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ゲートシティ再訪4
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リリスがまたも迷い込んだ時空の歪。
そこに存在する謎の喫茶店の中、リリスは不安に駆られてマスターに問い掛けた。
「私の他にスキルの暴走で巻き込まれた人は居ませんでしたか?」
リリスの言葉を聞き、マスターはリリスの後ろを指差した。
そこには当初は何もなかったのだが、ふっと霧が立ち込め、それが消えるとテーブルと椅子が現われた。
そのテーブルにサリナとトーヤが突っ伏している。
二人は意識を失っている様子だ。
リリスは思わず二人が居るテーブルに駆け寄った。
「心配は要らないよ。意識が無いだけで外傷は無いからね。ここに来るための精神的な耐性が無いので、一時的に耐性を付与した上で、念のために強制的に眠らせているだけだよ。」
そうなの?
でも大丈夫だと言うからには安心して良いのね。
そう思いながらリリスはサリナの額を優しく撫でた。
新入生に無理をさせてしまった事への後悔がリリスの胸を過る。
「それでここから全員元の世界に戻れるの?」
「ああ、それならそこに案内人が居るよ。そいつに頼めば良い。」
マスターはそう言うと、天井を指差した。
リリスが上を見ると天井の梁に白い鳥が留まっている。
ブルーのストライプの入った白い鳥は、タイミングを見計らって下に降りて来た。
レイチェルの使い魔だ!
「レイチェル! 来てくれたのね。」
リリスの言葉に白い鳥は羽ばたき、リリスの手の甲をツンツンと突いた。
痛いと言うほどではないが、リリスの手に刺激が走る。
それはレイチェルの抗議の仕草のようだ。
「来てくれたじゃ無いわよ。あれほどその子と過度に接触するなと言っていたのに・・・。」
「それに付いて来たんじゃなくって、私もリリスのスキルの暴走に巻き込まれちゃったのよ。時空の歪の中を彷徨いながら、あんたの居場所を特定するのに相当魔力を使っちゃったわ。」
そうだったのね。
レイチェルの言葉にリリスは、御免なさいと言いながら頭を下げた。
「それにしてもリリスってここに居て何の影響も無いの? こんな特殊な時空の歪の中に居たら、普通の人族なら正気を保って居られないと思うんだけど。」
そう言いながら白い鳥は、テーブルに突っ伏している二人を見つめた。
その白い鳥に少女が話し掛けた。
「お姉ちゃんなら大丈夫だよ。元々こっちの世界でも時空の歪には、それなりに耐性を持って生まれて来たはずだからね。」
少女の言葉に白い鳥はへえ!と声をあげながら向きを変え、その少女の顔をじっと見つめた。
「そう言うあんた達って何者なのよ。肉体を持つ存在では無さそうだけど・・・」
「まあ、そんな事はどうでも良いよ。それより早く帰った方が良いと思うよ。そこに突っ伏している二人の為にもね。」
マスターの言葉に白い鳥はうんうんと頷いた。
「リリス! 私達の世界に帰ったら、先ずあんたの反省会だからね!」
白い鳥の言葉にリリスはうっと呻いて黙り込んでしまった。
ロキの怒りの声が聞こえてくるようだ。
戦々恐々としながら、リリスはサリナとトーヤと共にレイチェルの空間魔法で、その場から転移して行ったのだった。
元の世界に戻ると、そこはリゾルタの王城のエントランスホールだった。
だが色味が無い褐色の世界だ。
全てが止まっているように思える世界。
実際に人が立っているが、どの人物も止まったままで全く動いていない。
これって時間が止まっているの?
不思議に思いながら良く見ると、べリアやチラ、デルフィの姿も見える。
ふと自分の後方を見ると、そこにはサリナとトーヤが倒れていた。
訳も分からず立ち尽くしていると、リリスの頭上から赤い龍がゆっくり降りて来た。
超越者ロキの使い魔だ。
「リリス。お前と言う奴は本当に、何をしでかすか分からん奴だな。」
ロキの静かな怒りの声がリリスの耳に届いた。
「そんな事を言われても、私にも何が何だか分かりません。」
呟く様な小さな声でリリスは口を開いた。
そのリリスの目の前に赤い龍が制止し、リリスの目をジッと見つめた。
その龍の目には以外にも怒りの波動が感じられない。
呆れているのは間違いないのだが。
「ロキ様。私が時空の歪から帰還して、また時間軸を進んでしまったのですか?」
リリスの問い掛けに龍は首を横に振った。
「それなのだが、今回はほとんど時間軸を進んでいないのだ。お前の存在としてのステージが上がった事もその要因の一つだが、それ以上に異世界通行手形と言う謎のスキルを進化させてしまった事が大きいようだな。」
スキルの進化?
そんな事がどうして?
リリスの疑問を察して龍がふふんと鼻息を吐いた。
「スキルを進化させてしまったのは、お前の持つ最適化スキルだよ。」
龍の言葉にリリスはう~んと唸って黙り込んだ。
確かに最適化スキルは度々、取り込んだスキルを改良改善させてきた。
スキルだけでなく、データの形で取り込んできたものを再構築してスキルや加護にしてしまった事もある。
これまでの経緯を考えると、有り得ない事では無いのだが。
「でも、向こうの世界ではアルバ様が、捻じ曲げられた時空の復旧に掛かりっきりだって聞きましたよ。」
「うむ。それもスキルの進化の結果だろう。時空に対する負荷が全てあちらの世界に生じるようになってしまったのだろうよ。」
そうなの?
「それじゃあ、サリナやトーヤさんには時空の歪による影響は生じていないのですね?」
「ああ、その通りだ。安心するが良い。」
良かった!
リリスは龍の言葉にホッと安堵のため息をついた。
「それでロキ様。この状況は何なのですか?」
そう言いながらリリスは自分の周囲に目を向けた。
そのリリスの様子を見て龍は軽く頷いた。
「見て分からんのか? 察しの悪い奴だな。この状況から再スタートさせようと思っていたのだよ。お前とサリナが協力してボス級のアンデッドを倒し、無事にダンジョンからここに戻って来たと言う設定で良いな?」
龍の言葉にリリスはハイと答えて頭を下げた。
リリスに対するロキの配慮で、辻褄を合わせる為に時空を一時的に停止させてくれたのだ。
「まあ、今回はこちら側の負担がほとんどなかったので良かったのだが、いずれにしてもそのサリナとの魔力の循環は止めてくれ。何が起きるか見当もつかないからな。」
「はい。私が迂闊でした。今後気を付けます。」
リリスはそう言って再度頭を下げた。
「ならば再スタートさせるぞ。」
龍はそう言うと頭上に消えていった。
程なくリリスの周囲に色味が戻り、ピンッと言う音と共に時空が動き始めた。
倒れていたサリナとトーヤは何事も無かったかのように立ち上がり、衣服をパンパンと叩いて埃を落としながらリリスの傍に近付いて来た。だがサリナの顔には疲労が見える。
「チラ。ご苦労様だね。お前の空間魔法で無事にダンジョンから戻って来れたよ。」
デルフィの言葉にチラは嬉しそうに頷いた。
チラの傍に居たべリアがサリナに向かって声を掛けた。
「サリナさん、大丈夫? かなり疲れた様子ね。」
べリアの気遣いにサリナは恐縮しているが、かなり疲労しているのは明白だ。
初めて使った特殊なスキルにかなりの魔力を費やし、更にリリスとの魔力の循環で過度に増幅されたスキルによる負担は、さすがに13歳の少女には酷だったのだろう。
サリナはトーヤとの用件が済んだので、リリスと同じイオニアの宿舎に戻ると言う。
それなら宿舎の部屋で細胞励起をしっかりと掛けてあげようとリリスは思った。
その後べリアはデルフィと共に王城を去り、トーヤは単独で軍の施設に戻って行った。
チラの指図で王城前の広場に軍用馬車が用意され、リリスとサリナはイオニアに戻って行ったのだった。
イオニアに戻り、宿舎に戻るとサリナは早速ベッドに横になり、あっという間に眠り込んでしまった。
その様子を見ながらリリスは細胞励起を発動させ、低レベルでじっくりとサリナに施した。
サリナはう~んと気持ち良さそうな声をあげて眠っている。
細胞励起が効果を現わしているのだろう。
10分ほど掛けて、リリスは細胞励起の発動を解除させた。
それなりに魔力を消費しているが、サリナの身体に無理を掛けてしまったお詫びの様なものだ。
そう思ってリリスはツインになっているベッドルームを離れ、リビングルームに移動した。
オアシス都市らしく開放的な造りのリビングで、外に通じる広いテラスからは宿舎の中庭の緑がパノラマのように見えている。
そこからの暑い日差しはせり出した屋根で遮られ、涼しい風だけが吹き込んでくるのだが、これはテラスの縁に仕込まれた魔道具の効果なのだろう。
この魔道具はテラスの縁で広範囲に作動し、エアカーテンのように埃や虫を遮り、吹き込む風を若干冷やしているようだ。
籐を複雑に編み込んだリクライニングチェアに身体を委ね、リリスは中庭を見ながら寛いだ。
冷たい飲み物が欲しいわね。
そう思って宿舎のスタッフを呼ぼうとしたその時、突然目の前の景色が白黒になって色味を失い、物音が全く聞こえなくなってしまった。
えっ!
何事?
戸惑うリリスの頭上から二つの小さな光の球が降りて来た。
それはリリスの目の前のテーブルの上に降り立ち、徐々に形を変えていく。
一つは小さな赤い龍となり、もう一つはタキシードを着たコオロギだ。
ロキ様とアルバ様!
どうしてこの二人がここに?
リリスは戸惑うばかりだ。
相容れぬ関係性の二人が使い魔ながらここに居る。
この世界の超越者と元の世界の超越者らしき存在。
まさか二人して私を叱責しに来たんじゃないでしょうね。
疑心暗鬼で2体の使い魔を見つめるリリスである。
「ようやく見つけたぞ、リリス。お前のせいで・・・」
つかつかとリリスに近付きながらコオロギが愚痴を言い出した。
そのコオロギを諫めるように赤い龍がコオロギの前に立ちはだかる。
「まあ、その件は後にしてくれ。それにそもそもあの異世界通行手形と言うスキルは、お主の世界からリリスに紐付けられたものだから、その誤作動で時空を著しく歪められたと言うのもリリスにしてみれば言い掛かりのようなものではないのか?」
うんうん。
ロキ様、良く言ってくれたわ。
その通りよ!
龍の言葉にコオロギはふんっと鼻息を吐いた。
「自分達に都合の良い様にスキル化し、しかも進化までさせたのはリリスの仕業なのだがな。こちら側にだけ負担を被るような設定など嫌がらせとしか思えん。」
そう言いながらコオロギは龍に顔を向けた。
「それで・・・儂を呼び出したのは何用だ? 重要な話があるとの事だが・・・」
コオロギの問い掛けに龍はうんうんと頷いた。
「うむ。実はお前達が探しているものを僅かながら見つけたと言う事だ。」
「うん? 意味が分からんぞ。」
コオロギはその首を傾げた。
その仕草が意外に可愛い。
Dアニメのキャラをつい連想してしまう。
「リリスにも分かるように説明してやろう。」
そう言いながら龍は一息間を置いた。
「リリスの元の身体に刻み込まれていた遺伝子情報が、僅かに残っている事が分かったのだ。」
「何! それは何処にだ?」
コオロギは声を荒げ、驚愕の表情を見せた。
「うむ。リリスの脳細胞の休眠部分に格納されておる。データとして暗号化され、更に魔力化された状態だ。」
そう言って龍はリリスに向き合った。
「リリス。儂は先日亜空間でロスティアと情報交換をしたのだ。その際、お前の元の身体の遺伝子に含まれていた情報の有無を確認したところ、大半は元の身体と共に消失してしまったが、消失し切れなかった残滓があったと言う。」
「ロスティアにも最初はそれが何なのか分からなかったのだ。本来は消え去ってしかるべきものなのに、何故か残っているのだからロスティアも驚いた事だろう。それで念のためにお前の脳細胞の休眠部分に格納しておいたと言う事なのだよ。」
龍の言葉にリリスは驚いた。
そんなものが私の脳内に格納されていたの?
困惑するリリスの表情を見ながら、龍は言葉を続けたのだった。
そこに存在する謎の喫茶店の中、リリスは不安に駆られてマスターに問い掛けた。
「私の他にスキルの暴走で巻き込まれた人は居ませんでしたか?」
リリスの言葉を聞き、マスターはリリスの後ろを指差した。
そこには当初は何もなかったのだが、ふっと霧が立ち込め、それが消えるとテーブルと椅子が現われた。
そのテーブルにサリナとトーヤが突っ伏している。
二人は意識を失っている様子だ。
リリスは思わず二人が居るテーブルに駆け寄った。
「心配は要らないよ。意識が無いだけで外傷は無いからね。ここに来るための精神的な耐性が無いので、一時的に耐性を付与した上で、念のために強制的に眠らせているだけだよ。」
そうなの?
でも大丈夫だと言うからには安心して良いのね。
そう思いながらリリスはサリナの額を優しく撫でた。
新入生に無理をさせてしまった事への後悔がリリスの胸を過る。
「それでここから全員元の世界に戻れるの?」
「ああ、それならそこに案内人が居るよ。そいつに頼めば良い。」
マスターはそう言うと、天井を指差した。
リリスが上を見ると天井の梁に白い鳥が留まっている。
ブルーのストライプの入った白い鳥は、タイミングを見計らって下に降りて来た。
レイチェルの使い魔だ!
「レイチェル! 来てくれたのね。」
リリスの言葉に白い鳥は羽ばたき、リリスの手の甲をツンツンと突いた。
痛いと言うほどではないが、リリスの手に刺激が走る。
それはレイチェルの抗議の仕草のようだ。
「来てくれたじゃ無いわよ。あれほどその子と過度に接触するなと言っていたのに・・・。」
「それに付いて来たんじゃなくって、私もリリスのスキルの暴走に巻き込まれちゃったのよ。時空の歪の中を彷徨いながら、あんたの居場所を特定するのに相当魔力を使っちゃったわ。」
そうだったのね。
レイチェルの言葉にリリスは、御免なさいと言いながら頭を下げた。
「それにしてもリリスってここに居て何の影響も無いの? こんな特殊な時空の歪の中に居たら、普通の人族なら正気を保って居られないと思うんだけど。」
そう言いながら白い鳥は、テーブルに突っ伏している二人を見つめた。
その白い鳥に少女が話し掛けた。
「お姉ちゃんなら大丈夫だよ。元々こっちの世界でも時空の歪には、それなりに耐性を持って生まれて来たはずだからね。」
少女の言葉に白い鳥はへえ!と声をあげながら向きを変え、その少女の顔をじっと見つめた。
「そう言うあんた達って何者なのよ。肉体を持つ存在では無さそうだけど・・・」
「まあ、そんな事はどうでも良いよ。それより早く帰った方が良いと思うよ。そこに突っ伏している二人の為にもね。」
マスターの言葉に白い鳥はうんうんと頷いた。
「リリス! 私達の世界に帰ったら、先ずあんたの反省会だからね!」
白い鳥の言葉にリリスはうっと呻いて黙り込んでしまった。
ロキの怒りの声が聞こえてくるようだ。
戦々恐々としながら、リリスはサリナとトーヤと共にレイチェルの空間魔法で、その場から転移して行ったのだった。
元の世界に戻ると、そこはリゾルタの王城のエントランスホールだった。
だが色味が無い褐色の世界だ。
全てが止まっているように思える世界。
実際に人が立っているが、どの人物も止まったままで全く動いていない。
これって時間が止まっているの?
不思議に思いながら良く見ると、べリアやチラ、デルフィの姿も見える。
ふと自分の後方を見ると、そこにはサリナとトーヤが倒れていた。
訳も分からず立ち尽くしていると、リリスの頭上から赤い龍がゆっくり降りて来た。
超越者ロキの使い魔だ。
「リリス。お前と言う奴は本当に、何をしでかすか分からん奴だな。」
ロキの静かな怒りの声がリリスの耳に届いた。
「そんな事を言われても、私にも何が何だか分かりません。」
呟く様な小さな声でリリスは口を開いた。
そのリリスの目の前に赤い龍が制止し、リリスの目をジッと見つめた。
その龍の目には以外にも怒りの波動が感じられない。
呆れているのは間違いないのだが。
「ロキ様。私が時空の歪から帰還して、また時間軸を進んでしまったのですか?」
リリスの問い掛けに龍は首を横に振った。
「それなのだが、今回はほとんど時間軸を進んでいないのだ。お前の存在としてのステージが上がった事もその要因の一つだが、それ以上に異世界通行手形と言う謎のスキルを進化させてしまった事が大きいようだな。」
スキルの進化?
そんな事がどうして?
リリスの疑問を察して龍がふふんと鼻息を吐いた。
「スキルを進化させてしまったのは、お前の持つ最適化スキルだよ。」
龍の言葉にリリスはう~んと唸って黙り込んだ。
確かに最適化スキルは度々、取り込んだスキルを改良改善させてきた。
スキルだけでなく、データの形で取り込んできたものを再構築してスキルや加護にしてしまった事もある。
これまでの経緯を考えると、有り得ない事では無いのだが。
「でも、向こうの世界ではアルバ様が、捻じ曲げられた時空の復旧に掛かりっきりだって聞きましたよ。」
「うむ。それもスキルの進化の結果だろう。時空に対する負荷が全てあちらの世界に生じるようになってしまったのだろうよ。」
そうなの?
「それじゃあ、サリナやトーヤさんには時空の歪による影響は生じていないのですね?」
「ああ、その通りだ。安心するが良い。」
良かった!
リリスは龍の言葉にホッと安堵のため息をついた。
「それでロキ様。この状況は何なのですか?」
そう言いながらリリスは自分の周囲に目を向けた。
そのリリスの様子を見て龍は軽く頷いた。
「見て分からんのか? 察しの悪い奴だな。この状況から再スタートさせようと思っていたのだよ。お前とサリナが協力してボス級のアンデッドを倒し、無事にダンジョンからここに戻って来たと言う設定で良いな?」
龍の言葉にリリスはハイと答えて頭を下げた。
リリスに対するロキの配慮で、辻褄を合わせる為に時空を一時的に停止させてくれたのだ。
「まあ、今回はこちら側の負担がほとんどなかったので良かったのだが、いずれにしてもそのサリナとの魔力の循環は止めてくれ。何が起きるか見当もつかないからな。」
「はい。私が迂闊でした。今後気を付けます。」
リリスはそう言って再度頭を下げた。
「ならば再スタートさせるぞ。」
龍はそう言うと頭上に消えていった。
程なくリリスの周囲に色味が戻り、ピンッと言う音と共に時空が動き始めた。
倒れていたサリナとトーヤは何事も無かったかのように立ち上がり、衣服をパンパンと叩いて埃を落としながらリリスの傍に近付いて来た。だがサリナの顔には疲労が見える。
「チラ。ご苦労様だね。お前の空間魔法で無事にダンジョンから戻って来れたよ。」
デルフィの言葉にチラは嬉しそうに頷いた。
チラの傍に居たべリアがサリナに向かって声を掛けた。
「サリナさん、大丈夫? かなり疲れた様子ね。」
べリアの気遣いにサリナは恐縮しているが、かなり疲労しているのは明白だ。
初めて使った特殊なスキルにかなりの魔力を費やし、更にリリスとの魔力の循環で過度に増幅されたスキルによる負担は、さすがに13歳の少女には酷だったのだろう。
サリナはトーヤとの用件が済んだので、リリスと同じイオニアの宿舎に戻ると言う。
それなら宿舎の部屋で細胞励起をしっかりと掛けてあげようとリリスは思った。
その後べリアはデルフィと共に王城を去り、トーヤは単独で軍の施設に戻って行った。
チラの指図で王城前の広場に軍用馬車が用意され、リリスとサリナはイオニアに戻って行ったのだった。
イオニアに戻り、宿舎に戻るとサリナは早速ベッドに横になり、あっという間に眠り込んでしまった。
その様子を見ながらリリスは細胞励起を発動させ、低レベルでじっくりとサリナに施した。
サリナはう~んと気持ち良さそうな声をあげて眠っている。
細胞励起が効果を現わしているのだろう。
10分ほど掛けて、リリスは細胞励起の発動を解除させた。
それなりに魔力を消費しているが、サリナの身体に無理を掛けてしまったお詫びの様なものだ。
そう思ってリリスはツインになっているベッドルームを離れ、リビングルームに移動した。
オアシス都市らしく開放的な造りのリビングで、外に通じる広いテラスからは宿舎の中庭の緑がパノラマのように見えている。
そこからの暑い日差しはせり出した屋根で遮られ、涼しい風だけが吹き込んでくるのだが、これはテラスの縁に仕込まれた魔道具の効果なのだろう。
この魔道具はテラスの縁で広範囲に作動し、エアカーテンのように埃や虫を遮り、吹き込む風を若干冷やしているようだ。
籐を複雑に編み込んだリクライニングチェアに身体を委ね、リリスは中庭を見ながら寛いだ。
冷たい飲み物が欲しいわね。
そう思って宿舎のスタッフを呼ぼうとしたその時、突然目の前の景色が白黒になって色味を失い、物音が全く聞こえなくなってしまった。
えっ!
何事?
戸惑うリリスの頭上から二つの小さな光の球が降りて来た。
それはリリスの目の前のテーブルの上に降り立ち、徐々に形を変えていく。
一つは小さな赤い龍となり、もう一つはタキシードを着たコオロギだ。
ロキ様とアルバ様!
どうしてこの二人がここに?
リリスは戸惑うばかりだ。
相容れぬ関係性の二人が使い魔ながらここに居る。
この世界の超越者と元の世界の超越者らしき存在。
まさか二人して私を叱責しに来たんじゃないでしょうね。
疑心暗鬼で2体の使い魔を見つめるリリスである。
「ようやく見つけたぞ、リリス。お前のせいで・・・」
つかつかとリリスに近付きながらコオロギが愚痴を言い出した。
そのコオロギを諫めるように赤い龍がコオロギの前に立ちはだかる。
「まあ、その件は後にしてくれ。それにそもそもあの異世界通行手形と言うスキルは、お主の世界からリリスに紐付けられたものだから、その誤作動で時空を著しく歪められたと言うのもリリスにしてみれば言い掛かりのようなものではないのか?」
うんうん。
ロキ様、良く言ってくれたわ。
その通りよ!
龍の言葉にコオロギはふんっと鼻息を吐いた。
「自分達に都合の良い様にスキル化し、しかも進化までさせたのはリリスの仕業なのだがな。こちら側にだけ負担を被るような設定など嫌がらせとしか思えん。」
そう言いながらコオロギは龍に顔を向けた。
「それで・・・儂を呼び出したのは何用だ? 重要な話があるとの事だが・・・」
コオロギの問い掛けに龍はうんうんと頷いた。
「うむ。実はお前達が探しているものを僅かながら見つけたと言う事だ。」
「うん? 意味が分からんぞ。」
コオロギはその首を傾げた。
その仕草が意外に可愛い。
Dアニメのキャラをつい連想してしまう。
「リリスにも分かるように説明してやろう。」
そう言いながら龍は一息間を置いた。
「リリスの元の身体に刻み込まれていた遺伝子情報が、僅かに残っている事が分かったのだ。」
「何! それは何処にだ?」
コオロギは声を荒げ、驚愕の表情を見せた。
「うむ。リリスの脳細胞の休眠部分に格納されておる。データとして暗号化され、更に魔力化された状態だ。」
そう言って龍はリリスに向き合った。
「リリス。儂は先日亜空間でロスティアと情報交換をしたのだ。その際、お前の元の身体の遺伝子に含まれていた情報の有無を確認したところ、大半は元の身体と共に消失してしまったが、消失し切れなかった残滓があったと言う。」
「ロスティアにも最初はそれが何なのか分からなかったのだ。本来は消え去ってしかるべきものなのに、何故か残っているのだからロスティアも驚いた事だろう。それで念のためにお前の脳細胞の休眠部分に格納しておいたと言う事なのだよ。」
龍の言葉にリリスは驚いた。
そんなものが私の脳内に格納されていたの?
困惑するリリスの表情を見ながら、龍は言葉を続けたのだった。
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