けいちゃんと私、ときどきうみちゃん

里見しおん

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 倉本七海の家は港のほど近くにある。
 軽自動車を走らせほんの2分ほどで、くすんだベージュの壁と茶色の屋根の平屋に着く。

 家と生垣の間のいつもの場所に車を停め、玄関フードをからりと開く。
 ガラスの引き戸の内側にはスコップやスノーブラシが無造作に置かれていて、隅にある小さな棚に置かれているのは今朝の朝刊だ。

 新聞を手に取り、ダウンのポケットから取り出した鍵で玄関を開け、後ろ手に閉めた。


「ただいま」


 言葉とともに肩の力が抜ける。
 やはり外に出るのは緊張する。


 ショートブーツを脱ぎ捨て、冷たい廊下を早足で通り抜け木製の重い引き戸を開けて居間に入る。
 暖房は消してあったが、まだ室内に温もりが残っている。
 ダウンを脱ぎソファに放り投げ、居間を通り抜けキッチンへと向かった。



 小さなダイニングテーブルの上には、食事をした形跡がそのまま残っていた。
 兄と朝食を食べて、片付けを後回しにして港へ行っていたのだ。


 そろそろうみちゃんがいる、急にそんな気がして。

 食器を流しに下げ、水につけた。
 かちゃかちゃと手早く洗うが、茶碗にごはんつぶが硬くはりついてしまっていた。

 水につけてから港に行けばよかったのだが、人に会いたくない七海は窓から港への車の出入りを見て出かけるタイミングを見計らうのに全力で集中していて、すっかり忘れていたのだ。


「あとでいいや」


 早々に諦め、七海はソファに横になった。
 ダウンを探り取り出したスマートフォンを操作し、さきほど撮った写真を眺める。


 青空の下、海へ向かって係留柱に腰掛けて、顔だけこちらに向けたうみちゃん。
 七海の言葉を聞いてくれたのか、気のせいか、ほんの少しくちびるが上がって見える。



 なんとなく、ほんとうになんとなく。


 七海はその写真をSNSに投稿した。

 
 ただ日々の出来事や気に入った画像をぽつぽつと投稿する。フォロワーなどいなくて、反応は怪しげなDMがくるくらいのアカウントだ。
 



 投稿してざっと掃除機をかけてから、食器洗いに再挑戦する。
 水を張った桶につけた茶碗のごはんはふやけ、今度は手早く洗えた。


 やかんでお湯を沸かし、熱いほうじ茶を淹れる。
 マグカップに注いだお茶をふうふうと吹き冷ましながら再びSNSを開くと、コメントがついていた。


『浴衣じゃまだ寒いですよ』



「えっ?」



 七海はその文面が信じられなくて、何度も何度も読み返した。
 うみちゃんのことだ。
 どう読んでもうみちゃんが浴衣で寒いという心配、もしくは叱責だ。



 直接紹介しても写真に収めても、誰もうみちゃんは見えなかった。
 七海を愛してくれるただひとりの兄にすら虚言だと思われたのに。



 はじめて、うみちゃんを認識した人を見つけた。
 震える指で、コメントをくれたアカウントにDMを送った。


 緊張しなから慎重に言葉を選び、送信を押したころには、片手に持ったままだったマグカップのほうじ茶はすっかり冷たくなっていた。

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