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・番外編・ 恋は思案の外
3.人のふり見て我がふり直せ
しおりを挟む『人のふり見て我がふり直せ』
晶ちゃんへの恋心を拗らせているらしい清美を見て、俺は思った。というか清美がみっともなく苦しんで明後日の方向に走って行く姿を見て―――頭が冷えた。
清美が晶ちゃんを避ける態度が俺があの女を避ける態度に重なってしまい、自分が如何に愚かだったのかと言う事に―――気が付いたのだ。
同時に不器用な後輩に、腹が立った。
清美はいいよな。
義姉弟なら、恋愛だって結婚だってできる。それに何より清美は晶ちゃんに大事にされて、愛されている。本人がそれをどう受け取っているかは判らないけれども。
もし俺と蓉子さんが恋仲になったとしても、日本の法律では一旦親子関係になった者同士は例え戸籍を抜いたとしても結婚できないらしい。まあいろいろ法律問題以前に……両想いになる事自体有り得ないのかもしれないけれど。
要するに俺の思いが成就するのは『絶望的』ってこと。
1%でも努力の余地のある清美が好きな相手との貴重な時間を無駄にするのを見て―――腹が立つのと同時に、俺は反省した。
どうせ最初から俺は―――蓉子さんに男だと思われていない。
無償の愛がどうだとか恋人の息子だから優しくしてくれたとか……いろいろと心の中で蓉子さんを非難してみたけど……結局のところ、俺は拗ねていただけなんだ。
俺の事だけ見て俺だけを気に入って、俺自身を好きになって欲しかった。
そして彼女を、俺だけの物にしたかった。
だから手に入らない現実を突き付けられて―――子供みたいに切れてしまっただけだ。
本当は知っていた。
親父の息子だから優しくしてくれていたとしても。
蓉子さんの優しさは本物だった。俺の事も本当に大事に思って……心から笑い掛けてくれていた。
だから、好きになったんだ。
残念ながら俺、女を見る目だけはある。
蓉子さんが悪女だったら、彼女が自分の欲望のためだけに子供を懐柔するような人間だったら―――騙された!って罵って切り捨てられるのに。そうじゃない……そうじゃないから……俺は苦しいんだ。
そうだったらいいのにって……そうなんだって、無理に思い込もうとした。そうであれば俺は、彼女に見切りを付けられるのに。
T高を選んだのは確かに晶ちゃんが切っ掛けだったけど、根底にあったのは蓉子さんから離れたく無いって言う思いだ。なるべく近くに居たかった。無意識のそれが―――俺の選択に指向性を与えていた。
高校に入学した今現在も、俺は全然吹っ切れていない。
でもそんな自分を認める事にした。見ない振りは止めた。
もしかしてこれって……『思春期』?……に近い感覚だったのかな……。
バカな後輩と同じレベルの迷路に迷い込んで延々とウロウロしていたなんて、自分自身認めたくないけれど―――やっぱりそうなのかも、と認めざるを得ない。
だとしたら。
蓉子さんも―――僕を見守ってくれていたのかもしれない。
晶ちゃんが清美を見守っていたように……そっとしてくれていたのではないか……?
そんな可能性に気が付いて、ふと胸が苦しくなる。
甘やかな棘を持つ茨が直接皮膚を締め上げるように―――その思い付きは、甘美な痛みを俺に与えた。
俺は家に寄りつくようになった。
相変わらず女の子の誘いには乗るが、無理に用事を作って家から離れるのは止めた。
ご飯を食べる時に蓉子さんに学校の話をするようになったし、忙しい親父が帰って来る時、3人で食卓を囲む事から逃げなくなった。勉強もそれなりにやっている。
我ながら思う。
俺は今、すごく良くできた息子だ。
用事が無ければ、土日は蓉子さんの買い物に付き合って荷物持ちをする。
実年齢が28歳の蓉子さんは、どうみても20歳前半にしか見えないほど愛らしい。そんな品行方正な息子を演じているうちに、俺が大学生か新人OLの年上美人と付き合っているという噂が立ち始めた。
高校からできた悪友に尋ねられた時、強く否定せずに笑って誤魔化した。だから噂に拍車が掛かっていると思うが、蓉子さんと恋仲だと言う噂はかえって嬉しいので放置している。
大抵は遊びに行ったり買い物を一緒にしたりする程度の友達以上恋人未満の付き合いに留めているが―――請われれば女の子と深い付き合いもするようになった。
でも必ず自分には好きな相手がいると告げている。他の女の子との友達付き合いも辞めないという条件を出して「それでもいい」って言う相手としか付き合わない。
だけどおそらくその子達は本心では条件に頷いてはいなかったのだろう。いつか俺が絆されて自分を一番にしてくれるのだと期待しているからか……暫くすると相手から別れを切り出される。
別れを切り出す振りをして俺の気持ちを試しているのかも?と思う時もあるけれど、どちらにしても同じ事だ。俺には未練が無いのでそのまま別れる事になる。
誰か俺を夢中にさせてくれはしないか?
俺はそんな一縷の望みに縋っているのかもしれない。
あの甘美な茨に絡め獲られたまま―――息絶えてしまっても構わないと思ってはいるのだけれど……。
** ** **
高校に入学してから、晶ちゃんと初めて同じクラスになった。
彼女は相変わらず『ぼっち』で休み時間は自分の机で本を読んでばかりいるけれども、T高の校風なのか皆高校生になって大人になったからか―――そういう1人でいたい人間を侮る風潮は無い。晶ちゃんがクラスメイトと挨拶を交わす所や、授業のついでに軽口を交わす所を確認して―――俺はホッと安堵の溜息を漏らした。
以前俺に入れあげている佐々木が、陰で晶ちゃんを貶めるよう妙な噂をばら撒いたり、周囲の仲間の同情を引いて冷たくするよう扇動したりしていたと知って―――申し訳なく思っていたのだ。
暫くすると佐々木の悪行が徐々に公のものになり地道な駒沢などの噂払拭活動もあって、晶ちゃんに対する心無い嫌がらせは沈静化したようだが。
晶ちゃんがそんな目に合っていたという事とその嫌がらせの原因が俺にあった(というか俺に好意を持っていた佐々木にあった)という事実を知ったのは、一連の問題がすっかり落ち着いた後だった。駒沢を通して情報を掴んでいた唐沢は俺に気を使って知らせなかったのだ。
そんな訳で俺は、晶ちゃんに親しく接する事は控えている。
もちろん知合いだから挨拶はするし世間話くらいするけれども、他のクラスメイトより親しい素振りは特に人の目がある場合は絶対にしない。
実際晶ちゃんと俺は特別親しくは無い。現実に清美を通して面識がある知合い程度なのだ。だけど女の嫉妬というものが何処に向くか予想できないから、念には念をいれる事にしている。付き合う相手は選んでいるつもりだが―――きっと男の目線では気付けない事も多いだろう。
** ** **
3年生になった。
2年生の時クラス替えで俺は晶ちゃんの隣のクラスになった。
俺が予想していた通り―――清美が晶ちゃんを追ってT高を受験して、奇跡的に合格通知を受け取ったそうだ。
さっそく入学前の春休みから強制的に練習に参加させゴリゴリ絞り込ませる。
勿論ほとんど嫌がらせだ。
結果としてバスケ部にとって良い戦力が手に入るのだから―――一石二鳥である。
バスケばっかやってて授業中居眠りばかりしていた清美は、受験勉強に相当苦労したことだろう。「そこまでして一緒にいたいか」と予想通りの展開なのに半ば呆れてしまう。
突発的に早上がりが決まった日、ギャラリーに晶ちゃんを見つけた。
気付いた清美があからさまに嬉しそうに「ねーちゃん!」と声を掛けて駆け寄る。入学したばかりの清美だが中学から注目されていた事もあり既に固定ファンがいる。
ギャラリーの視線がその瞬間、晶ちゃんに集まった。
晶ちゃんが微妙に強張った顔で手を振り返すのを見て、笑いを噛み殺す。
どうやら、清美も覚悟を決めたらしい。
大型犬が転がるように、大好きな主人の元へ駆けていく。
俺はその背中を複雑な気持ちで眺めていた。そしてすぐ横に立っていた雛子ちゃんが―――俺と同じ方角を眺めて立ち竦んでいるのに気が付いた。
そして清美を惹き付ける存在に、彼女の視線が吸い寄せられるように移って行く。
雛子ちゃんは俺が高校に入った後に清美と同じ学年に転校してきたらしい。そして女子バスの副キャプテンを務めていたという。ちょっと話した感じではサッパリしていて話し易いし、はっきり物を言うので裏表が無さそうに見えた。何よりバスケが本当に好きらしく、マネージャーの仕事に熱心な所は好感が持てる。
それに俺に縋るような眼差しを送って来ないところが、良い。
こういう子は安心して付き合えるので俺は心置きなく軽口を言う。彼女がルバンガ北海道の試合観戦に行きたいと言えば「一緒に行きたいね」とか何とか。実現してもしなくても良いし2人でも複数人でも構わない。女の子と遊びに行くのが好きだし、それが自分に気の無い女の子なら余計好都合だ。面倒な事にならないから。
しかし晶ちゃんに向ける雛子ちゃんの視線に、何か険のあるモノが籠められているような気がしたのは気のせいだろうか?
雛子ちゃんは清美の事が好きなのかもしれない。
よく話し掛けているし今日も頭に触ったり乱暴にど突いたりしていた。他の部員と比べて、明らかに彼女が清美に触れる回数は多い。だから雛子ちゃんが清美に気があるんじゃないかって、勘ぐっている奴はちらほら居る。
晶ちゃんにまた火の子が掛からないといいけど。
……前回の火の子の元は、俺だけど。
だからこそ今度こそ面倒臭い事に巻き込まれなければ良いなって思う。
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