俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

文字の大きさ
31 / 211
俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の回想】

8.ねーちゃんとの距離(1)

しおりを挟む

ねーちゃんの顔が、まともに見れない。

顔を見ると夢の中の彼女が重なる。その日から俺はねーちゃんと目を合わせないよう、必死になった。

自覚してしまった恋心。
それだけなら、まだしも。

俺は今まで目を逸らしていた、自分の欲望に気が付いてしまった。
両親が深夜まで帰って来ないあの家で、2人きりになるのはいつもの事なのだけれど。

……自分の中に不意に湧きあがってしまう衝動を抑える事ができるのか―――正直自信が無い。

どんな風に俺が夢の中で彼女に触れ、彼女がそれに雄弁に反応したか。熱い肌の温度と吐息、意識が飛んでしまいそうになるほどの快感……夢の中で体験したそれを現実で試してみたいという欲望を消し去る事は難しい。
これまで見て来た資料と、それを補う想像力によって俺の脳が作り上げた幻想が、本物とどう違うのか確かめたい。

一滴も表に表さないよう打ち消そうとすれば打ち消そうとするほど―――俺の身勝手な渇望は膨らみ続ける。
そこに、相手の気持ちは介在しない。
しなくても……構わない。―――本音ではそう思い詰めそうになっている。



誰よりも大事な人なのに。
そんな事をしてしまったら、彼女の俺に対する信頼も愛情も―――全てを俺は失ってしまうだろう。大事な家族の関係だって崩壊してしまう。
やっと手にした優しい居場所を、滅茶苦茶に叩き壊す事になる。
その恐怖心だけで必死に、体の中の飢えた獣と闘っていた。

だから、もう耐えられなかった。
―――彼女を目に入れないようにしなければ。






**  **  **






土曜日も日曜日も、俺は夕食の時間になるまで家に寄り付かなかった。
体育館のジムやコートで汗を流し、そのまま友達の家に行って遊んだ。時には夕飯もご馳走になる。そんな時はねーちゃんが俺の分も作らないよう、早めにメールで連絡を入れた。
平日は部活でドロドロになるまで練習しシャワーを浴びて洗濯機を回す。夕食は無言で掻き込むと洗濯物を干してから2階の自室に籠った。
最近は食事はねーちゃんが、洗濯は帰ってから俺が―――と言うような役割分担が定着している。部屋干しになるが汗だくのジャージはすぐに洗いたいからちょうど良い。リネン類やカーテンなどその他の物は土日にねーちゃんが洗っているようだ。



ちょっと前までは。

夕食の後お茶を入れて貰って、2人で並んでテレビなんか見ていた。
自室に上がろうとしてちらりとソファを見ると、楽しそうに笑う姉弟の記憶が蘇ってしまい胸が痛んだ。



早朝に起き出し、ストレッチとランニングの後またシャワーを浴びる。ねーちゃんがタイマーをセットしてくれている炊飯器からラップの上に敷いた海苔にご飯を落とし、巨大な適当お握りを3個作って家を出る。放課後練の前に食べる軽食用だ。そしてすぐに鞄を持って家を出る。
……そうすれば彼女と朝、顔を合わせずに済むから。

学年が違うし空き時間は部活動一色なので、ねーちゃんと接触する機会は無い。
ただ時折―――廊下の向こうを通る小柄な背中を見つけて時間が止まってしまう。授業中に窓の下をみると、トラックの一番最後尾をポテポテと走る姿を必ずと言っていいほど目が見つけてしまう。

そして俺は―――部活に打ち込むことで、淋しさをひたすら凌いでいた。



「最近鬼気迫る感じだな、お前」

さすがに俺の様子がおかしい事に気が付いた鷹村が、ノルマのダッシュコート5往復に自主的に2往復を追加して肩で息をしている俺に話しかけた。限界に近い処まで自分を追い込み、肩で息をして話もできない様子の俺をジィッと覗き込んでいる。
整わない息をなんとか納め―――顔を上げて鷹村を見た。

「ハァ、ハァ……うん?ハァー……そう、……見える……?」
「自棄(やけ)になってるように、見える。……なんかあった?『ねーちゃん』と」

直球がドスンと俺の鳩尾に決まった。ガクッと俺の肩が落ちるのを見て鷹村は肯定の返事と受け取ったようだ。俺の情けない姿に眉を顰め、あからさまに溜息を吐いて見せた。






**  **  **






上手く話せず時折黙り込んでしまう俺の話を、鷹村は黙って聞いていた。周りに聞かれちゃヤバい話が多すぎるので、今話をしているのは鷹村の部屋だ。早々にねーちゃんに夕飯はいらないとメールで連絡をした。

粗方説明を終えると、鷹村は腕を組んで「う~ん」と唸った。

「おまえさぁ……『ねーちゃん』大好きなのは十分過ぎるほど、分かったけど……森先輩と……どうなりたいの?」
「どうって……」
「付き合いたいの?」
「え!つ…付き合う?って……姉貴を彼女にしたいかってコト?」

鷹村は頷く。

「そんなこと……考えた事もない」
「じゃあ、ただヤリたいだけ?だったら誰か別の奴にお願いしたら?……いるだろ?ほら、岩崎……はちょっとおススメしないけど、お前のファンとか。それとも前言撤回して、ウチの姉貴に筆卸しして貰うか?」

俺はカッとして声を荒げた。

「ヤリたいだけって、そんな……!」

しかし図星を付かれたような後ろめたい気もして、自然と声が小さくなる。

「『誰か別の奴』って……そんな風に考えられないよ……」

鷹村は呆れたように、溜息を吐いた。

「お前の話聞いてると明らかに欲求不満って感じに聞こえるけど。いっそ他でやっちゃって発散すれば―――姉貴襲っちゃうかも……なんて心配も無くなるじゃないか?単純にそう思うんだけど」

乱暴な提案だが、鷹村の言う事は理に適っているような気もする。

でも。

「……ねーちゃん以外と、ヤリたくない」

俺は貝に閉じこもるように、視線を落とした。
鷹村は頭の中を整理するようにちょっと口を噤んで、やがておもむろに口を開いた。

「……でも実際は今、姉弟なワケだしさ。どうしようも無いよね」
「……」

俺は何と応えて良いか判らなかった。
自分の感情をどうとらえて良いのか、そしてどう考えて何をすべきなのか―――判らないまま、ただねーちゃんから逃げている。本当にどうしたら良いのか判らないんだ。でも今の状態が続くのは良く無いって―――それだけは何となく分かる。

「確か義姉弟は結婚できるって聞いた事あるよ。だからもしお前のねーちゃんが、お前を男として見てくれるんなら―――いろいろ障害があっても、血が繋がってないんだし解決できるとは思うけど―――でもさ……逆にそこまで考えてないと手、出せない相手だよね」

結婚……?俺とねーちゃんが?

「お前中1の今から―――結婚とか考えられる?」

結婚したら―――ねーちゃんが誰かに獲られるかもって心配しなくて良い。ずっと傍にいられるんだ。
ねーちゃん相手に邪な気持ちで触っても―――誰にも責められない。

ボンヤリと都合の良い考えを思い描く俺の横っ面を張り倒すように、鷹村が立派な眉を寄せて険しい表情で俺を睨んだ。

「お前の『ねーちゃん』大好き病は分かったけど―――それって重度の『シスコン』の範囲じゃないって自分に確実に言い切れるか?安易に付き合ったり……ましてやセックスなんかしちゃった後に『あ、これ家族に対する執着心で恋愛じゃ無かった』って気付いたら、どうする気だ?―――この先ずっと別れたり出来ない間柄なんだから、慎重にならないと」

鷹村の指摘する事は、全くその通りだ。
俺も―――そう思う。

「まだ俺達15だよな。結婚するとしても普通あと5年以上は掛かるだろ?―――見ている限りお前が今、森先輩の事女の人として好きだって事は分かる。けどそんなに切羽詰まっちゃってちゃ上手く行くものも行かない気がするぞ?……俺は一回他の子に目を向けてみたら良いと思うけどな―――まあ岩崎みたいな腹黒い女子もいるけど、まともな好い子も結構周りにいると思うよ。お前さ、姉貴ばっかり見て周りの女子とか全然目に入れてないだろ?ちょっと目線を変えてみたら?」

全くの正論なので、ぐうの音もでない。
相変わらず鷹村は男前だ。
一方俺は―――残念過ぎる。

俺はねーちゃんが好きだ。女の人として。
それはもう疑いようも無い事実だ。

だけど付き合うとか……結婚とか……そんな所まで、まるで考えが及んでいなかった。ただ触れたいし、誰にも渡したくない。誰かのものになるねーちゃんなんて―――見たくない。ずっと一緒に居たいと思う。それだけ。

でもその欲求のままに例えば彼女に『付き合って欲しい』と言って―――断られたら。
ましてやうっかり欲望を爆発させて、ねーちゃんに不埒な真似をしてしまったら。
俺達はこの先―――どうやって家族として暮らして行けばいいのだろう?

よしんば気持ちが通じあったとして。例えば結婚を約束ができる仲になれたとして。
俺に絆されてうっかりOKしたねーちゃんが、この先大学や就職先で本当に好きな人ができないなんて言いきれない。
年下で頼りない……部活しか能の無い……自信の欠片も無い俺なんかより、ずっと頼りになる大人の男性に出会って「やっぱり弟を男の人として見れない」と振られたら。
その後誰かに寄り添う彼女を―――家族として祝福する事はできるのだろうか。

若しくは、俺に同情して彼女が自分の恋を諦めたとしたら―――。

悩めば悩むほどわからなくなる。
鷹村ならきっと―――悩まないだろう。告白するか、諦めて他に行くか、どちらかズバッと決めて即行動に移すんだろうな。

はーっと深く息を吐いて、俺は頭を抱えた。

「……俺もう、分かんないよ……」
「……」

鷹村は項垂れる俺を見て、慰めるように背中を叩いた。

そうして暫くそのまま、俺に落ち込む時間をくれた。そのうち窓の外が暗くなって、階下から声が掛かったので夕飯のカレーを一緒にご馳走になった。

俺達は無言で、黙々と食事に集中したのだった。






再び部屋に戻った時、鷹村はポツリと言った。

「……俺も、分からん」
「ん?」
「恋愛の事はよく分からんけど―――少なくともお前が、適当に違う女と付き合えない融通の利かない奴だって事は知ってる。……変なコト、けしかけて悪かったな」

珍しく鷹村が神妙な表情で、俺を見た。

「いや……鷹村の言う通りだと、思う。俺は姉貴の事になると―――本当に周りが見えなくなっちゃうから」

すると鷹村はケロリと即答し、頷いた。

「うん。それは、そう思う」

ちょっと謙遜も含めたつもりだったので―――ズバリと言われると複雑な気持ちだ。
微妙な面持ちで黙り込む俺の正面に陣取り、唐突に鷹村は両肩にバシン!と手を置いた。

……ちょっと痛い。

「でも他の女に逃げるより―――バスケに逃げるほうがお前には合ってる」

ニヤリと、笑う鷹村。

「姉貴を避けまくるってのはあんまり褒められる事では無いと思うけど―――どうせ距離を置くならトコトン部活に嵌って序でに上手くなって、北海道大会優勝して―――今度こそ全中行って、唐沢先輩達を喜ばせようぜ……!」



ああ、コイツってやっぱり、カッコイイ。
ヘタレな俺と違って。



俺は同意するように、力無く口角を上げる。

たぶん俺達の代のキャプテンは鷹村になるんだろうな。俺はその時、そう確信した。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

恋人、はじめました。

桜庭かなめ
恋愛
 紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。  明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。  ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。 「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」 「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」  明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。  一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!  ※特別編9が完結しました!(2026.3.6)  ※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想などお待ちしています。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

処理中です...