俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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・番外編・仮初めの恋人

2.女友達(★)

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一番に好きになる事は無い。
他の女友達とも今まで通り付き合う。
だけど他の女の子とキスしたり寝たりはしない。

それが先輩が私に出した条件だった。

私は頷いた。
それで先輩を独占できるなら、どんな条件でも飲む。
でも本当にその条件に納得している訳じゃなかった。

思えばタカを括っていたのだ。
付き合ってさえしまえば、他の女友達より好きになってくれる筈。
そしていつかは『一番好きな人』の事も忘れてくれる筈。
だって先輩の好きな人には決まった相手がいて、先輩を好きになる事は無い―――そう、先輩が言っていたから。

「明日は友達と映画を見る約束をしているんだ」

そう言われて固まってしまう。
先輩は部活が忙しく、日曜日しかまともにデートできる日は無い。

「でも……私も先輩に会いたい」
「明日見る映画はみゆの好みじゃないと思うんだ。友達とは前作を見た時からの約束だから、ごめんね」

先輩は眉を下げて微笑んでくれた。
でも絶対「止める」とは言ってくれない。

先輩と映画を見に行く『友達』の性別は確実に『女』だ。
だって先輩は「部活で年中男まみれなのに、なんで休みまで男といなくちゃなんないの?」って、私がまだ先輩の『友達』だった頃笑っていたから。

「……」
「―――じゃあ、一緒に行く?友達が良いって言ったら着いて来てもいいよ」



「行きたい」



私の我儘に困ったように笑って、それでも大きな手で頭を撫でてくれた。





**  **  **






先輩の友達は、案の定女の人だった。
綺麗で背の高い女子大生。先輩が1年生の時、女子バスの3年生だったそうだ。
予想に反して彼女は急に割り込んだ私をサッパリとした笑顔で迎えてくれた。

ひょっとして私から先輩を奪おうとしているのかも。

そう疑心暗鬼になっていたけど、そんな様子は見られない。
彼氏はいないそうだ。

「彼が出来たら、蓮となんか一緒に行かないわよ」

『蓮』って呼んでいるんだぁ……。

「ヒドイなぁ。彼氏と映画の趣味が合うとは限らないでしょ?桜子さん、マニアックなんだから。俺と一緒の方が絶対楽しいよ」

先輩の台詞に胸が苦しくなる。またこの人と一緒に映画に行くつもりなんだ……。

「うっさい、趣味も合う恋人を今探してんの!ちょっと、そっちこそヒドイ言い方だよね。みゆちゃん、こんな彼氏でいいの?顔はいいけど常識無いよね」
「先輩は素敵です」

反射的に口に出すと、桜子さんはちょっと驚いてから「ごちそうさま」と笑顔になった。
その笑顔に劣等感が隠れていないか、探る様に見てしまう私はひどく浅ましい。

「みゆは褒め過ぎ。嬉しいけど俺、そんな『素敵』じゃないから」
「いーえ、先輩は素敵です」
「もー、私の居場所無いな~お暑いね!」
「桜子さんも揶揄からかわない!ほら、映画始まりますよ」

映画の内容は―――何がなんだかよくわからなかった。なんかおっきな箱に閉じ込められた人達が箱の6面それぞれに刻まれた数字を読み解いて脱出しようとする話。どんどん人が死んでいくの。話の内容が分からない上に、登場人物が容赦無く切り捨てられる様子が恐ろしくて……全く面白く無かった。

それでも何とか最後まで目を開いていたのは、隣に座る先輩と桜子さんが、食い入るように画面に集中しているのを時々横目で確認していたから。
2人が夢中になっている空間に、私だけ独り取り残されている。
こんなに近くにいるのに、遠い。

―――やっぱり来なければ良かった。

先輩と桜子さん。
昔は分からないけれど、少なくとも今2人の間に男女の関係はなさそうだ。先輩を信じていないわけじゃないけれど、不安を抱える私は常に探偵のような目で先輩の回りの女友達を丹念に調べてしまう。

映画の後寄ったファーストフード店で、2人が熱心に今見た映画の演出や小道具、制作の裏話について語り合うのを聞きながら、私はできるだけ余裕に見えるよう微笑みを作った。

今日2人に会って男女の関係では無い事は―――確信できた。
けれどもかえって、そのことが私を落ち込ませた。

体の距離が近い筈の私よりずっと、心の距離が近い気がする。
そんな女友達が、彼女の他に何人いるのだろう……。





**  **  **






散々映画談義に花を咲かせ小1時間ほど経過した後、桜子さんは手を振って帰って行った。

先輩は桜子さんを送らない。
私は『彼女』だから、先輩は家まで送ってくれる。

私の手を引いて改札を潜ろうとした先輩をぐいっと引っ張った。
先輩は俯いて立ち竦む私に優しく微笑み掛け、人の流れを避けて壁際へ連れて行った。

「どうしたの?」
「先輩……帰りたくない。一緒にいて?」
「……」
「休みたい」

私が桜子さんより先輩に近い存在だと、今すぐ確かめたい。
そうすれば今のこの不安な気持ちも、塗り替えられるのに。

言った後先輩を見上げると、困ったように眉を寄せて微笑んでいた。

先輩はいつも、なるべく私の我儘に付き合おうとしてくれる。
最初、それは私に対して情を感じているからだ……そう受け取って、先輩が私に向ける優しさををただ嬉しく思っていた。
だけど最近は……理由は違う処にある、そう感じ始めている。

一方先輩が私に我儘を言う事は、全く無い。
それは……私に何も望んでいないから―――ねえ、先輩?だからいつもそんなに優しいの?

それならば、私は何処までそれが許されるのか試したくなった。
『彼女』の我儘を、先輩は何処まで許してくれるの―――?
『友達』とはどう違うの?私は先輩の『特別』なんだよね?

「ごめんね。今日は早く帰らないと」
「―――っ、誰かとこの後約束しているんですか?」

探るような口調に、敏い先輩は気付いているだろうか。
不安で心が真っ黒になった。

「約束って言うか―――母親が今日、俺の好きなトンカツを揚げてくれるって言うから夕飯までに帰らないといけないんだ」
「お、かあさん……ですか?」
「うん。俺いっぱい食べるからさ。物凄い量揚げてくれる予定なんだけど、母親は小食だから絶対時間までに帰らないと」

真面目な顔で子供のような事を言う先輩に、思わず吹き出してしまう。

もう……先輩には敵わないなぁ……。

「……だから1時間くらいしか時間無いけど。それでも良い?」

先輩の野性的な顔が優しく綻び、鍛え上げられたシャツの下の長身をつい思い出した。放たれる色気に当てられて、眩暈がしそう。
私はコクリと頷いた。






**  **  **





いつものホテル。

先輩に優しく抱きしめられて、ねっとりとした口付けを余すところ無く受け入れる。
全く隙の無い先輩の作法に翻弄されながら、頭の隅で先輩がここまで上達する助けになった女性達に嫉妬する。

もし桜子さんが先輩と付き合いたいと、思うようになったとしたら……?

女性として扱われる事が私の唯一のアドバンテージなのに、桜子さんがもし先輩と男女の付き合いまですることになったら、私が踏み込めないほど深く……先輩の中に入り込む事が出来るのではないだろうか。

今日も私を高める為に奉仕する唇が離れた隙に。

「先輩、好き」

ありったけの気持ちを言葉に込めて呟いた。
だけど言った途端恥ずかしくなって、私は先輩の胸に顔をくっつけギュウっと抱き着いた。
頭の上でフッと笑う気配がして、髪を撫でられる。

「……みゆは、可愛いなぁ」

楽しそうに、先輩が呟き返してくれた。
その優しい口調に胸が熱くなる。

だけど一方で、先輩が『好き』と返してくれ無い事に強い失望を感じていた。

「好き、大好きなの……」

答える代わりに、その後の言葉を食べられた。
そしてすぐさまベッドに押し倒される。

いつもより手順が早い。性急な動作が、私を求めてくれる証のような気がして嬉しくなる。だけどその後すぐに、自分の考えの間違いに気が付いた。
先輩は今日は急いでいるんだ。
夕飯までに帰らなくてはいけないから。

先輩って、マザコンなのかな。
似合わないけど。

「こら。何考えてる?集中しろ」
「え?」

ぼんやりと見上げると、先輩が甘く微笑んでいた。
先輩の精悍な容貌を見ていると、時々野生の獣を見ているような錯覚に陥るコトがある。私は今、彼に捧げられた草食動物だ。そう思うと俄かに興奮がせりあがってくるのを感じた。
見つめられて頬を染める私に、先輩はニヤリと笑った。



「ま、いっか。何も考えられなくなるくらい、夢中にさせてやる」
「先輩の……ばか」
「みゆ……」



先輩の唇が私の胸に落ちる。そして私は、いとも簡単に感覚の虜になってしまった。
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