透明な約束 ―― 常盤高校シリーズ

朝霧 瑠璃

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第25話 「本当に伝えたい言葉」

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 ホームルームが終わると、担任が、私と亜由美の傍に来た。
「朝倉、水野、一緒に来てくれるか?」
 担任の後ろを、亜由美と並んで歩く。揃わない足音が、いまの私たちみたいで、心が軋んだ。でも、窓から降り注ぐオレンジ色の陽射しが、昨日より柔らかかった。
 担任は職員室を通り過ぎて、保健室の前で止まった。ふっと息を吐いてからノックし、入っていく。保健室の先生と少し話した後、扉近くに立っている私たちを手招きした。
「座って」
 私たちは示された椅子に並んで座った。
「今から、元の音声データを流す」
 今から、切り取りされていない声を聴くんだと思うと、私は、知らずに唾を飲み込んでいた。
 先生は、躊躇いなく、タブレットの再生ボタンを押した。

 ――流れてくる亜由美と佐原の声。
『美沙は、美沙だよ』
『なにそれ。意味わかんない。でも、噂の中心人物の近くにいるじゃん。嫌じゃないの?』
『……私、噂の中心にいる人と近いの嫌って、笑いながら言うのが嫌。そういうの、誰かのことを簡単に壊すから』

 亜由美の、切り取られていない声で、私は、本当の意味を受け取った。胸が痛くて、視界が滲んでくる。
 ――亜由美は、私を守ろうとして、あんなふうに言ってくれていたのに。亜由美の嘘を言った時に、「嘘だよね?」と聞いていれば良かった。そうしたら、私も亜由美も、こんなに苦しまなくて済んだかもしれない。全部、全部私のせいだ。

「あとは二人で話し合いなさい」
「私も職員室へ戻るから、終わったら鍵を締めて、職員室に戻しにきて」
 タブレットを見つめたまま黙りこくった私たちを見て、担任と保健室の先生は保健室を出て行った。

 私は、膝の上で手を握った。震えないようにしているのに、震えが止まらない。きっと、私から話し始めるべきなのに、何を言ったらいいか、わからない。ようやく出てきた言葉は、「……これ、違うね」だった。でも、続きの言葉を見つけられない。声を出そうとすると、空気が喉を掠めて痛かった。

「……亜由美。なんで、あのとき、廊下で……」
 ――嘘をついたの?
 続けられなかった。亜由美は私を守ろうとして、私に嘘をついた、それを壊すのは亜由美の思いを壊すことになってしまう。私は、怖くて、亜由美を見られないでいた。
「……美沙を守りたかったの」
 ――守る。その言葉が、いちばん刺さる。優しさまで罪にしてしまうことが悲しくなって、私は、眉を下げて亜由美を見た。
「守るって言葉、便利だね」
「私……嘘をついた。あの廊下で『私が噂を流した』って言ったのは、嘘なの。原因が一つなら、美沙が少しだけ楽になると思ったの。美沙を悪いことにされるのが嫌で、私が悪いって形にして、終わらせたかった」
 ――その説明はよく分かる。だからこそ胸が苦しくなる。それすらも、全部私のせい――でも。
「……亜由美は、いつも、変なところで正直で優しいよね。適わないよ」
 息をしようとしたら、詰まってしまった。私は静かに呼吸を整えた。
「……私、平気って言えば、みんなが離れてくれると思ってた。大丈夫って言えば、壊れないで済むと思ってた。でも、亜由美の嘘は! 亜由美の嘘は……私を弱くしてしまう……」
 ――そう。いつだって亜由美は、本当は弱い私を、そのままでいられるようにしてくれている。
「ごめんね……私、自分の思いばかりで……美沙の気持ちを考えてなかった」
「違う。そうじゃないの……ごめんねで終わらせないで」
 ――謝ってほしいんじゃない。でも、私はそんな一言すら素直に言えなかった。
 私は、『ありがとう』と、たくさん『ありがとう』と伝えたい。それなのに、喉に涙が流れ込んで、咽び声になってしまう。そんな中、亜由美はどんどん話を続けていってしまう。
「わかった。これからは気をつける。美沙の気持ちを大切にするよ。ごめんね。だから美沙…… 美沙は、平気、大丈夫って言葉で気持ちを隠さないで。私は……心配になるから」
 私は、思わず顔を上げた。
 ――どういうこと? 私が使っていた『盾』が、亜由美を追い詰めていたってこと? 全然気づいてなかった。
 私は、初めて気づいた事実に愕然とした。
 だから、亜由美は嘘をついてでも、私を守ろうとしたんだ。だから、私に、『私は、美沙には美沙のままでいてほしい』って言ったんだ。その意味が、やっと理解できて、私は、肩から力が抜けていくのを感じた。
 ――亜由美には適わないな。
「わかった……これからは気をつけるよ」
 私が小さく息を吐いて言うと、亜由美は少し眉を下げて頷いてくれた。

「……帰ろうか」
「そうだね……」
 私は、少し間を置いて言った。
「でも、今日は……今日だけは一人で帰りたい」
 言った瞬間、少し胸が痛んだ。
 亜由美を拒んだみたいに受け止められたかもしれない。でも拒みたいんじゃない。今はただひとりになりたかった。ひとりになって、これから使えない、使わない私の盾と、心の整理をしないと、不安定になってしまう。
 亜由美は、少し微笑んで頷いた。「じゃあ、先に帰るね」、と保健室を出て行った。

 保健室にひとり。私は、昨日からのことを思い巡らせた。

『私は、亜由美に嘘を背負わせたままでいちゃいけない』
 今朝、そう決めて、私は学校に来た。そして、亜由美の嘘は解けた。それなのに、心にモヤモヤが残ったまま、ため息ばかり出てしまう。
 亜由美との会話を思い返してみる。こんな結果、私の思い描いていたのとは、ちょっと違う……
 私は、また亜由美に謝らせてしまった。
 私は、亜由美を責めたかったんじゃない。
 私は、ただ守られたかったわけじゃない。でも、気づかないうちに、そう仕向けてしまっていた。
 ――一体、私は、何を望んでいるの?
 考えれば考える程、自分がどうしたいのか、どうありたいのか、わからなくなってきた。

 静かな空間に響く、規則正しい秒針の音だけが、鎧も盾も剥がれ落ちた私の心に寄り添ってくれる。
 目を閉じて、その音に耳を傾けていると、少しずつ心が空っぽになっていく。そして、ようやく、心の奥底に横たわるものに辿り着けた。

 ――ああ、そうか。私は、亜由美と対等な友達でいたいんだ。

 私は、私が願っているのは、それだけなんだ。
 ただ守られるだけじゃない、亜由美と一緒に歩いていきたい。だから、これからは、そういう自分になれるようになりたい。なっていきたい。

 自分の思いに辿り着けて、私は、ようやく立ち上がれた。
 夕焼けの空を見上げながら、私は、歩いて家に帰った。
 明日、ちゃんと伝えよう。まずは、『ありがとう』って言おう。私は長く息を吐いた。
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