俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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・後日談・ 俺とねーちゃんのその後の話

23.授業をサボりました <清美>

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本礼がとっくに鳴ったのに、俺の足は根っこが生えたように動かなかった。
暫く立ち尽くした後、ゆっくりと後ずさりして壁に背中を預ける。

ズリズリズリ……。

そのまま足が萎えるままに、背中を壁に付けたまま腰を降ろした。詰めていた息を吐き出し天井を見上げれば、コンと後頭部が壁に当たって音を立てる。

治りかかっていた傷口のかさぶたを全部剥ぎ取られたような、何とも言えない痛さが俺の胸を苛んだ。
高坂先輩の言葉は自分が目を向けなかった心の柔らかい場所を―――俺の本心を……白日のもとに曝け出した。

痛いのは―――ヒドイ事を言われたからじゃない。
言い訳が出来ないほどの図星を突かれて、俺の心に逃げ場が無くなったからだ。

そして。

ねーちゃんが高坂先輩に思った以上に依存していると言う事実に、愕然としていた。

ねーちゃんの性格は分かっている。
俺の事を大事に思っている事も。

だから高坂先輩が口に出した台詞の全てが、彼女の口から発せられたとは思っていない。おそらく察しの良く話術の巧みな高坂先輩が、幾つか引き出したねーちゃんの言葉を繋ぎ合わせ他の事実や俺の性格を計算して組み立てた推測が、彼の台詞の大部分の根拠になっているんだろうと―――思う。
ねーちゃんが俺の事を悪く言う事が無いという事も、それは確信を持って言える。

だけど少なくともねーちゃんは……高坂先輩に心を許し、今まで俺には決して見せなかった弱音を―――彼に曝したのだ。

そして本人が気付いていないかもしれない―――彼女の心の仕組みを突かれた。

高坂先輩が指摘した、今の俺はねーちゃんにとって『弟以上になれない』ということ。

ねーちゃんは俺がどんな事をしようと許すのは『可愛い、守るべき弟』だからっていう事実は―――どうしようもない真実だった。

俺が拗ねて、駄々をこねる弟で、それを困った顔で見守る姉であるねーちゃん。
例え恋人と名前を変えたとしても、2人の関係はそこから外れたモノでは無かった。いつだって、ねーちゃんは俺に優しくて……甘い。

だから、ねーちゃんが俺を頼る事は無い。
ねーちゃんが頼れるのは……高坂先輩のような大人の男なのだ。

たくさんキスの雨を降らせてもどれだけギュッと抱きしめても、きっと体を繋げたとしても……今の俺達の心の有り様が変わらない限り、俺はきっと、ずっとねーちゃんにとって『弟』のままなのだろう。



このままねーちゃんが、東京へ行って。
俺が事実上振られたままだとしても、鴻池に乗り換えるという事は全く考えていない。
だけどねーちゃんが俺を一心に見つめてくれないもどかしさやモヤモヤした気持ちを、そういう感情を抱く心配のない自分に好意を向ける女の子と軽口を言い合う時間で、多少発散していたのは―――事実だった。意図したわけじゃないれども、結果として鴻池との遣り取りで癒されている部分が俺にはある。

そんなどうしようもない自分も見透かされている。

俺は敗北感に打ちひしがれていた。
男として人間として―――高坂先輩に適わない。
それがタダの予感では無く事実だって事に、今はどうしようもなく頭を抱えて蹲るしかなかった。






**  **  **






結局昼イチの授業をさぼってしまった。
やっとの事で立ち上がった俺は、のろのろと保健室を目指し頭が痛いといってベッドを占領した。湧き上がる黒い靄を振り払い……大きな体をできるだけ小さく縮めてその白い味も素っ気も無いベッドに収まったのだった。



『大丈夫か?』



地崎から届いたラインに『頭痛いから保健室で寝てる』と打ち込んだ。
それから俺は目を閉じて―――清潔そうな枕にあらためて頭を埋めた。






**  **  **






次の休み時間。地崎が保健室に迎えに来た。
本格的に眠ってしまった俺は、肩を叩かれて目を覚ます。

「高坂先輩と何があった?」

目をゴシゴシと擦りながら、すっかり緩んだ頭のネジを巻き直す。そんな俺の様子を見ながら、静かに話す地崎の声は耳に心地よい。

「別に何も無いよ」
「言いたくないのか?」

俺は隠し事が苦手だった。地崎は察しが良かった。

「あんまり……」
「部活のことか?」
「違う」
「じゃ、鴻池のこと?」
「……」

一瞬口を噤んだ俺を、地崎は見逃さなかった。

「前、高坂先輩に聞かれた事あってさ。鴻池と清美、何かあったのかって」

俺は観念した。何でも話してきた地崎には隠し切れないだろう。

「……鴻池の事は、少し言われた。姉貴からアイツに乗り換える気か?って」
「はあ、なるほど……。高坂先輩、お前と森先輩の事気付いていたのか。つーことは、話のメインは森先輩のこと?」
「……うん。姉貴を譲れって、言われた」
「ふーん……ええ?!何それ?どういうこと?」

相槌を打とうとした地崎が、目を丸くして俺の顔をマジマジと見た。
溜息を吐く俺から地崎は目を離さない。どうやら黙っているのも限界のようだ。

「話してなかったけど……俺、姉貴に振られたんだ」
「え?……はあ?!」

地崎にとっては寝耳に水だったらしい。高坂先輩がねーちゃんに気があるって事も衝撃的なのに、俺が彼女に振られた事を黙っていたことも、信じられないようだった。
そうだよな。だって、俺、いっつも地崎に泣きついて全部話して来たもんな。

ねーちゃんに『姉弟に戻ろう』って言われた事を地崎に言わなかったのは、彼女の言葉を俺がどうしても受け入れられなかったからだ。



それに、俺は。



何となく俺が熱心に訴えれば、ねーちゃんは折れてくれるのではないかと期待していたんだ。今になって……自分の浅はかな考えと甘えたモノの見方に気が付いて、かえって笑いが込み上げて来そうだった。

「道外受験するって言うから、反対したんだ。そしたら『姉弟に戻ろう』って言われて。でも俺は別れる事を拒んだんだ。だけど道外受験も反対したままで……姉貴は普通に接してくれるけど、態度はヨソヨソしくてさ……正直、結構まいってた」
「だから、最近変だったのか……」
「うん」

地崎は、何度か俺の様子を気にして声を掛けてくれていた。
だから、鴻池との仲の取り持ちも買って出たのかもしれない。部活の人間関係の事も勿論考えての事だったと思うけど、何より俺の気持ちを軽くしようと配慮してくれたのかもしれない。

「でも高坂先輩が森先輩と親しいなんて、知らなかったな……それに森先輩って、高坂先輩が付き合って来た彼女達と全然違うタイプに見えるけど……」

確かに高坂先輩が今まで付き合ってきた女子生徒や仲良くしている女友達と、ねーちゃんはタイプが違う。
どちらかというと高坂先輩の傍らにいるのは、男子に人気のある目立つ女子が多かった。溌剌としていて交友関係の広い女子や、行動力のある美人、学年で人気のある可愛いと評判の子など。でも性格や素行が悪い人では無く、皆評判の良い女子ばかりだったと思う。

ねーちゃんは、俺にとっては世界一可愛らしいし、美人だし、綺麗だし、愛らしいし……とにかく1番の女の子だけど……世間的に言うと交友関係も限定されているし、知らない相手に愛想も振り撒かない。見た目もやや古風でメイクもしないし黒縁眼鏡を外してコンタクトに変える訳でも無い。髪も染めないし流行に乗った髪型でもないから―――特に学校では、あまり目立たないタイプの女子生徒であると思う。

つまり、いつも話題やクラスの中心に位置するような高坂先輩や、その彼女や女友達と接点が無い筈なのだ。

「俺もそう思ってた……だけど最近模試で一緒になったりして、高坂先輩からねーちゃんに声を掛けてるみたいなんだ。それにこの間は参考書を借りに高坂先輩の家まで行って夕飯を食べたって言ってたし。これも、高坂先輩が強引に誘ったみたいなんだけど……」
「じゃあ、一方的に高坂先輩が森先輩に興味を持ってアプローチしているって状態なのか?それも意外な気がするけど……でも、森先輩が男子に言い寄るトコ、なんか想像できないよな」
「うん。それに高坂先輩の口振りだと、何だか昔から姉貴と親しかったような雰囲気なんだ。確かに俺のミニバス時代からお互い面識もあるし、一度クラスも一緒になった事もあるんだよな……」

地崎は腕を組んで、首を傾けた。

「とんだ伏兵の出現だな」
「……」
「……それで、お前はどうするんだ?」

問いに応えるように、キンコンカンコンと、予鈴が鳴った。地崎は時計を見上げて、俺の肩を叩いた。

「教室、もどろっか」

俺は頷いて、腰掛けていたベッドから立ち上がった。






**  **  **






『―――それで、どうするんだ?』



その問いの応えは。



俺は心の中でその答えを、その日ずっと……探り続けたのだった。

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