追放された聖女は、辺境で狼(もふもふ)とカフェを開く

橘 あやめ

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最終話 【月の雫亭】、本日も営業中

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 春が深まっていた。

 カフェ【月の雫亭】は、相変わらず繁盛している。
 ハーブティーが五種類、焼き菓子が三種類。

 最近は春苺のタルトが人気だ。
 イヴァンが森の奥から採ってくる苺を使っている。人間の姿で採ってきているはずなのに、毎回どこかに葉っぱがついているのは何故だろう。

 ――イヴァン・ウィンウッドは、人間に戻った。呪いは完全に解けたらしい。

 もともと呪いで狼にされてからは、弟が辺境伯の代理を務めていた。
 この度、正式に弟へ辺境伯の座を譲り、本人は「引退した」と言い張っている。

 引退して何をしているかというと――アーシャのカフェに居座っている。

 カウンターの端に座って、ローズマリーを飲みながら本を読む。
 たまに常連客と話す。
 腰痛のお爺さんとチェスをする。
 マーサのトビをあやす。

 ……すっかり馴染んでいる。元辺境伯の威厳はどこへいったのか。

 客が増えたのは、イヴァンの存在も大きい。
 正体がばれた後もこの町にいるものだから、「ウィンウッド辺境伯家の元当主が通うカフェ」という噂が近隣の町にまで広がった。
 いい迷惑だというのは嘘で、少し嬉しい。

 アーシャ自身も、少し変わった。

 癒しの依頼は断らない。
 でも、「今日はここまで」と言えるようになった。
 自分の体調を見て、無理をしない日を作る。閉店後はルーク、もといイヴァンと暖炉の前でお茶を飲む時間を、大切にしている。

 誰かのために全てを差し出す生き方は、もうしない。
 目の前の人を助けたい気持ちと、自分を大切にする気持ちは、矛盾しないのだと知った。


 イレーネのその後は、聞くも無残だった。

 辺境の町の広場での一件は、同行していた神官たちの口から瞬く間に王都中に広まった。
 衆目の前で呪物を暴かれ、地面に這いつくばって喚き散らした【偽聖女】。あの日、あの広場にいた全員が聞いていた醜い本音。その言葉が、さまざまに尾ひれをつけて王都を駆け巡った。

 偽聖女として大聖堂を追われた。
 聖女位は剥奪され、神殿法廷にかけられ、献金の横領も改めて立証された。イレーネが帳簿を改ざんしていたことを知りながら黙認していた大神官以下、五名の神官が共犯として職を解かれた。聖堂の浄化儀式を取り仕切っていた側近の神官にいたっては、呪物の入手経路に関与していた疑いで投獄されたという。

 イレーネ自身は王都の修道院に幽閉された。
 呪物を使っていた代償だろうか、幽閉後、イレーネは体調を崩し、一日の大半を寝台の上で過ごしているらしい。
 聖女の力などもともと持っていなかったのだから当然だ。あの石に依存していた体が、石を失って壊れた。自業自得、としか言いようがない。


 さて、王都から聖女がいなくなったため、「どうか王都にお戻りください。アーシャ様こそ真の聖女です」と当初は、毎日のように使者が来ていた。
 しかし、しばらく前からぴたりと止まった。

 不思議に思い、何気なくイヴァンの前で漏らしてみると、彼はカウンターに頬杖をつきながら、何でもないことのように言った。

「あぁ……。ウィンウッド辺境伯家の名で王宮に書状を送った。『アーシャ・フォーリスはウィンウッド家の庇護下にある。これ以上の干渉は、辺境伯領と王都の関係を見直す理由になり得る』と」

「それ、脅しでは?」

「事実を述べただけだ」

 ウィンウッド辺境伯家は王家の親戚筋で、辺境の守りを一手に担う軍事貴族だ。その家名で「関係を見直す」と言われたら、王宮が黙るのは当然だった。

「あと、大聖堂にも一筆送った。『聖女を追放した組織が聖女を返せという、その恥知らずな所業をウィンウッド辺境伯家は末代まで記憶する』ってな」

「イヴァンさん」

「何だ」

「当主の座、弟さんに譲ったんですよね?」

「譲った」

「辺境伯家の名で王宮に書状を送る権限は、今どなたに?」

「…………」

 イヴァンはローズマリーティーをひと口飲んで、窓の外を見た。

「弟は俺のやることに口を出さない主義だ」

 それは権限の話をしていない。弟さんも大変だ。

「それでも、懲りずに使者を送ってくるものだから、叩きのめして送り返しておいた」

「そんなことしてたんですか!?」

「ついでに伝えておいたぞ――『お前たちにとって便利な聖女は、お前たちが見殺しにしたんだろう。十二年間使い潰しておいて、この不届き者どもめ。次、この地に足を踏み入れるならば、命はないと思え』と」

「全部言ったんですか?」

「足りないか?」

 足りてる。足りすぎている。自分では、絶対に言えない言葉だった。

 普段はカフェの片隅で読書をしている、引退した元辺境伯が、王宮と大聖堂を同時に黙らせるなんて――。

 少しだけ、目の奥が熱くなった。

「……ありがとう、ございます」

「礼を言われることじゃない」

 イヴァンは本に目を落とした。ぶっきらぼうな声だった。

「イヴァンさん、お代わりいります?」

「ああ……イヴァンさん、はやめろ。ルークでいい」

「ルークは狼のときの名前でしょう?」

「お前がつけたんだろう」

 それはそうだけど。

 ティーカップを受け取るのに手を伸ばしたら、イヴァンの指に触れてしまった。

 イヴァンの手が、熱い。

 顔は本に向けたまま、耳の先が赤い。

 ――あぁ、そっか。

 胸の奥でとくとくと鳴っている温かな感情に気づかないふりをして、お茶を淹れる。少しだけ、丁寧に。

「なあ」

「なんです?」

「明日は、カモミールを飲みたい」

 もうあの、もふもふな狼はいないけれど。

 今――あなたがいてくれる。

「えぇ。準備して、お待ちしております」

 窓の外では、春の風が坂道を吹き上げている。

 蔦の絡まった石の壁に、小さな白い花が咲き始めていた。

 看板が風に揺れる。あの日、小枝の炭で不揃いに書いた文字。

 「月の雫亭」、本日も営業中。




(了)
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