338 / 378
司書見習い1
しおりを挟む
メリンダ王女から図書館の司書の件で呼び出されて数日後。
リリスは午前中は授業を受け、午後は図書館でケリー女史から司書としての実務を引き継ぐ日々を送っていた。
元々読書は嫌いではない。
元の世界に居た時も図書館には度々足を運んでいた。
また、書店に出向いて立ち読みしたり、欲しい本を物色するのもリリスにとっては癒しの時間であった。
それに加えてこの世界の本である。
魔法を駆使したギミックやトリックを仕掛けたものもあり、呪いを掛けられた本まであるのだ。
それらに対するリリスの関心も高まるばかりだ。
そのリリスの高揚感を制御すべく、ケリー女史は冷静に実務を教えるように心掛けた。
「リリスさん。図書館に並べられている書物だけが、司書の管理対象じゃないからね。倉庫には同じくらいの分量の書物があるのよ。それらすべてが未整理なので、それを整理して書架に並べられるように整えるのもあなたの仕事よ。」
そう言われてリリスは少し考え込んだ。
「ねえ、ケリーさん。倉庫の未整理の書物には、ヤバいものもあるんじゃないの? 呪いが掛けられているだとか・・・」
リリスの言葉にケリー女史はうんうんと頷いた。
「私はそう言うものにはノータッチよ。それに関連するスキルや能力を持っていないからね。倉庫の奥の別室にまとめて保管してあるわ。」
「でも・・・リリスさんなら処理出来そうよね?」
ケリー女史の言葉にリリスはう~んと唸った。
書物に掛けられた呪いの解除と聞かされて、そう簡単な作業には思えない。
それにその類の書物が大量にまとめて保管されているとなると、その波動でアンデッド等を呼び寄せかねない。
いずれにしても倉庫を見ておきたいので、リリスはケリー女史に倉庫を案内してもらった。
倉庫は図書館に併設されており、図書館1階の奥の扉から入る事が出来る。
観音開きで高さ3m横幅5mの大きな扉を開けると、その扉の大きさのままの通路があり、その奥に大きな体育館のような倉庫が広がっていた。
大きなテーブルの上に積み上げられた書物の山が大量に広がっている。その山積みの書物のそれぞれがカテゴリー分けされているようだ。
倉庫の壁には3m間隔で魔道具がびっしりと取り付けられている。
それらは湿気取りと虫除けの為の物で、魔力の波動でそれを実現しているのが如何にもこの世界らしい光景だ。
その未整理の大量の書物にリリスは唖然とした。
これを整理して書架に並べられるようにしなければならないのね。
そう思うとその作業の大変さに困惑してしまう。
放課後に各学年の図書委員を務めている生徒が手伝ってくれるそうなのだが、それも非定期的なのであてにはならない。
「良くこれだけの書物を集めましたね。でもこのすべてが寄贈品では無いですよね?」
リリスの問い掛けにメリー女史はうんうんと頷いた。
「寄贈品は10%くらいね。ほとんどは業者が持ち込んでくるのよ。」
「えっ? 本を納品する業者が居るんですか?」
「そうなのよ。これは魔法学院の特殊な事情があってね。学院の経費で書物を購入する取り決めがあるのよ。」
倉庫内の書物の山を見つめ、ケリー女史は言葉を選ぶ様子で少し間を置いた。
「業者と言ってもここの卒業生の親族なんだけどね。この人が奇特な方で、支給される経費の数倍の分量の書物を何処からともなく集めてきて、追加請求も無くこの倉庫に置いていくのよ。」
「それでこんなに集まっちゃって・・・・・」
ケリー女史はそう言いながら、ポリポリと頭を掻いた。
有難迷惑って感じかしら?
リリスはそう思って山積みされた書物の一つに近付いた。
テーブルの上に積み上げられた書物は30冊以上ありそうだ。
書物のタイトルを見ると、そのすべてが歴史書である。
歴史書と言っても統一性のあるものでは無い。
大陸に存在した多くの国がそれぞれで編纂したものであり、古くから伝わる古史古伝や叙事詩などが大半だ。
それらの整理を思い描いていると、ケリー女史がリリスの顔を見ながら倉庫の奥を指差した。
「問題はあそこなのよ。」
指差された先には注意喚起の為に黄色に塗られた扉があった。
そこが呪いなどの掛けられた書物の保管スペースである。
ゆっくりとその傍に近付くと、不穏な気配が扉の外にまで漂ってきた。
扉の外から軽く探知を掛けると、呪詛の気配と僅かにアンデッドの気配もある。
呪詛の気配に引き寄せられてきたのだろうか?
「この扉は1年ほど開けていないわよ。」
ケリー女史はそう言うと、嫌そうな表情をした。
まあ、解呪のスキルや浄化スキルを持たなければ、触れたくも無い場所よね。
そうかと言って放置しておく訳にもいかないわねえ。
マキちゃんに手伝って貰おうかな?
リリスはそう思ってその日の図書館での作業を終えた。
翌日の午後。
図書館の倉庫にはリリスとケリー、そしてマキの姿があった。
「まさか神殿の大祭司様がここに来られるとは思いませんでした。」
そう言って恐縮するケリーにマキはえへへと笑って話し掛けた。
「そんなに恐縮しないでください。私は昨日の夜、リリスちゃんからここの事を聞いて、面白そうだったので来ただけですからね。」
マキの言葉にリリスが問い掛けた。
「それにしても神殿のお勤めは大丈夫なの?」
「うん。大丈夫よ。たまたまだけど今日は、夜の祭祀まで空き時間があるのよね。」
「それにしても、転移の魔石まで使うなんて・・・。そもそも転移の魔石を持っていたの?」
リリスの言葉にマキは、転移の魔石を取り出しながらニヤッと笑った。
「これは非常用に持たされていたものなのよ。魔法学院で緊急事態があった時に、私が駆けつける事が出来る様にね。」
「そんな大事なものを・・・」
「大事なものだからこそ、いつでも使える事を確認しておく必要があるのよ。」
そう言って笑うマキに、リリスは呆れてしまった。
だが気軽に駆けつけてくれるマキには心底感謝すべきだ。
そう思ってリリスはマキに感謝の言葉を掛けながら、倉庫の奥の黄色い扉の方にマキを案内した。
黄色い扉の前に立つと、マキの表情が一瞬強張った。
やはり扉の向こうの気配を察したようである。
「居るでしょ?」
「うん。居るわね。」
それだけの会話でマキは聖魔法の魔力を循環させ始めた。
「でもアンデッドの気配よりも、呪詛の気配の方が強烈ね。どうせなら徹底的に浄化した方が良いかも。」
「それって魂魄浄化を発動させるの?」
リリスの言葉にマキはうんうんと頷いた。
「軽度の呪詛なら魂魄浄化で解けるものもあるわよ。複雑なものはリリスちゃんに任せるけどね。」
それならと言う事でリリスはマキに魂魄浄化を依頼する事になった。
マキの指示で手をつなぎ、リリスはマキに魔力を流し込んだ。
濃厚なリリスの魔力にマキはウッと呻きながらも、聖魔法の魔力を最大限に循環させ、高位の聖魔法である魂魄浄化の発動に取り掛かった。
マキの身体が光を放ち、その身体が熱くなっていく。
マキが両手を前に突き出し、その魔力を放出すると、倉庫の床に巨大な魔法陣が出現した。
その直径は10mほどにもなりそうだ。
それがするすると倉庫の床を滑り、黄色い扉の向こう側に移動していく。
更にその大きさを拡大し、扉のこちら側にも魔法陣の縁がはみ出している。
「魂魄浄化!」
マキの声と共に魂魄浄化が発動された。
魔法陣から高度の浄化の波動が湧き出し、辺り一面を地中から保管庫内、更に倉庫の上空に至るまで浄化していく。
真っ白な光が満ち溢れ、そのまぶしさで何も見えない状態だ。
だが強烈な癒しの波動が伝わり、傍に居るリリスですら心の奥底から浄化されていく感覚に満たされた。
邪念や邪気が消え去り、心の中に温かいものが溢れていく。
少し離れた場所で見ていたケリーすらも、その心地良さと癒しの波動でうっとりとしている。
扉の向こう側からは時折、アンデッドの断末魔の悲鳴が聞こえるが、それすらも全く気にならないほどの心地良さだ。
マキちゃんの魂魄浄化って確実にグレードアップしているわね。
いや、むしろ聖女本来のレベルに戻ってきたのかも。
リリスはそう思いながらマキの表情を見た。
マキはまだまだ余裕のある表情で淡々と発動を続けている。
しばらくして浄化の波動が収まり、マキはふうっと大きく溜息をついた。
「終わったわよ。アンデッドの気配も消えたわ。それに軽度の呪詛なら消えてしまっているはず。」
そう言うマキの言葉通り、扉の向こう側にはアンデッドの気配も無く、呪詛の気配もかなり軽減されていた。
ケリーの許可を取り、リリスはその黄色く塗られた扉を開いた。
ギギギッという軋み音を立てて扉が開き、古びた書物の匂いがこちらに漂ってくる。
内部の照明をつけると、意外にも広く整然とした保管庫だった。
広いテーブルの上に大きな籠が並び、その中に数冊づつ書物が保管されている。
その数か所からはまだ呪詛の気配が漂い、中には強い呪詛の気配を放つ書物もあった。
それらを避ける様にしながら見回していると、リリスはふと一冊の書物に目を引かれた。
淡い紫色の分厚い表紙を持つその書物は、『土魔法大全』と言うタイトルが付けられていた。
土魔法の書物って珍しいわね。
そう思ってその書物を手に取ると、不思議な気配が感じられると共に、リリスは言葉にし難い違和感を覚えた。
これと言った理由は無いが、この本がここにあってはならないような気がする。
この感覚は何だろうか?
そう思った矢先、リリスの足元がじんじんと痛くなってきた。
えっ?
どうして異世界通行手形が反応しているの?
今直ぐにそのスキルが発動するほどではない。
だが何かしら反応する要素があるのだろう。
首を傾げつつ表紙をめくると、そこに書かれていた著者の名前を見てリリスは驚いた。
著者はリリス・ベル・クレメンスと記されている。
私と同姓同名?
本編に入る前の前書きとして、著者の自己紹介と執筆に至る経緯が書かれていた。
それをリリスは食い入るように読んだ。
****************************************
はじめに
この土魔法大全は、私が長年研鑽し体得した土魔法の数多くのスキルを整理して文書化すると共に、どちらかと言えば地味で軽んじられがちな土魔法自体の普及と、その背景にある過去の文化・文明について編集したものである。
私、リリス・ベル・クレメンスはミラ王国の地方貴族の娘として生まれた。1歳の時には高熱を発し、その生死を危ぶまれたが奇跡的に回復し、それ以降は健康に育てられた。
父ドナルドは剣術の達人であり、母マリアは爆炎のマリアと呼ばれるほどの火魔法の達人であった。
そんな両親の間に生まれてきた私ではあったが、残念な事に両親の素養を受け継いでおらず、属性魔法も土魔法だけしか持っていなかった。
そのような私に対する父母の落胆は大きかったのだが、その父母の様子を幼い目で見てきた私は、土魔法の研鑽を心掛けながらなんとか父母の期待に応えたいと思っていた。
13歳になって私は他の貴族の子女同様、魔法学院に入学した。
だが土魔法しか持たない私は魔法学院では劣等生の烙印を押され、辛い学院生活を送る事になった。
それでも勝気な私はめげる事無く土魔法を研鑽し、他の生徒や教員に認められたいと常々願っていた。
そんな私に転機が訪れたのは、土魔法に長けた賢者ドルネア様との出会いである。
偶然太古のレミア族の遺跡に紛れ込んだ私は、そこで人工知能と化した賢者ドルネア様のホログラムと出会い、様々な教えと訓練を受けた。その際に教わった『土魔法も極めれば強力な武器になる。』は、今でも私の座右の銘である。
魔法学院入学当初は土壁を出現させる程度しか出来なかった私であったが、ドルネア様の教えと訓練によってアースランスを覚え、それを訓練でレベル上げする事で、卒業時には200m四方の土地を地表から3mの高さのアースランスで埋め尽くすほどになった。
更にそのアースランスを鉄のように硬化させて威力を増大させた私は、当時『串刺しのリリス』と揶揄されていたほどである。
実際その威力は凄まじく、地を這う魔物を瞬時に大量に駆逐する事も出来たのだ。
そして魔法学院卒業後、軍務に就いた私はジーク先生率いる特殊部隊に配属された。
その際に偶然にも私は水魔法を取得した。
これは年齢に伴って自然に取得出来たのかも知れないが、私にとっての2度目の転機である。
水魔法と土魔法の連携をドルネア様から提案された私は、その為の研鑽に明け暮れた。
その結果、数年の期間を得てその淀みない連携に成功したのである。
これによって私の土魔法は自然の地形を利用する事が出来るようになった。
丘陵地の谷間などで敵が集結している場合に、土魔法と水魔法を連携させ、大規模な山津波や土石流を発生させて大量の敵を殲滅する事も可能になったのだ。
私はこの能力によって、山脈に囲まれたミラ王国の全方位の国境地帯を確実に守る事が出来た。
幾多の戦闘によってその山脈が姿を変えてしまったのは残念だが、その成果を王家も評価し、それ相応の地位と名誉を与えられたのも、土魔法の研鑽のお陰だと私は自負している。
軍務を退役するにあたって、私は土魔法のスキルに関する研究とその普及の必要性を感じ、この本を著するものである。
この本の編纂に関して、惜しみなく助力をしてくれた夫デニスに感謝を捧げながら。
リリス・ベル・クレメンス
****************************************
ここまで読んで、リリスは唖然として言葉を失っていた。
この本の著者は誰なの?
あまりにも私の人生と一致しているけど・・・・。
著者は私?
いや、そんなはずは無いわよ。
殆ど一緒だけど、要所要所で私の今までの人生と僅かに相違点があるもの。
様々な思いが脳裏を巡る。
リリスはその本を持ちながら、その場に呆然と立ち尽くしていたのだった。
リリスは午前中は授業を受け、午後は図書館でケリー女史から司書としての実務を引き継ぐ日々を送っていた。
元々読書は嫌いではない。
元の世界に居た時も図書館には度々足を運んでいた。
また、書店に出向いて立ち読みしたり、欲しい本を物色するのもリリスにとっては癒しの時間であった。
それに加えてこの世界の本である。
魔法を駆使したギミックやトリックを仕掛けたものもあり、呪いを掛けられた本まであるのだ。
それらに対するリリスの関心も高まるばかりだ。
そのリリスの高揚感を制御すべく、ケリー女史は冷静に実務を教えるように心掛けた。
「リリスさん。図書館に並べられている書物だけが、司書の管理対象じゃないからね。倉庫には同じくらいの分量の書物があるのよ。それらすべてが未整理なので、それを整理して書架に並べられるように整えるのもあなたの仕事よ。」
そう言われてリリスは少し考え込んだ。
「ねえ、ケリーさん。倉庫の未整理の書物には、ヤバいものもあるんじゃないの? 呪いが掛けられているだとか・・・」
リリスの言葉にケリー女史はうんうんと頷いた。
「私はそう言うものにはノータッチよ。それに関連するスキルや能力を持っていないからね。倉庫の奥の別室にまとめて保管してあるわ。」
「でも・・・リリスさんなら処理出来そうよね?」
ケリー女史の言葉にリリスはう~んと唸った。
書物に掛けられた呪いの解除と聞かされて、そう簡単な作業には思えない。
それにその類の書物が大量にまとめて保管されているとなると、その波動でアンデッド等を呼び寄せかねない。
いずれにしても倉庫を見ておきたいので、リリスはケリー女史に倉庫を案内してもらった。
倉庫は図書館に併設されており、図書館1階の奥の扉から入る事が出来る。
観音開きで高さ3m横幅5mの大きな扉を開けると、その扉の大きさのままの通路があり、その奥に大きな体育館のような倉庫が広がっていた。
大きなテーブルの上に積み上げられた書物の山が大量に広がっている。その山積みの書物のそれぞれがカテゴリー分けされているようだ。
倉庫の壁には3m間隔で魔道具がびっしりと取り付けられている。
それらは湿気取りと虫除けの為の物で、魔力の波動でそれを実現しているのが如何にもこの世界らしい光景だ。
その未整理の大量の書物にリリスは唖然とした。
これを整理して書架に並べられるようにしなければならないのね。
そう思うとその作業の大変さに困惑してしまう。
放課後に各学年の図書委員を務めている生徒が手伝ってくれるそうなのだが、それも非定期的なのであてにはならない。
「良くこれだけの書物を集めましたね。でもこのすべてが寄贈品では無いですよね?」
リリスの問い掛けにメリー女史はうんうんと頷いた。
「寄贈品は10%くらいね。ほとんどは業者が持ち込んでくるのよ。」
「えっ? 本を納品する業者が居るんですか?」
「そうなのよ。これは魔法学院の特殊な事情があってね。学院の経費で書物を購入する取り決めがあるのよ。」
倉庫内の書物の山を見つめ、ケリー女史は言葉を選ぶ様子で少し間を置いた。
「業者と言ってもここの卒業生の親族なんだけどね。この人が奇特な方で、支給される経費の数倍の分量の書物を何処からともなく集めてきて、追加請求も無くこの倉庫に置いていくのよ。」
「それでこんなに集まっちゃって・・・・・」
ケリー女史はそう言いながら、ポリポリと頭を掻いた。
有難迷惑って感じかしら?
リリスはそう思って山積みされた書物の一つに近付いた。
テーブルの上に積み上げられた書物は30冊以上ありそうだ。
書物のタイトルを見ると、そのすべてが歴史書である。
歴史書と言っても統一性のあるものでは無い。
大陸に存在した多くの国がそれぞれで編纂したものであり、古くから伝わる古史古伝や叙事詩などが大半だ。
それらの整理を思い描いていると、ケリー女史がリリスの顔を見ながら倉庫の奥を指差した。
「問題はあそこなのよ。」
指差された先には注意喚起の為に黄色に塗られた扉があった。
そこが呪いなどの掛けられた書物の保管スペースである。
ゆっくりとその傍に近付くと、不穏な気配が扉の外にまで漂ってきた。
扉の外から軽く探知を掛けると、呪詛の気配と僅かにアンデッドの気配もある。
呪詛の気配に引き寄せられてきたのだろうか?
「この扉は1年ほど開けていないわよ。」
ケリー女史はそう言うと、嫌そうな表情をした。
まあ、解呪のスキルや浄化スキルを持たなければ、触れたくも無い場所よね。
そうかと言って放置しておく訳にもいかないわねえ。
マキちゃんに手伝って貰おうかな?
リリスはそう思ってその日の図書館での作業を終えた。
翌日の午後。
図書館の倉庫にはリリスとケリー、そしてマキの姿があった。
「まさか神殿の大祭司様がここに来られるとは思いませんでした。」
そう言って恐縮するケリーにマキはえへへと笑って話し掛けた。
「そんなに恐縮しないでください。私は昨日の夜、リリスちゃんからここの事を聞いて、面白そうだったので来ただけですからね。」
マキの言葉にリリスが問い掛けた。
「それにしても神殿のお勤めは大丈夫なの?」
「うん。大丈夫よ。たまたまだけど今日は、夜の祭祀まで空き時間があるのよね。」
「それにしても、転移の魔石まで使うなんて・・・。そもそも転移の魔石を持っていたの?」
リリスの言葉にマキは、転移の魔石を取り出しながらニヤッと笑った。
「これは非常用に持たされていたものなのよ。魔法学院で緊急事態があった時に、私が駆けつける事が出来る様にね。」
「そんな大事なものを・・・」
「大事なものだからこそ、いつでも使える事を確認しておく必要があるのよ。」
そう言って笑うマキに、リリスは呆れてしまった。
だが気軽に駆けつけてくれるマキには心底感謝すべきだ。
そう思ってリリスはマキに感謝の言葉を掛けながら、倉庫の奥の黄色い扉の方にマキを案内した。
黄色い扉の前に立つと、マキの表情が一瞬強張った。
やはり扉の向こうの気配を察したようである。
「居るでしょ?」
「うん。居るわね。」
それだけの会話でマキは聖魔法の魔力を循環させ始めた。
「でもアンデッドの気配よりも、呪詛の気配の方が強烈ね。どうせなら徹底的に浄化した方が良いかも。」
「それって魂魄浄化を発動させるの?」
リリスの言葉にマキはうんうんと頷いた。
「軽度の呪詛なら魂魄浄化で解けるものもあるわよ。複雑なものはリリスちゃんに任せるけどね。」
それならと言う事でリリスはマキに魂魄浄化を依頼する事になった。
マキの指示で手をつなぎ、リリスはマキに魔力を流し込んだ。
濃厚なリリスの魔力にマキはウッと呻きながらも、聖魔法の魔力を最大限に循環させ、高位の聖魔法である魂魄浄化の発動に取り掛かった。
マキの身体が光を放ち、その身体が熱くなっていく。
マキが両手を前に突き出し、その魔力を放出すると、倉庫の床に巨大な魔法陣が出現した。
その直径は10mほどにもなりそうだ。
それがするすると倉庫の床を滑り、黄色い扉の向こう側に移動していく。
更にその大きさを拡大し、扉のこちら側にも魔法陣の縁がはみ出している。
「魂魄浄化!」
マキの声と共に魂魄浄化が発動された。
魔法陣から高度の浄化の波動が湧き出し、辺り一面を地中から保管庫内、更に倉庫の上空に至るまで浄化していく。
真っ白な光が満ち溢れ、そのまぶしさで何も見えない状態だ。
だが強烈な癒しの波動が伝わり、傍に居るリリスですら心の奥底から浄化されていく感覚に満たされた。
邪念や邪気が消え去り、心の中に温かいものが溢れていく。
少し離れた場所で見ていたケリーすらも、その心地良さと癒しの波動でうっとりとしている。
扉の向こう側からは時折、アンデッドの断末魔の悲鳴が聞こえるが、それすらも全く気にならないほどの心地良さだ。
マキちゃんの魂魄浄化って確実にグレードアップしているわね。
いや、むしろ聖女本来のレベルに戻ってきたのかも。
リリスはそう思いながらマキの表情を見た。
マキはまだまだ余裕のある表情で淡々と発動を続けている。
しばらくして浄化の波動が収まり、マキはふうっと大きく溜息をついた。
「終わったわよ。アンデッドの気配も消えたわ。それに軽度の呪詛なら消えてしまっているはず。」
そう言うマキの言葉通り、扉の向こう側にはアンデッドの気配も無く、呪詛の気配もかなり軽減されていた。
ケリーの許可を取り、リリスはその黄色く塗られた扉を開いた。
ギギギッという軋み音を立てて扉が開き、古びた書物の匂いがこちらに漂ってくる。
内部の照明をつけると、意外にも広く整然とした保管庫だった。
広いテーブルの上に大きな籠が並び、その中に数冊づつ書物が保管されている。
その数か所からはまだ呪詛の気配が漂い、中には強い呪詛の気配を放つ書物もあった。
それらを避ける様にしながら見回していると、リリスはふと一冊の書物に目を引かれた。
淡い紫色の分厚い表紙を持つその書物は、『土魔法大全』と言うタイトルが付けられていた。
土魔法の書物って珍しいわね。
そう思ってその書物を手に取ると、不思議な気配が感じられると共に、リリスは言葉にし難い違和感を覚えた。
これと言った理由は無いが、この本がここにあってはならないような気がする。
この感覚は何だろうか?
そう思った矢先、リリスの足元がじんじんと痛くなってきた。
えっ?
どうして異世界通行手形が反応しているの?
今直ぐにそのスキルが発動するほどではない。
だが何かしら反応する要素があるのだろう。
首を傾げつつ表紙をめくると、そこに書かれていた著者の名前を見てリリスは驚いた。
著者はリリス・ベル・クレメンスと記されている。
私と同姓同名?
本編に入る前の前書きとして、著者の自己紹介と執筆に至る経緯が書かれていた。
それをリリスは食い入るように読んだ。
****************************************
はじめに
この土魔法大全は、私が長年研鑽し体得した土魔法の数多くのスキルを整理して文書化すると共に、どちらかと言えば地味で軽んじられがちな土魔法自体の普及と、その背景にある過去の文化・文明について編集したものである。
私、リリス・ベル・クレメンスはミラ王国の地方貴族の娘として生まれた。1歳の時には高熱を発し、その生死を危ぶまれたが奇跡的に回復し、それ以降は健康に育てられた。
父ドナルドは剣術の達人であり、母マリアは爆炎のマリアと呼ばれるほどの火魔法の達人であった。
そんな両親の間に生まれてきた私ではあったが、残念な事に両親の素養を受け継いでおらず、属性魔法も土魔法だけしか持っていなかった。
そのような私に対する父母の落胆は大きかったのだが、その父母の様子を幼い目で見てきた私は、土魔法の研鑽を心掛けながらなんとか父母の期待に応えたいと思っていた。
13歳になって私は他の貴族の子女同様、魔法学院に入学した。
だが土魔法しか持たない私は魔法学院では劣等生の烙印を押され、辛い学院生活を送る事になった。
それでも勝気な私はめげる事無く土魔法を研鑽し、他の生徒や教員に認められたいと常々願っていた。
そんな私に転機が訪れたのは、土魔法に長けた賢者ドルネア様との出会いである。
偶然太古のレミア族の遺跡に紛れ込んだ私は、そこで人工知能と化した賢者ドルネア様のホログラムと出会い、様々な教えと訓練を受けた。その際に教わった『土魔法も極めれば強力な武器になる。』は、今でも私の座右の銘である。
魔法学院入学当初は土壁を出現させる程度しか出来なかった私であったが、ドルネア様の教えと訓練によってアースランスを覚え、それを訓練でレベル上げする事で、卒業時には200m四方の土地を地表から3mの高さのアースランスで埋め尽くすほどになった。
更にそのアースランスを鉄のように硬化させて威力を増大させた私は、当時『串刺しのリリス』と揶揄されていたほどである。
実際その威力は凄まじく、地を這う魔物を瞬時に大量に駆逐する事も出来たのだ。
そして魔法学院卒業後、軍務に就いた私はジーク先生率いる特殊部隊に配属された。
その際に偶然にも私は水魔法を取得した。
これは年齢に伴って自然に取得出来たのかも知れないが、私にとっての2度目の転機である。
水魔法と土魔法の連携をドルネア様から提案された私は、その為の研鑽に明け暮れた。
その結果、数年の期間を得てその淀みない連携に成功したのである。
これによって私の土魔法は自然の地形を利用する事が出来るようになった。
丘陵地の谷間などで敵が集結している場合に、土魔法と水魔法を連携させ、大規模な山津波や土石流を発生させて大量の敵を殲滅する事も可能になったのだ。
私はこの能力によって、山脈に囲まれたミラ王国の全方位の国境地帯を確実に守る事が出来た。
幾多の戦闘によってその山脈が姿を変えてしまったのは残念だが、その成果を王家も評価し、それ相応の地位と名誉を与えられたのも、土魔法の研鑽のお陰だと私は自負している。
軍務を退役するにあたって、私は土魔法のスキルに関する研究とその普及の必要性を感じ、この本を著するものである。
この本の編纂に関して、惜しみなく助力をしてくれた夫デニスに感謝を捧げながら。
リリス・ベル・クレメンス
****************************************
ここまで読んで、リリスは唖然として言葉を失っていた。
この本の著者は誰なの?
あまりにも私の人生と一致しているけど・・・・。
著者は私?
いや、そんなはずは無いわよ。
殆ど一緒だけど、要所要所で私の今までの人生と僅かに相違点があるもの。
様々な思いが脳裏を巡る。
リリスはその本を持ちながら、その場に呆然と立ち尽くしていたのだった。
30
あなたにおすすめの小説
[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します
mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。
中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。
私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。
そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。
自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。
目の前に女神が現れて言う。
「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」
そう言われて私は首を傾げる。
「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」
そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。
神は書類を提示させてきて言う。
「これに書いてくれ」と言われて私は書く。
「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。
「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」
私は頷くと神は笑顔で言う。
「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。
ーーーーーーーーー
毎話1500文字程度目安に書きます。
たまに2000文字が出るかもです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?
Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。
貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。
貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。
ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。
「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」
基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。
さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・
タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
借金まみれの錬金術師、趣味で作ったポーションがダンジョンで飛ぶように売れる~探索者の間で【伝説のエリクサー】として話題に~
わんた
ファンタジー
「今日中に出ていけ! 半年も家賃を滞納してるんだぞ!」
現代日本にダンジョンとスキルが存在する世界。
渋谷で錬金術師として働いていた裕真は、研究に没頭しすぎて店舗の家賃を払えず、ついに追い出されるハメになった。
私物と素材だけが残された彼に残された選択肢は――“現地販売”の行商スタイル!
「マスター、売ればいいんですよ。死にかけの探索者に、定価よりちょっと高めで」
提案したのは、裕真が自作した人工精霊・ユミだ。
家事万能、事務仕事完璧、なのにちょっとだけ辛辣だが、裕真にとっては何物にも代えがたい家族でありパートナーでもある。
裕真はギルドの後ろ盾、そして常識すらないけれど、素材とスキルとユミがいればきっと大丈夫。
錬金術のスキルだけで社会の荒波を乗り切る。
主人公無双×のんびり錬金スローライフ!
【完結】侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!
カナタカエデ
ファンタジー
八十歳で生涯を終えた、元王宮侍女カリナ。
その最期の瞬間――枕元に、かつて仕えた王女アメリアが現れた。
「お願い…私の人生をやり直して。国を、私を、救って――」
次に目を開くと、カリナは十八歳の“王女アメリア”として転生していた。
彼女は知っている。
このままでは王国は滅び、愛する主君が破滅する未来を。
未来を変えるため、アメリアは
冷徹と噂される英雄ヴァルクとの政略結婚を選ぶ。
これは、かつて守れなかった主人のための転生。
そのはずなのに――彼への想いは、気づけば変わり始めていた。
王女と英雄が紡ぐ、破滅回避ラブファンタジー開幕。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
挿絵はA I画像を使用
10/20 第一章完結
12/20 第二章完結
2/16 第三章完結
他サイト掲載
(小説家になろう、Caita)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる