落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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司書見習い2

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リリスが見つけた奇妙な本。

それを手に持ち呆然としているリリスに、マキはどうしたのかと思って問い掛けた。

「リリスちゃん。どうしたの?」

リリスはハッとしてマキにその本を手渡した。

「その本の前書きを読んでみてよ。」

そう言われてマキは何気なくその本を開いた。
しばらく読むとマキは不思議そうな表情で口を開いた。

「この本って・・・リリスちゃんが書いたの?」

「そんなわけないでしょ!」

即座に突っ込むリリスであったが、マキはその奇妙さが良く分かっていないようだ。
リリスはマキに、その本の前書きの異様さを詳しく説明をした。
その説明にマキは軽く驚きながら聞き入っていた。

「要するにほとんどリリスちゃんの人生とそっくりなのね。名前まで一緒で・・・。しかも魔法学院卒業後まで続いているし、ジークさんの下で軍務に就いているなんて。」

そう答えたマキにリリスはうんうんと頷いた。

「そうなのよ。しかも、可能性としてはあり得る人生なんだけど、微妙なところで少しづつ違うのよね。」

「ねえ、マキちゃん。これってどう言う事だと思う?」

リリスの問い掛けにマキは神妙な表情を見せた。

「在り得る事かどうか分からないけど・・・平行世界からこちらに紛れ込んできたのかも。」

マキの言葉にリリスはう~んと唸って、そのまま黙り込んでしまった。
だが思いつく事と言えばやはり平行世界の存在だろう。
リリスが水魔法と土魔法を連携させて大きな力を得、軍で多大な功績を挙げた世界。
そう思ってその本の前書きを思い返すと、リリスの脳裏に一つの疑問が浮かび上がった。

この本の前書きのような平行世界があるとして、その世界って私が、つまり紗季が存在していない世界なのかも知れない。
紗季と言う存在が覚醒して、コピースキルを駆使する事で私はレベルアップしてきた。
私が覚醒していたとして、土魔法だけで魔法学院での学生生活を送るなんて有り得ない。
紗季と言う存在が無ければ、メルや他の王族と知り合う切っ掛けも掴めなかっただろう。
ましてや、夫デニスって誰なのよ?
まさかと思うけど、あのぼんくらの従弟のデニスの事?
それこそ有り得ないわよ!

色々と思いを巡らせ考え込んでいるリリスの様子を見て、マキは何気なく声を掛けた。

「リリスちゃん。そんなに気になるのなら、その本を納品した業者に、どんな経緯で手に入れたのか聞いてみれば?」

「そうよね。そうよ、聞けばいいのよ。」

リリスはそう言うと、少し離れた場所に居たケリーの傍に駆け寄った。

「ケリーさん。この本を納品した業者に会いたいんですけど・・・」

「業者に? ええ、良いわよ。」

ケリーはそう言うと、その本の裏表紙を調べた。

「うん。刻印があるから間違いないわ。仕入れた業者はホーク商会で、担当者はヘスさんと言う名の男性よ。明日の午後に納品に来るから、会って聞いてみれば良いわよ。」

「ええ、そうします。それと・・・この本を少しの間、私に貸してください。」

「ああ、良いわよ。呪いが掛けられている本じゃないし、例え呪いが掛けられていても、リリスさんなら解呪しちゃうだろうからね。」

ケリーの返答に礼を言い、リリスはその本を手にしてその場を離れた。




その日の夜。

寝床で『土魔法大全』をざっと斜め読みしてみたが、前書き以外で気になる箇所はなかった。
土魔法の全般的な概要やスキルの解説と、過去に土魔法の大家と呼ばれた数人の人物の評価や成果などがまとめられていた。
やはり気になるのはこの本の著者の書いた前書きだ。
明日にはホーク商会の担当者のヘスが納品にやってくる。

ヘスさんにこの本の出処について聞くしかないわね。

そう思いながら、本を枕の傍に置いてリリスは眠りに就いた。

しばらくしてリリスは夢の中で目が覚めた。
否、目が覚めたような状況の夢なのかも知れない。

リリスの身体は空中に浮かび、その視線には緑の山並みが延々と続いている。
それが一目でミラ王国の国境地帯の山岳部であると気付いたリリスは、下方から雑踏を耳にしてふと視線を下げた。
山間部の谷間に数百人の兵士の姿が見える。
剣士や弓兵が整然と歩き、その先頭には数騎の騎乗兵が横に並び、その舞台を先導していた。

その兵士達のアーマーのデザインや刻印、騎乗兵の立てている旗にリリスは見覚えがあった。

あれは同盟国のドルキア王国の兵士達だわ。

そう思って周囲の山並みに目を向けると、小高い山の頂上付近に小さな光が点滅していた。
何だろうかと思って目を凝らすと、突然その場所に視線がフォーカスされ、望遠鏡で覗くようにその場所が目の前に映し出された。
そこにはジークと数人の人物が立っておりその中に、自分に似た30歳前後の女性兵士が居るのを見てリリスは大きく驚いた。

これって・・・私?
いや、私じゃなくって、土魔法大全の作者の私?

混乱する脳内を落ち着かせ、リリスはその人物たちの様子を見ていた。


***************


「リリス君。敵兵は国境線を越えてここまで侵入してきた。その罪を思い知らせてやろうじゃないか。」

ジークの言葉にリリスは土魔法を発動させた。
それと共に水魔法をも発動させ、両者を連携させるように強く意識した。
リリスの身体中の魔力が激しく循環し、それは魔力の渦となってリリスの身体を取り巻いた。
更に魔力の不足分を補う為、リリスは魔力吸引スキルを発動させた。
それに伴って大地や大気から大量の魔力がリリスの身体に流れ込んでくる。
流入した魔力は激流のようにリリスの身体中を循環し、土魔法と水魔法を連携させた魔力の渦を更に拡大させていく。

頃合いを見計らって、リリスはその魔力の渦を前方の山並みに激しく放出した。
その魔力の波動は大地を揺るがし、山並みの上部の土と地下水に爆発的な振動を与えた。
山並み全体が激しく震え、その各所から山体が崩壊していく。
ドドドドドッと激しい音を立てて、幾つもの土石流が発生した。
その土石流は一気に谷間に流れ込み、進軍していたドルキア王国の兵士達を飲み込んでしまった。


***************


その様子を見ていたリリスは絶句してしまった。

ドルキア王国が敵になっている!
しかもその数百人の兵士達を私が生き埋めにしたの?
私は何を見せられているのよ!

ううっ!と呻き声をあげてリリスはベッドから上半身を起こした。
寝汗で身体がびっしょりと濡れている。

「どうしたの? 悪い夢でも見たの?」

リリスの呻き声で目が覚めたサラの言葉にリリスはうんうんと頷いた。

「ごめんね、サラ。悪い夢を見ちゃったわ。」

リリスはサラに謝ると、バスルームで寝汗を掻いた下着を着替えた。

あの夢は何だったんだろうか?
あの『土魔法大全』を書いた著者の世界なのかしら?
それにしても軍務とは言え、ドルキアの部隊を殲滅するなんて・・・・・。

後味の悪い夢の余韻を残さぬように、リリスは自分自身に軽く細胞励起を掛け、気持ちを落ち着かせて再びベッドに戻った。



翌日の午後。

リリスは『土魔法大全』を手に持ち、図書館の倉庫へと向かった。

倉庫の入り口では司書のケリーと若い商人が、納品された書物のチェックをしていた。

ケリーの紹介でその男性がヘスであると知り、リリスはおもむろに『土魔法大全』を取り出した。

「ヘスさん。この本の仕入れ先を教えて貰えますか?」

リリスの言葉にヘスはう~んと唸った。

「仕入れ先ですか? それは秘密にしておきたいんですけどね。」

そう言いながらヘスはその本を手にした。

仕入れ先は商人にとって秘密事項になる事が多い。
同業他社に出し抜かれない為の防衛措置なのだが、ヘスはその本を手にしてピクンと眉を動かした。

「これは・・・・・リクード様から頂いた本ですね。」

ヘスの言葉にリリスは驚いた。

「リクード様って・・・ゴート族の賢者のリクード様ですか?」

「ほうっ! リクード様をご存じですか?」

「ええ、イオニアで数度お会いしたことがあります。」

リリスの返答にヘスはニヤッと笑った。

「そうでしたか。リクード様をご存じなんですね。それなら直接聞いた方が良いでしょう。リクード様と連絡を取る手段をお持ちですか?」

「ええ、私の先祖で賢者のユリアス様と交流がありますから、そちらから頼めば会えると思います。」

リリスの言葉にヘスはうんうんと頷いた。

「そうですか。賢者様達と交流のある方がこの図書館の司書を務められるのですね。これは興味深い。今後ともよろしくお願いしますね。」

ヘスの言葉に嫌味は無いが、リリスの人脈を商売に絡めようとする思いが見え見えだ。
根っからの商人なのだろう。

少し距離を置いて付き合いたいわね。

そう思いながら、リリスは納品された書物のチェックを手伝い、図書館での仕事が終わると早速ユリアスに魔道具で連絡を取った。

生徒会の部屋に顔を出さず、自室に戻って待機していると、リリスの目の前に小さな闇が出現し、その中から紫色のガーゴイルが現われた。
ユリアスの使い魔である。

「リリス、どうした?」

ユリアスの問い掛けにリリスは『土魔法大全』を取り出し、その本の異様性を事細かく説明した。
その説明にユリアスは軽く驚きながら、本のページをぺらぺらとめくった。

「単に同姓同名と言うのではなく、平行世界の自分であるかのような記述だと言うのだな。」

ガーゴイルの言葉にリリスはうんうんと頷いた。

「しかもこの本の仕入れ先がリクード様だと聞きました。」

「何! リクード様から手に入れたのか?」

ガーゴイルはそう言うとう~んと唸った。

「そう言えばリクード様から、地下に埋もれていた図書館の遺跡を数年前に見つけたと聞いているぞ。だが、そこにあった書物だとしても時間が若干ずれておるな。」

「平行世界の物だとすれば、多少の時間のズレがあってもおかしくないですよ。」

リリスの返答にガーゴイルはう~んと唸って考え込んだ。

「まあ、いずれにしてもリクード様と会ってみよう。儂から連絡を取っておくので数日間待っていなさい。」

「はい、お願いします。」

リリスの返答にガーゴイルは微笑みながら消えていった。





数日後。

この日は休日であるが、リリスは朝からユリアスが管理しているレミア族の研究施設の中に居た。

ゴート族の賢者リクードと連絡が取れたと言うので、ユリアスから呼び出されたのである。

研究施設のホールの片隅にある広いデスクに、ユリアスとラダム、リリスとリクードが座っていた。

カラフルな頭巾を被ったリクードはいつもと変わらず温和な笑顔を見せている。だがその醸し出す気配は得体の知れない底深さを感じさせていた。
ゴート族と言う稀有な獣人の種族と言う事もあって、リリスが今まで出会ってきた賢者の中でも特に掴みどころのない人物だ。

テーブルの上にはリリスが持ち込んできた『土魔法大全』が置かれている。

それをパラパラと捲りながら、リクードは何かを確かめる様にうんうんと頷いた。

「やはりこの本は尋常な代物では無かったのだな。」

リクードの言葉にリリスはうん?と唸って首を傾げた。

「それはどう言う意味ですか?」

リリスの問い掛けにリクードは本の表紙をポンと叩いた。

「この本の出処が分からないのだよ。儂は数年前に、イオニアの南門の近くで地下に埋もれていた図書館の遺跡を見つけた。そこには亜空間障壁で隔離された数百年前の書物の保管庫があったのだ。図書館を建設したのがリゾルタの大商人であった事は分かっている。その人物の知的好奇心に基づく個人的なコレクションだったのだろう。」

「個人的なコレクションと言っても蔵書は1万冊以上あり、その中には希少なものも少なくない。それ故にその膨大な書物を整理し、有益だと思われるものをヘスに安価で引き取らせていたのだ。だがその中にこの本が紛れていた。否、紛れ込んできたと言うべきか。」

「ヘスが儂の元に来る際に、儂はいつも大きな籠を用意して、その中に本を30冊ほど纏めて入れておくようにしておる。だが先日ヘスが来た時、納品した本のチェックをしてもらったらこの本が入っていたのだ。儂もこの本の記憶が無く、こんな本があったのか?と思いながら、それほど気に留める事も無くヘスに引き取ってもらったのだよ。まさかこれがその様な不可解な書物だとは思わなかったのだがな。」

饒舌に語るリクードの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
その様子を見ながらラダムが不思議そうに口を開いた。

「この本の記述がそれほどに異様なのか?」

「はい。この著者の記述が私の生い立ちや生活環境とほぼ同じなんです。父母の名前も同じで、違う点は水魔法と土魔法の連携に特化している点ですね。とても創作とは思えません。」

そう言いながらリリスはその本を手に取った。

「それにこの本は不思議な気配を漂わせているんです。私が持つ異世界由来のスキルを微妙に刺激しているんですよね。」

リリスの言葉にユリアスがうんうんと頷いた。

「お前の持つ異世界由来のスキルについては、儂もアルバ殿から聞いたことがある。それが反応していると言う事は、この本は異世界から紛れ込んできたものなのか?」

「いえ。異世界と言うよりは平行世界だと思うんです。私が1歳の時に罹患し、生死を彷徨った熱病が分岐点になっているように思えるんですよね。」

その分岐点は元々のリリスの肉体の中に、紗季が転移するか否かの分岐点でもあるはずだ。
勿論そんな事はその場にいる賢者達には口外出来ないのだが。

リリスは賢者達の反応を見ながら、その本の裏表紙に触れた際に、若干の違和感を感じた。
小さな突起のようなものが二つ並んでいる。

これは何だろうかと思いながらその突起を軽く指でなぞると、突然異世界通行手形が激しく反応し、急激に発動してしまった。

うっ!
拙い!

そう思う間もなくリリスの視界が暗転していく。
言いようのない不安に駆られた直後、リリスの意識は失われてしまったのだった。















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