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二話

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 涙をこぼしながらとぼとぼと歩くエマに、後ろから声をかける人がいた。

「エマ……? どうかしたの」

 エマがゆっくりと振り向くと、そこには背の高い、焦茶色の髪をした男が立っていた。
 泣き濡れた顔のエマを見て、男ははっと息を飲んだ。

「一体どうしたの。話を聞くよ、どこか落ち着けるところに行こう」
「ジェイク……」

 エマは少し戸惑ってしまった。なぜなら、このジェイクという男はニックの兄だったからである。婚約者に浮気されたという話を、婚約者の家族にしてしまっていいものなのだろうか。

 ジェイクは涙を流すエマを人目の少ないところにある花壇の縁石にとりあえず座らせ、落ち着くまで待った。

 エマはしばらく話すかどうか迷っていたが、誰かに聞いてほしいという思いが強く、さっき目にした光景について打ち明けることに決めた。きっとジェイクならエマの話を真剣に聞いてくれるだろうという確信があった。エマたちよりも少し年上であるジェイクは幼馴染でありながら、いつも大人っぽく頼れる存在だったのだ。

「あのね、実は……ニックとアンナが浮気をしていたの。ニックは私とすぐにでも婚約を解消したいんだって。私、いつの間にか二人にとても嫌われていたみたい」
「それは、その場面を見てしまったということ?」
「そう、偶然見かけてしまって。二人は私に見られていたことに気づいてはいないと思うけど、私どうしたらいいんだろう」

 またぽろりと涙を流すエマ。
 話を聞いたジェイクは、「ごめん」と一言謝った。

「どうしてジェイクが謝るの?」
「実は僕、ニックとアンナがそういう関係だってことを少し前から知っていたんだ。どうしたら一番エマを傷つけないようにできるかって考えていたんだけど、最悪な形で伝わってしまった」

 苦悩の表情でそう話すジェイク。
──そっか、ジェイクは前から知っていたんだ。
 だけど彼は何も悪いことをしていないのに罪悪感を抱かせてしまって逆に申し訳ないような気がする。

「ジェイクが謝ることじゃないよ。ありがとうね、話聞いてくれて」
「ううん、ごめん。それで……エマはこれからどうするつもり?」
「ニックのこと、だよね。今はあんまり考えられなくて……。でも、このままニックと結婚するわけにはいかないと思う」

 だって、ニックは私のことを愛していないとはっきり言っていた。
 ニックが婚約を本気で解消するつもりなのかアンナを愛していながら私と結婚するつもりなのかはわからない。けれど、彼の気持ちがどうあれ私は不幸にしかつながらない結婚をするつもりはなかった。

「そうか。じゃあエマが二人と話し合う時には、僕も一緒に行くよ」
「え?」
「もしエマ一人で行くとすると、一対二になってしまうだろ? 僕の弟のことでもあるし、今まで知ってて黙ってた責任もあるから付き合わせてほしい」
「あ、ありがとう……」

 エマはふと、ニックの押しに負けて付き合いだす前、自分が目の前の人に淡い思いを抱いていたことを思い出した。
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