俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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俺のねーちゃんは人見知りがはげしい【俺の事情】

4.ねーちゃんとデート

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2階の観覧席をちらりと伺う。
端っこの人垣から離れたスペースに、真っ黒い髪の小さなシルエットを確認した。

良かった…見に来てくれた……!

俺は途端に張り切り出した。
そして練習試合終了間際、思い切ってダンクシュートを披露した。

普段俺は、試合中にダンクシュートなんて使わない。
リバウンドで背の高い選手を押しのける接戦が繰り広げられている場面でもないし、相手チームに実力差を見せつけて威圧をかける場面でも無い。
どんなシュートでもスリーポイントラインから内側なら、2点は2点。派手なアクションを演出する必要など無い。
それに高く飛べば飛ぶだけ、膝を痛める。身内の紅白戦で披露する必要があるだろうか―――否、無い。

効率的な、無駄の無い試合展開を目指すことを信条としている俺としては、滅多に無い事だ。
しかしバスケに興味の無い相手に、一番わかりやすいカッコイイプレーを見せようとすると、やっぱりダンクシュートなのではと思ったのだ。
―――そんなワケで1年生の分際で最後に格好付けてしまったのだが、案のじょう副部長の高坂先輩にデコピンを食らってしまった。

イテテ……。

痛かったけど―――ねーちゃん俺のこと、少しは『カッコイイ』って思ってくれたかな?
そうであれば、俺の額も報われる。

無駄な努力なのかもしれないけれど『可愛い弟』って認識を少しでも改める為に、ひとつずつできる事は何でもやって行こうと思ってるのだ。






**  **  **






そして……
そして、今日は何とこれから―――

『寄り道デート』……!

……敢えて『デート』と銘打っておく。せめて俺の中だけでも。
何故ならモチベーションが違うから。



「……おつかれっしたっ!!」
「「「……した!!」」」



挨拶の後ボールと備品を片付けて、モップ掛けを高速でこなす。
1年生部員の心は今、ひとつになった。
久しぶりの休みを有効活用しようと、あり得ない速度で一気に片付けを終えたのだ。

服を着替える時間も、もどかしい。
整然としない服装は生理的にしっくり来ないので、通常なら俺はボタンを閉め、シャツをちゃんとズボンに入れて身だしなみをキチンとしてから更衣室を出る。

しかし今日はそんな事、言ってられない。

皆がしてるように中の半袖だけ変えて裾は出したまま、シャツのボタンも留めずスポーツバッグを担いで更衣室を飛び出した。

「お先!!」
「お疲れ~」

地崎の目が何となく気の毒な物を見るように、シラッとしていた気がする。
でも気にしちゃいられない。
急がないと。
少しでも長い時間『寄り道デート』の時間を確保するために……!





**  **  **





体育館と本校舎を繋ぐ廊下に出ると、前を歩く鴻池のすらりとした背中が見えた。

少し、気まずい。

しかし無視するワケにも行かない。
うーん―――ヨシ!小走りに駆け抜ける時にさり気なく挨拶して帰ろう!

「お先!」

と声を掛けつつサラリと彼女の脇を駆け抜けようとした時、ぐいっっと体が無遠慮に引っ張られかしいだ。

「ぐえ」

後ろから無言で、鴻池がスポーツバックに手を掛けたのだ!
バランスを崩しかけて足を踏ん張り振り向くと、鴻池が俺を睨み付けていた。視線の鋭さで射抜かれそうだ。

……本当に、本気で乱暴な扱いだよね?誰だ?こんな扱いを見て彼女が俺に気があるなんて、誤解したのは。やっぱ、あり得ないよな。

鴻池は元バスケ部員だっただけあって、女子にしては背が高い。
ねーちゃんを見下ろす時、膝を折ったり何処かに手を付かないと、キチンと目を合わせる事は難しい。だけど鴻池を見下ろすときは、比較的楽に視線を合わす事ができる。

「何?」

勇気を出して眉を顰め、精一杯不機嫌な顔を作ってみる。
しかしそれを全く無視して、鴻池が俺の胸倉を掴みぐいっと俺の顔を引き寄せた。

うわっ

吃驚して、思わず目を瞑る。
顔の近くに息が掛かった……ガムの香りだろうか。少し清涼感のある匂いがした。
かと思うと明らかな悪意を持った言葉が、俺に投げつけられた。

「シスコン!」

ぎゅっと瞑った目を恐る恐る開くと、鴻池の大きな目が近距離に迫っていた。鴻池は、ふんっと鼻を鳴らして俺の胸倉を押しのけるように離すと、肩を怒らせてドカドカと立ち去った。
俺は呆気にとられて、しばし立ち竦む。

しかしすぐに、ハッと我に返る。
いかん、時間が惜しいんだった!

慌てて、玄関へ急いだのだった。






**  **  **






そんな訳で玄関に到着する頃俺は、精神的に少しダメージを受けていた。同級生の女子に振り回されてしょぼくれてるなんて、ちょっと情け無い……。

けれども1年生の下駄箱のスノコに、膝を抱えてちんまりと収まっている華奢な姿を目にした途端、心の重しはふわふわと飛んでいきスキップしたいくらい気分が上昇し始めた。

「そんなに急がなくても良かったのに」
「うん、そう言うと思ったけど」

ねーちゃんにはお見通しだ。
俺の性格をよく分かっている。こんなラフな格好で現れた意図にすぐ気が付いた。
『判ってくれている感』が嬉しくて、くすぐったいような震えが身の内から込み上げる。

思わず口元が綻んでしまった。






ねーちゃんと並んで校門を潜る。

俺は感動に打ち震えて、じーんと幸せを噛みしめていた。
しかし当のねーちゃんが、俺を一気に現実に引き戻す。

「ところで『用事』って何?」

ん?何の事……?
用事なんて無いけど。
敷いて言えば、ねーちゃんと『寄り道デート』する事自体が用事と言えば用事です。



『今日部活早上がりなんだ。用事あるから一緒に帰ろうよ。終わるの待っててくれない?』
『えー、やだ。めんどい』
『スタバでケーキ奢る』
『行く』


脳内で先ほどの会話をリピート。
あ、イイマシタネー。
確かに、イッテマシタ。



ど、どうしよう……。用事なんて全く無い。



そ……そうだ!
鴻池には悪いが、致し方ない。
散々振り回してくれたのだから、少しは役に立ってもらおう。




「……マネの子がさ『一緒に帰ろう』って言うから―――」



ごくり、と俺は唾を呑み込んだ。
ある意味、これは賭けだ。
またニッコリ笑って、応援されるのかもしれない。



「ねーちゃんの用事に付き合うって事にして、逃げた」



躊躇いがちに切り出した前半に比べて、後半は一気に早口に吐き出した。
少し後ろめたい気持ちがあるから。

俺は、無謀にも試そうとしている。

少しでも、いい。
嫉妬や独占欲を示してくれないか……?

俺が、彼女の部活仲間に対して感じた、焼け付くような気持ちの10分の1、いや100分の1でも構わない。

背中にじんわりと、汗が滲んだ。
喉がカラカラに乾いて、くっつく。
俺は試しているんじゃない……乞い願っているんだ、と気付いた。



「一緒に帰れば良かったのに」



ずーん。

傷ついてなんかいない……うん。
わかってたさ、やっぱりね……アハハハハー。

心の中に、乾いた笑いが響く。

「……う、うーん……」

しかし思った以上にダメージが大きくて二の句が継げない。纏まらない思考に、唸ったまましばらく返事をする事が出来なかった。

しかしいくら唸っても、良い回答は全く降りてこない。
半ばヤケクソになって、言葉を絞り出した。

「多分、あの娘……俺に気があるんだと…思う」

自分の傲慢とも思える失礼な台詞に、発してしまってからギョっとしてしまう。
「もしかしてそうなのかもしれない」と最近自覚めいたものが芽生えたばかりで、確信と言えるほどのものは何もない。
いや、やっぱり気のせいだ。己惚れ男の勘違いに決定!

「……そういうの面倒くさいから」

声のトーンが少し弱くなる。

言うに事欠いて『面倒くさい』ってどこの俺様だぁあぁ……。

……お願い、ねーちゃん、引かないで下さい。

そうだ!―――もう、いっそ冗談にしてしまうしかない…!
俺は余裕の表情を装って、軽い雰囲気で流してしまう事にした。

「ねーちゃんと一緒に帰るほうが、楽だしね!」
「うっ……もー、子供みたいな事言わないでよ~」

呆れた口調だが、ねーちゃんの声には微かに照れの様な優し気なモノが混じっていた。
そして軽く睨まれる。

―――可愛過ぎるからやめてください!






だけど、ふと思う。

―――本当に子供の頃の気持ちのままだったら。
胸を締め付けるようなこんな痛みに、苦しめられる事は無いのに。



「……子供、かな」



ねーちゃんは、ふふっと笑って言った。

「姉離れしなさーい」



……余裕だなぁ。
道のりは険しそうだ。



彼女にとって俺は『弟』。



その常識をいつ打ち崩す事ができるのだろうか?
俺はこっそり溜息を吐いて、前を向いた。

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