ひだまりを求めて

空野セピ

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第八章 護りたい想い

言葉の傷

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 一方ヴェイトは来た道を戻り、急ぎ足で軍へ戻る。
 ベルスに自分の仕事を押し付けたとは言え、流石に引き継ぎをしないのは不味かったと反省しつつも、内心で引っ掛かっている事があった。

(あの子、随分と情緒不安定気味だったな。ベルスの奴、本当に何もしてないだろうな)

 ティミーの様子が可笑しかった事が気になり、モヤモヤと考えながら歩いていると、ある病室の前で足を止めてふと扉を見上げる。

(いや違う。もしかしたら、原因は)

 ヴェイトは病室の扉をゆっくりと開ける。
 すると、ベッドの上でぼんやりと夕日を眺めながら窓の外を見ているマッドが視界に入った。
 自力で身体を起こしている姿を見て、ヴェイトは少しホッとしたのか小さく息を吐く。

「起きていたのか。気分はどうだ?」
「あ、アンタ......」

 マッドはヴェイトの方へ顔を向けると、何処かぼんやりとした表情でヴェイトを見詰める。
 また熱が出て来ているのだろうと判断し、ヴェイトはゆっくりとマッドの身体をベッドに寝かせて布団を優しく被せた。

「まだ寝ていなさい。熱も下がってないんだから」
「......分かってるよ」

 マッドの額を触ると、先程よりも熱が上がっている様で、何処となくぼんやりとしていた。
 点滴で抑制剤を打っている為、再び暴走する可能性は低くはなっているものの、具合は悪いままでマッドは深く息を吐く。
 視線だけで、部屋の至る所を見ている様子が分かり、ヴェイトはカーテンを閉めながら口を開いた。

「ティミーを探しているのか?」
「......別に」

 ティミーの名前が出た途端、マッドは寝返りを打ってヴェイトに背を向ける。
 図星だと一発で分かったと同時に、やっぱりな、とヴェイトは小さく溜息を吐いた。

「お前もまだ具合が悪い状態だし、恐らく毒の副作用で高熱が一週間は下がらないだろう。俺が完全に完治したと判断するまではティミーに合わせられないからな」

 ヴェイトの言葉を聞いて、マッドは布団に潜り身を丸くする。

「......別にそれで良いさ。今、話すと傷付けちまいそうだから」

 その声は震えていて、今にも泣きそうな感じだとヴェイトは察した。
 同時に、原因はコレだと分かり、小さく息を吐く。

「やっぱりな。ティミーと何かあっただろ」

 マッドに問いかけるも、マッドは身を丸めたまま静かに目を閉じる。
 考えていた事が的中したと分かったと同時に、ベルスが手を出していないと分かり、内心ホッとした様だ。
 しかし、先程のティミーの様子を見る限り、余程の事が有ったのだろうと察する。

「だんまりか? 傷付けしまいそう、じゃ無いよな。既に傷付けてしまっている。違うか?」
「......うるせぇ」

 マッドは布団に潜ったまま苛立ちを露わにする。
 その様子にヴェイトは目を細め、更に言葉を続けた。

「あの子は今、情緒不安定な状態だ。声を掛けても過敏に反応するし、目を背けようとするし、無理して笑っているのが良く分かる。お前の精神が情緒不安定なのも分かるよ。でもな」

 ヴェイトはマッドに近付き、見下ろしながら静かに言葉を吐く。

「傷付けた言葉が枷となり、その者を束縛する。笑っていても、本当は思ったよりも深く傷付けているんだよ」
「......違う」
「本当の事だろう。ティミーの様子を見ていれば分かる。おおかた、そばにいるなって追い出したんだろ」

 ヴェイトの言葉は全て的中していて、マッドは思わず身体を起こしヴェイトに顔を向けた。
 瞳は虚だが、オレンジ色の瞳はしっかりとヴェイトを捉えている。

「うるせぇな! テメェに何が分かるんだよ! 俺の何が分かるってんだ! 言ってみろよ!」
 
 マッドは起き上がると、そのままヴェイトの胸倉を掴み上げた。
 ヴェイトは表情一つ変えず、そのまま言葉を続ける。

「そうやって同じ言葉を使ってティミーを傷付けたんだろう?」
「違う! そんなんじゃねぇ! これ以上傷付けたくねぇから拒絶したんだ!」
「それが尚更傷付ける原因となる事を分かっていながらか?」
「うるせぇ! 護りたかったんだよ! 俺は!」

 ヴェイトはマッドの手首を握り、掴まれている胸倉を簡単に振り解いた。
 マッドは舌打ちし、ヴェイトを睨み付けるもヴェイトも本音をぶつけて欲しいのか、負けじと睨み返す。

「傷付ける事から護りたかった! そうじゃ無くても俺の言葉でアイツを傷付けてる事だって分かってる! 分かってるんだよ! 言ってる事とやってる事が滅茶苦茶だって事も! だから拒絶した! 心も体もこれ以上傷付けたくないから! 俺から離れるしか、それしか無かったんだ!」

 マッドは大声で叫び、息を切らす。
 情緒不安定で出た言葉はどれも本音で、
 それをマッド自身も自覚している様子だ。
 ヴェイトは目を閉じると、静かに口を開く。
 
「今は熱も高いし、お前自身も心身共に弱っている。色んな事が一度にあったから、頭がいっぱいいっぱいなのも分かるよ。だからこそ、頭を冷やして自分の言った事と、ティミーがどれだけお前を心配して想っていてくれているかをもう一度冷静になって考えて見ろ」

 マッドは息を切らしつつも、ヴェイトを睨みつけたまま手に力を込める。

「武器や身体をぶつけて傷付く事と、言葉で傷付く事は全然違う。ティミーがお前の事を純粋に心配し、そして信じてくれているという事を忘れるなと言っているんだ」

 静かな声で話すヴェイトの言葉が終わると、不意に扉が開く音がした。

「馬鹿の一つ覚えみてぇに、あの女に対して言った事を今度はヴェイトに八つ当たりで話したのか?」

 扉の方に視線を向けると、目を細めながら足速に入ってくるベルスの姿が確認できた。
 ベルスはカルテを持ち、不敵に笑うとヴェイトの隣に立ち、マッドを冷ややかに見下ろす。

「少し前にテメェがあの女に暴言吐いてるの、しっかり聞こえてたぜ? テメェに追い出されて、この軍にあの女がいる場所も無くて、それで仕方なくヴェイトが保護してやったんだろうが。ちっとは感謝でもしたらどうだ?」
「ち...... 違う、追い出してなんか」
「違わねぇよ。俺は普通の人間よりも何倍も耳が良い。誤魔化しは効かねぇぜ? あの女の唯一の居場所を失わせた癖によ」

 ベルスの言葉にマッドは勢い良く飛び起き、ベルスの胸倉を掴み上げようとする。
 しかしベルスは手首を掴み捻ね上げ、思い切りベッドの上に叩き付けた。
 
「いってぇ......」
「あまり調子に乗るなよクソガキ。言葉一つで人間はボロボロになるし、逆に一言で助かる事も有る。よく考えてから出直して来い」

 そう言うと、ベルスはマッドの額に思い切り氷嚢を置いた。
 あまりの痛さと冷たさにマッドは涙目になりつつも、先程叫び過ぎてもう身体を起き上がらせる力も残っていないのか、大人しくベッドに身を沈めていく。
 その様子にヴェイトは慌ててマッドの額と頬を触れると、先程よりも熱が上がっている様子で、無理矢理布団を被せた。

「熱が上がってきたな。すまない、色々話していたからな」
「ヴェイト、後は俺がやっとく。適度に虐めてやるからよ。それよりちょっと来てくれねぇか。ウォックの熱が中々下がらねぇんだ。薬の調整と様子を見てほしい」
「分かった、すぐ行く。マッド、ティミーなら俺の家で保護しているから安心しろ。元軍人の妻もいるし、安全な場所だから。だから一つ言っておく。とても心配していたよ。お前の事」
「......」

 マッドは言葉を返さず、身を丸めたままだ。
 きっと、今は何を話しても無理だろう。 
 誰からの声も拒絶し、そっとしておいて欲しい時なのだろうと直感した。

 自分にも、そんな時が有ったからこそ分かる事だ。

「俺はもう仕事を終わらせたらこのまま帰る。後は......嫌だろうけどベルスに任せてあるから。コイツも悪い奴では無いから、それだけは理解してくれな」
「あまり暴れたり刃向かったら頭開いて脳味噌弄り回してやるからな」
「折角フォローしてやってるのにひっくり返すなよお前。じゃあマッド。ゆっくり休みなさい。明日また様子を見に来るから」

 マッドの返事は返って来なく、仕方ないと思いつつもベルスとヴェイトは扉を開きゆっくりと閉めて通路へ出た。


 部屋は静寂に包まれ、部屋に一人残されたマッドは、更に身体を丸めて腕に力を入れる。
 
「なんで......情けねぇよ......こんなんじゃ俺......ティミーの事、護れねぇじゃねぇかよ......傷付けて、ばっかじゃねぇかよ。一体、何の為に、旅に出たんだよ......」

 声を振り絞り、涙を流しながら出した声は扉の外にいるベルスとヴェイトの耳に入り、ベルスは目を細め、ヴェイトは静かに瞳を閉じた。

「......護るべき者を見失ってはいけない。そして、傷付ける事はもっとしてはいけないんだ」
 
 何処か心当たりが有るのだろうか。それもと、失くした後なのだろうか。
 ヴェイトの呟きはベルスだけに聞こえ、二人はその場を静かに立ち去った。

 長い夜が、待っている──。


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