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平行世界のリリス1
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突如意識を失ったリリス。
彼女が目覚めたのは自室のベッドの中だった。
夢を見ていたの?
あの不思議な本を賢者達と精査していた記憶が蘇ってくる。
それなのに何故ここに?
リリスは混乱しつつもベッドから出て洗面所に向った。
だが洗面所の鏡に映った自分の顔を見て、リリスは強い違和感を覚えた。
顔が幼くなっている。
そう言えば背も少し低くなっているみたいだ。
違和感を感じつつリリスは午前中の授業の準備を整え、同室のサラと共に食堂で朝食を摂り、そのまま学舎に向かった。
午前中の授業が何時も通り始まる。
授業を受けている間にふと、リリスはニーナの姿が見えない事に気が付いた。
「ニーナは今日は休みなの?」
休憩時間に近くに居たエレンに聞くと、驚きの返答が返ってきた。
「何を言っているのよ。ニーナは去年から体調が優れなくて休学中じゃないの。」
失笑して答えるエレンの表情が痛々しく見える。
うん?
どう言う事?
違和感の増すリリスに決定打を与えたのは、エレンの傍に居たガイであった。
「うん? どうしたリリス。今頃そんな事を言うなんて。『串刺しのリリス』がボケちゃったのか?」
うっ!
その呼び名って・・・・・。
リリスは『土魔法大全』の著者の異名を思い出した。
入れ替わっている!
私が平行世界に来ちゃったの?
そう言えば鏡で見た自分の顔も姿も若干幼く見えた。
あれは・・・時空の歪に巻き込まれなかったから実年齢が進まなかった結果なの?
ニーナの体調不良って・・・もしかして未だに『商人の枷』が解除されていないからなの?
この平行世界はおそらく、リリスが紗季として覚醒していない、あるいは紗季の転移が無かったのだと思われる。
そしておそらく後者がこの平行世界の現実なのだろう。
そうだとすると悪い予感が浮かび上がってくるのだが・・・・・。
メルが既に居ないかも知れない。
メリンダ王女は開祖の遺した闇魔法の加護を放つ宝玉に、彼女の生命力を捧げる運命だった。
それを阻止したのはリリスであり、チャーリーを呼び出し、ゲルとの交渉をお膳立てした結果、メリンダ王女の命は救われた。
この世界のリリスが単に人族の少女であったなら、そのような成果は有り得ない。
それに、そもそもこの平行世界のリリスが単なる人族であれば、亜神達を呼び起こす事すら出来なかったはずだ。
そう言えばレイチェルの気配を感じないわね。
ロキからの指示で、折に触れてリリスの動きを亜空間越しにチェックしていたレイチェルの気配を、今は全く感じないのだ。
亜神達も居ない・・・・・。
リリスはいつものように平然と授業を受けていたが、内心は様々な憶測で混乱していた。
午前中の授業が終わると、リリスは突然ケイト先生に呼び止められた。
「リリスさん。急な事で悪いけど、今日の午後は新入生のダンジョンチャレンジに同行して欲しいのよ。」
「ロイド先生からの要請でね。今回はシトのダンジョンでは無くケフラのダンジョンを探索するので、念のためにリリスさんの後方支援を得たいと言う事なのよ。」
「早めに食事を済ませて、地下の訓練場に向かって頂戴。」
一方的に話すケイトの話にリリスはうんうんと頷く事しか出来なかった。
言われた通り食事を早めに済ませ、一旦学舎に戻ってレザーアーマーとブーツなどを装着した。
そのまま地下の訓練場に向かうと、既にロイドと二人の新入生が同じような装備で待機していた。
新入生の一人はサリナで、もう一人はジュリアと言う名のおとなしそうな少女だった。
互いに挨拶を交わした後、ロイドは今回のダンジョンチャレンジの説明を始めた。
「今回ケフラのダンジョンを選んだのは、ここに居る新入生のジュリア君の訓練の為なんだよ。シトのダンジョンでは実力が発揮出来ず、あれこれと悩んでいるのでね。」
ロイドの説明にジュリアは神妙な表情で頷いた。
そのジュリアの表情を見ながら、サリナが口を開いた。
「ジュリアって火魔法がメインなんですけど、火球の球数を撃てる割に命中率が悪くて、色々と悩んでいるところなんです。」
「私からはファイヤーボールに拘らず、ファイヤーアローでも良いんじゃないかって言っているんですけど、それも上手く出来ないようで・・・・・」
うんうん。
何となく話は分かってきたわ。
球数が撃てると言う事は魔力量がそれなりにあるのね。
命中率が悪いと言う事だから、投擲スキルは持っていない。
小さな火球で弾幕を張ると言う手もあるけど、本人がどう言う攻撃スタイルを選べば納得出来るかがポイントなんだわ。
リリスが状況を掴めたのを見て、ロイドは懐から大きな転移の魔石を取り出し、それを作動させてケフラのダンジョンの入り口に全員を転移させた。
入り口に待機している兵士に魔法学院の許可証を見せ、中に入ると第1階層への階段がある。ロイドはその石の階段の脇にある小さな宝玉に魔力を纏った手を置いた。宝玉は仄かに光り、階段の降り口が黒い霧に包まれていく。
『行き先を述べよ。』
階段の奥から野太い声が聞こえてきた。
『第6階層だ。』
『承知した。』
ケフラのダンジョンでの、いつものお決まりのやり取りである。
階段を降りると、そこは草原だった。
あれっ?
ケフラのダンジョンの第6階層って森じゃなかったっけ?
若干違和感を感じたリリスだが、ここが間違いなく第6階層だ。
広々とした草原が目の前に広がり、心地良い風が吹いている。
草原のところどころには低木の藪があり、そこに魔物が隠れている可能性も高い。
「この階層はブラックウルフが数体出現するはずだ。油断なく取り掛かるんだよ。」
ロイドの言葉にジュリアは強く頷いた。
ロイドはその様子を見ながらリリスに話し掛けた。
「リリス君。ブラックウルフの数が多い場合もあるから、その時は適当にアースランスで削っておいてくれ。でも全部串刺しにしちゃ駄目だよ。ジュリア君の訓練にならないからね。」
リリスはロイドの言葉にハイと返事をして、自分の置かれた状況を考えた。
この平行世界のリリスは土魔法、特にアースランスがメインなのよね。
ファイヤーボルトなんて放ったら、驚いちゃうかも・・・。
リリスはアースランスをスキルとして持っている事に安堵した。
ほとんど使う事が無かったスキルだが、リリス自身の持つ魔力の濃さや土魔法のレベルの高さもあって、それなりに広い場所に密集して出現させる事は出来そうだ。
とりあえず土壁と泥沼でブラックウルフの動きを制限させれば良いわよね。
そう思いながら、リリスは自分の身体に土魔法の魔力を循環させ始めた。
だがその途端に地面がゴゴゴゴゴッと振動し、強風が吹き荒れ始めた。
うっ!
ダンジョンが私の魔力に反応しているわね。
リリスの不安は的中した。
草原の向こうから黒い塊がこちらに向かってくるのが見えた。
「あれは・・・何だ?」
ロイドが不思議そうに見つめながら探知を掛けると、それはブラックウルフの群れである事が分かった。
「おいおい! 30体以上いるぞ! どこからこんなに出現したんだ?」
驚きの声を挙げながらもロイドは素早く指示を出した。
「リリス君、土魔法でブラックウルフの動きを制限してくれ。私はシールドを張り続ける。サリナ君は適宜に敵の数を減らしてくれ。」
「さあ、ジュリア君。思う存分にやってごらん。」
ロイドの檄にジュリアは強く頷き、火魔法の魔力を身体に循環させた。
リリスはロイドの指示通り、草原の前方に横長で浅い泥沼を出現させ、その両側を覆うように長い土壁を出現させた。
その向こうからブラックウルフの大群が疾走してくる。
ある程度近付いてきた時点で、リリスはアースランスを発動させた。
ピンポイントで2~3体のブラックウルフを串刺しにすると、ブラックウルフの群れは左右に散開した。
だがそれを狙ってサリナがクイナを高速で放ち、数体を射抜いた。
土壁の両側に回り込んだブラックウルフも、もちろんリリスのアースランスの餌食である。
あらっ!
意外にアースランスって使えるわね。
リリスの思いがロイドにも伝わったようで、リリスを頼もしそうに見つめている。
その間、残りのブラックウルフは散開を諦め、土壁の正面から飛び越えてきた。
その先には泥沼がある。
若干動きの鈍ったブラックウルフに、ジュリアはファイヤーボールを放ち始めた。
大きめの火球が数発放たれていく。
だが若干スピードが遅いうえにブラックウルフの動きを追尾出来ない。
それでも連弾で放つと、数体のブラックウルフの身体の一部に当たったのだが、致命傷にはならないのが残念だ。
泥沼から抜け出してきたブラックウルフを、サリナが高速移動しながら短刀で仕留めていく。
その様子はまさに忍者だ。
それでも撃ち漏らしたブラックウルフを、リリスは土壁で囲い込み、瞬時にアースランスで仕留めた。
全てのブラックウルフが駆逐された時点で、ジュリアの反省会である。
確かにサリナの言う通り、球数は多いが命中率が低い。
「比較的少ない魔力量で生み出せるファイヤーアローやファイヤーボルトにして、弾幕を張れば良いんじゃないの?」
リリスの提案にジュリアはう~んと唸った。
「そのファイヤーアローが上手く出来ないんです。」
「えっ! そんなに難しい事じゃないと思うけど。試しに今ここでやってみて。」
リリスの言葉にジュリアはハイと答えて魔力を循環させ、彼女なりのファイヤーアローを出現させた。
だがそれは単なる棒のような形である。
「そうなのね。形をイメージ出来ないのが問題点なのね。」
ジュリアの問題点を把握したリリスはジュリアの手を握り、ファイヤーアローのイメージを魔力に纏わらせてジュリアに流し込んだ。その魔力の濃さにジュリアはウッと呻いてよろけてしまったが、リリスの送ったイメージは伝わったようだ。
「うん。何となく分かりました。もう一度やってみますね。」
そう言ってジュリアが再度出現させたファイヤーアローは、それなりに矢の形になっている。
ジュリアが放つとキーンと言う滑空音を立て、近くにあった低木の藪に着弾して見事に焼き払ってしまった。
威力はそれなりに出ている。
「おうっ! 出来たじゃないか。」
ロイドが感心して声を掛けたが、問題は命中率の低さだ。
「ジュリア。今のファイヤーアローを一度に幾つ放てるかしら?」
「今の形だと4本でしょうか。」
「それならもう少し小さくして数を増やしてみて。それと理想を言えば自分の両肩に10本ずつ、円筒状に待機させる事が瞬時に出来れば最高なんだけどね。」
リリスの言葉を受けて、ジュリアは何度もそれを試みた。
コツを掴むと作業の早いタイプのようで、幾度か繰り返していくうちに、両肩に5本づつファイヤーアローを待機させる事が出来るようになった。
元々魔力量のあるジュリアなので、両肩から計10本づつの火矢を連弾で放つ事もいずれは可能であるようだ。
「うんうん。これなら上手くやれそうだね。次の魔物の出現が楽しみだ。」
ロイド先生ったら、ご機嫌ね。
ジュリアの顔に自信が満ちてきたのが余程嬉しかったのだろう。
ロイドはリリス達を促して、ダンジョンの奥に進んで行った。
しばらく進むと上空から、ギヤーッと言う金切り声が聞こえてきた。
前方の上空に黒い塊がある。
良く見るとハービーの集団だ。
10体ほどのハービーがこちらに向かってくるのが見えた。
「拙いな。ハービーだ。リリス君、トーチカを用意してくれ。」
ロイドの指示でリリスは土魔法を発動させ、土壁を多重に組み合わせてトーチカを造り上げた。
その開口部からはジュリアのファイヤーアローを存分に放てる形状だ。
トーチカの天井部にロイドはシールドを張り、サリナはクイナを手に持って待機した。
「さあ、ジュリア君。君の出番だよ。リリス君もサリナ君も有効な対空兵器を持っていないからね。」
ロイド先生ったら随分煽るわね。
リリスの思いとは裏腹に、ジュリアはやる気満々で待機していた。
トーチカの天井にドスンドスンと重そうな矢の着弾する音が聞こえてきた。
これはハービー達の魔弓による攻撃だ。
ジュリアは火魔法の魔力を循環させ、両肩の上に合計10本のファイヤーアローを出現させた。
それをトーチカの開口部から上空に向かって一気に放ち、次の10本を素早く出現させる。
次弾が用意されると即座に放ち、再び次の10本を用意したジュリア。
その動作が回数を重ねるたびに早くなってきた。
トーチカの開口部から次々にファイヤーアローが放たれ、ハービーに向かって濃密な弾幕を張ることが出来た。
ハービー達もそれに気づいて散開するのだが、弾数が多いうえに広範囲をカバーしているので、避けようのない状態だ。
急所に命中しなくても翼や足などを撃ち抜き、次々と火だるまになって落ちていく。
地に落ちたものの傷の浅いハービーはリリスの餌食だ。
アースランスがそのハービーに致命傷を与える。
「あれれ・・・。私の出番が無いですね。」
サリナがクイナを手持無沙汰に振り回しながら、呆れ気味に呟いた。
ジュリアはファイヤーアローの連弾でかなり魔力を消耗したようで、冷や汗を掻きハアハアと肩で息をしている。
この辺りがジュリアの限界なのだろう。
ファイヤーアローを連続して合計7回放ったので、総数70本の火矢が弾幕となってハービー達に襲い掛かったことになる。
ハービー達が駆逐されたのを確認して、リリスはトーチカを元の土に戻した。
ロイドは満足そうにジュリアに語り掛けた。
「ジュリア君、上出来だ。リリス君のアドバイスが良かったんだね。」
ロイドの言葉にジュリアも嬉しそうに頷いた。
ジュリアの訓練が一応の成果を得たので、ダンジョンチャレンジはここで終わりとなった。
ケフラのダンジョンに深入りすると、何が起きるか分からない。
それもあって新入生達にあまり負担を与えないと言うロイドの配慮なのだろう。
リリス達はダンジョン探索を中断して入り口に戻り、転移の魔石で魔法学院に戻ったのだった。
彼女が目覚めたのは自室のベッドの中だった。
夢を見ていたの?
あの不思議な本を賢者達と精査していた記憶が蘇ってくる。
それなのに何故ここに?
リリスは混乱しつつもベッドから出て洗面所に向った。
だが洗面所の鏡に映った自分の顔を見て、リリスは強い違和感を覚えた。
顔が幼くなっている。
そう言えば背も少し低くなっているみたいだ。
違和感を感じつつリリスは午前中の授業の準備を整え、同室のサラと共に食堂で朝食を摂り、そのまま学舎に向かった。
午前中の授業が何時も通り始まる。
授業を受けている間にふと、リリスはニーナの姿が見えない事に気が付いた。
「ニーナは今日は休みなの?」
休憩時間に近くに居たエレンに聞くと、驚きの返答が返ってきた。
「何を言っているのよ。ニーナは去年から体調が優れなくて休学中じゃないの。」
失笑して答えるエレンの表情が痛々しく見える。
うん?
どう言う事?
違和感の増すリリスに決定打を与えたのは、エレンの傍に居たガイであった。
「うん? どうしたリリス。今頃そんな事を言うなんて。『串刺しのリリス』がボケちゃったのか?」
うっ!
その呼び名って・・・・・。
リリスは『土魔法大全』の著者の異名を思い出した。
入れ替わっている!
私が平行世界に来ちゃったの?
そう言えば鏡で見た自分の顔も姿も若干幼く見えた。
あれは・・・時空の歪に巻き込まれなかったから実年齢が進まなかった結果なの?
ニーナの体調不良って・・・もしかして未だに『商人の枷』が解除されていないからなの?
この平行世界はおそらく、リリスが紗季として覚醒していない、あるいは紗季の転移が無かったのだと思われる。
そしておそらく後者がこの平行世界の現実なのだろう。
そうだとすると悪い予感が浮かび上がってくるのだが・・・・・。
メルが既に居ないかも知れない。
メリンダ王女は開祖の遺した闇魔法の加護を放つ宝玉に、彼女の生命力を捧げる運命だった。
それを阻止したのはリリスであり、チャーリーを呼び出し、ゲルとの交渉をお膳立てした結果、メリンダ王女の命は救われた。
この世界のリリスが単に人族の少女であったなら、そのような成果は有り得ない。
それに、そもそもこの平行世界のリリスが単なる人族であれば、亜神達を呼び起こす事すら出来なかったはずだ。
そう言えばレイチェルの気配を感じないわね。
ロキからの指示で、折に触れてリリスの動きを亜空間越しにチェックしていたレイチェルの気配を、今は全く感じないのだ。
亜神達も居ない・・・・・。
リリスはいつものように平然と授業を受けていたが、内心は様々な憶測で混乱していた。
午前中の授業が終わると、リリスは突然ケイト先生に呼び止められた。
「リリスさん。急な事で悪いけど、今日の午後は新入生のダンジョンチャレンジに同行して欲しいのよ。」
「ロイド先生からの要請でね。今回はシトのダンジョンでは無くケフラのダンジョンを探索するので、念のためにリリスさんの後方支援を得たいと言う事なのよ。」
「早めに食事を済ませて、地下の訓練場に向かって頂戴。」
一方的に話すケイトの話にリリスはうんうんと頷く事しか出来なかった。
言われた通り食事を早めに済ませ、一旦学舎に戻ってレザーアーマーとブーツなどを装着した。
そのまま地下の訓練場に向かうと、既にロイドと二人の新入生が同じような装備で待機していた。
新入生の一人はサリナで、もう一人はジュリアと言う名のおとなしそうな少女だった。
互いに挨拶を交わした後、ロイドは今回のダンジョンチャレンジの説明を始めた。
「今回ケフラのダンジョンを選んだのは、ここに居る新入生のジュリア君の訓練の為なんだよ。シトのダンジョンでは実力が発揮出来ず、あれこれと悩んでいるのでね。」
ロイドの説明にジュリアは神妙な表情で頷いた。
そのジュリアの表情を見ながら、サリナが口を開いた。
「ジュリアって火魔法がメインなんですけど、火球の球数を撃てる割に命中率が悪くて、色々と悩んでいるところなんです。」
「私からはファイヤーボールに拘らず、ファイヤーアローでも良いんじゃないかって言っているんですけど、それも上手く出来ないようで・・・・・」
うんうん。
何となく話は分かってきたわ。
球数が撃てると言う事は魔力量がそれなりにあるのね。
命中率が悪いと言う事だから、投擲スキルは持っていない。
小さな火球で弾幕を張ると言う手もあるけど、本人がどう言う攻撃スタイルを選べば納得出来るかがポイントなんだわ。
リリスが状況を掴めたのを見て、ロイドは懐から大きな転移の魔石を取り出し、それを作動させてケフラのダンジョンの入り口に全員を転移させた。
入り口に待機している兵士に魔法学院の許可証を見せ、中に入ると第1階層への階段がある。ロイドはその石の階段の脇にある小さな宝玉に魔力を纏った手を置いた。宝玉は仄かに光り、階段の降り口が黒い霧に包まれていく。
『行き先を述べよ。』
階段の奥から野太い声が聞こえてきた。
『第6階層だ。』
『承知した。』
ケフラのダンジョンでの、いつものお決まりのやり取りである。
階段を降りると、そこは草原だった。
あれっ?
ケフラのダンジョンの第6階層って森じゃなかったっけ?
若干違和感を感じたリリスだが、ここが間違いなく第6階層だ。
広々とした草原が目の前に広がり、心地良い風が吹いている。
草原のところどころには低木の藪があり、そこに魔物が隠れている可能性も高い。
「この階層はブラックウルフが数体出現するはずだ。油断なく取り掛かるんだよ。」
ロイドの言葉にジュリアは強く頷いた。
ロイドはその様子を見ながらリリスに話し掛けた。
「リリス君。ブラックウルフの数が多い場合もあるから、その時は適当にアースランスで削っておいてくれ。でも全部串刺しにしちゃ駄目だよ。ジュリア君の訓練にならないからね。」
リリスはロイドの言葉にハイと返事をして、自分の置かれた状況を考えた。
この平行世界のリリスは土魔法、特にアースランスがメインなのよね。
ファイヤーボルトなんて放ったら、驚いちゃうかも・・・。
リリスはアースランスをスキルとして持っている事に安堵した。
ほとんど使う事が無かったスキルだが、リリス自身の持つ魔力の濃さや土魔法のレベルの高さもあって、それなりに広い場所に密集して出現させる事は出来そうだ。
とりあえず土壁と泥沼でブラックウルフの動きを制限させれば良いわよね。
そう思いながら、リリスは自分の身体に土魔法の魔力を循環させ始めた。
だがその途端に地面がゴゴゴゴゴッと振動し、強風が吹き荒れ始めた。
うっ!
ダンジョンが私の魔力に反応しているわね。
リリスの不安は的中した。
草原の向こうから黒い塊がこちらに向かってくるのが見えた。
「あれは・・・何だ?」
ロイドが不思議そうに見つめながら探知を掛けると、それはブラックウルフの群れである事が分かった。
「おいおい! 30体以上いるぞ! どこからこんなに出現したんだ?」
驚きの声を挙げながらもロイドは素早く指示を出した。
「リリス君、土魔法でブラックウルフの動きを制限してくれ。私はシールドを張り続ける。サリナ君は適宜に敵の数を減らしてくれ。」
「さあ、ジュリア君。思う存分にやってごらん。」
ロイドの檄にジュリアは強く頷き、火魔法の魔力を身体に循環させた。
リリスはロイドの指示通り、草原の前方に横長で浅い泥沼を出現させ、その両側を覆うように長い土壁を出現させた。
その向こうからブラックウルフの大群が疾走してくる。
ある程度近付いてきた時点で、リリスはアースランスを発動させた。
ピンポイントで2~3体のブラックウルフを串刺しにすると、ブラックウルフの群れは左右に散開した。
だがそれを狙ってサリナがクイナを高速で放ち、数体を射抜いた。
土壁の両側に回り込んだブラックウルフも、もちろんリリスのアースランスの餌食である。
あらっ!
意外にアースランスって使えるわね。
リリスの思いがロイドにも伝わったようで、リリスを頼もしそうに見つめている。
その間、残りのブラックウルフは散開を諦め、土壁の正面から飛び越えてきた。
その先には泥沼がある。
若干動きの鈍ったブラックウルフに、ジュリアはファイヤーボールを放ち始めた。
大きめの火球が数発放たれていく。
だが若干スピードが遅いうえにブラックウルフの動きを追尾出来ない。
それでも連弾で放つと、数体のブラックウルフの身体の一部に当たったのだが、致命傷にはならないのが残念だ。
泥沼から抜け出してきたブラックウルフを、サリナが高速移動しながら短刀で仕留めていく。
その様子はまさに忍者だ。
それでも撃ち漏らしたブラックウルフを、リリスは土壁で囲い込み、瞬時にアースランスで仕留めた。
全てのブラックウルフが駆逐された時点で、ジュリアの反省会である。
確かにサリナの言う通り、球数は多いが命中率が低い。
「比較的少ない魔力量で生み出せるファイヤーアローやファイヤーボルトにして、弾幕を張れば良いんじゃないの?」
リリスの提案にジュリアはう~んと唸った。
「そのファイヤーアローが上手く出来ないんです。」
「えっ! そんなに難しい事じゃないと思うけど。試しに今ここでやってみて。」
リリスの言葉にジュリアはハイと答えて魔力を循環させ、彼女なりのファイヤーアローを出現させた。
だがそれは単なる棒のような形である。
「そうなのね。形をイメージ出来ないのが問題点なのね。」
ジュリアの問題点を把握したリリスはジュリアの手を握り、ファイヤーアローのイメージを魔力に纏わらせてジュリアに流し込んだ。その魔力の濃さにジュリアはウッと呻いてよろけてしまったが、リリスの送ったイメージは伝わったようだ。
「うん。何となく分かりました。もう一度やってみますね。」
そう言ってジュリアが再度出現させたファイヤーアローは、それなりに矢の形になっている。
ジュリアが放つとキーンと言う滑空音を立て、近くにあった低木の藪に着弾して見事に焼き払ってしまった。
威力はそれなりに出ている。
「おうっ! 出来たじゃないか。」
ロイドが感心して声を掛けたが、問題は命中率の低さだ。
「ジュリア。今のファイヤーアローを一度に幾つ放てるかしら?」
「今の形だと4本でしょうか。」
「それならもう少し小さくして数を増やしてみて。それと理想を言えば自分の両肩に10本ずつ、円筒状に待機させる事が瞬時に出来れば最高なんだけどね。」
リリスの言葉を受けて、ジュリアは何度もそれを試みた。
コツを掴むと作業の早いタイプのようで、幾度か繰り返していくうちに、両肩に5本づつファイヤーアローを待機させる事が出来るようになった。
元々魔力量のあるジュリアなので、両肩から計10本づつの火矢を連弾で放つ事もいずれは可能であるようだ。
「うんうん。これなら上手くやれそうだね。次の魔物の出現が楽しみだ。」
ロイド先生ったら、ご機嫌ね。
ジュリアの顔に自信が満ちてきたのが余程嬉しかったのだろう。
ロイドはリリス達を促して、ダンジョンの奥に進んで行った。
しばらく進むと上空から、ギヤーッと言う金切り声が聞こえてきた。
前方の上空に黒い塊がある。
良く見るとハービーの集団だ。
10体ほどのハービーがこちらに向かってくるのが見えた。
「拙いな。ハービーだ。リリス君、トーチカを用意してくれ。」
ロイドの指示でリリスは土魔法を発動させ、土壁を多重に組み合わせてトーチカを造り上げた。
その開口部からはジュリアのファイヤーアローを存分に放てる形状だ。
トーチカの天井部にロイドはシールドを張り、サリナはクイナを手に持って待機した。
「さあ、ジュリア君。君の出番だよ。リリス君もサリナ君も有効な対空兵器を持っていないからね。」
ロイド先生ったら随分煽るわね。
リリスの思いとは裏腹に、ジュリアはやる気満々で待機していた。
トーチカの天井にドスンドスンと重そうな矢の着弾する音が聞こえてきた。
これはハービー達の魔弓による攻撃だ。
ジュリアは火魔法の魔力を循環させ、両肩の上に合計10本のファイヤーアローを出現させた。
それをトーチカの開口部から上空に向かって一気に放ち、次の10本を素早く出現させる。
次弾が用意されると即座に放ち、再び次の10本を用意したジュリア。
その動作が回数を重ねるたびに早くなってきた。
トーチカの開口部から次々にファイヤーアローが放たれ、ハービーに向かって濃密な弾幕を張ることが出来た。
ハービー達もそれに気づいて散開するのだが、弾数が多いうえに広範囲をカバーしているので、避けようのない状態だ。
急所に命中しなくても翼や足などを撃ち抜き、次々と火だるまになって落ちていく。
地に落ちたものの傷の浅いハービーはリリスの餌食だ。
アースランスがそのハービーに致命傷を与える。
「あれれ・・・。私の出番が無いですね。」
サリナがクイナを手持無沙汰に振り回しながら、呆れ気味に呟いた。
ジュリアはファイヤーアローの連弾でかなり魔力を消耗したようで、冷や汗を掻きハアハアと肩で息をしている。
この辺りがジュリアの限界なのだろう。
ファイヤーアローを連続して合計7回放ったので、総数70本の火矢が弾幕となってハービー達に襲い掛かったことになる。
ハービー達が駆逐されたのを確認して、リリスはトーチカを元の土に戻した。
ロイドは満足そうにジュリアに語り掛けた。
「ジュリア君、上出来だ。リリス君のアドバイスが良かったんだね。」
ロイドの言葉にジュリアも嬉しそうに頷いた。
ジュリアの訓練が一応の成果を得たので、ダンジョンチャレンジはここで終わりとなった。
ケフラのダンジョンに深入りすると、何が起きるか分からない。
それもあって新入生達にあまり負担を与えないと言うロイドの配慮なのだろう。
リリス達はダンジョン探索を中断して入り口に戻り、転移の魔石で魔法学院に戻ったのだった。
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