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1章 追放
03 森の魔獣
ガサッ――。
さっきよりも近い。
背後で“何か”が確実に動いた。
「……っ」
振り返る。
だが、霧の向こうには何もいない。
……いや、違う。
《何か》がいる。
気配が、さっきよりもはっきりしている。
心臓が早鐘のように鳴り、呼吸が浅くなる。
「……からかってるのか。出てくるなら……出てこいよ……」
震える声が森に吸い込まれていく。
返事はない。
代わりに、低い唸り声が聞こえた。
グルルル……。
その音を聞いた瞬間、背筋が凍った。
――ブラッドベア。
血の匂いに敏感で、獲物を見つけるとしつこく追い回し、
弄ぶように食うと噂される魔獣。
「……なんで、こんなところに……」
本来は森の奥深くにいるはずだ。
こんな浅い場所に出るなんて聞いたことがない。
霧の中で、何かがゆっくりと動いた。
最初は影だった。
次に、巨大な輪郭が浮かび上がる。
そして――
姿を現した。
体長は俺の倍以上。
分厚い毛皮と筋肉に覆われた巨体。
赤く濁った目が、まっすぐ俺を捉えている。
一歩踏み出すたび、地面が震えた。
ズシ……ズシ……。
その重さが、胸に圧し掛かる。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ――!
頭では分かっているのに、足が動かない。
「……くるな……」
声が震える。
ブラッドベアはゆっくりと距離を詰めてくる。
狩りを楽しむように、わざとゆっくりと。
喉が乾き、呼吸が乱れる。
「……誰か……助けて……」
助けを求める声は、森に吸い込まれて消えた。
もちろん、誰も来ない。
俺は追放された身だ。
助けてくれる人間なんて、どこにもいない。
ブラッドベアが立ち止まった。
その場で、ゆっくりと前脚を持ち上げる。
太い腕。
鋭い爪。
振り下ろされたら、俺の体なんて簡単に潰れる。
「……やめろ……」
願いなんて届くはずがない。
次の瞬間――
バッ!
巨体が飛びかかってきた。
「――っ!」
避けられない。
逃げられない。
死にたくない。
……でも、もう逃げたくない。
もう、虐げられるだけの人生は嫌だ。
諦めてたまるか。
脳裏に、村での光景がよぎる。
冷たい視線。
投げられた石。
「お前なんかいらない」と言った村長の声。
全部、全部、全部――
俺を殺そうとしている。
だったら――
「……俺は……!」
その瞬間、体が勝手に動いた。
足が地面を蹴り、横へ飛ぶ。
自分でも信じられない速さだった。
ブラッドベアの爪が、さっきまで俺がいた場所を抉り取る。
土が爆ぜ、木の根がむき出しになる。
「……は、ぁ……っ……!」
息が荒い。
足が震える。
でも――生きている。
ブラッドベアがゆっくりとこちらを振り向いた。
赤い目が、再び俺を捉える。
逃げられない。
でも、立ち止まったら死ぬ。
「……来いよ……!」
震えながらも、俺は叫んでいた。
ブラッドベアが低く唸り、再び前脚を振り上げる。
森の空気が、張り詰めた。
次の瞬間――
俺の中で、何かが弾けた。
---
さっきよりも近い。
背後で“何か”が確実に動いた。
「……っ」
振り返る。
だが、霧の向こうには何もいない。
……いや、違う。
《何か》がいる。
気配が、さっきよりもはっきりしている。
心臓が早鐘のように鳴り、呼吸が浅くなる。
「……からかってるのか。出てくるなら……出てこいよ……」
震える声が森に吸い込まれていく。
返事はない。
代わりに、低い唸り声が聞こえた。
グルルル……。
その音を聞いた瞬間、背筋が凍った。
――ブラッドベア。
血の匂いに敏感で、獲物を見つけるとしつこく追い回し、
弄ぶように食うと噂される魔獣。
「……なんで、こんなところに……」
本来は森の奥深くにいるはずだ。
こんな浅い場所に出るなんて聞いたことがない。
霧の中で、何かがゆっくりと動いた。
最初は影だった。
次に、巨大な輪郭が浮かび上がる。
そして――
姿を現した。
体長は俺の倍以上。
分厚い毛皮と筋肉に覆われた巨体。
赤く濁った目が、まっすぐ俺を捉えている。
一歩踏み出すたび、地面が震えた。
ズシ……ズシ……。
その重さが、胸に圧し掛かる。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ――!
頭では分かっているのに、足が動かない。
「……くるな……」
声が震える。
ブラッドベアはゆっくりと距離を詰めてくる。
狩りを楽しむように、わざとゆっくりと。
喉が乾き、呼吸が乱れる。
「……誰か……助けて……」
助けを求める声は、森に吸い込まれて消えた。
もちろん、誰も来ない。
俺は追放された身だ。
助けてくれる人間なんて、どこにもいない。
ブラッドベアが立ち止まった。
その場で、ゆっくりと前脚を持ち上げる。
太い腕。
鋭い爪。
振り下ろされたら、俺の体なんて簡単に潰れる。
「……やめろ……」
願いなんて届くはずがない。
次の瞬間――
バッ!
巨体が飛びかかってきた。
「――っ!」
避けられない。
逃げられない。
死にたくない。
……でも、もう逃げたくない。
もう、虐げられるだけの人生は嫌だ。
諦めてたまるか。
脳裏に、村での光景がよぎる。
冷たい視線。
投げられた石。
「お前なんかいらない」と言った村長の声。
全部、全部、全部――
俺を殺そうとしている。
だったら――
「……俺は……!」
その瞬間、体が勝手に動いた。
足が地面を蹴り、横へ飛ぶ。
自分でも信じられない速さだった。
ブラッドベアの爪が、さっきまで俺がいた場所を抉り取る。
土が爆ぜ、木の根がむき出しになる。
「……は、ぁ……っ……!」
息が荒い。
足が震える。
でも――生きている。
ブラッドベアがゆっくりとこちらを振り向いた。
赤い目が、再び俺を捉える。
逃げられない。
でも、立ち止まったら死ぬ。
「……来いよ……!」
震えながらも、俺は叫んでいた。
ブラッドベアが低く唸り、再び前脚を振り上げる。
森の空気が、張り詰めた。
次の瞬間――
俺の中で、何かが弾けた。
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