった。
それはリリス達の目の前で二つに分裂し、大きく成りながら何かを形造っていく。
「チラ! 異常事態だ。何時でもここから退避出来るように、空間魔法の転移の用意をしておいてくれ。」
デルフィの指示にチラは魔力を循環させ始めた。
「デルフィ様。今直ぐに発動させましょうか?」
「いや、待て。少し様子を見てみよう。」
デルフィはそう言うと光の球をじっと見つめた。
「稀代のダンジョンメイトと言われるリリスが招いた事態だ。何が出て来るか確認してからでも遅くはあるまい。」
随分呑気な賢者様だわね。
リリスはそう思いながらサリナの様子を見た。
べリアから魔力の補給を受けているので、まだスキルの発動を継続出来そうだ。
二つの白い球体は程なくその姿を現わした。
真っ黒な馬の上に甲冑を着た騎士が長い魔剣を持っている。
その首は騎士の片手の上だ。
「デュラハンだ! しかも大きいぞ。」
トーヤの声に緊張が走った。
現われたデュラハンは馬の体高が3mほどもある。
その上にまたがる騎士の背は地上から4mほどもありそうだ。
手に持つ魔剣は長さが3mほどもあり、不気味に青白く光っている。
ハハハハハッとけたたましく笑うデュラハンの声がダンジョンに響き渡った。
2体のデュラハンが魔剣を振り上げると、デュラハンの周りに金色の宝玉が幾つも出現し、デュラハンの周囲を回り始めた。
「あの宝玉は何だ?」
デルフィが興味津々に呟いた。
デュラハンは2体同時にこちらに向かって走り出した。
そうはさせまいとサリナの出現させた白蛇が迎え撃つ。
白く光りながらデュラハンの周りを周回し、白蛇はそのまま巻き付こうとした。
だがデュラハンの周り宝玉に遮られて跳ね返されてしまう。
その離れ際にデュラハンの振り回した魔剣が白蛇の身体を切り裂き、一瞬白蛇の姿がブレて見えた。
「拙いな。あのデュラハンは白蛇を寄せ付けないぞ。あの宝玉がデュラハンに耐性を与えているのだろうな。」
デルフィはそう言うとリリスの方に目を向けた。
「リリス。サリナのスキルで出現させた白蛇を、お前の魔力で強化出来ないか?」
「サリナと魔力を循環させれば、可能だと思うのだが。」
デルフィは少し躊躇うリリスをスルーしてトーヤに問い掛けた。
「トーヤ殿。サリナのスキルは発動に時間制限があるのか?」
「ええ、ありますぞ。まだ制限解除をしたばかりで、サリナの年齢的な制限もあり、発動時間は10分間だけです。」
トーヤの返答にデルフィは顔をしかめた。
「拙いな。早めに仕掛けた方が良さそうだ。」
「リリス! すまんが試してみてくれ。それでも対抗出来なければ退散するとしよう。」
デルフィの言葉にリリスは仕方なくサリナの背後に寄り添った。
白蛇は何度もデュラハンに攻撃を加えようとしているが、デュラハンは全くそれを受け付けていない。
2体で白蛇を挟撃し、白蛇は魔剣に斬り付けられるたびにその姿が薄れてきた。
このままだと消滅してしまいそうだ。
リリスがサリナに寄り添うのと同時に、べリアはその場を離れた。
「サリナ。魔力を循環させるわよ。白蛇を強化する意識で念を込めるのよ。」
リリスの言葉にサリナはハイと答えて魔力を循環させ始めた。
そのサリナの身体を抱きしめるように包み込み、リリスは自分の魔力をサリナに大きく流し始めた。
魔力が濁流のようにサリナの身体に流れていく。
それと共にサリナの魔力もリリスの身体に流れ込み始めた。
「ううっ! リリス先輩の魔力が濃くって・・・眩暈がしそう・・・・」
リリスの魔力の影響でサリナの身体がゆらゆらと揺れ始めた。
若干の魔力酔いを起こしているようだ。
サリナの意識が集中出来なさそうなので、リリスはサリナの代わりに魔力に念を込めた。
サリナのスキルである白蛇降臨の強化を強く念じ、更に魔力を循環させると、サリナの身体が仄かに光り始めた。
それに応じてその姿が薄れてきた白蛇が強く光を放ち始め、そのまま大きくなっていく。
体長が20m近くまで伸び、胴回りも大きくなった。
更に頭部が前方に長く突き出し、頭頂部に長い角が生えていく。
白蛇の身体を覆う鱗は一枚一枚が大きくなり、ごつごつとした質感に変わってしまった。
身体の大きさに比べると小振りな手足が生え、白蛇はその全貌を進化させた。
それは既に蛇の姿ではない。
東洋的な龍の姿だ。
「白蛇が白龍になっちゃった。」
リリスの呟きにサリナは呆然としてその姿を目に焼き付けた。
白龍はその長い身体を2体のデュラハンに巻き付け、身体に触れたデュラハンの宝玉を一瞬で消し去ってしまった。
デュラハンは必至で抵抗して魔剣を振り回すが、白龍の身体は全くそれを寄せ付けず、その固い鱗で跳ね返してしまう。
白龍は身体から白い光を放ちながらデュラハンの身体を締め上げていく。
ギエエエエエッと言う悲鳴と共に、デュラハンの身体は粉砕され、そのまま魔素に分解されて消えていった。
「う~む。リリスが増強させると白蛇があのように進化するのか。それであれは龍なのか?」
デルフィの言葉にトーヤが頷いた。
「おそらく竜の一つの形態なのでしょう。だがあれはサリナが今後成長しスキルアップしても、出現させる事が出来るか否かは分かりませんな。白蛇とは全く異なるもののように思えるので。」
「そうだな。リリスの召喚した高位の魔物だと思った方が良いのかも知れん。」
デルフィとトーヤがそれぞれの分析を話し合っている間、リリスはサリナの身体の消耗が気になっていた。
少し無理をさせてしまったようね。
細胞励起を掛けて、回復させてあげようかしら。
ハアハアと荒い息を吐きながらぐったりしているサリナの身体を抱き起し、リリスは細胞励起を発動させようとした。
だがその時、リリスの脳内にピンッと言う音が鳴り、リリスの足元から魔力の渦が上半身に駆け上がって来た。
うっ!
ヤバい!
異世界通行手形が発動しちゃったわ。
リリスはこの時点になってようやく気が付いた。
サリナと近付くだけでも魔力の干渉でこのスキルは発動しそうになるのだった。
ロキによって発動に幾重にも制限を掛けられ、あまり気にならなくなっていたのだが、直接的な魔力の循環はスキル発動の決定打になってしまったのだ。
焦るリリスの目に前を、ブルーのストライプの入った白い鳥が掛け抜ける。
「リリス! その子から離れるのよ!」
あれはレイチェルの使い魔だ。
どうしてここに?
そう思った次の瞬間、リリスの身体は白く光り、意識も一瞬途切れてしまった。
気が付くとリリスは椅子に座っていた。
目の前にはテーブルがあり、箸が入った容器と水の注がれたコップがある。
テーブルの端には赤い壁に立てかけられたメニューがあった。
周囲のテーブルにも人が座り、話し声や笑い声が聞こえてくる。
店内はそれほど広くはないが、窓の外の景色が一望出来るので明るく清潔な雰囲気の店だ。
まだ頭の中がぼんやりしていて、自分の置かれている状況が良く把握出来ない。
窓の外には車の走るビル街が見える。
あれっ?
ここって西新宿?
日の光を浴びて、高層ビルの窓がキラキラと光を反射し、それが街の息吹のようにも感じさせられるのは不思議だ。
リリスは自分が白いブラウスとデニム地の縦縞のスカートを着用している事に気が付いた。
それはあのブラック企業で働いていた時の仕事着だ。
周囲のテーブルに見えるスーツ姿のサラリーマンやOLの姿に違和感を覚えながら、リリスは誰かを待っていた。
何故か理由は分からないが、誰かを待っている。
そんな気がしたのだ。
しばらくして店の扉が開き、顔見知りの女性が手を振ってこちらに近付いて来た。
「紗季さん、お待たせ。会社を出るのに手間取っちゃった。」
若干申し訳なさそうな表情でリリスの席の対面に座ったのは、2年後輩の真希だった。
「マキちゃん、どうしてここに・・・。神殿の、大祭司の仕事はどうしたの?」
リリスの言葉に真希はニヤッと笑った。
「紗季さん。それって何時のゲームでの話ですか? そんな事より飲茶のセットを頼んであるので、持ってきてもらいますね。」
「何時も通り早めに昼食を済ませて、カフェに行く予定で良いですよね。」
あれっ?
マキちゃんって・・・・・聖女として召喚される前の状態なの?
確かにマキちゃんも私と同じ会社の仕事着のままだけど・・・。
時系列が分からない。
この時点でもリリスはまだ少し、頭の中がぼんやりしていた。
真希が店のスタッフに合図をすると、店の奥からチャイナドレス風のユニフォームを着た若い女性が出てきた。
真希からの注文を確認し、店の奥に戻って行く。
程なく運ばれてきたのは飲茶の定食で、この店の人気のランチメニューだった。
長方形の黒いプレートの上にライスと饅頭の入った蒸篭が2つ、ボリュームたっぷりのサラダと春巻き、かき玉の中華スープとデザートの杏仁豆腐。
追加オーダーで小さなグラスに紹興酒が付いて来るのだが、仕事があるのでそれは頼まない。
備え付けの中国茶で充分だ。
「これですよ、これ! これでなくっちゃ、午後からの仕事にも取り組めませんよね。」
そう言いながら真希が箸を二膳取り出し、その一つをリリスに手渡した。
「ありがとう、真希ちゃん。」
礼を言って蒸篭の蓋を取ると、小ぶりな饅頭が5個蒸されていた。
その一つを箸で摘み上げ口に頬張ると、その中から熱い肉汁が溢れ出て来た。
その熱さに苦闘しながらも濃い目に味付けられた餡を頂く。
その芳醇な味わいが満足感を与えてくれる。
懐かしい味だ。
リリスの心も和む。
「この店ってサイトでの人気も急上昇中だそうですよ。」
真希の言葉にリリスもうんうんと頷いた。
だが二つ目の蒸篭の蓋を取ろうとした瞬間、リリスの視界が急にぼやけて来た。
えっ?
何なの?
視界が急に薄暗くなっていく。
それに連れて店内の様子も人も見えなくなってきた。
今まで自分の目の前に座っていた真希も既に見えなくなってしまった。
そのまま暗転し、目の前が再び明るくなってくる。
リリスの視界に入って来たのは・・・・・以前にも迷い込んだあの時空の歪の情景だった。
夢の中でも見たあの喫茶店の店内だ。
リリスは相変わらず椅子に座っているのだが、目の前にはカウンターがあり、見覚えのあるマスターが立っている。
マスターはリリスの顔を見て失笑していた。
「呆れたものだね。無理矢理時空を捻じ曲げちゃって・・・」
マスターの言葉の意味が良く分からない。
ふと横を向くと、あの少女が立っていて、やはり失笑していた。
「お姉ちゃん、無茶し過ぎだよ。」
「お姉ちゃんの好きだった飲茶の店を『こちら側』に用意しようとしていたんだけど、少し間に合わなかったわ。」
飲茶の店?
「あれって私の脳内記憶の再現じゃないの? 以前にシトのダンジョンの5階層で見せられたものと同じよね?」
リリスの言葉にマスターは首を横に振った。
「違うんだよ。あの情景を一時的に構築したのは君自身なんだよ。」
「これは憶測だけど、君の脳内記憶を元にスキルが検索を掛け、時空を遡及させたようだ。」
マスターの言葉にリリスは首を傾げた。
その様子を見て少女がリリスに近付いた。
「お姉ちゃんって何をしでかすか分からない人ね。多分無意識にやっちゃったんだろうけど・・・・・」
「それにスキルが強制的に進化させられちゃったみたいね。これってアルバ様も想定外だろうなあ。」
少女の言葉にマスターもうんうんと頷いた。
「アルバ様も怒っていたよ。捻じ曲げられた時空の復旧に掛かりっきりだからね。今度君に会ったら文句を言ってやるってさ。」
マスターにそう言われてもリリスには事の詳細が分からない。
だがそれはそれとして、サリナ達は大丈夫だったのだろうか?
リリスは自分の傍に居た人達が時空に歪に巻き込まれてしまったのではないかと案じ、言い知れぬ焦りと不安に満ちていたのだった。
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