けいちゃんと私、ときどきうみちゃん

里見しおん

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「改めまして、わたしがKEIよ」


 差し向かいに座った美しい男が、両手の指を揃えて差し出してきた名刺を受け取る。
 サングラスを外した瞳は淡いグレーだが、光の加減で緑に見え、神秘的だ。
 ざっくりとした黒いカーディガンの長めの袖から覗く指は白く細いが節が目立ち、男らしい。




「しらいし、けい、さん……」


 上質な紙に、シンプルに『KEI SIRAISHI』という名前と携帯番号だけが書かれていた。


「そう、白石慶よ。白い石に、弁慶の慶よ! わたしはどっちかっていうと牛若丸ってかんじだけどね、ほほほ! けいちゃんって呼んでいいのよ」

「けいちゃん……す、すてき、で、びっくりした、じゃない、しました」

 一言も女性だとは言わなかった。
 しかし女性だと信じて疑わなかった。やりとりした文面が女性の言葉だったし、アイコンが美しくネイルアートを施した女性の手だったのだ。
 ご本人の手だと思っていたが、違ったようだ。

「あらいやぁね、わたしなんてふつうよぉ。でもありがとうね7さん、あなたもとってもカワイイわよ。あっ言葉も気にしないでね。崩していいのよ」

 ハスキーな声で楽しそうに話すKEI……慶に、七海は圧倒されていた。


 こんなにきれいな男の人も、オネエさんも初めて見たのだ。
 美人もオネエさんも千葉県では普通なのか、千葉県すごい。


「あの、わ、私、は七海です。倉本、七海、です」

 引きこもりの七海に名刺などない。
 代わりに財布から運転免許証を取り出し差し出した。

「あなたね、個人情報出し過ぎよぉ。ほら、しまってしまって。あらやっぱり若いのねぇ。ハタチ?」


 免許証を押し返ししまえと言いながらしっかり生年月日をチェックしたようだ。

「21さい、です」

 答えて一旦口をつぐむ。
 注文したものが席に届けられたのだ。

 七海はハンバーガーとポテトとバニラシェイク、慶はホットコーヒーと小さなチーズケーキをオーダーした。


「ありがとうございまぁす。いただきましょ! あーカップがあったかいわぁ。このカーディガン風通してスースーよ。飛行機の中は暑くて汗かいちゃったし! 冷えたわぁ! 寒いとは聞いていたけどここまでとは思わなかったわぁ。ダウンが正解だったのね」


 店員に気軽に笑いかけ、慶は両手で白いカップを包み、ほうっと息を吐いた。


「わ、わたしはただ、あんまり、服を持ってなくて。あったかくしてるだけ」









 美しいオネエさんにがくがくとゆさぶられ意識を取り戻した七海は、「おなかがすいて、気が遠くなった」と言い訳した。
 後部座席にキャリーバッグを積み、助手席に慶を座らせ、少し遠いがハンバーガーショップにやってきた。
 七海の住む町にはジャンクフード店はない。ここは引きこもりながらも存在は知っていて一度来てみたかったお店である。



 太いポテトをつまんで口に運ぶ。
 あつあつのほくほくだ!


「うまっ」


 瞳を輝かせてポテトを次々食べる七海に、慶はくすくすと笑った。

「そんなにおなかを空かせてたのね。わたしを迎えに来てくれたせいで食事する時間がなかったのかしら、ごめんなさいね」

「いえ、あの、あ、朝からピザを焼いてたくさん食べました」

「えっ? あらまぁ痩せているのにたくさん食べられるのね。うらやましいわぁ。わたしすぐ太っちゃうのよぉ」

 七海は太っては居ないが痩せているわけでもない。
 そして大食いでもない。


「そ、そんなことは、あの、普段私が食事を作っているので、お店のものってすっごくおいしく感じて」


 もじもじしながらガサガサと包み紙を開き、ハンバーガーにがぶっとかじりつく。

「う、うま!」


 ケチャップじゃなくてミートソースだ! ハンバーグもジューシー! 勇気出して、もっと早く来てみればよかった!


「わかるわぁ、そうよねぇ自分の作った料理って味がわかりきってるっていうか進まないのよねぇ。新鮮味って大切よね。7さん、ねぇななみちゃんって呼んでいいかしら?」

 休まずハンバーガーを咀嚼しながらこくこくと頷く。

「ななみちゃんは自炊なのね、えらいわねぇ。わたしがそのくらいの頃は外食ばっかりだったわぁ。わたしは26になるんだけど、昨年あたりから美容のために自炊するようになったのよ」


「あ、お兄ちゃんと、同じ年、です。わ、私お兄ちゃんと2人で住んでて」


「あらぁ、お兄ちゃん? イケメンかしらぁ」

「いえ、まったく」


 慶はとても話しやすく、人と話すことが苦手で吃りがちな七海の話も急かさずゆっくりと聞いてくれた。


 食事を終えても時間を忘れて話し込んでしまい、日が暮れ始めたことに気づき慌てて店を出た。


 車中でも慶は七海の話を引き出してくれ、飽きることなくおしゃべりして。
 家に着く頃には七海はすっかりオネエさんを姉のように慕っていた。
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