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ミクとミクル1
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ミクが生徒会のメンバーに紹介されてから数日後の夜。
翌日が休日になっているので、リリスは自室で予定も無く寛いでいた。
同室のサラは実家に戻ると言うので、放課後に早々と王都行きの馬車に乗り込んだ。
それ故に今晩はリリス一人である。
まだ寝る時間では無いので、まだパジャマでは無く部屋着のままだ。
明日はマキちゃんを誘って二人でランチでもしようかな。
そう思ってマキに連絡を取ろうとしたその時、突然部屋の壁がゆらゆらと歪み、白く大きな光球が現われた。
この気配は何?
警戒態勢を取りながらもリリスは疑問を感じた。
亜神達の気配ではない。
ロキやアルバの気配でもない。更には賢者達の気配でもない。
何者かと思ってその光球を凝視していると、その中から緑色の衣裳を着たエルフの容貌のミクが現われた。
えっ?
ミクって空間魔法が扱えたの?
驚くリリスの目の前にミクは近付いてきたが、その表情が切迫感に満ちている。
「リリス先輩! 私と一緒に来てください! 大変な事が起きたんです!」
何を言っているのか良く分からない。
「何を言っているのか良く分からないわ。落ち着いて話をして。」
リリスはそう言いながらミクの肩をポンと叩いた。
その時、ミクの背後から黒い影がスッと伸び上がり、徐々に人の形になっていった。
そこに現われたのはオーリスである。
「オーリス様! どうしたんですか?」
リリスに問い掛けられたオーリスはミクを押し退け、リリスの前ににじり寄ってきた。
オーリスの表情も険しいので、リリスは思わず後ろに引いてしまった。
「リリス。すまないが今から私と一緒にエルフの棲み処に来てくれ。エルフの棲み処で大惨事が起きているのだ。」
大惨事?
「それってどうして?」
リリスの問い掛けにオーリスは深く溜息を吐いた。
「来てくれれば分かる。そもそもの原因はお前が改良してミクに与えた魔弓なのだ。」
ええっ?
私の与えた魔弓が原因?
驚くリリスにオーリスは穏やかな口調で口を開いた。
「お前を責めているわけではない。刃物を殺人に使われたからと言って、鍛冶職人を責めるのはナンセンスだからな。」
「ただ、我々では手を付けられない状態になっているのだ。それでお前に解決の糸口を探ってもらえたらと思ってな。」
う~ん。
大変な事になっているのは分かるんだけど、あの魔弓がどんなふうに関わっているのかしら?
「とりあえず来てくれ。詳しい話はその後だ。」
オーリスはそう言うと空間魔法を発動させた。
エルフ特有の特殊な空間魔法なのだろう。
そうでなければ、シールドを張り巡らせている魔法学院の敷地内に、そう簡単には潜入出来ないからだ。
それ故に普通は使い魔を送り込んで用件を済ますのが通例になっている。
実体で潜入してくるのは亜神達のレベルだろう。
勿論、亜神達が使い魔でリリスの部屋に来るのはシールド対策では無く、その膨大な魔力の故に実体で潜入するととんでもないトラブルを誘引するからだが。
オーリスの特殊な空間魔法により、リリスは一瞬のうちにエルフの棲み処に転送された。
その途端にリリスの鼻に焦げ臭い空気が纏わりついてきた。
視界には赤々と燃える大火が映り込む。
エルフの棲み処が大火で燃え上がっていたのだ。
一面の森が、大地が燃え上がっている。
その熱波がリリスの身体にも伝わってきた。
しかも上空から数十本の火矢が時折、雨のように降り注いでくる。
そのたびに業火が巻き起こり、増々火の勢いが強くなってきた。
「リリス。あそこに少女が居るのが分かるか?」
オーリスが指さす方向に目を向けると、小さな少女が天空に向けて矢を放っていた。
その矢は放たれると同時に火を纏い、上空で一気に分裂して数十本の火矢となり、そのまま地上に降り注いだ。
その少女の持つ弓は・・・・・リリスがミクに与えた魔弓だった。
魔弓の放つ魔力とその特性が、リリスの持つ魔金属錬成スキルの錬成時のログと一致しているからだ。
「あの少女は名をミクルと言う。元々は弓もろくに扱えない少女で、仲間からも頻繁に蔑まれていたのだが、あの魔弓を手に入れてから、突然闇堕ちしてしまったのだ。」
オーリスの言葉にリリスはふと疑問を抱いた。
「ミク。あのミクルって言う少女は、もしかしてあなたが以前に言っていた、仲間外れにされていた少女なの?」
リリスの問い掛けにミクは神妙な表情で頷いた。
「そうなんです。私の造り上げたミクと言う疑似人格は、あのミクルをモデルにして造り上げました。それ故に魔力の波動もほぼ同じ構成なんです。」
ミクの言葉にリリスは何となく話の概要が掴めた。
「あのミクルの持つ魔弓は、私がミクにあげた二つの魔弓のうちの予備の方なのね?」
「そうなんです。ミクルが使えるんじゃないかと思って・・・」
うんうん。
やはりそうだ。
ミクの魔力の波動に反応するように手を加えた魔弓が、ミクルの魔力の波動にも反応したのね。
「でも、どうして闇堕ちしてしまったの?」
「それが・・・・・」
リリスの問い掛けにミクは言葉を詰まらせた。
「ミクルにあの魔弓をあげた時、彼女はとても喜んだんです。自分でも上手く扱える弓に出会えたって言って・・・」
「魔弓の持つ身体強化の特性とミクルの持つスキルが共鳴して、驚くほどに強い矢を放てるようになったんです。でも彼女を蔑んでいた連中がそれを見て、馬鹿にしながら魔弓を取り上げようとしたら、ミクルの態度が急変してしまって・・・」
う~ん。
積もりに積もった鬱憤が爆発しちゃったのね。
「でもそんなに簡単に闇堕ちしちゃうものかしら?」
リリスの疑問にオーリスが口を開いた。
「リリス。お前はあの魔弓をダンジョンで手に入れたそうじゃないか。リザードマンアーチャーから奪い取ったと、ミクからは聞いたのだが。」
「ええ、その通りです。」
リリスの返答にオーリスはうんうんと頷いた。
「魔物の持つ魔弓ならば、その魔物の魔力が残っていたのだろう。魔弓を構成する魔力誘導体にその残滓が残っていたのかも知れん。その影響でミクルが闇堕ちするための歯止めが無くなったのだろう。」
オーリスの解釈はリリスには納得出来ない。
「でもあの魔弓は私の魔力を流して錬成し直したんですけど・・・」
「まあ、人族や獣人なら何の問題も無いのだが、エルフはその点において敏感と言うか、過敏なのだよ。魔物の魔力の残滓が僅かなものであっても、その魔力を取り込んでしまうと悪影響を受ける事が多い。特にミクルはまだ少女だからな。精神的にも未熟な上に、仲間からは蔑まれ、魔弓を手にする直前には既に崩壊寸前の精神状態だったのだと思う。」
そう言うとオーリスはグッと唇を噛み締めた。
「今更の事だが、ミクルをあそこまで追い込んでしまったのは我らの責任だ。だが事態は取り返しがつかない状況になってしまっている。」
オーリスの言葉の直後に、遠方から数十本の火矢がミクルを目掛けて降り注いできた。
だがそれらはミクルから5mほどの距離で全て跳ね返され、その周囲に火矢の業火が燃え盛った。
その赤々とした業火の向こうに、ミクルを取り巻く半透明のシールドが薄っすらと見えた。
「シールドを張っているの?」
リリスの呟きにオーリスは無言で頷いた。
「ミクルを取り巻く亜空間シールドは非常に強力だ。エルフが集団で放った火矢やファイヤーボールも全て跳ね返している。」
「元々は優れたスキルを持ち合わせていたのだろうな。ミクルの場合、魔力の操作が上手く出来ず、潜在的に持っていたスキルを上手く発動出来なかったようだ。それらが皮肉にも闇堕ちして開花してしまうとはなあ。」
慨嘆するオーリスの口調が痛々しい。
何とか出来ないものか?
リリスがそう思う間にも、ミクルは断続的に矢を上空に放ち、火矢の雨がそのたびに降り注いでくる。
大地を焼き焦がし、家屋や作物を焼き払い、森が業火に包まれていく。
その範囲が短時間で加速的に拡大してしまった。
リリスは対応策を思い巡らせながら、解析スキルを発動させた。
ミクルを止めるにはどうしたら良いかしら?
『生命を奪わず捕縛するのでしたら、強烈な麻痺毒を散布するのが得策でしょうね。』
でも亜空間シールドがあるわよ。
『そうですね。分析してみましたが、5層構造のかなり特殊な亜空間シールドだと分かります。』
『ですが、魔力で維持されているので、修復に追い付けないほどの飽和攻撃を掛ければ、僅かな亀裂や穴を生じさせる事は可能だと思います。』
飽和攻撃ねえ。
でも小さな穴が開いたとしても直ぐに修復しちゃうわよね。
『逆に小さな穴や亀裂さえ空けば、そこに物を送り込むことは可能です。闇の転移を使えばね。』
ああ、そう言う事ね。
それならやってみる価値はあるわね。
じゃあ、先ず強度の麻痺毒を生成して。
それを水に付与させて闇で包み込めば良いのよね。
『そう言う事です。では麻痺毒の生成に掛かりますね。』
リリスの持つ毒生成スキルが発動され、麻痺毒の生成に向けて活性化されていく。
それと同時にリリスは闇を生じさせ、それを球体にして内部を水で満たした。
リリスの体内の疑似毒腺で生成された麻痺毒をその内部に注入させると、闇の球体は仄かに暗緑色の光を放ち始めた。
それを空中に浮遊させながら、リリスは火魔法の魔力を全力で身体中にたぎらせた。
身体中が熱くなり、力が漲ってくる。
「飽和攻撃を掛けてみますね。それで小さな綻びさえ生じれば、勝機はあるんですけど・・・」
オーリスにそう伝えると、リリスはミクルの方向に少し駆け寄った。
闇堕ちしたミクルはリリスを敵と捉えていない。
今のミクルにとってはエルフの存在と、その棲み処全体が敵なのだろう。
リリスは極太のファイヤーボルトを10本生じさせ、それを一気にミクルに向けて放った。
ゴウッと音を立てて10本のファイヤーボルトは滑空し、ミクルの周囲の亜空間シールドに着弾した。
ドドドドドッと言う衝撃音と激しい爆炎が立ち上がり、ミクルの周囲を炎熱が取り巻いた。
だがミクルの亜空間シールドは難なくそれを排除している。
これは想定内だ。
リリスは続けざまに10本のファイヤーボルトを数度放った。
それでもシールドに変化はない。
まだまだ足りないのかしら?
『ミクルの亜空間シールドは球体状になっていますね。』
えっ!
それじゃあ、半分は地下に隠れているって言うの?
『そう言う事です。地下までも攻撃する必要がありますね。』
それってどうしたら良いのよ?
『お得意の手があるじゃないですか。溶岩流で下から炙れば良いんですよ。』
ええっ!
そんな事をしてミクルは大丈夫なの?
麻痺毒が効いてシールドが無くなった途端に、溶岩流に巻き込まれちゃうわよ。
『シールドの消滅から溶岩流に落下するまで1~2秒の時間があります。瞬時に闇の転移を掛ければ救い出せますよ。』
う~ん。
それって賭けよねえ。
でも勝算は充分にあるって事なのね。
分かったわ。
リリスはファイヤーボルトを放ち続けながら、同時に土魔法を発動させ、ミクルの周囲の直径10mほどで火魔法と連携させた。その為の激しい魔力の消耗を回避すべく、魔力吸引を発動させると、大地や大気から大量の魔力が渦を巻いてリリスの身体に流れ込んでくる。その魔力の奔流に晒されながらも、リリスは火魔法と土魔法を強度に連携させ、溶岩流の発生を促した。
ミクルの周囲の大地が赤々と光を放ち、ぐつぐつと煮えたぎってきたように見える。
その熱気で赤い地面から蒸気が噴出され、炎熱がオーリス達にも伝わってきた。
「これは・・・。儂等は何を見せられておるのだ?」
驚くオーリスの目の前には、溶岩の沼に浮かぶ直径5mの球体が映っていた。
ミクルのシールドの地下に隠れていた部分は溶岩流によって炙り出され、更にその全方位にリリスの強力なファイヤーボルトが着弾し続けている。
その炎熱と爆炎でシールドは可視化され、取り巻く炎は絶えるいとまも無く供給されるので、炎の帯となってシールド全体を包み込んでいるようにも見えた。
「とても人族の業とは思えぬ。リリスが我々の敵で無くて良かったとつくづく思うぞ。」
オーリスの言葉をリリスはふんっと鼻で笑った。
エルフを滅ぼして何の得になるのよ!
若干切れ気味になりつつも、リリスは溶岩流を維持し、同時にファイヤーボルトを放ち続けた。
既にリリスの放ったファイヤーボルトは200発を超えている。
ミクルからの外部への攻撃は止まったままだ。
おそらくシールドの維持に全力を投入しているからだろう。
そう思っていると、リリスの探知にミクルのシールドの綻びが一瞬感じられた。
今だ!
リリスは反射的に麻痺毒を含んだ球状の闇を転移させた。
リリスの傍に浮遊して待機させていた闇は一瞬で消えた。
シールド内部に送り込む事が出来たのだ。
『麻痺毒の転移は成功です! シールドの消滅した瞬間にミクルを転移させてください!』
解析スキルの指示を受け、リリスは炎に包まれたシールドをじっと見つめていたのだった。
翌日が休日になっているので、リリスは自室で予定も無く寛いでいた。
同室のサラは実家に戻ると言うので、放課後に早々と王都行きの馬車に乗り込んだ。
それ故に今晩はリリス一人である。
まだ寝る時間では無いので、まだパジャマでは無く部屋着のままだ。
明日はマキちゃんを誘って二人でランチでもしようかな。
そう思ってマキに連絡を取ろうとしたその時、突然部屋の壁がゆらゆらと歪み、白く大きな光球が現われた。
この気配は何?
警戒態勢を取りながらもリリスは疑問を感じた。
亜神達の気配ではない。
ロキやアルバの気配でもない。更には賢者達の気配でもない。
何者かと思ってその光球を凝視していると、その中から緑色の衣裳を着たエルフの容貌のミクが現われた。
えっ?
ミクって空間魔法が扱えたの?
驚くリリスの目の前にミクは近付いてきたが、その表情が切迫感に満ちている。
「リリス先輩! 私と一緒に来てください! 大変な事が起きたんです!」
何を言っているのか良く分からない。
「何を言っているのか良く分からないわ。落ち着いて話をして。」
リリスはそう言いながらミクの肩をポンと叩いた。
その時、ミクの背後から黒い影がスッと伸び上がり、徐々に人の形になっていった。
そこに現われたのはオーリスである。
「オーリス様! どうしたんですか?」
リリスに問い掛けられたオーリスはミクを押し退け、リリスの前ににじり寄ってきた。
オーリスの表情も険しいので、リリスは思わず後ろに引いてしまった。
「リリス。すまないが今から私と一緒にエルフの棲み処に来てくれ。エルフの棲み処で大惨事が起きているのだ。」
大惨事?
「それってどうして?」
リリスの問い掛けにオーリスは深く溜息を吐いた。
「来てくれれば分かる。そもそもの原因はお前が改良してミクに与えた魔弓なのだ。」
ええっ?
私の与えた魔弓が原因?
驚くリリスにオーリスは穏やかな口調で口を開いた。
「お前を責めているわけではない。刃物を殺人に使われたからと言って、鍛冶職人を責めるのはナンセンスだからな。」
「ただ、我々では手を付けられない状態になっているのだ。それでお前に解決の糸口を探ってもらえたらと思ってな。」
う~ん。
大変な事になっているのは分かるんだけど、あの魔弓がどんなふうに関わっているのかしら?
「とりあえず来てくれ。詳しい話はその後だ。」
オーリスはそう言うと空間魔法を発動させた。
エルフ特有の特殊な空間魔法なのだろう。
そうでなければ、シールドを張り巡らせている魔法学院の敷地内に、そう簡単には潜入出来ないからだ。
それ故に普通は使い魔を送り込んで用件を済ますのが通例になっている。
実体で潜入してくるのは亜神達のレベルだろう。
勿論、亜神達が使い魔でリリスの部屋に来るのはシールド対策では無く、その膨大な魔力の故に実体で潜入するととんでもないトラブルを誘引するからだが。
オーリスの特殊な空間魔法により、リリスは一瞬のうちにエルフの棲み処に転送された。
その途端にリリスの鼻に焦げ臭い空気が纏わりついてきた。
視界には赤々と燃える大火が映り込む。
エルフの棲み処が大火で燃え上がっていたのだ。
一面の森が、大地が燃え上がっている。
その熱波がリリスの身体にも伝わってきた。
しかも上空から数十本の火矢が時折、雨のように降り注いでくる。
そのたびに業火が巻き起こり、増々火の勢いが強くなってきた。
「リリス。あそこに少女が居るのが分かるか?」
オーリスが指さす方向に目を向けると、小さな少女が天空に向けて矢を放っていた。
その矢は放たれると同時に火を纏い、上空で一気に分裂して数十本の火矢となり、そのまま地上に降り注いだ。
その少女の持つ弓は・・・・・リリスがミクに与えた魔弓だった。
魔弓の放つ魔力とその特性が、リリスの持つ魔金属錬成スキルの錬成時のログと一致しているからだ。
「あの少女は名をミクルと言う。元々は弓もろくに扱えない少女で、仲間からも頻繁に蔑まれていたのだが、あの魔弓を手に入れてから、突然闇堕ちしてしまったのだ。」
オーリスの言葉にリリスはふと疑問を抱いた。
「ミク。あのミクルって言う少女は、もしかしてあなたが以前に言っていた、仲間外れにされていた少女なの?」
リリスの問い掛けにミクは神妙な表情で頷いた。
「そうなんです。私の造り上げたミクと言う疑似人格は、あのミクルをモデルにして造り上げました。それ故に魔力の波動もほぼ同じ構成なんです。」
ミクの言葉にリリスは何となく話の概要が掴めた。
「あのミクルの持つ魔弓は、私がミクにあげた二つの魔弓のうちの予備の方なのね?」
「そうなんです。ミクルが使えるんじゃないかと思って・・・」
うんうん。
やはりそうだ。
ミクの魔力の波動に反応するように手を加えた魔弓が、ミクルの魔力の波動にも反応したのね。
「でも、どうして闇堕ちしてしまったの?」
「それが・・・・・」
リリスの問い掛けにミクは言葉を詰まらせた。
「ミクルにあの魔弓をあげた時、彼女はとても喜んだんです。自分でも上手く扱える弓に出会えたって言って・・・」
「魔弓の持つ身体強化の特性とミクルの持つスキルが共鳴して、驚くほどに強い矢を放てるようになったんです。でも彼女を蔑んでいた連中がそれを見て、馬鹿にしながら魔弓を取り上げようとしたら、ミクルの態度が急変してしまって・・・」
う~ん。
積もりに積もった鬱憤が爆発しちゃったのね。
「でもそんなに簡単に闇堕ちしちゃうものかしら?」
リリスの疑問にオーリスが口を開いた。
「リリス。お前はあの魔弓をダンジョンで手に入れたそうじゃないか。リザードマンアーチャーから奪い取ったと、ミクからは聞いたのだが。」
「ええ、その通りです。」
リリスの返答にオーリスはうんうんと頷いた。
「魔物の持つ魔弓ならば、その魔物の魔力が残っていたのだろう。魔弓を構成する魔力誘導体にその残滓が残っていたのかも知れん。その影響でミクルが闇堕ちするための歯止めが無くなったのだろう。」
オーリスの解釈はリリスには納得出来ない。
「でもあの魔弓は私の魔力を流して錬成し直したんですけど・・・」
「まあ、人族や獣人なら何の問題も無いのだが、エルフはその点において敏感と言うか、過敏なのだよ。魔物の魔力の残滓が僅かなものであっても、その魔力を取り込んでしまうと悪影響を受ける事が多い。特にミクルはまだ少女だからな。精神的にも未熟な上に、仲間からは蔑まれ、魔弓を手にする直前には既に崩壊寸前の精神状態だったのだと思う。」
そう言うとオーリスはグッと唇を噛み締めた。
「今更の事だが、ミクルをあそこまで追い込んでしまったのは我らの責任だ。だが事態は取り返しがつかない状況になってしまっている。」
オーリスの言葉の直後に、遠方から数十本の火矢がミクルを目掛けて降り注いできた。
だがそれらはミクルから5mほどの距離で全て跳ね返され、その周囲に火矢の業火が燃え盛った。
その赤々とした業火の向こうに、ミクルを取り巻く半透明のシールドが薄っすらと見えた。
「シールドを張っているの?」
リリスの呟きにオーリスは無言で頷いた。
「ミクルを取り巻く亜空間シールドは非常に強力だ。エルフが集団で放った火矢やファイヤーボールも全て跳ね返している。」
「元々は優れたスキルを持ち合わせていたのだろうな。ミクルの場合、魔力の操作が上手く出来ず、潜在的に持っていたスキルを上手く発動出来なかったようだ。それらが皮肉にも闇堕ちして開花してしまうとはなあ。」
慨嘆するオーリスの口調が痛々しい。
何とか出来ないものか?
リリスがそう思う間にも、ミクルは断続的に矢を上空に放ち、火矢の雨がそのたびに降り注いでくる。
大地を焼き焦がし、家屋や作物を焼き払い、森が業火に包まれていく。
その範囲が短時間で加速的に拡大してしまった。
リリスは対応策を思い巡らせながら、解析スキルを発動させた。
ミクルを止めるにはどうしたら良いかしら?
『生命を奪わず捕縛するのでしたら、強烈な麻痺毒を散布するのが得策でしょうね。』
でも亜空間シールドがあるわよ。
『そうですね。分析してみましたが、5層構造のかなり特殊な亜空間シールドだと分かります。』
『ですが、魔力で維持されているので、修復に追い付けないほどの飽和攻撃を掛ければ、僅かな亀裂や穴を生じさせる事は可能だと思います。』
飽和攻撃ねえ。
でも小さな穴が開いたとしても直ぐに修復しちゃうわよね。
『逆に小さな穴や亀裂さえ空けば、そこに物を送り込むことは可能です。闇の転移を使えばね。』
ああ、そう言う事ね。
それならやってみる価値はあるわね。
じゃあ、先ず強度の麻痺毒を生成して。
それを水に付与させて闇で包み込めば良いのよね。
『そう言う事です。では麻痺毒の生成に掛かりますね。』
リリスの持つ毒生成スキルが発動され、麻痺毒の生成に向けて活性化されていく。
それと同時にリリスは闇を生じさせ、それを球体にして内部を水で満たした。
リリスの体内の疑似毒腺で生成された麻痺毒をその内部に注入させると、闇の球体は仄かに暗緑色の光を放ち始めた。
それを空中に浮遊させながら、リリスは火魔法の魔力を全力で身体中にたぎらせた。
身体中が熱くなり、力が漲ってくる。
「飽和攻撃を掛けてみますね。それで小さな綻びさえ生じれば、勝機はあるんですけど・・・」
オーリスにそう伝えると、リリスはミクルの方向に少し駆け寄った。
闇堕ちしたミクルはリリスを敵と捉えていない。
今のミクルにとってはエルフの存在と、その棲み処全体が敵なのだろう。
リリスは極太のファイヤーボルトを10本生じさせ、それを一気にミクルに向けて放った。
ゴウッと音を立てて10本のファイヤーボルトは滑空し、ミクルの周囲の亜空間シールドに着弾した。
ドドドドドッと言う衝撃音と激しい爆炎が立ち上がり、ミクルの周囲を炎熱が取り巻いた。
だがミクルの亜空間シールドは難なくそれを排除している。
これは想定内だ。
リリスは続けざまに10本のファイヤーボルトを数度放った。
それでもシールドに変化はない。
まだまだ足りないのかしら?
『ミクルの亜空間シールドは球体状になっていますね。』
えっ!
それじゃあ、半分は地下に隠れているって言うの?
『そう言う事です。地下までも攻撃する必要がありますね。』
それってどうしたら良いのよ?
『お得意の手があるじゃないですか。溶岩流で下から炙れば良いんですよ。』
ええっ!
そんな事をしてミクルは大丈夫なの?
麻痺毒が効いてシールドが無くなった途端に、溶岩流に巻き込まれちゃうわよ。
『シールドの消滅から溶岩流に落下するまで1~2秒の時間があります。瞬時に闇の転移を掛ければ救い出せますよ。』
う~ん。
それって賭けよねえ。
でも勝算は充分にあるって事なのね。
分かったわ。
リリスはファイヤーボルトを放ち続けながら、同時に土魔法を発動させ、ミクルの周囲の直径10mほどで火魔法と連携させた。その為の激しい魔力の消耗を回避すべく、魔力吸引を発動させると、大地や大気から大量の魔力が渦を巻いてリリスの身体に流れ込んでくる。その魔力の奔流に晒されながらも、リリスは火魔法と土魔法を強度に連携させ、溶岩流の発生を促した。
ミクルの周囲の大地が赤々と光を放ち、ぐつぐつと煮えたぎってきたように見える。
その熱気で赤い地面から蒸気が噴出され、炎熱がオーリス達にも伝わってきた。
「これは・・・。儂等は何を見せられておるのだ?」
驚くオーリスの目の前には、溶岩の沼に浮かぶ直径5mの球体が映っていた。
ミクルのシールドの地下に隠れていた部分は溶岩流によって炙り出され、更にその全方位にリリスの強力なファイヤーボルトが着弾し続けている。
その炎熱と爆炎でシールドは可視化され、取り巻く炎は絶えるいとまも無く供給されるので、炎の帯となってシールド全体を包み込んでいるようにも見えた。
「とても人族の業とは思えぬ。リリスが我々の敵で無くて良かったとつくづく思うぞ。」
オーリスの言葉をリリスはふんっと鼻で笑った。
エルフを滅ぼして何の得になるのよ!
若干切れ気味になりつつも、リリスは溶岩流を維持し、同時にファイヤーボルトを放ち続けた。
既にリリスの放ったファイヤーボルトは200発を超えている。
ミクルからの外部への攻撃は止まったままだ。
おそらくシールドの維持に全力を投入しているからだろう。
そう思っていると、リリスの探知にミクルのシールドの綻びが一瞬感じられた。
今だ!
リリスは反射的に麻痺毒を含んだ球状の闇を転移させた。
リリスの傍に浮遊して待機させていた闇は一瞬で消えた。
シールド内部に送り込む事が出来たのだ。
『麻痺毒の転移は成功です! シールドの消滅した瞬間にミクルを転移させてください!』
解析スキルの指示を受け、リリスは炎に包まれたシールドをじっと見つめていたのだった。
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同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
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投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
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