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第24話 「特定された火元」
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四月十九日。
「よし! 行こう!」
そう自分に言い聞かせて、私は勢いよく玄関のドアを開けた。玄関の鍵を閉める音がやけに大きく聞こえた。音が大きい日は、だいたい私の中がうるさくて落ち着いていないからだ。
登校途中、昨日の廊下で亜由美が言った言葉が戻ってくる。
――『あれ、私が言った』
私は、亜由美に嘘を背負わせたままでいちゃいけない。それに、休んだら、何も悪いことをしていないのに『逃げた子』として見られてしまう。
――今日学校へ行くのは、決着をつけるためだ。
私は、顎を上げて、力強く前を見つめた。
教室の扉を開けた瞬間、空気が刺さった。刺さって、皮膚の上に残る。
亜由美は、もう座っていた。私は、教室に満ちた冷たい笑い声と重い空気に圧倒されそうになりながら、席に座って、教科書とノートを出した。机の裏の木目を指でなぞって、ざらつきを確かめた。
――大丈夫。
背筋を伸ばして、平気なふりをする。
チャイムと同時に、担任が入ってきた。
「全員いるな」
いつもより低い声が、これから何か始まる予告をしていて、教室は波打ったように静かになった。
「みんなも知っていると思うが、この二日間にSNSで拡散している音声について、学校として対応することになった。昨日から調査を進めている。今日は一人ずつ話を聴いていく。それ以外の者は、いつも通り授業を受けるように。これ以上、転載と共有をしないこと。当事者の名を出して面白がる行為も同じだ。では、まずは、スマホの電源をOFFにして、この箱に持っているスマホを入れていってくれ」
そこで区切って、「この件は、学校として止める」と続け、担任は一人ひとりに視線を落とした。
(ちゃんと対応してくれるんだ)
私は、昨日の放課後の担任の言葉を思い出していた。
凍った空気の中、箱に落とされるスマホの音が重く響く。まるで、ひとつずつ逃げ道が消されているようだった。
最初に亜由美が呼ばれた。
「朝倉」
名前を呼ばれただけなのに、教室の目が立った。亜由美は視線が集まるのを全て受けながら、整った顔で真っすぐ見て、教室から出て行った。その後を、何故か呼ばれていない佐藤が立ち上がって、追っていく。
「佐藤、呼ばれてないのに、どうしたんだ?」
男子たちが訝し気に目線で追う中、一限目の先生が入ってきて、いつものように授業が始まった。
亜由美の後に呼ばれたのは、私だった。
職員室に隣接する、生徒指導室の部屋には、既に生徒指導の先生、学年主任、情報担当の先生が座っていた。
机の上には、学校側が調査で集めた証拠が置かれている。
「座って」
担任に促され椅子に座ると、一枚のプリントが私の前に置かれた。
「これは、最初に投稿されたアカウントとサムネイル画像だ。『水野』の名前で投稿したことになっている」
「そうみたいですね」
――なんて見え透いたやり方なんだろう。
私は、呆れ半ばため息をついた。
「ですが、私のアカウントとは違います。私のアカウントを見せたいのですが」
スマホの箱の中から自分の物を取り出し、電源を入れ、自分が使っているアカウントを先生たちに見せた。
「わかった。ありがとう」
「教室に戻りなさい」
その後も呼び出しが続いて、教室は穴のあいた布みたいになっていく。一人抜けるたび、残った者の視線が濃くなる。
休み時間になると、佐藤の周りに男子たちが集まって軽い会話が飛ぶ。
「なぁ、佐藤、さっきいきなり飛び出していってどうしたんだよ」
「そうだよ、あんなの関わってなかっただろ?」
「……うん。今日は家族から連絡があるから、早くスマホを返してほしかったんだ」
「え? 面談終わったら、スマホ返してもらえるの?」
「じゃあ、俺も早く終わらせたい」
「こんなの、うざったいだけだよ」
「そうだよ、こんなの、やったヤツらだけで終わらせてくれよ」
「でも『聞き取り』ってなんか響きカッコいいよな!」
部外者にとっての犯人捜し時間は、興味を駆り立てる面白さを孕んでいて、でもひどくつまらなく、スマホを没収されていることの方が痛いようだ。
私の机の横には、佐原が来た。
「水野ぉ、面談って何聞かれるの?」
私が答えないでいると、佐原は軽く笑いながら、「教えてよ」と絡んでくる。
「そのうちわかるよ」
「なにそれ? ねぇってば!」
わざと大きな声で言ってくるのを、受け流していると、別の子が止めに入ってきた。
「佐原、もうやめなよ」
「なんで? 気にならないの? 気になるでしょ? だって真っ先に呼ばれたんだよ」
「今までに面談終わってるの、あまり関わっていない人たちっぽいけど、それが気になるの?」
「別になんだっていいじゃないっ!」
佐原は急に声を荒げて言い放つ。いきなり教室に響いた大声に、クラスの視線が一気に佐原に集中する。佐原は、居心地悪く感じたのか、顔を歪めて、勢いよく扉を開けて教室を出て行ってしまった。
その光景を、私は冷めた目で見つめていた。こういう状況になると、クラスの人種構成がよくわかる――いつもと変わらずにいられる人、そわそわする人、押し黙る人、嬉々とする人。心が擦り切れたけど、こういうのが早めにわかって良かったのかもしれない。
昼休み、教室は静まり返っていた。お弁当を食べ進める箸の音だけが耳に留まる。私と亜由美は、お互いに隣に座っているのを感じながら、机をくっつけず、前を向いて、黙ってお弁当を食べた。その後、黙って歯を磨きに行って、黙って席に着く。重苦しい雰囲気が漂う教室の中で、私は、会話がなくても傍にいてくれる亜由美の存在に、不思議と心地良さを感じていた。
お昼休みが終わるチャイムが鳴ってすぐ、佐原が呼ばれた。佐原は、笑いながら、でもその笑顔とはそぐわない硬い背中で出て行った。
佐原は、いつもの軽い笑いのまま、生徒指導室の部屋の扉を開けた。
でも、四人の先生の硬い表情と硬い声に、少しずつ軽い笑いが崩れていき、軽い笑いをしているのに、頬が引きつって唇だけが震えだしていた。足先が、机の脚を探るみたいに動いていて、軽さがない。蛍光灯の音が、耳の奥で小さく鳴っている。
机の上、佐原の前に、派手にデコレートされたスマホが置かれている――佐原がいつも握っているものだ。
「投稿した人たちのスマホを確認させてもらっている。保存していた者には削除させた。佐原もスマホを見せてくれ」
担任は、佐原のスマホを開かせた。
情報担当の先生が、そのスマホを受け取り、操作しながら、時々手元の紙に目を走らせ、確認していく。
「最初の投稿元の端末は、このスマホでほぼ確定できました。学校のWi‑Fi接続ログと動画の書き出し時間が一致しています」
言葉が冷たく積み上がっていく。佐原はただ、指先を握りしめていた。
「投稿は水野さんのアカウントを使っているように見せかけていますが、実際はこの端末からログインしています」
担任が問いを落とす。
「アカウント名が違うのはなぜだ?」
「……」
沈黙。沈黙が、答えになる。
ただここでは、沈黙では終わらなかった。担任がさらに低い声で追い込んでいく。
「使用しているアカウントを全部言いなさい。今ここで出さないなら、外部の第三者に依頼して端末の解析をしてもらうことになる。学校としては、ここで止めたい。でも隠すなら、外へ出ることになる」
――外に出る。その言葉で佐原の肩がわずかに揺れた
学年主任が受け継ぎ、「最初に投稿したのは佐原さんだね?」
佐原はうつむきながら肩を震わせた。笑うふりができない震え。
「……でも、私じゃないです」
佐原が掠れた声で言う。
学年主任は、別の紙を滑らせ、印刷された投稿アカウントのページを見せた。プロフィールは伏せられているのに、改行の癖、語尾、絵文字の置き方などの文の癖が残っている。クラスグループに流れた佐原の文と同じだった。
「文体が一致している。最後の機会だ。言いなさい」
佐原の肩が落ちた。
「……もう一個、あります」
佐原は、鍵マークの裏アカウントを出した。
そこに、切り取られた音声が残っていた。残っていることが、罪の形になる。
「投稿したんだな」、担任が言い切った。
佐原は目を泳がせ、言い訳の形を探す。
「……回ってきたんです」
「最初に貼ったログが残っている。切り取った音声データもある。もし『回ってきただけ』なら、佐原の端末に編集前のデータは残っていないはずだ。もう一度スマホを確認させてくれ」
担任は淡々と逃がさない目で言う。
――ファイル一覧、音声データ、編集した音声、書き出し履歴、全部、残っていた。
佐原は目を泳がせたまま、小さく笑おうとして、少しずつ崩れていく。崩れて、やっと言葉が落ちる。
「……みんな、やってるかと思って。……それに、みんなが見たがってたし」
「『みんな』は言い訳にならない。『みんな』とは誰のことだ?」
担任の簡単な質問に、佐原は答えられなかった。
担任が静かに言う。
「佐原が録って、切って、流した。それで合っているか?」
佐原の肩が揺れて、やっと目が濡れた。
「……ごめんなさい」
謝罪は急に重くなって、火元が形を持った。
「この場で削除しなさい」
担任は佐原のスマホを指差した。
佐原が震える指で消していく。消すたび画面が白くなり、部屋の空気は重くなった。
でも、それだけでは終わらなかった。
「今から保護者に連絡する。詳しくは、保護者が来てから話すが、佐原さんには、反省文の提出と一週間の停学処分を受けてもらいます」
学年主任が淡々と宣告した。
――停学。
その言葉に佐原はビクッと肩を震わせ、顔を上げる。見開かれた目が、遅すぎる気付きの涙で濡れていった。
その後、今日が終わっても、佐原は教室に戻ってこなかった。
放課後のホームルームは、いつもと違って静まり返っていた。担任が、加担した生徒たちへの対応と処分を告げる中、教室の温度はどんどん下がっていくようで、誰一人声を発せず、誰もが息を止めて聴いていた。
「SNSで面白半分で人を陥れる投稿は、二度としないように。一度外へ出たものは、完全には戻らない。拡散はここで終わりにする」
担任がそう言って締めくくると、教室がやっと息を吹き返し、空気が緩んだ。
――終わりにする。
でも、私の中では、まだ終わってない。私は、ちゃんと亜由美と向き合わなきゃいけない。向き合って話さなきゃ、まだ終わりにならない。今度は、私が――
「よし! 行こう!」
そう自分に言い聞かせて、私は勢いよく玄関のドアを開けた。玄関の鍵を閉める音がやけに大きく聞こえた。音が大きい日は、だいたい私の中がうるさくて落ち着いていないからだ。
登校途中、昨日の廊下で亜由美が言った言葉が戻ってくる。
――『あれ、私が言った』
私は、亜由美に嘘を背負わせたままでいちゃいけない。それに、休んだら、何も悪いことをしていないのに『逃げた子』として見られてしまう。
――今日学校へ行くのは、決着をつけるためだ。
私は、顎を上げて、力強く前を見つめた。
教室の扉を開けた瞬間、空気が刺さった。刺さって、皮膚の上に残る。
亜由美は、もう座っていた。私は、教室に満ちた冷たい笑い声と重い空気に圧倒されそうになりながら、席に座って、教科書とノートを出した。机の裏の木目を指でなぞって、ざらつきを確かめた。
――大丈夫。
背筋を伸ばして、平気なふりをする。
チャイムと同時に、担任が入ってきた。
「全員いるな」
いつもより低い声が、これから何か始まる予告をしていて、教室は波打ったように静かになった。
「みんなも知っていると思うが、この二日間にSNSで拡散している音声について、学校として対応することになった。昨日から調査を進めている。今日は一人ずつ話を聴いていく。それ以外の者は、いつも通り授業を受けるように。これ以上、転載と共有をしないこと。当事者の名を出して面白がる行為も同じだ。では、まずは、スマホの電源をOFFにして、この箱に持っているスマホを入れていってくれ」
そこで区切って、「この件は、学校として止める」と続け、担任は一人ひとりに視線を落とした。
(ちゃんと対応してくれるんだ)
私は、昨日の放課後の担任の言葉を思い出していた。
凍った空気の中、箱に落とされるスマホの音が重く響く。まるで、ひとつずつ逃げ道が消されているようだった。
最初に亜由美が呼ばれた。
「朝倉」
名前を呼ばれただけなのに、教室の目が立った。亜由美は視線が集まるのを全て受けながら、整った顔で真っすぐ見て、教室から出て行った。その後を、何故か呼ばれていない佐藤が立ち上がって、追っていく。
「佐藤、呼ばれてないのに、どうしたんだ?」
男子たちが訝し気に目線で追う中、一限目の先生が入ってきて、いつものように授業が始まった。
亜由美の後に呼ばれたのは、私だった。
職員室に隣接する、生徒指導室の部屋には、既に生徒指導の先生、学年主任、情報担当の先生が座っていた。
机の上には、学校側が調査で集めた証拠が置かれている。
「座って」
担任に促され椅子に座ると、一枚のプリントが私の前に置かれた。
「これは、最初に投稿されたアカウントとサムネイル画像だ。『水野』の名前で投稿したことになっている」
「そうみたいですね」
――なんて見え透いたやり方なんだろう。
私は、呆れ半ばため息をついた。
「ですが、私のアカウントとは違います。私のアカウントを見せたいのですが」
スマホの箱の中から自分の物を取り出し、電源を入れ、自分が使っているアカウントを先生たちに見せた。
「わかった。ありがとう」
「教室に戻りなさい」
その後も呼び出しが続いて、教室は穴のあいた布みたいになっていく。一人抜けるたび、残った者の視線が濃くなる。
休み時間になると、佐藤の周りに男子たちが集まって軽い会話が飛ぶ。
「なぁ、佐藤、さっきいきなり飛び出していってどうしたんだよ」
「そうだよ、あんなの関わってなかっただろ?」
「……うん。今日は家族から連絡があるから、早くスマホを返してほしかったんだ」
「え? 面談終わったら、スマホ返してもらえるの?」
「じゃあ、俺も早く終わらせたい」
「こんなの、うざったいだけだよ」
「そうだよ、こんなの、やったヤツらだけで終わらせてくれよ」
「でも『聞き取り』ってなんか響きカッコいいよな!」
部外者にとっての犯人捜し時間は、興味を駆り立てる面白さを孕んでいて、でもひどくつまらなく、スマホを没収されていることの方が痛いようだ。
私の机の横には、佐原が来た。
「水野ぉ、面談って何聞かれるの?」
私が答えないでいると、佐原は軽く笑いながら、「教えてよ」と絡んでくる。
「そのうちわかるよ」
「なにそれ? ねぇってば!」
わざと大きな声で言ってくるのを、受け流していると、別の子が止めに入ってきた。
「佐原、もうやめなよ」
「なんで? 気にならないの? 気になるでしょ? だって真っ先に呼ばれたんだよ」
「今までに面談終わってるの、あまり関わっていない人たちっぽいけど、それが気になるの?」
「別になんだっていいじゃないっ!」
佐原は急に声を荒げて言い放つ。いきなり教室に響いた大声に、クラスの視線が一気に佐原に集中する。佐原は、居心地悪く感じたのか、顔を歪めて、勢いよく扉を開けて教室を出て行ってしまった。
その光景を、私は冷めた目で見つめていた。こういう状況になると、クラスの人種構成がよくわかる――いつもと変わらずにいられる人、そわそわする人、押し黙る人、嬉々とする人。心が擦り切れたけど、こういうのが早めにわかって良かったのかもしれない。
昼休み、教室は静まり返っていた。お弁当を食べ進める箸の音だけが耳に留まる。私と亜由美は、お互いに隣に座っているのを感じながら、机をくっつけず、前を向いて、黙ってお弁当を食べた。その後、黙って歯を磨きに行って、黙って席に着く。重苦しい雰囲気が漂う教室の中で、私は、会話がなくても傍にいてくれる亜由美の存在に、不思議と心地良さを感じていた。
お昼休みが終わるチャイムが鳴ってすぐ、佐原が呼ばれた。佐原は、笑いながら、でもその笑顔とはそぐわない硬い背中で出て行った。
佐原は、いつもの軽い笑いのまま、生徒指導室の部屋の扉を開けた。
でも、四人の先生の硬い表情と硬い声に、少しずつ軽い笑いが崩れていき、軽い笑いをしているのに、頬が引きつって唇だけが震えだしていた。足先が、机の脚を探るみたいに動いていて、軽さがない。蛍光灯の音が、耳の奥で小さく鳴っている。
机の上、佐原の前に、派手にデコレートされたスマホが置かれている――佐原がいつも握っているものだ。
「投稿した人たちのスマホを確認させてもらっている。保存していた者には削除させた。佐原もスマホを見せてくれ」
担任は、佐原のスマホを開かせた。
情報担当の先生が、そのスマホを受け取り、操作しながら、時々手元の紙に目を走らせ、確認していく。
「最初の投稿元の端末は、このスマホでほぼ確定できました。学校のWi‑Fi接続ログと動画の書き出し時間が一致しています」
言葉が冷たく積み上がっていく。佐原はただ、指先を握りしめていた。
「投稿は水野さんのアカウントを使っているように見せかけていますが、実際はこの端末からログインしています」
担任が問いを落とす。
「アカウント名が違うのはなぜだ?」
「……」
沈黙。沈黙が、答えになる。
ただここでは、沈黙では終わらなかった。担任がさらに低い声で追い込んでいく。
「使用しているアカウントを全部言いなさい。今ここで出さないなら、外部の第三者に依頼して端末の解析をしてもらうことになる。学校としては、ここで止めたい。でも隠すなら、外へ出ることになる」
――外に出る。その言葉で佐原の肩がわずかに揺れた
学年主任が受け継ぎ、「最初に投稿したのは佐原さんだね?」
佐原はうつむきながら肩を震わせた。笑うふりができない震え。
「……でも、私じゃないです」
佐原が掠れた声で言う。
学年主任は、別の紙を滑らせ、印刷された投稿アカウントのページを見せた。プロフィールは伏せられているのに、改行の癖、語尾、絵文字の置き方などの文の癖が残っている。クラスグループに流れた佐原の文と同じだった。
「文体が一致している。最後の機会だ。言いなさい」
佐原の肩が落ちた。
「……もう一個、あります」
佐原は、鍵マークの裏アカウントを出した。
そこに、切り取られた音声が残っていた。残っていることが、罪の形になる。
「投稿したんだな」、担任が言い切った。
佐原は目を泳がせ、言い訳の形を探す。
「……回ってきたんです」
「最初に貼ったログが残っている。切り取った音声データもある。もし『回ってきただけ』なら、佐原の端末に編集前のデータは残っていないはずだ。もう一度スマホを確認させてくれ」
担任は淡々と逃がさない目で言う。
――ファイル一覧、音声データ、編集した音声、書き出し履歴、全部、残っていた。
佐原は目を泳がせたまま、小さく笑おうとして、少しずつ崩れていく。崩れて、やっと言葉が落ちる。
「……みんな、やってるかと思って。……それに、みんなが見たがってたし」
「『みんな』は言い訳にならない。『みんな』とは誰のことだ?」
担任の簡単な質問に、佐原は答えられなかった。
担任が静かに言う。
「佐原が録って、切って、流した。それで合っているか?」
佐原の肩が揺れて、やっと目が濡れた。
「……ごめんなさい」
謝罪は急に重くなって、火元が形を持った。
「この場で削除しなさい」
担任は佐原のスマホを指差した。
佐原が震える指で消していく。消すたび画面が白くなり、部屋の空気は重くなった。
でも、それだけでは終わらなかった。
「今から保護者に連絡する。詳しくは、保護者が来てから話すが、佐原さんには、反省文の提出と一週間の停学処分を受けてもらいます」
学年主任が淡々と宣告した。
――停学。
その言葉に佐原はビクッと肩を震わせ、顔を上げる。見開かれた目が、遅すぎる気付きの涙で濡れていった。
その後、今日が終わっても、佐原は教室に戻ってこなかった。
放課後のホームルームは、いつもと違って静まり返っていた。担任が、加担した生徒たちへの対応と処分を告げる中、教室の温度はどんどん下がっていくようで、誰一人声を発せず、誰もが息を止めて聴いていた。
「SNSで面白半分で人を陥れる投稿は、二度としないように。一度外へ出たものは、完全には戻らない。拡散はここで終わりにする」
担任がそう言って締めくくると、教室がやっと息を吹き返し、空気が緩んだ。
――終わりにする。
でも、私の中では、まだ終わってない。私は、ちゃんと亜由美と向き合わなきゃいけない。向き合って話さなきゃ、まだ終わりにならない。今度は、私が――
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