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12 うみちゃんと私②
しおりを挟む小学校も高学年になると、見えないお友達に話しかける七海の姿は周囲の目に奇異に写り始めた。
「見えないお友達な、あれやめたほうがいいぞ。港に変な女の子がいるって高校で噂になってる」
兄に真剣に言われ、ショックを受けた。
表情の変化をよく見ることで、うみちゃんとは少しだけコミュニケーションが取れるようになった。
頻繁に港に話しかけに行っていたのだ。
「うみちゃんは、お友達なのに」
きっ、と睨みつけて言うと、兄は舌打ちして部屋に引っ込んだ。
小学校6年生の時、父が死んだ。
脳卒中だった。
まだ若いのに、と町の人に悔やまれた。母の悲しみはひどいものだった。
泣いて泣いて、それでも現実は続いていて、七海はすぐ中学生になった。
父が亡くなり、母も不安定な七海を気にかけてくれたのが美希の両親だった。
放課後家に招いてくれたり、中学校の入学式では美希と並んで手を繋いで、浅井のおじさんが写真を撮ってくれた。
その頃母はいつも体調が悪く、七海が帰ってきたらたいてい布団に入っていた。
なのに、その日はいつもいるはずの母がいなくて、どうしたらいいかわからなくて七海はソファに座ってずっと待っていた。
おなかがすいて、家の中はまっくらになり、当時高校生だった兄が帰ってきても母は帰ってこなかった。
「ななみ? いるのになんでこんな暗くしてんだ?」
野球の練習技姿の兄がぱちんと電気をつけて、居間が明るくなったとたん七海は号泣した。
「おにいちゃあああんんん……! おか、おかあさんが、いないよぉぉぉ!」
家には母の上着も財布も、靴もあった。出かけたわけではない。
自殺を疑った兄がすぐに警察に通報したが、捜索はされなかった。
「お母さんて……おたくにお母さんはいないだろ」
「は、あぁぁ?」
やってきた駐在さんの言葉が兄も七海も理解できなかった。
「なにを言って、母さんはいるよ! 昨夜だって……」
言葉の途中で兄は目を見開いて固まった。
「おーい、晃くん? 七海ちゃん、悪いけどもう行くね。おまわりさんまだお仕事あるから。お父さん亡くなってたいへんなのはわかるけど、あんまりこういうおふざけはしないでね」
当惑した様子で駐在さんは帰って行った。
お母さんはいた。
昨夜は久しぶりのお母さんの手作りハンバーグだった。それに七海の苦手な稚貝たっぷりのおみそ汁。
お父さんが大好きなのよ、一個でいいから食べなさいって言われて、がんばって具の稚貝を一個だけ食べた。
やっぱり苦手でハンバーグでお口直ししたけど、お母さんは褒めてくれた。
「がんばったね、えらいね」って、優しく笑ってた。
いた。お母さんはいた。
昨夜はお風呂もいっしょに入った。
すっかり痩せてしまったお母さんの背中を、ごしごしと洗った。
嬉しいなって喜んでくれていた。
「おかあさんをさがそう」
兄の腕を取り強く揺さぶったが、がっしりと太い兄の腕は拳を握りしめていて、七海の力では動かない。
「思い出せない。お母さんてどんな顔だった? 名前は?」
兄の虚ろな表情を、七海は信じられない思いで見上げた。
「藍子、だよ?」
「そ、うだ藍子……倉本藍子。どんな顔だった? 昨夜はハンバーグを作ってくれて……いや作ったのは、七海か?」
「お母さんだよ! 私は稚貝のおみそ汁苦手だもん! 私なら作らないよ!」
「ああ、そうだな。そうだよな。そうだ、母さんは美人だ。七海も似ればよかったのに」
「そうだよ! もうおにいちゃんたら、びっくりさせないでよ! おまわりさん、何言ってるんだろうね?」
あちこちに電話をかけ母の話をしても誰も覚えておらず。不安なまま一晩寝たら、兄も母のことをすっかり忘れていた。
七海だけが消えた母を覚えていた。
信じられない! と兄を怒鳴りつけて、母を探しにあちこちを探し回って、港に来た。
いつもと変わらぬ姿で、錆びた係留柱に腰掛けたうみちゃんは、七海をじっと見つめていた。
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