落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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ミクとダンジョン2

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シトのダンジョンの第1階層。

ブラックウルフの群れの接近を探知し、リリスは土魔法で土壁や泥沼を出現させた。
ブラックウルフを迎え撃つ為の、定番の準備である。

「ええっ! どうしてこんなに簡単に土壁や泥沼が出来るんですか?」

「何を驚いているのよ。ミクも土魔法を扱えるじゃないの。」

リリスの言葉にミクはう~んと唸った。

「私の土魔法って土壌改良程度ですよ。小さな畝や水路を造る程度ですから。それでもエルフ達には好評なんですけどね。」

まあ、レベル2ならその程度よね。
私の魔法学院入学直前のレベルに近いかも。

そんな事を思いながらリリスは土壁の正面に向いた。
その後方にブラックウルフの群れが駆け寄ってきている。
その距離、約100m。
既に視認出来る距離だ。

「ミクちゃん。美味しいお食事を用意してあげるからね。」

そう言ってニヤッと笑ったリリスの不気味な笑顔に、ミクはウッと呻いて少し引き下がった。

ブラックウルフの群れは土壁を意識して4体づつ左右に分かれ、2体は土壁を飛び越えて襲ってきた。
その口にはチロチロと火炎が揺れ、今にも火球を放ちそうな様子だ。

リリスは手早くファイヤーボルトを、左右のブラックウルフに向けて放った。
キーンと言う滑空音を立てながら数本のファイヤーボルトが高速でブラックウルフに向かい、弧を描いて誘導ミサイルのようにブラックウルフの側面を貫いた。
ボンッと破裂音が響き、火炎がブラックウルフを包み込む。
あっという間に左右のブラックウルフは駆除された。

その間、正面から土壁を飛び越えてきたブラックウルフは、壁の向こう側の泥沼に嵌り動きが鈍っている。
勿論、ここで生じるタイムラグはリリスの計算通りだ。
リリスは余裕を持って闇魔法を発動させながら、そのブラックウルフが泥沼から出てくるのを待ち受けた。

少し浅めの泥沼から這い上がってきたブラックウルフ2体に向けて、リリスは地表に闇を放った。
放たれた闇は瞬時に前方に広がり、ブラックウルフの足元にも展開した。
その闇が伸び上がってブラックウルフの身体を瞬時に包み込み、シャドウバインドで完全に拘束してしまった。
リリスがここでグッと力を入れ、こぶしを握り締めると、シャドウバインドは強烈にブラックウルフの身体を締め付け、バキバキと音を立てて全身の骨を砕いていく。
ブラックウルフは悲鳴を上げる余裕も無く潰されていく。
だがそのうちの1体は完全には潰さない。
息の根が残っている状態でリリスはシャドウバインドを解除した。

「さあ、ミクちゃん。お食事よ。」

ニヤッと笑ったリリスの表情にミクはその場で固まってしまった。

「リリス先輩。顔が怖い。」

「うるさいわね! 黙って捕食鞘をここに出しなさい!」

リリスの声にミクはビクッとして、顔を引きつらせながら捕食鞘を一つ亜空間収納から出した。

「そうそう。それで良いのよ。」

そう言いながら、リリスは闇を操作してブラックウルフの身体を包み、捕食鞘の中に押し込むように入れた。
ブラックウルフの体長は2m以上あるので、鞘の中にその全身は入りきらない。
捕食鞘の中に無理やりブラックウルフの上半身を押し込み、リリスはその様子をじっと観察し始めた。

その時、リリスの脳内にチャーリーからの念話が届いた。

(リリス、大丈夫か? 君が闇落ちしたような感覚を受けたんやけど・・・)

闇落ちってどう言う事よ。
昔の事を思い出して、ちょっと興奮していただけじゃないの。

(昔の事って・・・君は昔は闇の存在やったんか?)

誰が闇の存在よ。
人を魔王だったみたいに言わないでよね。
元の世界で食虫植物に色々な虫を与えて、観察していた頃の事を思い出しただけよ。

(悪趣味やなあ。それでミクにブラックウルフを与えた結果はどうなんや?)

ああ、そうそう、それよ。

リリスは思い出したようにミクに話し掛けた。

「ミク。ブラックウルフから魔力や生命力を吸収して、あなたの状態はどうなの?」

ミクはリリスに問い掛けられて、少し思いを巡らす仕草をした。

「そうですね。疑似人格に影響はありませんが、本体の動きに敏捷性が増したようです。あと、威圧を取り込みましたね。」

「威圧ねえ。それってあまり必要無かったのかもね。」

リリスの言葉にミクは首を横に振った。

「そんな事は無いですよ。かなり役に立ちます。私が統率しているトレントやドライアドって、私のテイムのレベルが低いので、私の言う事をすんなりとは聞いてくれないんです。それで時折説得する事もあるんですが、もっと直接的に力でねじ伏せたり、脅す事も必要かなと思っていたんですよね。」

「力でねじ伏せるってどうするの?」

「それは主に蔦の鞭を使います。あとは火魔法で火球を見せつけるのも有効ですね。小さな火球しか作れませんけど。」

そう言えばミクは、蔦の鞭を扱うスキルを持っていたわね。

「でも蔦の鞭って同族のトレントには有効なの?」

「まあそれは限定的ですね。」

「それなら鞭を強化してあげるわよ。」

リリスはそう言うとマジックバッグから、魔金属性のダガーを3本取り出した。

「このダガーを蔦の先端に装着すれば、破壊力が格段に上がるわよ。ミクの魔力の波動に反応して、最大限のパフォーマンスを引き出せるように調整してあげるわね。」

そう言うとリリスはダガーに魔力を送り込み、魔金属錬成スキルでミクの魔力の波動を元にして調整を行った。
そのダガーをリリスから手渡されたミクは、即座に亜空間収納にそれらを取り込んだ。

「今、私の本体が亜空間収納から3本のダガーを取り出して、蔦の鞭の先端への装着を完了しました。」

「でも、装着した途端に力が漲ってくるのが分かります。」

ミクはそう言うとしばらく沈黙していたが、あっ!と言う声を上げて困った表情をし始めた。

「どうしたの?」

リリスの問い掛けにミクは困惑の表情を深めた。

「頂いたダガーって扱いが難しいですね。少し私に反抗的だったトレントを軽く鞭でひっぱたいたら・・・・・吹き飛ばされて潰れちゃいました。他のトレント達への見せしめにはなったようですが・・・・・」

どうやらエルフの棲み処で惨事を起こしたようである。

「まあ、加減して使うのね。」

そうとしか言いようのないリリスである。

リリスは話のついでにミクに尋ねた。

「ねえ、ミク。エルフの棲み処でもこの疑似人格でエルフ達と対応しているの? エルフの棲み処で人族の姿の疑似人格って周りから浮いちゃうんじゃないの?」

リリスの疑問にミクは即答した。

「もちろん、エルフの棲み処ではエルフの姿の疑似人格を使っています。むしろそちらの方がメインなんですよね。」

「あらっ! それならエルフの姿の疑似人格で魔法学院に現われても良かったのに。仮装ダンスパーティーだったから、エルフの格好をしていても誰も不審に思わなかったと思うけどね。」

リリスの疑問にミクは手を横に振った。

「それはだめですよ。人族の学生の姿で無いと、普段の日に魔法学院に来れないじゃないですか。それに生徒会の部屋にも行けないし・・・」

「ええっ!ちょっと待ってよ、ミク。あんたって学生服を着て魔法学院の中を徘徊するつもりなの?」

リリスの疑問にミクはうんうんと頷いた。
そのミクの反応にリリスはう~んと唸って言葉を失った。
そのリリスの様子をスルーしてミクは口を開いた。

「生徒会の部屋にも行きますからね。」

いやいや。
それは止めた方が良いわよ。

「ミク。あんたってその疑似人格なら、他の生徒や先生にバレないって思っているのね。それは甘い考えよ。」

「生徒会に出入りしている生徒には、気配探知のスペシャリストが二人も居るからね。」

もちろんこれはシーフマスターの称号を持つニーナと、他者の気配まで偽装出来るサリナの事である。

だが、リリスの忠告にミクは耳を貸さない様子だ。

まあ、そのうち痛い目を見るわよ。

そう思ってリリスはそれ以上言及しなかった。
だが、ミクがメインにしているエルフの姿の疑似人格も気になる。

「ミク。そのエルフの姿の疑似人格って、ここで見せてもらえる?」

「ああ、良いですよ。瞬時に切り替えますね。」

ミクの言葉が終わると同時に、その姿は真っ白な肌のエルフの少女になった。
顔の容貌は変わらないが、髪は金髪でところどころに緑の髪が混ざっている。
着ている衣装はエルフ独特の端布を寄せ集めたようなデザインで、少しとがったつま先のブーツもエルフの定番だ。

「随分可愛いじゃないの。」

可愛いと褒められたミクは嬉しそうにはにかんだ。

「この容姿って元になる少女が居るんですよ。魔力の波動もその本人とほぼ同じにしてあります。エルフの仲間からさげすまされて、いつも私の本体の傍で泣いている子なんですけどね。」

さげすまされている?

「その子ってどうして仲間外れにされているの?」

「ああ、それはですね・・・弓の扱いが下手くそなんですよ。ろくに弓を引くことも出来ないんです。」

う~ん。
弓を上手く扱えないエルフって、確かにイメージ出来ないわよね。
エルフなら弓の達人だって、誰でも思っているもの。

ミクにもその少女にも使い勝手の良い弓を持たせてあげたいわねえ。

そう思いながら、リリスはミクと第1階層の奥まで歩き続けたのだが、その間魔物は出てこなかった。

次の階層に期待しろって事ね。

リリスは気持ちを切り替え、ミクと共に次の階層への階段を降りた。


第2階層。

この階層は第1階層と同じで、どこまでも広い草原だ。
だがその光景にリリスは若干の違和感を感じていた。

ところどころに低木の藪があるのは第1階層と同じだが、草原の中に小さな岩場が数か所ある。
これが何となく怪しい。
何かが隠れるには絶好の場所かも知れない。
だがこのダンジョンで岩場に隠れる魔物が思い浮かばず、リリスは訝しげにその岩場を見つめていた。

その岩場の陰に僅かな魔力の反応を感じたリリスは、取り急ぎ闇魔法を発動させ、闇のシールドを前方に張った。

このところ闇魔法を多用しているリリスである。
その理由は明白で、闇魔法の発動と同時に暗黒竜の加護が稼働し、闇魔法全体の強化と共に多彩な闇魔法が使えるようになる上に、時折クイーングレイスからのアドバイスやインスピレーションを受けられるからだ。
勿論クイーングレイスからのアドバイスやインスピレーションと言っても、全てが的確では無いので取捨選択する必要はあるのだが。

程なく岩場から数本の矢がこちらに向かってきた。
闇魔法のシールドにぶつかると、ゴウッと火を噴き出して矢は地面に転がった。

転がった矢の矢じりを見ると、魔力を纏って仄かに光っている。

リリスは咄嗟にファイヤーボルトを数本出現させ、敵襲に待機した。

次の瞬間、その岩場から1体の魔物が高く空中に飛び上がり、5mほどの高さからリリスとミクに向けて矢を放った。

メタルアーマーに身を包んだ筋肉隆々のトカゲ。

リザードマンアーチャーだ!

身体能力の高さに加えて魔弓を操る彼等は、通常のダンジョンではかなり深部を探索しないと遭遇しない相手だ。
だがリリスの気配を察してここに登場したのだろう。

おあつらえ向きの魔物じゃないの。
あの魔弓を手に入れたいわね。

リリスは興奮気味に待機させていたファイヤーボルトを全て放ってしまった。

あっ!
しまった!

放たれた数本のファイヤーボルトは多方面から弧を描き、跳躍から下降するリザードマンアーチャーを撃ち抜いた。
その爆炎がリザードマンアーチャーを包み込み、あっという間に消し炭にしてしまった。

地表に落ちてきたのは消し炭になってしまったリザードマンアーチャーと、黒焦げになってしまった魔弓である。

これじゃあ、ミクにあげられないわね。

生け捕りにしなければならない。
脚を射抜くのが得策なのだろうが、黒焦げにされた仲間の姿を見て、残りのリザードマンアーチャーは警戒を深めている。
岩場の陰からこちらに魔弓の照準を当てているのはあと2体。
こちらから向かって行って誘い出すか・・・。

リリスはふと思いつき、解析スキルを発動させた。

強度の麻痺毒を生成して。

『麻痺毒ですね。何に付与させますか?』

そうね。今回は水に含ませるわ。

『了解しました。』

解析スキルは毒生成スキルを発動させ、強度の麻痺毒を生成させた。
リリスは水魔法を発動させ、麻痺毒を散布する準備を整えた。
その上で闇を展開させて大きな球体を2個創り上げ、その内部にウォータースプレッドで麻痺毒を注入した。

その様子を見ていたミクが、不思議そうにリリスに尋ねた。

「それってどうするんですか?」

「まあ、見ていれば分かるわよ。」

リリスはそう言うと2個の球体を闇魔法の転移で岩場の上空に転移させ、その場で包んでいた闇を消滅させた。
岩場の上空から強度の麻痺毒がピンポイントで散布される。
その麻痺毒を含んだ水は地面に落ちてもその場で蒸発し、麻痺毒を拡散させるのだ。

直接・間接的に麻痺毒を浴びたリザードマンアーチャーは、岩場の陰からゴロっと転がる様に倒れ出てきた。

リリスは風魔法で残っていた麻痺毒を吹き払いながら、ミクを連れてその岩場に近付いた。
リザードマンアーチャーの傍には無傷の魔弓が転がっている。

うんうん。
上出来よ。

上機嫌でリリスはミクに捕食鞘を取り出させ、リザードマンアーチャーの上半身をその中に取り込ませた。
ミクの捕食鞘はその内部から触手を伸ばし、リザードマンアーチャーのメタルアーマーの隙間や未装着部に侵入していく。
その様子を興味深く見つめながら、リリスは戦利品の魔弓を手に取り、改めて精査した。

随分良い弓じゃないの。
ダンジョンの第2階層の魔物が持つ弓とは思えないわよ。

魔弓は魔金属の細長い板を数枚張り合わせたような構造で、その両端に弦を止める金具が装着されている。
しなやかであり、かつ強度も高い。
リリスはその構造に車両や電車の板バネを思い出した。
更に身体強化の魔力が内部に施されている。

ミクの捕食鞘がリザードマンアーチャーを捕食している間に、リリスは魔物から手に入れた魔弓の処理をあれこれと考えていたのだった。









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