337 / 369
開祖の霊廟再訪3
しおりを挟む
盗賊団の頭目のエルフに矢を向けるミクル。
その数分前、ミクルは今まで経験した事のない感情に支配されていた。
それは盗賊団の頭目のエルフの男の姿を見た時からである。
誇り高いエルフが盗賊に身をやつすなんて・・・。
そう思った瞬間、ミクルの脳裏にピンッと言う音が鳴り、身体の奥底から何かが蠢き始めた。
それがミクルの持つ称号『エルフの領袖』であると分かったのは、その称号が単なる称号では無く、ミクルの持つ様々なスキルや能力、更には思考発想までも一時的に統括するスキルであると宣言したからである。
『エルフの領袖の発動に伴い、全てのスキルを一括で管理します。』
『スキルや能力の一時的なグレードアップの為、脳の休眠細胞を活性化させます。』
『思考発想や言動も一時的にエルフの領袖が管理します。』
私の意思は無視されるの?
このミクルの疑問に即答が返ってきた。
『今はそう言う状況ではありません。あなたが為すべき事は、エルフの誇りや尊厳を汚す者に相応の制裁を加える事です。』
この言葉と共に、ミクルの気持ちが一気に高揚してきた。
それはもちろんエルフの領袖に焚き付けられた心情である。
魔力吸引スキルが発動され、周囲の大気や森の木々から大量の魔力がミクルの身体に流れ込む。
その魔力を土台にしてミクルの持つスキルが次々とアップグレードされ始めた。
僅かな時間の間に急激なスキルのアップグレードが為され、ミクルの脳はその処理と管理の為に過度の負担を余儀なくされた。頭がじんじんと痛み、身体が熱くなってくる。
その負担を補うために更に魔力を吸引し、ミクルの身体はその影響で仄かに光り始めた。
『スキルと能力のアップグレードが完了しました。この状態は10分間継続出来ます。』
『まず、目の前のエルフの素性を調べます。』
その言葉と共に、ミクルの脳裏に広大な大陸全体の地図が広がり、その各所にエルフの棲み処と思われる光点が記されている。
その各所のエルフの棲み処に対して働きかけ、エルフの領袖はエルフ同士のネットワークへの接触を試み始めた。
それぞれの部族の構成員についての膨大なデータがミクルの脳裏に流れ込んでくる。
うっ!
どうしてこんな事が出来るの?
他部族のネットワークに接触するなんて出来るはずが無いのに・・・。
それはまるで管理者権限でサーバーに潜入しているような状況だ。
これもまた『エルフの領袖』の持つ権限なのだろうか。
膨大なデータの中から瞬時に頭目のエルフの男の素性が明らかにされた。
この男は名をデュエルと言い、その個人情報から察するに根っからの悪人だった。
部族内でも仲間への傷害や強奪を繰り返し、最終的にその部族を追放されたようだ。
追放された後に人族の悪人と徒党を組み、盗賊団の頭目となったのだろう。
『裁きを下せ!』
ミクルの脳裏にその言葉が強烈に響き渡った。
魔金属の矢じりを装着した矢を取り出し、ミクルはその矢に凍結の魔力を纏わらせた。
矢はその全体が青白い光を纏い、溢れる冷気が白い渦となって矢を包み込んでいる。
ミクルは魔弓にセットしたその矢を、デュエルに向けて放った。
極度にグレードアップされた水魔法によって生み出された凍結の効果は強烈だ。
放たれた矢はデュエルが瞬時に張った強固なシールドをいとも簡単に破壊してしまった。
まるで空間そのものを凍結させてしまったような威力である。
凍結の矢を放った直後、ミクルは極限まで強化された身体能力により、瞬時に数本の矢を放っていた。
それらの矢の矢じりには麻痺毒が塗布され、シールドの破壊とほぼ同時にたじろぐデュエルの身体にまで達していた。
避ける余裕すら無い状況だ。
ミクルの放った矢はデュエルの身体に突き刺さり、矢に纏わらせていた魔力によって活性化した麻痺毒が一瞬でデュエルの身体全体に浸透してしまった。
一瞬でその場に倒れたデュエルの背後で、赤く目を光らせていたドライアドのレイも倒れた。
デュエルの意識が途絶えた事で、レイへのテイムが断ち切られたからなのだろう。
レイの姿はそのまま消えてしまった。
だがレイの安否を気遣う事も無く、ミクルは倒れているデュエルの頭部を掴み、魔力を触手にして脳内に大量に撃ち込んだ。これによってデュエルの脳細胞は全てミクルの管理下に置かれた。
ミクルの脳裏にエルフの領袖の言葉が再び浮かび上がる。
『この者に対する制裁として、先ず全てのスキルと能力を停止させるのです。』
ミクルの手から撃ち込まれた魔力の触手がデュエルの脳内で繊細に動き回り、スキルの発動に関わる脳細胞の持つデータを初期化していく。
これによってデュエルが生まれてから今までに得てきた、属性魔法に関する全ての経験値が消えた事になる。
全ての魔法がレベル1の状態であり、その発動すら不可能な状態だ。
『この者は奴隷として余生を暮らすのが良いでしょう。』
『この者に相応しい部族を探します。』
その言葉と共に、ミクルの脳裏に再び大陸全体の地図が浮かび上がり、それぞれのエルフの部族の構成が明示されていく。
その部族の男女比や年齢別の構成人数、更に労働力の過不足までがデータ化され、ミクルの脳内の各所に展開された。
それらが瞬時に行われるので、ミクル自身では到底把握出来ないのだが、エルフの領袖はそれを淡々と素早くこなし、それ相応と判断される部族を抽出した。
それが大陸南方の部族であるとだけ、ミクルには理解出来た。
『転送します。』
エルフの領袖は空間魔法を発動させ、デュエルの身体をその部族へと転送してしまった。
勿論エルフの部族はそれぞれに、自分達のテリトリーの周囲に強固なバリアを張り巡らせている。
だがそんなものは無いに等しいほどに、エルフの領袖はデュエルの身体をいとも簡単に転送させてしまったのだ。
おそらくミクルの空間魔法には、それを可能とする権限が付与されていたのだろう。
『エルフの領袖』。
それはこの大陸に棲む全てのエルフの領袖と言う意味なのかも知れない。
ミクルにそう思わせるほどに、エルフの領袖はその全能性を見せつけたのだった。
一方、大陸南部の部族に送り込まれたデュエルは、もはや属性魔法やスキルを発動出来ず、肉体労働者や奴隷として生きていくしかないだろう。
魔法やスキルを発動出来ない故に、再び悪事を働き追放されれば森の魔物の餌になるだけである。
『制裁を終了しました。同時にエルフの領袖の発動も終了します。』
その言葉が脳裏に浮かんだ直後、ミクルは意識を失い、その場に倒れ込んでしまった。
「ミクル!」
慌ててリリスはミクルの傍に駆け寄った。
その上半身を起こし、ミクルの身体を精査するが、身体的な異常は無さそうだ。
単なる魔力不足だろうと思い、リリスは自分の魔力をミクルの身体に流し込んだ。
ミクルはウッと呻いて意識を取り戻したが、身体がふらふらしていて直ぐに起き上がれそうにない。
その様子を見てリリスの肩の芋虫がリリスに問い掛けた。
「ねえ、何があったの?」
「そんなの私にも分からないわよ。でもミクルが盗賊の頭目を倒した事は事実だけどね。」
リリスの言葉に芋虫はう~んと唸って考え込んだ。
「ねえ、リリス。ミクルってまだまだ未知の要素が多いようね。後1年程度はあんたの目の届く所に置いた方が良いのかもね。」
「そんな事を言っても、私はあと半年で卒業しちゃうわよ。」
「だからその後の事を考えているのよ。」
芋虫はそう言うと再び考え込む仕草をした。
その芋虫の様子を見ながら、リリスはミクルに念話で話し掛けてみた。
(ミクル。何があったの?)
リリスの念話にミクルは朦朧としていた目を見開いた。
(リリス先輩。心配かけてすみませんでした。実は『エルフの領袖』が発動して、あのエルフの男に制裁を加えたのです。)
(ええっ! 『エルフの領袖』って称号じゃなかったの?)
(それが、単なる称号じゃなくて、私の全てのスキルと能力を一括管理してレベルアップしてくれるそうです。)
(その分、身体の負担も半端じゃなかったですけどね。)
ミクルの念話にリリスは若干の疑問を抱いた。
『エルフの領袖』が単にミクルのレベルアップだけを促していたのでは無いはずだ。
ミクルの意思や行動までも操っていた様に思える。
(ミクル。あなたは『エルフの領袖』に操られていたんじゃないの?)
リリスの率直な疑問にミクルは即座に答えた。
(操られていたんじゃなくて、エルフとしての行動規範に従っただけですよ。)
う~ん。
そうなのかなあ?
すっきりしない気持ちでミクルの顔を見ると、ミクルはいつもの柔らかい表情に戻り、ゆっくりとその場で起き上がった。
衣服の汚れを手でパンパンと叩いて落とし、傍に落としていた魔弓を手に取ると、ミクルの表情に精悍さと共に若干のカリスマ性を感じ取ったのはリリスにとっても驚きであった。
(今のところ『エルフの領袖』は発動時間が10分程度です。私の成長に伴って持続時間が長くなるのかも知れませんが・・・)
ミクルの念話にリリスは無言で頷いた。
その二人の傍にジークが駆け寄ってきた。
「なんだか凄いものを見せられたね。あれはミクル君の奥の手なのかい?」
ジークは負傷した部下を退避させながら、ミクルの戦闘の一部始終を見ていたようだ。
拙いわね。
リリスは即座に思い巡らせ、無難な内容でジークに返答した。
「ミクルは一時的にスキルや能力を大きく向上させる特殊な能力を持っているようですが、まだ幼いのでそれを上手く扱えないそうです。今回も発動は出来たものの、10分ほどしかその状態を維持出来ませんでした。それにあの能力を発動させている間は精神的にも不安定になっているようなので、今はまだ無暗に発動させない方が良さそうですね。今後のミクルの身体的な成長や人間的な成長に伴って、安定してくると思われます。」
若干取り繕ったような内容だが、ミクルが無言でうんうんと頷いている姿を見ながら、ジークはリリスの言葉をそのまま受け止めた。
「そうか。そうなるとしばらくはリリス君のような者が傍に居て、彼女の面倒を見てあげた方が良いのだろうね。王女様、どう思われます?」
突然話を振られて、リリスの肩の上に憑依している芋虫がグッと身体を立ち上がらせた。
「実は私も同じような事を考えているのよ。その件は私に任せておいて。フィリップお兄様や他の王族とも相談して良案を練るからね。」
「ハッ、御意に。」
ジークはそう言うと軽く頭を下げた。
珍しいわね。
メルがジーク先生と意見が合うなんて。
でも私絡みの事だから、変な事にならなければ良いんだけど・・・・・。
この後、リリスは開祖の霊廟の周囲を土魔法で整地し、霊廟の建物の内外の修復も行った。
だが開祖と王妃の眠る最深部の階層には入れないままだ。
かなり特殊な封印が為されているのだろう。
その間、ここを管理していたドライアドのレイは現れなかった。
あの盗賊団の頭目のエルフに操られていたのが気拙くて、出てこれなかったのかも知れない。
リリス達は一通りの作業を終え、ジークの取り出した転移の魔石で王都に戻ったのだった。
数日後。
リリスは夕食前に学生寮の最上階に呼び出された。
呼び出したのはメリンダ王女である。
いつものようにメイド長のセラのチェックを受け、リリスはメイドの案内でメリンダ王女の待つ部屋の中に入った。
豪華なソファにはメリンダ王女とフィリップ王子が座って紅茶を飲んでいた。
挨拶を交わしメリンダ王女達の対面のソファに座ったリリスに、上質な紅茶が運ばれてくる。
その馥郁とした香りが漂い、授業と生徒会の用事で疲れていたリリスの気持ちを高揚させてくれた。
「ごめんね、リリス。夕食前に呼び出しちゃって。」
「ああ、良いのよ。」
そう答えてリリスは紅茶を一口飲んだ。
その豊かな香りが口から鼻に抜けていく。
「実はあんたの卒業後の事なんだけどね。王族達と色々と協議をしたのよ。それで、ミクルの件もあって、1年ほど学院に残って貰おうと思うの。あと1年で私も卒業になるからね。その後の事はまた考えるわよ。」
メリンダ王女の言葉にリリスは、えっ!と大きな声を上げた。
「留年って事?」
「違うわよ!」
メリンダ王女は反射的に否定し、リリスの表情を見てアハハと笑った。
「魔法学院卒業後、リリスには図書館の司書をしてもらおうと思うのよ。」
「司書って・・・ケリーさんが居るじゃないの。」
リリスの返答にメリンダ王女はうんうんと頷いた。
「それなんだけど、王都の中央図書館に欠員が出て、ケリーにはそちらに移籍してもらうつもりなのよ。」
「栄転だから本人も喜んでいるわ。」
ああ、そう言う事なのね。
そう思いながらもリリスの心に不安が募る。
「私、図書館の司書なんて務まらないわよ。今までやった事も無いし・・・」
リリスの不安そうな返答にメリンダ王女はニヤッと笑った。
「そうよね。でも大丈夫。あんたが卒業するまでの半年の間、ケリーから色々と教えてもらうように依頼してあるからね。」
「学院側でも配慮してくれて、あんたの午後の授業の時間は図書館での仕事の引継ぎになったわよ。」
随分手筈が良いわね。
確かに午後の授業時間って卒業に必要な授業科目じゃないんだけど・・・。
色々と不安が募るが、王家からの直接の指示なので断る事は出来ない。
リリスはあれこれと思いを巡らせながら、紅茶を飲んで心を落ち着かせていたのだった。
その数分前、ミクルは今まで経験した事のない感情に支配されていた。
それは盗賊団の頭目のエルフの男の姿を見た時からである。
誇り高いエルフが盗賊に身をやつすなんて・・・。
そう思った瞬間、ミクルの脳裏にピンッと言う音が鳴り、身体の奥底から何かが蠢き始めた。
それがミクルの持つ称号『エルフの領袖』であると分かったのは、その称号が単なる称号では無く、ミクルの持つ様々なスキルや能力、更には思考発想までも一時的に統括するスキルであると宣言したからである。
『エルフの領袖の発動に伴い、全てのスキルを一括で管理します。』
『スキルや能力の一時的なグレードアップの為、脳の休眠細胞を活性化させます。』
『思考発想や言動も一時的にエルフの領袖が管理します。』
私の意思は無視されるの?
このミクルの疑問に即答が返ってきた。
『今はそう言う状況ではありません。あなたが為すべき事は、エルフの誇りや尊厳を汚す者に相応の制裁を加える事です。』
この言葉と共に、ミクルの気持ちが一気に高揚してきた。
それはもちろんエルフの領袖に焚き付けられた心情である。
魔力吸引スキルが発動され、周囲の大気や森の木々から大量の魔力がミクルの身体に流れ込む。
その魔力を土台にしてミクルの持つスキルが次々とアップグレードされ始めた。
僅かな時間の間に急激なスキルのアップグレードが為され、ミクルの脳はその処理と管理の為に過度の負担を余儀なくされた。頭がじんじんと痛み、身体が熱くなってくる。
その負担を補うために更に魔力を吸引し、ミクルの身体はその影響で仄かに光り始めた。
『スキルと能力のアップグレードが完了しました。この状態は10分間継続出来ます。』
『まず、目の前のエルフの素性を調べます。』
その言葉と共に、ミクルの脳裏に広大な大陸全体の地図が広がり、その各所にエルフの棲み処と思われる光点が記されている。
その各所のエルフの棲み処に対して働きかけ、エルフの領袖はエルフ同士のネットワークへの接触を試み始めた。
それぞれの部族の構成員についての膨大なデータがミクルの脳裏に流れ込んでくる。
うっ!
どうしてこんな事が出来るの?
他部族のネットワークに接触するなんて出来るはずが無いのに・・・。
それはまるで管理者権限でサーバーに潜入しているような状況だ。
これもまた『エルフの領袖』の持つ権限なのだろうか。
膨大なデータの中から瞬時に頭目のエルフの男の素性が明らかにされた。
この男は名をデュエルと言い、その個人情報から察するに根っからの悪人だった。
部族内でも仲間への傷害や強奪を繰り返し、最終的にその部族を追放されたようだ。
追放された後に人族の悪人と徒党を組み、盗賊団の頭目となったのだろう。
『裁きを下せ!』
ミクルの脳裏にその言葉が強烈に響き渡った。
魔金属の矢じりを装着した矢を取り出し、ミクルはその矢に凍結の魔力を纏わらせた。
矢はその全体が青白い光を纏い、溢れる冷気が白い渦となって矢を包み込んでいる。
ミクルは魔弓にセットしたその矢を、デュエルに向けて放った。
極度にグレードアップされた水魔法によって生み出された凍結の効果は強烈だ。
放たれた矢はデュエルが瞬時に張った強固なシールドをいとも簡単に破壊してしまった。
まるで空間そのものを凍結させてしまったような威力である。
凍結の矢を放った直後、ミクルは極限まで強化された身体能力により、瞬時に数本の矢を放っていた。
それらの矢の矢じりには麻痺毒が塗布され、シールドの破壊とほぼ同時にたじろぐデュエルの身体にまで達していた。
避ける余裕すら無い状況だ。
ミクルの放った矢はデュエルの身体に突き刺さり、矢に纏わらせていた魔力によって活性化した麻痺毒が一瞬でデュエルの身体全体に浸透してしまった。
一瞬でその場に倒れたデュエルの背後で、赤く目を光らせていたドライアドのレイも倒れた。
デュエルの意識が途絶えた事で、レイへのテイムが断ち切られたからなのだろう。
レイの姿はそのまま消えてしまった。
だがレイの安否を気遣う事も無く、ミクルは倒れているデュエルの頭部を掴み、魔力を触手にして脳内に大量に撃ち込んだ。これによってデュエルの脳細胞は全てミクルの管理下に置かれた。
ミクルの脳裏にエルフの領袖の言葉が再び浮かび上がる。
『この者に対する制裁として、先ず全てのスキルと能力を停止させるのです。』
ミクルの手から撃ち込まれた魔力の触手がデュエルの脳内で繊細に動き回り、スキルの発動に関わる脳細胞の持つデータを初期化していく。
これによってデュエルが生まれてから今までに得てきた、属性魔法に関する全ての経験値が消えた事になる。
全ての魔法がレベル1の状態であり、その発動すら不可能な状態だ。
『この者は奴隷として余生を暮らすのが良いでしょう。』
『この者に相応しい部族を探します。』
その言葉と共に、ミクルの脳裏に再び大陸全体の地図が浮かび上がり、それぞれのエルフの部族の構成が明示されていく。
その部族の男女比や年齢別の構成人数、更に労働力の過不足までがデータ化され、ミクルの脳内の各所に展開された。
それらが瞬時に行われるので、ミクル自身では到底把握出来ないのだが、エルフの領袖はそれを淡々と素早くこなし、それ相応と判断される部族を抽出した。
それが大陸南方の部族であるとだけ、ミクルには理解出来た。
『転送します。』
エルフの領袖は空間魔法を発動させ、デュエルの身体をその部族へと転送してしまった。
勿論エルフの部族はそれぞれに、自分達のテリトリーの周囲に強固なバリアを張り巡らせている。
だがそんなものは無いに等しいほどに、エルフの領袖はデュエルの身体をいとも簡単に転送させてしまったのだ。
おそらくミクルの空間魔法には、それを可能とする権限が付与されていたのだろう。
『エルフの領袖』。
それはこの大陸に棲む全てのエルフの領袖と言う意味なのかも知れない。
ミクルにそう思わせるほどに、エルフの領袖はその全能性を見せつけたのだった。
一方、大陸南部の部族に送り込まれたデュエルは、もはや属性魔法やスキルを発動出来ず、肉体労働者や奴隷として生きていくしかないだろう。
魔法やスキルを発動出来ない故に、再び悪事を働き追放されれば森の魔物の餌になるだけである。
『制裁を終了しました。同時にエルフの領袖の発動も終了します。』
その言葉が脳裏に浮かんだ直後、ミクルは意識を失い、その場に倒れ込んでしまった。
「ミクル!」
慌ててリリスはミクルの傍に駆け寄った。
その上半身を起こし、ミクルの身体を精査するが、身体的な異常は無さそうだ。
単なる魔力不足だろうと思い、リリスは自分の魔力をミクルの身体に流し込んだ。
ミクルはウッと呻いて意識を取り戻したが、身体がふらふらしていて直ぐに起き上がれそうにない。
その様子を見てリリスの肩の芋虫がリリスに問い掛けた。
「ねえ、何があったの?」
「そんなの私にも分からないわよ。でもミクルが盗賊の頭目を倒した事は事実だけどね。」
リリスの言葉に芋虫はう~んと唸って考え込んだ。
「ねえ、リリス。ミクルってまだまだ未知の要素が多いようね。後1年程度はあんたの目の届く所に置いた方が良いのかもね。」
「そんな事を言っても、私はあと半年で卒業しちゃうわよ。」
「だからその後の事を考えているのよ。」
芋虫はそう言うと再び考え込む仕草をした。
その芋虫の様子を見ながら、リリスはミクルに念話で話し掛けてみた。
(ミクル。何があったの?)
リリスの念話にミクルは朦朧としていた目を見開いた。
(リリス先輩。心配かけてすみませんでした。実は『エルフの領袖』が発動して、あのエルフの男に制裁を加えたのです。)
(ええっ! 『エルフの領袖』って称号じゃなかったの?)
(それが、単なる称号じゃなくて、私の全てのスキルと能力を一括管理してレベルアップしてくれるそうです。)
(その分、身体の負担も半端じゃなかったですけどね。)
ミクルの念話にリリスは若干の疑問を抱いた。
『エルフの領袖』が単にミクルのレベルアップだけを促していたのでは無いはずだ。
ミクルの意思や行動までも操っていた様に思える。
(ミクル。あなたは『エルフの領袖』に操られていたんじゃないの?)
リリスの率直な疑問にミクルは即座に答えた。
(操られていたんじゃなくて、エルフとしての行動規範に従っただけですよ。)
う~ん。
そうなのかなあ?
すっきりしない気持ちでミクルの顔を見ると、ミクルはいつもの柔らかい表情に戻り、ゆっくりとその場で起き上がった。
衣服の汚れを手でパンパンと叩いて落とし、傍に落としていた魔弓を手に取ると、ミクルの表情に精悍さと共に若干のカリスマ性を感じ取ったのはリリスにとっても驚きであった。
(今のところ『エルフの領袖』は発動時間が10分程度です。私の成長に伴って持続時間が長くなるのかも知れませんが・・・)
ミクルの念話にリリスは無言で頷いた。
その二人の傍にジークが駆け寄ってきた。
「なんだか凄いものを見せられたね。あれはミクル君の奥の手なのかい?」
ジークは負傷した部下を退避させながら、ミクルの戦闘の一部始終を見ていたようだ。
拙いわね。
リリスは即座に思い巡らせ、無難な内容でジークに返答した。
「ミクルは一時的にスキルや能力を大きく向上させる特殊な能力を持っているようですが、まだ幼いのでそれを上手く扱えないそうです。今回も発動は出来たものの、10分ほどしかその状態を維持出来ませんでした。それにあの能力を発動させている間は精神的にも不安定になっているようなので、今はまだ無暗に発動させない方が良さそうですね。今後のミクルの身体的な成長や人間的な成長に伴って、安定してくると思われます。」
若干取り繕ったような内容だが、ミクルが無言でうんうんと頷いている姿を見ながら、ジークはリリスの言葉をそのまま受け止めた。
「そうか。そうなるとしばらくはリリス君のような者が傍に居て、彼女の面倒を見てあげた方が良いのだろうね。王女様、どう思われます?」
突然話を振られて、リリスの肩の上に憑依している芋虫がグッと身体を立ち上がらせた。
「実は私も同じような事を考えているのよ。その件は私に任せておいて。フィリップお兄様や他の王族とも相談して良案を練るからね。」
「ハッ、御意に。」
ジークはそう言うと軽く頭を下げた。
珍しいわね。
メルがジーク先生と意見が合うなんて。
でも私絡みの事だから、変な事にならなければ良いんだけど・・・・・。
この後、リリスは開祖の霊廟の周囲を土魔法で整地し、霊廟の建物の内外の修復も行った。
だが開祖と王妃の眠る最深部の階層には入れないままだ。
かなり特殊な封印が為されているのだろう。
その間、ここを管理していたドライアドのレイは現れなかった。
あの盗賊団の頭目のエルフに操られていたのが気拙くて、出てこれなかったのかも知れない。
リリス達は一通りの作業を終え、ジークの取り出した転移の魔石で王都に戻ったのだった。
数日後。
リリスは夕食前に学生寮の最上階に呼び出された。
呼び出したのはメリンダ王女である。
いつものようにメイド長のセラのチェックを受け、リリスはメイドの案内でメリンダ王女の待つ部屋の中に入った。
豪華なソファにはメリンダ王女とフィリップ王子が座って紅茶を飲んでいた。
挨拶を交わしメリンダ王女達の対面のソファに座ったリリスに、上質な紅茶が運ばれてくる。
その馥郁とした香りが漂い、授業と生徒会の用事で疲れていたリリスの気持ちを高揚させてくれた。
「ごめんね、リリス。夕食前に呼び出しちゃって。」
「ああ、良いのよ。」
そう答えてリリスは紅茶を一口飲んだ。
その豊かな香りが口から鼻に抜けていく。
「実はあんたの卒業後の事なんだけどね。王族達と色々と協議をしたのよ。それで、ミクルの件もあって、1年ほど学院に残って貰おうと思うの。あと1年で私も卒業になるからね。その後の事はまた考えるわよ。」
メリンダ王女の言葉にリリスは、えっ!と大きな声を上げた。
「留年って事?」
「違うわよ!」
メリンダ王女は反射的に否定し、リリスの表情を見てアハハと笑った。
「魔法学院卒業後、リリスには図書館の司書をしてもらおうと思うのよ。」
「司書って・・・ケリーさんが居るじゃないの。」
リリスの返答にメリンダ王女はうんうんと頷いた。
「それなんだけど、王都の中央図書館に欠員が出て、ケリーにはそちらに移籍してもらうつもりなのよ。」
「栄転だから本人も喜んでいるわ。」
ああ、そう言う事なのね。
そう思いながらもリリスの心に不安が募る。
「私、図書館の司書なんて務まらないわよ。今までやった事も無いし・・・」
リリスの不安そうな返答にメリンダ王女はニヤッと笑った。
「そうよね。でも大丈夫。あんたが卒業するまでの半年の間、ケリーから色々と教えてもらうように依頼してあるからね。」
「学院側でも配慮してくれて、あんたの午後の授業の時間は図書館での仕事の引継ぎになったわよ。」
随分手筈が良いわね。
確かに午後の授業時間って卒業に必要な授業科目じゃないんだけど・・・。
色々と不安が募るが、王家からの直接の指示なので断る事は出来ない。
リリスはあれこれと思いを巡らせながら、紅茶を飲んで心を落ち着かせていたのだった。
30
あなたにおすすめの小説
異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが
初
ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
けろ
ファンタジー
【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~
存在証明
ファンタジー
不慮の事故によって異世界に転生したカイ。異世界でも家族に疎まれる日々を送るがある日赤い瞳の少年と出会ったことによって世界が一変する。突然街を襲ったスタンピードから2人で隣国まで逃れ、そこで冒険者となったカイ達は仲間を探して冒険者ライフ!のはずが…?!
はたしてカイは運命をぶち壊して幸せを掴むことができるのか?!
火・金・日、投稿予定
投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる