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【第一章】
10 刺客
しおりを挟む「にしても……アレはどういうことだ?」
リリーの様子を見て呟く。
その動きは見るものが見ればわかる程度にはおかしかった。
本人としては自然体を装っているのだろうが、俺から見れば、彼女が周囲へ過剰なまでに警戒心を向けているのは明白である。
そのせいでこうしてかなり離れた位置から護衛する羽目になった程だ。
何故これほどまでに周囲を警戒しているのか?
リリー本人も自己を狙う存在に心当たりがある、という予測が最も順当だが、それならば何故態々護衛を再起不能にして追い返す必要があるのか。
或いは、隠れて尾行する護衛の存在を探っているのか。つまりは俺だが。あの程度で見つかるような軟な鍛え方はしていないが、しかし面倒なのも確かだ。
そんなことを思考しながら、リリーの後を追い続けていると、ふとリリーは人通りの少ない通りへ入って行った。
眉を顰めた。嫌な予感がする。
事前にリリーの住んでいる別邸と学園までのルートは一通り見て回っておいたが、そのときに確認した限りでは、その場所は襲撃者にとって絶好の襲撃スポットだったからだ。遮蔽物が多く、人通りが少なく、裏通りであるため、建物からの人目も少ない。
確かにこのルートはリリーの帰路の途中にあるが、態々こんな裏通りを通らなくとも別邸までは帰れるのだが……。
「ほら、やっぱり……三人か」
手練が三人。
一人は前方の建物と建物の間の隙間で、もう一人は右側の建物の屋根の上で気配を消しており、最後の一人は通行人として堂々とこちらに近付いてきている。リリーはまだ気付いていない。
「さて、どうするかな……」
リリーが襲撃者二人が潜んでいた位置を通り過ぎる。
いざとなったら時空魔術を使ってでも対処するつもりだったが、しかしそのタイミングでは相手は動かなかった。恐らくは前方から歩いて来る奴と共に挟み撃ちにするつもりだろう。
襲撃者は中々の手練で、気配をかなり高度に殺していたため、リリーは横を通っても気付かなかった。このままではリリーに対する襲撃は成功するだろう――俺がこの場にいなければ、の話だが。
俺は襲撃者の一人が潜んでいた建物と建物の間に侵入すると、襲撃者の男が反応するよりも早くその首をへし折った。
屋根に潜んでいた二人目は異変をすぐさま察知して動き出したが、俺は空間転移の魔術で屋根の上に移動して背後を取り、そのままリリーたちのいる方とは逆側の路地へと男を蹴りで突き落とした。
「貴様――ッ、『刺突風』ァ!」
「煩いな、あの女に聞こえるだろうが」
落下しながらも正確にこちらを狙い放たれた敵の魔術を最小限の動きで回避。
『刺突風』のような、槍を形成して射出する魔術は各属性に存在するが、いずれも直線的で軌道が読みやすいという弱点がある。
襲撃者は屋根の上から落下する。
しかし、襲撃者とて屋根の上なんて場所にわざわざ潜んでいた以上、地上に降りる手段も魔術やらで用意しているだろう。
空属性の重力制御に、風属性の飛翔魔術、或いは土属性で着地地点の石畳の硬度を変えて軟性にするなど、手段はいくらでもある。
先程咄嗟に風属性の魔術で反撃してきたところを見るに、男の得意な属性は恐らくは風属性だろうから、飛翔魔術の可能性が高い。
――予想通り、男は落下しながらも高速で三節ほどの詠唱を終えて宙に滞空した。飛翔魔術だ。
このままではみすみす襲撃者をリリーへ近付けただけになってしまう。
「『圧空』」
だが、そんなことは当然予想済みである。
空間操作の魔術を発動。上方から下方に対して強烈な圧力が発生する。宙に浮いていた襲撃者は上から叩き落とされ、地面のシミに変わった。
「二人目。さて、三人目は……と」
三人目は既にリリーのすぐ近くにまで辿り着いている。まだ通行人を装っているが、あの距離ならば奇襲を仕掛けるには十分だろう――さて、どうするか。
転移魔術によってリリーの前に転移して攻撃を防ぐ。却下。リリーに俺が護衛だとバレる。
時空魔術によって先制して三人目の襲撃者を叩き潰す。却下。リリーに遠距離から魔術で護衛している存在がいることがバレる。
面倒臭いな……。
「泳がせるか」
考えた末に、何も手を出さないことにした。
後ろの二人は既に文字通りの意味で潰したため、襲撃者の残りはあの一人だけ。リリーの実力がどれほどのものかは知らないが、まあ逃げるくらいならなんとかなるだろう。
駄目だったならばそのときはそのときだ。
襲撃者たちの様子からして、目的はリリーの殺害ではなく誘拐である可能性が高い――というのも、殺すつもりならばこんな待ち伏せして襲撃するよりも遠距離から大規模破壊の魔術を使ったほうが手っ取り早いからだ――ため、仮にリリーが対処に失敗したとして、後手での対応でも間に合う。
そのときはリリーに正体がバレてしまうことになるが、死ぬよりはマシだとラヴィニアも言っていたし許されると思いたい。
――俺が屋根の上から見下ろしていると、男とリリーは狭い路地ですれ違う距離にまで近付いた。
道を開けるようにリリーが一歩脇に避ける。
男はすれ違いざまに立ち止まり、機敏な動作でリリーに向かって蹴りを放った。
「――ッ」
反射的にリリーが腕で胴体を守るも、小柄な体躯が思い切り吹き飛ばされて路地を転がる。
しかし咄嗟に受け身は取っていたらしく、大した怪我はしていない様子で即座に立ち上がり男と距離を取った。
男にすぐにリリーへと迫る様子はない。路地の真ん中に移動し、前方の道を塞ぐ。
男としては隠れていた味方二人と挟み撃ちするつもりなのだろうが、そいつらは既に俺が処理している。後はリリーが後方へ逃げれば、伏兵の不在に気付いていない男は対応が遅れるため、逃げ遂せる可能性は高くなる。
それでも駄目なようなら俺が時空魔術で男の妨害をすればよい。
リリーが逃げることに集中してくれていれば、気取られることなく襲撃者への干渉もできるだろう。
しかし、そんな俺の想定はリリーの行動によって完全に狂わされた
「あなたが『深層』からの使者かしら? ずいぶんと乱暴ね」
「なんだ、分かってんのか。もっとビビってくれるのを期待してたんだが」
『深層』を知っている……?
それよりも、あの王女様はやはり自身が狙われていることを自覚していたのか。
「期待に応えられずに申しわけないわね、あんたみたいな使い走りに怯えるほどヤワじゃないのよ」
「ふん、強気なお嬢さんだが――まあいい。俺らのことを知ってるってことは目的も分かってんだろ? 拘束させて貰うぜ」
「お断りよ、って言ったらどうするかしら?」
「抵抗するつもりか? 構わねぇけど――無理矢理にでも捕まえさせてもらうぜ」
「そう」
続けて――とても今から誘拐されるとは思えないような毅然とした態度で、リリーは言った。
「じゃあ諦めることにするわ」
「は?」
「ほら、連れて行くならさっさと連れて行きなさいよ」
は?
という襲撃者と俺の内心は一致した。この女は一体何を考えているんだ……?
『深層』とは牢獄世界において最も幅を利かせている組織だ。
当然、犯罪の坩堝のような『牢獄世界』における最大組織ということで、組織の性質も知れたものである。
そんな『深層』について知っている様子なのに、堂々と捕まることを良しとするリリーに疑問が生じた。普通なら抵抗くらいするものだろうに。
……しかし、どうして『深層』についてリリーが知っているのだろうか。
『深層』、というよりも、『牢獄世界』に関する情報は地上ではほとんど皆無と言っても良い。
王女とはいえ、一介の学生が知っているような情報では本来はない。
「ほら、さっさと連れていきなさいよ」
「何を企んでいるか知らんが……こちらとしても抵抗しないってんなら好都合だ」
男がリリーに近付いていく。
リリーに引く様子はない。怯えを見せないような毅然とした態度で、襲撃者と相対している――いや、よく見ると肩が僅かに震えているから、怯えがないわけではないのだろう。
「あー、もう面倒だ」
俺は屋根の上から飛び降り、襲撃者の男とリリーの間に降り立った。
襲撃者は即座に殴りかかってくるが、軽くいなして防ぐ。『圧空』の魔術を発動、襲撃者の立っている空間を歪めて圧力を掛けるが、襲撃者は即座に後退して一定の距離を取ると、こちらを睨みつけた。
「なるほど、護衛がいたのか……」
「なっ、違っ――」
「その通り! 油断したところを俺が叩くって作戦だったわけだ」
リリーの否定に被せるように俺は言った。この状況になったらリリーがいくら言い募ったところで無駄だ。
俺が予想する限りでは、リリーの目的からすれば俺の存在は邪魔だろうが、こちとら護衛の任務を請け負っている以上、みすみす対象が攫われるのを見過ごすわけにはいかないのである。
「雇った奴らは……既に貴様にやられているようだな」
「ああ、あいつらは雇われだったのか、どうりで。『深層』の刺客にしては雑魚だと思ったが」
リリーは先程この襲撃者のことを使い走りなどと呼んでいたが、そんなことは決してない。
『牢獄世界』では基本的に地上へと戻れる道はなく、存在するいくつかの地点は『深層』によって厳重に管理されている。そして、その出入り口を一般構成員にまで使わせるほど『深層』は優しい組織ではない。
つまり、地上へ来れる『牢獄世界』の者は『深層』においてはそれなりの地位を持つ存在ということを意味する。
「それでどうする? かかって来るってんならお前もお仲間と同じように地面の染みに変えてやるよ」
「こっちとしても仕事なんでな……簡単に引き下がるわけにはいかねぇんだ――よッ!」
言葉と同時に俺の背後にいるリリーに向かって放たれたナイフを掴み取り、投げ返す。男はそれを回避しこちらに向かって駆け出している。狙いはリリーか。
「lancea flammae!――『業火槍』!」
「『阻空』!」
放たれた炎の槍を空間に壁を生成する『阻空』で防ぎ、更に迫る襲撃者に向かって蹴りを放ち後退させる。
「termine mundi, aperire.――『空隙』」
空間破壊。
その名の通り空間を破壊し、空間が修復される際に生じる反動の衝撃波による攻撃魔術。
空間の一点に漆黒の亀裂が一瞬発生し、即座に修復され――次の瞬間、路地の一帯が轟音と共に吹き飛んだ。石畳が粉々になり、土埃が舞い散る。
俺は同時に『阻空』でこちらに飛来する礫などを防ぎつつ、警戒を強める。
攻撃はギリギリのところで回避された。襲撃者は余波でダメージこそ受けているものの、未だに倒れる様子はない。
土煙の中から襲撃者が飛び出してくる。
何かが風を切る音。音に遅れて、短剣が三連続でリリーに向かって飛来する。
『阻空』で防ごうとして、しかし飛来する短剣の刃に紋様が描かれているのを見てやめる。紋様は魔法陣だ。刃の先端に触れた魔術を破壊する術式が編まれている。
「なっ、にするのよ!」
「黙ってろ」
俺はリリーの肩を掴みこちらに引き寄せると、時空魔術を発動。
リリーと共に空間転移し、襲撃者の背後を取った。そして即座に詠唱を開始。
「termine mundi, aperire.――」
空間破壊による爆撃を叩き込み、追撃を仕掛ける。
「――『空隙』」
「ぐっ、あ――ッ」
膨大な破壊の奔流。今度は直撃したようで、襲撃者の身体が勢い良く吹き飛び、そのまま壁に叩きつけられた。
襲撃者の身体から力が抜ける。動く様子はない。気絶しているようだった。
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