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しおりを挟むその日、七海は緊張と興奮で眠れないまま朝を迎え、異様なハイテンションであった。
「おにいちゃん! 朝ごはんだよ!」
ふすまを開け放ち兄のベッドに膝からダイブする。
ぐふっとうめいて兄、晃は勢いよく起き上がった。
腹の上に膝をめり込ませた七海はころりとベッドから落ちる。
「な、ななみぃ! 痛いぞゴラァァァ!」
「おはよう! おにいちゃんすっごい、すぐ起き上がった! さすが鍛えてる! つよい!」
両手で腹を抑えた晃が元ヤン怒りの咆哮を上げるが、ハイテンション七海はまったく気にしない。
転がったままきらきらした目で見上げている。
「おお? まぁな、俺ってけっこういい体してるからよぅ……。ほらよっと、おはようななみ」
いつも静かな七海のあまりにも様子の違う状態に、晃の怒りもしぼむ。
七海の手を引き、助け起こした。
「朝ごはんはピザだよ! 5時からこねて焼いた!」
七海はその手を離さずぎゅうぎゅうと握りしめ、ぐいぐいと引きながらキッチンへ向かう。
晃の部屋は居間の奥をふすまで仕切ったところだ。キッチンだってすぐそこだが、物音などまったく気づかなかった。
しかし言われてみればそこら中、チーズの焼けたいい匂いが漂っている。
こんなにはきはきと話す七海は中学生、いや小学生の頃以来だろうか。
いまでこそ静かな七海は昔は元気で生意気な妹だった、と晃は思い出した。
「朝からすげーな。テンションおかしいぞ、落ち着けよななみ」
「その前にトイレ掃除もしたし、床掃除ももう一回したの!」
「まじでおまえ大丈夫か? なぁ空港に俺も行くか?」
「いいの、お昼は過ぎるけど、と、ともだち、うふふ、と、なんか一緒に食べてくるね!」
食卓には大きな四角いピザがあった。
四角いおぼんにクッキングシートを敷いた上に置かれていて、チーズとサラミが特盛りだ。
七海は晃の手をぱっと手を離し、用意してあった包丁でざくざくと切る。
うふふと笑いながら切り分ける手つきはいつもよりふわふわと浮ついている。
晃は七海の挙動にはらならしながら、食卓に置かれた水のペットボトルに口をつけて一口飲んだ。
「なぁまじで俺も」
「んー、うまっ!」
「あっ先に食うなよー! うまっ!」
パンみたいなふかふか生地のピザは食べ応えがある。
たっぷりのチーズをびよんびよん伸ばして2人で食べ尽くした。
軽トラックで仕事に行く晃を見送り、食器を片付けてシャワーを浴びる。
服装に悩むもいつものスキニーデニムとパーカーにネイビーのダウンを羽織って、七海は赤い軽自動車で出発した。
飛行機は13時頃に着く。
空港までは1時間ほどだが、七海は10時に家を出た。まだKEIさんの乗る飛行機は羽田を出発していないだろう。
今日は4月の後半とはいえ寒い。
少しばかり雪の降る予報だ。
KEIさんにも寒いとは伝えたけど大丈夫だろうか。
昨日は関東のどこかが夏日だったってニュースで見たし、気温差に驚いちゃうかもしれない。
空港には11時過ぎに着いた。早すぎである。
車の少ない駐車場の隅に赤い軽自動車を停め、スマートフォンを見る。
待ち受け画像は港に佇むうみちゃんだ。
お昼は何を食べようかな。
ここまで来ること滅多にないしあのお店のハンバーガー食べたいけど、KEIさんは北海道的なものがいいだろうか。
寿司? らーめん? 何年も引きこもってたからお店わからない……いや引きこもる前から知らないな……。
スマートフォンで周辺の飲食店を検索するうち、飛行機が着く時間が近づいてきた。
車を降りると、空港のすぐ上辺りまで飛行機が降下しているのが見えた。
まだ早いと思いつつ、空港に入りソファに掛けて待つ。
静かなロビーには数名、出迎えなのか人影があった。
待つことしばし、真っ先に到着ロビーに現れたのは小さな女の子を連れた若い女性。
里帰り出産だろうか、お腹が大きい。
母親らしき中年女性が笑顔でよちよち歩く女の子を抱きとめ、お腹の大きい女性の持つボストンバッグを受け取り去っていく。
その後、旅行だろう老夫婦、出張なのかスーツの男性など次々と出てくるがKEIさんらしき若い女性はいない。
もしや乗り遅れか、SNSをチェックしようかとダウンのポケットのスマートフォンを握りしめたとき、七海の頭上に影がかかった。
慌てて見上げると、そこにはずいぶんと背の高い男性がいた。
細身だが、鍛えられ引き締まった体であることが薄手のTシャツ一枚だからわかってしまう。
濃いサングラスをかけているが、骨格が美しく、顔立ちが整っているのが隠しきれていない。秀でた額にかかる髪はきらきらと輝く金髪だ。
キャリーバッグを引く左腕はしなやかでたくましく、なんと蔦模様のようなタトゥーが入っていた。
「北海道は初めてきたわぁ。あなたが7さんかしら」
きらきらと派手な男は、薄いくちびるを開き、ハスキーな声でそう言った。
信じたくないが七海が7だと知るのなんて、1人しかいない。
「え、え、まさか、けい、さん?」
「そうよ、はじめまして! きちゃったわ!」
右手の指先でサングラスを持ち上げ、彼はぱちんとウィンクをした。
長いまつげに縁取られた瞳の色は淡いグレーに見える。
KEIさんは美人のオネエさんだった。
七海は混乱と寝不足と緊張が一気に押し寄せ、目を回してソファから崩れ落ちた。
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