56 / 211
俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の奮闘】
10.ねーちゃんが、絡まれたらしい
しおりを挟むスマホにメッセージが入っていた。
珍しい。鷹村だ。
そういえば、来週鷹村の高校と練習試合をする予定だった。おそらくそれで連絡をくれたのだろう。鷹村は西区にある運動部の充実した私立高に通っている。唐沢先輩と同じ高校だ。志望動機は単純に『近いから』。
鷹村は家族と一緒に中3の秋、その私立校から5分の位置にある祖父母の家に引っ越した。高齢になった祖父母の世話の為、二世帯住宅に改築し同居する事になったそうだ。それ以来地下鉄を乗り継いで中学校まで通っていた。
地下鉄駅まで一応バスはあるが本数が少なくて、更に歩きで20分かかる道のりを歩いていた。低血圧の鷹村はこれに懲りて、結局体育会系のその私立高に通う事になった。進学率の良い公立高校にも合格したのに。
『時間空いたら、電話くれ』
簡潔なメッセージ。男前な鷹村らしい。
俺は軽くシャワーで汗を流した後、夕飯前に部屋着兼パジャマのジャージとTシャツ姿で、鷹村に電話した。
『おう、久し振り』
懐かしい声。毎日のように聞いていた少しぶっきらぼうな物謂いに変化が無くて、少しほっとする。
「久しぶり。来週試合だな」
『そだな。お手柔らかに頼むぜ~』
「そっちこそ。唐沢先輩は引退?」
『そうだけど練習試合ついてくるって。お蔭で手ぇ抜けねえよ。まあ、本人は高坂先輩と清美に会いたいだけだと思うけどな。審判やるって張り切ってたぞ』
ひとしきりじゃれた後、鷹村が声のトーンを変えた。
『お前、相変わらずモテてんのな』
「は?何の話?」
『ファーストフードでお前を巡って女の争いが勃発していたぞ』
鷹村の口調は物凄く楽しそうで、奴がニヤニヤ嗤っているのが目に見えるようだった。
「えぇ?」
身に覚えがない。
『ねーちゃん絡まれてたぞ、お前の信者に』
「なっ……なんだって?!」
思わず、声が裏返ってしまう。
『相変わらず”天然タラシ”発揮しているんだな。お前の信者、ねーちゃんに偉い剣幕で突っ掛かっていたぞ。』
「『突っ掛かっていた』って……」
信者?……全く身に覚えがない。
『お前の事苦しめるなとか、解放しろとか……そういえば、ねーちゃんに誰だかと付き合ってお前から離れろとか、遠い大学受けてお前の前から消えろ、とか言ってたな。随分、お前に入れ込んでいる感じだったぞ』
俺は驚きのあまり、上手く言葉を発する事も難しかった。
「な……な……なんだって、そんな」
『俺も立ち聞きみたいな真似するの、不本意だったけどな。衝立のすぐ横でお前のねーちゃんが、お前の信者っぽい女に責められているのに気が付いて―――思わず耳ダンボになっちゃったぜ。なんかその信者お前と随分親しい口振りだったし、聞いた事あるような声だったから、ねーちゃん帰った後衝立の向こうチラ見したら―――中学の女子バスの女だったぞ。……名前忘れたけど、結構男子に人気あった副キャプテンの―――』
まさか。
「―――鴻池か」
『そう!それ。鴻池!よく覚えてるな~……もしかして付き合ってんのか?』
「まさか。いま俺の部のマネージャーやっているんだ。同じ高校だから」
俺は、頭からサァッと血の気が引くのを感じた。
完全に裏目に出た。
あの時、俺は何処まで打明けたっけ?
ああ、そうだ。
ねーちゃんのこと、女の人として好きだって。
一緒にいるだけで幸せだからって、そう鴻池に打明けたんだ。
そうしないとアイツ、俺を『シスコン』っていう間違った道から引っ張り出そうともっとしつこく関わってきそうだったから。
そもそも鴻池の考える『間違った道』の解釈からして納得いかないが―――例えシスコンだって俺が好きでやってるんだからいいじゃないか……!
正義感だかお節介だか知らないが、アイツのしつこさにはホトホト疲れた。真面目で部活に一所懸命な性格が災いしたのか?思い込みが激し過ぎるっつーか。
もしかして―――口止めしてないからってアイツ、俺の気持ち勝手にねーちゃんに言ってないよな?!そこまで、無作法じゃないと―――真面目に正面から話せば、理解してくれる奴だと―――諦めて放って置いてくれるだろうと思って話したのに。
「まさか……鴻池、俺が姉貴のことどう思っているか……なんてことまで、本人に話してないよな……」
鷹村に質問したわけではなく、思わず口をついて懸念がポロリと零れただけだった。
しかしトドメを刺すが如く、鷹村が断言した。
「言ってた。ばっちし」
がーん。
まさに俺の背景にはその文字が浮き上がっていたと思う。
一瞬で周りの景色が凍りついたように感じた。
「ど……どんなふうに……?」
……さすがにオブラートに包んで、遠回しに言っているだろ?
『お前が、ねーちゃんのこと女として好きだって―――お前に聞いたって言ってた』
「そんな……」
全然オブラートにくるんでないっ!
『お前ねーちゃんに未練残したまま、鴻池にもちょっかい掛けてるのか?』
「っ!?―――『ちょっかい』なんか、掛けてないよ。あっちがシツコク文句言ってくるだけで―――でもそもそも鴻池に好きだとか言われたわけでも無いし……『信者』って表現はどうかと思う」
『なんか誤解させるような事、言ったんじゃないか?無自覚なのがホンットいっちばん性質悪いぞ?……曖昧に優しくすっから、相手が期待するんだ』
グサッと―――久し振りに鷹村の毒舌に切り付けられた。
「……そ、そんなこと……ないと……」
ショックのあまり、言葉が継げない。
ついこの間……ボールを一緒に磨いた事を思い出した。
いや、あれは部員として普通の行動だ。偶然あそこに居合わせたら―――俺じゃなくたって誰だって手伝うだろ……。
『好きだって言われて無いっていうけど―――態度で示されて無いか?それを無い事にしてると、手痛―いしっぺ返しくらうの経験済みだろ?中学の女子マネの岩崎とかさ』
反論できない。
「……友達に、鴻池が俺に気があるんじゃないかって指摘されたけど―――どうしてもそんな素振りに思えなくて、そうじゃないって思い込んでた……」
ハーッと、スマホの向こうで溜息が聞こえた。
どう考えても、呆れている。
『あれは、そーとー入れ込んでるぞ。今までお前のファンでお前の大事なねーちゃん、攻撃してきた奴なんていなかったろ?もしかして誤解させるくらい親しくしていたのか?』
確かに現時点では……ねーちゃんを除いて、鴻池が一番話す機会のある女子だった。アイツがねーちゃんにアレコレ絡み始めるまでは―――暴力的だなと思ってはいたものの、それほど悪い印象を持っている訳では無かった。何より、部活動には熱心だったし。
「マネやっているから、話す機会はあったよ。でも何か誤解させるほど親しかったわけじゃなかったと思う。アイツも俺に気があるって雰囲気は無かったし ―――だけど、俺の練習の邪魔になるって突然ねーちゃんに突っかかり始めて……それで我慢できなくなって俺、鴻池に『放って置いてくれ』って言ったんだ。そしたら泣き出しちゃって。だからここのところずっと……気まずくなってほとんど口もきいて無かったんだ」
そういえば今日、鴻池は部活を休んでいた。
もしかして―――ねーちゃんに何か言うために、わざわざサボったって言うのか?
『……鴻池はなんでお前がねーちゃんのこと好きだって知ってたんだ?』
「―――俺が言ったから……」
思わず声のトーンが落ちてしまう。
『お前馬鹿か?あ、いやバカだったな、そうだった……お前の事好きなのに惚気られたから―――嫉妬でねーちゃんに突っかかっちゃたんだな、あの女』
鷹村の声音には、呆れが滲んでいた。
「いや、先に鴻池に指摘されて―――ねーちゃん追いかけるの止めろっていうから……俺はねーちゃんと居れるだけで幸せだから、いいんだって言っただけ……」
『はい、はい。もう、わかった。お前の馬鹿さ加減は』
鷹村に一刀両断される。
この感覚非常に懐かしいが、全く嬉しく無い。
『俺の彼女も呆れてたぞ』
「え?……彼女?」
『おもいっきし、デートの邪魔されたよ。衝立越しの修羅場にさぁ』
「彼女できたのか」
『まーな。今度奢れよ、お前の所為でデートが台無しだったよ』
そういう鷹村の口調には、そこはかとない優越感が滲んでいた。
『デート』……う、羨ましい……。
だが、羨ましがってばかりはいられない。
一番気になっている事を確認しなくては。
「あのさ……その……姉貴、なんて答えてた?」
おずおずと切り出す。
鷹村が電話口で、ハハッと笑った。
『こっちの問題だから、ほっとけって言ってた。ま、正論だよな。最初やんわり対応してたけど、流石に相手がしつこいんでちょっとキレてた』
「そ、そっか……」
思わずサァッと血の気が引いた。
ねーちゃんが本気で怒ることなんて―――滅多に無い。
『でも、お前がねーちゃんに気があるって事自体は、鴻池の勘違いだって反論してたな。”姉弟だから”って。やっぱ、望みないんじゃね?いい加減諦めたら?』
鷹村の口調は軽い。
「……無理……」
『やっぱり、そう言うか。もういい加減ちゃんと告白して振られろよ』
ボソリと呟くと、明るくヒドイことを言われた。
―――振られるの前提?!
「……鷹村の鬼……」
『親切に教えてやった友人に対して、言う台詞じゃねーな。また俺の鬼姉、派遣すっぞ』
「!!……それだけは、勘弁してください……っ」
俺は思わず後退って深く頭を下げた。スマホ越しの見えない相手に対して。
初心な中坊の頃対面した肉食姉の衝撃は、それほど凄まじかったのだ……。
『何にしても、ちゃんとしろよ。鴻池、ねーちゃんにビシッと言われて怯んでたけど、いなくなった後でテーブル、バコンって叩いてたぞ。―――あれは反省してないな、全然』
俺は頭を抱えた。
今日もこれから、2人きりで夕食を食べるのだ。
いったい―――ねーちゃんにどんな顔して会えばいいんだ?!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる