339 / 369
司書見習い2
しおりを挟む
リリスが見つけた奇妙な本。
それを手に持ち呆然としているリリスに、マキはどうしたのかと思って問い掛けた。
「リリスちゃん。どうしたの?」
リリスはハッとしてマキにその本を手渡した。
「その本の前書きを読んでみてよ。」
そう言われてマキは何気なくその本を開いた。
しばらく読むとマキは不思議そうな表情で口を開いた。
「この本って・・・リリスちゃんが書いたの?」
「そんなわけないでしょ!」
即座に突っ込むリリスであったが、マキはその奇妙さが良く分かっていないようだ。
リリスはマキに、その本の前書きの異様さを詳しく説明をした。
その説明にマキは軽く驚きながら聞き入っていた。
「要するにほとんどリリスちゃんの人生とそっくりなのね。名前まで一緒で・・・。しかも魔法学院卒業後まで続いているし、ジークさんの下で軍務に就いているなんて。」
そう答えたマキにリリスはうんうんと頷いた。
「そうなのよ。しかも、可能性としてはあり得る人生なんだけど、微妙なところで少しづつ違うのよね。」
「ねえ、マキちゃん。これってどう言う事だと思う?」
リリスの問い掛けにマキは神妙な表情を見せた。
「在り得る事かどうか分からないけど・・・平行世界からこちらに紛れ込んできたのかも。」
マキの言葉にリリスはう~んと唸って、そのまま黙り込んでしまった。
だが思いつく事と言えばやはり平行世界の存在だろう。
リリスが水魔法と土魔法を連携させて大きな力を得、軍で多大な功績を挙げた世界。
そう思ってその本の前書きを思い返すと、リリスの脳裏に一つの疑問が浮かび上がった。
この本の前書きのような平行世界があるとして、その世界って私が、つまり紗季が存在していない世界なのかも知れない。
紗季と言う存在が覚醒して、コピースキルを駆使する事で私はレベルアップしてきた。
私が覚醒していたとして、土魔法だけで魔法学院での学生生活を送るなんて有り得ない。
紗季と言う存在が無ければ、メルや他の王族と知り合う切っ掛けも掴めなかっただろう。
ましてや、夫デニスって誰なのよ?
まさかと思うけど、あのぼんくらの従弟のデニスの事?
それこそ有り得ないわよ!
色々と思いを巡らせ考え込んでいるリリスの様子を見て、マキは何気なく声を掛けた。
「リリスちゃん。そんなに気になるのなら、その本を納品した業者に、どんな経緯で手に入れたのか聞いてみれば?」
「そうよね。そうよ、聞けばいいのよ。」
リリスはそう言うと、少し離れた場所に居たケリーの傍に駆け寄った。
「ケリーさん。この本を納品した業者に会いたいんですけど・・・」
「業者に? ええ、良いわよ。」
ケリーはそう言うと、その本の裏表紙を調べた。
「うん。刻印があるから間違いないわ。仕入れた業者はホーク商会で、担当者はヘスさんと言う名の男性よ。明日の午後に納品に来るから、会って聞いてみれば良いわよ。」
「ええ、そうします。それと・・・この本を少しの間、私に貸してください。」
「ああ、良いわよ。呪いが掛けられている本じゃないし、例え呪いが掛けられていても、リリスさんなら解呪しちゃうだろうからね。」
ケリーの返答に礼を言い、リリスはその本を手にしてその場を離れた。
その日の夜。
寝床で『土魔法大全』をざっと斜め読みしてみたが、前書き以外で気になる箇所はなかった。
土魔法の全般的な概要やスキルの解説と、過去に土魔法の大家と呼ばれた数人の人物の評価や成果などがまとめられていた。
やはり気になるのはこの本の著者の書いた前書きだ。
明日にはホーク商会の担当者のヘスが納品にやってくる。
ヘスさんにこの本の出処について聞くしかないわね。
そう思いながら、本を枕の傍に置いてリリスは眠りに就いた。
しばらくしてリリスは夢の中で目が覚めた。
否、目が覚めたような状況の夢なのかも知れない。
リリスの身体は空中に浮かび、その視線には緑の山並みが延々と続いている。
それが一目でミラ王国の国境地帯の山岳部であると気付いたリリスは、下方から雑踏を耳にしてふと視線を下げた。
山間部の谷間に数百人の兵士の姿が見える。
剣士や弓兵が整然と歩き、その先頭には数騎の騎乗兵が横に並び、その舞台を先導していた。
その兵士達のアーマーのデザインや刻印、騎乗兵の立てている旗にリリスは見覚えがあった。
あれは同盟国のドルキア王国の兵士達だわ。
そう思って周囲の山並みに目を向けると、小高い山の頂上付近に小さな光が点滅していた。
何だろうかと思って目を凝らすと、突然その場所に視線がフォーカスされ、望遠鏡で覗くようにその場所が目の前に映し出された。
そこにはジークと数人の人物が立っておりその中に、自分に似た30歳前後の女性兵士が居るのを見てリリスは大きく驚いた。
これって・・・私?
いや、私じゃなくって、土魔法大全の作者の私?
混乱する脳内を落ち着かせ、リリスはその人物たちの様子を見ていた。
***************
「リリス君。敵兵は国境線を越えてここまで侵入してきた。その罪を思い知らせてやろうじゃないか。」
ジークの言葉にリリスは土魔法を発動させた。
それと共に水魔法をも発動させ、両者を連携させるように強く意識した。
リリスの身体中の魔力が激しく循環し、それは魔力の渦となってリリスの身体を取り巻いた。
更に魔力の不足分を補う為、リリスは魔力吸引スキルを発動させた。
それに伴って大地や大気から大量の魔力がリリスの身体に流れ込んでくる。
流入した魔力は激流のようにリリスの身体中を循環し、土魔法と水魔法を連携させた魔力の渦を更に拡大させていく。
頃合いを見計らって、リリスはその魔力の渦を前方の山並みに激しく放出した。
その魔力の波動は大地を揺るがし、山並みの上部の土と地下水に爆発的な振動を与えた。
山並み全体が激しく震え、その各所から山体が崩壊していく。
ドドドドドッと激しい音を立てて、幾つもの土石流が発生した。
その土石流は一気に谷間に流れ込み、進軍していたドルキア王国の兵士達を飲み込んでしまった。
***************
その様子を見ていたリリスは絶句してしまった。
ドルキア王国が敵になっている!
しかもその数百人の兵士達を私が生き埋めにしたの?
私は何を見せられているのよ!
ううっ!と呻き声をあげてリリスはベッドから上半身を起こした。
寝汗で身体がびっしょりと濡れている。
「どうしたの? 悪い夢でも見たの?」
リリスの呻き声で目が覚めたサラの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「ごめんね、サラ。悪い夢を見ちゃったわ。」
リリスはサラに謝ると、バスルームで寝汗を掻いた下着を着替えた。
あの夢は何だったんだろうか?
あの『土魔法大全』を書いた著者の世界なのかしら?
それにしても軍務とは言え、ドルキアの部隊を殲滅するなんて・・・・・。
後味の悪い夢の余韻を残さぬように、リリスは自分自身に軽く細胞励起を掛け、気持ちを落ち着かせて再びベッドに戻った。
翌日の午後。
リリスは『土魔法大全』を手に持ち、図書館の倉庫へと向かった。
倉庫の入り口では司書のケリーと若い商人が、納品された書物のチェックをしていた。
ケリーの紹介でその男性がヘスであると知り、リリスはおもむろに『土魔法大全』を取り出した。
「ヘスさん。この本の仕入れ先を教えて貰えますか?」
リリスの言葉にヘスはう~んと唸った。
「仕入れ先ですか? それは秘密にしておきたいんですけどね。」
そう言いながらヘスはその本を手にした。
仕入れ先は商人にとって秘密事項になる事が多い。
同業他社に出し抜かれない為の防衛措置なのだが、ヘスはその本を手にしてピクンと眉を動かした。
「これは・・・・・リクード様から頂いた本ですね。」
ヘスの言葉にリリスは驚いた。
「リクード様って・・・ゴート族の賢者のリクード様ですか?」
「ほうっ! リクード様をご存じですか?」
「ええ、イオニアで数度お会いしたことがあります。」
リリスの返答にヘスはニヤッと笑った。
「そうでしたか。リクード様をご存じなんですね。それなら直接聞いた方が良いでしょう。リクード様と連絡を取る手段をお持ちですか?」
「ええ、私の先祖で賢者のユリアス様と交流がありますから、そちらから頼めば会えると思います。」
リリスの言葉にヘスはうんうんと頷いた。
「そうですか。賢者様達と交流のある方がこの図書館の司書を務められるのですね。これは興味深い。今後ともよろしくお願いしますね。」
ヘスの言葉に嫌味は無いが、リリスの人脈を商売に絡めようとする思いが見え見えだ。
根っからの商人なのだろう。
少し距離を置いて付き合いたいわね。
そう思いながら、リリスは納品された書物のチェックを手伝い、図書館での仕事が終わると早速ユリアスに魔道具で連絡を取った。
生徒会の部屋に顔を出さず、自室に戻って待機していると、リリスの目の前に小さな闇が出現し、その中から紫色のガーゴイルが現われた。
ユリアスの使い魔である。
「リリス、どうした?」
ユリアスの問い掛けにリリスは『土魔法大全』を取り出し、その本の異様性を事細かく説明した。
その説明にユリアスは軽く驚きながら、本のページをぺらぺらとめくった。
「単に同姓同名と言うのではなく、平行世界の自分であるかのような記述だと言うのだな。」
ガーゴイルの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「しかもこの本の仕入れ先がリクード様だと聞きました。」
「何! リクード様から手に入れたのか?」
ガーゴイルはそう言うとう~んと唸った。
「そう言えばリクード様から、地下に埋もれていた図書館の遺跡を数年前に見つけたと聞いているぞ。だが、そこにあった書物だとしても時間が若干ずれておるな。」
「平行世界の物だとすれば、多少の時間のズレがあってもおかしくないですよ。」
リリスの返答にガーゴイルはう~んと唸って考え込んだ。
「まあ、いずれにしてもリクード様と会ってみよう。儂から連絡を取っておくので数日間待っていなさい。」
「はい、お願いします。」
リリスの返答にガーゴイルは微笑みながら消えていった。
数日後。
この日は休日であるが、リリスは朝からユリアスが管理しているレミア族の研究施設の中に居た。
ゴート族の賢者リクードと連絡が取れたと言うので、ユリアスから呼び出されたのである。
研究施設のホールの片隅にある広いデスクに、ユリアスとラダム、リリスとリクードが座っていた。
カラフルな頭巾を被ったリクードはいつもと変わらず温和な笑顔を見せている。だがその醸し出す気配は得体の知れない底深さを感じさせていた。
ゴート族と言う稀有な獣人の種族と言う事もあって、リリスが今まで出会ってきた賢者の中でも特に掴みどころのない人物だ。
テーブルの上にはリリスが持ち込んできた『土魔法大全』が置かれている。
それをパラパラと捲りながら、リクードは何かを確かめる様にうんうんと頷いた。
「やはりこの本は尋常な代物では無かったのだな。」
リクードの言葉にリリスはうん?と唸って首を傾げた。
「それはどう言う意味ですか?」
リリスの問い掛けにリクードは本の表紙をポンと叩いた。
「この本の出処が分からないのだよ。儂は数年前に、イオニアの南門の近くで地下に埋もれていた図書館の遺跡を見つけた。そこには亜空間障壁で隔離された数百年前の書物の保管庫があったのだ。図書館を建設したのがリゾルタの大商人であった事は分かっている。その人物の知的好奇心に基づく個人的なコレクションだったのだろう。」
「個人的なコレクションと言っても蔵書は1万冊以上あり、その中には希少なものも少なくない。それ故にその膨大な書物を整理し、有益だと思われるものをヘスに安価で引き取らせていたのだ。だがその中にこの本が紛れていた。否、紛れ込んできたと言うべきか。」
「ヘスが儂の元に来る際に、儂はいつも大きな籠を用意して、その中に本を30冊ほど纏めて入れておくようにしておる。だが先日ヘスが来た時、納品した本のチェックをしてもらったらこの本が入っていたのだ。儂もこの本の記憶が無く、こんな本があったのか?と思いながら、それほど気に留める事も無くヘスに引き取ってもらったのだよ。まさかこれがその様な不可解な書物だとは思わなかったのだがな。」
饒舌に語るリクードの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
その様子を見ながらラダムが不思議そうに口を開いた。
「この本の記述がそれほどに異様なのか?」
「はい。この著者の記述が私の生い立ちや生活環境とほぼ同じなんです。父母の名前も同じで、違う点は水魔法と土魔法の連携に特化している点ですね。とても創作とは思えません。」
そう言いながらリリスはその本を手に取った。
「それにこの本は不思議な気配を漂わせているんです。私が持つ異世界由来のスキルを微妙に刺激しているんですよね。」
リリスの言葉にユリアスがうんうんと頷いた。
「お前の持つ異世界由来のスキルについては、儂もアルバ殿から聞いたことがある。それが反応していると言う事は、この本は異世界から紛れ込んできたものなのか?」
「いえ。異世界と言うよりは平行世界だと思うんです。私が1歳の時に罹患し、生死を彷徨った熱病が分岐点になっているように思えるんですよね。」
その分岐点は元々のリリスの肉体の中に、紗季が転移するか否かの分岐点でもあるはずだ。
勿論そんな事はその場にいる賢者達には口外出来ないのだが。
リリスは賢者達の反応を見ながら、その本の裏表紙に触れた際に、若干の違和感を感じた。
小さな突起のようなものが二つ並んでいる。
これは何だろうかと思いながらその突起を軽く指でなぞると、突然異世界通行手形が激しく反応し、急激に発動してしまった。
うっ!
拙い!
そう思う間もなくリリスの視界が暗転していく。
言いようのない不安に駆られた直後、リリスの意識は失われてしまったのだった。
それを手に持ち呆然としているリリスに、マキはどうしたのかと思って問い掛けた。
「リリスちゃん。どうしたの?」
リリスはハッとしてマキにその本を手渡した。
「その本の前書きを読んでみてよ。」
そう言われてマキは何気なくその本を開いた。
しばらく読むとマキは不思議そうな表情で口を開いた。
「この本って・・・リリスちゃんが書いたの?」
「そんなわけないでしょ!」
即座に突っ込むリリスであったが、マキはその奇妙さが良く分かっていないようだ。
リリスはマキに、その本の前書きの異様さを詳しく説明をした。
その説明にマキは軽く驚きながら聞き入っていた。
「要するにほとんどリリスちゃんの人生とそっくりなのね。名前まで一緒で・・・。しかも魔法学院卒業後まで続いているし、ジークさんの下で軍務に就いているなんて。」
そう答えたマキにリリスはうんうんと頷いた。
「そうなのよ。しかも、可能性としてはあり得る人生なんだけど、微妙なところで少しづつ違うのよね。」
「ねえ、マキちゃん。これってどう言う事だと思う?」
リリスの問い掛けにマキは神妙な表情を見せた。
「在り得る事かどうか分からないけど・・・平行世界からこちらに紛れ込んできたのかも。」
マキの言葉にリリスはう~んと唸って、そのまま黙り込んでしまった。
だが思いつく事と言えばやはり平行世界の存在だろう。
リリスが水魔法と土魔法を連携させて大きな力を得、軍で多大な功績を挙げた世界。
そう思ってその本の前書きを思い返すと、リリスの脳裏に一つの疑問が浮かび上がった。
この本の前書きのような平行世界があるとして、その世界って私が、つまり紗季が存在していない世界なのかも知れない。
紗季と言う存在が覚醒して、コピースキルを駆使する事で私はレベルアップしてきた。
私が覚醒していたとして、土魔法だけで魔法学院での学生生活を送るなんて有り得ない。
紗季と言う存在が無ければ、メルや他の王族と知り合う切っ掛けも掴めなかっただろう。
ましてや、夫デニスって誰なのよ?
まさかと思うけど、あのぼんくらの従弟のデニスの事?
それこそ有り得ないわよ!
色々と思いを巡らせ考え込んでいるリリスの様子を見て、マキは何気なく声を掛けた。
「リリスちゃん。そんなに気になるのなら、その本を納品した業者に、どんな経緯で手に入れたのか聞いてみれば?」
「そうよね。そうよ、聞けばいいのよ。」
リリスはそう言うと、少し離れた場所に居たケリーの傍に駆け寄った。
「ケリーさん。この本を納品した業者に会いたいんですけど・・・」
「業者に? ええ、良いわよ。」
ケリーはそう言うと、その本の裏表紙を調べた。
「うん。刻印があるから間違いないわ。仕入れた業者はホーク商会で、担当者はヘスさんと言う名の男性よ。明日の午後に納品に来るから、会って聞いてみれば良いわよ。」
「ええ、そうします。それと・・・この本を少しの間、私に貸してください。」
「ああ、良いわよ。呪いが掛けられている本じゃないし、例え呪いが掛けられていても、リリスさんなら解呪しちゃうだろうからね。」
ケリーの返答に礼を言い、リリスはその本を手にしてその場を離れた。
その日の夜。
寝床で『土魔法大全』をざっと斜め読みしてみたが、前書き以外で気になる箇所はなかった。
土魔法の全般的な概要やスキルの解説と、過去に土魔法の大家と呼ばれた数人の人物の評価や成果などがまとめられていた。
やはり気になるのはこの本の著者の書いた前書きだ。
明日にはホーク商会の担当者のヘスが納品にやってくる。
ヘスさんにこの本の出処について聞くしかないわね。
そう思いながら、本を枕の傍に置いてリリスは眠りに就いた。
しばらくしてリリスは夢の中で目が覚めた。
否、目が覚めたような状況の夢なのかも知れない。
リリスの身体は空中に浮かび、その視線には緑の山並みが延々と続いている。
それが一目でミラ王国の国境地帯の山岳部であると気付いたリリスは、下方から雑踏を耳にしてふと視線を下げた。
山間部の谷間に数百人の兵士の姿が見える。
剣士や弓兵が整然と歩き、その先頭には数騎の騎乗兵が横に並び、その舞台を先導していた。
その兵士達のアーマーのデザインや刻印、騎乗兵の立てている旗にリリスは見覚えがあった。
あれは同盟国のドルキア王国の兵士達だわ。
そう思って周囲の山並みに目を向けると、小高い山の頂上付近に小さな光が点滅していた。
何だろうかと思って目を凝らすと、突然その場所に視線がフォーカスされ、望遠鏡で覗くようにその場所が目の前に映し出された。
そこにはジークと数人の人物が立っておりその中に、自分に似た30歳前後の女性兵士が居るのを見てリリスは大きく驚いた。
これって・・・私?
いや、私じゃなくって、土魔法大全の作者の私?
混乱する脳内を落ち着かせ、リリスはその人物たちの様子を見ていた。
***************
「リリス君。敵兵は国境線を越えてここまで侵入してきた。その罪を思い知らせてやろうじゃないか。」
ジークの言葉にリリスは土魔法を発動させた。
それと共に水魔法をも発動させ、両者を連携させるように強く意識した。
リリスの身体中の魔力が激しく循環し、それは魔力の渦となってリリスの身体を取り巻いた。
更に魔力の不足分を補う為、リリスは魔力吸引スキルを発動させた。
それに伴って大地や大気から大量の魔力がリリスの身体に流れ込んでくる。
流入した魔力は激流のようにリリスの身体中を循環し、土魔法と水魔法を連携させた魔力の渦を更に拡大させていく。
頃合いを見計らって、リリスはその魔力の渦を前方の山並みに激しく放出した。
その魔力の波動は大地を揺るがし、山並みの上部の土と地下水に爆発的な振動を与えた。
山並み全体が激しく震え、その各所から山体が崩壊していく。
ドドドドドッと激しい音を立てて、幾つもの土石流が発生した。
その土石流は一気に谷間に流れ込み、進軍していたドルキア王国の兵士達を飲み込んでしまった。
***************
その様子を見ていたリリスは絶句してしまった。
ドルキア王国が敵になっている!
しかもその数百人の兵士達を私が生き埋めにしたの?
私は何を見せられているのよ!
ううっ!と呻き声をあげてリリスはベッドから上半身を起こした。
寝汗で身体がびっしょりと濡れている。
「どうしたの? 悪い夢でも見たの?」
リリスの呻き声で目が覚めたサラの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「ごめんね、サラ。悪い夢を見ちゃったわ。」
リリスはサラに謝ると、バスルームで寝汗を掻いた下着を着替えた。
あの夢は何だったんだろうか?
あの『土魔法大全』を書いた著者の世界なのかしら?
それにしても軍務とは言え、ドルキアの部隊を殲滅するなんて・・・・・。
後味の悪い夢の余韻を残さぬように、リリスは自分自身に軽く細胞励起を掛け、気持ちを落ち着かせて再びベッドに戻った。
翌日の午後。
リリスは『土魔法大全』を手に持ち、図書館の倉庫へと向かった。
倉庫の入り口では司書のケリーと若い商人が、納品された書物のチェックをしていた。
ケリーの紹介でその男性がヘスであると知り、リリスはおもむろに『土魔法大全』を取り出した。
「ヘスさん。この本の仕入れ先を教えて貰えますか?」
リリスの言葉にヘスはう~んと唸った。
「仕入れ先ですか? それは秘密にしておきたいんですけどね。」
そう言いながらヘスはその本を手にした。
仕入れ先は商人にとって秘密事項になる事が多い。
同業他社に出し抜かれない為の防衛措置なのだが、ヘスはその本を手にしてピクンと眉を動かした。
「これは・・・・・リクード様から頂いた本ですね。」
ヘスの言葉にリリスは驚いた。
「リクード様って・・・ゴート族の賢者のリクード様ですか?」
「ほうっ! リクード様をご存じですか?」
「ええ、イオニアで数度お会いしたことがあります。」
リリスの返答にヘスはニヤッと笑った。
「そうでしたか。リクード様をご存じなんですね。それなら直接聞いた方が良いでしょう。リクード様と連絡を取る手段をお持ちですか?」
「ええ、私の先祖で賢者のユリアス様と交流がありますから、そちらから頼めば会えると思います。」
リリスの言葉にヘスはうんうんと頷いた。
「そうですか。賢者様達と交流のある方がこの図書館の司書を務められるのですね。これは興味深い。今後ともよろしくお願いしますね。」
ヘスの言葉に嫌味は無いが、リリスの人脈を商売に絡めようとする思いが見え見えだ。
根っからの商人なのだろう。
少し距離を置いて付き合いたいわね。
そう思いながら、リリスは納品された書物のチェックを手伝い、図書館での仕事が終わると早速ユリアスに魔道具で連絡を取った。
生徒会の部屋に顔を出さず、自室に戻って待機していると、リリスの目の前に小さな闇が出現し、その中から紫色のガーゴイルが現われた。
ユリアスの使い魔である。
「リリス、どうした?」
ユリアスの問い掛けにリリスは『土魔法大全』を取り出し、その本の異様性を事細かく説明した。
その説明にユリアスは軽く驚きながら、本のページをぺらぺらとめくった。
「単に同姓同名と言うのではなく、平行世界の自分であるかのような記述だと言うのだな。」
ガーゴイルの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
「しかもこの本の仕入れ先がリクード様だと聞きました。」
「何! リクード様から手に入れたのか?」
ガーゴイルはそう言うとう~んと唸った。
「そう言えばリクード様から、地下に埋もれていた図書館の遺跡を数年前に見つけたと聞いているぞ。だが、そこにあった書物だとしても時間が若干ずれておるな。」
「平行世界の物だとすれば、多少の時間のズレがあってもおかしくないですよ。」
リリスの返答にガーゴイルはう~んと唸って考え込んだ。
「まあ、いずれにしてもリクード様と会ってみよう。儂から連絡を取っておくので数日間待っていなさい。」
「はい、お願いします。」
リリスの返答にガーゴイルは微笑みながら消えていった。
数日後。
この日は休日であるが、リリスは朝からユリアスが管理しているレミア族の研究施設の中に居た。
ゴート族の賢者リクードと連絡が取れたと言うので、ユリアスから呼び出されたのである。
研究施設のホールの片隅にある広いデスクに、ユリアスとラダム、リリスとリクードが座っていた。
カラフルな頭巾を被ったリクードはいつもと変わらず温和な笑顔を見せている。だがその醸し出す気配は得体の知れない底深さを感じさせていた。
ゴート族と言う稀有な獣人の種族と言う事もあって、リリスが今まで出会ってきた賢者の中でも特に掴みどころのない人物だ。
テーブルの上にはリリスが持ち込んできた『土魔法大全』が置かれている。
それをパラパラと捲りながら、リクードは何かを確かめる様にうんうんと頷いた。
「やはりこの本は尋常な代物では無かったのだな。」
リクードの言葉にリリスはうん?と唸って首を傾げた。
「それはどう言う意味ですか?」
リリスの問い掛けにリクードは本の表紙をポンと叩いた。
「この本の出処が分からないのだよ。儂は数年前に、イオニアの南門の近くで地下に埋もれていた図書館の遺跡を見つけた。そこには亜空間障壁で隔離された数百年前の書物の保管庫があったのだ。図書館を建設したのがリゾルタの大商人であった事は分かっている。その人物の知的好奇心に基づく個人的なコレクションだったのだろう。」
「個人的なコレクションと言っても蔵書は1万冊以上あり、その中には希少なものも少なくない。それ故にその膨大な書物を整理し、有益だと思われるものをヘスに安価で引き取らせていたのだ。だがその中にこの本が紛れていた。否、紛れ込んできたと言うべきか。」
「ヘスが儂の元に来る際に、儂はいつも大きな籠を用意して、その中に本を30冊ほど纏めて入れておくようにしておる。だが先日ヘスが来た時、納品した本のチェックをしてもらったらこの本が入っていたのだ。儂もこの本の記憶が無く、こんな本があったのか?と思いながら、それほど気に留める事も無くヘスに引き取ってもらったのだよ。まさかこれがその様な不可解な書物だとは思わなかったのだがな。」
饒舌に語るリクードの言葉にリリスはうんうんと頷いた。
その様子を見ながらラダムが不思議そうに口を開いた。
「この本の記述がそれほどに異様なのか?」
「はい。この著者の記述が私の生い立ちや生活環境とほぼ同じなんです。父母の名前も同じで、違う点は水魔法と土魔法の連携に特化している点ですね。とても創作とは思えません。」
そう言いながらリリスはその本を手に取った。
「それにこの本は不思議な気配を漂わせているんです。私が持つ異世界由来のスキルを微妙に刺激しているんですよね。」
リリスの言葉にユリアスがうんうんと頷いた。
「お前の持つ異世界由来のスキルについては、儂もアルバ殿から聞いたことがある。それが反応していると言う事は、この本は異世界から紛れ込んできたものなのか?」
「いえ。異世界と言うよりは平行世界だと思うんです。私が1歳の時に罹患し、生死を彷徨った熱病が分岐点になっているように思えるんですよね。」
その分岐点は元々のリリスの肉体の中に、紗季が転移するか否かの分岐点でもあるはずだ。
勿論そんな事はその場にいる賢者達には口外出来ないのだが。
リリスは賢者達の反応を見ながら、その本の裏表紙に触れた際に、若干の違和感を感じた。
小さな突起のようなものが二つ並んでいる。
これは何だろうかと思いながらその突起を軽く指でなぞると、突然異世界通行手形が激しく反応し、急激に発動してしまった。
うっ!
拙い!
そう思う間もなくリリスの視界が暗転していく。
言いようのない不安に駆られた直後、リリスの意識は失われてしまったのだった。
30
あなたにおすすめの小説
異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが
初
ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
けろ
ファンタジー
【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~
存在証明
ファンタジー
不慮の事故によって異世界に転生したカイ。異世界でも家族に疎まれる日々を送るがある日赤い瞳の少年と出会ったことによって世界が一変する。突然街を襲ったスタンピードから2人で隣国まで逃れ、そこで冒険者となったカイ達は仲間を探して冒険者ライフ!のはずが…?!
はたしてカイは運命をぶち壊して幸せを掴むことができるのか?!
火・金・日、投稿予定
投稿先『小説家になろう様』『アルファポリス様』
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる