10 / 211
俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の事情】
4.ねーちゃんとデート
しおりを挟む2階の観覧席をちらりと伺う。
端っこの人垣から離れたスペースに、真っ黒い髪の小さなシルエットを確認した。
良かった…見に来てくれた……!
俺は途端に張り切り出した。
そして練習試合終了間際、思い切ってダンクシュートを披露した。
普段俺は、試合中にダンクシュートなんて使わない。
リバウンドで背の高い選手を押しのける接戦が繰り広げられている場面でもないし、相手チームに実力差を見せつけて威圧をかける場面でも無い。
どんなシュートでもスリーポイントラインから内側なら、2点は2点。派手なアクションを演出する必要など無い。
それに高く飛べば飛ぶだけ、膝を痛める。身内の紅白戦で披露する必要があるだろうか―――否、無い。
効率的な、無駄の無い試合展開を目指すことを信条としている俺としては、滅多に無い事だ。
しかしバスケに興味の無い相手に、一番わかりやすいカッコイイプレーを見せようとすると、やっぱりダンクシュートなのではと思ったのだ。
―――そんなワケで1年生の分際で最後に格好付けてしまったのだが、案の定副部長の高坂先輩にデコピンを食らってしまった。
イテテ……。
痛かったけど―――ねーちゃん俺のこと、少しは『カッコイイ』って思ってくれたかな?
そうであれば、俺の額も報われる。
無駄な努力なのかもしれないけれど『可愛い弟』って認識を少しでも改める為に、ひとつずつできる事は何でもやって行こうと思ってるのだ。
** ** **
そして……
そして、今日は何とこれから―――
『寄り道デート』……!
……敢えて『デート』と銘打っておく。せめて俺の中だけでも。
何故ならモチベーションが違うから。
「……おつかれっしたっ!!」
「「「……した!!」」」
挨拶の後ボールと備品を片付けて、モップ掛けを高速でこなす。
1年生部員の心は今、ひとつになった。
久しぶりの休みを有効活用しようと、あり得ない速度で一気に片付けを終えたのだ。
服を着替える時間も、もどかしい。
整然としない服装は生理的にしっくり来ないので、通常なら俺はボタンを閉め、シャツをちゃんとズボンに入れて身だしなみをキチンとしてから更衣室を出る。
しかし今日はそんな事、言ってられない。
皆がしてるように中の半袖だけ変えて裾は出したまま、シャツのボタンも留めずスポーツバッグを担いで更衣室を飛び出した。
「お先!!」
「お疲れ~」
地崎の目が何となく気の毒な物を見るように、シラッとしていた気がする。
でも気にしちゃいられない。
急がないと。
少しでも長い時間『寄り道デート』の時間を確保するために……!
** ** **
体育館と本校舎を繋ぐ廊下に出ると、前を歩く鴻池のすらりとした背中が見えた。
少し、気まずい。
しかし無視するワケにも行かない。
うーん―――ヨシ!小走りに駆け抜ける時にさり気なく挨拶して帰ろう!
「お先!」
と声を掛けつつサラリと彼女の脇を駆け抜けようとした時、ぐいっっと体が無遠慮に引っ張られ傾いだ。
「ぐえ」
後ろから無言で、鴻池がスポーツバックに手を掛けたのだ!
バランスを崩しかけて足を踏ん張り振り向くと、鴻池が俺を睨み付けていた。視線の鋭さで射抜かれそうだ。
……本当に、本気で乱暴な扱いだよね?誰だ?こんな扱いを見て彼女が俺に気があるなんて、誤解したのは。やっぱ、あり得ないよな。
鴻池は元バスケ部員だっただけあって、女子にしては背が高い。
ねーちゃんを見下ろす時、膝を折ったり何処かに手を付かないと、キチンと目を合わせる事は難しい。だけど鴻池を見下ろすときは、比較的楽に視線を合わす事ができる。
「何?」
勇気を出して眉を顰め、精一杯不機嫌な顔を作ってみる。
しかしそれを全く無視して、鴻池が俺の胸倉を掴みぐいっと俺の顔を引き寄せた。
うわっ
吃驚して、思わず目を瞑る。
顔の近くに息が掛かった……ガムの香りだろうか。少し清涼感のある匂いがした。
かと思うと明らかな悪意を持った言葉が、俺に投げつけられた。
「シスコン!」
ぎゅっと瞑った目を恐る恐る開くと、鴻池の大きな目が近距離に迫っていた。鴻池は、ふんっと鼻を鳴らして俺の胸倉を押しのけるように離すと、肩を怒らせてドカドカと立ち去った。
俺は呆気にとられて、しばし立ち竦む。
しかしすぐに、ハッと我に返る。
いかん、時間が惜しいんだった!
慌てて、玄関へ急いだのだった。
** ** **
そんな訳で玄関に到着する頃俺は、精神的に少しダメージを受けていた。同級生の女子に振り回されてしょぼくれてるなんて、ちょっと情け無い……。
けれども1年生の下駄箱のスノコに、膝を抱えてちんまりと収まっている華奢な姿を目にした途端、心の重しはふわふわと飛んでいきスキップしたいくらい気分が上昇し始めた。
「そんなに急がなくても良かったのに」
「うん、そう言うと思ったけど」
ねーちゃんにはお見通しだ。
俺の性格をよく分かっている。こんなラフな格好で現れた意図にすぐ気が付いた。
『判ってくれている感』が嬉しくて、くすぐったいような震えが身の内から込み上げる。
思わず口元が綻んでしまった。
ねーちゃんと並んで校門を潜る。
俺は感動に打ち震えて、じーんと幸せを噛みしめていた。
しかし当のねーちゃんが、俺を一気に現実に引き戻す。
「ところで『用事』って何?」
ん?何の事……?
用事なんて無いけど。
敷いて言えば、ねーちゃんと『寄り道デート』する事自体が用事と言えば用事です。
『今日部活早上がりなんだ。用事あるから一緒に帰ろうよ。終わるの待っててくれない?』
『えー、やだ。めんどい』
『スタバでケーキ奢る』
『行く』
脳内で先ほどの会話をリピート。
あ、イイマシタネー。
確かに、イッテマシタ。
ど、どうしよう……。用事なんて全く無い。
そ……そうだ!
鴻池には悪いが、致し方ない。
散々振り回してくれたのだから、少しは役に立ってもらおう。
「……マネの子がさ『一緒に帰ろう』って言うから―――」
ごくり、と俺は唾を呑み込んだ。
ある意味、これは賭けだ。
またニッコリ笑って、応援されるのかもしれない。
「ねーちゃんの用事に付き合うって事にして、逃げた」
躊躇いがちに切り出した前半に比べて、後半は一気に早口に吐き出した。
少し後ろめたい気持ちがあるから。
俺は、無謀にも試そうとしている。
少しでも、いい。
嫉妬や独占欲を示してくれないか……?
俺が、彼女の部活仲間に対して感じた、焼け付くような気持ちの10分の1、いや100分の1でも構わない。
背中にじんわりと、汗が滲んだ。
喉がカラカラに乾いて、くっつく。
俺は試しているんじゃない……乞い願っているんだ、と気付いた。
「一緒に帰れば良かったのに」
ずーん。
傷ついてなんかいない……うん。
わかってたさ、やっぱりね……アハハハハー。
心の中に、乾いた笑いが響く。
「……う、うーん……」
しかし思った以上にダメージが大きくて二の句が継げない。纏まらない思考に、唸ったまましばらく返事をする事が出来なかった。
しかしいくら唸っても、良い回答は全く降りてこない。
半ばヤケクソになって、言葉を絞り出した。
「多分、あの娘……俺に気があるんだと…思う」
自分の傲慢とも思える失礼な台詞に、発してしまってからギョっとしてしまう。
「もしかしてそうなのかもしれない」と最近自覚めいたものが芽生えたばかりで、確信と言えるほどのものは何もない。
いや、やっぱり気のせいだ。己惚れ男の勘違いに決定!
「……そういうの面倒くさいから」
声のトーンが少し弱くなる。
言うに事欠いて『面倒くさい』ってどこの俺様だぁあぁ……。
……お願い、ねーちゃん、引かないで下さい。
そうだ!―――もう、いっそ冗談にしてしまうしかない…!
俺は余裕の表情を装って、軽い雰囲気で流してしまう事にした。
「ねーちゃんと一緒に帰るほうが、楽だしね!」
「うっ……もー、子供みたいな事言わないでよ~」
呆れた口調だが、ねーちゃんの声には微かに照れの様な優し気なモノが混じっていた。
そして軽く睨まれる。
―――可愛過ぎるからやめてください!
だけど、ふと思う。
―――本当に子供の頃の気持ちのままだったら。
胸を締め付けるようなこんな痛みに、苦しめられる事は無いのに。
「……子供、かな」
ねーちゃんは、ふふっと笑って言った。
「姉離れしなさーい」
……余裕だなぁ。
道のりは険しそうだ。
彼女にとって俺は『弟』。
その常識をいつ打ち崩す事ができるのだろうか?
俺はこっそり溜息を吐いて、前を向いた。
0
あなたにおすすめの小説
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる