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謎の法具
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港町チェズを訪れた日の夜。
アブリル王国での宿舎に戻ったリリスとマキは、早めに夕食を済ませ、広いリビングスペースで寛いでいた。
宿舎とは名ばかりの宮殿で、二人に用意された部屋はやたらに広いツインルームだった。
ちなみにマキは明日、野外でケネスと祭祀を執り行う予定である。
二人が歓談していると、メイドが入室してリリスにメモを手渡した。
その内容は、10分後にローラ女王とジーナが二人に会いに来ると言うものだった。
しかもマキがローラ女王を見て驚かないようにと言う要望付きである。
本来の姿で会いに来るって事ね。
リリスはその内容を理解し、マキにあらかじめローラ女王の実年齢を教えた。
その事にマキは驚いたのだが、アブリル王国の治世の為の策だと説明し、マキも十分に納得出来ないまま時間だけが過ぎていった。
メイドからメモを受け取って約10分後、部屋の片隅に白い光点が現われ、徐々に人の形になっていった。
空間魔法による転移だ。
そこに現れたのは少女の姿のローラと、ローラの補佐役であるジーナである。
ローラの姿を見てマキは、リリスから説明を受けていたにもかかわらず、唖然とした表情をしていた。
無理も無いわね。
マキの目が点になっている。
その様子を見てローラもうふふと少女らしい笑みを浮かべた。
ローラは瀟洒なワンピースを纏い、ジーナは白い軍服を着用しているのだが、二人とも王城に居る時のようなオーラは無い。
公務を離れて寛いでいるような雰囲気だ。
「リリス様、マキ様。今日はチェズで大勢の民を治癒していただいて、本当にありがとうございました。グルジアから詳細は聞いておりますので、唯々感謝しています。」
ローラの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
だがマキは何故か恐縮して一歩後ろに下がっている。
そのマキの様子を見て、リリスはマキの手を引き、ローラの前に移動させた。
「マキちゃん。そんなに恐縮しなくても良いわよ。ローラがこの姿で会いに来る時は、プライベートの用事の時だからね。」
リリスの言葉で若干マキの緊張がほぐれたようだ。
「それにしても驚いちゃったわ。この年齢で国を統治するなんて・・・・・」
マキの驚きの言葉を聞き、ジーナはローラをソファに案内しながら口を開いた。
「個別進化が大きな要因ですが、ローラ様の元々の素養もありますからね。」
「その、個別進化って何ですか?」
マキの疑問にリリスはローラと顔を見合わせ苦笑した。
「まあ、それは別の機会に話すわ。簡単な話では無いのでね。でもその作業の過程で偶然にも、ローラ達を孤島の幽閉の身から救い出したと言う事なのよ。」
マキはリリスの言葉の意味が分からず首を傾げたが、ここで聞き出そうとしても時間の無駄だと思い、それ以上言及するのをやめた。
そのマキにローラが話し掛けた。
「マキ様。私の本来の姿をお見せするのは、今後胎内回帰などの高位の聖魔法を施していただくためです。対象者の実体が分からないと施術にも支障が出るでしょうから。」
確かにそれはその通りだ。
マキはそう思って無言でうんうんと頷いた。
リリスの手招きで全員がソファに座ると、ジーナが改めて口を開いた。
「今日のチェズでの出来事ですが、孤島に幽閉されていた前国王が暗殺されたのはショックでした。」
ジーナの言葉にローラも神妙な表情を見せた。
「前国王様はローラの父上なの?」
「いいえ、違います。」
ローラは神妙な表情のまま首を横に振った。
「前国王は私の叔父にあたります。私の父上は前々国王でした。既に亡くなっていますが・・・」
「ご病気だったの?」
「いいえ。公にはされていませんが・・・・・父上は毒殺されました。その首謀者は父上の弟にあたる前国王だと思われます。」
うっ!
ドロドロした話ねえ。
権力奪取の為にローラの父上を暗殺したの?
リリスとマキは言葉を失ってしまった。
その沈黙の後にジーナが口を開いた。
「まあ、暗殺の首謀者が前国王であると言う確固たる証拠は無いのですが、それを匂わせるような言動が多かったので・・・」
そうよね。
ローラを孤島に幽閉した事も状況証拠のようなものだわ。
まだ殺されなかっただけましなのかもね。
「それで、前国王の死因なのですが、不思議な事に侵入者が前国王に話し掛けた直後、前国王が身に着けていた法具が突然火を噴き上げ、激しく燃え上がったそうです。」
「それって目撃者がいるの?」
「はい。前国王の身の回りの世話をしていた従者も業火に巻き込まれたのですが、瀕死の状態ながら死を免れたのです。この男からなんとか聞き出したのが先に話した情報ですね。」
そう言いながらジーナはテーブルの上に小さな指輪を取り出した。
火を噴き出したとは言うものの、焦げた跡が見当たらない。
金色の台座に赤い宝玉が埋め込まれたシンプルなつくりの指輪だ。
だがその指輪からは不思議な気配が漂っている。
清い気配と邪悪な気配が混在しているかのような、言葉で表現し難い気配だ。
「これは前国王が常に身に着けていた法具です。ヒールの波動を常に放つ法具で、前国王の戴冠式に他国から献上された法具だと聞いています。お気に入りだったのでしょうね。」
「でもその法具がどうして火を噴き上げるの?」
「それが不思議なんですよ。元々はそう言う怪しい気配など全くなかったのですから。ちなみに今この法具は念の為、周囲に亜空間シールドを密着させています。」
そうよね。
また火を噴き上げたら惨事になっちゃうわ。
「リリス様。この法具の気配を分析していただけますか?」
ジーナの言葉に応じ、リリスは法具の気配を探った。
清い気配と邪悪な気配が混在しているかのような気配に紛れて、呪詛のようなものを僅かに感じる。
リリスは解析スキルを発動させた。
この法具って呪詛を纏っているの?
『そうですね。呪詛を検出出来ますね。おそらく最初から組み込まれていたのでしょう。』
最初から?
でもヒールを放つ法具だったそうよ。
『所持者に油断させるために偽装していたのでしょう。何かがきっかけで呪詛が発動するような仕組みだったと思われます。』
きっかけって・・・暗殺者の接近?
『それもあるかも知れません。特定の魔力の波動を受ける事で呪詛が発動する事もあり得ます。』
そんな手間な事をするの?
『ヒールを放つ法具として完璧に偽装する為には、それ相応の手間が掛かると言う事です。』
うんうん。
そこまでしないと所持者を油断させられなかったと言う事ね。
分かったわ。
ありがとう。
リリスは解析スキルの発動を解除し、ローラとジーナに大まかな事を説明した。
だがそれを聞き、マキがふと口を開いた。
「呪詛だったらリリスちゃんが解除出来るんじゃないの?」
簡単に言うわよね。
そう思ったリリスにジーナがにじり寄った。
「リリス様。可能なら解呪していただけますか? このようなものを我が国に送りつける異国の者どもに、一泡吹かせてやりたいのです。」
「そうね。解呪したらその反動が術者に及ぶわよね。」
「ええ、後々禍根を生まない為にも、隠れた脅威は潰すのが最善だと思います。」
確かに隠れた脅威よね。
シールドを張り巡らせた孤島にも潜入してきたほどだから・・・。
リリスは姿勢を正し、改めてその法具を見つめた。
先ずは魔力操作で探ってみよう。
細い魔力の触手を数本伸ばし、法具の中に埋め込んでいく。
その状態でリリスは呪詛構築スキルを発動させた。
魔力の触手で呪詛を探り、その解呪の為の呪詛を新たに構築するのだが、法具に纏わりつく呪詛がかなり希薄であるため、分析するのにしばらく時間が掛かりそうだ。
解析スキルを発動させ、呪詛の解析と解呪の呪詛の構築の手助けをさせようとしたその時、解析スキルが『うっ!』と呻いた。
どうしたの?
『呪詛の最終的な分析を阻まれました。』
そんな事ってあるの?
解析スキルは反応も無く、しばらく沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは意外な内容だった。
『突然ですが、暗黒竜の加護が手助けをしてくれるそうです。』
えっ?
クイーングレイスさんが手伝ってくれるの?
『呪詛の事は呪詛のエキスパートに任せろと言っています。』
分かったわ。
とりあえず闇魔法の魔力を循環させるわね。
リリスは座ったまま闇魔法を発動させ、その魔力を身体中に循環させ始めた。
それに応じて暗黒竜の加護が発動され、その禍々しい波動がリリスの身体を包み込んだ。
そのリリスの気配を感じて、マキはギョッとして席を立とうとした。
「あっ、マキちゃん。心配しないで良いわよ。暗黒竜の加護を発動させただけだから。」
リリスの言葉にマキは顔をしかめた。
「発動させただけって言ってもねえ。元聖女の私にとっては駆除対象の気配なんだけど・・・・・」
「まあ、そう言わないでよ。これもこの巧妙な呪詛を解呪する為なんだから。」
そう言いながら法具に向き合っていると、リリスの目の前に黒い半透明の小さな顔が浮かび上がってきた。
ドラゴニュートのような顔つきだが、クイーングレイスの気配が漂っている。
その顔はローラやジーナの顔を一瞥し、リリスに向かって口を開いた。
「キングドレイクが協力してくれたので、少しの間だけ形状化出来そうよ。」
「それでこの法具を解呪したいのよね。」
クイーングレイスの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「まあ、人族や獣人の構築した呪詛なんてたかが知れているわよ。あんた達にとっては禁呪なんだろうけどね。」
「でもこの程度の呪詛ならリリスにも解呪出来るはずよ。」
クイーングレイスはそう言うとニヤリと笑った。
「分析の最終段階で阻まれちゃったんだけど・・・」
「コツが掴めないのね。呪詛の希薄になっている部分を再構築すれば良いだけよ。でもそれが出来たとしても、術者の特定や捕縛にまでは繋がらないでしょうね。」
「捕縛って・・・・そんな事出来るの?」
リリスの疑問にクイーングレイスはうふふと笑いながら、ローラやジーナの方に目を向けた。
「あんた達も暗殺者を捕まえたいんでしょ?」
クイーングレイスの問い掛けにローラもジーナも無言で頷いた。
「空間魔法を連動させれば良いのよ。私が手伝うから先ずは解呪から進めようね。」
クイーングレイスの言葉に促され、リリスは再び呪詛構築スキルを発動させた。
その上で呪詛を再度分析し、クイーングレイスの指示に従う事で、呪詛の欠損部分を再構築させる事が出来た。
更に解呪の呪詛の構築を進めていくのだが、その際にも暗黒竜の加護が働き、呪詛の構築が驚くほど速く進んでいく。
呪詛のエキスパートと豪語するだけの事はある。
クイーングレイスの協力の下に完成した解呪の呪詛を魔力の触手の先端に纏わり付け、法具に再度潜入させると、法具は紫色の怪しい光を放ち始めた。
一瞬カッと明るく光ったが、その光も直ぐに収まり、法具に漂っていた怪しい気配は完全に消え去った。
「上手くいったようね。今頃施術者は解呪の反動を受けて苦しんでいるわよ。」
「血を吐いて死んでしまったりしていないかしら?」
「それは多分大丈夫よ。反動を軽減する構成要素まで組み込んであったからね。」
そうなの?
そんなの気が付かなかったわ。
怪訝そうな表情のリリスの様子を見ながら、クイーングレイスは再度リリスに問い掛けた。
「リリス。あんたなら解呪の際に施術者へ反動が伝わるルートを辿れるわよね。」
「ええ、正確には分からないけど、大よそのルートは辿れるわ。」
「それならそこに空間魔法を連動させるわね。」
クイーングレイスの言葉と共に、リリスの目の前に大きな半透明のパネルが現われた。
更にそこには広大なマップと、ある地点を目指す光の線が現われた。
マップはアブリル王国周辺を表示しているようだ。
マップ上では現在地から光の線が隣国に伸びていて、その先には光点が点滅している。
これが施術者の居場所なのだろうか?
そう思っていると闇魔法の加護がリリスの身体に激しく関与し始め、本来リリスが持っていない空間魔法が限定的に発動してしまった。
その空間魔法がリリスから魔力を吸い上げ、パネルに浮かぶ施術者へのルートを上からなぞる様に辿り、点滅している光点を捕縛するように青く光り始めた。
「うん。捕縛したわよ。目の前に亜空間シールドの時限監獄を展開するわね。」
クイーングレイスの言葉と共に現われたのは、青白い半透明の球体だ。
直径は2mほどで、リンディが発動させる時限監獄よりも高レベルのものである事が分かる。
「さあ、捕縛した奴をここに移すわよ。」
クイーングレイスの目がカッと光り、時限監獄の輪郭がゆらゆらとぼやけ始めた。
何かが転送されてくる。
10秒ほど経ち、時限監獄の中にふっと人影が現われた。
時限監獄の中でばたりと倒れたその人物はフードを被り顔が見えない。
だが口元から吐血しており、身体がぴくぴくと痙攣していた。
本当に捕縛しちゃった!
クイーングレイスの協力が無ければ、呪詛の施術者の捕縛など到底出来る事ではない。
リリスは驚きのあまり、無言で時限監獄の中を見つめていたのだった。
アブリル王国での宿舎に戻ったリリスとマキは、早めに夕食を済ませ、広いリビングスペースで寛いでいた。
宿舎とは名ばかりの宮殿で、二人に用意された部屋はやたらに広いツインルームだった。
ちなみにマキは明日、野外でケネスと祭祀を執り行う予定である。
二人が歓談していると、メイドが入室してリリスにメモを手渡した。
その内容は、10分後にローラ女王とジーナが二人に会いに来ると言うものだった。
しかもマキがローラ女王を見て驚かないようにと言う要望付きである。
本来の姿で会いに来るって事ね。
リリスはその内容を理解し、マキにあらかじめローラ女王の実年齢を教えた。
その事にマキは驚いたのだが、アブリル王国の治世の為の策だと説明し、マキも十分に納得出来ないまま時間だけが過ぎていった。
メイドからメモを受け取って約10分後、部屋の片隅に白い光点が現われ、徐々に人の形になっていった。
空間魔法による転移だ。
そこに現れたのは少女の姿のローラと、ローラの補佐役であるジーナである。
ローラの姿を見てマキは、リリスから説明を受けていたにもかかわらず、唖然とした表情をしていた。
無理も無いわね。
マキの目が点になっている。
その様子を見てローラもうふふと少女らしい笑みを浮かべた。
ローラは瀟洒なワンピースを纏い、ジーナは白い軍服を着用しているのだが、二人とも王城に居る時のようなオーラは無い。
公務を離れて寛いでいるような雰囲気だ。
「リリス様、マキ様。今日はチェズで大勢の民を治癒していただいて、本当にありがとうございました。グルジアから詳細は聞いておりますので、唯々感謝しています。」
ローラの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
だがマキは何故か恐縮して一歩後ろに下がっている。
そのマキの様子を見て、リリスはマキの手を引き、ローラの前に移動させた。
「マキちゃん。そんなに恐縮しなくても良いわよ。ローラがこの姿で会いに来る時は、プライベートの用事の時だからね。」
リリスの言葉で若干マキの緊張がほぐれたようだ。
「それにしても驚いちゃったわ。この年齢で国を統治するなんて・・・・・」
マキの驚きの言葉を聞き、ジーナはローラをソファに案内しながら口を開いた。
「個別進化が大きな要因ですが、ローラ様の元々の素養もありますからね。」
「その、個別進化って何ですか?」
マキの疑問にリリスはローラと顔を見合わせ苦笑した。
「まあ、それは別の機会に話すわ。簡単な話では無いのでね。でもその作業の過程で偶然にも、ローラ達を孤島の幽閉の身から救い出したと言う事なのよ。」
マキはリリスの言葉の意味が分からず首を傾げたが、ここで聞き出そうとしても時間の無駄だと思い、それ以上言及するのをやめた。
そのマキにローラが話し掛けた。
「マキ様。私の本来の姿をお見せするのは、今後胎内回帰などの高位の聖魔法を施していただくためです。対象者の実体が分からないと施術にも支障が出るでしょうから。」
確かにそれはその通りだ。
マキはそう思って無言でうんうんと頷いた。
リリスの手招きで全員がソファに座ると、ジーナが改めて口を開いた。
「今日のチェズでの出来事ですが、孤島に幽閉されていた前国王が暗殺されたのはショックでした。」
ジーナの言葉にローラも神妙な表情を見せた。
「前国王様はローラの父上なの?」
「いいえ、違います。」
ローラは神妙な表情のまま首を横に振った。
「前国王は私の叔父にあたります。私の父上は前々国王でした。既に亡くなっていますが・・・」
「ご病気だったの?」
「いいえ。公にはされていませんが・・・・・父上は毒殺されました。その首謀者は父上の弟にあたる前国王だと思われます。」
うっ!
ドロドロした話ねえ。
権力奪取の為にローラの父上を暗殺したの?
リリスとマキは言葉を失ってしまった。
その沈黙の後にジーナが口を開いた。
「まあ、暗殺の首謀者が前国王であると言う確固たる証拠は無いのですが、それを匂わせるような言動が多かったので・・・」
そうよね。
ローラを孤島に幽閉した事も状況証拠のようなものだわ。
まだ殺されなかっただけましなのかもね。
「それで、前国王の死因なのですが、不思議な事に侵入者が前国王に話し掛けた直後、前国王が身に着けていた法具が突然火を噴き上げ、激しく燃え上がったそうです。」
「それって目撃者がいるの?」
「はい。前国王の身の回りの世話をしていた従者も業火に巻き込まれたのですが、瀕死の状態ながら死を免れたのです。この男からなんとか聞き出したのが先に話した情報ですね。」
そう言いながらジーナはテーブルの上に小さな指輪を取り出した。
火を噴き出したとは言うものの、焦げた跡が見当たらない。
金色の台座に赤い宝玉が埋め込まれたシンプルなつくりの指輪だ。
だがその指輪からは不思議な気配が漂っている。
清い気配と邪悪な気配が混在しているかのような、言葉で表現し難い気配だ。
「これは前国王が常に身に着けていた法具です。ヒールの波動を常に放つ法具で、前国王の戴冠式に他国から献上された法具だと聞いています。お気に入りだったのでしょうね。」
「でもその法具がどうして火を噴き上げるの?」
「それが不思議なんですよ。元々はそう言う怪しい気配など全くなかったのですから。ちなみに今この法具は念の為、周囲に亜空間シールドを密着させています。」
そうよね。
また火を噴き上げたら惨事になっちゃうわ。
「リリス様。この法具の気配を分析していただけますか?」
ジーナの言葉に応じ、リリスは法具の気配を探った。
清い気配と邪悪な気配が混在しているかのような気配に紛れて、呪詛のようなものを僅かに感じる。
リリスは解析スキルを発動させた。
この法具って呪詛を纏っているの?
『そうですね。呪詛を検出出来ますね。おそらく最初から組み込まれていたのでしょう。』
最初から?
でもヒールを放つ法具だったそうよ。
『所持者に油断させるために偽装していたのでしょう。何かがきっかけで呪詛が発動するような仕組みだったと思われます。』
きっかけって・・・暗殺者の接近?
『それもあるかも知れません。特定の魔力の波動を受ける事で呪詛が発動する事もあり得ます。』
そんな手間な事をするの?
『ヒールを放つ法具として完璧に偽装する為には、それ相応の手間が掛かると言う事です。』
うんうん。
そこまでしないと所持者を油断させられなかったと言う事ね。
分かったわ。
ありがとう。
リリスは解析スキルの発動を解除し、ローラとジーナに大まかな事を説明した。
だがそれを聞き、マキがふと口を開いた。
「呪詛だったらリリスちゃんが解除出来るんじゃないの?」
簡単に言うわよね。
そう思ったリリスにジーナがにじり寄った。
「リリス様。可能なら解呪していただけますか? このようなものを我が国に送りつける異国の者どもに、一泡吹かせてやりたいのです。」
「そうね。解呪したらその反動が術者に及ぶわよね。」
「ええ、後々禍根を生まない為にも、隠れた脅威は潰すのが最善だと思います。」
確かに隠れた脅威よね。
シールドを張り巡らせた孤島にも潜入してきたほどだから・・・。
リリスは姿勢を正し、改めてその法具を見つめた。
先ずは魔力操作で探ってみよう。
細い魔力の触手を数本伸ばし、法具の中に埋め込んでいく。
その状態でリリスは呪詛構築スキルを発動させた。
魔力の触手で呪詛を探り、その解呪の為の呪詛を新たに構築するのだが、法具に纏わりつく呪詛がかなり希薄であるため、分析するのにしばらく時間が掛かりそうだ。
解析スキルを発動させ、呪詛の解析と解呪の呪詛の構築の手助けをさせようとしたその時、解析スキルが『うっ!』と呻いた。
どうしたの?
『呪詛の最終的な分析を阻まれました。』
そんな事ってあるの?
解析スキルは反応も無く、しばらく沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは意外な内容だった。
『突然ですが、暗黒竜の加護が手助けをしてくれるそうです。』
えっ?
クイーングレイスさんが手伝ってくれるの?
『呪詛の事は呪詛のエキスパートに任せろと言っています。』
分かったわ。
とりあえず闇魔法の魔力を循環させるわね。
リリスは座ったまま闇魔法を発動させ、その魔力を身体中に循環させ始めた。
それに応じて暗黒竜の加護が発動され、その禍々しい波動がリリスの身体を包み込んだ。
そのリリスの気配を感じて、マキはギョッとして席を立とうとした。
「あっ、マキちゃん。心配しないで良いわよ。暗黒竜の加護を発動させただけだから。」
リリスの言葉にマキは顔をしかめた。
「発動させただけって言ってもねえ。元聖女の私にとっては駆除対象の気配なんだけど・・・・・」
「まあ、そう言わないでよ。これもこの巧妙な呪詛を解呪する為なんだから。」
そう言いながら法具に向き合っていると、リリスの目の前に黒い半透明の小さな顔が浮かび上がってきた。
ドラゴニュートのような顔つきだが、クイーングレイスの気配が漂っている。
その顔はローラやジーナの顔を一瞥し、リリスに向かって口を開いた。
「キングドレイクが協力してくれたので、少しの間だけ形状化出来そうよ。」
「それでこの法具を解呪したいのよね。」
クイーングレイスの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「まあ、人族や獣人の構築した呪詛なんてたかが知れているわよ。あんた達にとっては禁呪なんだろうけどね。」
「でもこの程度の呪詛ならリリスにも解呪出来るはずよ。」
クイーングレイスはそう言うとニヤリと笑った。
「分析の最終段階で阻まれちゃったんだけど・・・」
「コツが掴めないのね。呪詛の希薄になっている部分を再構築すれば良いだけよ。でもそれが出来たとしても、術者の特定や捕縛にまでは繋がらないでしょうね。」
「捕縛って・・・・そんな事出来るの?」
リリスの疑問にクイーングレイスはうふふと笑いながら、ローラやジーナの方に目を向けた。
「あんた達も暗殺者を捕まえたいんでしょ?」
クイーングレイスの問い掛けにローラもジーナも無言で頷いた。
「空間魔法を連動させれば良いのよ。私が手伝うから先ずは解呪から進めようね。」
クイーングレイスの言葉に促され、リリスは再び呪詛構築スキルを発動させた。
その上で呪詛を再度分析し、クイーングレイスの指示に従う事で、呪詛の欠損部分を再構築させる事が出来た。
更に解呪の呪詛の構築を進めていくのだが、その際にも暗黒竜の加護が働き、呪詛の構築が驚くほど速く進んでいく。
呪詛のエキスパートと豪語するだけの事はある。
クイーングレイスの協力の下に完成した解呪の呪詛を魔力の触手の先端に纏わり付け、法具に再度潜入させると、法具は紫色の怪しい光を放ち始めた。
一瞬カッと明るく光ったが、その光も直ぐに収まり、法具に漂っていた怪しい気配は完全に消え去った。
「上手くいったようね。今頃施術者は解呪の反動を受けて苦しんでいるわよ。」
「血を吐いて死んでしまったりしていないかしら?」
「それは多分大丈夫よ。反動を軽減する構成要素まで組み込んであったからね。」
そうなの?
そんなの気が付かなかったわ。
怪訝そうな表情のリリスの様子を見ながら、クイーングレイスは再度リリスに問い掛けた。
「リリス。あんたなら解呪の際に施術者へ反動が伝わるルートを辿れるわよね。」
「ええ、正確には分からないけど、大よそのルートは辿れるわ。」
「それならそこに空間魔法を連動させるわね。」
クイーングレイスの言葉と共に、リリスの目の前に大きな半透明のパネルが現われた。
更にそこには広大なマップと、ある地点を目指す光の線が現われた。
マップはアブリル王国周辺を表示しているようだ。
マップ上では現在地から光の線が隣国に伸びていて、その先には光点が点滅している。
これが施術者の居場所なのだろうか?
そう思っていると闇魔法の加護がリリスの身体に激しく関与し始め、本来リリスが持っていない空間魔法が限定的に発動してしまった。
その空間魔法がリリスから魔力を吸い上げ、パネルに浮かぶ施術者へのルートを上からなぞる様に辿り、点滅している光点を捕縛するように青く光り始めた。
「うん。捕縛したわよ。目の前に亜空間シールドの時限監獄を展開するわね。」
クイーングレイスの言葉と共に現われたのは、青白い半透明の球体だ。
直径は2mほどで、リンディが発動させる時限監獄よりも高レベルのものである事が分かる。
「さあ、捕縛した奴をここに移すわよ。」
クイーングレイスの目がカッと光り、時限監獄の輪郭がゆらゆらとぼやけ始めた。
何かが転送されてくる。
10秒ほど経ち、時限監獄の中にふっと人影が現われた。
時限監獄の中でばたりと倒れたその人物はフードを被り顔が見えない。
だが口元から吐血しており、身体がぴくぴくと痙攣していた。
本当に捕縛しちゃった!
クイーングレイスの協力が無ければ、呪詛の施術者の捕縛など到底出来る事ではない。
リリスは驚きのあまり、無言で時限監獄の中を見つめていたのだった。
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その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
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投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
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