俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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・番外編・ 恋は思案の外

2.隣の芝生は青い

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あれ?
あれ……晶ちゃんかな?

学校で見かける時いつもサラサラとそよいでいる黒髪が、ギュッとひっ詰められている。黒縁の眼鏡を掛けて、同じ制服の女子の人垣の中にひっそりと紛れてギャラリーに立っていた。

今日の放課後はバスケ部の練習試合だった。
何故か一見して自分と判らないような恰好で、晶ちゃんが試合を観戦しているのだった。

そう言えば。

最近、清美から晶ちゃんの話題が出なくなった。
学校で2人が遣り取りしている所も、話している所も見かけない。
1年生と3年生の接点は少ない。だから大して意識していなかったけど……2人は喧嘩でもしているのだろうか?
夏休み前に部活内で紅白戦をやったとき、確か晶ちゃんがギャラリーに顔を出し清美が嬉しそうに手を振っていたのを思い出した。夏休み中に何かあったのだろうか。

その時は、大して意識していなかった。

次に試合で晶ちゃんを見かけたのはクリスマスだった。
新人戦の行われた江別市の体育館で、練習試合で見かけたような目立たない恰好の彼女を見つけたのだ。
スタメンの清美は晶ちゃんに気付いていない。つまり晶ちゃんは清美に知らせずに彼の試合を観戦しているのだ。

既に部活を引退した俺は、唐沢と一緒にギャラリーからコートを見ていた。唐沢は晶ちゃんに気が付いていない。俺だって練習試合をこっそり観戦する晶ちゃんを以前見かけていなかったら―――北海道中から25の学校が集まったこの会場で、自分の学校を応援しようとうろついている沢山のギャラリーの中から彼女を見つけるのは至難の技だったろう。

あ!あれに似ているな。

『オーリーを探せ!』の絵本。

メガネを掛けた平凡な男を沢山の人間の中から探し出させる遊び絵本だ。小さい頃、すっごく嵌った。
今でもベストセラーで売れ続けているその絵本の主人公、オーリーを見つけた時の感覚に―――似ている。

「からさわー」

腰掛けている俺達に声を掛けて来たのは、唐沢の彼女の駒沢だった。
厳つい唐沢と並ぶとまさに美女の野獣である。駒沢は女子バスの3年と一緒に観戦に来たようだ。俺は駒沢に席を譲った。

「駒沢、座れよ。俺、トイレ。次いでに飲み物買ってくる」
「サンキュ」

駒沢も俺の見掛けに惑わされない貴重な女子だった。付き合っている2人の様子を見ていると唐沢が駒沢の尻に敷かれているように見えるが……実は唐沢に惚れて迫ったのは駒沢の方だ。唐沢は疎いのでかなり積極的にはっきり行動して何とか付き合いに漕ぎ付けたそうだ。見る目ある女だなぁと、その時改めて彼女を見直したものだ。

「さて、と」

くだんの『オーリー』を見ると―――彼女もちょうど席を立つ所だった。
何とはなしにその背中を見ながら歩く。彼女は自動販売機の前で立ち止まり、財布からコインを取り出して投入口に入れる。チャリンと音がしてボタンが一斉に点灯する。

途端に俺の胸にも悪戯心が点灯した。

彼女がボタンを押そうとのんびり伸ばした手より早く、頭越しにボタンを押した!

ガコンとペットボトルが重そうな音を立てて、取り出し口に落ちた。



「あ……!が、ガロナっ!」



『オーリー』改め黒メガネの晶ちゃんは―――衝撃を受けて立ち竦んだ。

真黒いコーラのような飲み物は北海道で広まっているご当地飲料だ。独特の癖があって、好む人が限られる炭酸のキツイ飲み物なのだ。
晶ちゃんは苦手なのだろう……涙目になってキッと振り向いた。

「何するんですか……!……あっ、こ、高坂君?!」

真ん丸に見開いた瞳が面白くて、僕は噴き出した。

「ちょっ、ひどい。何で勝手にガロナ押して、笑っているの……!」
「ガロナ嫌い?」
「炭酸飲めない……!」

俺に食って掛かる晶ちゃんが珍しくて、面白くって口が笑ってしまう。学校で見掛ける彼女は、いつも大人しく本を読んでいる印象しか無かったから。それほどまでに俺が怒らせてしまった……という事なんだろうけども。

「くくっ……ごめん、ごめん。それ、俺が貰うよ。俺も飲み物買いに来たんだ」

俺はコインを自販機にチャリンチャリンと落とし込み、晶ちゃんにどうぞと言ってボタンを譲った。
晶ちゃんは微妙な表情で、ホットミルクティーのボタンを押す。

「清美の応援?」
「え……と」

彼女は俯いて視線を彷徨わせた。どう言おうか迷っているようだった。

「内緒で来ているんでしょ?練習試合も観戦していたとこ見かけたよ。何で清美に隠れて見に来ているの?」

晶ちゃんは吃驚したような顔で俺を見上げた。
しかし、この子。ちっちゃいな。
もう、成長止まっちゃったのかな?

「清美に言わないでくれる?」
「どーしよっかな?」

少し意地悪を言ってみる。
晶ちゃんが眉を顰めた。

「……じゃあ、私帰る」
「待って、待って。冗談だよ。だけど気になるから理由だけ教えてくれない?」

彼女は逡巡した様子で固まっていたけれども、やがてコクリと頷いた。
体育館は人で溢れている。俺達はダウンジャケットを羽織って外へ出た。雪は積もっているけど、うららかな小春日和で日中の日差しは温かい。

人目に付かない搬入口に三段ほどの階段があったので、そこに腰掛ける。
晶ちゃんは温かいミルクティーを飲んだ。
俺もせめて温かい飲み物にすれば良かった。冷たいガロナを飲みながら、悪戯心を押さえられなかった自分の行いを少し後悔する。

「えっとね。そんなに大した理由じゃないの」
「うん」
「今、清美とほとんど口をきいて無くて」
「は?」

俺は思わず聞き返した。
あんなにアイツ、『ねーちゃん』大好き病だったのに。
しかも大塚にぶち切れたのは、夏休み前の事だ。数か月前まであんなに好きだった相手を無視するなんて―――有り得るだろうか。

「喧嘩したの?何か清美に言われた……?」

思い当たるとすれば。
例えば清美が勢いで告白して……振られて気拙きまずくなったとか?

「全然!私達1回も喧嘩したことないよ」
「それも、スゴイね」
「清美ね、たぶん……『思春期』なんだ」
「え?」

何だかコソバユイ台詞が聞こえて思わず聞き返してしまう。

「夏休みくらいから清美、忙しくなって全く話す機会がなくなっちゃたの。うちに帰って来てもご飯食べたらすぐ部屋に引っ込んじゃうし。母さんが言うには『思春期』だって。だから私が試合見に来ているって知ったら嫌がるかもと思って……見つからないようにしているんだ。そういう訳で高坂君、私がここに来た事は―――清美には黙っていてね」

真面目な顔で説明する晶ちゃん。俺が訝しい表情を浮かべていたからか、言い訳するように付け足した。

「清美には必要な時期だってわかっているけど……そっと見守るぐらいは許されるかなって。でもそういうのって、男の子は一番嫌がりそうでしょう?だからバレないように隠れて見に来ているの」



うーん……清美が『思春期』??ちょっと納得が行かなかった。



……それに……過保護だなぁ!!

晶ちゃんってブラコン?真正のブラコンだよね?!
晶ちゃんがそんな細心の注意を払う必要も価値も―――優しい『ねーちゃん』に心配を掛けて、それを避けている恩知らずな清美には―――全く無いっ!

一体清美……お前は何様なんだ……!?


しかし。

好きな相手を避けてしまう行動には―――身に覚えがある。

俺だって未だにあのひとを避けている。

専業主婦になった彼女はあまり家に寄りつかない俺を見て、寂しそうに微笑む。蓉子さんはもしかすると―――俺が彼女を嫌っていると誤解しているかもしれない。

「……『思春期』ねぇ……俺にも何となく覚えがあるよ。大事に思っている相手に―――近寄れないって気持ち……」

晶ちゃんが不思議そうに俺を見上げた。

日本人形みたいだな。それに近くで見ると目がおっきくて睫毛がびっしり生えていて……瞳が黒い宝石のようにキラキラしている。純情そうな清美が―――じっと見られて落ち着かなくなる様子が手に取るように想像できる。

好きな相手が同じ家に住んでいるのは―――清美にとっては拷問に等しいかもしれない。



なるほど……大塚の勘繰りに激昂した訳だ。



きっと指摘通りだったんだ。痛い所を突かれたから―――清美はあんなに怒ったんだな。

しかし清美に無理に近づかないでそっとしておくという……晶ちゃんの対応は正しい。きっとそれが今の2人の為に一番良い方法なのだろう。清美にとって辛い時間であるのには変わりないだろうが。

「意外。高坂君って何事もソツ無くこなしているように見えるけど」
「そんな事無いよ。一番欲しいものが―――手に入らない。上手く行っているように見えるのは、俺にとってどうでも良い事ばかりだ。本気じゃないから……落ち着いて対応できているように見えるだけなんだ。本当に大事な事に対しては……決着もつけられずにウダウダ悩んでいるだけだよ……」
「……」

ハッと我に還る。

俺は何を言っているんだ。

「ごめん、全然関係ない愚痴言っちゃって」

慌てて謝ると、晶ちゃんはゆっくりと首を振った。

「ううん。でも吃驚した。高坂君でも上手く行かない事、あるんだね」

晶ちゃんの距離感が嬉しかった。

俺に気がある女の子には間違ってもこんなこと口に出せない。勘違いして懐に入ったと誤解されたら困る。俺の中心には―――今でもあのひとしか入れたくないから。

俺は頑固で潔癖な性質たちだ。とてもそうとは思われない行動ばかりしているけれど。



ブブブッ、ブブブッ。

「あ、試合始まっちゃう」

晶ちゃんがスマホを取出して、アラームを解除した。

「そういう訳でバレたくないから、バラバラに戻っても良い?」
「うん。先行っていいよ」
「ありがと」

俺はふと思いついて、立ち上がった晶ちゃんを引き留めた。

「晶ちゃんって、何処受けるの?」
「T高。近いし。私立はまだ決めてないけど」
「ふーん……俺と同じだ」
「じゃあ受かったら一緒の高校だね。お互い、頑張ろうね」
「うん」
「バイバイ」

T高は父親が拒否反応を示さない程度の偏差値の進学校。
バスケ部も公立にしては結構強豪。
……本当はインターナショナル・スクールか、全寮制の函館か東京の私立校。公立でも東西南北を冠する上位校に通うように言われているけど。
大学受験に力を入れるって言えば―――近い所に通う許可も下りるだろう。

特に受験先を決めてなかったけれどT高を受験するのも……面白そうだ。
適当に遊べるだろうし、俺の予感では―――清美も2年後……そこを受けるだろう。

ふんわり笑って手を振る晶ちゃんに、俺も手を振り返す。

あんな優しい眼差しで、遠い所から清美を見守っているんだ。
それが異性に対してのものじゃ無くても、向けられる愛情は確かに無償のものだ。



俺は清美が―――羨ましい。



よし、決めた!
奴を今度思いっきり苛めてやろう。



俺は可愛い後輩をこれからどうやって困らせてやろうかと頭の中であれこれ計画を練りながら―――ギャラリーへ戻ったのだった。

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