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四話

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 その時、ボロボロと泣いているニックに、場違いな明るい声がかけられた。

「ニック、私がいるじゃない。エマがいなくたって、私がいるのだから何も問題はないでしょう? エマのこと、魅力のないつまらない女だって言っていたじゃない」

 ニコリと笑いかけるアンナ。しかしニックは完全にアンナの言葉には無反応で、ただ涙を流し続けながらエマの方を見つめるだけだった。
 自分の言葉が全く届いていないことを悟ったアンナは、今度はエマの方をキッと睨みつけた。

「……あんた、いつもそうよね。何にも大して興味なさそうなしらっとした顔してるくせに、周りはエマ、エマ、エマ。やっとニックを奪ってやったと思ったのに、結局あんたがいいみたいだし? 自分にすがる男を捨てて、人より優位に立って、さぞいい気分なんでしょうね。本当に嫌な女!」
「ア、アンナ……?」

 エマは急に態度を豹変させて自分を罵り出したアンナに、悲しみや怒りを覚えるより呆気にとられてしまい、ぽかんと口を開けた。
 エマが知っているアンナは感情豊かで時に激しい怒りを見せることもあったが、このように一方的に人を罵ることはなかったし、エマに対する敵意をあらわにすることもなかった。まるで別人と接しているかのような感覚を覚える。

「本当、昔からあんたのこと嫌いで仕方なかった! せっかく必死にニックの自尊心をくすぐってあんたの悪口を吹き込んで奪い取ったのに。やっとあんたの悔しそうな顔が見られると思ったのに……!」

 悔しそうに唇を噛み締めるアンナ。ちらりとジェイクの方を見る。

「きっと、手を出す方を間違えたのね。よく考えればあんた、昔からニックの好意なんかなんとも思ってなくて、押しに負けて付き合ったようなものだったもの。ジェイクにしておけばよかった。失敗したわ」
「……いや、僕はアンナのことを好きだったことはないし、好きになることはないと思うけど」

 ジェイクが小さく反論すると、アンナはよほど屈辱だったのか、顔を真っ赤にした。

「うるっさいわね! もういいわ!」

 アンナはそう吐き捨てるように言うと、地面にへたりこんでいるニックを置いて大股でどこかへ歩き去ってしまった。

──どうしよう。置いていかれてしまった。
 エマはジェイクと目を見合わせ、それから二人でニックの方に目をやった。地面に座り込んで未だ泣き続けているニック。どうしていいものやら分からず、二人はアンナと同じく彼を置いてその場から立ち去ることにした。
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