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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の奮闘】
◆ 気になる男(2) <鴻池>
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私は男子バスケ部のマネージャーになった。
中学の部活動で自分の選手としての実力不足を実感していたし、どちらかと言うとプレーするより見る方が好きだったから。
決して森の近くにいたいから……という訳では無い。
話してみると、森は思った以上に気さくでいい奴だった。
中学の頃結城を通して見ていた森は―――ストイックな努力家で見た目はまさに『王子様』そのもので―――近寄り難い雰囲気があった。
いつも男子に囲まれていて、自分から女子に話し掛けるような人間では無かった。
だから、結城の熱の籠った視線にもまるで気付いてないように見えた。
……まあ、森を同じように見つめている女子は其処ら辺にゴロゴロしていたけれど。
森は思った通りのバスケマニアで、そういう話題を振ると嬉しそうに返して来る。
試合で見せる野性動物のような獰猛な雰囲気は……コートの外では全く表に出て来ない。試合中の森は近寄り難く見えるけど、普段は優し過ぎるというか―――もうちょっと男らしく強気に出ても良いんじゃないかと思うくらい、物足りない感じがする。
だからつい試すような事をしてしまう。
どれ位やったら、怒るんだろう?
突っかかった私にビシッと反論する所が見てみたい。試合中の森は―――自身に満ち溢れ、不遜で力強くて―――男らしいのに。
ほら、また森はボンヤリとしている。
特に高校に入ってからの森は、時折だらしない顔でニヤニヤしている事があって―――だんだん私は苛々してくるのだ。
パコーン!
「いだっ」
だからまた、丸めたスコアブックで頭を叩いてしまった。
隣のクラスの森は、一番後ろの机にぼやっと座ったままニヤニヤ笑っていた。
ええいっ、もっと『王子様』らしくキリっとしなさいよ!!締まりのない顔晒してないで!
「なにボーッとして。練習無くなってやる事無いんじゃない?今日の帰り、ちょっと買い物に付き合ってよ」
「えっ!皆とカラオケ行かないのか?」
え、カラオケのお誘い?誘ってくれるなら、参加しないでもないけど。
「……森も行くの?」
「行かないけど」
ガクッと私は内心ずっこける。
じゃあ、なんでカラオケの話題なんか出したのよ。
「じゃあ、一緒に買いもの行こうよ。今日スポーツ館で買い物すると抽選でルバンガ北海道のペア観戦チケットS席が当たるんだって。1人より2人の方が、確率高いでしょ?」
「え、本当?!」
森は、身を乗り出した。
やっぱり!喰いつくと思った。
別にどうしても森と行きたいわけじゃない。だけど森が一番話しやすいし、私が誘っても勘違いとかしなさそう。森が私に気が無いっていうのは何となくわかる。だから、私は安心して森に触ったりできるんだ。
ところが森は何かを思い出したかのようにハッとして、眉を顰めた。
「ごめん、ちょっと、姉貴の用事に付き合う約束しててさ……アハハ、困っちゃうよね。弟離れできない姉で」
え!
驚いた。
森のお姉さんって、確か3年生のハズ。高3にもなって、部活動で忙しい弟に用事に付き合せるなんて―――結構我儘な人なんだ。
私は彼女に不快感を抱いた。
そういえば……合格発表の時も、高校に合格したばかりの森にオヤツを買いに行かせていたっけ。私と話している途中で確かスマホで呼び出されていた事を思い出した。地味な見た目で大人しそうな人なのに―――中身は意外に横暴なんだってモヤッとしたのを覚えている。
きっと強く出られない森の性格に付け込んでるんじゃないだろうか。
「ふーん、そんなのほっとけば良いでしょ。お姉さんって3年生でしょ。もう高校生なんだから、姉とか弟とか一緒に動く必要ないじゃん」
私は無性に腹が立った。
誘いを断られて寂しく感じる気持ちが、更に私の正義感のようなものに火を点ける。
すると、森がガバッと机の上に頭を下げた。
「と、とにかく…もう約束しちゃったから、悪いけど他の奴と行ってくれない?ホントーに、ゴメン!!」
な、何も頭を下げなくても……。まるで私が森に絡んでるみたいじゃない、コレ。
人目もあるので、私はしぶしぶ引き下がる事にした。
でも、あの必死さ。
それだけ、お姉さんの強制力が強いって事なのだろうか。なんで森は、理不尽な我儘を聞き続けるんだろう?―――森は優し過ぎるよ……。
その日何故か、森はギャラリーに見せつけるようにダンクシュートを披露した。
すっごい。
思わず、その見事な跳躍力に息を呑んでしまう。
ギャラリーからも黄色い悲鳴が上がっていた。こんなの見せられたら好きになっちゃう子、いっぱい増えるだろうな……。
やっぱ、森って凄い。
男子って凄い。
私は、昂揚感で頬が熱くなるのを感じた。
悔しくなってタオルを渡す時、その栗色の頭をグシャグシャと掻き回してしまった。自分が出来ない事を簡単にやっちゃう奴。そんなヤツを口に出して褒めるのは、悔しい。だけどこの感動を抱えたまま黙ってられない。そんな感じ。
「やめてくれよ」
苦笑する森。
でも私は知っている。森はそんなに厳しく相手を突っぱねられない人間だ。
だから私のちょっかいに、本気で怒った事なんか無い。
私にやんわりと抗議しながら、ギャラリーをぼんやりと見ていた森の視線が―――ある一点で止まった。そしてバッと立ち上がたかと思うと、そちらへ駆け寄って行く。
置いてきぼりにされた事に、一瞬ポカンとしてしまう。
だって森が見た事も無いような柔らかい、それはそれは嬉しそうな表情になったから。
「ねーちゃん!……すぐ着替えるから、待ってて!」
その視線の先にいたのは―――合格発表で森と口論して逃げ出して行ったあの、地味で小柄な姉だった。
森のそんな顔、初めて見た。
なんで、そんなに嬉しそうにしているの?
森はいやいやお姉さんの我儘に付き合っているんだよね……?
一瞬そんな疑問符が湧いてきた。だけど私はその疑問を直ぐに打ち消した。
だって、考えたって分からない。
―――答えが自分の中に無い事をアレコレ悩んで考えるのは―――無駄だから。
** ** **
いつも一番に昼練に来ていた森が、最近ギリギリに飛び込んでくる。昨日は遅刻した。ほんの1分だけど。
「ちーざきっ」
「ん?」
地崎はいつも公平で冷静。1年生の部員の中では精神年齢が1番高いと思う。そして、森と仲がいい。最近、実しやかに囁かれている噂の真相をきっと、知っているハズだ。
「ねえ最近昼練、森ギリギリに飛び込んでくるよね。お姉さんが独りぼっちだから……見かねてお弁当一緒に食べているって―――噂で聞いたんだけど、本当かな?」
「噂で?」
私は頷いた。
「そう!いつも森ってお姉さんにいいように使われているみたいだから、心配でさ」
地崎は首を傾げていた。
「アイツが森先輩に使われてる……?」
いまいちピンと来ない様子の地崎。
森はお姉さんの事を地崎に愚痴ったりしないのかな?
……本当にお人好しなんだから。
「森は優しいから断れないかもしれないけれど、部活にも影響出て来るようだと本当に困るよね」
「お弁当ねぇ、さーどうだろ。森に直接聞いてみれば?」
「あんまり森、お姉さんの話とかしない?」
「いや、アイツはいつも森先輩の話ばっかりだ。ちょっとうんざりするくらい」
やっぱり!耐えられなくって仲の良い地崎には毎日愚痴っているんだ。親しい友達にはついつい不満を漏らしちゃうのはしょうがないよね。
「そっか、やっぱり……ありがと!自分で確かめてみるわ」
「……おー……」
地崎は微妙な表情で返事を返した。
よっぽど森から沢山不満を聞いているのだろうか。でも年上の女子に強く言うっていうのは、高校生男子には難しいのかもしれない。だから愚痴って発散しながら、しぶしぶ従っているのかも。
―――これは……いよいよ本当に、私が何とかしなくてはならないかな。
** ** **
パンを買いに行こうとクラスの友人達と廊下を歩いていたら、中庭のベンチでぼんやりしている森を発見した。部活の伝言があると友人達に断わって、ちょっと中庭へ降りる。
近寄って行くと、フフフ……と不気味な笑い声が聞こえてドキリとする。
だ、大丈夫かな、森。疲れているんじゃないだろうか。
「いつもわざわざこんなトコで食べてるの?」
振り返った森の顔は―――引き攣っていた。これには更に心配になった。私は、友人達にジェスチャーで「先に行って」と示して森に向き直る。
森はかなり疲れた顔で、答えた。
「そうだけど……」
「3年の教室通ってるのかと思った」
「?」
「噂になってるよ。森がお姉さんと一緒にお昼食べてるって」
「へぇ」
森の相槌は、何の感慨も無いように平坦な声音だった。
もう疲れ果てて、諦めてしまっているのだろうか。
私は森を励ましたかった。それに家族に振り回されるなんて、馬鹿らしいと思った。きっと森のお姉さんは、自分の問題ばかりに夢中になって弟を振り回しているに違いない。
あの幼い容貌のとおり……精神も幼いのだろう。私が両親に振り回されたみたいに、森も振り回されているのかもしれない。家族だからって振り回されちゃだめだ―――私はそう思う。それは相手の為にもならないと。
「お姉さん、友達少ないタイプなんだって?だからって森を呼びつけるのってどうかと思う。寂しかったら自分で友達作りなってちゃんと言いなよ。森だって忙しいんだからさ―――ちょっと、甘やかし過ぎじゃない?」
これまで胸に抱いていた思いを籠めて踏み込んだ言葉を口にした。
すると森はあんぐりと口を開けて、それからパクパクと動かした。
「いや、そういうんじゃなくて……」
まるでどう言葉を繋いだら良いか、決め兼ねるようだ。
やはり図星なのかもしれない。そしてそれを認める勇気が無いのかもしれない。
そこに、森のお姉さんが現れた。
何故か、脊髄反射のように森はお姉さんの為にベンチにハンカチを引いた。
は?
昔の少女漫画に出てくる王子様みたいな行動に、目を丸くしてしまう。
森、それは駄目だわ。
その紳士な行動は、相手を勘違いさせるわ。
私はずっと『お姉さんが我儘』なんだって思っていたけど、森の態度にも問題がある。やり過ぎだ。
しかし、お姉さんはすぐに腰掛けずに言った。
「お話中だったら、お暇するけど」
「いーの、いーの。もう終わったから、座って!」
森が言うとお姉さんは私にペコリと頭を下げて、ハンカチの上に座った。
いや、話は全然終わっていないから。
「森、ちょっと……」
「鴻池、もう遅れないようにするから、いいだろ?話あるなら、練習の時話そう。お前も遅れるぞ」
随分な言い方だ。
せっかく私が……。
まあ、確かに時間は無い。
それにきっと、森はお姉さんに気を使っているのだろう。あの慌て振りは、何か弱みを握られているという可能性もある。それとも単に幼い容姿のお姉さんに対して強く出られないのか?
だけどお姉さんの無表情からは、彼女が何を考えているかさっぱり判断できなかった。あのポーカーフェイスの下で―――彼女は一体何を考えているのだろう?
** ** **
決めた。
私が一緒に森とお弁当を食べよう。
そして、時間になったら部活に引っ張って行く。
昨日の様子を見る限り……森がすぐにお姉さんを切り捨てるのは難しそうだ。
だったら、私が森の行動を助けるしかない。そうしてゆっくり姉離れさせてあげれれば、良い。
そうして、私はベンチに座る森の前に立った。
「私もここでお昼食べる。で、あんたが遅れないように体育館に連れて行くから」
「俺、姉貴と約束しているんだけど。時間は守るから別の所で食べてよ」
「そんな事言って昨日も遅れたでしょ。森はお姉さんに強く言えないんだから、私が言ってあげるよ」
森がちゃんと時間を守っていたら、こんな事言ってない。
……まあ、実質『遅刻』と言えるのは1分だけ遅れたあの日だけだけど。
でも、私は心配なのだ。お姉さんへのあの気の使い方は―――ハッキリ言って常識から外れていると思う。優柔不断な森が言えない事は、マネージャーの私が代わって言おう。それがバスケ部の為になると思う。
そんな私の覚悟を余所に、森は眉を顰めて言い放った。
「姉貴の所為じゃないから、そんな余計な事しないでくれ。別に強要されている訳でも、引き留められている訳でもないから」
私は一瞬、言葉を呑み込んだ……『余計な事』って……。
それに『別に強要されている訳』じゃないって言うなんて。
つまり森は―――地味でぼっちなお姉さんが心配で……自ら面倒を買って出ているって事?
これは思っていたより重症だ。やっぱり私が強く言わないと、森の為にならない。
「ハ・ン・カ・チ・出して」
「自分で出せよ。俺のハンカチは1人分しかないんだ」
そこに、何を考えているか分からない抑揚の無い声が混ざった。森のお姉さんだ。
「清美、私ハンカチなくても平気だよ。それにもともと自分のあるし」
「ねーちゃん、でも……」
森が弱々しく反論する。
そうか、森はお姉さんに振り回されているっていうより、お姉さんが心配なんだ。
昨日から遣り取りを聞いて、何だかおかしいと思ったんだ。
―――この『シスコン』め。
「マネージャーさんと一緒に食べるのかな?私、別の所行こうか?」
お姉さん、ナイス!
森はそろそろ、姉離れした方がいい。お姉さんもそれを分かっているのかも。
私は思わずニッコリと頷いた。
すると森が厳しい表情で私を一瞥し、ベンチから立ち上がった。
「ねーちゃんが違う所で食べるなら、俺も一緒に行く」
ええ!せっかくのお姉さんの厚意になんて返しをするんだ。
「森、早く食べないと時間無くなるよ。お姉さんもこう言ってくれてるんだから食べちゃおうよ」
「おまっ……」
「えーと……じゃ、3人で食べようか…?」
こうして3人で食べる事になった。
お姉さんって、本当は独りで食べても気にしないタイプ?もしかして、森が気を使って通ってくるのを―――少し迷惑に思っていたりするのかな?
だとしたら、ますます私が森を強制的に退場させなくてはね。
私は使命感を新たにした。
中学の部活動で自分の選手としての実力不足を実感していたし、どちらかと言うとプレーするより見る方が好きだったから。
決して森の近くにいたいから……という訳では無い。
話してみると、森は思った以上に気さくでいい奴だった。
中学の頃結城を通して見ていた森は―――ストイックな努力家で見た目はまさに『王子様』そのもので―――近寄り難い雰囲気があった。
いつも男子に囲まれていて、自分から女子に話し掛けるような人間では無かった。
だから、結城の熱の籠った視線にもまるで気付いてないように見えた。
……まあ、森を同じように見つめている女子は其処ら辺にゴロゴロしていたけれど。
森は思った通りのバスケマニアで、そういう話題を振ると嬉しそうに返して来る。
試合で見せる野性動物のような獰猛な雰囲気は……コートの外では全く表に出て来ない。試合中の森は近寄り難く見えるけど、普段は優し過ぎるというか―――もうちょっと男らしく強気に出ても良いんじゃないかと思うくらい、物足りない感じがする。
だからつい試すような事をしてしまう。
どれ位やったら、怒るんだろう?
突っかかった私にビシッと反論する所が見てみたい。試合中の森は―――自身に満ち溢れ、不遜で力強くて―――男らしいのに。
ほら、また森はボンヤリとしている。
特に高校に入ってからの森は、時折だらしない顔でニヤニヤしている事があって―――だんだん私は苛々してくるのだ。
パコーン!
「いだっ」
だからまた、丸めたスコアブックで頭を叩いてしまった。
隣のクラスの森は、一番後ろの机にぼやっと座ったままニヤニヤ笑っていた。
ええいっ、もっと『王子様』らしくキリっとしなさいよ!!締まりのない顔晒してないで!
「なにボーッとして。練習無くなってやる事無いんじゃない?今日の帰り、ちょっと買い物に付き合ってよ」
「えっ!皆とカラオケ行かないのか?」
え、カラオケのお誘い?誘ってくれるなら、参加しないでもないけど。
「……森も行くの?」
「行かないけど」
ガクッと私は内心ずっこける。
じゃあ、なんでカラオケの話題なんか出したのよ。
「じゃあ、一緒に買いもの行こうよ。今日スポーツ館で買い物すると抽選でルバンガ北海道のペア観戦チケットS席が当たるんだって。1人より2人の方が、確率高いでしょ?」
「え、本当?!」
森は、身を乗り出した。
やっぱり!喰いつくと思った。
別にどうしても森と行きたいわけじゃない。だけど森が一番話しやすいし、私が誘っても勘違いとかしなさそう。森が私に気が無いっていうのは何となくわかる。だから、私は安心して森に触ったりできるんだ。
ところが森は何かを思い出したかのようにハッとして、眉を顰めた。
「ごめん、ちょっと、姉貴の用事に付き合う約束しててさ……アハハ、困っちゃうよね。弟離れできない姉で」
え!
驚いた。
森のお姉さんって、確か3年生のハズ。高3にもなって、部活動で忙しい弟に用事に付き合せるなんて―――結構我儘な人なんだ。
私は彼女に不快感を抱いた。
そういえば……合格発表の時も、高校に合格したばかりの森にオヤツを買いに行かせていたっけ。私と話している途中で確かスマホで呼び出されていた事を思い出した。地味な見た目で大人しそうな人なのに―――中身は意外に横暴なんだってモヤッとしたのを覚えている。
きっと強く出られない森の性格に付け込んでるんじゃないだろうか。
「ふーん、そんなのほっとけば良いでしょ。お姉さんって3年生でしょ。もう高校生なんだから、姉とか弟とか一緒に動く必要ないじゃん」
私は無性に腹が立った。
誘いを断られて寂しく感じる気持ちが、更に私の正義感のようなものに火を点ける。
すると、森がガバッと机の上に頭を下げた。
「と、とにかく…もう約束しちゃったから、悪いけど他の奴と行ってくれない?ホントーに、ゴメン!!」
な、何も頭を下げなくても……。まるで私が森に絡んでるみたいじゃない、コレ。
人目もあるので、私はしぶしぶ引き下がる事にした。
でも、あの必死さ。
それだけ、お姉さんの強制力が強いって事なのだろうか。なんで森は、理不尽な我儘を聞き続けるんだろう?―――森は優し過ぎるよ……。
その日何故か、森はギャラリーに見せつけるようにダンクシュートを披露した。
すっごい。
思わず、その見事な跳躍力に息を呑んでしまう。
ギャラリーからも黄色い悲鳴が上がっていた。こんなの見せられたら好きになっちゃう子、いっぱい増えるだろうな……。
やっぱ、森って凄い。
男子って凄い。
私は、昂揚感で頬が熱くなるのを感じた。
悔しくなってタオルを渡す時、その栗色の頭をグシャグシャと掻き回してしまった。自分が出来ない事を簡単にやっちゃう奴。そんなヤツを口に出して褒めるのは、悔しい。だけどこの感動を抱えたまま黙ってられない。そんな感じ。
「やめてくれよ」
苦笑する森。
でも私は知っている。森はそんなに厳しく相手を突っぱねられない人間だ。
だから私のちょっかいに、本気で怒った事なんか無い。
私にやんわりと抗議しながら、ギャラリーをぼんやりと見ていた森の視線が―――ある一点で止まった。そしてバッと立ち上がたかと思うと、そちらへ駆け寄って行く。
置いてきぼりにされた事に、一瞬ポカンとしてしまう。
だって森が見た事も無いような柔らかい、それはそれは嬉しそうな表情になったから。
「ねーちゃん!……すぐ着替えるから、待ってて!」
その視線の先にいたのは―――合格発表で森と口論して逃げ出して行ったあの、地味で小柄な姉だった。
森のそんな顔、初めて見た。
なんで、そんなに嬉しそうにしているの?
森はいやいやお姉さんの我儘に付き合っているんだよね……?
一瞬そんな疑問符が湧いてきた。だけど私はその疑問を直ぐに打ち消した。
だって、考えたって分からない。
―――答えが自分の中に無い事をアレコレ悩んで考えるのは―――無駄だから。
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いつも一番に昼練に来ていた森が、最近ギリギリに飛び込んでくる。昨日は遅刻した。ほんの1分だけど。
「ちーざきっ」
「ん?」
地崎はいつも公平で冷静。1年生の部員の中では精神年齢が1番高いと思う。そして、森と仲がいい。最近、実しやかに囁かれている噂の真相をきっと、知っているハズだ。
「ねえ最近昼練、森ギリギリに飛び込んでくるよね。お姉さんが独りぼっちだから……見かねてお弁当一緒に食べているって―――噂で聞いたんだけど、本当かな?」
「噂で?」
私は頷いた。
「そう!いつも森ってお姉さんにいいように使われているみたいだから、心配でさ」
地崎は首を傾げていた。
「アイツが森先輩に使われてる……?」
いまいちピンと来ない様子の地崎。
森はお姉さんの事を地崎に愚痴ったりしないのかな?
……本当にお人好しなんだから。
「森は優しいから断れないかもしれないけれど、部活にも影響出て来るようだと本当に困るよね」
「お弁当ねぇ、さーどうだろ。森に直接聞いてみれば?」
「あんまり森、お姉さんの話とかしない?」
「いや、アイツはいつも森先輩の話ばっかりだ。ちょっとうんざりするくらい」
やっぱり!耐えられなくって仲の良い地崎には毎日愚痴っているんだ。親しい友達にはついつい不満を漏らしちゃうのはしょうがないよね。
「そっか、やっぱり……ありがと!自分で確かめてみるわ」
「……おー……」
地崎は微妙な表情で返事を返した。
よっぽど森から沢山不満を聞いているのだろうか。でも年上の女子に強く言うっていうのは、高校生男子には難しいのかもしれない。だから愚痴って発散しながら、しぶしぶ従っているのかも。
―――これは……いよいよ本当に、私が何とかしなくてはならないかな。
** ** **
パンを買いに行こうとクラスの友人達と廊下を歩いていたら、中庭のベンチでぼんやりしている森を発見した。部活の伝言があると友人達に断わって、ちょっと中庭へ降りる。
近寄って行くと、フフフ……と不気味な笑い声が聞こえてドキリとする。
だ、大丈夫かな、森。疲れているんじゃないだろうか。
「いつもわざわざこんなトコで食べてるの?」
振り返った森の顔は―――引き攣っていた。これには更に心配になった。私は、友人達にジェスチャーで「先に行って」と示して森に向き直る。
森はかなり疲れた顔で、答えた。
「そうだけど……」
「3年の教室通ってるのかと思った」
「?」
「噂になってるよ。森がお姉さんと一緒にお昼食べてるって」
「へぇ」
森の相槌は、何の感慨も無いように平坦な声音だった。
もう疲れ果てて、諦めてしまっているのだろうか。
私は森を励ましたかった。それに家族に振り回されるなんて、馬鹿らしいと思った。きっと森のお姉さんは、自分の問題ばかりに夢中になって弟を振り回しているに違いない。
あの幼い容貌のとおり……精神も幼いのだろう。私が両親に振り回されたみたいに、森も振り回されているのかもしれない。家族だからって振り回されちゃだめだ―――私はそう思う。それは相手の為にもならないと。
「お姉さん、友達少ないタイプなんだって?だからって森を呼びつけるのってどうかと思う。寂しかったら自分で友達作りなってちゃんと言いなよ。森だって忙しいんだからさ―――ちょっと、甘やかし過ぎじゃない?」
これまで胸に抱いていた思いを籠めて踏み込んだ言葉を口にした。
すると森はあんぐりと口を開けて、それからパクパクと動かした。
「いや、そういうんじゃなくて……」
まるでどう言葉を繋いだら良いか、決め兼ねるようだ。
やはり図星なのかもしれない。そしてそれを認める勇気が無いのかもしれない。
そこに、森のお姉さんが現れた。
何故か、脊髄反射のように森はお姉さんの為にベンチにハンカチを引いた。
は?
昔の少女漫画に出てくる王子様みたいな行動に、目を丸くしてしまう。
森、それは駄目だわ。
その紳士な行動は、相手を勘違いさせるわ。
私はずっと『お姉さんが我儘』なんだって思っていたけど、森の態度にも問題がある。やり過ぎだ。
しかし、お姉さんはすぐに腰掛けずに言った。
「お話中だったら、お暇するけど」
「いーの、いーの。もう終わったから、座って!」
森が言うとお姉さんは私にペコリと頭を下げて、ハンカチの上に座った。
いや、話は全然終わっていないから。
「森、ちょっと……」
「鴻池、もう遅れないようにするから、いいだろ?話あるなら、練習の時話そう。お前も遅れるぞ」
随分な言い方だ。
せっかく私が……。
まあ、確かに時間は無い。
それにきっと、森はお姉さんに気を使っているのだろう。あの慌て振りは、何か弱みを握られているという可能性もある。それとも単に幼い容姿のお姉さんに対して強く出られないのか?
だけどお姉さんの無表情からは、彼女が何を考えているかさっぱり判断できなかった。あのポーカーフェイスの下で―――彼女は一体何を考えているのだろう?
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決めた。
私が一緒に森とお弁当を食べよう。
そして、時間になったら部活に引っ張って行く。
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だったら、私が森の行動を助けるしかない。そうしてゆっくり姉離れさせてあげれれば、良い。
そうして、私はベンチに座る森の前に立った。
「私もここでお昼食べる。で、あんたが遅れないように体育館に連れて行くから」
「俺、姉貴と約束しているんだけど。時間は守るから別の所で食べてよ」
「そんな事言って昨日も遅れたでしょ。森はお姉さんに強く言えないんだから、私が言ってあげるよ」
森がちゃんと時間を守っていたら、こんな事言ってない。
……まあ、実質『遅刻』と言えるのは1分だけ遅れたあの日だけだけど。
でも、私は心配なのだ。お姉さんへのあの気の使い方は―――ハッキリ言って常識から外れていると思う。優柔不断な森が言えない事は、マネージャーの私が代わって言おう。それがバスケ部の為になると思う。
そんな私の覚悟を余所に、森は眉を顰めて言い放った。
「姉貴の所為じゃないから、そんな余計な事しないでくれ。別に強要されている訳でも、引き留められている訳でもないから」
私は一瞬、言葉を呑み込んだ……『余計な事』って……。
それに『別に強要されている訳』じゃないって言うなんて。
つまり森は―――地味でぼっちなお姉さんが心配で……自ら面倒を買って出ているって事?
これは思っていたより重症だ。やっぱり私が強く言わないと、森の為にならない。
「ハ・ン・カ・チ・出して」
「自分で出せよ。俺のハンカチは1人分しかないんだ」
そこに、何を考えているか分からない抑揚の無い声が混ざった。森のお姉さんだ。
「清美、私ハンカチなくても平気だよ。それにもともと自分のあるし」
「ねーちゃん、でも……」
森が弱々しく反論する。
そうか、森はお姉さんに振り回されているっていうより、お姉さんが心配なんだ。
昨日から遣り取りを聞いて、何だかおかしいと思ったんだ。
―――この『シスコン』め。
「マネージャーさんと一緒に食べるのかな?私、別の所行こうか?」
お姉さん、ナイス!
森はそろそろ、姉離れした方がいい。お姉さんもそれを分かっているのかも。
私は思わずニッコリと頷いた。
すると森が厳しい表情で私を一瞥し、ベンチから立ち上がった。
「ねーちゃんが違う所で食べるなら、俺も一緒に行く」
ええ!せっかくのお姉さんの厚意になんて返しをするんだ。
「森、早く食べないと時間無くなるよ。お姉さんもこう言ってくれてるんだから食べちゃおうよ」
「おまっ……」
「えーと……じゃ、3人で食べようか…?」
こうして3人で食べる事になった。
お姉さんって、本当は独りで食べても気にしないタイプ?もしかして、森が気を使って通ってくるのを―――少し迷惑に思っていたりするのかな?
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