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ミクとミクル2
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エルフの棲み処。
ミクルの闇堕ちによって焼き尽くされた惨事も終盤を迎えていた。
リリスの飽和攻撃によってミクルが5層にも張り巡らせていたシールドに亀裂が入り、その一瞬の隙をついてリリスは強烈な麻痺毒の転送に成功したのだった。
麻痺毒はミクルの周囲に散布され、それによってミクルは意識を奪われた。
それと同時にミクルの周囲の亜空間シールドが消滅する。
その一瞬を見逃さず、リリスはミクルに対して闇魔法の転移を発動させた。
リリスの足元にゴロっと転がるミクル。
その姿を確認して、リリスはホッと安堵のため息をついた。
即座にミクルの状態を精査するが、麻痺毒で意識を失っているだけで、火傷や身体上の異常は見られない。
リリスの傍にオーリスとミクが駆け寄ってきた。
「リリス。ご苦労様だったな。これで惨事は終了したのだが、問題はこの後だ。」
そう言うとオーリスは倒れているミクルをじっと見つめた。
これだけの惨事を引き起こしたミクルには厳罰が処せられるのだろうか?
そのリリスの心配を肯定するように、リリス達の背後からエルフ達の罵倒の声が聞こえてきた。
今まで退避していたエルフ達がこちらに出てきたようだ。
「ミクルを殺せ!」
「八つ裂きにしても足りん!」
「我々の住居や食料はどうするんだ!」
そんな声が重なる中に、僅かながらミクルを擁護する声もあった。
「元はと言えば我々がミクルを蔑んでいたからだ。」
その声も他のエルフ達の罵声にかき消されてしまう。
30人ほどのエルフがオーリスの傍に近付いてきた。
「オーリス様。このミクルをどうするおつもりですか?」
一人のエルフの問い掛けにオーリスはう~んと唸って口を開いた。
「ミクルはまだ幼い少女だ。厳罰に処する訳にもいくまい。我等の部族からの追放が妥当なところだな。」
「だがその前に闇堕ちした後の処置を施さなければ、再度惨事を引き起こすかも知れん。」
「そう考えると数十年間は魔力を断ち切った状態で、独房に監禁する必要がありそうだな。」
それは酷い!
リリスはミクルに対する処分があまりに酷いので、他に策が無いかと考えを巡らせた。
「オーリス様。闇堕ちしたミクルの精神状態を回復させるのでしたら、私と同郷の友人でマキと言う名の元聖女の大祭司が居ますので、彼女に任せてみてはいかがでしょうか?」
リリスの提案にオーリスは眉をピクンと上げた。
「何? 元聖女だと? その人物なら高位の聖魔法を施せると言うのだな?」
「はい。彼女は胎内回帰や魂魄浄化など、最上位の聖魔法を扱えます。」
リリスの言葉にオーリスはうんうんと頷いた。
オーリスにしても、少女であるミクルに対する重罰には迷いがあった。
それ故にリリスからの提案は助け舟でもあったのだ。
「リリス。そのマキと言う人物にミクルを託してみよう。だがそれでも部族からの追放は避けられないのだがなあ。」
「それは追々考えましょう。先ずはマキちゃんと連絡を取りますね。」
そう言うとリリスは亜空間収納からマキとの連絡用の魔道具を取り出し、即座にそれを起動させた。
数度の呼び出し音の後、魔道具からマキの声が聞こえてきた。
「どうしたの? こんな夜に呼び出すなんて。」
マキの言葉に改めてリリスは時刻を確認した。
既に夜の10時近い。
リリスは一連の出来事をマキに伝え、ミクルに対して高位の聖魔法を施して欲しいと嘆願した。
マキは明日の予定を調べるために、しばらく沈黙していた。
その後、マキの声が再び魔道具から聞こえてきた。
「明日の予定なんだけど、祭祀の後の時間が少しあるので、夕方の5時からなら大丈夫よ。」
「うん。それで良いわ。ありがとう。その時刻に神殿まで行けば良いのね。」
「ええ、少し早めに来ても良いわよ。」
マキはそう言うとそそくさと魔道具での連絡を終えた。
この後の時間で何か用件があるようだ。
「オーリス様。今お聞きになった通りです。ミクルの身柄を一晩預かってください。明日の夕方にミクルをミラ王国の王都の神殿に連れて行きます。それで私なんですが・・・明日の午前中にここに来たいのですがよろしいですか?」
「うん? 明日の午前中にここに来ると言ったか? 何故だ?」
「それはこのエルフの棲み処の復興の手助けをしたいからですよ。」
リリスはそう言いながら、周囲の荒れ果てた大地を見回した。
「私は元々土魔法が得意なんです。少しでも手助けが出来れば、これからのミクの負担も減らせるので。」
リリスの言葉にミクは涙目で頷いた。
「リリス先輩、助かります。今回の出来事で大半のトレントが犠牲になって手が足りない状態なんです。」
「そう言えば、ミクの本体って今何処に居るの?」
リリスの問い掛けにミクは神妙な表情で口を開いた。
「私の本体は森の外れで生き残った3体のトレントを護っています。使役されていたドライアドは、元々主従関係が希薄だったので、全て逃げ出してしまいました。」
そうなのね。
リリスは翌朝オーリスに迎えに来てもらう約束を取り付けた上で、オーリスの転移魔法で学生寮の自室に戻してもらった。
翌朝。
朝食を取り、約束の時間に迎えに来たオーリスと共に、リリスはエルフの棲み処に転移した。
この日魔法学院は休日なので本来は一日中だらだらと過ごすつもりだったリリスだが、ミクとミクルの引き起こした惨状の後片付けをしないわけにはいかない。
そう思っての行動である。
「リリス。この状況の何処から手を付けるつもりだ?」
オーリスの言葉にリリスは苦笑いを浮かべた。
確かにそう思いたくなるほど酷い状態だ。
荒れ果てた荒野が目の前に広がっている。
だがそれは、以前にアブリル王国の開拓地を土魔法で開墾した時とあまり変わらない。
リリスは土魔法の魔力を身体中に巡らせ、荒れ果てた土地を精査し始めた。
そこには元々の耕作地などの痕跡が感じられる。
農道や井戸の痕跡も若干残っているので、現状からの回復は確かに大変だが困難を極めるほどではない。
リリスは土魔法を発動させ、その魔力を放ちながら荒れた土地の土壌改良を進めた。
その際に農道らしき痕跡に従って道を造り、井戸を復旧させていく。
勿論井戸の場所には土を円形に盛り上がらせて囲いを造り、それを岩石のように硬化させて頑強に仕上げた。
土壌改良の為には肥料も必要だ。
毒生成スキルは肥料をも生成可能である。
スキルを発動させて肥料を生成して水魔法で散布し、更に土魔法で土壌の改良を続けていく。
収穫物の倉庫やサイロの痕跡もあったので、これも土魔法で造り上げた。
これは土で構造物を造り上げ硬化させるだけの作業で、装飾を必要としないのでリリスにとっては朝飯前だった。
それでも建物の腰壁部分を大理石っぽい岩石状にして硬化させたのは、リリスのほんの少しの遊び心である。
見渡す限りの荒れ地がみるみるうちに耕作地に変わっていく。
1時間弱でオーリスとミクの目の前には、広大な耕作地が復元されていた。
「う~む。土魔法が得意とは言え、これほどまでとはなあ。」
「それにこれだけの作業をこなして、魔力の不足を感じさせないのも驚異だ。」
驚くオーリスの背後から、エルフ達がリリスの傍に近付いてきた。
彼等はリリスの土魔法のあまりの効率の良さに感動しながらも、更なる依頼を持ち掛けてきたのだ。
リリスはそれに嫌な顔もせず応えた。
彼等の求めに応じて井戸を余分に掘り、農道を拡張し、収穫物の倉庫を増築した。
依頼された場所に水源が無いので、他の場所に井戸を掘る提言もしてあげた。
更に、住居を失った者達の為の仮の住居も土で造り上げた。
だがこれはあくまでも仮の住居である。
森に棲むエルフにとっては木造家屋が適しているのだそうだ。
復旧作業が一段落したところで、リリスは休憩を取った。
魔力消耗は30%ほどだろうか。
かなり消耗した事は確かだが、それでも額の汗が心地良い。
エルフ達からの感謝の言葉も、リリスにとっては疲れを吹き飛ばす清涼剤だ。
「お疲れ様です。」
そう言って寄り添ってくるミクと共に、リリスは座って耕作地を見回した。
だがその時、リリスの脳裏に昨夜のエルフ達の言葉が蘇ってきた。
食料も焼き尽くされた。
その言葉が脳裏を駆け巡る。
そうだわ。
備蓄の食糧が無いのよね。
それは飢餓の危険性を孕んでいる。
リリスは心配になってオーリスに聞いてみたが、オーリスの口は重かった。
「他の部族に頼み込むしかないのだが、彼等にその余裕があるか否か分からんのだ。」
この土地のエルフの部族は老若男女200人ほどのエルフで構成されている。
この人数を養うだけの食糧の余裕は、他の部族には無いのだろうか?
メルに頼んでミラ王国から援助してもらおうかしら?
でもメルがそれを承諾してくれる理由も無ければその保証も無いわね。
あれこれと考えあぐねるリリスである。
だがその時、解析スキルが突然発動した。
『お困りのようですね。』
どうしたのよ突然に?
『実は悩みの解決を提言するものが居りまして。』
うん?
『世界樹の加護が発動許可を求めています。』
ええっ?
世界樹の加護が?
『この状況は自分の出番だと主張していますが、どうされますか?』
どうすると言っても、勝手に世界樹の加護を発動させると、またロキ様に怒られちゃうからなあ。
『ロキの制約の範囲内で解決出来ると言っていますよ。』
そうなの?
まあ、良いわ。
他に解決の糸口が見当たらないから、とりあえず許可するわよ。
リリスの思いを告げると、即座に世界樹の加護が発動された。
『世界樹の加護が意思疎通のために、魔力を使って実体化したいと言っています。』
う~ん。
どう言うつもりなのよ?
リリスは一瞬躊躇った後にそれを許可した。
リリスの魔力が身体の外に流れ出し、徐々に形を変えると、ドライアドのような外見の女性の姿になった。
その肌は緑色で優しそうな表情をしている。
「どうしたのよ? 実体化までするなんて・・・」
リリスの言葉にその女性はウフフと笑った。
「キングドレイクさんがマザーの魔力で実体化したことがありましたよね。私もそれが出来るかなと思って。」
「それにこの方が話が早いですからね。」
そう言うとその女性はリリスが開墾した耕作地を見回した。
「ちょっと待って。マザーって私の事?」
「ええ、そうですよ。私の本体の世界樹の育ての親じゃないですか。」
「育ての親って・・・・・まあ、そう言う言い方も出来ない事は無いんだけどねえ。」
リリスはう~んと唸ってその女性の顔を見つめた。
それに反応して女性からは、如何にも親し気な視線が返ってきた。
その様子を見ながらオーリスが怪訝そうにリリスに話し掛けた。
「この女性は何者だ? お前の内部から出てきたようにも見えたのだが。」
「ああ、この女性は私の中にある世界樹の加護が実体化したものです。」
「何? 世界樹の加護だと? そんなものがこの世界にあるのか?」
オーリスは驚きの声を上げて女性の姿をじっと見つめた。
「この世界には世界樹は在りません。詳しくは話せませんが、世界樹のある異世界と縁を持つ出来事があって、その結果加護を得たんです。」
リリスの言葉にオーリスは驚き、う~んと唸って黙り込んでしまった。
そのオーリスに加護の実体化した女性が話し掛けた。
「エルフの皆さんの食料不足を解決してあげますから、私に任せて下さい。」
その言葉にもオーリスはう~んと唸って考え込んでいる。
どう対応して良いのか分からないのだろう。
「ねえ、あなたの事を何と呼べば良いの? 加護?」
「ええっ! 加護は・・・無いですよねえ。マザーが呼びやすい名前を付けて下さい。」
そう言われてリリスは少し考え込んだ。
「う~ん。植物っぽい名前が良いのかしら? それなら・・・フローラで良い?」
「ええ、良いですね。ありがとうございます、マザー。」
フローラと名付けられた女性は嬉しそうに答えた。
「それで、フローラ。ロキ様の制限の抵触しない方法ってどう言う事?」
「ああ、それはですね。」
フローラはそう言って少し間を置いた。
「個別進化のような事でなければ良いのですよね。この世界の植物、つまり穀物の発育を促進させるだけですよ。その過程で遺伝子の組み換えのような事も必要なんですけど、そこは大目に見てもらえると思います。」
「具体的にはどうするの?」
リリスの問い掛けにフローラは耕作地を指差した。
「マザーが土壌改良をしたこの土地にも、以前から茂っていた作物の根の一部が残っているのですよ。焼き尽くされた灰の中にも作物の細胞の情報だけは残っています。それを復元して発育を促進させるだけですから。それならこの世界の理法にも反しないので、ロキ様の定めた制限にも引っ掛からないと思いますよ。」
そうなのかなあ?
それで大丈夫なのかなあ?
色々と思いあぐねるリリスの手をフローラは強く握った。
「さあ、マザー。世界樹の加護の権能の一つである、産土神体現スキルを発動させましょう。準備は良いですか?」
フローラの申し出にリリスは若干躊躇いながらも、ここまでの流れのままに頷いたのだった。
ミクルの闇堕ちによって焼き尽くされた惨事も終盤を迎えていた。
リリスの飽和攻撃によってミクルが5層にも張り巡らせていたシールドに亀裂が入り、その一瞬の隙をついてリリスは強烈な麻痺毒の転送に成功したのだった。
麻痺毒はミクルの周囲に散布され、それによってミクルは意識を奪われた。
それと同時にミクルの周囲の亜空間シールドが消滅する。
その一瞬を見逃さず、リリスはミクルに対して闇魔法の転移を発動させた。
リリスの足元にゴロっと転がるミクル。
その姿を確認して、リリスはホッと安堵のため息をついた。
即座にミクルの状態を精査するが、麻痺毒で意識を失っているだけで、火傷や身体上の異常は見られない。
リリスの傍にオーリスとミクが駆け寄ってきた。
「リリス。ご苦労様だったな。これで惨事は終了したのだが、問題はこの後だ。」
そう言うとオーリスは倒れているミクルをじっと見つめた。
これだけの惨事を引き起こしたミクルには厳罰が処せられるのだろうか?
そのリリスの心配を肯定するように、リリス達の背後からエルフ達の罵倒の声が聞こえてきた。
今まで退避していたエルフ達がこちらに出てきたようだ。
「ミクルを殺せ!」
「八つ裂きにしても足りん!」
「我々の住居や食料はどうするんだ!」
そんな声が重なる中に、僅かながらミクルを擁護する声もあった。
「元はと言えば我々がミクルを蔑んでいたからだ。」
その声も他のエルフ達の罵声にかき消されてしまう。
30人ほどのエルフがオーリスの傍に近付いてきた。
「オーリス様。このミクルをどうするおつもりですか?」
一人のエルフの問い掛けにオーリスはう~んと唸って口を開いた。
「ミクルはまだ幼い少女だ。厳罰に処する訳にもいくまい。我等の部族からの追放が妥当なところだな。」
「だがその前に闇堕ちした後の処置を施さなければ、再度惨事を引き起こすかも知れん。」
「そう考えると数十年間は魔力を断ち切った状態で、独房に監禁する必要がありそうだな。」
それは酷い!
リリスはミクルに対する処分があまりに酷いので、他に策が無いかと考えを巡らせた。
「オーリス様。闇堕ちしたミクルの精神状態を回復させるのでしたら、私と同郷の友人でマキと言う名の元聖女の大祭司が居ますので、彼女に任せてみてはいかがでしょうか?」
リリスの提案にオーリスは眉をピクンと上げた。
「何? 元聖女だと? その人物なら高位の聖魔法を施せると言うのだな?」
「はい。彼女は胎内回帰や魂魄浄化など、最上位の聖魔法を扱えます。」
リリスの言葉にオーリスはうんうんと頷いた。
オーリスにしても、少女であるミクルに対する重罰には迷いがあった。
それ故にリリスからの提案は助け舟でもあったのだ。
「リリス。そのマキと言う人物にミクルを託してみよう。だがそれでも部族からの追放は避けられないのだがなあ。」
「それは追々考えましょう。先ずはマキちゃんと連絡を取りますね。」
そう言うとリリスは亜空間収納からマキとの連絡用の魔道具を取り出し、即座にそれを起動させた。
数度の呼び出し音の後、魔道具からマキの声が聞こえてきた。
「どうしたの? こんな夜に呼び出すなんて。」
マキの言葉に改めてリリスは時刻を確認した。
既に夜の10時近い。
リリスは一連の出来事をマキに伝え、ミクルに対して高位の聖魔法を施して欲しいと嘆願した。
マキは明日の予定を調べるために、しばらく沈黙していた。
その後、マキの声が再び魔道具から聞こえてきた。
「明日の予定なんだけど、祭祀の後の時間が少しあるので、夕方の5時からなら大丈夫よ。」
「うん。それで良いわ。ありがとう。その時刻に神殿まで行けば良いのね。」
「ええ、少し早めに来ても良いわよ。」
マキはそう言うとそそくさと魔道具での連絡を終えた。
この後の時間で何か用件があるようだ。
「オーリス様。今お聞きになった通りです。ミクルの身柄を一晩預かってください。明日の夕方にミクルをミラ王国の王都の神殿に連れて行きます。それで私なんですが・・・明日の午前中にここに来たいのですがよろしいですか?」
「うん? 明日の午前中にここに来ると言ったか? 何故だ?」
「それはこのエルフの棲み処の復興の手助けをしたいからですよ。」
リリスはそう言いながら、周囲の荒れ果てた大地を見回した。
「私は元々土魔法が得意なんです。少しでも手助けが出来れば、これからのミクの負担も減らせるので。」
リリスの言葉にミクは涙目で頷いた。
「リリス先輩、助かります。今回の出来事で大半のトレントが犠牲になって手が足りない状態なんです。」
「そう言えば、ミクの本体って今何処に居るの?」
リリスの問い掛けにミクは神妙な表情で口を開いた。
「私の本体は森の外れで生き残った3体のトレントを護っています。使役されていたドライアドは、元々主従関係が希薄だったので、全て逃げ出してしまいました。」
そうなのね。
リリスは翌朝オーリスに迎えに来てもらう約束を取り付けた上で、オーリスの転移魔法で学生寮の自室に戻してもらった。
翌朝。
朝食を取り、約束の時間に迎えに来たオーリスと共に、リリスはエルフの棲み処に転移した。
この日魔法学院は休日なので本来は一日中だらだらと過ごすつもりだったリリスだが、ミクとミクルの引き起こした惨状の後片付けをしないわけにはいかない。
そう思っての行動である。
「リリス。この状況の何処から手を付けるつもりだ?」
オーリスの言葉にリリスは苦笑いを浮かべた。
確かにそう思いたくなるほど酷い状態だ。
荒れ果てた荒野が目の前に広がっている。
だがそれは、以前にアブリル王国の開拓地を土魔法で開墾した時とあまり変わらない。
リリスは土魔法の魔力を身体中に巡らせ、荒れ果てた土地を精査し始めた。
そこには元々の耕作地などの痕跡が感じられる。
農道や井戸の痕跡も若干残っているので、現状からの回復は確かに大変だが困難を極めるほどではない。
リリスは土魔法を発動させ、その魔力を放ちながら荒れた土地の土壌改良を進めた。
その際に農道らしき痕跡に従って道を造り、井戸を復旧させていく。
勿論井戸の場所には土を円形に盛り上がらせて囲いを造り、それを岩石のように硬化させて頑強に仕上げた。
土壌改良の為には肥料も必要だ。
毒生成スキルは肥料をも生成可能である。
スキルを発動させて肥料を生成して水魔法で散布し、更に土魔法で土壌の改良を続けていく。
収穫物の倉庫やサイロの痕跡もあったので、これも土魔法で造り上げた。
これは土で構造物を造り上げ硬化させるだけの作業で、装飾を必要としないのでリリスにとっては朝飯前だった。
それでも建物の腰壁部分を大理石っぽい岩石状にして硬化させたのは、リリスのほんの少しの遊び心である。
見渡す限りの荒れ地がみるみるうちに耕作地に変わっていく。
1時間弱でオーリスとミクの目の前には、広大な耕作地が復元されていた。
「う~む。土魔法が得意とは言え、これほどまでとはなあ。」
「それにこれだけの作業をこなして、魔力の不足を感じさせないのも驚異だ。」
驚くオーリスの背後から、エルフ達がリリスの傍に近付いてきた。
彼等はリリスの土魔法のあまりの効率の良さに感動しながらも、更なる依頼を持ち掛けてきたのだ。
リリスはそれに嫌な顔もせず応えた。
彼等の求めに応じて井戸を余分に掘り、農道を拡張し、収穫物の倉庫を増築した。
依頼された場所に水源が無いので、他の場所に井戸を掘る提言もしてあげた。
更に、住居を失った者達の為の仮の住居も土で造り上げた。
だがこれはあくまでも仮の住居である。
森に棲むエルフにとっては木造家屋が適しているのだそうだ。
復旧作業が一段落したところで、リリスは休憩を取った。
魔力消耗は30%ほどだろうか。
かなり消耗した事は確かだが、それでも額の汗が心地良い。
エルフ達からの感謝の言葉も、リリスにとっては疲れを吹き飛ばす清涼剤だ。
「お疲れ様です。」
そう言って寄り添ってくるミクと共に、リリスは座って耕作地を見回した。
だがその時、リリスの脳裏に昨夜のエルフ達の言葉が蘇ってきた。
食料も焼き尽くされた。
その言葉が脳裏を駆け巡る。
そうだわ。
備蓄の食糧が無いのよね。
それは飢餓の危険性を孕んでいる。
リリスは心配になってオーリスに聞いてみたが、オーリスの口は重かった。
「他の部族に頼み込むしかないのだが、彼等にその余裕があるか否か分からんのだ。」
この土地のエルフの部族は老若男女200人ほどのエルフで構成されている。
この人数を養うだけの食糧の余裕は、他の部族には無いのだろうか?
メルに頼んでミラ王国から援助してもらおうかしら?
でもメルがそれを承諾してくれる理由も無ければその保証も無いわね。
あれこれと考えあぐねるリリスである。
だがその時、解析スキルが突然発動した。
『お困りのようですね。』
どうしたのよ突然に?
『実は悩みの解決を提言するものが居りまして。』
うん?
『世界樹の加護が発動許可を求めています。』
ええっ?
世界樹の加護が?
『この状況は自分の出番だと主張していますが、どうされますか?』
どうすると言っても、勝手に世界樹の加護を発動させると、またロキ様に怒られちゃうからなあ。
『ロキの制約の範囲内で解決出来ると言っていますよ。』
そうなの?
まあ、良いわ。
他に解決の糸口が見当たらないから、とりあえず許可するわよ。
リリスの思いを告げると、即座に世界樹の加護が発動された。
『世界樹の加護が意思疎通のために、魔力を使って実体化したいと言っています。』
う~ん。
どう言うつもりなのよ?
リリスは一瞬躊躇った後にそれを許可した。
リリスの魔力が身体の外に流れ出し、徐々に形を変えると、ドライアドのような外見の女性の姿になった。
その肌は緑色で優しそうな表情をしている。
「どうしたのよ? 実体化までするなんて・・・」
リリスの言葉にその女性はウフフと笑った。
「キングドレイクさんがマザーの魔力で実体化したことがありましたよね。私もそれが出来るかなと思って。」
「それにこの方が話が早いですからね。」
そう言うとその女性はリリスが開墾した耕作地を見回した。
「ちょっと待って。マザーって私の事?」
「ええ、そうですよ。私の本体の世界樹の育ての親じゃないですか。」
「育ての親って・・・・・まあ、そう言う言い方も出来ない事は無いんだけどねえ。」
リリスはう~んと唸ってその女性の顔を見つめた。
それに反応して女性からは、如何にも親し気な視線が返ってきた。
その様子を見ながらオーリスが怪訝そうにリリスに話し掛けた。
「この女性は何者だ? お前の内部から出てきたようにも見えたのだが。」
「ああ、この女性は私の中にある世界樹の加護が実体化したものです。」
「何? 世界樹の加護だと? そんなものがこの世界にあるのか?」
オーリスは驚きの声を上げて女性の姿をじっと見つめた。
「この世界には世界樹は在りません。詳しくは話せませんが、世界樹のある異世界と縁を持つ出来事があって、その結果加護を得たんです。」
リリスの言葉にオーリスは驚き、う~んと唸って黙り込んでしまった。
そのオーリスに加護の実体化した女性が話し掛けた。
「エルフの皆さんの食料不足を解決してあげますから、私に任せて下さい。」
その言葉にもオーリスはう~んと唸って考え込んでいる。
どう対応して良いのか分からないのだろう。
「ねえ、あなたの事を何と呼べば良いの? 加護?」
「ええっ! 加護は・・・無いですよねえ。マザーが呼びやすい名前を付けて下さい。」
そう言われてリリスは少し考え込んだ。
「う~ん。植物っぽい名前が良いのかしら? それなら・・・フローラで良い?」
「ええ、良いですね。ありがとうございます、マザー。」
フローラと名付けられた女性は嬉しそうに答えた。
「それで、フローラ。ロキ様の制限の抵触しない方法ってどう言う事?」
「ああ、それはですね。」
フローラはそう言って少し間を置いた。
「個別進化のような事でなければ良いのですよね。この世界の植物、つまり穀物の発育を促進させるだけですよ。その過程で遺伝子の組み換えのような事も必要なんですけど、そこは大目に見てもらえると思います。」
「具体的にはどうするの?」
リリスの問い掛けにフローラは耕作地を指差した。
「マザーが土壌改良をしたこの土地にも、以前から茂っていた作物の根の一部が残っているのですよ。焼き尽くされた灰の中にも作物の細胞の情報だけは残っています。それを復元して発育を促進させるだけですから。それならこの世界の理法にも反しないので、ロキ様の定めた制限にも引っ掛からないと思いますよ。」
そうなのかなあ?
それで大丈夫なのかなあ?
色々と思いあぐねるリリスの手をフローラは強く握った。
「さあ、マザー。世界樹の加護の権能の一つである、産土神体現スキルを発動させましょう。準備は良いですか?」
フローラの申し出にリリスは若干躊躇いながらも、ここまでの流れのままに頷いたのだった。
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一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
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投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
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