俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の奮闘】

◆ 気になる男(3) <鴻池>

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友人たちにことわって、中庭に通う事にした。

ベンチの右から私・森・森のお姉さんという順で座る。

私はお姉さんに「1人で好きな所で食べてもいいですよ」と提案してみた。何せ2人は一言もしゃべらず黙々とお弁当を食べているのだ。一緒に食べる意味、無いだろう。きっと話が合わないのに無理に傍にいるからだ。
私は森と話す事がいっぱいある。話が合う。だから、森に話し掛ける。お姉さんは暇そうに黙って森の横に座っているだけだ。
その時間って無駄だよね。もっと、彼女も有効に時間を使いたいハズ。森のお節介に付き合う必要は無いと思う。

しかしそう言うと、森が凄い目で私を睨む。

だから、森はお姉さんに気を使い過ぎだって。ぼっちでいたい人に構うのは、果たして親切なのか?お節介だと思われている事の方が、多いと思う。

ここ何日か2人と一緒に座っていて思った。
お姉さんの容姿が問題なのかも。
大人しそうで真面目そうで小柄で。森はお姉さんの事、まるで年下の相手を気遣うような優しい対応をする。

狡いな、お姉さん。

私は背が高いし気も強いから、どうしても守りたいって思われるタイプじゃない。森も私が構うと、腰を引いて逃げようとする。それは親しいゆえの 照れ隠しみたいなものだと―――私はずっと、自分に都合の良い考え方をしていた。
それにこうも思っていた。私が女子の中では1番……森と気が置けない関係だって。森と学校で1番よく言葉を交わす女子は私だって、自惚れていた。

でも、森がお姉さんに接する様子を見ると。

私に対するよりもずっと丁寧に対応している事に、嫌が応でも気付く。

森は私にぶっきらぼうに話す。これは私が気を使わない親しい相手だっていう―――そういう証拠だと思っていた。

でも、お姉さんの「いってらっしゃい」にそれはそれは嬉しそうに優しく「いってきます」と返す森の声音を聞くと、胸の中がザワリと騒いだ。
名残惜しげに校舎に戻る入口で振り返り、森はお姉さんが手を振る様子を必ず確認してホッと息を吐く。小さく手を振り返す森を見ていると―――無性に苛々してしまい、腕を引っ張って無理矢理退場させたくなってしまう。

私は焦っていた。

2人が一緒にご飯を食べる時間は無駄だと思う。
例えば私と森が2人で食べたほうが、きっとずっと会話が弾むに違いない。

お姉さんに気を使って森は黙っているに違いない。……なのにそう結論付けた心の奥で……うっすらと不安が湧き上がってくる。まるでその結論付けの正当性を疑問視するように。






**  **  **






一緒に中庭のベンチでお弁当を食べた最初の日。
私は沈黙に耐えられなくて口を開いた。だって、森だって本当は楽しくおしゃべりした方が楽しいに決まっている。こんなふうに無言でお弁当を掻き込む時間って―――無駄だよね。

「ねぇ、何で黙ってるの?」
「別に……いつも黙って食べてるけど」
「えぇ?……そんなんで何が楽しいの?」
「すっごく、楽しいよ」

『すっごく』を強調するように言う森。
自棄やけになっているように見えた。私の方を見ないまま、くぁっと口を開けソーセージを放り込みモグモグと咀嚼している。
私は少し首を伸ばして―――森の向こう側に座るお姉さんに声を掛けた。

「お姉さん話もしないでご飯食べているのなら、別に1人でもお弁当大丈夫だよね?」

森だって自棄になるくらい、いい加減この役割に飽きているのだ。お姉さんも察してくれるよね?

「え?……あ、はい。そうですね」

お姉さんは不安そうに曖昧に答えた。
しかししっかりと頷いている。
彼女だって、森の負担になりたくないハズだ。

「良かった。森、お姉さん1人で食べてくれるって」

お姉さんの言質げんちがとれて、本当に良かった。
強く言えない森に代わってきちんと確認して良かった。

お姉さんがこう言ってくれるんだから、森もいい加減諦めるだろう。お姉さんはこう見えても高校3年生。高1の忙しい弟の助けなんかなくても、十分やっていけるのだから。

私が、笑って森を見ると―――森は怒っていた。

先ほどまで全く合わなかった目線がガッチリ絡まり、私の両目を射抜くように見ている。



「……だから姉貴は別に1人で弁当食べたくないなんて言って無いって―――さっきから言ってるだろ!俺が姉貴と食べたいって無理言うから、付き合ってくれてるんだ。合わせて貰ってるのはこっちなんだから―――別に姉貴は俺がいなくてもどうとも思わないって……」



吃驚した。
森が怒っているところを―――初めて見たから。

こんな厳しい顔の森は見た事が無かった。
いや―――そうでは無い。
ギリギリの試合展開ではこんな剥き出しの怒りに任せた表情を見せていた。それを―――今までは遠くから見て来た。

私がふざけてど突いたりすると、怒ったように返事をしてきた森。
でもそれは本気で怒っている訳じゃなかったんだって、分かっていたけど―――今ハッキリと自覚した。森は私に対して、今まで手加減してくれていたんだって。

私の背に冷や汗が伝った。
純粋に怖かった。

だから咄嗟に―――その怒りに気付かない振りをした。

「ほ……ホントに優しいよね、森って」

笑いながら。
でなければ、震えて泣いてしまうかもしれなかった。



「清美……時間大丈夫?」



険悪な空気を無かったもののように、お姉さんが坦々と割り込んで来た。
その途端、森が纏っていた黒い雲のようなものが……一気に霧散した。

「あ!やべ。ねーちゃん、行ってきます」
「ホントだ!森、昼練始まるね、行こっ」

だから、私もそれに習った。
何でも無いように、振舞った。

「いってらっしゃ~い」

だけど、だからこそ、呑気に手を振るお姉さんに苛立った。

「遅れるよっ!」

にやけながら自分の姉に手を振る森にも苛立って、腕を強く引っ張った。






翌日から、私は中庭に通った。
そうして、森の隣に座ってパンを食べた。
時間になると、森を引っ張って部活へ行く。

1週間そんな風に過ごしていた。
週の終わりにはこのメンバーにもすっかり慣れて、お姉さんを空気みたいに思えるようになった。
だけど週明け月曜日、中庭に森はいなかった。お姉さんも来ない。
風邪か何かで休んでいるのだろうか?
しかし森は昼練に普通に参加していた。話し掛ける切っ掛けが掴めなくて、悶々とする。

放課後練が終わって片付けに入った時、私は森を呼び止めた。

「ねえなんで今日、中庭来なかったの?」
「いてて……」

あ、つい無意識に森の耳を引っ張ってしまった。
私がこんなに心配しているのに、呑気そうにしている森に腹が立ったのだ。

「別に約束しているわけじゃないだろ」
「教室にもいなかった」
「こわっ!お前、ストーカーかよ」

森は私の手首を掴んで、耳を摘まむ手を降ろさせた。

ギュッ胸の奥が痛んだ。
森が自分から私に触る事って、もしかして初めてかもしれない。

ゴツゴツした大きな手。態度が軟弱でも―――やっぱり森って男子なんだ。
途端に試合中の森が、私の手首を掴む森に重なって頬に血が上ってしまう。
にやけそうになる頬を押さえるために、口をすぼめて顔に力を入れた。そうして近くにいる森を見上げると、その背の高さと迫力ににドキリと心臓が跳ねるのを感じた。……森、また背が伸びた?

なんだか、変。
ドキドキしてきた。

「私は、森のためを思って」
「『俺のため』というなら、放って置いてくれない?」

森の声音はいっそ、静かだった。

「お姉さん優先なんて、絶対良くないよ。森のためにならない」

私は胸にずっと巣食っていた、思いを籠めて言い募った。
どうか森に気持ちが通じますように……と祈りながら。
これまで同じ事を重ねて言ってきたつもりだった。でも森の心に響いていないのは―――明白だった。

どうしたら、森にわかって貰えるの?

「じゃあ何を優先すれば……『俺のため』になるっていうの?」

森の目が獰猛な光を宿して、私を上から睨み付けた。
私の体はカッと熱くなった。その目はコート上で、試合中に森が見せる闘志そのものだったから。

「それは」
「バスケを優先するって言うなら―――俺は姉貴のお蔭でバスケを始めたし、今部活に集中できるのも……姉貴がいるからなんだ。そもそも彼女と出会ってなかったら……きっとバスケ自体始めてない」
「……」

私は唖然として、声を失った。



本当は、分かっていた。
薄々気づいていたのに、認めたくなかった。
激しい怒りを湛えた森の、男の顔から目が離せない。私はこの顔が見たくて―――いつも森を怒らせようとしていた。気になって、気になってしょうがなかった。

でも、憎まれたいわけじゃ無かった。
嫌われたいわけじゃない。

ただ……森の中に存在する『男』を見せて欲しかった。私を『女』だと認識して欲しかっただけだ。
だから森の当たり障りのない反応に―――何時いつも苛立っていた。
周りの男達が私を見るみたいな視線で、森も私を見て欲しい……。



でも、森がそういう目で見ている相手は……。



その時トン、トン、トン……と、ボールが転がって森の足元にぶつかった。

「わーるい、ボールとって。―――お前ら話してないで、片付け参加しろよ。いい加減、帰りたいわ」

冗談めかして地崎が言った。
不意に私達を包んでいた結界にヒビが入る。

夢から醒めたような様子で、森はフイッと私から視線を外して溜息を吐く。

―――その呆れたような溜息が。

悲しい。

森の視野に、何をやっても引っ掛からない。



私はずっと―――自分が森ばかり見ていた事に気が付いた。

思えば、中学の時から。
最初は―――結城が見つめる森に興味を持っただけだった。
結城の目を通して見る、森。結城が語る森。
そのどれもが、すごく魅力的で。

気が付くと結城が追う視線を伝って、私も森に夢中になっていた。
でもトラウマやプライドが邪魔して―――自分が森にどうしようもなく惹かれているって言う事実をどうしても認められなくて―――必死で自分を否定していた。

気付かない振りをして。

アイツの世話をやかなきゃって言い訳して、中庭に通って隣に座った。
幸いお姉さんは森に執着していないようで―――ホッとした。
でも一方で……森の方がお姉さんに執着しているっていう事実に気が付いて―――ショックを受けていた。

その事実は深く、私の心を抉った。

でも、その事にも気付かない振りをした。痛くない振りをして、自分の感情に蓋をした。
気付いてしまったら―――森の傍から離れなくてはならないから。



森のその執着心が、単に度を過ぎた『シスコン』なのか、家族の絆を越えたものなのかは、私には判らない。だけど確実に森は―――お姉さんに夢中だった。

でも、一過性のものかもしれない。

私が目を覚まさせれば―――悪い魔法使いに捕まった王子の呪いを解くように彼の目を覚まさせれば―――こちらに目を向けてくれるかもしれない。



繕った心の覆いの下で、密かにそんな望みを抱いていた。



見上げると能面のように感情の浮かばない森の顔が、私にチラと向けられた。そして途端にそれが、ギョッとしたように崩れた。

「おい……何、泣いてるんだよ」
「……泣いてないっ」

狼狽えて、詰問口調だった冷たい声のトーンが落ちる。



私はその僅かな弱さに安堵する。―――やっぱり森は優し過ぎる。



しかし、涙は後から後から湧いてきて、頬を過剰に濡らした。
私は袖で涙を拭って―――森を置き去りにして出口に向かって駆け出したのだった。

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